\ブラッキーン/
「グオオオォォォォッッッ!!」
凄まじい轟音。それと同時に、まるで巨岩のような何かが降り掛かる。
それはまるで、苔がこびりついた岩のような。緑色に染まった流星のように。一心に、俺に向けて弾け飛んだ。
着弾の衝撃と、同時に広がる謎の粉塵。巨岩の如きそれが地面に叩き付けられたと同時に、淡い粒子が舞い上がった。
「にゃっ……これ!?」
「爆発する……ッ! イルル、右へ跳べ!」
俺の掛け声と共に、イルルは慌てて右へ跳ぶ。大地に広がる緑の模様。ただごとじゃない雰囲気のそれから逃れるように。
同時に、その緑色の光は次第に色を薄めていった。かと思えば、燃えるような赤へと変貌する。この地底火山のマグマにも負けない、芯まで染まった赤色に。
瞬間、
「にゃーっ!? 何にゃーっ!?」
「粘菌だ」
「ねっ……菌!?」
「あぁ、菌。この舞い上がってる淡い粒子はアレだ、胞子」
「胞子っ!?」
「菌類を身に纏うちょっと不潔なモンスター、ブラキディオスさんだッ!!」
そんな俺の言葉に応えるように、目の前の獣竜種――砕竜ブラキディオスは雄叫びを上げた。
最近購入したあの鍋と同じの、藍色の光を映す黒曜石のような甲殻。緑色に染まった、丸みを帯びた頭部。腕はまるで、殴ることに特化したかのような。そんなハンマーの如き光を放っている。
なんて思っていたら、奴は突然駆け出した。獣竜種特有の二足歩行を存分に活かしたその俊敏性で、瞬く間に俺の背後に回り込む。
「後ろだッ!」
「にゃーっ! 勘弁してにゃー!」
今度は、その腕の何倍はあるのだろうかというその頭を。まるで自分の体を顧みず、思いのままに叩き付けた。
ずんと、鈍重な衝撃が大地を揺らす。同時にその頭にこびりついた粘菌が、その衝撃に乗るかのように大地に滑り込んだ。このエリア2の、焦げたような色に染まった大地が、緑の粘液に染まっていく。
「やっ、やばいにゃやばいにゃ!」
「チッ……退避するぞ!」
まるで、ご飯にとろろでもかけたかのように。どろりどろりと、どんどん色を変える粘液が地面を覆い尽くしていって。
踏み込んだら間違いなく巻き込まれる。そう判断しては、俺もイルルもブラキディオスから距離をとった。一方で大地に頭を叩き付けた奴は、そんな衝撃をまるで気にしていない。冷静に俺とイルルの動きを察知しては、腕を荒く舐め始める。
「にゃ……何してるんだにゃ、あれ」
「怪我したら唾つけとけっていうアレじゃね?」
「にゃむ、モンスターがそんなこと……ってにゃ!? 跳んできた!?」
イルルの悲鳴。同時に響く、着弾音。
突然視界を埋めた藍色に、余りある質量。目の前に、ブラキディオスが舞い降りた。腕を舐めたと思ったら、突然跳んではこの開いた距離を詰めてきたのだ。
あの巨大な粘菌が爆発した。そう見えた時には、今度は俺の目の前で爆発が起こる。もう、何が何だか分からない。
「え――――」
瞬間、純白に染まった視界。
何も見えない。かと思えば突然身体が浮き上がった。自分の足で飛び上がった訳ではないのに。自らの意思で動き出した訳でもないのに。
「旦那さん!? 旦那さん……っ!」
爆破の衝撃で、急回転する視界。洞窟の天井と地面を交互に映しては、そのまま景色が遠のいていく。頭が引き千切れそうな、そんな感覚と共に俺の意識は掠れていった。
慌てて駆け寄ってくる白い塊が、薄い靄へと変わる。肌を撫でる熱も、擦り寄る温かさも。風のように消えていった。
◆ ◆ ◆
「――竜の大粒ナミダ?」
「うん、ナミダ」
ドンドルマの小路。雪兎亭から出た、すぐ後のこと。
キャシーが、俺にそう言った。竜の大粒ナミダが欲しい、と。
「それが、お前の足のタコか?」
「うん。私のはそれくらい……ってことにします。だから、それをシグさんに持って来てほしいの」
足のタコ。
キャシーが属しているギルドガールの旅行集団。そこでは、少女たちの仁義なき戦いが勃発していた。すなわち、立ち仕事だからこそできる足のタコ。その大きさ比べである。
そもそもの事の発端は、キャシーの後輩にあたるパティが俺に仕事の依頼をしたからだ。自分の足のタコは極小ヤド真珠くらいだから、それを持って来てほしい、と。それが奇しくも、この目の前のキャシーとの邂逅に繋げたのだった。
「パティが真珠なら、お前はナミダかぁ。よくわかんねぇなぁ」
「ベッキーさんが何を持ってくるかは分かりませんけど、私だって負けません! 是非とも、強いモンスターのナミダで勝負したいです。ってことで今のモンスターの出現情報を調べてたんですけど……」
「用意周到過ぎるだろお前……」
何分、ギルドガールですので! と控えめな胸を張るキャシー。そんな彼女が、メモ帳をバラバラと音を立てる。まさかギルドガールの立場を利用して、ドンドルマギルドの情報にも干渉するなんて。相変わらず、あどけなさそうに見えてやり手な女だ。
なんて呆れていると、彼女はメモを閉じた。そうして、懐から依頼書を一枚取り出してくる。勢いよく俺の目の前に突き付けたそれには、藍色に染められたモンスターの絵が載っていた。
「ずばり! ブラキディオスなんてどうですか!」
「は?」
「シグさんがG級クエストで苦労したあのモンスターですよ。何やら、地底火山で暴れてるそうです」
「……そのブラキディオスを、泣かせてこいと?」
「はいっ!」
ニッコリ笑顔で、キャシーは俺の言葉に頷く。思わず顔を顰めた俺のことなど、まるで気にしない屈託のない笑顔だった。
ブラキディオス。砕竜と名付けられた、危険度の高い獣竜種モンスターだ。
ジンオウガのように、他の生物と共生するモンスターは珍しくない。ブラキディオスもその一種である。しかし、その共生している生き物は、雷光虫などという可愛い存在とは程遠いものだった。
爆発しては胞子を飛ばすという物騒な菌類――そう、粘菌だ。同時にブラキディオスも、その爆発を利用して狩りを行うという極めて危険なモンスターなのである。
本来、ブラキディオスは火山に生息するモンスターだ。なのだが、時に全く正反対の環境――例えば凍土であったり、氷海であったりと、そんな地域に姿を現すこともある。キャシーの言うように、俺もタンジア時代でお世話になったものだ。
「仕留める必要はないです。左目も潰しちゃ、駄目ですよ。泣かせるだけでいいんです」
「泣かせるだけって、口でいうのは簡単だけどさ……」
「あれれ。さっきあんなに頭下げてたのに。もしかして、私の頼みを聞いてくれないの?」
「やるよ! やればいいんでしょうが!」
目を細めては、挑発的に笑う彼女。俺の弱みを握ったかのような、悪戯っぽい笑みを浮かべてくる。
流石に言われるままでいたくはない。そんな思いを込め、荒っぽくその依頼書を受け取った。契約金も報酬金も大したことのない依頼書だ。こんな儲からないことを、味の開拓も満足にできない仕事をやらなくてはならないとは。つくづく数年前の自分の行動に悔やまれる。
「――シグさん」
「あん?」
不意に、手を取られた。キャシーが、その小さな両手で俺の右手を握り締めていた。
「……何だよ?」
「……ブラキディオスは、危険なモンスターです。無理は、しないでくださいね」
その仕草は、何だかとても懐かしい。
狩りに行く度に、わざわざ俺の手を握っていたキャシー。俺の身を案じてくれる、その優しい声。凍土に現れたブラキディオスを狩りに行く際にも握ってくれた、その温かい手。
我ながら、女々しいと思う。こんなことで安心感を覚えてしまうことを。やっぱり、もの淋しさを感じてしまうことを。
――――だから、俺はその手を荒く振り払うのだ。
◆ ◆ ◆
目を開けた。場所は、地底火山のエリア1。
先程までいたはずの火山地帯とはうって変わり、溶岩のない穏やかな世界が広がっている。転がった体を起こしてみれば、ところどころ痛むものの不具合がある訳ではないようだ。頭の打ちどころでも悪かったのだろうか。
なんて考えながら身を起こすと、困ったように俺を見るイルルの姿があった。心配そうに尻尾を振っては、俺に擦り寄ってくる。
「イルル……ここは?」
「旦那さん、吹っ飛ばされたのにゃ。吹っ飛ばされてここまで転がってきたのにゃ。傷は痛むかにゃ……?」
「……まぁ、大丈夫。多少痛いくらいだから。回復薬飲んでれば問題ない」
「にゃー、無理はしないでにゃ……」
きゅっと俺の手を肉球で包みながら、イルルは心配そうにそう呟いた。そんな彼女の頭を撫でながら、俺は小さく笑う。
「大丈夫大丈夫。少し、昔のことを思い出した」
「にゃ? 昔のこと?」
「……ブラキディオスは、今まで何回か狩ったことがあるんだ。イルルを雇う前……タンジアにいた頃にも。だから、次は失敗しないよ」
「大丈夫なのにゃ? あんな動きするモンスター、ついていけないにゃ。勝てるのかにゃ……?」
「あぁ。俺に任せてくれ。イルルはサポートに回ってくれるか? 俺の言うタイミングで
「それって……旦那さんが調合してた……。キャンプから、持ってくる?」
「そうだな。様子見はもう終わり。そろそろ本気でいこう」
立ち上がり、踵を返す。一度ブラキディオスに背を向けて、高台にあるベースキャンプへと歩き出した。
そんな俺についてきては、危う気な足取りで俺を見上げてくるイルル。若干耳を垂れさせて。どうしようかと言わんばかりに鼻を鳴らして。何だか、どこか納得がいかなさそうな。そんな表情で顔を染めていた。
「何か言いたそうだな」
「……昔のことって、あの女の人にゃ?」
「……キャシーのことか。気になる?」
「にゃあ……」
髭を揺らしながらも頷く彼女は、どこか複雑そうだった。
「何のことはないよ。元ガールフレンド。それだけだ」
「そ、そうなのにゃ……?」
「気になるんなら、また今度話してやるから。とりあえず、今はアイツを泣かせるぞ」
「にゃ……にゃん」
俺に完全に同意した、という訳ではなさそうだ。未だにイルルは少し煮え切らないといった顔をしている。一体彼女が何を思っているか、俺には到底分からないが。
とりあえず、クエストを達成することを考えなければ。そう決めて、俺はベースキャンプへと続く崖に手を掛けた。
◆ ◆ ◆
「ぅおおおおぉぉぉらああぁぁぁッッ!!」
重力を込めた、高台からの抜刀斬り。それを繰り出しては、エリア8を
ガシャン、と。機械音を立ててはその姿を剣へと変える、ギガフロストアンバー。氷牙竜ベリオロスの素材を用いたスラッシュアックス――アンバースラッシュの究極形だ。霜のような煙を発し、琥珀色の刃が剥き出しになる。
「ゴォッ!?」
渾身の一打。それが深々と奴の背中を斬り付け、その固い甲殻に亀裂を入れる。
思わず弾かれてしまいそうな、そんな強度だ。手に伝わる感触も重く固く、ジンジンと指の先が震えてくる。しかし、スラッシュアックスの剣モードならば。ビンのエネルギーで斬撃を加速させる、この剣ならば。
「オラオラァ! どうしたブラキディオスッ! 黒曜石が豆腐のようだぜ!」
ぶんっと剣を振り、刀身に染み付いた血潮を振り払う。氷点下に冷えた刀身に、シャーベットのように纏わりついた赤い霜。それが紙吹雪のように地底火山に溶けていく。
青い光が、剣から漏れた。ベリオロスが宿す氷結袋。その氷属性をさらに加速させる強属性エネルギー。この剣斧に内蔵されたビンから、淡い青色が迸る。
「グルル……ッ!」
一方の、さらに黒い青で身を染めたブラキディオス。憎々し気に俺を見ては、低い唸り声を上げた。そうして、再び腕を舐め始める。砕竜の唾液を浴びて、その腕を覆う色はさらに鮮やかさを増した。
「イルル、今だ! タマネギ!」
「はいにゃ!」
そうだ。ブラキディオスの唾液だ。
粘菌は、奴の唾液を浴びてその成分を活性化させる。もっと言えば、胞子を拡散するその最終段階まで身を成熟させるのだ。そして、ブラキディオスはそれを武器にしようとする。つまり、あの腕を舐める動作は何も傷口に唾をつけているのではない。攻撃するための準備なのだ。
そんな隙だらけの瞬間を見逃す手があるだろうか? いや、ない。
「喰らえにゃーっ!」
大タル爆弾サイズのそれを、イルルは懸命に持ち上げた。キャンプからせっせと持ち運んできては、このエリアの隅に設置した三つの大タル爆弾。その一つの、タマネギと名付けられたそれを。イルルは危うい足取りながらも、ブラキディオスに向けて投げつけた。
瞬間、ボンっとその身を弾けさせる。同時に、大量の金色の光が漏れた。千刃竜が身に纏う、あの鋭くも美しい金の光が。
「……どうだッ!?」
舞い上がる、千刃竜の飛刃。数十枚詰め込まれたそれが、内蔵されたスリンガーによって射出。同時にぶつかり合い、その鱗特有の脆さも相まって大量の欠片へと成り変わる。一つ一つが鋭い斬れ味をもったその欠片。それが、鱗と同時に飛び出した
「ひぃぃ、目が痛くなりそうにゃっ」
「レアオニオン二十個分の催涙爆弾だッ! 泣いていいぞ!」
舞い上がるタマネギ。粉々になったその身と、中に貯まった多量の水分。キラキラと輝く千刃竜の粉末に、ブラキディオスは白い光に包まれた。
あの中は、タマネギを切ったまな板――いや、それの数十倍は威力のある空間だ。おそらく、人間が突っ込めばまず涙と鼻水が止まらなくなる。流石のブラキディオスといえど、大タル爆弾分のタマネギを喰らえばただでは済まないはず。
そんな俺の期待を、軽々と吹き飛ばす黒曜色。
「グォオオッ!」
「……マジかよ!?」
タマネギ爆弾もまるで気にせず、ブラキディオスは跳んできた。先程俺を弾き飛ばした、あの強烈無比な急襲攻撃で。
危うく、その股下をくぐり抜けるようにスライディング。そのまま剣を斧へと変えて、奴の脚を薙ぎ払う。背中ほどではないものの、重い感触が手に伝わってきた。
「にゃあー!? 効いてないのにゃ!」
「慌てるな! まだ策はある。次! コショウ! 装填準備だ!」
「はっ、はいにゃっ!」
拳を地面に突き立てては、それを軸にするかのようにブラキディオスは身を滑らせる。巨体に似合わぬそのフットワークで、
ヘドロのように纏わりついたその色で、残光のように線を描く。かと思えば、その筆先は勢いよく俺へと走り出した。要は、右ストレートだ。
「……ッチィ!」
その余りの速度に、俺は思わず武器変形を中断。斧をそのまま振っては、その遠心力に身を乗せる。そうしてストレートを躱し、斧を奴の右足で止めた。
「イルル! 俺はこいつの足を斬って動きを止めるから、そのつもりで!」
「わっ、わかったにゃ!」
あの俊敏性だ。属性エネルギーで震える剣を抑えていては、そのまま押し殺されてしまう。ここはビンのフタを閉じてでも、斧モードで立ち回るしかないだろう。
続く左フック。
邪魔な小虫だと言わんばかりに振られたそれが、俺の頬を掠める。同時に舞い上がる粘菌が、このガルルガXメイルのマントにこびりついた。
「……いい気になんなよ……ッ!」
纏わりついた粘菌を、振り払うように前転。そこから斧を斬り上げへと繋げる。しかし、奴はその程度では怯まない。今何かしたかと言わんばかりに、再びその頭を振り下ろした。
響く衝撃と、広がる波紋。深い深い緑色が、先程俺のいたところを侵食する。判断が遅れていたらアレに巻き込まれていたと思うと、嫌な汗がどっと溢れてくる。
しかし、爆発の規模がでかいというのは、奴に影響が無い訳でもないようだ。爆発の衝撃こそそれほど影響がなくとも、あれほど大きな火柱が昇ればその分視界も塗り潰される訳だから。
「オォラアアアァァァァァッッッ!!!」
渾身の力を込めた振り回し。斧を右手で、左手で、八の字を描くように振り回した。その斬撃を、先程から斬り付けていた場所に。一寸違わず叩き込む。
獲物を見失って、かと思えば足に連撃を打ち付けられる。そのダメージがどれほどのものだったかは分からないが、奴はよろけるように足を浮かせた。
「今だ! イルル!」
「うっにゃあーっ! これでどうだにゃあぁっ!」
そこへ飛ばした、新たなタル爆弾。
バキャン、と音を立ててはその中身が弾け飛ぶ。白と灰色で染めたような、薄く細かい粉末。それが怯むブラキディオスの、その鼻孔へと襲い掛かった。
「よっしゃ! 吸い込んだ!」
「ふにゃ……へくちっ! ……うにゃー、鼻がむずむずするにゃ……」
「よしよし……いいぞ! その調子でくしゃみしやがれブラキディオス!」
「あっ旦那さん! ちゃっかりミヅハ真をマスク代わりにしてるのかにゃ! ずるいにゃ!」
「へっへーん。ずるいじゃない、賢いと言ってくれ。……おっ、ブラキが顔を上げ始めたぞ……よし、よし! これは成功したんじゃ――――」
瞬間、大気が弾け飛んだ。これまでの粘菌の爆発とは比べ物にもならないほど、超音量で鳴り響くそれ。
呻くように首を振ったと思いきや、ブラキディオスから飛んだのはくしゃみではなかった。怒り心頭という言葉を欲しいままにした、大咆哮。顔まで緑に染めて激昂する奴の姿が、そこにある。
「――してないみたいだなぁ」
「うっ、うにゃあ……! すっごい怒ってるにゃ……!」
「グオオォォッ!」
くしゃみなどとは程遠い、怒りに満ちた声。それと同時に、素早く後ずさるブラキディオス。
逃走などではない。怒りに満ちたその瞳は、溢れんばかりの闘争心を放っている。ならば、一体何を。
「……ッ! イルル、右へ跳べ! 止まるな!」
「にゃっ、えっ!?」
「いいから、速く!」
そう俺が言い終わる前に、奴はその頭を大地に擦り付けた。緑どころか、橙色に染まったその頭を。
瞬間、光が迸る。ブラキディオスは擦り付けた大地。それが、注入された粘菌によって炸裂した。白く、眩しい光の螺旋が立ち昇る。
しかし、それだけでは終わらない。まるで連鎖するかのように。これまで散布されてきた粘菌が、大地で眠る粘菌が。その爆破の衝撃に便乗するかのように、直線状に弾け飛んだのだった。
「にゃーっ!?」
「もう一回くるぞ!」
「うにゃああぁ! 怖いにゃーっ!」
再び聳える、爆破の壁。その怒涛の一手に、俺とイルルはエリアの隅に追いやられた。奇しくも最初に爆弾を備えておいた、あの場所に。
「……残るもこの爆弾だけか」
「旦那さん! もうだめにゃー! これじゃどうしようもならないにゃ!」
「いや、まだ策はある」
唸り、ゆったりとこちらに近付いてくるブラキディオス。その威圧感に震えるイルルは、半ば戦意を喪失しているようだった。
一方の奴はといえば、これが最後だと言わんばかりに再び唾液を吐き始める。腕を舐め、その腕で全身を激しく擦り付けていた。全身の粘菌を一度に解放させる、ブラキディオスの大技。凍土で何度も見せられたそれを、こいつもやろうとしているようだ。
「いいか、イルル。あいつはこれから広範囲に爆発を起こす。けど、地下ならその影響を受けない。熱いだろうが、我慢して懐に飛び込んでくれないか」
「にゃっ、この中を!?」
「これだけ爆発を受ければ、地面も隙間だらけだ。きっと通れる」
「にゃあ、でも、でもっ」
「時間がない。そのまま、背中の傷に向けて剣を振れ!」
そう言ってはイルルのお尻を軽く叩いて、彼女に喝を入れた。なんて無茶ぶりだ、と彼女は唖然と口を開いている。しかし、いよいよ炸裂寸前に染まったブラキディオスを見ては、その不満を口にする気にもなれないようだ。せっせと、その固い地面に穴を開け始めた。
そんな彼女を見送りつつ、俺はタル爆弾の前に立って斧を構える。爆破の衝撃を受け流すための、イナシの構えを。
「――あっつッ!」
斑点状に立ち昇った、高密度の炎。もはや衝撃波の塊とも呼べるそれが、ブラキディオスの周囲を覆うように広がった。同時に、それは俺の目の前にまで広がってくる。
荒く斧を振り、その風圧で爆風を反らす。流石に全てを反らし切ることなどはできないが、直撃するよりはマシだ。なんて考えながら、振り払った斧を腰のマグネットに咥えさせる。そうして空いた両手で地を蹴って、ブラキディオスから距離をとった。距離をとって、同時にタル爆弾との距離を詰める。
「うにゃあああぁっ!」
同時に、イルルが跳んだ。焼けた大地を掘り返し、白い閃光が現れる。
それは螺旋を描きながら、一直線にブラキディオスの背へと斬りかかった。俺が最初に斬り付けた、あの背の傷へと。
「ゴォオッ!?」
「にゃ、背中いただきにゃ!」
穿つようなその一閃に、奴は思わず悲鳴を上げる。同時に先程俺が斬り刻んだあの右脚が軋み、そのまま流れるように倒れ込んだ。
その隙を、当然イルルが逃すはずもなく。藍色のその背中に、白い毛並みが飛び乗った。
「ナイスだイルル! そのまま抑えつけてくれ!」
「うぅぅ……! な、なるべく早くしてにゃ……!」
懸命な表情でしがみ付くイルル。そんなイルルを振り払おうと、ブラキディオスは一心不乱に暴れ始めた。何とかして背中の毛玉をとろう。そんな意思を込めて、頭や両腕を振り回している。
その一方で、俺は剣斧を剣の形に変えて抜刀。そのまま、その鋭い切っ先を最後の一個のタル爆弾へと突き刺した。
「グォオオオオオォォォォォッッッ!!」
唐突に響いたその爆音。体を振っても毛玉が取れないなら、叫べばいい。そう言わんが如く、ブラキディオスは天高く咆哮を上げた。
しかし、そんな咆哮も高級耳栓のついたこのミヅハ真【頬当て】の前では、ただの隙晒しでしかない。ご丁寧に大きく開けてくれたその口に、俺は剣斧を突き付けた。
詰めた距離。
大気を震わす咆哮。
唸るタル。
ビンのフタを開ける、ギガフロストアンバー。
「召し上がれッ!!」
わさびタル爆弾。
端的に言えば、すりおろしたわさびを大量に詰め、氷結晶やバクレツアロワナで加工した大タル爆弾。それがこのわさびタル爆弾だ。
わさびといえば、ユクモ地方で嗜まれる薬味である。唐辛子とはまた違う、鼻をツーンと引き絞るような。そんな辛味が特徴的な、緑色の植物だ。当然鼻の粘膜を強く刺激されれば、涙腺も激しく刺激される訳で。そんなこんなでユクモ料理初心者を文字通り泣かせてしまう、通な食材なのである。
そのわさびを。この大きなタルに詰めて。さらに新鮮さを重視し、属性解放突きの刺突でさらにすり合わせて。それをそのまま、ブラキディオスの口の中で解放する。
これが、このわさびタル爆弾の真骨頂なのだ。
「グォ……ガアァァアアァッッ!!???」
凍土でも聞いたことのない、凄まじいまでの悲鳴。それがブラキディオスから飛び上った。かと思えば、まるで縮むかのようにその声を萎びさせていく。
耐えている。俺やイルルを振り払ったのにも関わらず、奴は必死に何かに耐えている。かと思えば、
たぽん、と。小さな小さな、水滴が落ちるその音を。ブラキディオスから出たそれは優しく奏でたのだった。
「――出た。竜の大粒ナミダだ!」
「や、やっと……! やっとだにゃ!」
危うく火山の熱気で蒸発しかねないそれ。それを慌てて、懐から取り出したビンに収める。透明なビンに零れ落ちた、やや緑がかったようなその液体。竜の大粒ナミダ、無事ゲットである。
ようやく手に入れた、このクエストのメインターゲット。どっと安心感が込み上げてきて、肺から空気が一気に漏れた。頬を覆うミヅハ真の頬当てを取り外し、深呼吸をしたい。そう思うほどの安心感だ。隔てるものが何もない呼吸とは、こんなに心地の良いものだっただろうか。
なんて深い溜息をつくと、ブラキディオスは再び声を上げた。
「ガアァァッ!」
もう辛抱堪らない。
そう言わんばかりにブラキディオスは泣き叫び、そのまま火山の奥地へと姿を消した。今まで感じたこともない痛みを、何とか振り払おうとするかのように。何度も頭を地面に叩き付けては、そのままエリア9へと潜っていく。
「にゃー……あのブラキディオスがあんなに乱れるなんて。どんな味だったのにゃ……」
「辛さは痛みでもあるからなぁ。結構なダメージになったんじゃねぇの?」
飛び散った涎に粘菌、そして暴発したわさび。赤黒いはずの大地を緑に染めたその景色。エリアから消えたブラキディオスの、哀愁漂う痕跡が広がっていた。
そんな中、一際目立つ塊。とろとろと、粘り気をもったそれが足元に落ちていた。
「……こうやって見ると、粘菌ってあれみたいだな。わさび混ぜたとろろみたいな。……喰えるかな?」
「にゃっ……何言ってるんだにゃ! こんなの食べたらお腹破裂しちゃうからやめ――――ふみゃっ!?」
なんて俺を諌めようとしたイルル。慌てて駆け寄ってくる彼女が、突然ひっくり返った。足を滑らせ、お尻や足の肉球が露わになる。
何故足を滑らせたか。答えは簡単だ。わさびタル爆弾の残りが、大地にこびりついていたからだ。それをそのまま、イルルは思いきり踏み抜いて。流れるように、足を滑らせて。
同時に、そのわさびを蹴り上げた。体が倒れる反動で、ものの見事にそのわさびを蹴り撃ったのだ。それがご丁寧に、丁度俺の口へと飛び込んでくる。
景色が変わった。
ユクモ農園で丹精込めて育てられた、そのわさび。そんな田園風景が浮かんできたような、そんな気がした。
まず何と言っても、鼻を突き抜けるようなその風味。辛いとか酸っぱいとか、そんな刺激の範疇には収まらない。思いっきり鼻を突き上げられたかのような、そんな錯覚さえしてしまう。つーんと、鼻の奥が引き絞られる。痛い。本当にこれ、痛い。
涙。そう、涙だ。つーんとくるその感覚に耐えていれば、目頭がどんどん熱くなってくる。何とかしてその痛みから逃れようと、目が涙を絞り出した。いや、涙どころではない。鼻水まで勢いよく溢れ出してくる。顔の大洪水とでも言うべきその感覚に、俺は五感を全て奪われた。
ブラキディオスもこんな感覚を味わっていたのだろうか。逃げたくなる気持ちもよく分かるような気がする。
風味は――風味自体は、爽やかだ。わさびの後腐れのない、辛くも優しい味わい。この鼻を貫くような強烈な香りさえもう少しマイルドならば、万人受けする味になるだろうにと。蕩ける視界の中でそう感じた。次第にそれは、涙や鼻水で何も見えなくなっていく。
「涙が……止まんねぇ!」
「ふみゅ、旦那さん!? 旦那さーんっっ!!」
~本日のレシピ~
『わさびタル爆弾』
・大タル ……1個
・ユクモ産わさび ……5kg
・氷結晶 ……150g
・バクレツアロワナ(粉末) ……40g
☆お好みで属性解放突きを行うと、より風味良くいただけます。
不味そう。
飯テロにはなっていないタイトル詐欺。すみません許してください何でもしますから!(何でもするとは言ってない)
竜の大粒ナミダって何なんでしょうね。罠とか食事とか、変な条件で落としているけれど、あれって本当に涙なんでしょうか。ブラキに至っては粘菌に紛れて落ちてるし……訳分かんないですよね。とまぁ、そんな涙を何とかして泣かせて絞り取ろうという、そんな試みでした。飯で泣かせるといったらわさびしか浮かばなかったチープな私の脳。タマネギの硫化アリルくんやコショウのくしゃみ誘発性とか、色々試行錯誤しましたが、やっぱりわさびをそのまま突っ込むのがいいかな、と。
ついでに言えば粘菌を何とかして食べたかったんですが、ウチケシの実使ったり氷結晶使ったりしてもシガレットさんの顎が吹き飛ぶ未来しか見えなかった。やっぱりこればかりは難しいものがありますね……。もう少し勉強して、何か出来ないかとは考えてはみる所存。
ギルドガール編は三部構成になってしまいましたが、ひとまずこれでおしまいです。次回に多少のエピローグを混ぜつつも、本編に戻ると思われます。これでシガレットさんの過去編も、全部お披露目できたかなぁ、と。
それでは、次回の更新で!
あっ、そうだ(唐突)
ついこないだ9月14日を迎え、モンハン飯の二周年を突破してしまいました。それと同時に、皇我リキさんから記念イラストもいただきました。シガイル絵にとても心が癒されます。有り難うございました!!
【挿絵表示】