モンハン飯   作:しばりんぐ

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 タジン鍋好き。





星に願いを

 

 

 風が宙を舞った。

 頬を切り裂くような、鋭く凍てついた風。それが渦を巻き、雪を掻き揚げ、旋風を描く。まるで柱のようなそれらが聳え立ち、凍える俺の肌を容赦なく刻んでいく。

 そんな吹き荒れる景色の向こう。そこから光をぎらつかせる、白い巨影。まるでグライダーのように、その大きな翼で大気を裂いては、それは一心にこちらに突っ込んできた。さながら流れ星のように、鋭く、勢いよく。

 

「うおおぉぉッ!?」

 

 氷の竜巻で荒れる視界にも関わらず、俺は無理矢理横に跳んだ。同時に、丁度俺の背後から雪を大きく掻き乱す音が鳴り響く。氷海の氷を、その翼から生えたスパイク上の爪で荒々しく剥がすその姿。同時に氷が舞い上がり、まるで散弾のように奴の周囲に穴を開けた。

 氷牙竜、ベリオロス。つい最近氷海での生息を確認されるようになった大型飛竜。それが俺を食い千切らんと、その勇ましい牙を鳴らしている。

 

「なんつーアクティブな飛竜だよ。骨格に反して随分と飛ぶのが上手だねぇ」

「にゃにゃにゃ、雪の上でもすばしっこいにゃ! これは苦戦しそうだにゃあ……」

 

 向かい合ってはテオ=エンブレムを構える俺。その横へと顔を出したイルルは、憂うように溜息をついた。

 

「ま、何だかんだ言って狩るんだけどな。つい先日のミスみたいなのはもうしないぜ」

「にゃっ、脚……気をつけてにゃ」

「おう、そっちこそ頼むぞ。よく耳研ぎ澄ましといてくれな」

 

 荒れた雪を“両脚”で踏み締めて、左手で剣をしっかり握る。再び雪の中へその雪にような毛を埋めるイルルを横目に、俺はゆっくり歩き出した。

 それに反応してか、ベリオロスも鼻を鳴らす。吹き出た鼻息が氷点下に触れては白く染まり、それが開戦の合図のように奴はその喉を震わせた。

 

「……おうおう、気合入れちゃって」

 

 震える大気に、響く声。渓谷とベースキャンプを挿んだこのエリアに奴の咆哮が響き渡り、雪の塊がいくつも流れ落ちてくる。その声に驚いてか、離れたところからイルルが顔を出した。にゃん、だかふみゃん、だかと声を上げては、ビクビクと耳を揺らしている。

 一方で、俺は歩くのを緩めない。思わず耳を抑えたくなる咆哮も無視し、ゆっくりゆっくり奴に近付いていく。

 ミヅハ真【頬当て】。俺の頬を覆うこの防具はそう呼ばれている。いや、頬どころか首を、そして耳まで覆っている。レックスZのヘッドギアに代わる、俺の新しい頭防具だ。

 

「そんなんじゃビビんないけどな!」

 

 耳まで覆ったこれが、奴の咆哮を妨げてくれる。ビリビリと大気が震えるのは感じるが、音が聞こえないだけでも随分とマシだ。そうして空いた両手をそのまま、斬撃に変える。

 橙色の粉塵が雪の色を染め、そのまま奴の琥珀色の牙を打った。渾身の力を込めたのに、全く傷の入らないそれ。随分とご立派な牙なもんだ。少しばかり、羨ましい。

 もちろん奴も、そんなものでは怯まない。少し身を引いては、まるで息を吸い込むかの如く、その首を大きく縮ませる。何か来る。何か吐く。震えるその喉が、それを如実に物語っていた。

 

 ───あれか。

 先程奴がダイブしてきた時に起こった雪嵐。不自然に発生したあの氷点下の塊。それが今、再び大気を凍て付かせようとしている。

 

「おっと……ッ!」

 

 瞬時に構えた右腕。重厚な盾を、奴と俺の間に滑り込ませた。

 同時に襲い来る、凄まじい風圧。押し飛ばされるような勢いと同時に、大気に混じる細かな氷が舞い飛んできた。頬当てが擦り切れ、額に薄い切り込みを入れられる。

 右手の盾のベルトが悲鳴を上げたが、それが必死にしがみ付くGXハンターアームを軸に腕を引く。緩まるベルトもそのままに、体を後ろに飛ばし、衝撃をいなした。

 

「お返しだオラァ!」

 

 浮いた体を雪に滑り込ませながら、半身翻す。緩まった盾のベルトを、むしろそのまま全て解いた。盾から伸びた剣の柄を握り、そのまま右半身を後ろに引く。さながらあのベリオロスのように。

 そうして、そのまま。バネのように縮ませた体を、その反動のままに、奴に向けて解放した。腰の捻り、脚の開き具合、肩の取り回し、振り被る腕。全ての運動を遠心力へと乗せ、ベリオロスのその頭へと振りかざす。

 すると、剣が抜けた。いや、抜けたのは剣ではない。盾だ。細身の剣を収納した、テオ=エンブレムの盾。それがそのまま、収納された剣の柄を軸に弾き飛ばされたのだった。

 支えを無くし、土台を無くし、そうして力に振り回されたその盾は、氷海の宙を華麗に舞う。それが一直線に、さながら砲弾のように。ベリオロスのその頭へと、跳びかかった。

 

「ヴォゥッ!?」

「ハァッ! ビンゴォ!」

 

 砲弾、という比喩はあながち間違っていないのかもしれない。奴の頭へと直撃したその盾は、着弾の衝撃で湛えた粉塵に火をつけた。盾に盛り込まれた大量の粉塵に、奴の頭部へと付着した少量の粉塵。それらが交わり、強烈な爆破へとその姿を変えたのだ。

 それを受けてか、堪らず奴は悲鳴を上げる。奴に急襲するには充分な隙だった。

 

「お前の肉は何味だァ、ベリオロスゥ!」

 

 雪を散らすように切っ先が地を擦る。両手から伸びた橙色の剣が唸り、それが抜刀ダッシュの軌跡を描いた。二本線が俺の後を追い、ベリオロスに近付くや否やそれらは二本の斬撃へと姿を変える。橙色の粉塵が舞い上がり、斬り上げた刃は奴の頭部へと傷を走らせた。

 もちろん奴も、やられっ放しではない。すぐさま反撃に出ようと、俺の死角を縫うかのように横に跳ぶ。そうして横から、その巨体を弾けさせた。見上げるような巨体が、跳びかかりへと変貌する───

 

「なんのッ!」

 

 そんな奴の腹下を縫うように、両の剣を振り回す。奴の爪を避け、避けた勢いで上体を反転させる。下半身には渾身の力で地を蹴り上げさせ、その飛びかかりをくぐり抜けた。

 その錐揉み回転に少し。少しだけ、刃を添える。それがすれ違いざまに奴の分厚い皮膚を斬り裂いていく。跳びかかりを多用する奴に、それに対応するように錐揉み回避でいなす俺。凍える世界で息が上がっていくのは、どうやら俺だけではないようだ。

 

 そんな応酬を繰り返す中、奴が再びその喉を鳴らした。氷点下の塊が圧縮され、それが奴の息によって吹き飛ばされる。防具を凍て付かせる極寒の縮図が、俺へと襲い掛かった。

 

「うげぇッ!? さ、さむっ!!」

 

 避けようと体を横に跳ばしたが、着弾直後に炸裂するその息は俺を逃がしてはくれないようだ。さながらタジンと呼ばれる鍋のフタのように、その吹雪をばらまく吐息。その端に触れた俺の体は、たちまち氷に丸め込まれた。ガルルガXメイルも、斉天ノ帯・真も。俺の新たな防具が氷のダルマへと生まれ変わる。

 その様子を見ては、好機と見たのか。ベリオロスは満足そうに唸り声を上げ、体勢を低く構え直した。大きく引き伸ばした手足は、突進姿勢の表れ。満足に動けない敵に目がけて、その巨体を再び走らせようとしている───

 だが、そうはいくものか。

 

「イルルッ! 今だ!」

 

 俺の発破と共に、突如雪が盛り上がる。まるで雪の下を泳ぐように、そんな動きでそれはベリオロスの下へと潜り込んで───

 次の瞬間、それが弾け飛んだ。雪から、まるで雪のように白いアイルーが飛び出してくる。意気揚々と、手に持った剣を構えながら。

 

「にゃああっ! 牙一本もーらいっ、にゃ!」

 

 地中から飛び出し、その勢いのまま空中急襲を繰り出すネコの技。俗に言う地中まっしぐらの術で奴の上をとったイルルは、強烈な回転をしつつその牙へと襲い掛かった。それが奴の琥珀色の牙へと、鋭い罅を入れる。

 まさに思わぬ方向からの奇襲、だろう。全く予想だにしないその衝撃に、ベリオロスは悲鳴を上げてのけぞった。その隙を突いて、イルルは俺の方へと降りてくる。

 

「旦那さん、これでどうだにゃっ!」

 

 着地と同時に剣を振り、俺へと纏わりつく氷を打ち砕くイルル。一閃が走ればそれは一筋の罅となり、一筋の罅は氷の塊を破片へと変える。

 

「おっ……助かった! めっちゃ寒かったよ……」

「うにゃ……あ、後であっためてあげようかにゃ?」

「それは嬉しいな! そのためにも、まずアイツを仕留めるぞ!」

 

 何とか痛みを振り払ったかのように、体勢を立て直すベリオロス。そんな奴の頭へ向けて、俺は再び走り始める。

 かつてステーキにしたアカムトルム。その肉を剥いでは、ボックスの肥やしにしていた重殻を用い生まれたこのアカムトXケマルで。そのアカムトルムの素材を用いて作った、伝説の職人印の新たな義足で。

 あの鋼龍の脚より数段重いそれを振り上げ、全体重を乗せた踵落としへと変える。それが奴の頭へと、罅の入ったその牙へと叩き付けられ───

 氷海の空に、何かが折れる嫌な音が響き渡った。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「有り難うニャ、ハンターさん! これでやっと怖い思いしなくて済むニャ!」

「ニャッ! ベリオロスすっごく怖かったニャ~」

「ニャ~。氷海で暮らすの、やめたくなりましたもんニャ~」

 

 口々に言葉を並べては、安心しきった表情で頬を緩ませるアイルーたち。氷海に建てられたネコの集落から見える、事切れたベリオロス。彼らの生活を脅かしていた張本人のその姿を見ては、ネコたちは安堵の声を漏らしながら俺へと駆け寄ってきたのだった。

 

「さぁ、これで俺は契約内容を果たしたぞ。そっちも俺の頼みを呑んでくれるよな?」

「ニャッ、任せてくれニャ~。このお肉はボクたちが責任もって保存するのニャ」

 

 その巨体の半分を失った淆瘴啖の重尾。赤黒く濁ったその肉を丁寧に、巨大なアイスボックスに詰めた。そのアイスボックスを受け取っては、氷海という自然の冷凍庫への扉を開け始めるアイルーの一団。そう、俺が彼らに持ち掛けたのは、この尻尾を冷凍保存してかつ管理してもらうこと、である。

 焼いてみて、揚げてみて。蒸してみたり、漬けてみたり。様々な調理法を試したが、全く美味しくならなかった淆瘴啖の肉。舌を焼くような独特なえぐみは、普通の料理法ではどう足掻いても消すことは出来なかった。何度も試行錯誤してみたが、気付いた時にはもう半分。

 このままでは、大した成果も残せずに淆瘴啖の貴重な肉を失ってしまうだろう。おそらくもう二度と手に入らない───ギルドから死亡と判断された、淆瘴啖イビルジョー。その数少ない肉をただ失ってしまうのは、とてもじゃないが耐えられなかった。だから───

 

「また何か分かったら、ここに取りに来るよ」

「ニャ、お待ちしてますニャァ!」

「契約は契約ニャ。ボクらが責任をもって保存するのニャ」

 

 氷海で淆瘴啖の肉を保存・管理してもらう。その代価として、彼らの平穏を脅かすベリオロスを討伐する。それが俺と彼らが交わした契約なのだ。

 

「よし、交渉終了。俺らも、俺らのやるべきことをすっか」

「……ご飯、にゃ?」

「おう、飯だ飯だ」

 

 せっせと作業に移るアイルーたちの傍らで、俺はベリオロスの亡骸へと近づいた。

 アイルーたちと交渉する横で、せっせとその解体作業をしていたイルル。ようやく俺が戻ってきたことに気付いてか、細い髭を静かに揺らしつつひょこっと顔を出してきた。

 

「粗方解体終わったにゃ。あとこれ、旦那さんオススメの肩回りロース肉、にゃ」

「相変わらず手際良いな。さんきゅ」

 

 彼女から受け取ったベリオロスの肩回りロース肉。それを一cm程度のステーキ状にわざわざ切り取ってくれた彼女に感謝しつつ、俺はフライパンのために火を付けた。なるべく早く、血流を失って肉が冷え固まってしまう前に火にかけなければ。

 

「契約は、上手くいったのにゃ?」

「おう、淆瘴啖の肉は彼らが責任をもって管理してくれるそうだ」

「つまみ食いとか、されないかにゃあ」

「そもそも喰えたものじゃないし、喰おうともしないだろきっと」

「にゃ、それもそうにゃね……」

 

 憂うような彼女の表情に苦笑が漏れる。何だかいらぬ苦労をしているような、そう言わんばかりの困った顔をしていた。

 

「ま、ギルド曰くもう手に入らないだろう肉、だからな。無駄にはしたくない」

「……淆瘴啖、あれで死んだのにゃ?」

「気球から見てた観測隊も、そう判断したらしい。あの傷だし、様子も何か変だったし。きっとそういうことなんじゃねぇの?」

「にゃー……何だか、消化不良な感じだにゃ」

「はっきりしないのは気持ち悪いよな。でも、トレッドも大層驚いてたぜ」

「にゃ、トレッドさんも?」

「あぁ。予想外というか何というか。あれは絶対狼狽してるだろうなぁ。計画が上手くいかなかった時と同じ顔してたし」

「にゃ、計画……にゃ? トレッドさんの?」

「何となく、そんな感じがしただけだけどな。今まで見たことあるそれと、よく似てたんだ」

 

 ───おおよそ、間違ってはいないとは思う。一体何を企んでいたのかは知らないが、あの顔は仕掛けたシビレ罠には目もくれず、モンスターが逃走してしまった時の奴の表情によく似ていた。何かしら、奴の計画通りにはいかない結果になっていたのだろう。

 そもそもの奴との“契約”の報酬が淆瘴啖の情報だったのだから、事実上の契約解消となってしまったことに驚愕を禁じ得なかった───だけだったのかもしれないが。

 

「ま、そんなことは何でもいいや。今は料理料理っと」

 

 イルルが用意してくれた肉にナイフを近づけては、赤身と脂肪をつなぐスジを切り離していく。火の準備ができるその瞬間までに、肉の手入れに精を出した。

 

「相変わらず器用なのにゃ、旦那さん」

「ま、手慣れてるしな。イルルこそ解体上手くなったじゃん。あ、フォークとってくれ」

「はいにゃ。……まぁ、この新しいナイフがとっても良いものだから……かにゃあ?」

 

 そう首を傾げては、俺にフォークを手渡してくれるイルル。それを受け取って、肉の表面へと突き立てる。

 

「にゃ、肉にぶすぶす刺して、どうするのにゃ?」

「ミートテンダーがあれば良かったんだけどな。とにかく、肉に穴を開けてスジを切るんだ。あと味が染みやすくなる」

「にゃ、にゃるほど……」

「それはそうと、イルルのそのナイフ、新しい奴なのか? ……あ、火の対応も頼むわ」

「にゃー。これはね、トレッドさんが紹介してくれたお店のにゃの」

「……へぇ、そりゃ珍しい」

 

 次々と肉に穴を開けては、そのスジを断ち切っていく俺。その横で、せっせと火の調節をしてくれるイルル。そんな彼女曰く、今回投入した新しい用具を紹介したのは、数日前トレッドが教えてくれた雑貨屋らしい。

 それにしても、トレッドがそんなイルルに優しい態度をとるとは珍しいことがあるものだ。まぁ、雇用主としては有り難いことには変わりないから、別に文句をつけるつもりじゃないけれど。

 

「シャドウアイに、凄いモヒカンのおじさんにゃ。見た目は怖いけど、気の良い人なのにゃ」

「……ふーん、初めて聞いたなぁ。今度紹介してくれよ」

「もちろんにゃー。おっきな鍋とか売ってたし、たぶん旦那さんも気に入るにゃ。……ところで、火はこれくらいでいいかにゃ?」

「お、良い感じ。有り難うな」

 

 わしゃわしゃと、イルルの頭を撫でる。指が毛並みを掻き回す度に、幸せそうに喉を鳴らすイルルに頬を綻ばせながら、俺はフライパンにサラダ油を投入した。

 イルルの話も気になるが、今は目の前の肉に強く引き付けられる。何よりも、この肉を美味く調理したい。

 

「さて、軽く塩胡椒を振って……っと」

「にゃ……何にゃ、その塩の振り方」

 

 左肩を引いて、軽く腰捻って。そうして高く上げた右腕を曲げ、さながら肘をつき出すように。高い高いその位置から、指に挟んだ塩胡椒を振り掛けた。親指の腹と、人差し指の腹。それらで擦り合った塩胡椒が、ぱらりぱらりと肉へと落ちていく。その高さも相まって、肉全体に白と黒の紋様が刻まれた。

 ちょっとカッコいい塩の振り方をすれば、呆れたように耳を垂れさせるイルル。そんな彼女に気も留めず、肉をフライパンへと落とす。塩胡椒をかけていない面がフライパンに触れ、じゅうっと心地良い悲鳴を上げた。

 

「さて、一分くらい焼こう」

「一分でいいのにゃ?」

「焼き目がつけばいいんだ。さらっとな」

「さらっとにゃー」

 

 氷海の凍て付く空気に、溢れる肉の香り。凍土、そして氷海という極寒の地に耐えるために、分厚い脂肪を蓄えたベリオロス。その柔らかな肉が炙られれば、脂肪の弾ける心地良い音が響き渡る。イルルだけでなく、他のアイルーたちも声を上げた。

 

「さて、こんなものかな。んじゃ、ひっくり返して───」

「にゃあ、良い焼き目だにゃあ~」

 

 白かったその肉も、灰色と茶色を合わせたような、良い焼き色に染まっている。塩胡椒で彩られた面を焼く間、先程まで炙られていた面が露わになって、イルルは歓声を上げた。

 脂肪の気泡が湧き出るその面に、さっとバターの塊を乗せる。フライパンの熱が肉越しに伝わって、冷えたそれがじっくりと溶け出した。黄色の個体が、透明な液体へと変わっていく。

 

「イルル、(フタ)とってくれ」

「にゃ、蓋にゃ? はいにゃ」

「あとはさっと蒸して、特製タレをかければ完成だ」

「特製タレ、にゃ? これかにゃ?」

「そうそう、それそれ」

 

 いつの間にか、俺の周りを囲み始めたアイルーたち。みな興味津々な様子で、湯気を散らすフライパンを見つめている。

 そんな中で一際白い毛並みを見せるイルルが、鞄から一つのビンを取り出した。薄透明の、細かく刻まれたタマネギが浮いた魅惑的なビンを。

 

「ごま油とレアオニオンを混ぜた特製タレだ。これをかけて強火にして……」

「うにゃー! 凄く良い匂いなのにゃ!」

 

 バターを吸い込み、艶やかに光るベリオロス肉。そこに被さる特製タレに、飛び散る脂が輝いた。

 肉のありのままの香りに、つんと鼻を突く胡椒の香り。強く甘いバターの香りに、それらをまとめる大らかなタマネギの香り。四段階の香りの連鎖に、取り巻きのアイルーたちも思わず唸り声を上げた。

 

「ニャ―、良い香りだニャ~」

「美味しそうなのニャ~」

「……こりゃ、あと数枚は焼かないとな」

「にゃあ、そもそもここで作るのが間違ってたと思うにゃ」

 

 おこぼれをもらおうと上目遣いで俺を見てくるアイルーたちと、不満気に尾を揺らすイルル。食べる量が減ってしまうからなのか、イルルはムスッとした顔で紙皿を出した。

 そんな紙皿の上に、じゅうじゅうと湯気を立てる肉を置いていく。仕上げにさっと強火で水分を飛ばしたその肉は、余計な水気を取り払った分宝石のように煌めく脂で満ちていた。

 

「ステーキも、久しぶりだな」

「にゃ、アカムトルムの時以来……かにゃ」

「そう……だな。確かにそうだ。ありゃあ美味かったよなぁ」

 

 一口サイズに切り分けて、紙皿を埋めていくその肉たち。ステーキ肉といえば、先日食べたアカムステーキが記憶に新しい。

 

「にゃ、アカムトルムといえば……旦那さん、脚の方はどうかにゃ?」

「前より重い。でもすっげぇ頑丈だ。流石は覇竜の重殻だなぁ」

 

 この目の前のベリオステーキとは対照的に、黒く黒く染まっていた覇竜の重殻。脚装備と同様アカムトルムの素材で作られたこの新義足は、あの伝説の職人の手によって造られた一級品だ。

 鋼龍のものも頑丈だったが、これはそれを数段上回る。その分重くもなったが、性能も段違いだ。何やら、廃棄されていた砦の技術がどうとか、あの爺さんがそんなことを言っていたが───

 とにもかくにも。何にせよこの脚のおかげで俺は活動再開が可能になった。そうして、今この美味そうな肉の目の前にいる。俺はそれだけで満足だ。

 

「どうせなら、最初からあのおじいさんに造ってもらえれば良かったのに、にゃあ」

「あん時は、旧友らしい師匠ですら行方は分からなかったからなぁ。無い物強請りだろ、結局。それよりほら、肉食おうぜ」

 

 新たな一枚肉をフライパンに落としながら、俺は一つ肉を口に運ぶ。それを見習って、イルルもその小さな口で肉一つに歯形を入れた。

 塩胡椒の鋭い辛さだろうか。バターの独特な旨みだろうか。タマネギの爽やかな風味だろうか。口に入れた瞬間広がったのは、肉を囲んだ取り巻きの数々。それらの味が何かと考えているところに、ベリオ肉の直情的な味わいが溢れ出してきた。

 

「にゃっ、にゃんて濃厚な脂にゃのにゃ……っ!」

「うんうん。やらかいなぁ」

 

 何と言っても、柔らかかった。食感も、そして味も。

 イルルの言う通り、味わいはとても濃厚だ。この永久凍土の環境で育て上げた濃密な脂肪分。それが柔らかな肉となって、とろける脂になって。この綺麗な焼き目の中に溜め込まれたそれらが、そっと噛めばまるで堰が切れたかのように溢れ出してくる。

 甘みの強い濃厚なその味が、胡椒の辛さで引き立てられ。バターの旨みで助長され、タマネギの香りで整えられ。濃厚なその味だったが、同時にとてもなめらかだ。

 

「にゃー、美味しいのにゃあ」

「ニャ―! ボクらも食べてみたいニャ―!」

「はいはい、ちょっと待ってな」

 

 もぐもぐと咀嚼しながら、フライパンの肉をひっくり返す。せがむアイルーたちの傍ら、新たな肉にフォークで穴を作りながら肉の第二陣、第三陣を作りだした。

 同じようにもぐもぐと口を動かしながらバターを肉に乗せてくれるイルル。そんな新たな肉を見ていると、ふと今回持ってきたもう一つの味のことを思い出した。

 

「イビルジョーってよくゴーヤって揶揄されるけどさ、俺はこれにも似てるような気もするんだよね」

「にゃ? ……アボカド……かにゃ?」

「そうそう。色合いが、だけど」

「……確かに淆瘴啖は、これくらい黒々しかったもんね」

 

 懐から取り出したビン。そこに収められたアボカドスライス。それの蓋を開けては、一つずつ肉の上に乗せる。

 

「こんなに濃厚な肉だ。アボカドとよく合いそう」

「にゃ、何だか珍しい組み合わせにゃあ。……食べてみても?」

 

 興味津々な様子で尾を立てるイルル。そんな彼女に向けて軽く頷くと、その勢いでさぱっと肉が一つ消えた。もちろん、その上に乗ったアボカドも。

 もぐもぐと、その新たな組み合わせを確かめるイルル。しかし、確かめる内にその表情は次第にとろけ始めた。まるであの濃厚な脂肪が溶けるかのように、じっくりと。

 

「にゃにこれ……にゃにこれ! アボカドの香りが鼻を抜けるにゃ! お肉にも負けない濃厚な甘み……だけど、くどくないにゃ。どころか互いの脂が溶け合って、混ざり合って……。にゃ、にゃ、にゃんだが不思議な味わいだにゃ~」

「うぅ……迫真の解説ニャ……。お腹空くニャ……」

「早く食べたいニャ~」

 

 イルルの魂がこもった実況に他のネコが悲鳴を上げる。早くしろと言わんばかりに、図々しくも順番待ちを始める彼ら。そんなネコたちの姿に苦笑しつつ、俺も一つそのアボカドコンボを口に入れた。

 確かに、不思議な味わいだ。どちらも濃厚な味わいだが、あまりくどくはない。むしろアボカドの、よりクリーミーな濃厚さがベリオ肉の脂に上手く混ざっていた。まるでアボカドが脂を吸い上げ、味を作り直しているかのような、そんな気さえしてくる。何となくでやってみたこの組み合わせだが、即興な割りによくできているものだ。

 そんな感想を鼻歌に変えて、咀嚼の傍らタレを肉にかける俺。その横で、ギラリとアイルーたちは目を光らせる。

 

「ニャ―……とっても美味しそうなのニャ。これくれたらあの尻尾の管理、もっと頑張るニャ」

「全く、抜け目ないなぁお前らは……」

「ニャ―! お仕事頑張るからー! だから食べさせてほしいのニャー!」

「もうちょっとでできるからもう少し待ってくれよ。焼き上げ総時間はざっと三分ほど……楽勝!」

 

 最後の仕上げだと、焚火に細かく砕いた燃石炭を少量ばらまいた。水気を飛ばす最後の強火。氷海にはない業火が、フライパンの上の哀れな肉を焼き上げる───

 そうして、それをさっと紙皿に移し変えたその時だった。

 

「旦那さん旦那さん、空見て! 空!」

「あん? 空?」

 

 その紙皿をアイルーたちに渡していると、不意にズボンの裾が引っ張られる。見下ろせば、イルルがキラキラとした瞳で空を見上げていた。

 そんな彼女に促されるまま、俺も空へと視線をずらす。

 

「───あ」

 

 流れ星。一見、俺にはそう見えた。

 藍色に染まった夜の氷海。疎らに光るいくつもの星の中で、一際目立つ赤い星。赤い光の軌跡を描きながら、まるで夜空を泳ぐかのように。その流れ星は、静かに空を刻んでいた。

 

「流れ星かにゃ? 彗星かにゃ? とっても綺麗にゃ!」

「───ように」

「にゃ? 旦那さん……?」

 

 

 

「───淆瘴啖を美味しく喰えますように! 淆瘴啖を美味しく喰えますように!! 淆瘴啖を美味しく喰えますようにッ!!!」

 

 

 

 星に願いを。

 流れる星が見えたなら、それに願いは授けるものだ。今最も求めているそれ。かつての、淆瘴啖討伐という積年の願いに代わる、新たな俺の行動原理。それを夜空の星にぶつけては、興奮の念を鼻息に変えて吐き出した。

 一方のネコたちは突然の俺の大声に、尻尾の毛を逆立てる。驚きのあまり飛び退く奴までいたけれど───まぁ、そんなの関係無い。思いを吐き出せて、俺は大満足だ。

 横で、相棒が呆れたように苦笑する。焼けた肉の、絶え絶えの音色。イルルの優しい笑い声。さながらあの流れ星のように、それらが俺の叫びの尾を引いていた。

 

 ───不味いなら、美味しくしちゃおう、淆瘴啖。

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ベリオとアボカド盛り合わせ』

 

・氷牙竜肩ロース     ……400g

・塩胡椒         ……適量

・ベルナバター      ……適量

・レアオニオンの特製タレ ……30g

・アボカドスライス    ……お好みで

 

 






 君の名は感(ないです)


 アボカドをそのままスライスしたもの、アボカドスライス(直球)
 これと肉って、かなり相性いいと思います。ステーキみたいな分厚くて、脂も多い奴だとなおさら! 自分実はアボカド苦手だったんですけど、この組み合わせが美味すぎて今ではアボカド好きになってしまったんですよね。肉×アボカドという最強のカップル(※個人の感想です)

 そんなこんなで、淆瘴啖を保存しちゃおう大作戦。シガレットさんの宿敵淆瘴啖の討伐は、とりあえず達成された感じですかね。あの戦いが、本家でいう特殊許可クエストG5扱いって感じです、勲章貰えそう。峠は何とか超えた(完結とは言ってない)
 これからのテーマはモン飯らしく、どうしたら淆瘴啖の肉を美味しく出来るか。その追求になりそうです。……さーて、どうやって美味しくしよう。読者さんが納得できるような表現の仕方に苦悩しつつ、これからに挑みたいと思います。

 それでは、閲覧有り難うございました。感想や評価、とてもとてもお待ちしております!(迫真)

 新装備のイラスト、一応載せときます。生産防具の意地装備。結構お気に入り。挑戦者ほんと好きです。

【挿絵表示】

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