モンハン飯   作:しばりんぐ

73 / 84



 たまGO! たまGO!





託せ目映いゴールイン

 

 

「くぅぅぅぅ……良かったなぁイルル!」

「にゃあ、ほんとにゃ旦那さん!」

「ギルドに厳重注意された時は意味分かんなかったけど、結果オーライだったなぁ!」

「にゃー! テツカブラの卵なんか使わないって言われた時はビックリしたにゃ」

「全くだ。こんなもの誰も食わんって言われて、むしろ納得しちまったしな」

「にゃ。本物、美味しいのにゃ!」

 

 イルルが、嬉しそうにスプーンを振っている。

 彼女の手にあるのは、先日試した例の飲料だ。それも、市販の正規版。その見た目と言えば、泥水に沈んだ鬼蛙の卵――――と言いたいところだが!

 実はこれは、どうも芋を使ったでんぷん由来の食材だそう。こんにゃくのようだがまるで違う、初めて見る食材だった。

 

「にゃーん。もちもちの歯応えが、ミルクティーの甘さによく絡まってくるにゃ~」

「イルル、俺にも一口くれよ」

「はいにゃ。あーーん」

「ん、あむ……お! こりゃ面白いや!」

 

 噛めばもちもち。舐めればごろごろ。

 独特の柔らかさと程好い歯応えが、俺の口の中で咲き乱れる。ミルクティーの深い甘味が喉の奥まで染み込んで、それを吸わせたつぶの一つ一つがきゅっと音を鳴らせた。噛む度にミルクティーの香りが深まる、と思いきや、つぶ本来の香りが顔を出してくるのだ。上質な香料のような味のある香り。それがするりと鼻を抜け、心地のよい風味を残していく。

 ミルクティーの甘さが消えてきたら、スプーンで掬って追加すればいい。そうやって、これは何度も味を重ねるスイーツなのだろう。

 

「ふみゃー。甘いにゃ~、これ好きにゃ~」

「良かったな。流行りのものが似合う女じゃん」

「にゃ! 目指せ流行の最先端……!」

 

 キリッと顔を改めて、決めポーズをばっちり決める。かと思いきや、またスプーンで黒いつぶを掬い、一口。にへら、と嬉しそうに顔を緩ませるイルル。

 

「さて、と」

 

 尻尾をピンと立たせながら、つぶつぶを頬張るイルルをよそに、俺は背後の木箱からあるものを取り出した。

 木屑に包まれたそれは、つるつるとして美しい。その曲線美は、この世のものとは思えない。手に伝わるひんやりとした温かさは、まさに全ての命の祖と言えるだろう。

 

「……美しい」

「にゃ?」

「なんて素晴らしいんだ」

「……旦那さん、その『卵』どうしたのにゃ?」

 

 びっくりしたような顔で、イルルがそう聞いてきた。

 

 卵。

 

 今俺の手の中にあるそれは、卵だ。それも、何とも珍しい獣竜種の卵。旧砂漠に住み着いた斬竜ディノバルドの巣から見つかったものらしい。いつかのサボテンカレーの味が、不意に蘇る。

 

「いやな、上からの直々の命令なんだよ」

「にゃ?」

「テツカブラの卵も、確かに卵だ。けど、調理法は明らかに失敗したよな。それがしっかり大長ろ……じゃなかった、組織の上役に伝わってしまってな」

「にゃ……」

「だから、卵への感謝を思い出すためにこれでスイーツを作れって怒られちゃったんだよ」

「にゃにそれ……」

「でもま、斬竜の卵なんて珍しい。あんな武骨な奴からスイーツが出来たら、って考えると……面白くないか?」

「にゃ……スイーツ!」

「まぁそういう訳だ。早速こいつを料理してやりたいもんだけど――――」

「……じゃあなんで、ボクたち往来でゆっくりしてるのにゃ?」

 

 不思議そうに、イルルが言った。

 あのドリンクを持ちながら、ドンドルマの往来のベンチで、彼女はそう言った。

 目の前は、大通りだ。ドンドルマ市場の大通り。奥には大老殿がそびえ、行き交う人々は忙しなくカゴを揺らしている。

 

「ある料理をしたいんだが、それにはある物がいるんだよ。それが生憎、うちにはなくてな。だから、それを持ってる奴を探してるんだけど――――」

「ある物? どんなのにゃ?」

「俺やイルルには縁のないやつだ」

「にゃー。調理器具でうちにない……なんてものは考えにくいにゃ。全く別のものにゃ?」

「そうそう。着るものなんだよ」

「着るもの? ……エプロンじゃないにゃよね?」

「おう。そういうのじゃないな。俺やイルルは、まず身に付けないようなもの――――」

 

「あれ? シガレットに、イルルちゃんじゃない。何してるの?」

 

 不意に、声が届いた。

 俺が探していた人物の声が。

 

「ヒリエッタ! 良いところに来た! お前を探してたんだ!」

「は?」

「にゃ?」

 

 挨拶の返事も忘れ、俺は彼女の前に飛び出した。そのまま、考えていることを口に出す。言いたいことを、簡潔に伝えた。

 

「お前のインナー……ストッキングが欲しいんだ! 貸してくんね?」

 

 一瞬の静寂。

 続いて平手打ちとネコ爪乱舞が飛んできた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……まぁ、どうせ料理のことだとは分かってたわよ。卵持ってたし」

「じゃあぶつことなくね?」

「腹立ったからよ」

「最低にゃ、旦那さん」

「うっ! イルルの冷ややかな目は凄く痛い!」

 

 呆れた様子のヒリエッタと、むすっとむくれたイルルさん。

 イルルさんご機嫌斜めっぽい。参ったな。

 

「飯のことになるとつい他のことを考えなくなるのは俺の悪い癖だよな」

「……まぁ、もう慣れてるけどにゃ」

「で? ストッキングをどう使うのよ。返答によっちゃぶち殺すわよ」

「物騒だなぁ。普通に料理で使うだけだよ」

「大体、わざわざ私の使わなくても買えばいいじゃない」

「ばっか。恥ずかしくて買いに行けるかっての」

「イルルちゃんにお願いしたら?」

「にゃー……アイルーもなかなか買わないにゃ」

「それにそんなんつけたら、イルルのふわもこの毛並みが台無しになっちまうからな」

「なんでボクが着る前提の話になってるのにゃ」

 

 ジト目のイルルの頭を撫でつつ、俺は例の箱を取り出した。

 その中身を、この自宅の自慢のキッチンに置く。灰と茶色の波模様が美しい。

 

「で? 一体どうするつもり?」

「ストッキングでプリンを作る」

「は?」

「聞こえなかったのか? プリンを作るんだ」

「……聞こえたけど、まるで意味が分からないわ」

「うにゃ……一体どうやって?」

 

 二人は不思議そうに首を傾げていた。

 プリンといえば、卵を使った甘くてとろけるスイーツだ。男女問わず、種族問わず人気が高い。かく言う俺も、プリンは好きだがいかんせん作るのに手間がかかるイメージがある。

 だが、これはどうだろう。

 

「とりあえず、まずは卵を包むために……あったあった」

「うげ……」

「フルフルの皮、にゃ?」

「そうそう。下手な扱いしたら卵割れちゃうからな。まずこれで包むんだ」

 

 フルフル特有のブヨブヨとした皮を手に取って、卵を満遍なく包み込む。

 この弾力性が、卵を衝撃から守ってくれる。もしも落としてしまっても、これがあれば割れることは防げるだろう。

 

「……もしかしてこれを、ストッキングに入れるとか言うんじゃないでしょうね」

「御名答! 流石ヒリエッタだ!」

「はぁ!? 嫌よ!」

「頼む! そこを何とか! これは大人二人がかりじゃないとできない料理なんだ!」

「なんでフルフルの卵入れなきゃなんないのよ!」

「違うこれはディノバルドの卵! 包んでるのがフルフルだ!」

「ややこしいのよ!」

 

 怒った犬のように怒鳴るヒリエッタ。

 思った以上に怒らせてしまったようだ。

 

「……なぁイルル。なんであいつそんな怒ってるんだ?」

「誰だって、自分の衣服で変なことされそうになったら怒るにゃ」

「そうか……」

 

 イルルのたしなめるような声色に、流石に俺も少し反省した。

 

「……ついでに、これを作ったらギルドから多額の報奨金がもらえるぞ」

「はぁ?」

「実はこれ大長老直々の依頼なんだ」

「一体何を言ってるのか分かんないんだけど」

「あっやべこれ内緒だったっけ」

「旦那さん……」

 

 例の組織の話は、一般人には内密なのが鉄則である。

 組織の幹部たる俺がそんなことを違えてしまうなんて、ヤキが回ったものだ。

 だが――――。

 

「大丈夫だ。法には抜け道があるもんだ」

「……うにゃ?」

「ヒリエッタ。これに協力してくれれば、お前にギルドの裏の顔を教えてやろう」

「……どういうことよ?」

「実はこれにはある組織が関わっていてな。こうなった以上、お前ももう無関係ではいられない。だが、これだけは断言できる。そこには、素晴らしい世界が待っていると」

「……それがあったら、何か良いことはあるの? 具体的に」

「え? えーっと……ギルドの上役と繋がりできるから、仕事がしやすくなるぞ」

「ふうん……じゃあ、まぁ聞くだけ聞いてやるわ」

 

 交換条件を聞いて、ヒリエッタは目の色を変える。

 相変わらず、こいつは何が好きなのかは分からない――唐揚げを除く――が、一応拒否の姿勢は崩してくれた。

 こほん、と咳払いしながら彼女のストッキングを受け取り、中に卵を入れていく。

 

「やることは簡単だ。真ん中に卵を詰めて、俺とヒリエッタでストッキングの両端を引っ張るんだ」

「はい?」

「要はブンブンゴマみたいなもんだな。十数秒引っ張って、とにかく高速回転させる。伸縮性と耐久力に優れたストッキングはまさに適役なんだよ」

「…………」

「竜の卵となると、とても一人じゃできないからなぁ。剣士二人は必要なんだ。特に力のある奴」

「……それで私って訳?」

「うん。それに、ルーシャよりヒリエッタの方が足がふ……」

「ふ?」

「……いや、何でもない。さぁ、そっち持って」

 

 流石の俺も、今回は何とか押し留まった。ここで足が太そうだからとか卵が入りやすそうだとか言ったら絶対殴られるしこの話もおじゃんになってしまうだろう。危ない危ない。

 ストッキングの両端を持ちながら、俺とヒリエッタは庭に出る。そして、ソファーに座っていたイルルに手招きした。

 

「さて、イルルはよく耳を澄ましといてくれ。何度も回転させると、卵から何か割れる音がすると思うから、それが聞こえたら教えてほしい」

「にゃ? 卵、割れちゃうのにゃ?」

「いや、卵は割れないよ。ただ、中の卵黄膜が破れるんだ。要は、この工程によって卵の卵黄と卵白を混ぜるのさ」

「にゃ~、わかったにゃ! しっかり聞いておくのにゃ!」

 

 ぴこぴこと耳を動かしながら、イルルはふんすと鼻息を立てる。

 さぁ、準備は完了だ。

 

「よし、ヒリエッタもいいか? 一二の三で、引っ張るぞ」

「分かったわよ……っと!」

「うわっ、ちょ待てって! やっぱり怒ってる?」

「怒ってない!」

「うおっ、引っ張り過ぎ……!」

 

 気を抜けば引きずられそうなほどに引っ張られる。

 やはり普段から大剣を振り回しているだけあって、腕力は俺より上のようだ。片手剣はおろか、スラッシュアックスだって機構部分のせいで軽い。大剣なんて質量の塊であるため、それをあんな風に扱っているならばこの力も納得だが。

 

「ふん……っ」

「甘いわよ!」

「うおっ!? もうちょっと手加減してくれ!」

 

 引っ張る度にストッキングは引き伸ばされ、それに伴って卵が高速回転を始める。

 その両端に大量のねじれが生まれ、引っ張り直すのと同時に逆回転。反対方向への高速回転を始め、さらにそこから逆回転を重ねていく。

 イルルがその耳をぴこんと動かすまでに、そう時間はかからなかった。

 

「にゃ! 今ぷちんって聞こえたにゃ!」

「お、ほんとかイルル!」

「にゃあ! 聞き間違いじゃないにゃ!」

「よしじゃあそろそろ――うおっ!」

「はぁっ!!」

「ちょっ、ヒリエッタさん!? 話聞いてた!?」

「たぁっ!!」

「うおわ――へぶっ!」

「だっ、旦那さーん!」

 

 ヒリエッタの怪力に引っ張られ、とうとう俺は地面に顔を擦り付けた。

 やっぱり、相当怒ってたみたいだ。

 

「……ふう! すっきりした!」

「……それは良かったな……」

 

 倒れた俺と同様に、卵も地面に転がってしまったが――その姿は一片の狂いもない。

 フルフルの皮、恐るべし。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「さて、そろそろ沸いたかな」

「にゃあ、旦那さん。これ、そろそろ入れるかにゃ?」

「おう、そうだな。一旦火止めよう」

 

 イルルの声にそう頷きつつ、俺はキッチンの五徳――火元にある円状のあれ、鍋とか置くやつ――の中から、火種となっている怪鳥印の火炎液皿を取り出した。

 爛々と燃えるそれを一旦横に置きつつ、イルルから白濁した水が並々入ったお椀を受け取る。

 

「それ、何?」

「これは水溶き片栗粉だよ」

「これ入れると、お湯にとろみがついて温度が下がりにくくなるのにゃ~」

「……イルルちゃん、ますますこいつみたいになってきてるわね……」

 

 微妙そうな顔のヒリエッタを横目に、鍋の下に火種を戻す。

 鍋は、パスタを茹でるような縦長の大柄なものを用意した。竜の卵をまるまる茹でるのだから、それなりに大きなものでなければならない。

 

「さ、ヒリエッタ。その抱えた卵を入れてくれ」

「…………」

 

 彼女は無言で、ぼとんと卵をお湯に落とす。

 お湯が大きく飛んできた。

 

「うおっあちっ!」

「うにゃ! あちゃちゃ!」

「……ほんとによく似てきてるわ」

 

 そう言いながら、頭を抱えるヒリエッタ。

 頭を抱えたいのはこっちなんだが。

 

「……で、これってただのゆで卵じゃないの?」

「ばっかお前。さっきの苦労を忘れたのか?」

「……なんだっけ。あれで、中身を混ぜたんだっけ」

「そうそう。あぁやって回転させることで、殻を割らずに中身を混ぜ返すことができるんだ。まぁ、ゆで卵っちゃあゆで卵だけど。でも、味の仕上がりは全然違うぞ」

「うにゃ、どれくらい茹でればいいのにゃ?」

「うーん。これだけのサイズとなると、しばらくはかかるな。火は見てるから、二人はしばらく休んでていいぞ」

「そ。じゃ、ソファーで座ってましょ、イルルちゃん。ちょっと疲れたわ……色んな意味で」

「うにゃ……それじゃ、お言葉に甘えるにゃ」

 

 ふつふつと泡立つ鍋の中で、卵は優雅に踊っている。煮え滾る湯の香りの中に、どことなく甘いような香りを混ぜていくような、そんな気がした。

 かなり大きな鍋であるのに、サイズはギリギリだ。それだけ、こいつの卵がでかいのだ。なんと頼もしい。なんて素晴らしい卵なんだろう。

 

「ヒリエッタさん……あれから、傷の方は大丈夫にゃ?」

「え? もう平気よ。ほら」

 

 ソファーでは、イルルが心配そうにそう尋ねていた。

 それに対し、ヒリエッタは防具の一部を外して見せる。確かに、傷は完全に癒えていた。

 

「うにゃ……あの時はごめんなさいにゃ。迷惑かけてしまって……」

「いいのよ。私は、こうやってまたイルルちゃんとお話しできて楽しいわ」

「にゃ……」

「それよりシガレット。アンタ、あの時の奴と知り合いなの?」

「あー……それルーシャにも聞かれたよ。けどお生憎様、あんな奴記憶にないね」

「ふぅん……? 向こうは、アンタの顔も名前も知ってる様子だったけど?」

「たぶんタンジア時代に、一緒に狩りをしたことがあるとかだろ。つっても、俺は狩りに同行してもあんまり他の奴と関わろうとはしなかったからさ。ヒリエッタも分かるだろ? ほら、はじめて一緒に狩りした時とかさ」

「あぁ……確かに、アンタハブられてたよね」

「はぶ……違う、俺が孤高なんだよ……うん」

「で? それじゃあアンタ達は会ったことあるけど、シガレットが一方的に忘れてるって感じ?」

「たぶんな。少なくとも、バルバレに来てからの関わりではない。絶対」

「ふーん……」

 

 少し納得のいっていないような顔をするヒリエッタと、若干不安げに尾を揺らすイルル。

 

「あと、もう一つ気になったのがアイツの持ってた変な武器よ。小さい筒みたいな、ボウガンみたいな」

「あの時お前意識あったのか?」

「何とかね。動けなかったけど」

「旦那さん……あれ、トレッドさんも……」

「あー……そうだな。あれは銃だよ。装填数は少ないし、モンスターの甲殻を貫くこともできないけど、人間は確実に撃ち抜ける武器さ」

「嘘でしょ、つまり、対人用ってわけ!? 何よそれ……!」

「あんな代物、犯罪者と一部のお偉いさんしか持ってない。あいつの場合、前者だと思うが」

「……きっとそうでしょ。明らかに、表社会の感じじゃなかったし」

「ま、何にせよトレッドが処罰に当たってるらしいし。もう大丈夫だろ」

 

 それはそれは、惨いことをされてるんだろうなとは思うけど。

 今はそれには触れないでおこう。

 それにしてもあいつ、手紙をいくら送っても全く送り返してこない。一体、どこで何をやってるんだか。

 

「……っと。そろそろかな」

「にゃ、もうできるのにゃ!?」

「おっと待ったイルル。今のままじゃアツアツだぞ。これから流水に数分晒して冷やす」

「……うにゃ」

 

 ぴんと立った尻尾が、へなへなと垂れていく。

 甘いもの好きな彼女らしく、待ち遠しそうな様子だ。

 

「……このまま食べてもいいんだけど、甘さが足りないと思うからロイヤルハニー、開けようか」

「……! 分かったにゃ! 取ってくるにゃ!」

 

 そう言って、彼女は庭の奥にある倉庫へと駆け出した。

 

「……ま、何にせよイルルちゃんが元気でいてくれて何よりだわ」

「そうだな……」

 

 じゃぶじゃぶと流水で卵を冷ましていると、ヒリエッタがほっとしたようにそう溢す。

 そんな彼女の顔を見ていると、ふとした疑問が湧いてきた。

 

「……そういえばお前、今もイズモと手紙のやりとりしてるのか?」

「うぇっ!? えっ、ま、まぁね……」

「……?? なんだ、その反応」

「別に、いいでしょ! 私が誰とどんなやりとりしてたって」

「うん別に何でもいいんだけど……イズモは元気そうか?」

「うーん……何か、古代林ってところ? の生態系が最近変らしくて。その調査に忙しいらしいわ」

「へぇ……古代林、ねぇ」

 

 古代林。

 ベルナ村付近に位置する孤島だったか。確か、ディノバルドもそこで独自の進化を遂げたとか何とかと聞いたことがある気がする。

 

 からん、と、注ぎこんだ氷が音を鳴らす。

 卵に触れてみれば、随分とひんやりした温度が伝わってきた。内部温度がどうかは不明だが、そろそろ割ってみてもいいだろう。

 

「旦那さん! 持ってきたにゃ!」

「よし、じゃあそろそろ食べてみようか。ヒリエッタ、そこの棚の中から一番でかい皿を出してくれ」

「え? 大きいのがいるの?」

「昔、樽でプリンを作ってみたことがあるんだけど、重すぎて、でも柔らかいから自重で崩れちまってな。これもたぶん、崩れるだろうから」

「分かったわ……」

 

 彼女は頷いて、棚を漁る。

 そこから、まるでガンランスの盾ほどのサイズの皿を取り出してきた。

 

「うわ、こんな皿買ってたっけ。でかすぎだろ」

「何よ、これじゃダメなの?」

「いや、十分だ。イルルは、そこの木槌取って。この卵、割ってくれ」

「了解にゃ!」

 

 大皿の上に置いた卵に向けて、イルルは木槌を振るう。

 二度、三度と打ち付けていくと、卵に何重もの罅が走っていった。それを指で擦ると、ぽろぽろと剥がれ落ちる。

 その奥から見える、優しい黄色に満たされたもの。ぷるりとしたそれが、日の光を浴びて目覚めた。

 

「おぉ……」

「わぁ……」

 

 殻が剥がれる度に、中身が露わになる。

 卵黄と卵白を混ぜることによって、鮮やかな黄色と白色が混ざったその色。薄い橙色のようなそれは、何とも優しい色味になっているなと感心させられる。それでいて、そのフォルムはゆで卵のそれだ。何だか情報が錯綜しているような、奇妙な感覚に襲われた。

 

「……崩れないわよ?」

「……ほんとだ。竜の卵だからかな。つっても、まだ半分も殻を剥がしてないからじゃないか? 殻、分厚いし」

「ここから、スプーンで欲しいだけ掬い取ったらいいんじゃないかしら?」

「確かに! 賢いな!」

「にゃ、小皿三枚にゃ~」

 

 ヒリエッタの提案を受け、イルルは戸棚から新しい皿を取り出した。

 とりあえず、ということでそれぞれ適当な量を取り分けた。どうしても、雑貨屋で売っているようなプリンほど見た目は綺麗にならないけど、それは御愛嬌だ。

 

「良いなこれ……。プリンを詰めた瓶みたいだ。オブジェとして飾っておきたい」

「腐っちゃうからやめてにゃ」

「……で、これにロイヤルハニーかけて食べればいいわけ?」

「これは何にも味付けしてないからな。これだけでも美味しいとは思うけど、ハチミツかけるとより甘さが深まる……と思う」

 

 スプーンを配りつつそう言うと、ヒリエッタは少量、イルルは大量のハチミツをかけた。

 ふわふわとした尻尾がぴんと立たせたイルルは、もう早く食べたそうだ。

 

「よし、じゃあ……食べよっか」

「にゃあ! いただきますにゃ」

「……いただきます」

 

 二人がスプーンでプリンを裂く様子を確認しつつ、俺もプリンをつっついてみる。

 プリン、というにはあまり柔らかくない感触が伝わってきた。というより、やはり感触はゆで卵のそれだ。完全卵白の部分よりは幾分か柔らかいかもしれないが、確かにこれは自重でも崩れないかもしれない。

 それをそっと裂いてみると、当たり前だが中までしっかり薄い橙色に染まっていた。これは卵黄と卵白がしっかり混ざっている証拠だ。

 香りもよし。斬竜とは思えない、どこか甘い香りがする。

 それをそっと口に入れてみると、ふんわりとした食感が瞬いた。

 

「ん……」

「うみゃ~甘いにゃ~」

「イルルちゃん、それはハチミツの甘さじゃないかしら……」

 

 卵単体では、それほど甘くはない。いや、甘いには甘いのだが、プリンのような真っ直ぐな甘さではなく、卵らしいどこか控えめで、それでいてまろやかな甘さというか。

 プリンというイメージで食べてみると、ちょっと印象が違うかもしれないが、それでも卵本来の甘さは十分楽しめる。食感もゆで卵みたいかと思いきや、それよりもふんわりとしててこれはこれで面白い味わいだ。卵黄も卵白もしっかり混ざり合っているからだろうか。

 そこに、少しハチミツをかけてみる。皿の端に少量のハチミツを落とし、卵を絡ませながら食べてみると――――これはいい。

 

「うん、ハチミツの甘さが合うな! この物足りなさを埋めてくれるっていうか」

「確かにね。ハチミツあると、よりプリンらしいっていうか。いやハチミツにプリンってあんまり聞いたことないんだけどね」

「甘いにゃ。甘いっていうのはほんと嬉しいのにゃ~」

 

 イルルは満足げに頬張り、ヒリエッタもこれはこれでと嬉しそうな様子だ。

 ハチミツのとろりとした食感が、卵に絡む。口の中で溶けるのを、より加速させているような感じさえする。

 そして、何よりもその甘さだ。ハチミツは甘い。甘いのは甘いのだが、どちらかといえば甘ったるいと言いたくなるほど甘さに振り切った食材だ。単体では甘すぎて、口にしないハンターも多い。そのため薬草やアオキノコと調合して摂取する話をよく耳にする。

 その甘さが、卵の優しい味わいに絡んで、まろやかになる。甘すぎない。強烈な甘みを、柔らかなものへと変えてしまう。

 

「これはいいなぁ。回復薬超グレートだ」

「調合の手間がかかり過ぎて絶対売れないわ」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……で? これでどんな仕事がやりやすくなるって?」

「え?」

 

 調理器具を洗っていると、ヒリエッタがそんな質問を投げかけてきた。

 

「アンタ言ってたじゃない。協力したら何とかって。ギルドの上役が何とかって」

「……あぁ」

 

 洗いものの手を止めて、俺は一度手を布で拭いては水気を落とす。

 そうして、ヒリエッタの方へ向かい合った。

 

「ようこそ、卵の世界へ」

「はい?」

「お前は今卵のすばらしさを味わったんだ。実力も申し分ない。うちの組織の一員にスカウトしたい」

「……それが、例の組織って奴? 具体的に、どんな良いことがあるの?」

「卵運搬のクエストがたくさんやってくるぞ」

 

 どや顔でそう言ってみると、彼女は額に青筋を浮かばせた。

 そうして、ずんずんとこちらに歩み寄ってくる。

 

「ん? ――――ぐはっ!?」

 

 バチコン! という音が響いた。

 ヒリエッタの強烈なビンタを受けて、俺は吹っ飛ばされた。

 

「はぁ~……そんなことだろうとは思ったわ。少しでも信じた私が馬鹿だった」

「だ、旦那さん!」

「いってぇ! 何でだよ! 卵選びたい放題だぞ! 最高だろ!」

「そんなこと考えながら卵運搬する奴なんてたぶんアンタだけよ! みんなあの手にクエスト苦手なのよ知ってる? 親は飛び回ってるし、よく落石事故が起きて道塞がれるし!」

「それは……!」

「しかもどうせ、悪食の依頼者が満足するだけじゃない……私はパス」

「待て! 組織のことを知ってただで帰れると――――へぶっ!」

「邪魔よ! 邪魔!」

「にゃー! 旦那さーん!」

 

 出口へと歩き始めるヒリエッタの道を塞ごうとして、再びビンタされた。

 ビンタで人を吹っ飛ばすってどういう力してんだこの女。

 

「あーあ、私の休日を返してほしいわ……って、ん?」

 

 そうぼやくヒリエッタが、門の扉へ手をかけようとした瞬間だった。

 突然、その門が開く。

 

「シガレット様! シガレット様は――おお! いらっしゃった!」

 

 日の光を映す銀の鎧に、青い刺繍。あの皿のように大柄な縦に、高く伸びる鋭い槍。

 その姿は、このドンドルマを守る衛兵だ。それも、大老殿を行き来する位の高い者。

 そいつが、俺を名指しして叫んでいた。

 

「……にゃ?」

「何……どうしたの……?」

「あぁん……何だぁ? 俺にご指名か何かか?」

「その通りです! 至急、大老殿へお越し願います! 龍歴院より、貴殿宛てにクエストが!」

 

 龍歴院、だって?

 カランと崩れた皿の音が、俺の家の中で反響する。

 どこか、嫌な感じがした。

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ディノエッグプリン』

 

・斬竜の卵         ……1個

・ストッキング(インナー) ……1着

・ブヨブヨした皮(大サイズ)……1枚

 

☆お好みで、ロイヤルハニーなど

 

 






 しばらく間が空いてすみません。


 スカイリムにハマってしまいそればっかりやってましたそれはほんとえろうすみません。ドラゴンかっこいいんじゃあ~。スカイリムもご飯要素多くて楽しい。ドラゴン食えるのかどうかはよく分からんけど。骨と鱗しかくれないからたぶん食えないのかな。食えたらいいのに。
 モン飯も、ほんとにほんとに終盤です。もうそろそろ終わりを迎えます。不定期&行き当たりばったりな作品ですみません。大人しく、ご飯だけ食べてる作品だったらよかったのにと思ってるそこの貴方。それ、私が一番感じております() 風呂敷広げ過ぎるのはよくないですね。
 でも、ここまで来てしまったので最後まで書いていきます。どうか、お付き合いいただけると幸いです。
 嬉しい感想や評価いただけると速度上がると思いますので、よかったらぜひお願いします~。
 それではでは。

 ところで、冒頭のタピオカブームはとっくに終わってる件。半分くらいは去年の8月に書いていたので、ご容赦くだせえ!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。