ホロホロ鳥……ホロロホルル鳥……。
俺たちが一斉に武器を構えると、奴は翼からより一層強く炎を吐き出し、地面へと舞い下りた。
天彗龍、バルファルク。
俺たちが探していたそれが、今目の前にいる。
「……元気そうだな」
師匠と俺が以前つけた傷は、今やすっかり癒えてしまったらしい。うっすら痕はあるものの、動くことには何不自由なさそうだった。
その代わりに、俺や師匠のものとは違う、鋭い切り傷が新しくできている。あんな傷をつけられる武器は、ただ一つだけ。
「……刀傷」
「やっぱり、イズモがやったのね。あいつは無事なの……?」
「こいつさえ排除できれば、あとは落ち着いて捜索できる。やるぞ!」
「がってんにゃ!」
「よーし! 行くよっ、イリス!」
俺は剣斧を構えて、ダッチオーブンを庇うように立つ。
ヒリエッタは背の大剣の柄に手をかけながら、奴の背後に回るように駆け出した。
イルルとイリス――と呼ばれたルーシャの猟虫は、奴の気を引くように前へ出る。
それを、翼で叩き潰そうとするバルファルク。
「見えてるにゃ!」
イルルはそれを察知していたようで、さっと横に跳んで躱した。イリスもまた、軽々と掻い潜ってその鋭い頭部を全身で殴りつける。
「俺の言ったことは覚えてるな! あいつの翼をよく見ろよ!」
「先端が向いてたら刺突! 翼口が向いてたらエネルギー放射! もしくは今みたいな平手打ち! 覚えてるよ!」
そう言いながらルーシャは飛び出して、空からバルファルクへと斬りかかった。
それを、奴はひらりと躱す。横に跳んで、
「たぁっ!」
その頭に向けて、ヒリエッタは重い大剣を振り下ろす。
攻撃の体勢に入れば、咄嗟の防御も回避も難しい。バルファルクは避けることも叶わず、悲鳴を上げながら仰け反った。
「ヒリエッタナイスー!」
「軽口叩いてないで! すぐ来るわ!」
地面を穿った大剣を引き上げながら、ヒリエッタはそう叫ぶ。
彼女の言葉通り、バルファルクは既に体勢を整えていた。あの翼をぐるりと反転させ、槍のように鋭い切っ先を向ける。
「うっ……!」
それが、瞬時に突き出された。
一瞬で倍近い長さまで伸びたそれに、ルーシャはぎりぎりのとこで躱す。鎧の右肩当てだけが躱し切れず、その部分が勢いよくは弾け飛んだ。
「あっ……ぶなぁ……」
相当ひやっとしたらしい彼女は、ふらりと体勢を崩しかける。
「……ッ! 薙ぎ払いがくる! しゃがめ!」
「えっ……」
「ルーシャさん!」
奴の翼の動きは、未だ止まらない。仕留めきれなかった刺突を、周囲を薙ぎ払う斬撃へと変えた。
ヒリエッタが奴から距離をとる一方で、足をもつれさせたルーシャは大きく隙を晒す。そんな彼女に向けて、イルルが飛び付いた。
飛び付いて、うつ伏せになるように地面に転がって。
「わっ!」
「顔上げちゃだめにゃ!」
二人の頭上を、双剣のような両翼が駆け抜ける。
そんな銀の一閃が振り切ったところで、俺は駆け出した。勢いを失ったその翼を踏み台にして、高く宙へ跳び上がりながら。
その頭に向けて、俺は両手を伸ばす。
「頭ががら空きだぁッ!」
「旦那さん!」
掴んだ甲殻からは、どこかひんやりとした感触が伝わってきた。
思わず滑りかねないそれに爪を喰い込ませながら、両脚には首を絞めるように力を入れる。
突然頭を掴まれて、甲高い声を上げるバルファルク。それに負けないように、俺も声を張った。
「イルル、ルーシャを離れさせろよ! ヒリエッタ! こいつの尻尾をよく見てくれ!」
「尻尾!?」
「新しく生えてる部分があるはずだ! この前一度切ったから、軟骨になってると思う! そこを見つけてくれ!」
「……分かった!」
そう言って、ヒリエッタは奴の背後をとろうと駆け回す。
その様子を見ながら、俺は斧を高く高く掲げた。
「おらぁっ!」
先程ヒリエッタがつけたその傷痕に、俺は重ねるように斧を立てる。
その衝撃にバルファルクは悲鳴を上げた。痛みのあまりか、俺が斧を叩き付けた方向に体を仰け反らせる。
ここはダメだ。目の前にルーシャとイルルがいる。もう一撃必要だ!
「もっと左向け!」
ダメ押しのおかわりを受け、奴は苦しげに叫ぶ。
ぐるりと仰け反った奴の体に合わせて、俺の正面には太い幹が聳え立った。同時に振り切った斧の反動で、俺は大きく背後に弾き飛ばされるが――――。
構わず、喉を震わせる。
「今だ! ヒリエッタ!」
「見つけたわ! 切れろっ!!」
振り下ろされる大質量が、奴の細長い尾を叩き潰した。
師匠に斬り落とされ、新しく生えてきた仮の尻尾。飛竜は軟骨で出来た仮の尾を生やすとは聞いていたが、それは古龍も同様のようだ。
所詮は軟骨。大剣の重さに耐え切れず、簡単に断ち切られた。
尻尾が突然軽くなり、バルファルクはバランスを崩す。
それに、尾を斬られるとなると相当な痛みが伴うのだろう。奴は驚いたように前に駆け出して、あの太い幹に激突した。
「っっしゃあ! ビンゴ!」
「すごいにゃ旦那さん!」
「チャンスね! それっ! お返しよ!」
自ら頭部を強打させ、昏倒したバルファルク。その羽に向けて、イルルとルーシャは刃を振るった。
ヒリエッタも俺も、自らの武器を振り被る。大剣が奴の甲殻に罅を入れて、俺の重斧は甲殻の隙間を穿った。
とはいえ、それもものの数秒で、バルファルクはすぐに起き上がる。そうして、憎々しげに俺たちを見て、甲高い声を上げた。
「んにゃ!」
「うっ、うるさい!!」
「……こいつ、もしかして!」
喉元を震わせながら、奴は標的を定めた。
俺や、イルルたちを見ているわけではない。俺たちの背後にあるあれを、じろりと見つめていた。
薪の火を浴びて、悠然と熱を散らすダッチオーブン。
俺の努力の結晶そのもの。
「ちっ、三度目はねぇぞ!! あれはこのあとフライパンで焼き目をつけるんだ!!」
「この状況でまだ料理のこと気にしてたの!?」
奴が動き出す前に、俺は走り出した。
しかしそれに触発されたのか、奴もまた駆け出す。俺の背後から、どすどすと重い足音が近づいてきた。
「だああぁぁぁ!!」
飛び出して、この鉄鍋を抱えて、横に跳ぶ。フタを思いきり手で絞めたもんだから、防具越しにじんわりと火傷してしまいそうだ。
それでも、奴に食われるよりはマシだった。
「ぐっ……!」
熱々のオーブンと共に地面を転がる。
しかしそれを追い掛けるように、奴は啄みを仕掛けてくる。その一閃が鉄の表面を擦り、その衝撃に俺の力は思わず緩む。
中の肉が、露わになった。
同時に漏れ出る、低温ながらも十分熱い油。
「うおわあっちゃぁッ!!」
防具の隙間から入ってくるその熱さに俺は思わず飛び上がって、ダッチオーブンを放り投げてしまった。
しまった。
やらかした。
折角煮詰めていた肉が、宙を舞う。
「くっそ……せめてこいつだけでもッ!!」
舞う一本の肉に向けて、俺は手を伸ばした。
熱々のそれを掴む――と同時に、奴の翼の平手打ちが飛んでくる。
こいつ、肉が舞ったことに気づいてないのか。
「うおっ――らぁっ!!」
掴んだ骨を握り締め、その骨付き肉で奴の炎を振り払った。
片手剣のように炎を受け、逸らし、そのまま受け流す。
翼自体には何とか触れなかったようで、肉は弾け飛ぶこともなく無事だった。どころか、奴の炎を浴びてほんのり表面が焼けている。
「……ん?」
なんだろう。
この鼻を通る香りはなんだろう。
「シガレット! 前!」
思わず匂いを確かめていたところで、ヒリエッタの声が響く。
はっと顔を上げれば、翼口をこちらに向けている奴の姿があった。体内の龍属性エネルギーが充填され、俺に向けて射出される。
「うおっ……ブレス……!!」
想像されるブレスとは随分違うが、これもまごうことなきバルファルクの吐息だ。
淆瘴啖とは違う、随分澄んだその息吹は俺と、俺の手にあるこのホロロホルルの鳥コンフィへと襲い掛かる。
澄んでいるといっても、それは熱と衝撃の塊であることには変わりない。思わず直撃してしまい、俺は大きく弾き飛ばされた。
「がはっ……!」
ちりちりと、腰の金獅子由来の腰巻が焦げている。鎧自体は熱に強い素材なため、体が受けたのはほとんど衝撃によるダメージだ。
ただ、頬当てだけは熱に弱いため損傷が激しい。これは後から手入れしないといけないだろう。
「くっそ……」
ゴロゴロと転がって、衝撃を逃がす。肉を庇いながら転がるのは身体の負担も随分大きいものだ。節々が痛む。
それでも何とか起き上がって、頬当てを取り外した。焦げてしまったのか、少し嫌な臭いを感じたのだが。
同時に、露わになった俺の鼻孔に芳ばしい香りが入り込んできた。
「ん……? んんっ!?」
焼けている。
左手で握っていたこの肉が、丁度良い焦げ目を浮かべて焼けている。
俺ごと巻き込んだあの炎で焼かれたのだろうか。程よい炙りが聞いており、随分といい香りがする。
「……まさか」
目の前にバルファルクがいるというのに、俺は自分を止められなかった。
恐る恐る、その肉を噛む。
パリッと張りのよいその皮と、中のもちっとした油の香りをよく含んだそれを、噛み締める。
「……なんだ、なんだこの旨さは……!?」
素材が生きている。
食材が活きている。
細胞の一つ一つが脈動しているようだ。噛む度に溢れる肉汁と、噛み締める度に筆舌し難い幸せな感触を顎に残す肉。
固いのか?
柔らかいのか?
そんなありきたりな言葉では当てはまらない。例えるなら、いや、それは例えでも何でもないかもしれないが――幸福感だ。噛む度に、幸福感を覚える。俺が今噛み締めているのは、肉の形をした幸せだ。
低温の油でじっくり火を通したおかげで、肉は骨の周りまで優しい桃色に染まっている。皮は油を十分に吸って、橙色や黄色に近い。わざわざ垂皮油を加工して香りを高めただけあり、噛んでいる時の鼻を抜ける風味の良さも尋常ではない。
ホロロホルルの身は、肉厚でコクがあり、ジューシーでいてとろけるように旨い。特産ゼンマイやタイムの葉、その他さまざまな野草を加えてみたが、それが肉の臭みを打ち消し、それでいて脂のくどさを紛らわせているようにも感じる。ホロロホルル、これは単体でも旨い鳥に違いない。
だが、これは。
これは明らかに、異常だ。
「……お前ッ! お前の炎は……ッ、まさか……」
肉が生きている。
奴の龍気に当てられて、死んだはずの肉が、細胞が眠ったはずの肉が目を覚ました。
まさに活性化だ。
あの時のイャンクックの肉をふと思い出す。狂竜ウイルスに当てられて細胞が劣化したはずなのに、奴の炎を浴びて命をぶり返したような味になったあの肉を。
奴の炎は、もしや最高のスパイスなのだろうか。
龍属性は、命の源だ。その龍属性のなかでも、特に鮮度の高い奴のあの炎は、もしや素材を活性化させる力がある? 素材の旨みを、何倍にも引き立てる力があるのか?
「これは……これはピッタリじゃないか、あの食材に……!!」
どう足掻いても、旨く調理することができなかったあれ。
流石の俺も諦めて、氷海の氷の中で眠らせるしかなかったあれ。
こいつの炎ならば、淆瘴啖を美味しく食べることができる。
今、俺は確信した。
「――――よそ見してんじゃ、ないわよ!!」
ヒリエッタの声が響く。
それが、俺を食い破ろうとしているバルファルクの目元を穿った。
大剣に弾かれて、バルファルクは血走った眼で彼女を見る。
一撃の威力が最も大きいのは彼女だ。それにより、頭部を殴り付けられ、さらにはやっと生えてきた尻尾まで切り落とされた。
バルファルクが怒るのも、もっともだろう。
「わっ!」
「にゃあ!」
再び、奴が甲高い声で吠える。
吠えて、その全身から龍の炎を噴き出させた。
「……ッ!? なんだ!?」
「形態変化……っ!?」
日の光を跳ね返すだけだったその甲殻は、どこか藍色を帯びたような色だったのに。
今やそれは、全身から出る炎の緋色を映していた。
「ヒリエッタ! 避けろ!」
「ぐっ!」
奴は、全身を翻す。体を捻らせて、その槍のような翼を振り上げた。
狙うは、側面にいる赤い鎧の少女。大剣を収める彼女に向けて、その太い杭を叩き付ける。
「くぅ……! 私狙いってわけね、上等!」
ダイブして避けたそれを横目に、彼女は駆け出した。
バルファルクから距離をとる。しかし奴も、それをただ見ているわけではない。
「ヒリエッタ! 後ろから来るよ!」
「にゃー! こっち向けにゃー!」
イリスと、イルルの投げるブーメランがバルファルクの体を削る。
その後を追うように跳ぶルーシャ。操虫棍に備え付けられた射撃機構の反動で、前へ前へと空中を駆けた。そのまま、奴の背中に向けて渾身の連打を叩き付ける。
だが。
「……うそっ、痛くも痒くもないの!?」
奴は、それもまるで気に留めなかった。
彼女の攻撃なんてまるで始めから無かったかのように、喉を「くるる」と鳴らしながら赤い鎧の背中を見つめ続ける。
直後、咆哮。同時に、走行。
全身から炎を迸らせ、ヒリエッタに向けて走り出した。
「受けた痛みは、倍で返すっ! 来い!」
ヒリエッタは、特殊な構えで大剣を引き抜いた。
あれは、例のベルナの講習で実演を見たことがある。
剣を前に構えることで前方からの衝撃を受け止め、むしろその衝撃を生かして大振りの叩き付けをするという狩りの技。確か――――。
「『震怒竜怨斬』か……ッ!」
駆け足で迫るバルファルク。光を弾く鋭い上下の嘴を、奴は忙しく叩き続ける。
おそらく、ヒリエッタは啄みが来ると読んだ。
先程から何度もそれをやっていたのだ。ルーシャに向けても、俺に向けても。
だからこそ、彼女はそう読んだのだろうが――奴の足取りは、啄むための走りとして見るには少し違和感を覚えた。どころか、翼から勢いよく炎を噴かせ始める。
「……ッ! ヒリエッタ! ダメだ避けろ!」
「――――え……」
一瞬。
バルファルクはたった一瞬で炎を噴かせ、目にも止まらぬ速さで急加速した。走るのではない。地上擦れ擦れで、飛んだのだ。
点が面となって迫ってくる。彼女の視界は、きっとそんな風景が映っただろう。
あまりの威力に、彼女の構えた大剣は容易く折れた。それによって弾き飛ばされた彼女は、勢いよく地面を転がっていく。
「ヒリエッタ!」
「ヒリエッタさん!!」
大地を激しく削りながら、バルファルクは自らの加速を止めた。
その爪を軸に方向転換し、奴はうつ伏せに倒れ伏すヒリエッタを見定める。
それがどんな気持ちの表れかは分からないが、奴は甲高い声を上げてもう一度加速した。再び、あの炎を瞬かせながら。
「にゃっ、ダメ――――っっ!!」
俺も、ルーシャも、イルルも走り出す。
だが、バルファルクの速度には到底追い付けない。
武器を砕かれ、体中から血を流すヒリエッタは、起き上がることもできず迫る奴の姿を見るしかできなかった。あのまま二度目をぶつけられたら、きっと――――。
「……イズ……モ……」
彼女のか細い声を呑み込むように響く、轟音。
「――――ッ!」
木が、音を立てて倒れる。
バルファルクが駆け抜けたことによって、あの太い幹が大きく削られた。倒れる巨木と共に、大量の花や葉が舞い散った。
どこかこの風景に似つかない、桜のような花びらが混じって風に舞う。
チン、と刀が鞘に納まる音が響いた。
それと共に、木をえぐったバルファルクが、大きく血飛沫を上げる。
「なっ!?」
「今、何が……!?」
ヒリエッタは、無事だった。
全身を留めたまま、その花びらに見惚れるように刀の持ち主を瞳に映す。
「……『桜花気刃斬』……?」
遅れた斬撃で分からなかったが、あの刀は確かに奴の軌道を逸らしていた。
ヒリエッタを薙ぐそのギリギリの距離を刀で切り上げて、あの超加速に巻き込むのを避けていたのだ。
その斬撃の張本人が、納めた刀を杖のように地面へと突き刺す。長い太刀を支える腕が、微かに震えていた。
「にゃっ、あれは……」
「――――イズモッ!?」
全身を泥と傷で汚した、泡狐竜の装備をまとう黒髪の男。
すらっとした長身で、長く伸ばしたその髪をひとまとめにした彼は、溜まりに溜まった思いを吐き出すように、大きく息を吐いた。
震えた声が、腕と同じように諤々と震えた声が響く。
「……っはぁっ、やった! やってやったぞこのヤロー! はっ、はぁぁぁ……やったっ、やったんだぁ、オレぇ……!」
耐え切れなくなったように尻もちをついたその男は。
この情けない表情で顔を満たすこの男は。
「イズモ……! 生きてたな全く!」
「イズモさん……! 良かったにゃっ、ほんとに良かった……!!」
「はぁ、はぁ……シグ、イルルちゃん……へ、へへ……」
長い間この森を彷徨っていただけあって随分肌荒れも進み、髭も伸びているけれど――こいつは確かに、俺の旧友で間違いないようだ。
「イズモ……アンタ……」
ヒリエッタは、呆然とした様子で手を伸ばす。
イズモは荒い息ながらもそれに気づき、へらっと笑いながら同じように手を伸ばした。
「……ヒリエッタ……元気? 生きてる……?」
「生きて……る……」
「へへへ……良かっ、た。追い付いた時には、こんな風でさ……オレもう無我夢中で……」
「アンタ……そんなボロボロになってまで……」
「やっと、やっとだぁ……今度こそ、君を……守れ、た――――」
その手をとって、噛み締めるようにそう言って――イズモは、糸が切れたかのように倒れ伏す。
「ちょっと……イズモ……っ!」
倒れるイズモを揺すろうとするヒリエッタを制し、ルーシャは彼の脈を確認した。
「大丈夫、疲労がたまってるだけ! 死んではないよ!」
彼はまだ死んでいない。生きている。
その事実に、俺とイルルはほっと息をつくものの――――。
「……このままじゃ戦えねぇ。さてどうやって退散しようか……」
イズモの斬撃を受けてなお、バルファルクは倒れなかった。探していた者をようやく見つけたのか、憎々しげに唸り声を上げる。
「俺がイズモを担いで、ルーシャがヒリエッタを担ぐ。あとは隙を作りたいが……」
「旦那さん! ボクに任せて! そのために、この樽を持ってきたのにゃ!」
イルルがばっと前へ躍り出て、その背中の樽を手に取った。
彼女の体とそう変わらぬほどに大きなそれを、その小さな体が大砲のように構える。
それは明らかに、小型の大砲だった。
「ドングリ閃光弾にゃー! みんな、ばるふぁーくの方を見ちゃだめにゃ!」
「バルファルクな! 分かった! 走れ!!」
火薬の弾ける音と共に、大粒の弾が飛び出した。
アイルーお手製の火薬と航空技術を用いたそれは、予想とは随分と違う、鈍い速さで飛び出すけれど――――。
一体これは何だ? と言いたげにバルファルクが首を傾げたところで、一気に炸裂した。
「うおっ……!」
「うひゃあっ!」
「んなぁ!!」
イズモを担いで走る俺。
ヒリエッタを担いで走るルーシャ。
殿を務めながらも背後を見ないように前を向くイルル。
そんな俺たちの背中を凄まじい閃光が焼いた。
バルファルクは、超高高度に生息するモンスターだ。
そのため、リオレウスよりもさらに視力が発達していると俺たちは推察していたが――どうもビンゴだったようだ。
「バルファルクの悲鳴が聞こえる! やっぱり閃光に弱いんだね!」
「やったな! ナイスだイルル!」
「にゃー! このままキャンプまで退散だにゃー!!」
背後からは、奴の悲鳴が聞こえてくる。
目をやられ、視界を閉ざされて狂乱する奴の声が。その暴れる様子はきっととても恐ろしいが、奴は俺たちを視認できていない。視界に頼り切っていたからこそ、他の手段で俺たちを追い掛けることはできないのだろう。
今なら、人を担いでも逃げられる。
奴のおかげで他のモンスターも出てこない。イズモの救出は、これでなんとか遂行完了だ――――。
「――――なぁ、シグ……」
「あん? 喋らない方がいいぞっ、黙って眠ってろ!」
「……オレ、おかしくなっちまったのかな……」
自嘲するように、肩に担がれていたイズモが言葉を溢す。
その言葉は、バルファルクの声に掻き消されるほどか細いはずなのに。
俺の耳には、よく届いた。
「……聞こえるんだ。地の底から、あいつの声が……"凍土の時"みたいに、さぁ……」
~本日のレシピ~
『ホロロホルルの鳥コンフィ』
・夜鳥のもも肉(骨付き) ……2本
・垂皮油 ……たっぷりと
・特産ゼンマイ ……20g
・タイムの葉(古代林産) ……1枝
・ベルナローリエ ……1枝
・モガモガーリック ……1片
・塩胡椒 ……適量
☆バルファルクの炎に当てると旨みが格段に増す。
バルファルクは強いんだ!!
ということで今回は、ホロロホルルのコンフィを作っていったわ。ウマすぎて……?
キリンになっちゃったわね……(ダラ・アマデュラボイス)
かなり核心に迫るお話になりました。終盤に向けてラストラン! もうちょっと!
今回実はTBS版孤独のグルメの引用が一文だけあります。それに気付いた人は同志。今度一緒にご飯行きましょう。
サブタイトルの意味は、モン飯を第1章から読んで下ってる方には伝わる……かもしれません。決して適当ではないのですよ!間あけすぎてて忘れたっていうのはごもっともです。私も忘れてました←
それではでは。閲覧有り難うございました。