そろそろアレが食べたくなってくる頃です。
「……ねぇ、旦那さん」
「ん、何だ?」
「……何でボクたち、燃石炭を集め回ってるのかにゃあ?」
地底火山の奥深く。
煮え立つ溶岩に囲まれたまるで世界の終わりの様な、大地の力強さを感じさせられるこの場所で。
俺とイルルは、燃石炭を見つけるために鉱床を漁り続けていた。それも、先程グラビモスを討伐し終えてそのせせりを実食した直後に、である。
「そりゃお前……美味い飯のためだろうが」
「ボクもう疲れたにゃあ……」
グラビモスとの戦闘が響いているのだろうか。
まるで駄々を捏ねる子供のように、イルルは不満を露わにしていた。一方の俺はというと、突然降って湧いた新たなる美味の可能性を感じてしまっている。故に普段は敬遠する、この俗に言う炭鉱夫のような作業を続けているのだった。
「……これが終われば美味い飯が食えるぞ、きっと」
「ボクはご飯も良いけど……もう眠いにゃ」
「じゃあ後で膝枕してやるから」
「……ほんとにゃ?」
冗談のつもりでそう言ってみれば、意外や意外。彼女は何か期待するように俺の顔を窺ってきた。
ご飯よりも俺の膝枕の方が良いのか?
そんな困惑を、胸に抱かせるくらいの変貌だ。先程までの態度とは一変、彼女は自らに喝を入れ始めていた。
――まぁ何て言うか、アイルーの考えていることはよく分からないや。
「取り敢えず……五個くらいは集めるぞ、次はこっちのエリアを見に行こう」
「分かったにゃ!」
何とか元気を取り戻したイルルの返事を背中で聞きながら、俺は硫黄の密集する地底火山最奥地に身を沈めていく。
一体どうしてわざわざこんな作業を、それも狩猟後に行っているのか。それは数十分前の出来事が原因だった。
◆ ◆ ◆
「――――さてと。それじゃ、村に戻ってギルドに報告するか」
「その前に旦那さん、もう少しグラビモス剥ぎ取っても良いはずにゃ。旦那さんせせりしか剥ぎ取ってないし……」
「む、そうか……」
「相変わらず、ご飯以外に興味なしかにゃ」
地底火山の溶岩溢れる非常に活発なエリア。
その上で四肢を剥げ出して横たわっている、鎧竜グラビモスの亡骸。その横で、軽い食事をしていた俺とイルルは、焼き上げた十本の串焼きグラビモスを無事完食した。
とは言っても、飛竜の中でも大柄な部類に含まれるグラビモス。はっきり言って剥ぎ取り一回分の量しか食材に使っていないため、まだまだ剥ぎ取れる部分が多く残っている。
しかし、ハンターが何も討伐したモンスターの全てを所有出来る訳ではない。ハンターはギルドと契約を結んでいるため狩りが出来るのであり、狩猟したモンスターの素材の大半はギルドが管理する、というルールが存在する。
つまるところ、俺が折角討伐したこのグラビモスでも、そこから貰えるものはこの巨体のほんの一部。そして、変動の激しい報酬金だけなのだ。
一応、無事討伐することが出来たのなら、そのハンターもモンスターの体の一部を剥ぎ取る権利が与えられるのだが。
「……お、鎧竜の翼。これは中々……」
「旦那さん涎、涎!」
「……じゅる。すまん」
「もう……さっき食べたばかりにゃあ」
剥ぎ取ったのは、大きく固い鎧竜の翼。
そのずっしりとした重量も目を見張るものがあるが、それよりも俺の興味を千刃竜掴みしたのは、その中でひっそりと佇む肉だ。聞くところによると、グラビモスの手羽先もまた締まっており、なんとも美味なのだとか。
「……俺とお前で五本ずつ。つまりあのせせりは料亭で言うオートブルという訳だ」
「旦那さん、まさか……」
「この翼持って帰って、もっと美味いものに出来ないかな?」
「はぁ……貴重な剥ぎ取り素材を
イルルの鋭い嘆きを、冷や汗を垂らしながらも受け流し、何とか表面上は素材の剥ぎ取りに専念する。
確かに俺は、数か月前の闘技大会の報酬で作ったこのクロオビヘルムを最後に、新しい装備品を作っていなかった。その原因も彼女の言う通り、頂いた素材を尽く食材に使ってしまったからなのだが。
まぁつまり、俺に反論の余地はないという訳だ。ここは話題を変えて、受け流してしまうのが無難かな。
「……イルル、手羽先はどう料理しようか?」
「無視かにゃ。……手羽先にゃあ。また串焼きにでもするかにゃ?」
サラッと受け流しながらイルルに意見を聞くと、呆れながらも彼女は考え始めた。何だかんだ言いながら俺に協力してくれるところが、彼女の美点だな。可愛い奴め。
まぁそれはともかく、串焼きか。先程食べてしまったし、あまり良い案とは言えないな。味や食感は違うだろうが、同じタレで食べるのは些か胃が飽きるというものだ。
そうだな。そもそもの話、肉は焼くという終着点を一度取り払ってしまうのはどうだろうか? それこそ、焼く以外の手段での調理法がいい。
何かないか。何か――――。
「――――煮込むというのはどうじゃ?」
「あん?」
「にゃん?」
思考に耽る俺と、ふわふわした尻尾を揺らしながら考えるイルル。そこへ話しかけてきた、しわがれた声。狩猟地という危険地帯で、毎日毎日うろついているあの人物の声。
普段は快くアイテムをくれたりするものの、すぐヘソを曲げる気難しいご老体。
「……山菜ジイさん」
「グラビモスか、これまた大きいのぅ。調理法に悩んでおるのじゃろう?」
グラビモスの巨体と、俺が剥ぎ取った翼の一部を交互に見ながら、ジイさんは試すような口振りで俺に問い掛けてきた。
俺はこの人とはあまり面識がないため、一体何を企んでいるのかが
「煮込んでシチューにするというのは
「にゃ……いきなり現れて何を――――」
「良いねそれ!」
「だ、旦那さん!?」
訝しむイルルを押し退けるように、ジイさんの話に乗り掛かる。すると彼は、満足そうに頷いた。一方のイルルは驚いたように、まるで裏切られたかのように俺を睨む。何だコイツ。
さて、それはさておき、シチューだ。上品でとろみのある味を秘めた、雪国の宝。串焼きとはまた違う味の美しさと満足感を与えてくれるような。そんな可能性を俺に感じさせた。
「うむ、良い返事じゃ。ではワシはベースキャンプにて調理の準備をするから……燃石炭を幾つか持って来てくれんかの?」
「な、なんでボクたちがそんなこと」
「よし、行くぞイルル!」
「にゃ、ちょ、ちょっと待っ――」
シチューという食べ物は、何もどこの村にも普及している訳ではない。恥ずかしながら俺も、実のところ一度しか食べたことがないのだ。確か、ベルナ村に訪れた時だったかな。
そこであのキッチンアイルー希少種――じゃない、ニャンコックとかいう巨大なアイルーが手掛けるチーズ料理の応用として、紹介してもらったのだった。
あのとろみ、深い味わい。
あぁ、あの味わいを俺の舌は忘れていない。今でも明確に舌の奥で思い出すことが出来るようだ。いかん、唾が溢れてきたな。
よし、そうと決まれば善は急げだ。早速燃石炭を回収しに行こう!
◆ ◆ ◆
「――――さて、この崖を登り切ればベースキャンプだ。あと少しだな」
「やっとにゃ。あと少しで……」
そんな事情を経て、火山を彷徨い数十分。俺たちはやっとの思いで燃石炭を六個集めることが出来た。これでシチューはもう目前だ。
俺のポーチに収められたこの燃石炭。炭鉱夫ハンターたちの間では、いざ集めようとすると中々出ない癖に、風化した古代の破片を集めようとする時に限ってやたら出てくるということで、正直言ってあまり評判が良くない。
だが、忘れないでほしい。この燃石炭は圧倒的な火力を持つため、グラビモスのような火に強いモンスターの調理には重宝するということを。
「……む! 何か良い香りが漂ってくるぞ!」
「出た。旦那さんのご飯に限ってはアイルーをも凌駕する嗅覚。……それと、何かを温めているような音も聞こえるにゃ」
「ほう。この匂いは……ヤングポテトと激辛ニンジンだな。さしずめ、それを加熱して柔らかくしているという訳か」
「にゃっ! 辛いのは苦手にゃ……!」
かのニャンコックが語るには、ポテトやニンジンなど固いものは時短で煮えるように
――うん、匂いを嗅いでいたら俄然やる気が湧いてきた。ここはスタミナを使い切っても良いから、一気に駆け上ろう。
「おーい、ジイさん、燃石炭採ってきたぞ」
「おぉ、早いのぅハンターさん」
案の定ポテトとニンジンを温めていた山菜ジイさんは、穏やかな笑顔で俺たちを迎えてくれた。そんな彼にこの燃石炭を渡すと、興味深そうに眼を細めて観察し始めた。
「ふむ……これは中々上質な……。よし、これなら大丈夫じゃろう。ではワシがとくと振る舞おうぞ」
やけに演技がかったポーズで菜箸とへらを構えた彼は、早速鍋に切り分けられた手羽先を放り込んでいく。いくら甲殻の下の肉とはいえ、固いことには変わりないこの肉を、このジイさんはもう既に切り分け終えていたらしい。
竜人というのは歳をとっても活力溢れるものだと聞くが、これは予想の斜め上をいっていた。そういえば、タンジア地方にも、かなりの高齢だというのに現役で加工屋を営む人物がいたような気がする。やはり体の作りは、人間のそれとは違うようだ。
そんなことを考えながら、オリーブオイルらしきものを注ぐ彼を見ていると、何やらイルルが、そのプ二プ二した肉球を俺の太ももに当ててきた。
「ん? どうした?」
「あ……あの、旦那さん、ボク、その……えっと――――」
「……? あ。もしかして、膝枕か? よし、おいで」
「にゃ、にゃあぅ……」
おずおずと恥ずかしそうにしながらも、彼女は俺の膝の上に乗っかり丸くなる。
ネコは炬燵で丸くなるという格言を、ユクモ村で聞いたものだが、うちのネコは炬燵ではなく鍋の前みたいだ。炬燵に頬ずりするとかも聞いたことがあるが、イルルが頬ずりするのは、どうやら俺の上のようだ。
「うにゃあ」
「何だ、くすぐったいぞ」
まぁ、流石にアツアツの鍋に頬ずりなんてしたら大参事になるだろうし、しょうがないけど。それにしてもコイツ、本当にふわふわだな。毛並みも綺麗だし、撫で心地も抜群だ。それに柔らかいし活きも良いし。
ちょっと美味しそうかも?
「ハンターさんや、そこの
「……あ、あぁ。これか? ジイさん準備が良いな」
「当たり前じゃ。調理はテンポ良く、それでいて丁寧に行うことが美味くする秘訣なのじゃ」
「ふむふむ……メモメモっと」
早速ハンターノートを取り出して、山菜ジイさんの語る調理の秘訣をメモしていく。
例えば今回使われるこのヤングポテトだが、これもただ切り分けるのではなく、一個一個大きさや形を統一して切り分けたらしい。何時かのオムレツで俺がやったように、火の入り方を均一にするためだとか。
それだけならまだしも、彼は何と面取り――つまりポテトの角も整えて、丸みを帯びた形にする作業もこなしていた。そうすることで煮崩れしにくくなるという。
「よし、それではこの手羽先とレアオニオンの炒め物に……件のポテトとニンジンを加えよう」
簡潔に俺に話す彼は、非常に慣れた手付きで、既に温められた他の具材を菜箸で鍋に落としていく。
オリーブオイルと手羽先の脂。それに身を浸した野菜たちは、先程までとは違う炒められるという現象に、植物特有のあっさりとした香りを放ち始めた。それと同時に、顔を出す仄かな辛さ。辛さを溶かした香りを前に、イルルは鼻を鳴らして呻き出す。
「にゃあー、辛い匂いだにゃ。鼻がツーンとするにゃぁ」
「イルルは辛いのが苦手だったな。んじゃお前のはニンジン抜きにしとこうか」
眉間に
うんうん、そんなにニンジンを抜いてもらえるのが嬉しいのか。好き嫌いは良くないが、嫌いなモノを無理に食べて食事を楽しめないのは本末転倒だからな。
「……そろそろか。どれ、ハンターさん。少しこの炒め物を見といてくれんかの」
「あ、あぁ。分かった」
突然、意味有り気に呟いたジイさんが、俺に菜箸を渡してきた。
快く応えれば、彼は背中の巨大なリュックを
一見ミルクのような見た目だが、よくよく見ればその中には細かく刻まれた白い固形物が浮かび、その液体自体も何処かとろみのあるものだ。一体、何だろうこれは。
「ジイさん、何だそれ?」
「これはワシ特製シチューの元じゃよ。最近よく売れているベルナミルクを基盤に、ユクモ豆腐と霊峰山薬……ヤムイモと言った方が伝わるかの? それを混ぜ込んだ一品じゃ」
「へぇ……。何か凄いなそれ。体に良さそうなものばかりだし……」
「何事も重要なのはバランスじゃよ。狩りにしろ、調理にしろ、な。この場合は手羽先の脂分を考慮して、シチュー自体は少し軽い方が良いと思ってのぅ」
確かにその通りだ。
芳醇とも言えるグラビモスの脂身は、些か味が強すぎる。それに濃厚なシチューが合わさると、人によっては食べ辛くなるかもしれない。実際膝の上でゴロゴロしているイルルは、
「これと水、ガーグァ式鶏ガラスープを注ぎ煮込むぞぃ」
「目安はどれくらいなんだ?」
「そうだのぅ、フタして弱火で十分程度……と言ったところか」
そう言いながら、彼は丁寧に金属製のフタを乗せた。本来放出されるべき熱が、フタに阻まれ放出できず、鍋の中身は香りと湯気の奔流に包まれていく。
なるほど、弱火でコトコト煮込むという訳か。香りも味も押し留め、味と風味をよく染み込ませようという腹だな、きっと。
そう予測する俺に対し、その十分の暇潰しのためか。ジイさんが何やら感慨深そうに話し掛けて来た。
「それにしても珍しいハンターさんじゃの。モンスター食の良さに気付くとは」
「……いやぁ、あんな魅力的なの見せつけられたら涎が止まらないって」
「いやいや、お前さん若いのに見所があるぞぃ。今時のハンターは、どいつもこいつもモンスターを狩ってはそれで武具防具を作ることしか頭にない。モンスターのことを
「……感謝、ねぇ」
少し自嘲めいたように俺が呟くも、彼はうんうんと頷いていた。
感謝などという大仰なことは、考えてたことはなかった。それに俺自身も昔は彼の言う、感謝の念がないハンターだったのだ。故に彼の言葉には素直に頷けない。
「だがお前さんは違うの。彼らに向き合っておるようじゃ。そうでなければ彼らを喰おうとはせん。喰うこととは生の特権。そして、命に対する感謝そのものじゃからな」
「…………」
生きること、すなわちそれは食べること。誰しも生きていくには、何かを犠牲にしなければならない。だから食べることは感謝だと、彼は語った。
「……聞いたか、イルル。つまり俺はモンスターに感謝してるから装備の方に手を回してないんだよ」
そんな彼の言葉を借りて、俺は先程のイルルの呆れに今更ながらも反論する。装備を作らないのは、別にそんな高尚な理由ではないのだが、彼女に反論するには打って付けだった。
一方のイルルは、モンスター食に秘められた素晴らしい意味を感じ取ったのか、自らに反論の余地がないと悟ったのか。慌てて鍋の方に視線をずらし、わざとらしくもその可愛らしい肉球で鍋の方を指して、煮え具合を訴えた。
「も、もう煮えてきてるにゃ。そろそろかにゃ?」
「む? ふーむ、良い感じじゃのう。ではここでとろけるアレを混ぜようか」
イルルに促されるままに、彼は再びリュックに手を突っ込んで、何やら透明な固形物を取り出した。あれは確か、時々食料品店に並ぶ珍しい品。それと同時に、先程ジイさんが言っていた『あの食材』でもある。
「……幻獣チーズにゃ?」
「そうじゃよ、幻獣バターの応用品じゃな。これを混ぜ合わせ、よくかき混ぜる……っと」
へらを片手に、彼は鍋の中身を転がし始める。そのシチューは俺がかつて食べたシチューほどとろみはなく、どこか滑らかで水分の多いものだった。
「これくらいで良いじゃろ……。では再び数分弱火で煮込もうかの」
◆ ◆ ◆
数分後。煮込んだシチューに塩を振りかけて、山菜ジイさんは満足げに頷いた。味が整った。優しい声で、彼はそう言った。
そんな彼の目の前にあるシチューは、仄かに黄色がかった白で染められている。そこから溢れる湯気には、シチューに潜むミルクの香りと、よく煮えた手羽先の香りが漂っていた。
「完成じゃ! どれ、早速食べようかの」
楽しそうにシチューを盛り分けた彼は、俺とイルルの分のスプーンまで用意してくれた。
ミルクのように白いそのシチューには、細かく崩された豆腐が浮かんでおり、チーズとヤムイモによるこれまた独特かつあっさりとしたとろみが、具である手羽先やヤングポテトに絡みついている。
「美味しそうにゃ~」
元々ミルクが好きなイルルは、何時にも増して嬉しそうだった。ちゃんと激辛ニンジンは抜いてあるのもその一因だろうか。
「……それじゃ、いただきます」
「うむ、いただこうかの」
「いただきますにゃ!」
早速スプーンでシチューのスープを掬ってみる。見た目の印象は、あっさりとしているためか少し味が薄そうだ。しかし、実際はどうだろうか? そんな疑問を胸に、俺はスプーンごとそれを口に含んだ。
初めに顔を出すのは、ミルクの甘み。俺も愛用しているベルナミルクのまろやかな甘みだった。その直後、ユクモ豆腐の淡泊な味が広がっていく。想像通りあっさりとした味だったが、想像以上に滑らかな口どけだ。ニャンコックシチューのような濃厚なとろみではなく、軽く舌を滑るものの味をしっとりと舌に残していくような。
「へぇ、淡泊なものだな。それに口どけがとても良い」
「じゃろう? 健康重視ならこれがお勧めじゃよ」
「シチューでもくどくないものにゃ。心なしか手羽先もあっさりしてるような気がするにゃ」
イルルの呟きに乗せられるように、俺も切り分けられた手羽先を、スプーンに乗せて咀嚼してみる。
じっくり煮込まれることで、かなり柔らかくなったそれ。あのせせりとは違って、非常に食べやすい。
噛むにもそこまで顎の力を必要とせず、それでいて肉の旨みが口いっぱいに広がっていく。いや、肉の旨みだけではない。幻獣チーズやヤムイモの風味も混ざっているためか、しつこくない口触りに、イルルの言った通り少しあっさりとした味になっていた。
これは、十分に煮込むことで肉の脂を分解したのだろうか?
「ふむ、肉の脂かね? 答えはレアオニオンよ。そいつが肉の脂を吸っておるのじゃ」
「そうなのにゃ? ……これが?」
「おぉ。柔らかくなっておるじゃろう? レアオニオンは肉と一緒に炒めると、その脂を吸って柔らかく、そして甘みを生み出すんじゃな」
「この激辛ニンジンも……そんなに辛くないな。シチューともよく調和しているし。もしかして初めに熱した時に秘密が?」
「ふむ、目の付け所が良いのぅ。だが生憎そこは研究中でな、まだ公表は出来んの」
軽く探ってみたものの、この頑固爺は激辛ニンジンの秘密は公表しなかった。俺の知らない、何らかの方法を使ったようだが、もしかしたらこちらのヤングポテトに秘密があるのかもしれないな。
この煮込まれて柔らかくなったポテトの旨み。アツアツのシチューと絡み、ホクホクとした味わいを作りだしていく。
秘密云々の前に、とにかく旨くて堪らない。
「美味いじゃろう? 素晴らしいじゃろう? これが食事、そして感謝じゃよ。よく味わうんじゃよ」
そう言って頷く彼は、何時もの頑固爺ではない、非常に穏やかな笑顔を浮かべていた。
普段なら決して見ることの出来ないその表情が、とても印象的だったと、俺の記憶にシチューと共に刻まれたのだった。
◆ ◆ ◆
「なぁ、イルル……」
「何にゃ、旦那さん?」
あれから、数時間ほどは経っただろうか。
シチューを完食した俺たちは、まだ狩猟地に残ると言った山菜ジイさんと別れ、アプトノスの引く竜車でナグリ村への帰路に就いていた。そんな竜車の上に座る俺は、何ともなしに、膝の上のイルルに話し掛けてみたのである。
「……モンスター食は好きだけどさ、ただ好きだから今までやってきたんだよな」
「そうにゃ。旦那さんの気まぐれと好奇心には困ったにゃあ」
「感謝なんて、考えたことがなかったよ。バルバレに来る前ならなおさら」
「にゃあ、ボクはその時の旦那さんは話でしか聞いたことないから、何とも言えないけど……旦那さんは変わったんだにゃ?」
「変わったのかなぁ……」
一応弁明しておくが、俺とてはじめからここまでモンスター食に情熱を燃やしていたわけではない。それなりの経緯を経て今のような心持ちになったのだが。
何にせよ、イルルにあのような反論したものの、俺にはどこか納得出来ない気持ちがあった。
「本当に向き合ってるのかなぁ」
いつの間にか漏れ出ていたその言葉。
山菜ジイさんの言う向き合い方と、俺の向き合い方は何か違うような気がする。その違和感というか、矛盾というか。それがまるで、魚の小骨の如く喉に引っ掛かっていた。
一方の、俺の呟きを聞いていたイルルは、膝の上だというのに危うい動きで立ち上がる。そうして、その小さな両手を俺の頬に当ててきた。
「……イルル?」
「……確かに旦那さんの向き合い方は少し異常だと思うにゃ」
「い、異常ってお前……」
その仕草の割に辛辣な一言。それに思わず反論したくなった俺は口を開いたものの、それは彼女の柔らかい肉球に阻まれる。でも、という一言を添えて。
「でも……旦那さんは善も悪もなくただ自然の一部としてモンスターに関わってるにゃ。それは、それもきっと、一つの向き合い方にゃ。少なくともボクはそう信じてるにゃ」
「……それって」
「それに、そんな旦那さんの向き合い方がボクと旦那さんを引き合わせてくれたんだから。だからボクは
そう言って、彼女は優しく俺の頭を抱き締める。ふわふわとした毛並みが俺の視界を遮ったが、彼女の体はとても温かかった。俺の心は、まるであのヤングポテトのように、じっくりと溶け出すよう。喉に引っ掛かった魚の骨も、ゆっくりと溶け始めていく。
そんな、心底安心させられる温もりの中で、俺は静かに目を閉じる。肌を通して感じられる、彼女の滑らかな毛並みと柔らかな感触。温かな鼓動と、何処か心を落ち着かせてくれるような匂い。
何だか、何だかこれは――――。
「なぁ、イルル」
「……なぁに?」
「……お前って結構美味しそうだよな」
「にゃっ!? 今の流れでそれを言うかにゃ!? というかそういう向き合い方はやっぱり勘弁にゃーーっ!!」
~本日のレシピ~
『鎧竜手羽先のクリームシチュー』
・鎧竜の手羽先 ……400g
・ヤングポテト ……2個
・激辛ニンジン ……1本
・レアオニオン ……1個
・ベルナミルク ……250cc
・ユクモ豆腐 ……1個
・ユクモ霊峰山薬 ……半分ほど
・水 ……150cc
・オリーブオイル ……少量
・ガーグァ鶏ガラスープ ……大さじ1杯
・塩 ……適量
・幻獣チーズ ……40g
山薬もといヤムイモとはみんなのお馴染み長芋のことです、はい。とろろ飯、美味しいですよね。あぁとろろ飯。
こほん、突然現れた山菜ジイさんですが、彼はダンジョン飯でいうセンシ的スタンスのキャラクターです。これからも時々シガレットに調理法を伝授したりしたら夢が広がりますね。
そしてイルルマジヒロイン。当初はこんな美味しいスタンスじゃなかったのですが、思いの他イルルが好評だったため私も愛着が湧いてしまいました。可愛いよね!ケモナーまっしぐら!
それでは次のメニューで会いましょう。