モンハン飯   作:しばりんぐ

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モンハン飯6周年です。





旨みと野望を挟み込め!

 

 

 パチパチと火が跳ねる。

 

 古代林の夜は、随分と静かだった。

 

「……それ、本当なのにゃ?」

「さぁ、実際どうかは分かんねぇけど……」

 

 森を抜けた高台に設置されたこのベースキャンプでは、月明かりと焚火の灯りだけが視界を確保できる材料だ。

 そんな焚火を囲うようにして、俺はくるりとフライパンを回した。

 

 裏返ったフライパンは、重力に則ってその中身を焚火に落とす――――なんてことはなく。

 裏返った面も、そしてその裏も、どちらも金属のプレートで埋め尽くされている。いわば、両面のフライパンだ。それが二枚、貝のように重ね合わせるようにして、中のものへと静かに熱を伝えている。

 

「……淆瘴啖、死んだんじゃなかったのにゃ?」

「俺もそう思うよ。あの状態で生きているとは思えない――けど、俺はあいつがくたばる姿を想像できない」

「ここ絶海の孤島なのに……」

「俺たちが前戦った場所はどこだ?」

「にゃ……氷海だったにゃ」

「そういうことだ。あいつには陸も海も関係ない。……と言っても、今回は流石に距離が開き過ぎているのは気になるけど」

 

 そう言いながら、再びフライパンをひっくり返した。

 焚火を受けて、静かに炎の色を映している。

 

「……でも、イズモさんがそう言ってたんだにゃ?」

「あぁ……『地の底から、あいつの声がする』って。あいつは冗談ばかり言うけど、こんな状況でそんな冗談を言うほど腐ってもない」

「もっと詳しく話が聞けたらいいけど、にゃあ……」

「仕方ないさ。十日近い間、バルファルクを避けながら一人で食い繋いできたんだ。今は休ませてやろうぜ」

 

 イズモは、一人でこの森を生き抜いていた。

 未知の古龍がうろつく森で、仲間を逃がすために囮になって耐えていたのだ。奴の気を引くために戦って、隠れて、戦って、隠れての繰り返し。精神をすり減らしながら、必死に囮役をこなしていた。

 俺たちと再会した時も、次の戦闘に向けてバルファルクを追い掛けて――辿り着いた瞬間が、ヒリエッタが大きく吹き飛ばされた時だったらしい。

 

「うにゃ。イズモさん、無事でいてくれてほんとに良かったにゃ」

「だな。あんなおちゃらけてたのに、しっかり腕上げてたなあいつ。負けてらんねぇぞ」

「にゃあ。やっぱり旦那さんの友達は凄いのにゃ!」

「友達……そうだな。友達だな」

 

 あのバルファルクとの戦闘から、随分と時間が経った。

 古代林を夜が包み込み、あたりは静寂に飲まれてしまっている。バルファルクは今もこの森のどこかで俺たちを探し回っているだろうが、流石にここまで追ってくることはなかった。イルルのおかげで上手く撒けたらしい。

 本当に、目に頼り切った生き物なのが功を奏したようだ。もし鼻が利くとしたら、こうも簡単に逃げることはできなかっただろうから。

 

「……ヒリエッタさんは、大丈夫かにゃ……」

「ルーシャが診てやってくれてるが……今回はもう、狩りは無理だろうな。でも、二人とも生きてる。それが一番だ」

「あとは、このまま無事に帰れたらいいんだけどにゃあ……」

 

 飛行船の操縦士たちは、夜が更けても真剣な顔で話し合いを続けていた。

 このまま全員乗せて、脱出すればいいのではないか。

 バルファルクに見つかった場合、対処の仕様がないから危険だ。

 怪我人もいるのだから、早く拠点に戻るべきだ。

 バルファルクがここに留まっている以上、誰かが囮にならない限り逃げることはできない。

 ――などなど。

 それぞれの意見をぶつけ合い、この状況を打破するために頭を働かせている。

 

「とりあえずみんな旨いもん食えばいいのに。それから考えたら頭もきっとよく働くぜ」

「それでさっきお米炊いてたのにゃ?」

「そうだな。とりあえずみんなおにぎりにしといたけど、誰一人食おうとしねぇ。飯を食わなきゃ何にもならないのにな」

「じゃあ、旦那さんは今何を焼いてるのにゃ?」

「これはホットサンドだ」

「ホットサンド?」

「あったかいサンドイッチっていうの? この両面フライパンで、パンに焼き目をつけて中に火を通すっていうね。どれどれ焼け具合は……んー、もう少し焼いても良さそうかな」

 

 フライパンの留め具を外して開いてみると、ほんのりと薄茶色に染まった生地が目に映る。

 もう少し火を通して良さそうだ。そう思いながら、俺は再び両面を丁寧に合わせた。

 

「……ご飯炊いたのに、パン?」

「いやー、重くなるからって米はあんまり積ませてもらえなかったからさ。全員分を考慮したら俺たちの分がなくてな。いや、正確には二個俺の夜食用にとっておいてあるんだけど」

「そ、そうかにゃ……」

「で、折角だしベルナ村でシモフリトマトとか山羊鹿のチーズとかいろいろ買い込んだから、それでキャンプ飯でもしようかなと」

「確かに、サンドイッチとよく合いそうなラインナップにゃ」

「挟んで焼いたら旨そうだろ。てか、イルルもパン好きだろ?」

「にゃ……うん」

 

 そう尋ねてみると、彼女は照れくさそうに頷いた。イルルは案外、ご飯よりパン派なのかもしれない。

 

「食材にして、カットしたマスターベーグルを二枚、シモフリトマトの輪切りにホロロースの切り身、砲丸レタスの葉を数枚、そしてムーファチーズ。味付けはこれも特注、黄金印のマキシ・マムにオニキスペッパーだ。旨いぞ~これは」

「名だたる高級食材が並んでるにゃ……単価いくらなのにゃこのサンドイッチ……」

「チーズも溶けてきたし、トマトの果汁も良い感じかな。隙間から汁が染み出してきてる。中身はっと……どれどれ」

「にゃあ~っ、良い焼き目にゃ!」

 

 とてとてとこっちに回ってきたイルルが、俺の膝に手をついてフライパンを覗き込む。

 その中身は、彼女の言う通りこんがりとした焼き目がついたホットサンドの姿があった。香りも十分。チーズの溶け具合も最高だ。レタスは焦がしたくないのでざく切りにしたものをホロロースとチーズの間に挟んだが、これもほどよく脂と果汁を吸っている。

 

「うん、良い感じだな。じゃあこれをひっくり返してと……。イルル、半分に切ってくれるか?」

「がってんにゃ!」

 

 砂を拭きとった平面の石の上に向けて、フライパンをひっくり返しながら押し付けた。

 引き上げてみれば、そこには十分に焼けたホットサンドが横たわっている。それに向けて、俺の腰のポーチから剥ぎ取りナイフを引き抜いたイルル。

 綺麗に二等分。俺たちのホットサンドの完成だ。

 

「へっへっへ……こうやって少し贅沢できるのが料理担当のいいところだな」

「料理担当……担当っていうか、旦那さんが勝手に作ってるだけにゃ?」

「それを言うな。ともかく、食べようぜ」

 

 重さが半分になったそれを掴むと、とても熱い。

 焼き立てのサンドイッチなのだからそれも当然なのだが、やっぱり熱い。

 

「あっちゃっちゃ!」

「にゃあ! 肉球が焼けちゃうにゃ!」

「うーん、これは……ほれ、ナイフとフォーク」

「にゃ、にゃあ。ありがとうにゃ旦那さん……旦那さんは?」

「まぁ、持てないことはないし。イルルの肉球だと辛いだろ? 遠慮しなくていいから、使いなよ」

「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」

 

 熱々なそれを手づかみで、俺はわしゃっと口にした。 

 イルルも食べやすいサイズにそれを裂いて、そっと口へ運ぶ。

 

「……ん! 旨いなこれ!」

「んにゃあ、おいしい! あったかいサンドイッチって、何だか新鮮だにゃ~!」

 

 サンドイッチのはずなのに、熱い。

 中の具に至るまで、しっかりと熱が通っている。とろけるチーズの具合は、もはやチーズトーストのそれに近かった。両面トーストされたサンドイッチ。まさにその一言が尽きると思う。

 サクッとフワッが二重螺旋構造のように織りなすマスターベーグルの旨み。甘く、まろやかで、それでいて後腐れのない。

 そのパンの壁を突破すると、シモフリトマトの柔らかな温もりに辿り着いた。よく火を当てたおかげで熱をこもらせたその身は、噛む度にジューシーな果汁を搾り出す。生野菜特有の青臭さはとうに消え失せて、脂とバターで混ざり合った旨みに満ちた香りを解き放っていた。

 同時に現れるのは、ホロロースだ。ホロロースの胸肉を薄く切り身にしたそれは、シンプルな味わいながらも非常にあっさりとしており、くどくない脂をトマトに染み込ませている。食感は皮とも腿とも異なり、噛み応えのそれほどのない柔らかなもの。これはこれで、サンドイッチの噛み心地とよくマッチしているだろう。

 その奥から顔を出すのは、レタスのシャキシャキとした食感。これがまたいいアクセントだ。チーズに溺れてまろやかになっていく食感のなかで、最後の抵抗を見せている。みずみずしい野菜の香りを懸命に広げようとするが――最後には、全てチーズに呑まれていった。

 

「んなぁ。ほんとに美味しいにゃ、チーズ。パンとの相性が抜群にゃ!」

「ほんとだな。チーズフォンデュの時といい、素晴らしい。あー、たまらん」

「おいしいから、これくらいならペロリと食べちゃいそうにゃ」

「もうペロリと食べちまったよ」

「にゃっ、早すぎるにゃあっ」

 

 嬉しそうにハグハグと食べるイルルを見ながら、俺は空になった両掌をふりふりと見せた。

 パン二枚分とはいえ、半分にカットされたサンドイッチだ。大の大人なら、そう苦しむこともない量だろう。

 

「旦那さん、そんだけで足りるのにゃ?」

「俺には夜食があるからな」

「そうだったにゃ……。でも、夜食なんて、何でまた?」

「このまま立ち往生ってわけにはいかないだろ?」

 

 そう言いながら、俺は革袋に溜めた水をフライパンに注ぐ。表面にこびりついた焼き目を水が潤わせ、汚れを浮かせようとし始めた。

 キャンプでは、洗いものもままならないものだ。とりあえず最低限の汚れは取り除いて、本格的な洗浄と手入れは帰還してからにしよう。

 そう思いながら、俺はテントに向けて歩き出す。

 

「……旦那さん」

「腹ごしらえはできたな」

「……行くのにゃ?」

「何だか、あいつの臭いがする気がするんだ――」

 

 荷物を取りにテントを開けると、おにぎりを口にしているイズモと目が合った。

 

「あ。シグ……」

「イズモ……もういいのか?」

「うん。久しぶりに、しっかり眠らせてもらったよ。おかげで、夜中に目が冴えちゃった」

 

 そう言って屈託なく笑う彼の奥には、ベッドで横になって包帯に身を寄せるヒリエッタと、彼女の手当てで疲れ切ったのかベッドに突っ伏して眠るルーシャの姿があった。

 助けに行った奴らが眠りこけて、助けられた奴が元気に飯を食べている。いや、これでいいんだろうけど、何だかいろいろ言いたくなる光景でもあった。

 ――全員、元気に生きているのだから。そう思うからこそ、俺はそれ以上何か言うつもりもないけれど。

 

「おにぎり、旨いか?」

「うん、旨い。流石シグだ。ユクモの心がよく出てる」

「俺はユクモ村出身じゃないけどな」

「でも、関わりは深いでしょ? オレの好きな味付けだよ。てか、オレもユクモ村出身じゃあないけどねっ」

 

 懐かしの味、なのだろうか。

 包帯に包まれた体で、嬉しそうにおにぎりを頬張っているイズモ。その様子を見ていると、俺も無性に腹が減ってきた。先程ホットサンドを平らげたばかりなのだが――やっぱりあれじゃあ足りないな。

 

「あーでも食い足りないよシグ! もっと高カロリーな奴でもいい!」

「いつかみたいに、こんがり肉にしてやれば良かったか?」

「いいねそれ! ほしいな!」

「無ぇよバーカ。皮肉も通じないのか」

「え? 皮肉?」

「俺が手負いになった時は、お前これ見よがしにこんがり肉食ってただろ」

「……あー……いつの話してんだか……言われるまで気づかなかったよ」

「食い物の恨みは恐ろしいってな」

 

 イズモは、ちょっと困ったように笑った。

 俺の意図に気づいているかのように。

 いや、きっとこいつは分かっている。

 

「……行くのかい?」

「……行くさ。ここまで来たなら、俺は前へ進むだけだ」

「俺の幻聴かもしれないよ」

「それならそれでいい。俺はバルファルクを退けて、飛行船を飛び立てるようにしてやるさ」

「……バルファルクには、勝てるのか?」

「お前が随分削ってくれたからな。それにあいつの動きはもう覚えた。古龍といえど、三回も動きを見せられたらな」

「そりゃ、頼もしいことで……」

 

 ごくんと、おにぎりを呑み込んで。

 イズモは、その包帯だらけの顎を動かした。

 

「……今回ばっかりは、俺はもう何の力になれないよ。それでも、君は行くのかい?」

「……あぁ」

「誰も助けに来ない。深い森の中で一人ぼっち。それでもまだマシな方さ。生きているんだから。最悪――いや、口にするのはやめとくけど。それでも?」

「行くさ。長年求めてたものが、すぐ傍にあるんだ」

「……君はまだ、復讐に憑りつかれているの?」

 

 憂うように、イズモは言った。

 哀愁に満ちた眉の曲げ具合。昔から、この手の話になるとこいつが見せるいつもの表情だった。

 だが、今は昔じゃない。

 今は今だ。

 俺は、彼の言葉を真っ向から否定する。

 

「いいや、違う。俺は知りたいだけなんだ」

「……知りたい?」

「ちゃんと調理された淆瘴啖はどんな味がするのか。俺はあいつを殺して、否定したいんじゃない。ちゃんと味わって、あいつの生きた証を肯定したい」

「シグ……」

「やってることはみんな同じさ。みんな、生きるためには誰かを殺さなきゃいけないんだ。だから、淆瘴啖は悪じゃない。あいつはただ生きているだけだ。そういう意味では、俺もあいつも変わらない。生き延びて、生き延びて、こうして古代林にまで辿り着いんだろう、きっと」

「…………」

「あいつは島を滅ぼすほどの力を持ってるから。だから、ハンターとして俺はあいつを狩る。でも、ただの道具として扱いたくはない。鬱憤を晴らす肉の塊としても見たくない。俺はあいつを、旨かった命として心に刻みたいんだ」

「認めたい、ってことか?」

「認めたい――そうだな。認めたい。俺はハンターとして、あいつをただの一モンスターとして、命として認めたい」

「……そうか」

「んで、強いて言えば美味しく味わいたい」

「……ぷっ。ふははっ、シグらしいや。……うん、シグらしい」

 

 イズモは、笑った。

 愉快そうにそう笑った。

 

「……うん、安心した。行ってきな。んで、ぜひ確かめて来てくれ。死ぬなよ、親友」

「親友とまではいかないけど、任せろ。友よ」

「さりげなく辛辣……」

 

 互いの拳を軽く打ち合って、俺はキャンプを後にした。

 いつかの凍土のような後ろめたい気持ちはない。

 逸る思いを抑えようとする胸の痛みもない。

 俺はただ、食べたいだけだ。

 淆瘴啖を、食べたいだけなんだ。

 

 必要な荷物を手にしてテントから出ると、心配そうにこちらを見つめるイルルの姿が目に入った。

 

「……旦那さん……」

「イルル。俺は、森に戻る。バルファルクをこの島から追い出して、淆瘴啖の声を辿る」

「……にゃ」

「ついてきてくれ、とは言わないよ。危険は承知だし、イルルを巻き込みたく――」

 

 そう言いかけたところで、イルルがひしっと抱き付いてきた。

 彼女の身長では、背伸びしても精々俺の胃袋くらいの高さしか届かない。

 それでも、彼女はその小さな体で必死に俺にしがみついた。

 

「……ついてく。ボクは、旦那さんとずっと一緒にいたい」

「イルル……」

「旦那さんを一人にしたくない。ボクは、あなたを守りたい……から」

 

 たどたどしくも、彼女はアイルーの訛りを必死に消して言葉を伝えてきた。

 そんな彼女を抱きかかえる。

 視線を同じにすると、月の光を呑み込む彼女の瞳がよく見えた。

 本当に、海のように綺麗な瞳だ。

 

「お前が俺の相棒でいてくれて……嬉しいよ。行こうか、一緒に。バルファルクを追い出すぞ」

「……うにゃ! ……あっ」

「はは、無理して人間語に合わせなくてもいいって。気持ちは、十分伝わったから」

 

 そう言いながら、俺は彼女の額に唇を押し付ける。

 ふんわりとした柔らかい感触が伝わってきた。

 わたあめのように、柔らかい。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「らぁッ!」

 

 大斧を振り被って、奴の頭を殴りつける。

 それに呻き声を上げながら、しかし奴は翼を振り続けた。

 

「にゃっ、にゃ!」

 

 繰り出される鋭い刺突を得意の小回りで躱すイルルは、懐からブーメランを取り出して投げつける。それが集中的にバルファルクの前足の先を切り裂いて、奴は苦しそうに腕を引っ込めた。

 

 夜闇に包まれていると、奴の体から溢れる炎がよく分かる。

 深い森の中でも、この炎のおかげで奴を探すのには苦労しなかった。日中の戦いの場に未だに居座っていたのも、見つけやすかった理由の一つだが。

 ついでに、俺が溢した残りの肉は見事に無くなっていた。こいつに食われたのだろうか。

 

「……三度目だ、この野郎」

「旦那さん……」

「まぁ状況が状況だったしな。今回は勘弁してやる」

「旦那さん……!」

 

 前脚をふりふりと、痛みを逃がすような素振りをするバルファルク。

 その妙に人間染みた動きが気になるが、奴は古龍だ。人じゃない。

 だから、こうやって話し掛けても無駄なのだろうが――それでも俺は、こいつに言葉をかけ続けた。

 

「この前の雪山みたいに、お前をここから追い出してやる。覚悟しろよ!」

「……そういえば、旦那さんはこの子を食べてみようとは思わないのにゃ?」

「うーん、興味ないことはないが……それよりこいつには、スパイス的な役割を優先してほしいな。次は氷海に降りて来い! マジで! 淆瘴啖の肉を旨くするの手伝ってくれ!」

「……これはこれで、欲望がダダ漏れだにゃ……」

 

 バルファルクは、淆瘴啖の肉を旨くする唯一の手掛かりだ。

 ここで俺が狩ってしまうわけにはいかない。こいつはここで良い感じに弱らして、撃退させなければ。

 バルファルクは、昼に見せたあの状態のままだ。全身から、緋色の炎を噴き出している。これまでに見せたことのない、こいつの真の姿――なのだろうか。

 

「目には目を、歯には歯を……龍には、龍だ」

 

 剣斧のグリップを握り、回転させた。

 ぶしゅっと、斧から蒸気が噴き上がる。同時に刀身のレールを二つの刃が走り、一本の長い刃へと繋ぎ合わさる。じゃらじゃらと鎖が唸り、グラバリダは真の姿を現した。

 

「さぁ、踊ろうぜ!」

 

 ざんっ、と剣を振り下ろし、そのままグリップを解放。

 直後に剣斧に内蔵されたビンの蓋が開き、中に込められた赫い龍液が煮え滾る。同時に大きな負荷がかかり、その負荷に背中を押されるように、俺は走り出した。

 ただの走行か? いや、違う。奴の真似ではないけれど、ビンエネルギーによって加速する超速ダッシュだ。

 『滅龍ビン』――このスラッシュアックスに内蔵されたビンは、バルファルクから得られた液体を主として作られた龍属性の塊だ。あの澄んだ炎が淆瘴啖の血肉と混ざり合い、濁った色を映し出す。

 

「らァッ!」

 

 振り上げた剣斧に肩を斬り裂かれ、奴は悲鳴を上げた。

 しかしそのまま跳躍。俺の真横をとり、その翼を大きく振り上げた。

 

「させるか!」

 

 翼を広げた叩き付け。あの筋肉の動きはそれだろう。これだけ見せられれば流石に覚える。

 グリップを捻り、剣形態から斧形態へ移行。同時にリーチが格段に伸び、その斧は奴の翼の付け根を弾いた。

 

「うみゃんっ!」

 

 それにより狙いを外された奴の腕は、真横の大樹に突き刺さる。その轟音にイルルは思わず跳び上がるが、それでもブーメランを投げ続けた。

 一つ一つが奴の甲殻に突き刺さる。超硬質のそれは、普段ならばネコの力のブーメランなどにはまるで応えないだろう。しかし今は、俺たちに、ヒリエッタに、ルーシャに、そしてイズモにつけられた大量に傷痕がある。特に、大剣と太刀による傷は深い。小さくか弱いブーメランも、その傷を抉ることでバルファルクに確かなダメージを蓄積させていった。

 

「……ッ! キレてんな……ッ!」

 

 バルファルクが怒りのあまり吠える。

 その甲高い咆哮と共に、奴は一心不乱に翼を繰った。

 

 真上からの刺突。

 

 背後へ跳んで躱す。

 

 もう片方の翼での追撃。

 

 今度は奴の懐に潜り込んで、剣状態で二度斬り上げた。

 

 奴は懐の俺を射抜こうと、翼から赤い光を漏らす。

 

 その閃光を、剣で振り払って凌いだ。

 

 ところが奴は、そのブレスの反動で後ろに跳び、さらにもう一度翼を瞬かせる。

 

 散弾のようにバラバラと飛ぶそれは、前に走ることで回避。同時に剣を構えて首下へ潜り込んだ。

 

「隙ありだ!」

「旦那さんっ! そこにゃー!」

 

 首筋に向けて、二回。ビンの力で加速する斧を叩き付ける。

 それに奴が仰け反って、さらなる隙が現れる。

 ここだ。ここしかない。

 

「食らいやがれッ!」

 

 踏み込んだ。斬り結んだ脚をそのまま、前へ。

 覇竜の足が古代林を激しく踏み均し、同時に剣を、奴の胸元へ深く深く突き立てる。

 ビンの蓋は、開き切った。

 中に詰められたエネルギーが、溢れ出す。

 

 どん、と弾けたエネルギー。スラッシュアックスの真骨頂。属性解放突きだ。

 それに当てられ、バルファルクは悲鳴を上げる。

 

「――まだまだッ!」

 

 さらにもう一度、エネルギーが炸裂した。

 グリップを捻り、絶妙なタイミングでビンと刀身の接続を断つ。それによってエネルギーの供給が途絶えるため、本来一度で全て解き放つはずが、二度の炸裂になるのである。

 確かに、一撃当たりの威力は下がるかもしれない。しかし、立て続けに二度叩き込むことで、傷にさらなる傷を重ねる。これがこの技の正体だ。

 

「……さて、どうだ」

「にゃあ……直撃だったにゃ。まだ、立つのにゃ……?」

 

 反動を小分けにしたことで、普段の属性解放ほどの反動もない。俺の体への負担も少ないのが特徴だ。

 斧形態に戻し、ビンを排出。かなりのエネルギーを消費してしまったため、新たなビンに取り換える。

 一方でバルファルクは、今の二発が相当堪えたらしい。ふらふらと覚束ない足取りで、俺たちから距離をとった。

 

「……朦朧としてるように見えるにゃ」

「ほんとだな。おい、お前! もうやめとけ! 早くここから去れ! あと肉を美味しく焼け!」

「たくさん注文したらこの子も困っちゃうにゃ」

「そうだな……おい! 肉を旨くしやがれ!」

「順序が逆にゃ! まずはここから――――」

 

 イルルがそう言いかけた、その時だ。

 奴が、その傷だらけの胸から妙な金属音を立てる。

 そう、それはまるで深呼吸でもしているような。壊れた機械が、あたりの空気を取り込んでいるような、そんな音。

 同時に、翼に激しく炎が灯る。

 

「にゃ……」

「イルルっ! 危ねぇ!」

「ふやっ……!!」

 

 はっと気づいて、イルルを抱き締めてダイブ。

 真横に跳んでいなかったら、俺たちはきっとバラバラになっていたに違いない。そんな恐ろしい勢いで、奴は飛び立った。あっという一瞬で、大地を抉って天高くまで舞い上がる。

 

「…………」

「……び、びっくりしたにゃ……」

「……はぁ~、なんだよあいつ……やべーだろマジで……」

「旦那さん、ごめんなさいにゃ……ボク、動けなかったにゃあ……」

「気にするな。あのままじゃ二人仲良く挽肉だったな。いや俺も、よく動けたもんだよマジで……」

 

 この藍色の夜空に、奴の眩しい緋色が吸い込まれていく。

 ぐんぐん小さくなっていくその影から、奴はここを後にして飛んでいったのが分かる。最後はしてやられたが、奴の撃退はこれにて完了だ。

 

「次は氷海に降りて来いよ……。いや、氷結晶ボックス使えばあの尻尾も持ち運べるかな」

「うにゃ……まだ追う気かにゃ?」

「当たり前だろ。あいつにゃ三度飯を食われてるからな。肉を焼いてもらうか、ホットサンドにでもしてやらないと気が済まん。肉焼いたら許す」

「そ、そうかにゃ……」

 

 腕の中で、イルルが呆れたように鳴く。

 その柔らかな毛並みにさりげなく頬ずりしつつ、立ち上がった――その時だった。

 

「……ん?」

「旦那さん、どうしたのにゃ?」

「……近づいてきてる?」

「にゃ? ……うにゃっ、耳が……痛いにゃっ!」

「……おいおい……おいおい待て待て! あいつ……嘘だろッ!?」

 

 あの赤い点が、どんどん大きくなる。

 空に吸い込まれたはずのそれが、超上空で大きく旋回し、再びこちらに戻ってきた。

 落下速度を上乗せし、さらに長距離飛行によって地上の滑空とは比較にならないほど超加速したその全身を、今、ここにぶつけようとしている。

 

「うっ……うおおおおおぉぉッッ!?」

「にゃぅうっ、これはもうダメにゃー!?」

 

 とにかく走った。

 とにかく、奴の射線上から外れるように。

 しかし現実は無情にも、俺たちを奴の破壊の渦へと巻きこませる。

 

 超爆音。超質量が、地上に衝突した。

 急降下攻撃とか、体当たりとか、そんな次元のものではない。もはや隕石だ。隕石落下の瞬間だった。

 

「がっ――――」

「旦那さっ……!」

 

 左後ろから感じた衝撃に、俺の体は思わず宙に浮く。

 同時に割れた地盤に叩き付けられ、背中が激しく悲鳴を上げた。

 

 イルルを抱えて体を丸め込んだおかげか、頭は無事だ。しかし、あまりの衝撃ですぐには立てなかった。防具が無かったら即死は免れなかったに違いない。

 

「旦那さんっ! 旦那さん!」

「ぐ……イルル、無事か……」

「大丈夫にゃ、ボクは大丈夫……旦那さんっ……」

「いてて……直撃しなかっただけ、マシだなぁ……」

 

 落下地点に、ボロボロになった龍が一頭。

 奴を中心に地盤が割れ、木々が薙ぎ倒されていた。

 

「……馬鹿野郎。そんなことしてたら死んじまうぞ。ったく、親の顔が見てみたいもんだぜ」

「にゃあ……まさに特攻にゃあ……」

 

 バルファルクは、渾身の一撃を繰り出したのだろう。

 もう戦う気力は残ってなさそうだった。ただ覚束ない足取りで歩き出す。もう、俺たちが生きているかどうかを考えているほどの余裕もなさそうだ。

 

「……早く元気になれよ」

「旦那さん……」

「んで、いいスパイスを振り撒いてくれ」

「…………」

 

 弱々しく、バルファルクが飛び立つ。

 俺たちの声が届いているのか、届いていないのか。それすら俺には分からないが、最後には確かに目が合った。

 飛び立つ直前に、目が合ったんだ。俺の顔を見て、「くるる」と鳴いた。

 

「……あいつ」

「どうしたのにゃ?」

「……いや、何でもない。さぁ、そろそろ行くか」

「立って大丈夫にゃ……? 傷は……」

「うーん……動けるし、問題ない。ただまぁ、回復薬は飲んどこうかな――」

 

 そう言いながら、ポーチに手を伸ばした瞬間だった。

 どん、と大地が揺れる。

 昼間感じたような地震が、まさに俺の足元から鳴り響いた。

 

「なっ……!?」

「にゃあっ!?」

 

 それはいつかの、凍土の壁を叩き壊すあの感触に似ている。

 大地の底から、それは確かに伝わってきた。

 

 木々が曲がる。枝が軋む。割れた地盤が、崩れ始める。

 

「……うっ……!?」

 

 割れた地面の奥から、大穴が顔を出した。バルファルクの一撃によって緩んだ地盤が、崩れ始めたのだ。

 悠然とした古代林の底に形成された、まるで地獄の入り口のようなその大穴。

 それが大口を開けて、俺を呑み込もうと地盤ごと引き摺り始める。どうやら、この下には地下空間があるらしい。あの一撃で、言わば覆い被さっていた蓋が割れたのか。

 

「畜生が……こんなものっ……あぐっ!?」

「旦那さんっ! 脚が!」

 

 左脚が、地盤の一部に挟みこまれている。

 頑丈な覇竜の足だ。壊れることはないだろう。

 しかし、立ち上がれない。動くこともままならない。この崩落の渦から、逃れることができなかった。

 それに気をとられていた、その瞬間だった。

 大気が、振動によって割れる。

 

「…………!」

「……今の声……」

 

 地の底から、声が轟く。

 あの叫び声のような、断末魔のような、俺の記憶の奥底にべっとりとこびりついたあの声が響いた。

 間違いない――奴は、"淆瘴啖"はここに、この地の底にいる。

 

「ぐっ……」

 

 落ちる。

 このまま落ちて、どうなるか?

 この穴は一体、どこまで続いているのか?

 奴がここにいるとして、俺は――――。

 

「旦那さん……っ!」

 

 イルルが、必死に俺を引き上げようと奮闘している。

 その小さな体が俺を持ち上げようとして、しかしとてもじゃないが持ち上がらない。

 このままじゃ、イルルまで巻き込まれて落ちてしまう。こんな、何が待っているかも分からない虚に、彼女も巻き込むなんてことは。

 ――そんなのは、絶対受け入れられない。

 

「イルル……っ、頼む! キャンプに走れ! 救援を呼んでくれ! ルーシャなら動けるはずだ!」

「旦那さんっ、でも!」

「この穴は使うなよ! どうなるか分からん! 淆瘴啖がこの下にいるってことは、どこか別の入り口があるはずだから!」

「やだっ、いやにゃ! らんなさん……っ!」

 

 彼女はボロボロと涙を流しながら首を振る。俺を離すまいと、必死に爪を喰い込ませるが――。

 それでも、俺は。

 

「イルル……すまん!」

「にゃっ――みゃうんっ!」

 

 彼女を掴んで、投げた。

 この地盤沈下の渦から放り投げ、外の草地に転がる白い毛玉の姿を確認する。

 

「だっ、旦那さん……っ! 旦那さ――――んっっ!!」

 

 叫ぶイルルの声と、崩れ落ちる地盤の悲鳴。

 ふわっと浮くような感覚に思わず顔を(しか)めたくなるが、今はそれは我慢だ。

 彼女に向けてグーサインをして、俺はこの虚に臨む。

 淆瘴啖――――本当に生きてやがった。

 待っていやがれこの野郎。今度こそ、お前を美味しく喰ってやるからな。

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ベルナ風ホットサンド』

 

・マスターベーグル   ……2枚

・ホロロース      ……100g

・シモフリトマト    ……1切れ

・砲丸レタス      ……40g

・雲羊鹿チーズ     ……たっぷりと

・黄金印のマキシ・マム ……適量

・オニキスペッパー   ……適量

 






最後のサムズアップはあれです。I'll be back.


ホットサンドメーカーが最高ですね。何でも旨いですねあれ。ホットサンドも焼ける両面フライパンって名前に変えた方がいい。そのサイズ感がちょうどいいおつまみサイズで最高です。この前アボカドとベーコンにチーズ混ぜたホットサンド作ってバリ旨かったんですが、あまった具材だけそのまま焼いておかわりしたらそっちの方が旨かった。あれ? パンいらなくない?
やはり生きていた淆瘴啖。いよいよ、最終決戦です。泣いても笑っても、モンハン飯ストーリーはいよいよクライマックス!!
ついでに6周年です。かかりすぎー!!みなさんいつも読んでくれてありがとうー!!


…バルファルクの生みの親…顔、見てみたいもんですねぇ。

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