モンハン飯   作:しばりんぐ

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 苦しではなく美味し。調理さえすればですがね!





良薬口に美味し

 

 

「何が悲しくてピッケル振らねばならんのだ……」

「頑張るにゃ、旦那さん。こういうコマメな行動が、後々効いてくるのにゃ」

 

 寒々しい風が流れ込む。灰色に染まった空と大地は、何とも無機質だ。至るところから剥き出しになっている、古代の遺跡群がその印象に拍車をかけていた。

 まるで中吊りのように浮かぶこの山は、非常に険しく、それでいて不安定。しかし奇妙なことに、落石こそあれど崩れることはなく、資源もまた豊富だった。特に鉱脈は地底火山に続き優れているため、一種の『炭鉱夫』と呼ばれる人種には聖地の一つとも数えられている。

 

「陽翔原珠……。その辺に転がってたら良いのにな」

「でもそれだったら、モンスターが食べちゃうかもしれないにゃ?」

「……この山には鉱石食う奴はいないし大丈夫だろ、きっと」

 

 陽翔原珠。それが、今の俺が欲してやまないものだ。

 防具には、スロットと呼ばれる隙間が存在する。それはそれは小さな物だが、侮ってはならない。加工屋は陽翔原珠という素材を筆頭に、様々な装飾品を作るのだ。それをその隙間を埋めるように嵌め込むことで、防具の特徴をさらに伸ばすことが出来るのである。

 動きやすさに特化することで回避性能を高めたり、モンスターの咆哮から身を守る耳栓をヘルムに取りつけたり。用途は様々だ。その幅広さ故に、ハンターは装飾品まで考えて装備を新調する。そして今回は俺もそれに準じている、という訳だ。非常に珍しく、と後に付けて。

 

「火山だったらいるのにゃ。あの固いモンスター……」

「まぁこの前食ったけどな!」

 

 モンスターの中には、鉱物を主食とするものもいる。岩を分解できる酵素があるのなら、それは不可能な話ではない。それでも、俺には理解できない。無機物なんて味気のない食事、俺は絶対にごめんだ。

 しかし鉱石を食べるからって、そいつ自身が味気ないとも限らない。美味いモンスターも存在することには存在する。それこそ、この前実食したグラビモスが代表的だろう。

 

「あのシチューは美味しかったにゃ」

「そうだな、あのジイさんやるもんだよな……っと。お、出た出た」

 

 イルルと談笑しながら岩をピッケルで砕いていると、特徴的なそれがかひょっこりと顔を出した。

 陽翔という名の付いた、明るい色で濁る球体。原珠とは、どうも化石の一種らしい。その元々の物体の影響が、この原珠を陽翔原珠たらしめているのだろう。

 

「おー……中々の上物にゃ。綺麗にゃあ」

「そうだな。良いモノが採れたよ。これで装飾品も作れるし」

「じゃあ、そろそろ採取ツアー終えてネコタク呼ぶにゃ?」

「おう。じゃあモドリ玉で――――」

 

 そう言いかけたその瞬間。

 モドリ玉を取り出そうとしたその瞬間。

 ポーチに手を伸ばそうと、顔を動かした俺の視界に映り込んだのだ。アレが。

 霞のように淡く、それでいて青く深い色に染まった葉。力強い流れを感じさせる葉脈。心なしか、爽やかな植物の香りが俺の鼻を(くすぐ)ってくるような。

 

「……どうしたのにゃ?」

「――――ヶ草だ」

「にゃ?」

「霞みぃッッ!!」

 

 俺の言葉を聞き直すように、イルルが声を上げる。

 それと同時に、俺は地を強く蹴った。テツカブラも顔負けの跳躍力で、その香りの元へと一気に距離を詰める。その視界を、それは鮮やかな緑が彩っていく。

 

「……うん、間違いない。霞ヶ草だ」

「にゃあ……。何かと思ったらそんなものかにゃ」

 

 突然の俺の行動に驚いたイルルだが、その真意を知っては呆れたような声を上げる。その気持ちを表現するがの如く、その小さな両手を仰がせながら。

 俺はそんな彼女の呆れを無視し、手に乗せた霞ヶ草をまじまじと見つめた。そこまで大きくはないものの、その活力には目を見張るものがある。脈動する葉脈が全身に養分と生命力を回し、深く青い香りが鼻をくすぐった。

 

「……うん、上物だな」

「どうせ清算されるにゃ。上物だとか言ってもそんな」

 

 霞ヶ草。

 それは、この天空山に植生する一風変わった山菜だ。深い緑に染まるこの葉は、至って普通でどこにでも繁殖していそうな印象がある。

 しかし実際はそうでもなく、効能もまた普通ではない。そのため、この天空山付近に位置するシナト村でも幅広く使われているそうだ。

 

「確かこれは、腰痛に効くんだったよな」

「そういえばそんな話あったにゃあ」

「向かいん()の壮年アイルー、最近腰痛いとか言ってたよな」

 

 バルバレにある俺のマイハウス。その向かいにある小さな雑貨屋には、壮年ながらも店を切り盛りしているアイルーがいる。我が家から非常に近いのもあり、同時に面白い調味料や食材が仕入れられることもあるため、俺はいつもお世話になっているのだ。

 そんな彼だが、最近は歳のせいか腰痛を感じることがあるとぼやいていた。ならばこの霞ヶ草で、少しは癒してあげられないだろうか?

 なんて算段を頭の中で組み立てる俺に対し、イルルは困った様にため息をついた。

 

「でも、霞ヶ草は清算されるものにゃ。持って行ったところでギルドの人に持ってかれちゃうにゃ?」

「それは霞ヶ草そのまんまだったらっていう話だろ?」

 

 確かに、霞ヶ草はギルド指定の清算アイテムだ。そのため解毒草やネムリ草などとは違い、ハンターがそのまま持ち帰ることは許されていない。そのまま、ならば。

 俺の意図に気付いたのか、イルルはその青く大きな瞳を目一杯見開いた。

 

「っま、まさか! まさか旦那さん……!」

「そう、調理済みのものならきっと清算されないだろ。特産キムチキノコとか、氷結イチゴみたいに」

 

 俺が以前持ち帰ったことがある清算アイテム、例えば特産キノコは、防具の隙間にこっそり入れて持って帰ることが出来た。しかし今は、あの時と違い剣士装備だ。隙間のないこの装備は、物を収納するにはあまりにも向いていない。

 ならばやはり、調理するしかないだろう。だったら、どんな料理にしようか。この爽やかな香りを生かせる野菜料理。豊かな風味を伸ばせる料理法がいい。

 

「……おひたし」

「にゃ?」

「霞ヶ草のおひたし。何と良い響きか」

「……にゃあ」

 

 あくまでもギルドは、清算アイテムを未加工のものを求めている。それをハンターから集め、市場で販売、もしくは加工するのだ。つまりギルドが求めている清算アイテムとは、採取したままの形なのである。

 それならば、俺が霞ヶ草をおひたしに変えてしまえば、その目的にそぐわない為、きっとギルドは清算出来ないだろう。いや、清算などさせるものか。

 

「という訳で早速キャンプに戻って調理しようか」

「……分かったにゃ」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……それにしても旦那さん」

「ん?」

 

 キャンプに用意された鍋で水を温めること数分間。

 オンボロ鍋とにらめっこしている俺に、イルルは少し引っ掛かったような顔で話しかけてきた。

 

「旦那さんって何だかアイルーに甘い気がするにゃ。……いや、メラルーにも」

「あー……そうか?」

「そうにゃ。他のハンターさんにこかされたら鉄拳なのに、いくらアイルーに爆破されても、メラルーに秘薬を掠め取られても、旦那さんは怒らないにゃ。何でなのにゃ?」

 

 イルルの、海のように綺麗な瞳がまっすぐ俺を捉えた。その深い青に、思わず飲み込まれそうになる。

 

「んー……」

 

 随分鋭いところをついてきたなぁ。確かに、他のハンターが妨害してきたら殴るけど、ネコに対してはそんなことしない。精々、罰としてもふもふするくらいだ。

 この前も旧友のライトボウガン使いと少し狩りに行ったのだが、奴は使いどころ間違えて俺ごと拡散弾で吹っ飛ばした。その厚かましい態度を腹パンで沈めたのはいい思い出だ。

 

「……まぁ、アイルーメラルーが好きだから、と言っておこう」

「向いの雑貨屋アイルーのため、というのもそれかにゃ?」

「あぁ」

「ぽかぽか島でみんなにネコまんま作ってあげたのもそれかにゃ?」

「うん」

 

 イルルの質問を適当に流している――本当に好きだから別に嘘を言っているわけではない――と、何故か彼女はもじもじとしながら両手を背中で組み始めた。

 そうして俺を見上げながら、上目遣いでその綺麗な瞳を向けてくる。

 

「じゃ、じゃあボクに優しくしてくれるのも……」

「おう」

「うぅ、そうかにゃ……」

 

 適当に、聞き流すままに答えると、何やらイルルから残念そうな声がした。

 彼女は少し残念に目を伏せて、おずおずと置いたポーチの横に腰を下ろしていた。一体何なんだ?

 まぁ、いいや。丁度鍋の中の水も沸騰し始めたところだし、そろそろ次の工程に移ろうか。取り敢えずこの熱湯に塩を振り掛けないとな。

 

「イルル、そこのカバンから塩取ってくれ」

「……にゃ」

 

 頼んでみると、彼女は塩が入った容器を取り出してくれる。

 しかし、その容器を俺に手渡ししながら、不思議そうに首を傾げ始めた。その瞳を容器と鍋へ、交互に滑らせながら。

 

「どうした?」

「にゃあ。何で塩入れるのかなって……」

「何だ、そんなことか」

 

 緑豊かな野菜たち。今回はこの霞ヶ草なのだが、これらは茹でる時に塩を入れることで、この鮮やかな色を保つ、もしくはさらに良い色合いにすることが出来るのだ。

 料理というのは見た目もまた重要で、それだけでも味の捉え方は変わってくる。見た目も味の一部と言っても過言ではないのだ。事実見た目からの先入観で、味は変わってしまうように人は捉えるのだから。

 

「じゃあ、塩を入れることで見た目が良くなるのにゃ?」

「そういうこった。それに塩を入れると野菜が柔らかくなるしな。……これは固い野菜にも有効だぞ」

 

 この手法は、激辛ニンジンとかヤングポテトとか、固い野菜に対して特に重要な手段だが――今回は関係ないので、説明は割愛させてもらおうか。

 それでは早速、霞ヶ草を熱湯に加えよう。と、言いたいところだが、生憎この草の根元部分が無視出来ない。草の中枢とも言える根元。これが随分と太いため、火の通りが些か悪そうなのだ。

 

「……これは切り込みを入れておくべきかな」

「切り込み?」

 

 根元が太い場合、中まで火が通らないなんてことがざらにある。しかしそのまま火を通そうと思えば、葉の部分が先に萎れ、結果味が落ちてしまうのだ。ならばどうするか? 

 答えは簡単だ。根元に十字型の切り込みを入れてやれば良い。そうすれば、熱の通りやすさは格段に上昇する。

 

「と、いう訳でだな。……こんな感じだ」

「おー……相変わらず器用にゃ」

 

 丸っこく固い根元に切り込みを入れ、隙間を作る。あまり欲張って切ると、葉がばらけてしまうので注意が必要だが、それさえ意識しておけば問題ない。下準備はこれで完了だ。

 

「……それでは根元の方から丁寧にお湯につけていこう」

「根元の方が固いからにゃ?」

「その通り。固いところから茹でないとな」

 

 調理の基本的なルール、固い部分から茹でていく。

 今回のように部位ごとに固さが違うものや、固さの違う野菜を鍋で調理する時に投入する順番を考えるなど、幅広い場面で重宝されている手段だ。

 今回もその例外でなく、霞ヶ草を根元の部分からじっくりと茹でていく必要がある。

 

「茹で時間はどれくらいにゃ?」

「ざっと一分程度だ。茎がくにゃっと曲がればもう十分……」

「くにゃあ?」

「くにゃっと」

 

 細胞壁の関係で、植物の茎は側面から力を加えられると折れてしまう。しかし茹でれば、その細胞壁の固さを緩和させることが出来、さらに柔らかさと程よい歯応えを作り出すことが出来るのだ。

 細く薄い葉物野菜なら、一分もあればすぐに柔らかくなる。それこそ、今俺が鍋から引き上げた霞ヶ草のように。

 

「……まぁ、こんな感じだな」

「にゃあ。しっとりとした感じだにゃ」

 

 熱の通った霞ヶ草は、菜箸に摘まみ上げられて、力なく下を向く。重力のままに、柔らかくなった体を支えることが出来ないようだった。

 柔らかくなった葉は、しっとりとした表面と、それを伝う水滴で光を反射させている。見るだけで新鮮さが伝わってくるその姿は、非常に魅惑的だ。心なしか、漂う香りも少し上品になったような、そんな気さえする。

 

「よし、イルル。ポーチに入ってる水をボウルか何かに入れてくれるか?」

「分かったにゃ!」

 

 菜箸を軽く振り、霞ヶ草につく水滴を振り払う。その間に、イルルは水を入れた容器を用意してくれた。それも、氷結晶で加えるという粋なサービスも添えて。

 受け取った容器に霞ヶ草をサッと入れ、染み付いた熱を逃がしていく。冷水の中で、霞ヶ草は優雅に手足を伸ばし始めた。

 

「冷やすためなのにゃ? 氷結晶も使って正解だったにゃ」

「まぁそれもある。おひたしは温度が命だ。冷たくないと爽やかじゃないしな。……それと、冷水にとるのはまた違う効能があるんだよ」

「にゃあ?」

 

 茹でた野菜を水につけるこの行為、通称『色止め』は、もちろん熱した野菜を冷やす効果もある。しかし本来の目的は、その名の通り色を留めることだ。

 野菜は熱を保ったまま放っておくと、みるみるどす黒く変色してしまう。色止めは、急激に野菜を冷やすことで、その見た目の変化を止める技。新鮮な見た目を保つ、欠かせない手段だ。

 

「この鮮やかさが霞ヶ草の魅力の一つだからな。……こんなもんで良いか」

「次はどうするのにゃ?」

「絞って余計な水分を抜く、これに限る」

 

 熱湯、冷水とたらい回しにされた霞ヶ草だ。その間に内包させられた水分は非常に多く、それを搾り取らなければ味が薄まってしまう。

 まずは両手である程度絞ってから、『()()』を用意する。厚みのある竹と木綿を、まるで巻物のような形に仕立てているこの巻き簾は、巻き寿司や卵焼きにも用いられる便利な道具だ。その名の通り、巻いて作る料理にはもちろん、今回のように野菜を絞るのにも打って付けなのである。

 

「……それって、この前旦那さんがバルバレの競りで獲った奴にゃ?」

「おう、ユクモの竹林からとれた竹だ。値は張ったけど、性能は抜群だぞ、きっと」

「……この前狩ったグラビモスの報酬金とか全部持ってかれたもんにゃあ。そうじゃないと割に合わないにゃ……」

 

 彼女の言う通り、総計で新しい武器を製造するくらいの費用はかかった。しかしその代償として、美味い飯が食えるのだ。そう思えば安いもの。

 巻き簾の上に霞ヶ草を乗せ、軽くしょうゆを振り掛ける。ここでのコツは、薄くとも全体にしっかり振り掛けておくことだろうか。

 そうして再び水分を得た霞ヶ草を、巻き簾で絞り上げる。両手に力を加えると、巻き簾を通して霞ヶ草の弾力が手に伝わってきた。これは噛み応えが良さそうな気がするな。

 

「しょうゆかけたのにまた絞るのにゃ?」

「これはあくまでも下味付けだからな。本格的な味付けは次だ」

 

 本当の味付けは、もちろんしょうゆだけなどではない。しょうゆ、出汁、みりん、料理酒ときっちり調味料を使う。この調味料たちにも、当然混ぜるに当たってのバランスがあるために、少し丁寧に量を測らねばならない。

 よし、ここは分担作業と行くか。

 

「イルル、俺は味付けやるからさ。お前は霞ヶ草を切ってくれ。五センチ程度で、長さは根元で揃えてくれな」

「はいにゃ!」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 切り分けた霞ヶ草を、今一度絞って水分を押し出す。それを済ませば、あとは俺お手製の調味液の入った容器に十五分ほど浸せばいい。その際には、しっかり蓋をして外気に触れないように考慮しなければならず、乾燥にも気を付けなければならないが。

 そんな注意は必要であるものの、しっかり十五分浸せば霞ヶ草全体に味が馴染む。味の向上のためには欠かせない行為であり、そのためならば十五分の注意など大したことじゃないのだ。

 

「そろそろ十五分にゃ」

「そうだな。それじゃ、少し味見してみるか」

「にゃあ!」

 

 

 

 

 霞ヶ草のおひたし。

 それは天空山で獲れる希少な山菜を、様々な調味料と高級な巻き簾で味付けした贅沢な一品だ。瑞々(みずみず)しく光を反射するその新緑の葉が、内包する美味みを表現しているかのよう。俺が仕上げた調味液がもとても豊かな香りを放ち、霞ヶ草の爽やかな香りをより一層引き立てている。

 

「……それじゃ、いただきますにゃ」

「そうだな、早速いただこう」

 

 一切れだけ。その小さな葉一枚を箸で摘まみ、持ち上げる。重さもほとんど感じられず、食べる身としては少し物足りない。しかし、今の俺はあくまでも味見役なのだ。細かいことは気にしていないで、さっさと食べてしまおう。

 全体の半分ほど。その辺りで歯を止めて、顎に力を入れる。すると、巻き簾で絞った時に伝わってきたような、薄いながらもどこか厚みのある弾力が俺の顎に伝わってきた。決して噛み辛い訳ではない、シャキッとした鮮やかな食感だ。葉物野菜特有の顎に嬉しい噛み応え。

 それと同時に、断たれた葉から、力強い葉脈から。深い葉の香りと、調味液の風味豊かな味がじっくりと顔を出し始めた。

 霞ヶ草はその見た目通り、爽やかで主張し過ぎない味が特徴的だ。しつこくなく、あっさりとしていて。それが調味液に、しょうゆの深みやみりんの甘みによって染められていく。深く鮮やかな風味へ、まるでこの天空山のように、天に浮かぶような爽やかな味へと変わっていく。

 

「……ウン、うまい」

「あっさりしてて美味しいにゃ。……何だか野菜って珍しい感じがするにゃ」

「そうだな。いつも狩ったモンスターの肉ばっか食ってるもんな」

「でも、こういうあっさりしたのも好きにゃ」

「忘れてはいけないのは、こいつは腰痛に効くって効果もあることだ」

「にゃあ。向かいの雑貨屋さんにあげるんだし、効くと良いにゃあ」

 

 そう、この料理の本来の目的は、俺のマイハウスの向かい、雑貨屋を営む壮年アイルーの腰痛のためだ。

 そのため俺たちは、この美味さを前にしても、全て食べることが許されていないのである。

 我ながら酷なことをしたものだ。その悲壮感はきっと、俺の表情にも表れているのだろう。

 

「……にゃあ。別に頼まれてる訳じゃないからそんなに重く捉えなくても良いと思うにゃ」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 現在、ハンターの腕自慢大会に備えているこのバルバレは、大砂漠付近に常駐している。そのため天空山から俺たちが帰還した頃には、すっかり日も落ちて、砂漠特有の冷気が町を闊歩していた。

 しかし住民も負けてはおらず、せっせと商売に汗水流している。夜になれば酒場が盛り上がり、辺りからは賑やかな声で溢れていた。

 そんな中、俺は路地裏とも言える狭い道を歩いてマイハウスを目指していた。いや、正確にはマイハウスの向かいにある雑貨屋なのだが。

 

「美味しいって言ってもらえるかにゃ?」

「大丈夫だろ、きっと」

 

 クエストを終えた俺のところへきた、ギルドの役員。彼は、アイテムの清算にやって来たものの、調理済みの霞ヶ草には度肝を抜いていた。流石にこれは受け取れないそうで、あっさり通してもらえ、今に至るのである。

 あとは、あのアイルーにこれを渡して食べてもらえばよい。

 

「にゃ、見えてきたにゃ!」

「お。……あれ?」

 

 こじんまりとした小汚いマイハウス。その向かいに君臨するあの雑貨屋。見えてきたと言えば見えてきたのだが。

 おかしい。いつもなら、この時間ならお客で賑わっているはずのあの店が、今は誰もいない。それどころか明かりすらついていない。店の入り口は、まるで来る者を拒むように口を閉じていた。

 

「……やってないにゃ?」

「おかしいな。何かあったのか……?」

「あ、旦那さん。店の前に何か貼ってあるにゃ」

 

 イルルが、そのぷにぷにした肉球で店の方を指す。

 その先には、貼り紙が無造作に店に貼られていた。適当に書いたような字に、適当に選んだような紙。書いた本人が、乱雑に書いたことが窺える。急いで書いて貼り付けるほどのことがあったのだろうか。

 

「……取り敢えず、読んでみるか」

「にゃあ」

 

 

 

 

 結局その日は帰宅した。残った霞ヶ草のおひたしは、俺とイルルで食べ切った。全部食べることが出来るのは、嬉しいと言えば嬉しいのだが、俺の心はどこか納得いかないものがある。

 そもそもの話、今回霞ヶ草で料理に取り組んだのは、あのアイルーのためだったのだ。そのため本来の目的は未達成。クエストでいうなら、メインターゲット達成ならず、である。 

 何故渡せなかったのか? 答えは簡単だ。店の前の紙には、こう書かれていたから。

 

 

『腰痛回復のため、しばらくユクモ村に湯治してくるニャ! 店も閉めるから、ごめんニャー!』

 

 

 ――――先に言ってくれよ、それ。

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『霞ヶ草のおひたし』

 

・霞ヶ草        ……180g

・しょうゆ       ……小さじ1杯

・調味液

   ・出汁      ……60cc

   ・しょうゆ    ……小さじ1杯

   ・みりん     ……小さじ1杯

   ・料理酒     ……小さじ1杯

 

 






野菜も大事ですよね。たまにはこういう肉から離れる回も良いのではないでしょうか。


イルル→シガレットだけど、シガレット→飯(モンスター)イルルちゃんがんばって。
そして霞ヶ草。物欲センサーのおかげで猛威を振るっていたこのアイテム。もうお分かりでしょうが、ほうれん草のイメージです。ほうれん草美味しいですよね。霞ヶ草のおひたし、良い響きです。ゲーム本編ではコレにえらく苦しめられましたけども!
 

それではまた次の食事で!


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