この番外編は原作と違う点が多々あります。そのような点が嫌いでしたら、前書きを読んだ時点で読まないほうが得策と言えます。それでも構わないでしたらどうぞお読みください。
「か、買い出し行ってきました・・・」
「ご苦労さんー。ちゃんと買ってきた?」
炎天下の中、汗をかいて・・・いやその汗すら乾ききっているのにそれだけ。あぁ卓を囲んだのって最後いつだっけか。この部でお荷物になっているわけだから、そんな暗い気持ちを飲み込んで返事を返す。
「えぇ、買ってきましたよ(チッ、優勝なんかしなきゃ良かったのに・・・)」
「ん?何か言った須賀くん・・・」
「いいえ、俺がこれからここにいても何かやることあるっすか?」
そうね、と首をかしげながら考えるふりをする部長。どうせ返事はわかりきっていることだろうに・・・。
「ないわ。須賀くんは何をしてもいいわよー」
竹井部長はおちゃらけたように笑顔で言う。どうせ俺が卓を囲めることなんてないのに何をしても良いとはいかがなものだろうか。そして部長の馬鹿みたいな表情が須賀京太郎の気持ちを底辺へと
「そうっすか。じゃあブラブラして帰りますわ。お疲れっした~」
何度も言うが暗い気持ちを押し殺して部室を後にする。何かを言いたそうな咲の顔が京太郎の視界の隅にうつる。何を考えているかわからない原村に、タコスを頬張り続けている片岡優希。タコス買ってきてやったのに感謝も言わないで食べるのは呆れたが今では慣れているかもしれない。
「慣れってこわいな・・・」
何度も思うが、最後に卓を囲んだのはいつだったかな。覚えてもいないし、どんな配牌だったかも覚えていない。入部してから指導なんて受けた試しもないし、ここにいても強くなれるのか不安しか残っていなかった。他力本願なことだが、誰かにここにいちゃいけないんだって後押しされるのを待っていたのかもしれない。
旧校舎をあとにし、正面玄関へと進むと執事服を着た男性とすれ違う。どこかで見たような見てないような・・・。あっ、そっか。
「須賀京太郎様でしょうか?」
龍門渕高校の執事さんだっけ。名前は・・・。
「ハギヨシさんでしたか?」
「はい」
ニッコリと笑った笑顔は偽物なんかじゃなく、心の底から笑っている・・・そんな表情がとても羨ましかった。清澄になぜ来たのかは、はぐらかされたが少し話しませんかと言うハギヨシさんの勧めに応じて一度も入ったことのない喫茶店に入った。炎天下の中で火照った体を冷たいアイスコーヒーが体の中で心地よい。
「それで・・・ハギヨシさんは俺に何か用ッスか?」
熱にほだされていたのでその時何を提案されたかあんまり覚えていない。でもその提案がとても魅力的だったので少し考えるふりをしながら、でもやはり考えてから肯定の返事をした。あぁ、そうそう確か・・・。
「龍門渕に来ませんか?」
「はっ・・・!?」
「あなたは清澄の麻雀部員として籍を置きながら最後に卓を囲んだのはいつの事でしたか?あなたが最初に打った牌譜を拝見しましたが、初心者ながらとても良い打ち方をしていました。ここにいても何か良いことありましたか?」
「そ、れは・・・・・・」
最近の俺を思い出す。牌に触ったのは最後いつだったかな・・・。買い出しに買い出しと教えてもらったのも最近はないから上達したくても上達なんて出来やしない。腐っても麻雀部員だーなんて胸を張ることができずにいつも懐には“辞表”を忍ばせていた。が、勇気が出なかった。雀荘に行くことも考えたが、初心者に毛が生えたぐらいの打ち手ゆえにいつか、いつか教えてくれるかもしれないと思いつつここまで来ていた。
「このことは龍門渕の皆も納得しております。あとは須賀京太郎様のご判断にお任せするのみでございます。しかしこちらに来るということは馴染みのあるこの清澄を転校してこちらに来るということを意味しておりますので、今すぐ返事を頂けないかと思います。ですので、こちらを・・・」
執事服の内ポケットから名刺が渡された。ハギヨシさんの名前とその下には連絡先が載っている。
「返事はいつでもお待ちしております。一ヶ月でも半年でも、お悩みください」
喫茶店のテーブルに視線を落としていたが、いつの間にかハギヨシさんはいなくなっていた。アイスコーヒーの代金も支払われていた。
「・・・・・・」
それから数日は考えていた。ここを離れてのメリット、デメリットを考えていくとあまりデメリットがないことに気づいた。両親は放任主義と言うか自分が決断したことに責任を持ちなさいと言う両親だったからだ。ハギヨシさんから提案を受けた日の夜に親には連絡を入れた。予想していた返事が返ってきたのには苦笑した。
『あんたが考えて考えてそれで結論を出したんだったら、それを尊重するよ』
『お前が俺たちのところに連絡を入れてくるのは珍しいが、自分の中で結論は出ているんだろ?なんで分かるかだって?そりゃあ俺たちの子だからだよ。ははっ、お前も所帯持ったらわかるだろうさ・・・。とにかく母さんと同じ考えだ。・・・元気でやれよ』
母さんと父さんはそう励ましてくれた。あとは俺の考えだけだ。
――ん?結果を聞きたいって?わかりきったことじゃないか。どうして俺は望みをかけていたのかな?この清澄に・・・。
『もしもし、須賀京太郎様ですか?えぇお電話ありがとうございます。それであれから数日しか経っておりませんが結論は出たということでよろしいでしょうか?』
「ええ、今日決めました。電話をする少し前に転校することを担任にも伝えてますのでええっと、今日が金曜ですから月曜に俺が引っ越した事を担任から伝えてもらいますよ。ええ・・・、グスッ」
『須賀様?』
「すんません・・・。分かっていたことですから、その現実を受け入れようとしなかっただけですから。ホント俺って人間性が弱いんですね」
『・・・・・・これから変わることができますよ?』
「そうありたいです。土曜にどこで待っていればいいですか?」
『ご自宅までお迎えに上がります。では明日お会いしましょう』
「はい」
期待と不安をごちゃまぜにしながら須賀京太郎の夜は更けていった。そして・・・当日の朝がやってきた。荷物はハギヨシさんの手により全部纏めて新居になるアパートへと既に送られていた。執事ってスゲーと思っている間に終わっていたので終始驚いていた。
「お待たせいたしました。須賀様」
「今日はよろしくお願いします、ハギヨシさんっ!」
様を付けて呼ばれることなんて人生で一度もなかったし、そんなにたいそうな自分でもないから付けなくても良いですと一旦は言ってみたがハギヨシさんの対応が変わることはなかった。それで呼ばれていればいつかそれが普通になるだろうと思うことにした。
ハギヨシさんが運転する多分高級な車に乗せられて数時間後、龍門渕高校に着いた。京太郎が住む事になるのは隣接している寮だったが、それでも普通とはかけ離れた寮だった。住居を見る前に龍門渕の皆と会うことになっていたので、高そうな壺が左右に並んでいる廊下を通り少し離れたところに位置する麻雀の部屋をハギヨシさんと一緒に目指した。
須賀京太郎を待ち受けていたものとは・・・・・・。
一年半放置申し訳ない。本編はまだかかりますが、メモ帳でまとめたいわば龍門渕が須賀京太郎をすくい上げたら・・・と言う話になります。数話で終わる予定です。