モンハン飯   作:しばりんぐ

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最後の飯は、全ハンターが愛好するアレです。





狩猟飯 -モンハン飯-

 

 

 風を切る。

 猛烈な吹雪が頬を撫でる。

 

 白く塗り潰された世界で、鮮明な緋色が舞い上がる。

 

「上から来るぞ!」

「みゃあーっ!」

 

 上空から急襲し、その鋭い前脚を振りかざす影。

 天彗龍――バルファルクが、この氷海の厚い氷に穴を空けた。

 

「ちっ、氷が……っ!」

「みゃっ、びしびしして痛いにゃ!!」

 

 氷が破片となって舞い上がる。

 俺は右手の盾を構えてそれを防ぎ、イルルはぴょんぴょんと飛び跳ねながらそれを躱していた。彼女の纏う天眼ネコシリーズが、ビシバシと破片を弾く。

 

「さぁ来いっ! やって来い!」

「うにゃ、羽が――来るにゃ旦那さん!!」

 

 バルファルクは、その強靭な右の翼を振り上げた。その先から、燃えるような炎を噴かせながら。

 あの動きを、俺は見たことがある。あの掌のような翼を振りかざし、まるでビンタのように振るう技。翼から燃える炎が、敵を容赦なく燃やすのだ。

 ――だが、俺は燃やされるつもりなど毛頭ない。

 

「てめぇが燃やすのは、これだ!」

 

 振り払われる腕――のような翼。

 その筋肉の向きは? 動きは? 他の部位との兼ね合いは?

 恐らく薙ぎ払われるであろう位置を目測で測り、そこから抜け出るように背後に跳ぶ。

 同時に、左手の片手剣をその射線上に振り払った。

 奴の翼には触れず、その炎だけを浴びる場所へ。

 

「……っしゃあッ!」

「すごい……ほんとにやったにゃこの人!」

 

 じゅっと音を立てて、片手剣が燃える。

 奴の緋色の炎を浴びて、表面が著しく熱された。芳ばしい香りが、この氷の風に溶けていく。

 

「もっと……もっとだッ! もっとその火をちょうだい!!」

 

 俺の声に触発されたかのように、バルファルクは翼を構えた。

 まるで背中に大砲を並べるかのように、その翼の先端を全て、俺へと向ける。直後、燃え上がるような火が瞬いた。

 

「旦那さんっ!」

「イルルっ、下がれ! いなす!」

 

 一直線に、俺へと飛んでくる光の群れ。それに向けて、俺は左手の片手剣を振り被った。

 斬撃が、熱に当てられ軌道が曲がる。その力の流れに身を任せ、腰を落とした。背後に滑るように力を逃し、落とした腰で炎の群れをくぐり抜ける。

 

「とうっ」

 

 やり過ごしたところで、そのまま後転。黒紫色の防具に、さらさらとした雪が纏わりつく。頭を覆うフードに乗ったそれが、風に乗るように落ちていった。

 さてさて。奴の炎を十分に受けることができた気がする。どんな具合かと視点を滑らせてみれば、左手のそれは、煌めくような脂を滴らせていた。

 

「うんうん……良い香りだ。やはりこれだ、これが最適な調理法なんだ!」

「うにゃ、すごい焼けてきてるにゃ。淆瘴啖の肉とは、思えない匂いだにゃ」

 

 そう、淆瘴啖。

 俺が左手に持っているのは、片手剣のように持っているのは――――。

 

「やっぱり、ハンターといえばこれに尽きる。淆瘴啖の、こんがり肉だ!!」

 

 握っているのは、骨。生肉を纏った骨を、柄のようにして持つ。

 当てるのは、天彗龍の炎。奴の龍属性の活性作用で、くすんだ淆瘴啖の肉に命を灯す!

 再び放たれる炎を受け、そしてそれをそのまま、淆瘴啖の翼の先へと押し当てた。

 

「おっ、おっ、おぉぉぉ……ッ!」

「旦那さん!」

 

 さながら、乗りの攻防という奴だ。

 バルバレのハンターが広めた、モンスターに乗って剥ぎ取りナイフを突き立て、大きな隙を作るという技。俺が今しているのは、まさにそれに近い。

 ――ただまぁ、ナイフを突き立てるんじゃなくて、翼の先端に淆瘴啖の肉を押し当ててるんだけど。

 

「うぉっ!」

「うにゃにゃ! 危ないにゃ!」

 

 踏ん張り切れず吹き飛んだところを、イルルが身を挺して止めてくれる。氷海の氷に滑るところを、彼女が何とか止めてくれた。

 

「いちち……こうも冷たいと左目がいてぇなぁ」

「大丈夫にゃ……?」

「うん、まぁ問題なし。それより見てくれこの肉を!」

 

 眼帯に覆われた左目を憂いつつも、俺は残った右目で左手の肉を見つめた。

 掲げたそれは、この世の何よりも尊い。

 

「淆瘴啖のこんがり肉――――」

「ウルトラ上手に、焼けてるにゃーっ!!」

 

 こんがりとしたその身は、肉らしい赤い焼き目を輝かせていた。

 滴る肉汁は、まるで砂金のよう。太陽と、それを映す雪の光を反射させて、この世の何者にも負けない輝きを灯していた。

 

「それじゃあ、もう一本……」

 

 腰にぶら下げていたもう一本の生肉を取り、代わりに今焼けたものを腰に吊るす。

 俺とイルルで、一本ずつ。もう一本焼くために、もうしばらく付き合ってもらおうじゃないか。

 

「……さぁっ! バルファルク! もう一本頼むぜ!」

 

 いつか獲れた、淆瘴啖の尾の肉。

 そして、先日獲れた淆瘴啖本体から、足の部分を切り取ったこの二本目。

 天彗龍の炎で活性焼きをしたら、果たしてどうなるのだろうか。

 俺は口の中で溢れる涎を、留める術を知らなかった。

 

「来い! バーナー野郎!!」

 

 バルファルクは、甲高い叫び声を上げた。

 この吹雪に満ちる氷海に木霊するその声は、まるで肉の仕上がりを喜んでいるかのようだと――――。

 俺には、そんな風に聞こえた。

 

「好意的解釈が過ぎるにゃ!! バルファルク、怒ってるのにゃー!!」

 

 全身から緋色の光を吹き出す奴の姿。

 怒っている? 危険な状態?

 いや、焼き加減が、変わるッ!!

 

「バルファルク、お前は最高だッ!!」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……で、シガレットはどうするの?」

「あ?」

 

 地獄の薬膳期間が終わり、ようやくピザにありついていたその時だった。

 ところどころ包帯を巻きながら、それでも防具を着て龍歴院の広場に訪れていたヒリエッタが、そう尋ねてきた。

 

「お前、傷はもういいのか?」

「お互いさまでしょ。アンタもボロボロじゃない。よく歩き回れるわね」

「ピザを食べるためなら、俺は這いつくばってでも行くぜ」

「あっそ……」

 

 思う存分頬張るピザは、最高に旨い。

 とろりとしたチーズの食感と、生地の柔らかさがマッチする。甘みと旨みを、石窯の中で芳ばしく混ぜ合わせたような芳醇な味わい。これは食わなければ、もったいないと思ってしまうほどだ。

 

「……で、何だっけ」

「シグは、これからどうするのって話」

 

 再度問い掛けると、返答は別方向から飛んできた。

 むしゃむしゃとピザを食べながらやってくる、長身の男。

 

「イズモ……てめぇこのやろ、散々俺の前でピザ食いやがって!」

「どうどう、落ち着け落ち着け。今シグはピザを食べられるっ、これで万事解決!」

「ふざけんな! ……むっ、旨い……!」

 

 あの時の理不尽を融かすように、チーズが口の中でとろけていく。

 この甘露とも言える口当たりに、俺の心は穏やかにとろけていく。

 

「……ま、いいけどよ。で、俺がどうするかって? この先のことか?」

「うん。淆瘴啖、とうとう仕留めたんでしょ?」

「おうよ。淆瘴啖の素材をたんまりもらったぞ。肉も貰ったし、ようやくじっくり食える」

「そういえば、ここに来る前に加工屋で何やら話し込んでたわね」

「うげ、見てたのかよ」

 

 ヒリエッタが思い出すようにそう言って、俺は思わず苦い顔をしてしまった。

 準備中の姿を見られるのは、何だかむず痒い。

 

「シグ、もしかして?」

「あぁ……。俺はアイツの全部を奪ったから、それを背負おうと思う。アイツを纏うことに、するよ」

「ってことは、淆瘴啖シリーズって感じ!? いいじゃん熱いねぇそういうの!」

「……そういうもんなの?」

 

 不思議そうに首を傾げるヒリエッタに向けて、イズモはうんうんと頷いている。

 淆瘴啖シリーズ、か。

 アイツを防具一式に変えるとなると、どんなものになるんだろう。デザインは、昔懐かしのあれ(・・)に寄せてもらったが、はてさてどうなるか。

 

「納具はいつなの?」

「まだ加工の段階だから何とも。それが終わったら採寸して、うーん……十日はかかると言われたな」

「……ま、シグは凄い狩りをしてきたんだからさ。十日くらい、ゆっくりしなよ。ここはご飯も美味しいしさ」

「そうだな。旨い」

 

 ピザの耳は、空気が膨張したかのように膨れ上がっている。その分生地が薄くなり、焼き上がりはパリパリだ。噛むとどこかお菓子のようで、生地の簡素な味わいがまたよく合うのだ。

 なんて、ピザの奏でる音色に耳を傾けていた時だ。

 だらしのない嬌声が耳に届く。

 

「あぁ~ん、ニャンコックたん可愛い~、愛おしい~」

「ルーシャさん、意外に大きい子がタイプなのにゃ?」

「いやいや! 私はどんなネコちゃんも平等に愛するタイプ! でも、あんなに大きい子は新鮮で……ハッ、髭が日光を映している、眩しい……っ」

 

 ルーシャとイルルが、準備エリアと呼ばれる商店の奥からやってきた。

 その道中でへらとチーズを格闘させるニャンコックに、ルーシャは夢中のようだ。

 

「相変わらず守備範囲広いわね、あの子」

「ニャンコックって中におっさん入ってる感じしない?」

 

 呆れるようなヒリエッタと、唐突に意味不明なことを言い出すイズモ。

 相変わらず、夫婦漫才をしているみたいだった。

 

「よ、イルル」

「旦那さん! 防具のお話、終わったのにゃ?」

「まぁな。十日はかかるってよ」

「じゃ、それまではベルナ村に滞在にゃ……?」

「そういうことになるな。ピザ、食べるか?」

「食べるにゃ!」

 

 俺の持っていたホールのピザから、その一片をイルルに手渡す。

 彼女は嬉しそうにピザを齧り、はふはふと熱さに抗った。

 

「……そういえば、このチーズピザ、メープルシロップかけても美味しいんだよねっ」

「何だって……? そんなスイーツみたいな」

「あまじょっぱいは正義、ってイズモ言ってたわね」

「うん。あまじょっぱいは正義!」

 

 そう言いながら、シロップの入ったビンを懐から取り出すイズモ。

 準備は万端のようなので、それを受け取り、スプーンを使ってとろりとした黄金をピザに振り掛ける。なんてことをしていると、イズモら三人も自然にピザを手に取った。

 

「おい待て。そのピザは俺のだぞ」

「いいじゃん折角だし。シグもヒリエッタも、こうして歩けるようになったんだし」

「ケチなこと言わないで、私も食べたい」

「ニャンコックたんが作ってくれたピザ……あたしも貰うわね! うひょ~!」

「……旦那さん。みんな揃って食べれば、その方がきっと美味しいにゃ。人情って奴にゃ」

「まぁ……そうだな。それも悪くない」

 

 そう言いながら、俺は自分のピザを高く掲げる。

 それに合わせて、各々ピザを掲げた。さながら、達人ビールのジョッキのように。

 

「淆瘴啖討伐を祝して……あとついでに、イズモの無事も祝して」

「ついでっ!?」

「――乾杯ッ!」

 

 俺の声に合わせて、それぞれ「乾杯」と声を上げる。

 上ずった声、落ち着いた声、嬌声、それとアイルーの可愛らしい声。

 

 ――ここに、トレッドの声はない。

 あいつはもう、俺の前に姿を現さない気なのかも、しれない。

 

「甘いにゃあ~」

「あっ、これ意外と合うわね」

「ん~! ニャンコックたん、天才~!」

「いやこの組み合わせ考えたのオレだよ?」

「は? だまれ」

「え、こわ……」

 

 嬉しそうに食べるイルルと、意外そうに頬張るヒリエッタ。

 だらしない顔を冷やかな表情へと一転させるルーシャと、それに怯えるイズモ。

 そんな仲間たちに後押しされるように、俺もピザを口に入れた。金色のチーズに、黄金のメープルシロップがかかった一品だ。とてもゴージャスな見た目だが、味は何とも複雑だ。

 とろけるチーズの塩気の前に、メープルの濃厚な甘さが襲い掛かってくる。

 甘い。甘さの奔流に呑まれそうになる。

 

「……これは……ッ!」

 

 しかし、そこで顔を出すのはチーズだ。

 噛むごとに。噛めば噛むほど、チーズとメープルシロップが混ざり合っていく。食感が、とろけ具合が、甘さと甘さが、甘さと塩気が混ざる。

 何とも複雑な甘さだ。直情的ではなく、情熱的でもなく。例えるなら、それは文通相手に送る秘めた思いのように複雑で控えめな、それでいて芯の詰まった甘さだった。

 三日間の休養期間に暇すぎて読んだ恋愛小説のフレーズが想起されるくらい、甘い味わい。チーズとメープルの親和性、侮りがたし。

 

「チーズの動物由来の甘み、メープルの植物由来の甘み……合うんだよねぇこれが」

「メープルって植物由来なの?」

「そだよ。カエデの木からとれる樹液を濃縮させるんだ。この辺りだと、コウゲンカエデとか、そんなとこ」

「ふうん……」

 

 イズモとヒリエッタがそんな話をしている中、ぺろりと平らげてしまった。

 甘い。口の中に、甘さが広がっていく。

 

「……何か肉々しいのも食べたくなってきたな。その辺のムーファって食べていいのか?」

「何言ってんだよシグ! ベルナ村は牧畜文化の村なんだよ? ダメダメ!」

「そういえば、確かに見ないわね。マトンとか、食べれそうなのに」

「うちの特産はチーズだよ。家畜ってのは、丁寧に丁寧に面倒を見て、一緒に生きていくもんさ。今うちにいるムーファたちはみんな若い個体だから、食べるなんて絶対ダメ! 食べたいなら孤島にでも行ってきて! 野生の個体が生息してるから!」

「マジか。探してみるわ」

 

 珍しくイズモが焦ってそう言うのならば、ムーファはこの村にとってそれだけ大切なものなのだろう。

 名残惜しいが、ここは潔く諦めておく。野生の個体を探してみるのも、悪くない。

 

「美味しかったにゃ~」

「うんうん。ニャンコックたんに感謝。あぁっ、なでなでモフモフしてあげたい……!」

 

 満足そうな二人の様子を見ていると、俺も頬が綻んだ。何だかんだ、こうやってみんなで囲む飯も悪くないな。いつかの自宅で焼き肉をしたことを思い出す。

 ――トレッドは、一体どうするのだろう。

 なんて考えていた時だ。イルルとルーシャが食べ終わったところで、ヒリエッタが改めて口を開く。

 

「……で、さっきの話に戻るけど。シガレットはこれからどうするの?」

「あん?」

「目標は果たせたんでしょ? アンタはこの先も、ハンターをやるの?」

 

 もっともな質問だった。

 

「旦那さん、淆瘴啖は……」

「あぁ。やっと仕留めることができた。俺の目標は、これで完了だ」

「シガレットがハンターをしてた理由って、それ?」

「そう、だな。それが理由だったな……」

 

 ルーシャの問いかけに、以前の自分ならはっきりと答えることができただろう。

 でも今は、それが理由だと断言することはできなかった。

 そんな俺を見てか、イズモはにやりと笑う。

 

「……今は違うって顔してるね、シグ」

「そうか?」

「うん。満足してないって顔してる。今のシグは、それだけじゃないでしょ?」

 

 彼の言葉に、ヒリエッタもルーシャも、そしてイルルも頷いた。

 

「シガレットといえば?」

「料理?」

「飯!」

「ご飯にゃっ」

 

 言いたいことは、みんな同じのようだ。

 

「……そうだな」

 

 それが何だかくすぐったくて、それでもどこか心地いい。

 俺は目を閉じながら、次の言葉を紡ぎ出すのだ。

 

「俺はこれからもハンターをするよ。俺はまだまだ、食べ足りないッ!」

 

 

 

 

 

 ――――ということで、まずはこれを食わなきゃな」

 

 あれからさらに時が立ち、俺とイルルは氷海に降り立った。

 理由は一つ。例の古龍――バルファルクがここに現れたからだ。

 

「バルファルク、恐かったにゃあ……」

「だが、あいつのおかげでこれが食べれるんだぜ」

 

 そう言って掲げたのは、全てのハンターがこよなく愛する狩りの親友、こんがり肉だ。

 と言っても、アプトノスやアプケロスのものではない。あの淆瘴啖の尾ともも肉を使った至高の一品だ。

 

「仕上げにパセリでも散らそう。ほれほれ」

「うにゃにゃ、きつね色の焼き目に緑が差し掛かって、とてもいい感じにゃ。匂いも、あの淆瘴啖とは思えないのにゃ」

「見ろよ……肉が踊ってやがる。龍気で活性化されて、肉が生きている……! 肉汁が眩しいぜ。丁寧に漬け込んだ甲斐があった。ニンニクの香りもしてきやがるぜ!」

「漬けてた時は全部生臭い香りだったのににゃあ……! 龍気の炎バンザイなのにゃ!」

「あぁ……現地で、現地の素材を生かして食べる。ハンターの特権だな。たまらねぇ」

「狩猟飯、って奴なのかにゃ?」

「そうだな。これが狩猟飯だ。これだから、ハンターはやめられねぇんだ」

 

 狩猟飯。

 良い響きだ。

 狩猟飯。何度でも口に出して言いたい。何度でも反芻して言いたい。

 それでも今は、その思いに少しだけフタをして。目の前の命の輝きに、向き合ってみようじゃないか。

 

「……いただきますッ!」

「いただきますにゃっ」

 

 がぶりゅっと、とても耳触りの良い音が響く。

 音は震動となり、俺の顎から直接脳を揺さぶった。

 

 溢れ出す肉の味わいは、まるで奴の地鳴らしのように重く、太く広がった。噛むだけで溢れるその旨み。生きていた頃よりも、さらに新鮮になったかのように。

 旨いのだ。旨いという言葉は、この時のためにあったのだと。そんな風にすら感じてしまう。肉の脂が、その食感が、鼻を抜ける香りが、その全てが相まって、旨いという思いを作りだす。俺はもう、俺はもう――――。

 

「……旨い」

 

 もうそれだけしか、言えなかった。

 

 

 

「か、固いにゃ……」

 

 イルルは、その歯応えになかなか苦戦しているようだ。

 確かに、噛み応えはそこらの肉とは大違いだった。あの、『重い』とすら感じる肉の厚さが伝わってくる。龍気の活性によって幾分か柔らかくなってはいるものの、この肉の繊維の多重構造は、顎を唸らせるには持ってこいだった。そしてその繊維がほぐれるほど、旨味が溢れ返る。

 その旨みがまた、たまらないのだ。この肉は、あらかじめ調味液に漬け置きしたもの。それを先程バルファルクに焼いてもらったのだ。調味液には、ニンニクを始め、雪山草やトウガラシ、天空山で採れた薬草や霞ヶ草といった香草と、隠し味に落陽草の根の擦り下ろしを加えている。それをオリーブオイルとバター、塩で炒めて、解凍した淆瘴啖の肉をじっくり一日漬け込んだ。マカ錬金の壺が、今回の影の功労者だ。

 

「んん~……香りが鼻を抜けるッ」

 

 噛むと、旨味と共に撒き散らされる香り。

 ニンニクの臭くも旨い味わいが、香草の深く味のある風味が、オリーブと塩のシンプルな味わいが脳を直撃する。これがまた、肉の旨みを引き立てるのだ。

 味付けは、味を塗り足すことで食材を覆うのではない。食材の味を引き立てるためにある。今俺は、猛烈にそう思う。

 

「……淆瘴啖、旨いな」

「美味しいにゃ。あれが、こんなに美味しくなるなんてびっくりにゃ」

「だな。頑張って仕留めた甲斐があったなぁ……」

 

 また一つ、新しい味を知った。

 たくさんの旨いものを鱈腹溜め込んで、蓄積してきた淆瘴啖の味。とても食えたものではなかったその味が、今龍気によって活性化し、旨味の束とも言える力を発揮していた。

 

「あー……旨い。生きてて良かった」

 

 淆瘴啖、俺はお前のことを忘れない。

 ずっとずっと、お前は確かに旨かったと、心に刻んでおくよ。

 

「旦那さん、これで一区切りついたって奴にゃね」

「一区切り?」

「ずっと食べたがってた淆瘴啖をようやく食べれたにゃ。でも、旦那さんの旅は、ここで終わりじゃないんだにゃ?」

「……そうだ。淆瘴啖を食って、俺は今新しい俺になった。さらなる『旨い』を探す俺にな」

 

 俺が着込む、『淆瘴啖シリーズ』。

 かつて俺が着用していたネブラXシリーズに準えて、フードとコートを基調にした鎧に仕立ててもらったもの。男性用のグリードXRシリーズの如くコート型の鎧ながら、頭から肩にかけては女性用のタイプもモデルにしてもらっている。動きを阻害する肩部分は、装甲を薄くする代わりに、動きやすいものに変えてもらった。この方が、今の俺には馴染むのだ。

 

「淆瘴啖を糧にして、俺は前に進むよ。俺はハンターを続ける」

「にゃ!」

「イルル。この先も、一緒に来てくれるか?」

「うにゃっ。ボクはずっとずっと、旦那さんと一緒にいるにゃ」

 

 イルルは、そう頷いて、持っていた肉を俺に向けてくる。彼女に渡していたのは尻尾の肉だ。

 俺も同じように、もも肉のこんがり肉を彼女に差し出し、お互いに肉を分け合った。まるで盃でも交わすかのように。

 

「尻尾、特に固いな……。でも、この噛み応え、病みつきになるぞ!」

「うにゃ、もも肉の繊維すごいにゃ! 口の中でほどけていくのにゃ~」

 

 狩猟飯。あぁ、狩猟飯。

 たまらない。俺は今、生きている。生きているんだ。

 

 

 

 この世は弱肉強食だ。食うか食われるか、そこには上も下もなく、ただ生き残ったものに『食』が提供される。

 食事とは、生の特権なのだ。

 この世界には、俺の知らない味がまだたくさんある。未知なる味に、満ちている。

 俺は今も生きているから、これからもハンターを続けていこう。

 

 武器や防具を作るため? 大金を稼ぐため?

 いや、違う。俺がハンターをするのは、新しい『旨い』に出会うためだ。

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『こんがり肉』

 

・淆瘴啖(もも肉、尾肉等) ……600g

・オリーブオイル      ……400ml

・ユクモニンニク      ……6個

・薬草(天空山産)     ……60g

・霞ヶ草          ……120g

・雪山草          ……100g

・落陽草の根(擦り下ろし) ……55g

・塩            ……大さじ7

・ムーファバター      ……30g

・パセリ          ……お好みで

☆天彗龍の炎を使い、強火で焼くことがポイント!

☆マカ錬金の壺で漬け込むとより美味しくいただけます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、助かったぜ。まさか、タンジアギルドの人が救援に来てくれるなんて」

「ほんと、俺たち死ぬ思いしたんですよ~! お兄さんのボウガン捌き、すげー頼もしかったです……っ」

 

 未知の樹海の奥地で、夜営を行うハンターが三人。

 グラビドシリーズを纏うランサーと、バサルシリーズを着込んだ弓使いの二人組が、ボウガンを背負った男に頭を下げている。

 

「いえいえ、間に合ってよかったです。あのセルレギオスは、確かに異常でしたからね。ドンドルマギルドが救援を要請するのも分かります」

 

 理知的にそう返すのは、フロギィXシリーズを身に付けた糸目の男。

 そんな彼が、キャンプの火に向けて、おもむろに小さな鍋を向け始めた。

 

「傷、大丈夫ですか? 裂傷ですよね」

「う……恥ずかしながら。いっ、いててて……」

 

 弓使いの男が、腹部を押さえる。

 包帯を巻いてはいたが、そこには痛々しい裂傷が血を滴らせていた。

 

「これ、タンジアギルドで良く販売されてるものなんですが……意外に滋養強壮効果があって切り傷の回復を早めてくれるんですよ。効能は、ほら、モスジャーキーとかに近いです」

「これ、チップスか? 芋を薄く揚げた」

「そうです。タンジアチップス、ですね」

 

 糸目の彼が示したそれは、タンジアギルドの名物、タンジアチップスだ。

 紙袋に詰められたそれが、薄く香る芋の香りで、確かな存在を主張している。

 

「で、その鍋は?」

「このまま食べてもいいんですけど、ちょっと一工夫すると美味しいんですよ」

 

 そう言いながら彼が取り出したのは、オリーブオイルの入った小瓶と、にんにくの薄切り、トウガラシの輪切りの袋詰め。

 それらを全て鍋に入れ、火にかけた。

 

「トウガラシは、この樹海で自生してたものです。食べれる種類のものなので大丈夫。題して、ガーリックチップスでしょうか。今日はこれを食べて休みましょう」

 

 具材を混ぜながら、焼き加減を確かめる糸目の男。

 そんな彼の姿を見ながら、弓使いの男は困ったようにぼやく。

 

「そのまま食べれば早いのに……」

「最近、知ったんです。こういうひと手間が、実は一番楽しいんですよ。効率重視より、無駄を楽しむのがいいんです」

「そういうもんかなぁ……」

「それに何より、この方が美味しいですしね」

 

 その言葉を前に、反論材料を持ち合わせていない弓使いは、困ったように頭を掻いた。

 糸目の彼は、鍋を火から離し、満足そうに微笑む。そこへ、タンジアチップスを紙袋から鍋に向けて投入した。ザクザクとした小気味良い音が、オリーブとにんにくの香りに包まれる。

 

「……なんか、アンタみたいなことをしてるハンターに会ったことがあるよ」

 

 ひと手間かけるその様子を見て、槍使いの男は思い出したようにそう言った。

 その言葉に感化されたように、弓使いの男も「あっ」と声を上げた。

 

「そうだ! なんか、アルセルタスを唐揚げにした奴! その場でモンスターを料理する変な奴いたな!」

「あれ旨かったよな……。あの片手剣使い、今どうしてるんだろ」

「へぇ……。良いですね。同じようなことをする人がいるもんですねぇ」

「そうだよ。お兄さん、きっと仲良くなれるよ。ウマが合いそうだ」

「ふふっ、合うと……嬉しいですね」

 

 懐かしそうに語る二人の話を聞いて、糸目の男は微笑んだ。

 屈託のない、憑き物の落ちたような笑顔だった。

 

 






モンハン飯、完! そして、祝!モンスターハンターライズ狩猟解禁!


これにて本当に完結です。2015年9月に連載を始めたので、大体5年と半年ほどでしょうか。随分と長くなってしまいましたが、何とか完結させることができました。これもひとえに読んでくださった皆様のおかげです。お気に入り登録、感想、評価、ファンアートなどなど、たくさんのご支援ありがとうございました。感謝してもしきれません。完結を惜しむ声も、他の作者さん方から多数いただき、本当に幸せな思いです。私自身実生活が忙しく、更新も不定期になることも多かったので皆様に不安やご迷惑をかけたと思いますが、それでもここまで付き合ってもらったことに感謝!よろしければ、感想や評価等お願いします。ここまでの大型作品を完結させたのは初めてなので、わくわくとドキドキでいっぱいです。
さてさて、これにてシガレットと淆瘴啖の旅は終わりを迎えましたが、シガレットはまだ生きて、ハンターを続けています。モンスターハンターというコンテンツも、新作『RISE』が発売されて終わりは当分こなさそうです。と、いうことは、まだまだ美味しそうなモンスターがこれからも出てくることと思います。本編は完結しましたが、ネタが浮かび次第、シガレットたちの狩猟(モンハン)飯をお届けしていこうと思います。不定期更新ではありますが、よろしければおかわりしていってください。
改めまして、ここまでお付き合いしていただきありがとうございました。俺たちの食事は、これからだ!


○おまけ
淆瘴啖シリーズ
・逆恨み
・龍気活性
・淆瘴啖の魂(食欲、挑戦者+2)

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