モンハン飯   作:しばりんぐ

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 今日は特別な日なのです。





お上手ですね。

 

 

 氷が割れる。

 大地を覆うような。いや、海を瞬時に凍らせたかのような。

 そんな、白く白く染まったそれが、音を立てて割れた。

 

 割れた先から飛び出した、巨大な影。

 

「うおおおおぉぉぉ!! 出たぁぁ!!」

「にゃああああ!? て、手足のある……サメにゃ!?」

 

 どすん、と重々しい音を立てる奴────ザボアザギル。化け鮫とも呼ばれるそれが、俺たちに向かい合うように四肢を広げる。

 見た目は巨大なサメだ。俺を軽く丸呑みしてしまいそうなほど大きな口の、でっかいサメ。しかしそこにはヒレがなく、太い手足が並んでいる。四足歩行するサメ。それがあのザボアザギルだ。

 

「話は聞いてたけど、ほんとに歩くフカじゃん。旨そうだなぁ!」

「にゃあ……その前に、ボクたちが食べられそうにゃあ」

「大丈夫だって、俺たちなら。イルルは奴の右側面に回ってブーメラン!」

「にゃっ、にゃあ! だ、旦那さんは!?」

「俺は反対から奴を転ばすよ。んで挑発して頭に血を上らせたら、爆弾ポイントまで退避!」

「りょ、了解にゃ!」

 

 イルルはぴょこぴょこと奴の右側へと走り出す。一方の俺は、奴の左側へと躍り出た。

 本当に、太い手足だ。力強い前脚が、荒く氷の床を削っていく。その爪以上に発達した水かきは、陸上の活動を阻害しそうなものなのだが────

 

「……なんだ、その構え。なんかナルガっぽい……」

 

 不意に、奴が身を屈める。まるで跳躍前のナルガクルガのように、前脚を立てて後足を引いた。

 ────まさか、跳ぶ?

 

「やべやべ、回避回避……って、は?」

 

 溜めに溜めたそれを、解放。解放して、放出。

 奴の体は、跳ばなかった。代わりに飛んできた、白い渦。細かな氷がまとめて放たれたかのような、白い柱。

 ────ブレス?

 

「おおおおぉぉぉぉ!!??」

 

 突然の遠距離攻撃に、俺は走らざるを得なくなった。白い氷の塊が、俺に迫ってくる。

 肌を擦る小さな破片が、とても痛い。体中を撫でる白い冷気が、とても冷たい。迫るその柱は横薙ぎの吐息で、徐々に徐々に俺は追い詰められた。

 迫る。細かい氷の渦が、迫ってくる。

 

「ああああ冷てええぇぇッ!!」

 

 まさに氷だるまになる瞬間だった。

 唐突に、その氷の奔流が弱まる。全てが水に溶け、大気に霧散していった。

 

「にゃあ! 大丈夫にゃ、旦那さん!!」

「おぉ! イルル!」

 

 イルルが、化け鮫の背中に飛び乗っている。飛び乗って、魚型のナイフでざくざくと背中を刺していた。

 突然誰かが自分に馬乗りになり、さらにそこへ刃物を突き立てる。そんなことをされては、とてもとても我慢できたものではないだろう。ブレスなんて吐いてられない。大きな口をばくばくとさせて、必死に抵抗を示す彼の姿を見ていればよく分かる。

 とにかく、おかげで助かった。流石は俺の相棒だ。

 

「しゃあ! 反撃だッ!」

 

 もがく奴の足元で、片手剣を抜き放つ。紅蓮の刀身と金色の装飾がなされたその剣────テオ=エンブレムは、奴の青い鱗は激しく穿った。

 舞い上がる、橙色の粉塵。炎王龍の素材を贅沢に使ったその切っ先から、爆発性の物質が零れ落ちた。それが、まるで花火のように、奴の足元で炸裂する。

 

「ゴアアァッ!?」

「にゃあ、旦那さん! 倒れるにゃあ!」

「おぉ、ナイス!」

 

 悲鳴を上げては、横転するザボアザギル。ぴょんとその体を蹴って、宙を舞うイルル。

 彼女のウイッグが、風に靡く。

 青と紫と、赤と白と。様々な色を雅に縫ったその服は、氷海の冷気をものともしない。その背についた尻尾のような装飾が、小さく揺れていた。

 先日たまたま遭遇し、辛くも撃退したタマミツネの特異個体。龍歴院では天眼と呼ばれているそいつの素材を用いた、イルルの新しい防具だ。

 しかし、そんな可愛らしい見た目に反して、イルルは懐からブーメランを取り出した。無慈悲なまでに鋭いそれを、化け鮫に向けてばら撒いた。

 空から降り注ぐブーメランを浴びながら、ザボアザギルは悲鳴を上げる。しかし腹には剣の刺突が走り、背中は激しい弾幕の真っただ中。とてもそれを避けることは出来ず、ただ奴は手足をバタバタとさせていた。

 

「はっはァ! お前の腹、結構柔らかいなぁ! どう食ってやろうか!」

 

 しゅたっと、着地したイルルが、変なものを見る目で俺を見てくる。だがそれを無視しながらも、俺は左手を止めなかった。

 

「キノコと一緒にバターでサッと炒めるとか!」

 

 遠心力を乗せた回転斬り。ばさっと、その腹が大きく開く。

 

「目玉くりぬいて、スシのネタにしたりとか!」

 

 大きく刺突。開いたその身のさらに奥へ、刃を突き立てた。

 

「────それともシンプルに、刺身。どうよ!?」

 

 悲鳴を上げて、血飛沫を上げて。

 そんな化け鮫を前に一旦後退しながら、イルルにそう問いかける。

 

「……にゃー。あのサメ、刺身で食べれるのかにゃ?」

「さぁな。やってみな分かんないし」

「相変わらずにゃあ……」

「まぁそう言うな。それにほら、あいつ怒ったみたいだぞ!」

 

 がばっと大地を蹴って、奴は起き上がった。そこから、咆哮。甲高い声を上げ、奴は前脚に力を込める。

 すると突然、ひんやりとした空気が流れた。この場所が、この空間が。奴の周りが、急激に冷たくなったかのような。そんな気がした。

 直後、奴は全身に冷気を纏う。氷結袋の冷気を、そのまま全身に転用したのだろうか。青い肌を白い氷が多い、鋭い頭部には巨大な銛が形成された。

 

「おぉ、カッコいいなぁ……! ほんとに変身するんだ」

「だ、旦那さん! た、退却するにゃ!?」

「おう。爆弾ポイントまで、誘導するぞ!」

 

 剣をしまい、少しずつ後退して。しかし、奴とは目を離さない。

 少しずつ後退する俺たちに、ジリジリと詰め寄るその巨体。再び、ナルガクルガのように身を屈める。

 

「げっ、またあのゲロ吐く気かお前!」

 

 あの顎が開いて、中の氷結袋が解放される。氷結の渦が、再び俺に襲い掛かる────

 そう思った、瞬間だった。

 

「うおわっ!? 突進!?」

 

 唐突に駆け出す化け鮫。荒く大地を蹴って、その巨体は大口を開けながら迫ってきた。思わぬ迫力に、俺とイルルは横に跳ぶ。

 奴はそのまま、俺たちの間を走り抜けるように跳んだ。大量の氷が削られて、キラキラと結晶が舞っていく。そうして、氷に滑るままに止まらない奴は。俺たちが事前に設置した、爆弾ポイントへと────

 

「にゃっ……」

「やっべ、伏せろ!」

 

 白い世界に走る、燃える衝撃。

 紅蓮の炎がそそり立ち、氷はその熱量に表面を滴らせる。その爆心地にいた奴はといえば、凄まじい悲鳴を上げていた。

 全身が焼かれる痛み。凄まじい衝撃を、その巨体で吸収した痛み。纏っていたはずの氷は、全て炎に呑み込まれていた。

 

「だっ旦那さん! 火薬の量間違えたかにゃ!?」

「確かに、よく燃えてんなぁ」

「にゃー! た、大変にゃ……!」

 

 このまま、あいつは焼けてしまう。抵抗も出来ずに爆弾に衝突し、そのまま全て失ってしまう────

 なんて考えた、その瞬間だった。ふっと、影のようなものが俺に迫る。

 

「……ん?」

 

 突然消えた奴の姿。そうかと思えば、何かが光を遮って。

 一体なんだ。なんて考えながら、俺は空の方へと目を向けた。

 

 空を覆う、巨体。まるで風船のように膨らんだ、魚のような何か。あの氷の鎧を全て砕いて、全身を毬のように膨らませたザボアザギル。

 

「……は? はああぁぁぁぁッ!?」

「にゃっ、にゃあ!? なににゃー!!」

 

 どすん、なんて可愛さの欠片のない音が響く。あまりの衝撃に氷が割れて、大地が揺れる。

 巨大。巨大だ。先程の二倍はあるんじゃなかろうかというほど、奴の体は膨れ上がっている。それが、毬のように飛び跳ねて。その巨体を使って、俺をこの氷ごと踏み潰そうとしたのだろうか。化け鮫は化けるとは聞いていたが、ここまでの変身をするとは思ってもいなかったなぁ。

 

「……はは。なるほど、化け鮫ねぇ。化けまくりだろ」

「にゃあ……変装パーティーとかに出たら、きっと人気者になれるにゃこの子」

 

 イルルの冗談めいた一言に、奴はぐるりとこちらの方を向いて。そのまま、俺もイルルもぺちゃんこにしようと、ごろりごろりと転がってきた。

 あまりにも巨大なそれが、視界を覆う。横に避けることも不可能なほど、巨大。

 

「イルル! 潜れ!」

「にゃ、だ、旦那さんは!?」

「俺は大丈夫。折角だから、盾で肉の具合を確かめてやらぁ。イルルは潜って、あいつの背後に回ってくれ。挟み撃ちするぞ」

「うっ、うにゃ、にゃっ……き、気をつけて、旦那さん……!」

 

 少し戸惑っているようだったが、イルルは意を決して氷に穴を空けていく。俺のことが心配そうだった。相変わらず、優しい奴だ。

 さて! 盾を構えるぞ。全身に力を込めるぞ。さぁ、ザボアザギル。お前の肉は、どんな感じだ!

 

「うおっ……!」

 

 ぶよん、とした感触が腕に伝わってきた。先程斬っていた時とは、またまた異なるその感触。なんだか、本当に風船のようだ。空気が詰まっているかのような、奇妙な感触が跳ね返ってくる。

 これは────

 

「……空気? これ、空気が詰まってるのか?」

 

 膨張している。大量の空気を吸い込んだのか、それとも体内の水を気化させたのか。

 原理は分からないが、奴の体は空気によって膨張しているようだった。つまり、風船というのは例えには収まらない。そのものだったのだ。

 

「……膨らんでいる。ということは、この時皮膚も薄くなっている……?」

 

 そう考えた瞬間だった。奴が、再び全身を転がしてくる。俺の視界を埋めるように、悪い笑みを浮かべるように。

 またか。そう思いながら。盾を構えた。構えたものの────迫る口。俺も軽く丸呑みでできるくらい大きな、その口。

 

「────えっ」

 

 ぱくり。

 そんな音が響いたような、そんな気がした。視界が突然暗転し、猛烈な臭いが鼻を穿つ。

 

「……はっ!? ちょ、こいつまさか……って、くっさ……ッ!!」

 

 慌てて、左脚を突き出した。右手の盾も突き出した。上と下から、牙が迫る。それを両者で押し留め、噛み潰されるのを危うく回避する。

 それも束の間。今度は、舌が根元から動いた。俺を呑み込もうと、どんどん傾斜を描いていく。

 

「くっそ……がッ!」

 

 右手に巻かれたベルトを解き、盾を解放する。そうして、その盾に備え付けられた剣を引き抜いて、俺は重力に身を任せた。

 どろりとした粘液がまとわりつく。凄まじい悪臭が、全身へと広がってきた。

 

「おえっ……くっせぇぇ……ッ! なんだこの臭い、くっそッ、ふざけんなよ……!」

 

 剣を構える。両手の剣を交差させ、胃の壁らしきものを見定めた。

 臭すぎる。

 ただただ、アンモニアというか尿というか、なんかもう不潔なものをまとめ上げたような臭いが、ただひたすらに俺を襲う。もうダメだ。こんな空間、いられるか。

 

「穴開けやがれッ、このフカヒレ野郎……!」

 

 膨張したザボアザギル。体積が増えて、薄くなった奴の皮膚。そこへ向けて、俺は両の剣を突き出した。どろどろの壁を蹴って、全身を激しく螺旋させて。

 ただひたすらに、回転する。地面を割って進むアグナコトルのように。ただひたすら、全身を錐揉み回転させた。手の先についた刃ごと、とにかく奴の皮膚を穿った。

 

 回転に回転を重ねたその刺突は、まるで斬撃のような刺突と化した。刺した部分の刃が走り、肉を裂いてさらに奥に突き進む。その勢いのまま、切っ先は刺突を繰り返す。

 それが続けば、膨張によって薄くなった奴の皮膚は当然────

 

「──はぁッ! 出れたッ!」

 

 視界が、突如白く染まる。あの息苦しかった空間が消え、寒々しい世界が俺を迎えてくれた。

 血飛沫が舞う。白い世界を染めるように、赤い軌跡が宙を舞う。

 視界の先には、イルルがいた。呑み込まれた俺が飛び出して、安堵するかのように頬を綻ばせる────

 が、着地して彼女の方に転がった瞬間、その表情は一変した。

 

「……ふみゃっ!? うなっ、うななっ……くっ、くっ、臭いにゃーーっ!!」

 

 彼女の絶叫が、氷海を震わせた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……意外にピンクっぽいのなぁ、こいつ」

 

 動かなくなった巨体。風船がしぼみ、だらしなく崩れたその姿。

 ザボアザギルは、無事討伐された。あの膨らんだ姿のまま、奴は静かに息絶えている。なんだか、疲れ果てた肥満気味のギルド職員に見えないこともない。どうにもこうにも滑稽な姿だった。

 

「皮が分厚くて色が濃い分、身は随分透き通ってやがるぜ」

 

 随分と浅黒い色をした分厚い皮。素直に青とは言いにくいそれに包丁を沿わす。その下に眠っていた肉は随分と白く、薄桃色がとても綺麗だった。まるで上質な白身魚のようだ。

 

「……尾びれ近くのお肉とったけど、ここでいいかなぁ」

 

 膨らみ上がった腹には、余分な皮という大きな壁が聳え立っていた。これによってお腹の肉を取ることは非常に困難となっている。

 ────何より、俺が腹を突き破ってしまったせいで胃の中の臭いが外に放出されてしまった。あまりの臭いに、流石の俺も食欲がそそられなかった。なんというか、ほんとに吐きそうだ。

 

「…………」

「あー、イルルー。そろそろ寄って……っぷ、おえっ。……きてもいいんじゃないか?」

「え、えずきながら言わないでほしいにゃあ……」

 

 肉を斬って皮を剥いでる俺と、一定の距離を保ちながら俺を見るイルル。

 あまりの臭いに、彼女はサメの傍に寄れないでいた。いや、本当に臭いからアイルーには厳しいだろうとは俺も思うけど。なんというか、アンモニア? ほんと、アンモニアと下水の臭いをブレンドしたところにモンスターのフンと縄張りのフンのパウダー混ぜましたっていう感じの臭い。臭過ぎる。この世のものとは思えん。

 

「う……おえっ!!」

「ぜ、絶対近寄らないにゃ!!」

 

 あー。臭い。本当に、意味が分からないくらい臭い。

 けれど。けれど、こいつがどんな味するかって考えたらさ。そんなの、どうだってよくなってくるだろ?

 

「どれどれ、早速刺身にしてみよう」

 

 持ってきたまな板の上に転がした、化け鮫のブロック肉。丁度掌に収まる程度の大きさのそれは、皮を引いたおかげで市場に売っているような、刺身用のブロック肉のように見える。

 とはいえこれは化け鮫だ。一体どんな味なのかは分からない。香りに関しても────残念ながら、胃液の臭いで塗り潰されてしまった。

 

「よしよし。それじゃ、いったきまーす」

 

 すとんと剥ぎ取りナイフを落として、刺身状に切り分けたその肉を、そっと醤油につける。ユクモ村から取り寄せたそれは、芳醇な旨みを溶かした香りを振り撒いた。胃液の臭いでいまいち鼻が麻痺しているけれど、それもこの未知なる味の前では大したものじゃない。

 ということで、一口。小さな刺身を、口に入れた。それから、咀嚼。咀嚼────

 

「……うーん」

「ど、どうにゃ? 旦那さん……」

「なんか……水っぽいな」

「水っぽい、にゃ?」

「うん。柔らかすぎるし、さらっと溶けちまうし。サーロインみたいな溶け方ならいいんだけど、脂っていうより水分だなこりゃ。味が薄いというか、深みがないというか……」

「……美味しいか、美味しくないかで言うと?」

「まずい」

「そ、即答にゃ……」

 

 湿っぽい。

 水っぽい。

 味がない。

 噛み応えも味も微妙で、なおかつ風味が良い訳でもない。醤油を薄めた水分の塊を口の中で溶かしているみたいだ。あぁ、なんだこりゃ。

 

「……これ、刺身で食えなんて言ったらただの罰ゲームだな」

「そ、そんなににゃ?」

「あぁ、このままじゃ食えん。……うーん、どうしようか」

「……必要なもの剥ぎ取って帰還、でいいんじゃないかにゃ?」

「いやいや、折角だ。美味しく喰いたいだろ」

「にゃあー」

 

 生のままでは、あまりにも味が微妙過ぎる。食べ応えもないし、不快なだけだ。

 何か、何か別の調理法を考えなければ。

 まず、絶対に火は通さなければならないだろう。生は無理だ。

 ただ、焼いたところでこの感触がマシになるかという疑問が付きまとう。柔らかすぎる肉のように、焼いてもさっと崩れてしまうのではないか。それじゃあ面白味も何もない。

 うーん。食感を。何か食感を加えれるようないい方法はないものか────

 

「……あ」

「にゃ、何か閃いたのにゃ?」

「揚げてみればいいんじゃね?」

「……フライ、にゃ?」

「フライ。うん、フライ。ザボアフライ。……結構良い響きじゃん」

「にゃあ……」

 

 若干引き気味のイルル。またかと言わんばかりに溜息を吐いていた。

 フライ。フライならいいかもしれない。揚げたてのぱりっとした食感に、油の香りの良さがマッチする。この柔らかい食感も、衣の噛み応えと組めばまた変わる可能性だってある。

 

「よし。じゃあ俺はもう少し剥ぎ取ってからキャンプで調理するよ。イルルはどうする?」

「じゃ、じゃあ……先にキャンプで油沸かしておくにゃ」

「おう、助かる」

 

 どうやら、是が非でもこの臭いには近付きたくないらしい。まぁ、それで役割分担ができるならあまり問題ないが。

 よし、じゃあもう少しお肉もらっちゃうか!

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「なんで、パン粉とか卵とか小麦粉とかあるんだにゃ……」

「ハンターの必需品だろうが」

「にゃー。初めて聞いたにゃそんなの」

 

 もう少し掻き集めた肉を、丁度白身魚フライサイズに切り分ける。それらに塩胡椒で下味付けをする傍ら、イルルはフライのための準備をしてくれた。

 

「結構ぷるぷるなお肉にゃね」

「コラーゲンとか多そうに見えるよな。たぶん見えるだけだけど」

 

 少しずつ感覚が麻痺してきたイルルは、恐る恐る肉をつつく。その姿に苦笑しながら、俺はそれらを一つずつ箸で掴んだ。

 感触はやはり柔らかい。水気が多いからかもしれない。なんか、冷凍させたら縮みそうだ。今日ここで食べてしまうのが吉だろうか。

 

「まず小麦粉につけてっと」

「うにゃあ、ねりねり」

「次に卵をさっと塗る」

「にゃん。えいえい」

「最後にパン粉につけて……」

「にゃー。フライっぽくなってきたにゃ」

 

 三つの小鉢に入ったそれぞれのフライの元を、身のひとつひとつに丁寧につけた。それらを、今度はイルルが沸かしてくれた油の中に落とす。ぶくぶくと箸に泡がつくそれは、フライに丁度良い温度のようだ。

 しゅわわ、という快い音が響く。うんうん、揚げ物はこの音がほんと最高だな。

 

「にゃあ、旦那さん。どうせサメなら、フカヒレにすれば良かったんじゃないかにゃ?」

「うーん、あいつ手足あるせいでヒレが少ないんだよね。でも、良さそうだと思って背ビレはちょっと剥ぎ取ってみたんだけど」

「だけど?」

「なんか、対向流組織……っていうんかな。フカヒレとは少し作りが違ったんだよ」

「にゃ……た、たいこうりゅー……ってなににゃ?」

「うーん、なんて言うのかなぁ。体温調節のための器官? あの過度にでかい背ビレは、たぶん凄い風が当たると思うんだ。海水に浸したそれを風に当てることで、氷結袋を調節するんじゃないのっていう奴」

「……むにゃ、難しい話にゃ」

「とにかく、フカヒレとは少し違うから美味しくないよって話。今日はもう冒険したくないし」

「にゃ、にゃあ……」

 

 そうこう話しているうちに、良い感じに肉が揚がってきた。金色を超え、橙色へと届き始めた衣の色。もうそろそろいいだろう。

 

「よしよし、盛り付けよっと」

 

 一枚の皿に油を吸いとる紙をひく。その上に、一つ、また一つと肉を並べていく。

 数にして六個。六個の、眩しい光を放つザボアフライができた。からんと上がったそれらは、何とも香りが良い。油の香りを吸って、あの吐きそうな臭いを食い尽してしまったようだ。

 

「うんうん。これなら食えそうだ。イルルも食うだろ?」

「にゃ、にゃあ。折角だから……」

 

 ここまでされては仕方ない。なんて言わんばかりに、彼女はおずおずと箸を取る。どうやら観念したようだった。

 俺も箸を取って、フライを摘まむ。さぁ、今度はどんな味になってるだろうか。

 

「よーし。いただきまーす」

「いただきますにゃあー」

 

 アツアツのそれを、さくっと一口。揚げたて特有の、ぱりっとした食感が歯茎を襲う。

 

「…………」

「にゃ、あ、あっあつっ、あつにゃにゃ……」

 

 さくさくとした衣とは対照的なそのお肉。随分と柔らかい。歯に少し力を込めただけで、するっと身が裂けてしまう。ふわふわしているようで、少しばかりぼそぼそした食感だ。なんというか、とても中途半端である。

 

「うーん……」

 

 味も、やはり薄い。本当に薄い。白身魚のような、薄味ながらもじっくりと油に溶かしてくるようなあの風味とは違う。

 本当に、味がない。美味しいと思えるような味がない。

 

「食感はまぁよくなったけど、塩胡椒程度じゃダメかぁ。なかなか手強いな、こいつ」

「頑張るところがおかしいと思うけど、よくよく考えればこれが普通だったにゃ」

「イルル的にはどうだ? これ」

「うにゃ……魚の中では、言っちゃなんだけど下の方にゃ」

「だよなぁ」

 

 唐揚げとかトンカツとか、エビフライとか。そういったものはなるべく何もかけずにそのものの味を楽しみたいとは常々思っているけれど────これは、ちょっときついな。

 仕方ない。今日はいろんな味にお世話になろう。たまにはこういうのも良いだろう。

 

「イルル、ソースとマヨネーズつけようぜ」

「にゃ?」

「これだけだとあんま味しなくて美味しくないだろ? たまにはジャンクな味付けもいいかもしれないし」

「にゃ、にゃあ、確かに」

「ついでだ。カバンにレモン入ってるからそれ取ってくれ」

「にゃー! 了解にゃ」

 

 ぴょんと跳ねてはカバンをごそごそと漁るイルルを尻目に、俺はソースやらマヨネーズを取り出した。それらをもう、豪快にかけていく。

 焦げ茶色の波が揺らぎ、白い風が吹いた。橙色に近い世界に、ひんやりとした味の雨が降る。さらに、酸味を含んだ滝を流した。イルルが持ってきてくれたレモンを半分にカットし、ぎゅっと握ることで出来る滝。あの味のない世界に、花が咲いた。

 

「まぁ、こんなもんだろ」

「にゃ、いただきますにゃあ」

「おう。いただきますよっと」

 

 味のなかったはずの世界は、一変した。

 ソースの甘い香りと、それに伴う甘い味。マヨネーズの優しい甘みと、そこに溶け込んだ柔らかな酸味。そして、ただただ直情的なレモンのすっぱい風味。

 それらが混ざり合って、ザボアザギルの肉に絡み合っていく。サクサクした鱗の奥の、ふわふわとした食感。そこに味が染み込んでいく。やや甘めのその味は、衣の油の味によく合っていた。仄かな塩辛い味と、それを覆い隠す甘み。ほんのちょっぴりアクセントが効いたかのようで、なかなか悪くない。

 それにこの感触とマヨネーズのとろりとした食感が、非常によく合っていた。なんというか、柔らかさを掻き合わせた感じというか。ふわふわととろとろが掛け合って、ふわとろになったといったところだろうか。混ざり合う衣も相まって、だんだんほぐれていく食感がとても面白い。噛んでて楽しいかもしれない。

 

「……うん。これなら良い感じだわ」

「にゃ。マヨネーズ、よく合うにゃ」

「なかなかいい配役と思わないか? これなら全然旨いわ」

「うにゃー。味付け上手にゃー」

 

 素材の味を生かせた、とは言いにくいけれど。でもたまには、こういうのも悪くないもんだ。

 とにもかくにも、ザボアザギルか。もう少し勉強しなきゃいけないと痛感させられた日だ、今日は。

 

「もう一つもーらい。イルルも食うだろ?」

「にゃ、じゃあ半分だけ……」

 

 そう言いかけた瞬間、イルルはピンと耳を立てる。かと思えば、俺にさっと飛びついてきた。

 その一方で、氷海のベースキャンプに寄ってきた船。そこから伸びた棒には、小さな旗がバタバタと揺れている。描かれた紋章は、ドンドルマギルドのもの。どうやら、ギルドから送られた職員用の船のようだ。

 

「イルル、大丈夫だ。あれはギルドの船だよ。ザボアザギルの確認と回収に来たんだ」

「にゃ……にゃあ」

「さっきクエストクリアの信号弾撃ったからなぁ。ようやくの御到着みたいだな」

 

 少し皮肉を混ぜながらそう言っていると、船が氷に繋げられる。

 そうして、中から現れたギルドの人間。あのザボアザギルのように、随分と膨らんだ腹が目立つ職員だった。

 

「やーやー、シガレットさん。信号見ましたよ。相変わらず狩りが手早くてお上手ですね────って何この臭いくっさぁぁぁぁっ!?」

 

 あ。この臭いのこと、すっかり忘れてたわ。

 氷海に鳴り響く、職員の絶叫。それを聞きながら、イルルは「慣れって恐ろしいにゃ」と神妙な顔で呟いていた。

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ザボアフライ』

 

・ザボアザギルの肉(尾部付近)……200g

・塩胡椒           ……大さじ2杯

・小麦粉           ……少量

・卵(一般鶏)        ……1個

・パン粉           ……少量

・濃厚! ドンドルマソース  ……お好みで。

・ガーグァ卵のマヨネーズ   ……お好みで。

・ポッケレモン        ……1/2個

 






 サメだけに上手(ジョーズ)ってな!!


 迎えたくない日を迎えてしまった。
 モンハン飯、実は今日で三周年です。あぁぁぁぁぁぁ……第二章書いてた頃は、第三章でさらっと終わろうとしてたのに。いつの間にか三周年ですよ。でもま、折角なので急遽書き上げました!! 三周年だと気付いたのは四日前である(`・ω・´)
 やっぱこう、あれですね。惰性でだらだらと無計画に書くのは、やっぱりあんまりよくないですね。まぁ、この作品は書いてるととても楽しいんですわ。だからついつい続けてしまって……いやほんと、申し訳ない。四周年の前には、完結させたいです(願望系)
 ところでしばらく、別の作品を執筆してたんですよ。モンハンの没設定、竜大戦や竜機兵を扱った作品なんですけど。それがとてもシリアスなやつなので、ひさびさにモン飯見るとなんだか安心させられました。やっぱりほのぼのって大事!
 これからもちまちまと不定期に更新していきます。それではでは。

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