モンハン飯   作:しばりんぐ

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 レンキンスタイルはいいぞ。





尾ひれがつく

 

 

 拝啓 ヒリエッタ様

 

 そちらの様子はどうだい? オオナズチに続いて、今度は塔にリオレイア希少種が出現したって噂を聞いたけど、大丈夫? ヒリエッタなら大丈夫だよね!

 こっちは古代林で元気にやってるよ。ベルナ村っていう高原にある村から調査に行ってるんだけどね、そこのチーズがとっても美味しいのよ。多分、シグとかすっごく気に入ると思う。……ていうか、もうすでに取り寄せて使ってそうな気もするけど。

 古代林はさ、孤島みたいな離れ小島なんだ。だから独自の生態系があって、今まで見たことのないような植物やモンスターがいる。オレが加わった龍歴院って組織も、それを調べてるのさ。最近、そこの飛空船が古代林上空で行方不明になるって事件が時々起こってさ。ちょっと奇妙だよね……。

 ほんと言うとさ、オレ追い付きたいって思ったんだ。気付いたら上位ハンターなのオレだけだし。シグもトレッドも、君までもG級に上がっちゃってさ。流石にオレも、このままじゃ嫌だなぁって。みんなに追い付きたいよ。だから、古代林で手柄を立てて一気にG級まで認めてもらうぜ! おっと、心配はしなくていいよ! オレはこの通り元気にやってるからさ! ……まぁ、君は言っても心配なんてしなさそうだけど。

 とりあえず、明日からまた調査再開だ。いよいよ古代林の奥に足を踏み入れるんだ。ちょっとわくわくしてる。また一区切りついたら手紙送るよ。それじゃあ、元気でね。

 

 敬具 イズモ

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 空を走る、幾千もの星。まるで黒い布を喰い破る虫のように、藍色に覆われた世界にいくつもの光を灯していた。

 その中で、一際目立つ星がある。一言で言えば、流星だ。赤い帯を引きながら、この闇を引き裂かんと数多の光を漏らしている。その赤い紅い軌跡が何とも美しかった。

 

「おー、良い眺めだなぁ」

 

 そんな遺跡平原の星空を見上げながら、俺は感嘆の声を漏らす。

 その横で静かに溜息をつく少女。手に持った手紙を読み終えて、少し困ったような。彼女───ヒリエッタは、そんな声を上げた。握られた手紙が、くしゃりと音を立てる。

 

「はぁ……。心配しないなんて、そんな訳ないじゃない」

「どうしたんだよ。何読んでんだ?」

 

 倒れ伏した狂竜化ライゼクスの鱗を剥ぎながら、俺はそう問いかけた。しかし、彼女はどこか上の空。先程討伐した電竜のことなどまるで気に留めず、手紙を丁寧に折り畳む。

 

「手紙。……イズモからの」

「は? イズモ? あいつ手紙とか送るのかよ……もらったことないぞ」

「そうなの? 結構な頻度で送ってくれるから、そういう人だと思ってたのだけれど」

 

 きょとん、と首を傾げたヒリエッタ。そんな彼女に聞いてみれば、どうやらイズモは定期的に彼女に手紙を送っているそうだ。俺には一枚も送ってこない癖に。

 

 狂竜化。

 黒蝕竜ゴア・マガラによって拡散された狂竜ウイルス。それに感染してしまったモンスターは、凶暴性を刺激され非常に獰猛になる。同時に細胞を酷使させ、その肉質を著しく劣化させてしまうのだ。この遺跡平原に舞い降りたライゼクスも、その感染個体だった。急なクエストを当てられたため、ろくに狂竜石の準備も出来ず、こうして実食出来ないでいる。何とも不甲斐無いものだ。

 そんな俺とは違う意味で、何ともやるせなさそうに眉を曲げるヒリエッタ。その表情は、どこか心配そうな色を差していた。

 

「……なんか、なんだかんだイズモと仲良くなったみたいだな」

「意外に、ね。最初はなんだこいつって思ってたけど」

「でも息ぴったりだったよな。漫才みたいだったし」

「……懐かしいなぁ。あの人、あの時はまだドンドルマにも来てたのに」

 

 憂うようなヒリエッタの声。それを聞いては、俺も言葉を紡いだ。

 イズモは今、気軽にドンドルマに来れない場所にいる。一体何が目的かは知らないが、ユクモ村のギルドから離れ龍歴院へと籍を移したそうだ。何やら、どこぞのフィールドを調査するとか言っていたが───

 

「近くにいると騒がしいけどさ、いざいなくなると物足りないもんだな」

「うん……」

「まぁ、世の中そんなもんばっかだ。人も、飯の味も、さっきヒリエッタが作ったあのタルだって」

「最後のは、こじつけじゃない?」

 

 若干冷えた目でヒリエッタは俺を見る。そんな彼女の横には、沈黙する小タルが一つ。

 

「レンキン癒しタル……ねぇ。生命の粉塵を蒸気に乗せて、継続的に散布する……。使えるのこれ?」

「持ってる側としては、ひたすらタルが熱いわよ。蒸気がどんどん出てくるし、あっためるのもしんどいし」

 

 レンキンタル。

 それは最近ハンターの道具として開発された、新たな秘密兵器である。その特徴は、何と言っても振ること。振ることで摩擦熱を起こし、内部温度を向上させる。そしてその内部温度によってより高度な物を錬成させることができるという、新しい狩りのお供なのだ。

 例えば、振り始めの微熱程度ならば。砥石を獰猛化エキスに浸すことで、特殊な砥石を錬成させることができる。

 充分に温度を上げたならば、爆薬や飛甲虫の羽、バクレツアロワナなどを加え爆発物を錬成させることができる。

 内部温度が最高値まで上がれば、タルから蒸気が吹き上がる。そこに生命の粉塵を加えることで、衝撃に乗せ粉塵を散布するレンキン癒しタルの完成───という訳だ。

 

「まぁ、癒しタルについては目を瞑ろう。俺が許せないのは……これだ」

「あ、私が作ったレンキンフード……。って、半分残してるの? 全部食べなさいよ」

「いやいやいや。何だよこの苦いだけの固形物。誰が食うかこんなもん」

 

 固く、苦く、ただひたすら噛み応えだけがある物体。それがヒリエッタの作ったレンキンフードであった。

 レンキンフードとは、レンキンタルが微熱程度の時に作るスタミナ増強剤だ。大した手間もいらず簡単に作れ、かつ大きさも人差し指程度であるため携帯食料より食べやすいと定評がある。当然、味という大きな犠牲が伴っているが。

 

「口の中パッサパサになるわ、喉めっちゃ乾くわ。何なんだよこれ……」

「しょ、しょうがないでしょ。……料理苦手なんだもん」

「お前が料理してるとこ、見たことないなぁそういえば。この前の焼き肉パーティーくらいか」

「焼き肉……というかバーベキューでしょあれ」

「あの時も焦がしてたよな」

「うっ……うるさいわね。いいでしょ別に、料理が苦手だって」

「……まぁ、適材適所って言葉もあるしな。───ということで、俺が真のレンキンフードというものを見せてやろう」

 

 なんて言いながらヒリエッタのレンキンタルに手をかけた。すると、不意に妙な視線を感じる。さながらジンオウガのような、鋭く冷たい視線。そんな少し非難染みた視線が、彼女から送られてきていた。

 おずおずと、料理が苦手だと主張したはずの彼女。そんな姿とは打って変わったその態度。

 

「……相変わらず、強引で自分勝手よね。あの彼女さんにもいつもそんな感じなの?」

「…………は?」

「この前、雪兎亭に入っていったの……見たわよ」

 

 してやったり。彼女の顔にそう書いてある。

 いや、もちろんそんなはずないのだが───今の俺にはそう見えた。思わず硬直した俺とは正反対の、随分と楽しそうな顔である。

 

「あの子も大変ね。こんなめんどくさい奴の相手しなきゃならないなんて」

「……お前……何で」

「あれ? 私に気付いてなかったの? アンタでも見える、大通りにいたんだけどなぁ。それだけ彼女さんに夢中だったのね、うんうん」

「ちょっと待って。まずそのへらず口を閉じようか閉じてくださいお願いしますすみませんでした」

 

 そこまで言ってようやく口を閉じてくれたヒリエッタ。それでもその攻勢に出た態度は変わらないで、次に俺は何を言うかと期待しているようだった。形の良い唇を上げて、俺の言葉を待っている。

 一方で俺は深呼吸。呼吸を整えて、正しい言葉を頭の中で並べていく。

 

「……あー、えっと、えっとな。別にあいつは彼女じゃないんだ。そこは弁明したい」

「見え透いた嘘ついちゃって。セイラーシリーズを着たハンターちゃんでしょ? 紹介しなさいよ」

「……セイラーシリーズじゃ、ないんだよなぁ」

「え?」

「その原型そのものなんだよなぁ、あれ」

「…………えっ?」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 それは、遺跡平原に赴く数日前の出来事だった。

 ドンドルマの東区。そこで街の外の街道へと繋がる門の前で、ガーグァの率いる貨車が停まっていた。その周りには、先日俺を振り回したギルドガールたちの姿がある。

 俺に極小ヤド真珠の入手を依頼した少女、パティ。そして、件の面倒事に引き込んだ張本人、キャシー。何故かわたがしを手にしているが、確かに彼女の姿はそこにあった。

 

「シグさん、ごめんなさい。結局実物比べになっちゃいました……」

「……ということはアレか? もう竜の大粒ナミダはいらないってか?」

「そ、そうなりますねぇ……あははは」

「……はぁ」

 

 困ったように笑う彼女と、やや意気消沈するもう一人の姿。赤いエプロンに茶色の髪を下ろした、キャシーよりも年上と見える少女だった。格好からしてギルドガールであることは間違いないだろう。

 そんな彼女が溜息をつく度に、パティは申し訳なさそうに目を伏せる。その雰囲気から察するところ、少なくともこの少女はタコ比べに敗北したようだった。

 

「結局、勝負はどうなったんだ?」

「はっ、はい! え、えっとえっと……」

 

 マイペースにわたがしを食べ始めるキャシーの傍ら、困惑するパティへと俺は声を掛けた。そんな俺の声に、彼女は驚いては跳び上がる。

 相変わらずだとでも言うべきだろうか。まごつきながら頭を回転させる彼女の姿を、俺は何ともなしに眺めていた。すると、ようやく言葉がまとまったらしい彼女が喋り出す。少しずつ、俺に委縮し続けながらも。

 

「キャシーさんが竜の大粒ナミダを選んだり、ベッキーさんは我らの団ハンターさんに頼んでどうやら金火竜の鱗を用意したりしたみたいなんですけど。け、結局実物を比べることにな、なってしまいました……」

「えぇ……金火竜って。リオレイア希少種のことだろ? そんな珍モンスターの情報よく手に入れたもんだなぁ……。しかも我らの団ハンターって……」

 

 意気消沈する少女、ベッキーの想像を絶する行動に、俺は思わず溜息をついてしまった。

 リオレイア希少種といえば、リオレイア亜種のさらに上をいく希少性をもったモンスターだ。まるで夜空に輝く月のように、煌めく金の鱗を身に纏った伝説級の飛竜。その希少性は、まさに古龍にも迫るほどである。

 そんなモンスターをわざわざタコ比べで利用するとは。それを依頼する彼女も彼女だが、そんな依頼を受け取る我らの団ハンターも大概である。聞けばかつてドンドルマが鋼龍の被害に遭った際も、また先日霞龍が現れた時もそのハンターは活躍したと聞く。相当凄腕なのは明確だろう。金火竜といえど、彼がそのクエストを請け負ったとなればまた見方が変わってくるが───

 それにしても、そんな代理狩猟も今や意味を為さないとは。俺も、そのハンターも。つくづく無駄な時間を過ごしたものだ。

 

「お嬢さん方。そろそろこのガーグァタクシーは出発するニャ。ユクモ村まで快適な陸の旅を提供するニャよ」

「あっ……シガレットさん、色々お世話になりました。ご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい」

「いや、いいよ。道中、気をつけてな」

 

 ベッキーがブツブツ言いながら貨車に乗り込み、それに続いてパティが足を掛ける。礼儀正しい彼女らしく、丁寧に俺にお辞儀をしながらも。そんな彼女に手を振りつつ、次はキャシーだと後ろの方に目をやれば。

 意外にも、キャシーはイルルと話をしていた。俺の後についてきたイルルと、丁寧にしゃがんではネコの視線に合わせている。一体何の話をしているんだろう。

 

「あっ、もう行っちゃう。それじゃ、私はもう行くね。バイバイ、イルルちゃん」

「にゃ……帰り道、気をつけてくださいにゃ……」

 

 しかし馬車の様子を見ては立ち上がり、優しくイルルに手を振り掛ける。イルルもイルルで、困惑気だったものの小さく肉球を振り返した。

 そのまま、俺の真横を抜けるキャシー。面と向かって挨拶をすることはない。ただ、少しだけ。すれ違いざまに、小さく口を開いた。

 

「……バイバイ、シグさん」

「……おう」

 

 そっとわたがしを舐めては、悪戯っぽく笑う。

 相変わらずの彼女の様子に、俺は愛想笑いを返した。

 

 ガーグァの強靭な足腰を利用したガーグァタクシー。その速度は随分と早いもので、彼女たちの姿はあっという間に見えなくなってしまった。

 いつの間にか米粒のように小さくなってしまったその背中を見ながら、俺は小さく口を開く。俺の横で小さく耳を動かしているイルルに向けて、そっと。

 

「……行っちまったな」

「にゃ」

「……キャシーと、何話してたんだ?」

「なんか、よろしくとか何とか言ってたけど……よく分かんなかったにゃ」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……つまり、あの子はタンジアギルドの受付嬢で、シガレットの昔馴染?」

「そうそう」

 

 眉を顰めてはそう口にするヒリエッタ。そんな彼女に向けて、俺は首を縦に振って肯定する。

 別に嘘は言っていない。昔馴染であることには違いないし、現時点でキャシーはもう俺の恋人でも何でもない。間違ったことは何一つ言っていないのだ。

 

「なぁんだ。期待して損しちゃった。じゃああの子は、そのままタンジアに帰っちゃったってことね」

「あぁ。ユクモ村経由で、な。また受付嬢再開だそうだ」

「……忙しいのね。全くもう、紛らわしいなぁ」

 

 折角のネタが空回りしてしまった。そう言わんばかりに彼女は掌を空に向けて、呆れたように首を振った。

 呆れたいのはむしろこっちだ。余計な好奇心でこちらの事情に首を突っ込まれ、さらにはいらぬ弁明しなければならない。余計な気苦労をさせられたのは、俺の方ではなかろうか。

 なんて首を捻っていたら、彼女が少し小さく息を吐いた。そうして、どこかスッキリとしたような顔を向けてくる。何だか意外だった、とでも言いたげな顔だった。

 

「……それにしても、シガレットがタンジア出身だったとはね。知らなかったわ」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「んー、そういえばトレッドさんがそんなこと言ってた……ような気もするけど、あんまり覚えてないや。……でも、外から来たってのは親近感あるかも」

「……ん? どういう意味だ?」

「言葉通りの意味よ。私もそうだってこと」

 

 意外なヒリエッタの言葉に、俺は問いを重ねかけた。すると彼女は困ったように微笑み、その整った顎を小さく頷かせる。

 

「私だって、元々はヴェルドのいいとこのお嬢様だったのよ? まぁ、今はこんなんだけど」

「ぷっ。お嬢様ぁ? お前がぁ?」

「むっ……失礼ね。こう見えても、昔はもっと御淑やかだったんだから」

 

 不満げに頬を膨らませるヒリエッタの姿に、俺は笑いを抑えることができなかった。このお転婆な唐揚げ女がお嬢様だなんて、笑いをこらえる方が無理難題だろう。

 ───それにしても、ヴェルドか。城塞都市にして最も経済格差が大きな都市。その街での「いいとこ」であるならば、それはかなりの上位層だったのだろう。ならば、どうして彼女は今ドンドルマでハンターなんてしているのだろうか?

 

「御淑やか、ねぇ……」

 

 事の顛末は予想できる。

 ヴェルドの貴族の娘ならば、ハンターなんてしなくても暮らしていけるはずである。とはいえ彼女の表情から察するに、それらの事情はあまり詮索して欲しくないのだろう。

 きっと、一家の没落が免れなかった。そして、財産を失った貴族の娘の行く先なんて───想像するのも容易いものだ。

 

「……それにしても、ヴェルド……ヴェルドか。うーん、何だったかなぁ?」

「……? どうしたのよ?」

「いやさ。この前ヴェルドって、どっかで聞いたんだけどなぁ。どこでだったかなぁ……」

「ふーん? まぁ、結構有名な都市だから、そんなに珍しいことでもないんじゃない?」

「……それもそうか。それより、大事なのはこっちだもんな」

 

 彼女の言葉に乗っては話を切り上げようと、再びレンキンタルを手に持った。

 今ではすっかり軽くなったレンキンタル。癒しタルのために蓄えられた熱も、今では見る影もない。ただ静かに沈黙を保っていた。

 

「相変わらずブレないのね……。話戻るけど、アンタがいっつもそうならイルルちゃんは大変だろうなぁ」

「なんだよ、今度はイルルかよ」

「毎日こんな旦那の相手して……心中お察しするわ」

「おい待て。人聞きの悪い言い方すんなよ」

「それはそうと、イルルちゃんは今日はどうしたの? いっつも一緒にいるのに」

「それはそうとって……。今日はたまたま、アイツ買い物に行っててなぁ。それで一人でだらだらしてたら召集されて、今に至る……って感じ? 家にメモ置いといたから、状況は把握してくれてると思うよ」

 

 あの砕竜の重殻を用いた鍋。それを購入させてもらったあの雑貨屋。

 どうやらイルルはあの雑貨屋を相当気に入ったようで、給料を使っては何か買ってきたり、はたまた店主と他愛のない雑談をしたりとよく足を運んでいるようだった。

 拠点を移して、新しい環境で過ごすことを強いてしまったが───彼女にとっての楽しみともなる場所が、どうやら見つかったようだ。雇い主としては、喜ぶべきことだろう。

 ───ところが、ヒリエッタは少し顔を曇らせる。何か思案しているような、そんな表情だった。

 

「……どうした?」

「……あのさ。最近、時々。ほんとに時々聞く噂なんだけど、知ってる?」

「あ?」

「アイルーが、行方不明になる噂」

 

 俺がタルにベルナバターやベルナチーズを投入する傍ら、ヒリエッタが言葉を綴った。砂糖や塩で味を調(ととの)えながら、そんな彼女の言葉に耳を傾ける。

 どうやら、最近ドンドルマではアイルーが行方不明になるという噂が流れているらしい。特に毛並みの良い子がいなくなる、と。若干心配そうな表情で彼女は語った。

 

「イルルちゃんって真っ白で、ふわふわで……とっても綺麗な子じゃない? だからちょっと心配で、さ」

「あいつが器量いいってのは大いに賛同するが、まぁ……大丈夫じゃないの?」

「そんな……楽観的な」

「イルルはしっかり者だから、黙っていなくなるなんてしないだろ。それにアイルーってのは元々気まぐれな奴が多いから、思い立ったら誰にも何も言わずどっか行くっての結構あるし」

「……それはネコの集落で暮らしてた経験?」

 

 薄力粉とチココーンスターチをタルに混ぜ、小さじ一杯ほどのベルナミルクを入れては混ぜる。少し粘度のあるそれを泡だて器で掻き回しながら、ヒリエッタの問いかけに頷いた。

 

「その他に、メラルーが石灰とかで体を白く染めてアイルーに化けるってこともある。そうやってアイルーと思われた奴がメラルーに戻ったとか、住処に帰ったとか。案外そういうのが噂の元なんじゃねぇの?」

「それって、ルーシャのとこのネコみたいな?」

「そうそう。何だ、知ってんのか。なら話が早いや」

「この前ルーシャから聞いたのよ。でも……そっか。そう言われるとそうかもって思っちゃうわね」

 

 どこか納得したようにヒリエッタはそう口にする。少し安心感を抱いたかのような、そんな表情だった。

 案外、噂など真相は大したことがなかったりするものだ。一人歩きなんてよく言われるが、噂が噂を重ねる内にどんどん尾ひれがついてしまう。そしてそれは、知らぬ間に原型を大きく超えたものなっている。ヒリエッタの言う噂も、きっとそういうものだろう。深く考える必要はない。

 ───今考える必要があるのは、このレンキンフードだけなのだから。

 レンキンタルの中で、乳製品特有の芳ばしい匂いが溢れ出す。薄黄色に混ざったそれは、とろりとした質感で満ちている。これは言わば焼き上げる前のタネなのだが、これでも随分と美味しそうだった。

 

「さて、後は型にはめて焼き上げるだけだな……」

「……本格的過ぎない? よくやるわほんと」

「不味い飯で腹を満たすより、旨い飯で満たしたいだろ?」

「アンタはそれにこだわり過ぎなのよ……」

 

 銀色の型をはめ、レンキンフードのタネを一平方センチメートル大に区切る。型の奥底まではおおよそ六センチほど。大きさは、既存のレンキンフードと変わらない。まぁ、使っている型が同じなのでそれは当たり前のことなのだが。

 そうして区切り終えたそれを、タルのフタを閉めることで外界から隔離させる。後は高温で一気に焼き上げること。もちろんそれには、あれが欠かせない。

 

「さ、あとはヒリエッタにお願いするよ」

「……え? 私?」

「さっきもたくさんタルを振ってただろ? あんな感じに、これを力一杯振ってくれ。癒しタルを錬成するくらいの勢いで」

「……あぁ、もう。しょうがないわね……!」

 

 日頃から大剣を振り回しているからか、彼女の腕力は相当なものだ。何より、身体の使い方が上手い。どう力を込めれば剣の威力が増し、どう力を抜けば反動や衝撃を抑えられるのかを理解している。考えてやっているのか、はたまた無意識にやっているのか。それは俺には分からない。

 しかし目の前で必死にタルを振り回す彼女の姿を見れば、やはりその技術に感嘆してしまう。

 掌、腕、肩、腰、足。それらの動きを、無駄なくタルを振れるよう総動員させているのだ。この体の使い方は一朝一夕で身につくものではない。天性のもの、そしてこれまでの経験があって為せる技なのだろう。流石は上位装備で覇竜と渡り合った女である。

 

「……ふぅ、こんなものかしら」

 

 蒸気を発し、熱で若干膨張したレンキンタル。その温度と激しい運動によって漏れ出た汗を、彼女は赤い手甲で、そこから伸びたグローブで拭う。

 いつかのジンオウUシリーズはもうなりを潜め、彼女の姿は真紅の鎧へと変わっていた。

 ───レウスXシリーズ。空の王、リオレウスの鎧だ。

 

「うん、もうよさそうだ」

 

 赤いスカートのようなその鎧を風に靡かせながら、ヒリエッタは疲れたようにどっと腰を下ろした。そんな彼女からタルを受け取りつつ、そのフタを開ける。

 途端に、熱が加わったことでより濃厚になった香りが溢れてきた。タネのものとは比べ物にならない、深く甘いチーズの香り。すっきり鼻を抜けるのではなく、むしろしっとりと鼻孔に纏わりつくような。そんな強い香りだった。

 中を見れば、見た目は上々。あの薄黄色だったタネは橙色に染まり、あの半固体状とは似ても似つかぬ固形へと変わっている。

 

「さぁ。早速食べようぜ!」

「……じゃあ。いただきます」

 

 そのタルからレンキンフードを取り出して。俺とヒリエッタは、一つずつそれを口にした。

 同時に広がる、チーズの濃厚な香り。カリッと歯が音を立てれば、充分な熱を宿したそれが簡単に崩れていく。それと同時に、その中に秘められた味を一挙に解放したのだった。

 あのタネとは全く似つかぬその食感。超高温で凝縮されたそれは、固い固い食感を形成している。それ自体はヒリエッタの錬成したレンキンフードとあまり変わらない。問題は、その味である。何といっても、噛めば噛むほどその中に詰まった味が出てくるのだ。

 チーズの濃厚な、舌にとろけ落ちるような強い旨み。

 バター特有の、塩気と甘みを混ぜ合わせたかのような、されど後腐れのない優しい味わい。

 それがベルナミルクによってひとまとめになって、一種のコクとも言えるような風味を残していく。

 そんな、乳製品のコラボレーション。元々同じものだったそれらを、再び邂逅させたレンキンタル。その焼き具合は、同じ乳製品だったからこその仕上がりだろう。この優しくも強い味わいは、兄弟だからこそ為せる味なのだ。

 

「……結構、美味いんじゃね? これ」

「……うん。確かに、このレンキンフード、凄く美味しい……」

 

 黙々と食べていたヒリエッタも、悔しそうな顔でそう言った。

 自分が作ったレンキンフードでも思い出しているのか。美味しいという割にその表情は、どこか納得がいかなさそうだった。

 

「俺が思うに、やっぱ超高温で焼き上げるのがミソだ。癒しタルが錬成できるくらい、タルを振る。これが美味しいレンキンフードを作る技。これで、美味しくスタミナを増強させれるな!」

「……スタミナ増強剤にこんなタル振るくらいなら、その分大剣振った方がマシだわ」

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ベルナ風レンキンフード』

 

・ベルナバター     ……50g

・ベルナチーズ     ……50g

・薄力粉        ……150g

・砂糖         ……適量

・チココーンスターチ  ……20g

・ベルナミルク     ……小さじ1杯

・塩          ……少量

 

 






 私は、レンキンスタイルが大好きですッ!!(迫真)


 タル振って、変なアイテム錬成して。それで狩りを楽しくする! 時にバズーカを放ち、時に飯を作り、時に狩技支援をする! レンキンスタイルを活用すれば、今までにない狩りができることでしょう。だからタル振ってる暇があったら武器振れなんて言わないで!(懇願)
 そんなレンキンタルの解釈でした。レンキンタルとは何か? レンキンゲージって何だ? 私は、温度と解釈しました。ゲージが増えるごとに温度が高まり、その分高度なアイテムを錬成できる。そんな感じです。流石にタルの内部構造まではちょっと理解できませんでしたけど。多分一部のボウガンみたいに内部構造は非公開なんでしょ(なげやり)
 それでは、閲覧有り難うございました。また次回でお会いしましょう!

 
 ……レンキンスタイル流行れ(ボソッ)

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