モンハン飯   作:しばりんぐ

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 (別にヒリエッタは18歳じゃ)ないです。





鬼も十八、番茶もでばな

 

 

 艶やかな肢体だった。

 透き通るような白い肌に、細く伸びた手足。形の良いその体が、降り注ぐ雨の中で、揺らぐ泉の上で、濡れていた。

 雨粒の滴る髪は肩まで伸び、その小さな肩を柔らかく覆う。細い腰回りにも、優美に膨らんだ胸にも、隔たるようなものは布一枚もなく、ただただありのままの姿が目の前にあった。

 

 その体の持ち主と、目が合う。まるで宝玉のような翡翠色の瞳が、真っ直ぐ俺を見た。その端正な顔が、艶やかな唇が微かに震えて───

 

 

 

 

「……で、これか」

 

 軽く息を吐いて、身を起こす。防具の隅々にまで染み込んだ水が、しっとりと垂れた。

 見渡せば、そこはエリア3。薄く照らすいくつもの滝と、その波に揺れる花が舞い落ちるエリア。同時に、ベースキャンプの真下にあるエリアでもある。十中八九、俺はキャンプからここに落とされたのだろう。

 

「やってくれるぜ、あの女……」

 

 微かに覚えているのは、右手が飛んできたことくらいか。凄まじい勢いで視界が揺れて、かと思えば全身が浮き上がって───

 慌てて桃毛獣のテッポウ焼きを庇ったがために、俺は俺自身の受け身をとることを放棄したのだった。あのホルモンは一体どうなったのか?

 

「……キャンプに戻らないと」

 

 相変わらず、天気は悪かった。薄黒く染めたその顔を歪ませ、鋭い雨を降らしている。今はまだ小雨に毛が生えた程度の勢いだったが、雲を見る限り雨が上がることはないだろう。どころか、本降りが来る。もっと強い雨が控えているようだ。

 防具の隙間に入り込んだ水を払いながら、脚を踏み出す。雨が強くなる前に戻らなければ───

 

「……待てよ」

 

 原生林のスコールといえば、まさに滝のような雨になる。如何に安全基準を超えているとはいえ、高台の水源となっているベースキャンプは本当に安全だろうか? あの程度のキャンプでスコールを防げるのだろうか───

 

「フニャッ」

「ん?」

 

 突然の衝撃。それと同時に、小さな体が水を跳ねる音。

 右足で感じたそれに向けて目を移すと、一匹のアイルーが尻餅をついている姿が目に入った。困ったようにキョロキョロと首を動かしては、俺の方に視線を定め始める。この人は一体何者なのか、と。

 

「……どうした? そんな慌てて」

「人間? 人間さん、誰なの……?」

「俺は通りすがりのハンターだ。お前はこの辺りのアイルーか?」

「そ、そうなの……」

 

 しゃがんで、アイルーの視線に合わせて話を試みると、このアイルーは戸惑いながらも応じてくれた。覚束ない様子でネコの言葉を並べながら。

 

「随分急いでるみたいだな、何かあったのか?」

「た、食べ物を探してて……」

「食べ物……? わざわざ獲りに? 集落に貯蓄されてるだろ普通?」

「さ、最近食べ物が頻繁に無くなる事件があったの。原生林の集落は今食糧難なの……」

「何だそれ……犯人は?」

「分からないの。おっきいババコンガとも言われてたけど、誰も犯人の姿を見てないの……」

「ふぅん……? 不可解な話だな、誰も見てないとは」

 

 困ったように目を伏せるその子は、うるっと瞳を濡らす。毛並みを濡らす水滴が、静かに地に落ちた。雨音に溶けて、雨粒に混じって。そうして涙は、原生林に消えていく。

 見たところ、毛並みも随分と荒れていた。食べ物を得るために相当無理をしたことが伝わってくる。手足も微かに震えていて、もうすぐそこの集落で休もうとここに来たのかもしれない。俺にぶつかってしまったのも、疲労が原因だろうか。

 

「……そのババコンガ、めちゃくちゃデカい奴か?」

「えっ、ハンターさん知ってるの?」

 

 ピクリと耳を立たせ、そのアイルーは目を見開く。ピンと張った髭を振ったその子の頭を撫でながら、俺は少し視線を傾けた。

 傾けた視界に映る、小さな洞穴。しゃがまなければ入れなさそうなくらい、小さな穴。アイルーの集落の、その入り口だ。

 それを見ては薄く笑う俺に、アイルーは首を傾げた。困ったような声で、ニャアと鳴いた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「はぁ? ネコタクが出せない?」

「す、すみませんニャ! すみませんニャ!」

 

 ところ変わってベースキャンプ。そこでは、一人の少女が苛立ちを含んだ声で文句を垂れていた。

 腕を組む彼女に向かって、ぺこりぺこりと頭を下げるアイルー。ネコタクを営むその一匹が、困惑と焦りを含んだ声で許しを請い続ける。

 

「も、もうすぐ大雨が来るのニャ! ネコタクは出せないのニャ!」

「雨くらいどうってことないでしょ? 取り敢えずギルドに報告しときたいのよ、超大型の桃毛獣がいたことを」

「は、ハンターさんここのスコールを知らないのニャ!? まるで滝ニャ! ネコタクもズタボロになってしまうニャ!」

「滝……?」

 

 必死に説明するアイルーの言葉を聞いては、用心深そうな声で訝しむ少女、ヒリエッタ。

 彼女はインナー一枚という非常に無防備な格好で空を見上げた。原生林を覆う雲はまさに暗雲。不穏な音を鳴らすそれは、低気圧の具現とも言える。

 彼女はアイルーの推測通り、原生林の事情には疎い。ここのスコールがどういったものか、想像つかないらしい。一体このネコは何を言っているんだと言わんばかりの顔で、彼女はじろりとアイルーを見た。その仕草に、当のネコはといえばぶるりとその尾を膨らませる。

 

「す、凄い雨なのニャ! 散弾みたいニャ! 散弾の超速射なのニャ! ハンターさんみたいなインナーの姿じゃハチの巣ニャー!」

「……嘘……ではなさそう、ね」

 

 キャンプに備えられた物干し竿。それに吊るされては水滴を垂らすジンオウUシリーズの防具を見比べ、ヒリエッタは小さく息を吐いた。

 このアイルーがここまで取り乱すならば、おそらく言葉通りの雨が来るのだろう。そう感じた彼女は、これ以上言及するのをやめる。やめて、アウトドアチェアに腰かけた。

 

「……ネコタクが仮に出せたとしても、飛行船は飛ばないのニャ。どのみち戻れないのニャ……」

「分かったわよ。大人しく待機してればいいんでしょ」

「わ、分かってもらえましたかニャ! よかったニャ~」

 

 ようやく納得したヒリエッタに向けて、ネコタクアイルーは満面の笑みを溢す。

 そうかと思えば、安心故の脱力感か、彼のお腹から気の抜けた音が漏れた。きゅるるる……という、可愛らしい音が。

 

「あ……。は、ハンターさん、そこのお肉、食べちゃ……ダメかニャ……?」

「あーん? お肉……?」

 

 せがむような顔でそっとヒリエッタを見上げれるアイルーに、彼女は苛立ちを露わにした顔でその皿の方に目を移した。

 そこには、金網状の焼き目を付けた厚い肉が静かに佇んでいる。ぷるりとした質感に、滴る脂が美しい。よく焼けた色合いも眩しく、漂う香りも鼻孔を直接穿ってくる。

 

「勝手にしていいわよ。私は食べないから」

「やったニャ! いただきますニャ!」

 

 許可をもらうや否や、勢いよく飛び付くアイルー。その仕草を見ながら、彼女はどうしようもなさそうに溜息を吐いた。

 どうしてこうなったのか、そんな行き場のない思いを溜め込んだ、重い溜息。肉を齧ることで精一杯なアイルーは、そんな彼女の様子にも気付く気配はなさそうだが。

 

「ニャッ、ぷるぷるお肉ニャ! 固くて、強くて、でも柔らかい……。脂も濃厚で、とっても美味しいニャ! ニャ、もひとつ……」

 

 さも美味しそうに食べるアイルーの、またもや伸びたその小さな手。それが肉を掴む前に、その皿が宙に浮き上がった。何かに持ち上げられるように、するりと。

 

「───おっと、そこまで」

「ニャ、ニャニャッ?」

「……おかえり」

「おう、ただいま」

 

 風に揺れる白い髪。緋色に染まった鋭い瞳。黒ずんだ鎧に身を包むそのハンターは、悪っぽく口角を上げては皮肉めいた声でそう答える。

 現れた人物は、このホルモン焼きを用意した張本人、シガレットその人だった。

 

「早速で悪いんだけど、もうすぐスコールがくる。避難するぞ」

「……え?」

「……ニャ?」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……で、ネコの巣ね。そこまでここのスコールって凄いの?」

「全部が全部って訳じゃないけどな。でも、物凄い低気圧の塊がこっちに来てる。凄い雨になるのは間違いないし、用心するに越したことはないだろ」

 

 湿っぽい風が舌に靡くのを感じながら、俺はそう吐き捨てた。

 ところ変わって、ここはエリア3の端。ネコの巣に繋がる、巨壁の麓だ。

 俺は皿に盛った桃毛獣肉の山と、ついでにネコタクを営むアイルーを抱え。ヒリエッタは、脱ぎ捨てた自身の防具を抱え。

 そうしてそれぞれの荷物とネコを手にしながら、俺たちはベースキャンプ真下のこの場所に来たのだった。

 

「……大体、ネコの巣なんて入れてもらえるのかしら? 普通に考えて、部外者がゾロゾロ入ってきたらアイルーだって嫌がると思うんだけど」

「心配ない。交渉済みだ。このババホルモンを条件にな」

「えっ……? それで……?」

 

 訝しむような眼で俺の手の上にある肉の山を見ては、全く信用を含んでいない瞳でそう疑いをかけてくるヒリエッタ。

 思えばこの肉の山も大した量が減っておらず、彼女が全くと言っていいほど口にしなかったのが分かる。精々、ネコタクアイルーが食べた程度しか減っていないのだ。

 まぁ、今となってはその方が都合が良いのだが。肉の量は、多ければ多いほどいいのだから。

 

「何だか食糧難らしくてな、このババホルモンは願ってもない恵みだって言ってたんだ」

「食糧難、ね。……世知辛いなぁ」

 

 しゃがまなければ入れないほど小さな穴。不便な図体を屈ませながら、何とかその穴に身を入れる。

 入るや否や、すぐさま消える雨の感触。岩肌特有の冷たく静かな空気に包まれ、俺は少し小さく息を吐いた。雨の脅威から逃れることができたからか、安心感を含んだ息だ。

 洞窟らしい、ひんやりとしたどこか現実味のない香りが鼻を通る。雨に濡れたこともあって、少し肌寒い。

 

「お邪魔しまーす」

「あ、ハンターさんニャ! みんな、来てくれたのニャ!」

「おう、持ってきたぞ。さぁみんなで食いな」

「わああぁぁ、素敵な肉の山ニャア……」

 

 わらわらと現れるアイルーたち。その中のリーダー格らしきアイルーが、俺の右手から紙皿を受け取る。

 その皿に乗った山のような肉に彼らは目を輝かせて、嬉しそうにそれを集落の方へと運んでいった。

 この洞窟を直進すればネコの集落へと出る。ネコ地蔵やら、お供え物という名の窃盗品が並ぶ、所謂(いわゆる)ネコの巣の中枢だ。腹をすかせたアイルーたちは、どうやらそこへ集まっているらしい。

 

「さて……少しばかり休ませてもらおうか」

「そうね……。とりあえず鎧を干さないと」

「ニャ、じゃあボクが干してくるニャ。奥に物干し竿あるからニャ」

 

 そう名乗り出たのはネコタクアイルー。俺の腕からするりと降りては、ヒリエッタの手から防具を受け取った。

 彼女は彼女でそれを無言で手渡しては、そっと地面に腰を下ろす。

 

「ネコタクはしばらく出せないそうよ」

「だろうな。今はしばらくここで待機してようや」

「そうね……ここなら大丈夫かも。不本意だけど、ゆっくりしてましょ」

「……何か、意外だな」

「え? 何が意外なのよ?」

「もっと怒ってるかと思ったけど。案外普通なんだなぁって」

 

 随分といつも通りな態度で俺に接するヒリエッタ。その仕草に、俺は少なからずの違和感を覚えていた。

 俺をあの崖から落としたくらいのだ。次は無視でもされるかと思っていたが、別段変わりなく会話をする彼女の姿に、どこか拍子抜けめいた感情を抱いてしまう。

 一方の彼女はといえば、そんな俺の言葉にきょとんと首を傾げた。

 

「だってもう殴ったし、終わったことだし」

「……随分あっさりしてんな」

「私は別に見られてもいいんだけどね。ただ、約束を守らない奴が嫌いなだけ」

「……悪かったよ」

 

 そう言ってはクスリと笑うヒリエッタ。そんな彼女を前に、俺はバツが悪く感じた。

 まるで大人に諭されたような、そんな気分だ。荒く頭を掻いては、バツの悪さをごまかした。

 

「ニャー、ハンターさーん」

 

 微妙な空気が流れたその時に、数匹のアイルーの足音が耳に入ってくる。見れば、随分と満足そうな笑顔を浮かべるアイルーたちの姿があった。

 そんな彼らが俺たちの周りに集まっては、ぺこりと頭を下げる。どうやら、無事腹を満たすことができたようだった。

 

「ありがとニャー。おかげでボクら元気になったニャー。何かお礼できることはあるかニャー?」

「いや、ここを借りさせてもらってる訳だし、大丈夫だよ」

「ウニャ、それじゃボクたちの気が済まないニャ! 何かするのニャ!」

「……じゃあ、そこのお姉さんにひっついてやってくれ。インナーで寒そうだから」

「えっ? 私?」

 

 突然引き合いに出され、驚くヒリエッタ。そんな彼女にも構わず、やって来たアイルーたちはニャーニャー言いながらヒリエッタにひっつき始めた。

 困惑気味の彼女に構わず、もふもふと柔らかいネコ団子が現れる。ぬくぬくとした彼らの表情も相まって、何とも温かそうだ。心なしか、無性にイルルが恋しくなってくる。

 

「……何か、私の方も意外だわ」

「ん? 何が意外なんだ?」

「怖い顔してるくせにネコの扱いは上手いんだなって」

 

 寄ってきたアイルーの顎を撫でつつ、彼女の言葉に耳を傾ければ、心底意外そうな言葉がやってきた。

 どことなく優しい表情でそう言う彼女。そんなに怖い顔をしているだろうか、俺は。雇いたてのイルルは少し俺を怖がっていたような気もするが、まさかこの顔が原因だったのか?

 

「上手いこと交渉するし、ネコちゃんたちの扱いにも慣れてるみたいだし。どこで鍛えたのよ、そんなスキル」

「うーん、鍛えたつもりはないんだけどなぁ」

 

 返答に若干困りながら、それをごまかすように頭を掻く。訳を話すと長くなりそうだから、答えるのは少し億劫になるのだが───

 ふと、彼女の肩が微かに震えているのが見えた。それもそうだ。彼女はインナー一枚しか着用しておらず、外は大雨。洞窟内の涼しい空気も相まって、彼女は相当寒いはずなのだから。ネコの力をもってしても、温まるには時間がかかりそうだ。

 

「……どうせしばらく待機しなきゃだし、話してもいいか。とりあえず、これ飲みながら話そうぜ」

「え? 何これ」

「ホットドリンクよ。俺特製、のな」

 

 ポーチから手渡した小振りのビンを、ヒリエッタは戸惑いながらも受け取った。

 赤い粒子が舞い、深い色に染まり、独特の香りを漏らすそれ。まだバルバレにいた頃から研究に研究を重ねた逸品、俺特製ホットドリンクだ。

 

「シガレットの手作り? 市販のじゃなくて?」

「そう。味は保証するよ。寒いだろ? 飲みなよ」

「……あ、ありがと」

 

 思いがけないフォローに驚いたのだろうか、彼女は戸惑いながらもそれを一口飲み込んだ。

 艶やかな唇に、ほんのり赤く染まったそのドリンクが流れ、優美に水滴が一つ、舞い落ちる。その姿は妙に絵になった。

 

「ん、何この深い香り……! 辛い。辛いけど……ピリ辛? それよりもこれ、何? 仄かに酸っぱい。出汁のような匂いもするし、何だか奥深い……美味しい」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん。美味いだろ?」

「うん、そこらのホットドリンクとは全然違うわね。それでも、何だか体がポカポカしてきたわ……あったかい」

 

 愛おしそうにビンを両手で包んでは、彼女は恍惚の表情でそう呟いた。

 特製ホットドリンク。それが開花したのは、ユクモ村遠征がきっかけだった。

 従来の強い辛さをピリ辛程度に抑える。仄かな酸味は、ユクモ地方で親しまれているとある食材より。出汁のような香りは凍土に住まう飛竜の幼体、ギィギを出汁にしたもの。その出汁は、まるで昆布出汁のように料理の味に深みを与えてくれるのだ。

 ────そう、モデルとなったのは、梅昆布茶である。

 

「あんまり辛くないし、苦味も抑えてある。飲みやすくなったと自負してるぜ」

「いやこれ、ほんとに飲みやすいよ! 凄い……。これだったら、ギルドストアのよりシガレットのを買うわね」

 

 そっと飲みこめば、深い深い出汁の香りが顔を出す。凍土という極寒の環境で凝縮された旨み。それをじっくり煮込み、濾過し、抽出する。孤島の個体では到底出せないその味を贅沢に用い、干したユクモウメとトウガラシをブレンド。このホットドリンクの味の主役たちは、そうして生まれたのだ。

 もちろん、こんな味になろうともかの重鎮、苦虫ももちろん忘れていない。苦味が強すぎるその味わいは、予めハチミツに漬けることで、何とかごまかしている。要はその栄養素を取り入れることができればいいだけの話なのだから────

 ん? 参考にしたはずのロックラック製ホットドリンクはどうなったかって?

 要はコーヒー豆のハンドピックと同じだ。よりよい一杯のために、クズ豆は摘まれる。つまりそういうことだ。

 

「ふぅ。一服するのにも丁度いいんだよなぁ」

「……じゃあ、その一服ついでに話も戻そうかしら?」

「はいはい。えっと、何の話だっけ?」

「どうしてシガレットが、こうもアイルーたちの相手が上手いのかって話」

 

 あぁそうかと納得しつつ、ホットドリンクを飲み干した。

 液体に漂う粒子が、ビンの縁にしがみつく。まるで天の川のように筋を作るそれらは、トウガラシとユクモウメによる彩鮮やかな赤で染められていた。

 そんな味わい豊かな温もりをそっと流して、いつの間にか眠りこけていたアイルーをそっと撫でて。そうして、俺はゆっくり口を開く。ヒリエッタが求める話を綴るために。

 

「───俺さ、アイルーに育てられたんだ」

「……え?」

「正確には住んでた村が無くなって死にかけてたところを、アイルーに拾ってもらったんだけど」

「……育ての親がアイルーってこと?」

「いや、十歳くらいまでは自分の村で暮らしてたよ。アイルーたちと共に暮らすようになったのはそれから……何年になるのかな。十八くらいまではいた気がする」

「えっと、つまり長いこと一緒に暮らしてたから、ネコの扱いにも慣れたってこと?」

「そうだな。狩りの師匠もアイルーだしな。ネコ語も少しなら分かるぞ」

「……ちょっと待って。ツッコみが追い付かないわ」

 

 困ったように頭を抱えるヒリエッタ。俺の言っていることについていけないのか、困ったように唸り声を上げた。

 眉を歪めながら、俺の言葉を反芻。そうして、その情報を整理しているのだろうか。悶々と考える彼女の姿は、そんな感じがした。

 

「……そもそも、村はどうして無くなったのよ?」

「モンスターに襲われたから、だが?」

「やっぱり、アンタもそういうクチなのか。初めて見た時から何となくそうだと思ってたけど」

「そうだなぁ、因縁っつーの? ハンターやろうとするような変わり者には、それ相応の理由がある奴も少なくないと思うよ、俺は」

 

 彼女の方を見ながら嗜めるようにそう言うと、彼女は少し不満そうに口を窄める。私のことか、と小さな声で文句を垂れる彼女。少し照れくさそうだ。

 

「アイルーの集落でお世話になったハンター、か。しかも師匠までアイルーとはね……」

「アイルーってさ、基本小振りな剣を使うじゃん? 師匠はそれに加えてブーメランで二刀流する変なアイルーでな、俺もそれを教え込まれたんだよ」

「あぁ、だからあの時双剣もしてたのね! 逆手で持ってたのもその影響?」

 

 ようやく納得がいったという表情で、ヒリエッタは俺にそう問いかける。それに頷きつつ、俺は少し肩を竦めた。そこまで俺の二刀流技術が引っ掛かっていたのか。

 納得がいって少し落ち着いたのか、彼女は少し浮かせた腰を下ろした。そうして、まわりで丸まるアイルーたちを抱き寄せる。アイルーたちはこれといった抵抗もせず、ただニャンと鳴いた。

 

「……アイルーだって、人間だって、心があって言葉がある。通じ合えるんだから、そこに姿形は関係ないってのが俺の持論だ」

「シガレットって、相手によって態度変えたりしないもんね。アイルーとか人間とか、分け隔てない感じ」

「ま、アイルーならもふるという決定的な違いがあるけどな」

 

 俺にもたれ掛かるアイルーの顎。ふにふにと柔らかく、かつふわふわとした毛で覆われたそれは、非常に撫で心地が良い。人間には出せない感触だ。

 指先で掻くように撫でると、それが心地いいのかそのアイルーは体をくねらす。ネコ特有の柔軟な動きが、俺の体の上を蛇行した。軽く、柔らかく、温かい。

 

「何だか、少しアンタのことが分かった気がする」

「お前が分かったのは所詮容器に乗ったチーズの部分だけだよ。その下がドリアなのか、グラタンかまでは分かってない」

「……何その例え……。やっぱよく分かんないや」

 

 呆れたように首を傾げるヒリエッタ。そんな彼女の膝の上に、俺の上で這いずっていたアイルーを乗せる。突然持ち上げられ、そのアイルーは困惑の声を上げていたが、彼女の柔らかい膝に乗っては再び落ち着いた表情を見せた。そんなネコの頭を一撫で。くしゃりと、ふくよかな毛が揺れた。

 口開ける洞窟の入り口からは、ぽたりと水滴が落ちる。一粒、もう一粒と。その反面、あのおびただしい雨音は止んでいた。凄まじいスコールもいつの間にか消え失せ、ただ雨上がりの空気だけがそこにあった。

 依然として霧は止んでおらず、むしろより霞深くなっているような気がするが────まぁ、外に出る分には不都合はないだろう。

 

「あー、腹減った。こんがり肉食おう」

「わ、肉焼きセットだ。こんなのも持って来てたの?」

「ニャ、お肉ニャ!」

「ハンターさん、お肉焼いてくれるのニャー?」

 

 ネコの巣から出て、広げた肉焼きセット。それを見てはギャラリーが声を上げる。

 呆れ顔のヒリエッタと、目を輝かせるアイルーたち。そんな彼女らに向けて適当に頷いておいてから、ポーチに入れた袋詰めの生肉を取り出した。

 本当ならばそこらのズワロポスの肉を獲りたかったが、いないものはしょうがない。新鮮な肉とは言い難いが、せめて焼きたてを味わおう。

 

「やっぱ肉を焼くには屋外に限るって……ん?」

 

 ───なんて思っていた、その時だ。

 不意に、奇妙な感触が舞い降りる。右手に乗った生肉に絡みつくような、不快な振動と粘り気。そして、ぬめりを併せ持ったような何かが、俺の神経を逆撫でした。そう。その感触は、まるで舌のような────

 思わず振り返った視線の先。何も無いはずの、誰もいないはずの空間が、ずずずと音を立てて動いた。(もや)のようにうねる“(かすみ)”が、唸り声を上げた。

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『シガレット特製ホットドリンク』

 

・ギィギの干し肉(粉末加工) ……ひとつまみ

・トウガラシ         ……0.6g

・ユクモウメ         ……1/2個

・ギィギ出汁         ……0.3g

・苦虫(要ハチミツ加工)   ……1/3匹

・お湯            ……お好みで

 

 






 次回、真打登場。


 ……とまぁこんな感じで、でシガレットの過去編。
 彼が片手剣を使うのは、原点回帰。そして師匠の影響です。アイルーの武器は、分類するなら片手剣ですもんね。片手でぶんぶん振り回してるし。んで、ブーメランも加えて切り込み突進もする。師匠はこの二刀流状態を維持する凄腕ニャンタ―さんなのです。
 タンジア時代にスラアクを手にしたのは、そんなスタイルに反発したかったのかも……と思ってます。現に彼らは喧嘩別れをしてますからね(師匠初登場時と三章二話で表現したつもりでいる物書きの屑)

 二話で作っていたホットドリンクがやっと登場しました。ずっと登場させようと思っていたのに、いつの間にか四十一話……どうしてこうなったし。変にユクモ編とか入れたのが悪いんや。
 梅昆布茶、今の時期には美味しいですよね。唐辛子梅茶というスピンオフ的なものもあって、そちらも美味しいですよ!

 ではでは。次回、三部構成の最終話です!


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