『煮ても焼いても食えぬ』って言葉ありますよね。だったら揚げれば良いではないか。
徹甲虫アルセルタス。
俺ですら未開の地である甲虫種の味。
大失敗に終わったという酔狂な美食家の前例を踏まえて、俺は自らが満足出来る味を作りだしてみたい。そんなこんなで選んだ『唐揚げ』という調理法。甲虫種ならではの固さの下には、一体どのような味が詰まっているのだろうか? カラッと揚げれば、じっくりと油が染み込ませた肉が黄金色に輝いているに違いない。
「……じゅるり」
「……どうしたの?」
だが、そうゆっくりはしていられない。
美味しそうなアルセルタスを呼び寄せた、暴虐の女王、ゲネル・セルタス。彼女はあろうことか、狂竜ウイルスに感染していたのだ。狂竜ウイルスはその見た目を見れば一目瞭然だが、感染源の肉を蝕んで劣化させてしまう。
本来ならば美味しいモンスターも、感染した途端にゆっくり不味くなってしまうのである。つまりモタモタしていたら、アルセルタスまでウイルスに蝕まれて、俺の唐揚げ計画は、月迅竜の如く霧散してしまうのだ。
「やばいな。急がないと……」
「う、うん? そ、そうね……」
理解出来ているのかいないのかよく分からないが、ジンオウガ亜種装備に身を包む少女――ヒリエッタが不可解な相槌を打った。
そんな彼女が持つ大剣、煌剣リオレウス。火属性を帯びたこの強力な大剣は、セルタス種の熱の弱さを突けるためこの上ないほど頼もしい。彼女の力があれば、きっとあの邪魔なゲネル・セルタスを早く討伐することが出来るだろう。
「よし、行くか!」
そうと分かれば善は急げだ。
エリアの隅に置いておいた大タル爆弾。それに巻き付けられたベルトを右手で掴み、どすりと肩に担いだ。そんな重しも無視して、全力疾走でゲネル・セルタスとの距離を詰めていく。
一方のアルセルタスは、この恐ろしい妻を守るために粘液を幾つも射出し始めた。黄色く粘ついたその粘液。一つ一つの速度は大したことないが、範囲は広い。さらに、液体であるため着弾時に飛び散ってしまう。そのため俺は、やや大振りな回避を強いられた。
「ちっ、鬱陶しいわ!」
煩わしい羽虫のために、懐から取り出した閃光玉を炸裂させる。
一瞬で原生林を包む強烈な閃光。目を眩ませたアルセルタスは、奇声を上げながら再び地に墜ちた。
「閃光するなら、先に言ってよね!」
ヒリエッタは大きく迂回する形でゲネル・セルタスに回り込み、俺に悪態をつきながらもその大剣を力任せに振り下ろす。強烈な威力と剣が帯びる高熱に、ゲネル・セルタスは苦しそうな声を上げながら体勢を崩した。
「敵を騙すならまず味方からってな!」
「別に騙しじゃない……じゃんっ!」
鬱陶しい羽虫が地に墜ちた今、俺の邪魔をする奴はこの跪いたゲネル・セルタスだけだ。そんな邪魔者にはさっさと退場してもらいたい。
一方のヒリエッタは、俺にツッコみを入れながらも冷静に大剣を振り回していた。俺が抜刀攻撃を仕掛けるまでに、強溜め斬りを踏み込み始め――――。
「はぁっ!」
大剣の重みを生かした最大の溜め攻撃。
それが炸裂し、ゲネル・セルタスの固い甲殻を大きく斬り裂いた。熱に弱い甲殻を、剣が宿す属性で溶かしているのだろう。俺のイフリートマロウも、容易に奴の甲殻を剥がしていく。燃え盛る火炎に、奴の内皮は痛々しく爛れていった。
だが、当然奴も無抵抗ではない。俺たちを追い払おうとしたのか、その発達した尾で自らの周囲を薙ぎ払い始めたのだった。
「おぉ! 暴れてんなぁコイツ!」
「変なこと言ってないで回避しなさいよ!?」
横に転がって避けたヒリエッタ。
そうして開けた距離と、安全を考慮してだろうか。彼女は冷静に大剣を背に収め、ゲネル・セルタスの動向を窺い始めた。
一方の俺は、ゲネル・セルタスの長い尾を踏み台にして、跳んだ。そのまま奴の上を陣取って、そっと右手の力を抜いた。するりとベルトが抜け落ちて、そのまま爆弾が舞い降りる。その拍子に、安全装置のピンが抜けた。
「ッ!? 何を……」
「ドカン!」
落ちる爆弾。奴が反応する、その一瞬。
奴のどてっぱらの下に転がり込んだそれが、起爆する。いきなり腹の下で爆発が起これば、誰だって驚くだろう。ましてや大タル爆弾なら尚更だ。
背後に感じる熱と、強い爆風。さっと右手の盾を背に構え、身を守りながら風に乗る。煽られるようにして飛距離を稼ぎ、奴との距離をとった。
「何て無茶な戦法よ……!?」
「気にするな! ほら、次が来るぞ」
ヒリエッタは唖然と口を半開きにする。その一方で、爆風をモロに受けたゲネル・セルタスは鼻息を荒げ、地団太を踏み始めた。いや、怒りに我を忘れているという表現の方が適切だろうか。
そんな奴を気遣うように、何とか起き上がったであろうアルセルタスはゆっくり飛んで近づいてくる。しかし非情にも、ゲネル・セルタスはその凶悪な尾の鋏を構え、謎の液体を滴らせた。
「……あれは、フェロモンね。面倒だわ……」
「まずい! アルセルタス……ッ!」
余り近づけさせると、ウイルス感染のリスクが高まる。そうなれば、俺のアルセルタス実食は叶わぬ夢になってしまう。そんなこと、認めるわけにはいかない。
極太の尾が、アルセルタスを拘束しようと大きく鋏を唸らせた。彼に迫るその危険から彼を守るため、俺は急いで感染源の女王に向けて走り込むのだが。
「っち!」
健気にも、それを阻止しようと、アルセルタスは俺に突進を仕掛けてきた。
先程ナンパランサーを吹っ飛ばしたあの鋭利な角。それが俺の目前まで迫ってきており、慌てて突き出した右手の盾で、何とか角を弾き飛ばす。
――それが悪手だった。
「ギィィッ!?」
金属と金属が擦れるような音――いや、違う。固い甲殻に鋭い鋏が喰い込む音だ。
俺が慌てて放ったシールドバッシュで、思わず奴が怯んでしまい、その隙を狙ったかのようにゲネル・セルタスは動いた。その醜悪な鋏が、彼を乱雑に掴んだのだ。
そしてそのまま、もがく彼に向けて滴る不気味な液体を染み込ませていく。
「てめっ! そいつを離せ!」
小タル爆弾とイフリートマロウの斬撃でゲネル・セルタスの動きを止めようと試みたものの、現実はいつも無情。
まるで憑り付かれたように生気のない瞳を輝かせ、アルセルタスはゲネル・セルタスの背に飛び乗ってしまう。俗にいう、合体に至ってしまったことで、俺の努力は虚しくも水の泡と成り果てたのだった。
「くっそ、この虫アマが……!」
マズい。
非常にマズい。
何がマズいって、俺にとっての最大の危機が今顔を出しているのだ。アルセルタスとゲネル・セルタスが直接的に触れているということは、感染の危険性が今非常に高まっている。このままでは、アルセルタスが狂竜症を発症させるのも時間の問題だ。早く二人の仲を切り裂かなければならない。
「下がって! 突進が来るわ!」
思わず懐に潜り込もうとした俺を、ヒリエッタの声が引き止める。
見れば俺を轢き殺そうと、突進の構えをとるゲネル・セルタスの姿が。ご丁寧にアルセルタスの勇ましい角を地面擦れ擦れまで近づけ、より確実に俺を仕留めようとしている。
「くっそ……!」
地面を抉る、豪快な突進。それもただ一直線に走るのではなく、大きくドリフトを重ねる荒々しい突進だった。
もちろん俺は、それにむざむざ轢き殺されるような真似をしない。しないのだが、回避ばかり強いられることになる。それは非常に癪でもあるし、狩猟が長引いてしまう。今は一分一秒でも早く奴らを引き離さなければならないというのに。
――仕方ない、罠を使わせてもらおうか。
「ヒリエッタ! 俺が隙を作るから、お前は溜め斬りの準備しとけ!」
「何? 命令? アンタ何様よ?」
「あー? やる気ないなら別に聞かなくて良いぞ」
駆け抜けるあの巨体を躱した俺は、片手剣の柄を勢いよく噛む。
口で剣を掴んで空けた両腕。フリーになったそれらでポーチからシビレ罠を取り出し、勢いよく地面に押し付ける。
その衝撃で、中に潜む雷光虫は自己防衛本能を働かせた。そう、放電だ。それが罠の電気回路で増幅されていき、苛烈なスパークを弾けさせる。敵がUターンを決めてこちらに向かってくる頃には、もう準備完了だ。
「ギュアッ!?」
その凄まじい脚の力に、踏まれたシビレ罠は破損してしまいかねない。しかしそんな心配は杞憂だった。案外あっさりと、仕込まれたシビレ針は甲殻に穴を開け、女帝の凶行を停止させたのだ。
全身に回る電気ショックに、ゲネル・セルタスは体を震わせながらも困惑する。同時に急停止させられたことで、慣性に乗って吹き飛ばされたアルセルタスは、勢いよく全身を地面と擦らせた。
「よっし!」
「仕方ないから頼まれてやるわよ!」
動きを止めたゲネル・セルタスの元へ、ヒリエッタはその大剣に手を伸ばしながら駆け寄った。
その重さ故に取り回しと連撃性に優れない大剣だが、威力だけはずば抜けている。それが動けない相手に炸裂した暁には、その被害は計り知れない。
「はあああっ!!」
彼女の鋭い溜め斬りがあの太い脚を斬り裂いていく。同時に発する高熱が割れた甲殻を軟化させ、続く大剣のコンボをさらに苛烈にしていった。一方の俺は、適当に爆弾をぶつけてから、足早に吹っ飛んでいったアルセルタスにターゲットを切り替える。
狂竜ウイルスは生きている生物を蝕んでいく。逆に言えば、死んでいるものに対しては大した害を与えることが出来ないのだ。
だから今の最善手は――奴が発症する前に仕留める。これだろう。
「取り敢えず、その邪魔な角を貰おうか!」
常時赤熱化しているこのイフリートマロウを、アルセルタスの角に向けて振り回す。
縦斬り、横斬り、逆袈裟斬り。そしてとどめのシールドバッシュ。リオレウスの甲殻と鋭い棘で作られたこの盾の一撃が、ものの見事に奴の鋭い頭を粉砕した。固い甲殻が細かな欠片となり、それが宙を舞う。
「ギィィ……」
自らの象徴とも言えるものが、粉々に砕かれたのだ。彼のショックは、言い様もないほど酷いものかもしれない。だがまぁ、お前はこれから俺の胃袋に収まるんだ。これくらいどうってことないだろう?
そんな思いを乗せて刃を滑らせると、アルセルタスは必至の形相で起き上がり、何とかその熱から身を遠ざけた。
「ちょっと! そんな奴よりこっちを手伝いなさいよ!」
俺の背後から、糾弾するような甲高い声が響く。
何とか痺れを克服したであろうゲネル・セルタスが暴れ回り、湧き起こす暴力の嵐をヒリエッタは大剣を盾にして凌いでいた。
暴れる本人ならぬ本虫は鼻息荒く、それと同時に疲労の色もチラつかせている。そうして一心に俺を――いや違う、俺の背後で唸るアルセルタスを見続けている。
「……っ! まさかあいつ、旦那を喰う気か!?」
思わず漏れたその叫びに反応するように、女帝はその逞しい脚を奮ってアルセルタスに近付いてきた。間に立つ俺は全く眼中になく、ただ一心に、地を這う虫を睨んでいる。
アルセルタスは、まるで蛇に睨まれた蛙のように身を竦ませていた。迫る死の足音に怯えているのだろうか。
女帝は尾に付いた鋏をガチガチと鳴らす。死神の鎌のように、愛する旦那へと振りかざした。
「させるかっ! うらっ!」
閃光、そして衝撃波。
女王の凶行を、さらに凶悪な大タル爆弾Gが悠然と阻む。分かりやすく言えば、彼女の目前まで転がしたロープ付き爆弾二個を、石ころで炸裂させたのだ。その圧倒的な衝撃にゲネル・セルタスは思わず後退し、悲鳴を上げる。剣をも弾く凶悪な顎は、爆風で吹き飛んでいた。
同時にアルセルタスもまた、その体重の軽さ故に吹き飛ばされ、またもや地面に身を擦らせる。何というか、とにかく不憫だ。
「な、な……なんて無茶を……!?」
わなわなと肩を震わせるヒリエッタは、俺を非難しようとしてか口を動かそうとする。
しかし上手く言葉が出ないらしく、ただ下顎を震わせていた。こっそり爆弾を、いくつかこのエリアに置いていたけれど。伝えておけば良かったかな。
「別に何でもない、それよりも」
彼女の声を適当に受け流しながら、モロに爆風を受けたゲネル・セルタスの方へ目を向ける。
爆発の衝撃の影響か、彼女は混乱しているようだった。そうして、焦ったように地面を掘り始める。
「……え、エリア移動かしら……?」
「みたいだな。……さて、あとは」
その巨体で地面を盛り上げながら、西に向かって進み始める雌虫は無視。それよりも、爆破の影響で転がっているアルセルタスだ。
手足をジタバタとさせながら奇妙な声を上げる奴。彼も爆風で混乱しているのかもしれない。
「あいつを料理するだけだな!」
「えっ――ちょっ……えぇっ!?」
嬉々としてアルセルタスに突撃する俺に、ヒリエッタが驚いたような声を上げた。見れば、ゲネル・セルタスが移動したエリアの方に指を向けている。まるで敵はあちらだと言わんばかりに。
しかし、俺はそんなものは完全無視。剣と盾を織り交ぜた連続攻撃をアルセルタスに叩き込んだ。それに悲鳴を上げて、彼が必死に両腕を振るい始めたから、俺はガードの反動で引き下がり、ポーチから小タル爆弾を取り出した。
「ギギィ……?」
一方のアルセルタスは、自分を呼び寄せた雌の姿が見えないことに気付いたのか、しきりに辺りを見渡し始めた。そうして漂うフェロモンを追い、背中の逞しい羽を唸らせ始める。
「料理中に席を立つのはいただけないな!」
そんな彼を諌めるように、俺は爆弾を投げつけた。
奴が浮き上がったタイミングで起爆した小さなタル。それが奴の薄い羽を、根元から弾き飛ばす。再び襲い来るその衝撃に、奴は思わず体勢を崩した。
本日三度目の地面との擦れ合い。
あまりにも不憫なその様子に、ヒリエッタは思わず顔を覆い、俺は滑る奴に駆け寄ってとどめの一閃を放った。横薙ぎに放ったその熱を帯びた斬撃が、確実に彼の節と神経を破壊する。
かつてないほど苦しそうな声を漏らし、アルセルタスは静かに絶命を迎えた。昆虫の節の影響か、手足を痙攣させながら。
「よーし。狩猟完了~」
「……アンタ、容赦ないわね……」
◆ ◆ ◆
そんなこんなで、取り敢えずアルセルタスとはいえ狩猟は完了したのだ。
俺とヒリエッタはひとまず彼の剥ぎ取りを行うことにした。俺が欲しいのは、この大きな腕と、そして身や羽だ。
ゲネル・セルタスと接触した部分は、食べられないと判断した方が良いかもしれない。直に触れていたのだ。ウイルスが行き渡っていない方がおかしいだろう。
ということで、俺は腕と羽を剥ぎ取った。なるべく安全に食べることが出来る部位。他にも食べることが出来そうな腹の中は、生憎モンスターの濃汁だらけでとても食べれそうではなかった。非常に残念だ。
まぁ考えてみれば、あんなに液体を放出させるのだから、当然と言えば当然なのだが。
「おーい! ヒリエッタさんー!」
俺の横で丁寧に剥ぎ取りを行うこの少女に向けた、何やら騒がしい男の声が森の中で響く。
そちらの方へ振り向いてみれば、先程ダウンしてベースキャンプに運び込まれたあの男二人が駆け寄ってきていた。
「だ、大丈夫かい? 俺たちが来たからにはもう安心だ!」
「おうよ! 先程は少し油断しただけだし、次はしっかり君を守ろう!」
「……そ、そう……」
目の前まで来るや否や、まるで誓い立てるような素振りで二人は声を張り上げる。その様子に少し引きながら、彼女は小さく「ブレないわね……」と呟いた。
彼女の言う通り、本当にブレない。彼女の横にいる俺も、またもや完全無視と決め込んでいるようだ。ちょっと納得はいかないが、これからの予定で考えればかえって好都合かもしれない。
さて、この二人が来たならもう良いだろう。
「……じゃ、俺はベースキャンプに戻ってるから。あとよろしく」
「えっなんで! メインターゲットはまだ向こうにいるのよ!?」
剥ぎ取った素材をポーチに詰めながらそう言うと、ヒリエッタは動揺した声を上げる。俺に狩猟を続行しろという主張。それを身振り手振りを織り交ぜて訴え続けるのだが。
一方の俺はあの小太り弓使いの男を指差して、冷やかに反論した。
「だって俺はこいつに頼まれたじゃん? アルセルタスを倒しとけって。んでそれはもう終わったから、俺は御役御免だろ?」
その言葉にあの弓使いは何か反論しようと口を開け――たのだが、ヒリエッタに鋭く睨まれ、どうしようもなさそうに肩を竦めた。ランサーの男も何かフォローしようとしたようだが、彼女の気迫に圧されて何も言えないようだった。
そんな冷えた雰囲気の三人を横目に、俺は歩き出す。それに気付いたヒリエッタは再び何か言いかけたが。
それが届く前に、階下のエリア3に向けて俺は跳んだ。
「……さてと」
ベースキャンプでは、猟場とは打って変わって落ち着いた雰囲気が流れていた。
先程去った時のまま、油の用意は完了している。それでは、早速調理にとりかかるとするか。取り敢えずキャンプに置かれている底の深い鍋と、ハチミツやら調味料やらを用意して、と。
「まずは甲殻を剥がすかね」
剥ぎ取ったアルセルタスの太い腕。そこへイフリートマロウを翳し、その刀身から漏れ出る熱を直に浴びせていく。
元々は固いこの甲殻だが、熱には弱いためこの通り少し熱しただけで甲殻が溶け、強度が弱まる。しからば、甲殻の隙間に剥ぎ取りナイフを忍ばせ、両端を剥がすのだ。これによって甲殻の一面が剥がれ、中の身が露わになる。
「おぉ! 薄ピンク色のぷりっぷり!」
触れれば、弾力のある手触りを残してきた。やはりここにはウイルスは届いていない。活力に満ちた感触だ。
身と甲殻の結合部に、ゆっくり指を這わせる。そのままぶちぶちと、繋ぎ目を剥がしていけば。
「一丁上がり~。……なんていうか、剥き海老みたいだ」
そう。海老の殻を剥いて身を取り出すあの作業。この行程は、あれに酷似している。
固い殻の下の身は思った以上に弾力性があり、汁を抜けば全然食べれそうな見た目だった。想像ではもう少し筋張っているものかと思っていたが、よく動かすだけに他の部位より締まっているのだろうか。
「それではこれを、大きさを整えつつ切り分けて……」
食材に通る火の強さを整える。ムラが出ないように大きさを均一に切り揃えるのは、基本中の基本だ。
さらにワンポイントとして、手持ちの串で切り分けた身に少しずつ穴を開けていく。こうすることで味がよく染み込むようになるのだ。
普段ならイルルに話し掛けながら進めるのだが、生憎今日は一人。少し物足りない。
「よし、ではこれに……あった、このハチミツを揉み込もう」
普段からハンターに重宝されるこのハチミツ。実はこれには、回復薬グレート以外にも有用な使い方がある。それがこれ。下味付けだ。ハチミツは何も、甘みを付けるだけではない。他にも、料理するに当たって非常に有用な特徴があるのだ。
まず一つ。ハチミツを揉み込ませた肉は、味の染み込みを促進させる。味の吸収がハチミツの有無によって大きく変わるのだ。それこそ、昆布出汁をとったスープがそうでないスープとは深みが段違いというくらいに。
そしてもう一つ。旨みを閉じ込める。いつぞやに話した肉の焼き方のように、ハチミツを染み込ませると、そこに味を留めさせる効果もあるのだ。
より多く味を吸収し、それをじっくりと肉に染み込ませる――これがハチミツの真骨頂なのである。
「……そうして出来たハチミツ入りアルセルタスの肉に、追加の下味をっと」
ハチミツを揉み込んだのならば、次の段階だ。
ハチミツだけでは甘くなってしまうので、唐揚げらしく塩味のあるものにしなければならない。まず雑貨屋で購入した生姜をまぶし、次に料理酒を注ぐ。あとはしょうゆと塩を加えて数分寝かしておこう。
「一人で淡々とこなすのは、何か寂しいよなぁ。帰ったらイルルをもふりたい」
そんなことを思いつつ、剥ぎ取ったアルセルタスの羽をポーチから取り出す。
思ったより厚みのあるそれは、軽く力を加えただけでも折れてしまいそうな印象だ。これは、形を整えれば食べれそうだな。きっと揚げ煎餅のような感じになるのではないだろうか?
「それじゃ、羽を切り分けつつ衣の準備もしようかな!」
「……これでよし。油もしっかり熱したし」
丁寧に切り分けた羽に、しっかり味を染み込ませた腕の肉に。
片栗粉を満遍なくまぶしたことで、残るはこの茹った油に落とすだけとなった。煮える油に菜箸を入れてみれば、箸の先端から気泡がゆっくりと顔を出す。
「……ざっと百七十度ほどか? これなら大丈夫だろ」
唐揚げを行うには丁度良い温度。そんな油の中に、一つずつ肉や羽を落としていけば、パチパチと油が跳ね始める。その小気味良い音と鼻をくすぐる油の香りに、俺の心も不思議と跳ね始めた。
汁を抜いたおかげか、香りもそこまで悪くなく、むしろ染み込ませたハチミツや生姜の香りが強い。何とも香ばしい香りだ。
「……揚げ始めは、なるべく弄らずに衣を固めさせてっと」
無数の泡を生み出すそれらを見つめながら、油によって衣が定着するのをじっと待つ。
すると唐揚げの一つ一つが、ゆっくりと沈み始めた。溢れ出す気泡も心なしか大きく、徐々に透明な油の中に潜っていく。
「む、何か良い香りがするな……」
「……本当、一体何が」
丁度その時だ。ここからが揚げものの勝負だというのに、まるで乱入モンスターの如く、あのハンターたちが帰還してきた。
ポーチに入り切らない素材を、手で持ち運んでいるということは、無事ゲネル・セルタスを討伐することが出来たようだ。そういえば、さっきクエスト完了を知らせる笛が鳴り響いていたかもしれない。
そんな考察をする俺の一方で、訝しむようにキャンプを覗いたヒリエッタ。彼女は、調理中の俺を確認するや否や甲高い声を上げた。
「……あっ!? あんた!? こんなとこで何を……ほ、本当に何してるのよっ!?」
「うるさい、今調理中なんだ。静かにしてくれ」
唐揚げの揚げ具合の見極め。
それは眼で気泡の具合――詳しくは気泡が小さくなっているか――をよく見ること。そして、揚がる音が高音になっているかどうかを耳でしっかり確かめることだ。
より良い味に仕立てあげるのならば、それ相応に集中して見極めなければならないというのに、それをこの乱入者たちに邪魔されてしまっては堪ったもんじゃない。
「……む、今だ!」
気泡が徐々に小さくなるそれを菜箸で掴むと、そこから微かな振動が伝わってくる。これは、食材の中の油と水分が交換されている証。丁度これくらいが良いところだろう。
一方、男たちは不審そう鍋を覗き込み、俺が摘まむ唐揚げを不思議そうに見つめた。
「……何だこれ、唐揚げか?」
「おい、まさかとは思うが、後ろに散らばってる甲殻って……」
「まさかも何も、アルセルタスのだけど」
男たちは、まるでモンスターを見るかのように畏怖を込めた瞳で俺を捉え、ヒリエッタは唖然としながら俺と唐揚げを交互に見た。そんな彼女に適当に頷いてから、残りの良さそうな唐揚げを油から上げていく。
「よし、後は温度を少し上げて……二度揚げだ」
◆ ◆ ◆
「正気の沙汰じゃないわ。これを食べようと思うかしら? 普通……」
呆れかえったヒリエッタがどうしようもないと言わんばかりに首を横に振ってそうぼやいた。ランサー男と小太り弓使いは彼女に同調するようにしきりに首を縦に動かすが。
まぁそんなことはどうでも良い。今重要なのは、アルセルタスの唐揚げが無事揚がったという事実だけだ。
「……よし、完成!」
「……聞いてないし、はぁ……」
出来上がったものを、油取り紙を敷いた皿に盛りつけていく。腕の中の身は油を滴らせ、それが反射させる太陽の光が眩しかった。
羽の唐揚げは揚げ煎餅のようと言えばそうだが、一般に知られている揚げ煎餅よりは薄い。どちらかといえば女帝エビ煎餅のそれに近いな。
メインとなる腕の方の印象は、とてもアルセルタスの肉とは思えない、と言ったところだろうか。弾力性のあるその肉は、やはり海老を思わせる。放つ香りも相まってとても美味しそうだ。
「それじゃ、いただきまーす」
「ほ、ほんとに食べる気だぞアイツ……!」
箸で摘まんだそれは、まだほんの微かに震えていた。箸越しに伝わる感触は少し柔らかく、アルセルタスの固いイメージとは程遠い。
そんな一風変わった唐揚げを、そっと頬張ってみる。それと同時にランサーの男は悲鳴のような声を上げ、弓使いは顔を覆った。同時に目を丸くさせるヒリエッタに見守られるまま、ゆっくりと口の中のそいつを咀嚼する。
「……こ、これは……っ!」
カリッとした衣。そこから染み出るズワロボスのあっさりとした油の風味。そしてそれらに包まれたアルセルタスの身。
甲虫種と甲殻種は、生物学的に近いのかもしれない。そんな何処かで聞いた一説を裏付けるかの如く、その身は歯応えのある弾力とどこか淡泊な味を秘めていた。噛めば噛むほど繊維を
「おぉ、美味いな! 凄いぞこれ……!」
「……お、美味しいの?」
俺が美味そうに食べる様子に感化されたのか、ヒリエッタが興味深そうにそう問い掛けてくる。そんな彼女の細い首は、ごくりと飲み込んだ涎で上下した。
「……食べてみるか? ほら、お前らも突っ立ってないで」
盛り付けた皿を彼女や後ろの男たちに向けて突き出すと、どうやら彼らも満更ではないようだ。この魅惑的な唐揚げを食い入るように見つめ始める。
考えてみれば、狩りというのは腹が空くものだ。ましてや今は、無事狩猟完了したという状況。安心感が食欲を促進させるのも無理はない。
「い、いただきます……」
パリパリとした歯触りが愉快なこの羽揚げ。それを頬張りながら彼女たちの様子を見ていると、ヒリエッタが唐揚げを摘まんで口に入れた。それを皮切りに、男たちもおずおずと食べ始める。
始めこそ不安そうに咀嚼していた彼女らだが、それも一転。目を見開いて、この深い味を認知した。
「……う、うっそ!? お、美味しい? これ……美味しい!」
「は、歯応えめっちゃ良い……! 味もあっさりしててすげぇ……」
「羽も良いぞ! パリパリしてて、まるで煎餅みたいだ!」
嬉々とした表情で食べ始める彼らの様子に、俺は思わず頬を緩ませてしまった。はじめは理解されなかったこの行為も、ここまでの共感を得ることが出来たというのなら、下剋上を果たせたもんだ。それも、随分と手の込んだもの下剋上を。
カラッと揚げたそれは、外はパリパリだ。しかし中は、ジューシーな噛みごたえとあっさりとした旨味を持つ。うーん、レモンとか持って来たらもっと良かったかもしれない。
「ね、ねぇ、えっと……」
「ん。あぁ、シガレットだ。何だ?」
「シガレット、凄く美味しいよ……これ」
もう既に三個目に突入したヒリエッタが感慨深そうにそう言えば、その美味しさを表現するかのように幸せそうに息を吐いた。
一方でランスを担いでいた男は、興味深そうに唐揚げを見ては俺に話し掛けてくる。
「なぁ、何で二度揚げしたんだ? あれには一体どんな意味が?」
「ん、それはこのパリッとした感触のためだよ」
この二回に分けられた揚げ方。それをざっと説明すると、第一段階はまず中までじっくり火を通すために行っている。中火で熱することによって、中まで温め衣を定着させるのだ。そして第二段階にて高温でサッと揚げる。これによって、カリッとした衣が出来上がるという訳だ。
その説明に、弓使いの男は感嘆の声を上げて唐揚げを見る。どうやらこの揚げ具合が相当お気に召したらしい。
「……いや、何か凄いなお前。これ店に出したら売れるぞきっと」
「そうだな……。どこの店もアルセルタス料理は扱ってないからな。ゲテモノ食で売れるかもしれないぞ」
検討してみる価値はありそうだなぁその話。
だが、その前にあの爺さん――酔狂な美食家に、報告と自慢をまずしなければならない。そしてアルセルタスは食べることが出来る、という概念を植え付けてやらなければ。
そんなことを画策していると、ヒリエッタが困ったようにはにかみながら俺に話を振ってきた。
「……そうか、アンタがあんなに焦ってたのはこのためね? 早く食べたかったからでしょ?」
「おうよ。ウイルス感染を阻止しなきゃ食えなかったし」
「へ? ど、どういうことだ……?」
「だから、ウイルスに感染したら食えたもんじゃないってことだよ」
狂竜ウイルスに感染した個体の味は著しく悪化する。そうなれば、いくら美味しいアルセルタスでも食べることは出来なくなるのだ。だから今回は直に触れてしまった部分は泣く泣く諦め、腕と羽しか食べることが出来なかったが。
しかし全身を食べることはどうやら出来ないと、剥ぎ取りしてみた様子や酔狂な美食家の話から擦している。これもまた、結果オーライという奴だろうか?
「食えたもんじゃないって……食ったことあるのかよ?」
「あぁ。すっげー不味いぞ、アレ」
先程までやや険悪な雰囲気だったこの四人パーティも、今はみんなで仲良く料理を囲っては笑顔で唐揚げを頬張っている。ランサーや弓使いも俺を邪険にするでもなく、ヒリエッタという少女も先程までの寡黙そうな雰囲気とは一転、楽しそうに顎を動かしていた。
これが――これこそが食の真骨頂だ。人の気持ちも、その場の雰囲気も、全てひとまとめにして包み込む寛容さ。
それこそが食事本来のあり方だと、俺は思っている。
~本日のレシピ~
『アルセルタスの唐揚げ』
・徹甲虫の腕 ……160g
・徹甲虫の羽 ……20g(1枚)
・垂皮油 ……600ml
・ハチミツ ……少量
・生姜(霊峰産) ……適量
・料理酒 ……大さじ2杯
・塩 ……適量
・しょうゆ ……大さじ3杯
・片栗粉 ……適量
というわけで、アルセルタス実食しました。モチーフはセミ会のアブラゼミの唐揚げと、何時か見た実食アブラゼミ。それはテレビの番組だったのですが、何やら海老のような味かするとかなんとか。んでそれらを混ぜ合わせた訳ですね。
どうなんだろうこれ。
そして意外にもシガレットさんは某孤独のグルメ家とは違いみんなでご飯食べるのも好きだったりする。周りが騒がしいのが嫌なだけらしいですね。一人が良かったらイルルを連れないはずですし。前サブタイはただの見栄張りってはっきりわかんだね。
ではでは!