モンハン飯   作:しばりんぐ

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構想だけは、一年前からありました。





弱肉強食

 

 

 太陽が眩しい。

 本日はクエストを受注しておらず、これといった予定も特にない。ドンドルマの新居でゆったり過ごすには最適の休日だった。

 

 ツタの伸びたレンガ造りの、年季の入った住宅。開閉自由な壁に区切られた庭と部屋を行き来しながら、イルルは小さな欠伸を漏らす。そうして、俺が寝転ぶ庭のハンモックにぴょんと飛び乗った。

 

「にゃー、良い家にゃあ。一日中ゴロゴロしてたいにゃ」

「……だな。良い物件があったもんだよ」

 

 柔らかな顎を撫でながら、俺もそっと頬を綻ばせる。ゴロゴロと喉を鳴らしながら、俺の上でゴロゴロするイルル。太陽の光も相まって、彼女の体からはお日様の香りがする気がした。

 新居は、バルバレのものとは違い、広い。以前のようなベッドルームの他に、リビングとなる広間とそれと同等の広さを持つ庭がある。両者を区切る壁は、スライド式のドアとなっており、本日のような快晴では全開にすることも可能だ。涼しい風が舞い込んで、リビングのソファーが軽く唸る。天日干しにももってこいかもしれない。

 

「風が気持ちいいにゃ……」

「こっちの方は砂漠近くじゃないし、結構過ごしやすいもんだな」

 

 彼女の柔らかい毛並みを感じながら、俺は空を見上げた。

 青く澄んだ空はどこまでも広がっており、白い雲が疎らに浮いている。バルバレのような、風に混じって砂が飛んでくることもなく、ただ穏やかな風だけが吹いていた。

 

「さーて、こんないい天気だし、もう一眠りすっかぁ」

「みゃんっ、賛成にゃあ!」

 

 俺の首筋にくっつきながら丸くなるイルル。そんな彼女の背中に手を置きながら、軽くポンポンと撫でる。その度に彼女は心地よさそうな声を漏らし、また一つ小さな口で欠伸を飛ばした。

 何とも和やかな世界だ。気持ちが安らいでいくのが分かる。温かいネコの鼓動を感じながら、俺もゆっくり目を閉じた。

 

 

 

 ――その時だった。

 

「しっ、失礼します! シガレット様はいらっしゃいますかっ!?」

 

 庭に付けられた、木製の扉が乱暴に叩かれる。軋む扉に、鳴り響く金属音。取り乱しては荒げられるその太い声。声の主は、おそらくその辺の守備兵かそこらだろう。

 突然のその声に、イルルは尻尾を膨らませながら飛び起きる。俺はといえば、ウトウトしかけたところで起こされたのだから、何とも出鼻を挫かれたような気分だった。

 

「……一体なんだ?」

「にゃあ……?」

「あっ、その声! いらっしゃいますね! 中に入ってもよろしいでしょうかっ!」

 

 頭を掻きながらハンモックから身を起こし、庭の先にある扉に手を掛ける。それをそっと引いては、声の主とを隔てる壁を取り払った。

 大柄な体に、鋼色の鎧。背負った盾と槍はその体以上に大きく、その姿は大老殿近くでよく見られる。このドンドルマを守護する兵隊、その一人だった。

 

「……えーと、何の用で?」

「あぁ良かった暇そうですね! 本当に良かった!」

「にゃ? 暇が何か関係ある……のかにゃ?」

 

 荒げる息を整える彼は、こほんと小さく区切りをつけ、腰のポーチから一枚の紙を取り出した。丁度、クエストボードに貼られているような、年季の入った古紙だった。

 

「……まさか、クエストか? それも俺宛てに?」

「はい、大老殿から直々に! バルバレの下位ハンターが未知の樹海で消息を絶ったとの連絡がありました。どうかその救援に向かってくださいとのことですっ」

「にゃ。それは一大事だにゃ! ……でも、何で旦那さんに?」

「他に暇そうにしているG級ハンターがいないからです!」

「……あ?」

 

 もっともな疑問をイルルが口にすると、守護兵の男は鼻高々にそう答える。その言葉に俺が少し声を低めるが、彼はまるで気に留める様子もない。壊れた蛇口のように、その理由を次々に並べた。

 

「G級ハンターというのは誰もが忙しいものなんですよ、あちこちの依頼に引っ張りだこってねっ。でも貴方は違う! 大いに時間をあり余らせていらっしゃる! こんな天気の良い日に昼寝に耽るなんて、そうそうできない! でも貴方はできる! 貴方は暇人だ! だから貴方に頼むしかない! って感じなんですよっ!」

「あっはっは。ふーんそっかそっかぁ。おいデクの棒、拒否権行使していいか?」

 

 あまりに適当なその理由に呆れ半分怒り半分で顔に青筋を浮かべると、ようやく自分の失言に気付いたのだろうか。守護兵の男はあわあわと口を震わせ始める。

 あの尊大な口振り、とても人にものを頼む態度とは言えないだろう。俺にだって、暇人にだって、拒否権を行使する権利くらいはあると思う。

 

「旦那さん! 緊急事態なのにゃ、変なこと言ってないで行くにゃよ!」

「いや待て、俺は行くなんて一言も」

「にゃ、シガレット行きますにゃ。救援向かいます!」

「おぉ、助かります! 流石はG級ハンター一向だ。オトモも肝が座ってらっしゃる!」

 

 勝手に話を進めたイルルが、守護兵から依頼書を受け取っては、ふにゃふにゃとそれを読み始めた。

 そんな彼女の姿に感極まったのか、守護兵はハンカチを取り出しては目元を拭い始める。全くもって意味が分からない。状況に頭が追い付かない。

 

「旦那さん、早く準備するにゃ! 助けに行くのにゃ!」

「家の前に竜車ありますから、早く乗ってくださいね!」

 

 スッと身を引いた守護兵の後ろ。そこにはアプトノスが牽引する竜車がご丁寧に駐車されていた。俺が暇で、救援に向かうだろうと決めつけているその態度が妙に腹立たしい。その意向にしっかり沿っているこの状況も同様に、腹立たしいのだが。

 俺と同じく労働に駆り出されたアプトノスが、虚しそうに鳴く。その声が妙に、俺の耳に貼り付いた。

 

「どうしてこうなったし……」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 バルバレやドンドルマに囲まれるように座す、広大な森林地帯。別名「未知の樹海」は、本日もけたたましい怒号でその身を震わせていた。

 巨体が唸り、大地を蹴り、咆哮を上げる。それだけで木々に止まる鳥たちは逃げ去り、和やかに食事をするケルビたちは巣に逃げ込んだ。

 

「あーもう、何なのよコイツー!」

「ニャッ! お嬢さん、ここはとにかく逃げるぜニャ!」

 

 駆ける巨体は、毒々しい。紫色に染まった甲殻が何重にも連なり、厳めしい翼を広げていた。その甲殻はもちろん、揺れ動く尾にも鋭い棘が走り、奇妙な声を上げては狂ったように走り出す。

 目の前で走る二つの影。それに目掛けて黒狼鳥、イャンガルルガは雄叫びを上げた。

 

「おっ、追い付かれるわ! だったら……ッ!」

「お嬢さん!? 無謀なことよせニャ!」

 

 迫り来るイャンガルルガから逃げきれないと悟ったのか。踵を返したその少女は、背中に付いた巨大な武器を振り下ろす。少女の体と同等か、下手したらそれ以上の大きさの盾を。そこから、これまた長い強固な剣を。鋭い金属音を鳴らしながら、少女はその可憐な姿に似つかわしくない、何とも武骨な武器を引き抜いた。

 一対となった盾剣。俗に言う、チャージアックスだ。赤く光るクックシリーズを唸らせながら、慌てて構えたその盾に、黒狼鳥の鋭い嘴が打ち付けられる。その反動の余り、少女の体は後ろに飛んだ。少女の長いツーサイドアップが、風に揺れる。

 

「きゃっ……!」

「けっ、怪我ねぇかニャ!?」

「くうぅぅぅ……! だっ、大丈夫……!」

「全く、無理しやがってニャァ!」

 

 そんな彼女の隙を埋めるように、白い毛並みのアイルーはブーメランを飛ばした。骨で作られたような脆いそれが、イャンガルルガに当たるや否やボロリと崩れる。飛び交う破片に、思わず首を振るイャンガルルガ。

 鎧に負けないくらい紅く美しい髪を揺らしながら、少女は不満を吐き捨てた。まるで苦虫を噛み潰したかのような表情で、そっと。

 

「もう、何なのよコイツ……! 強すぎだし、竜車とも連絡取れないし、迷ったし。今日は厄日だわ!」

「命日にならないようしねぇとニャア。さっさとしろニャ、ほら早く!」

「う、うん! そうね……!」

 

 まともにやりあっても勝ち目はない。少女はこれまでのやり取りでそう悟っていた。

 イャンガルルガは、鳥竜種の中でも群を抜いて危険なモンスターだ。強力な毒と、イャンクック以上の身体能力。そして異常とも言える狂暴性を秘めている。戦うことを楽しんでいるのではないか。書士隊にすらそう思わせるほど好戦的なモンスターなのだ。

 クックシリーズに精鋭討伐隊盾斧。それが彼女の装備だった。駆け出し下位ハンターのそれである。イャンガルルガに挑むには、些か心許ないだろう。

 じろりと、傷だらけの顔で少女を捉えるイャンガルルガ。その仕草に怖気でも走ったのか、少女は冷や汗を垂らした。健気にブーメランを振っていたアイルーも、思わず顔を青ざめさせる。

 

「ひぅっ……に、逃げるわよ、シロナ!」

「てやんでぃ、了解だぁニャ!」

 

 慌てて武器を納刀し、踵を返すように逃げる少女。黒狼鳥に背を向けて、全速力で走り出す。忙しなくその様子を窺いながらも、脚は決して止めないで。

 

「ニャッ!? ちぃ!」

 

 空いた距離を一瞬で詰めたイャンガルルガ。凄まじい跳躍力で舞い上がったと思えば、その鋭い嘴を大地に突き立てる。シロナと呼ばれたアイルーごと、貫通させかねない勢い。それを、彼は寸でのところで躱す。

 それをも見越していたのか、イャンガルルガは凄まじい速度で首を振り動かした。左に飛んだアイルーを捕捉し、再度その嘴を振り下ろす。

 

「ニャあッ!」

「シロナ! こんの……っ!」

 

 吹き飛ばされるオトモを見ては、怒りを露わにする少女。逃げる足を止め、背中の柄に手を掛けた。そうして、一心に黒狼鳥へと叩き付ける。その巨大な盾を、斧へと変えて。

 しかし、所詮は駆け出しハンターの足掻き。百戦錬磨のイャンガルルガにはお見通しだったのかもしれない。

 

「うわっ……!?」

 

 バックジャンプ。振り下ろされるそれを、奴は後ろに飛んで躱した。けたたましい咆哮と共に。

 耳を裂くような咆哮と、身体の自由を奪う風圧。それを同時に叩きつけられ、目の前の少女は体勢を崩した。重い斧を落とし、力なく尻餅をつく。跳躍を、そのまま飛行に繋げるイャンガルルガを目にしながら。迫り来る恐怖に、歯を震わせながら。

 

「お嬢―ッ!」

「きゃあっ!!」

 

 少女の悲痛な声が、樹海を木霊した。切り裂かん如き勢いの尾に打ち付けられ、そのか細い体が宙を舞う。

 アイルーの悲鳴と共に、その体は地に墜ちた。力なく、受け身もとれず。必死の形相で彼女の元へ走り行くネコ。無情にも、イャンガルルガはそこに火を落とす。

 

「うっ……シロナ、逃げ……て」

「ニャ、ニャに言ってんだ馬鹿! 逃げられるわけねぇニャ!」

 

 燻らせた火を口内に蓄え、熱と光を湛え。そうして、少女を、彼女を庇うアイルーを。一直線に焼き払おうと、黒狼鳥は雄叫びを上げた。

 弾けかねない熱量に、大気が焦げる。

 何かが焼ける、鼻を突くような臭いが立ち込める。

 火薬の香りが撒き散らされる――――。

 

「自爆しろォ!」

 

 突然、男の声が入り込んだ。かと思いきや、宙を舞う小振りのタル爆弾が現れる。それがゆったりと、しかし確実に。弧を描くように、イャンガルルガの前へと躍り出た。

 弾け飛ぶ火球が、目の前のタル爆弾へと触れる。同時に、凄まじい閃光が樹海を駆け巡った。

 

「ギャゥッ!?」

「ハッ、馬鹿が! 昼寝の恨みだオラァ!」

 

 高台から舞い降りた、黒ずんだ鎧。マントを棚引かせるその影は、燃えるような緋色の剣をイャンガルルガの紫色の鎧へと振り抜いた。溢れる橙色の煙も気にしないで、その甲殻を連打する。

 

「旦那さん! これも追加にゃ!」

「よしきた!」

 

 片手剣を、まるで剣状態の剣斧の如く両手で持つそのハンターは、白い髪を揺らしながら果敢に黒狼鳥を刺激した。その突然の乱入者に、イャンガルルガは視線を移す。激しく自らに襲い来る者。好戦的な奴の気を引くには、十分な条件だった。

 そこへ、大タル爆弾を投げ入れる白い影。一匹のアイルーが、その体より大きな爆弾を、懸命に投げ入れる姿がそこにあった。

 飛んできた爆弾に向けて、白髪のハンターは跳ぶ。すかさず追い掛けるイャンガルルガの様子を窺いながら、左手に持ち直したその片手剣でタルを切り裂いた。

 

 先程の火球以上に凄まじい熱波が、樹海に咲いた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「大丈夫かにゃ?」

「ニャ、た、助かりましたニャ……有り難うございますニャ」

 

 しつこく狡猾な黒狼鳥。それをやっとのことで仕留め、血抜きして、大木の傍で(うずくま)る少女とアイルーの所へ駆け寄った。

 消息を絶ったバルバレの下位ハンター。十中八九彼女のことだろう。

 

「……外傷は幸い酷くはない。けど、毒か……」

「ニャ、フレアお嬢さん……大丈夫ですかニャ?」

「ん……ごめんね、シロナ……。誰か来てくれたの……?」

 

 苦しそうに眉を歪ませる少女は、荒い息で瞼を開けた。

 先程とは打って変わって、やたらと縮こまって話すシロナと呼ばれたアイルー。そんな彼に向けて、フレアと呼ばれた少女は弱々しく笑う。血色が悪い、呼吸が荒い、手足の力が抜けている。典型的な毒の症状だった。

 大きく破損したクックシリーズ。大破はしたものの、これによって致命傷を刻まれることはなかったようだ。それでも、ご丁寧に毒を塗り込まれたようだが。

 

「救援だ。何はともあれ、命はあるみたいだな」

「あ、あたしを助けに……? あ、ありがと、ございま……す」

「む、無理しちゃだめにゃ! で、でもどうしよう。解毒薬は持って来てないにゃ……」

「ボ、ボクが解毒笛を習得さえしてれば、ニャ……」

 

 白い毛並みのイルルが、同じく白い毛並みのアイルーと共に一人の少女を心配している。装備は違えど、どちらも雪のように綺麗な毛並みだ。

 一方の俺は、何ともなしにポーチを開いた。解毒薬こそ持って来ていないが、それに関連するアレを先程草むらで採取したような。

 

「あ、げどく草」

「にゃっ、ナイスタイミング。早速渡すにゃ!」

 

 手にしたそれを見ては、イルルは嬉しそうに尻尾を立たせる。そうして、それを受け取ろうと俺に向けて手を伸ばし――。

 危うく取られたかけたそれを守るように、右手を振り上げる。彼女の手が届かない高さまで。

 

「……? にゃ、それは何のつもりにゃ?」

「イルル、ちょっと待て」

「……何でそんな嫌そうな顔してるんだにゃ」

「悪いがこれは今日の飯に使うつもりなんだ」

「……にゃ?」

「食べるなら、料理ができるまで待て」

「にゃ──っ!?」

 

 俺のその言葉に、イルルは絶叫。シロナと呼ばれたアイルーは泣き始める始末。フレアと呼ばれる赤髪の少女は、ふっと力が抜けたように目を閉じた。

 その様子を見ては尻尾を膨らませるイルル。必死の形相で俺の脚にしがみつき、抗議の声を漏らす。

 

「何でにゃ! 今すぐげどく草を渡せばいいにゃ!」

「げどく草単体では不味い。料理した方が美味いだろ」

「にゃっ? そんな理由かにゃ!?」

「他にもまぁあるけど……やっぱ味の問題かな」

「あ、味の?」

「てなわけで、早速作ろうじゃないか」

 

 

 

 

 血抜き処理をしたイャンガルルガ。

 斬れ味抜群のレギオスナイフを用い、その邪魔な頭や翼を削ぎ落とす。足ごと甲殻を剥がし、その中で眠る肉を露わにしていく。

 同種の中では比較的小柄なその体躯は、毒々しい甲殻で如何にも鳥らしい肉を隠していた。

 

「にゃ、何か……鶏肉っぽいにゃ」

「所詮コイツも鳥竜種。鳥だかんな」

「でも……こんないっぱい素材使ってもいいのにゃ? ギルドの職員さんに、剥ぎ取り過ぎって言われそう……」

「無理矢理働かされてるんだぜ? これくらいはいいだろ別に」

 

 レックスZメイルのマントを剥がし、丸めたそれを枕にする。それに頭を置いては眠る少女と、彼女の看病をするアイルー。滲む汗を拭う彼に看病を全て任せ、俺は料理に専念する。

 剥いだ胴体からは邪魔な内臓を抜き取り、香辛料を塗り込んだ。同時に溢れ出る生臭い肉の香りが、益々鳥らしさを感じさせる。

 俊敏に暴れ回るイャンガルルガ。その生態だけあって、肉はよく締まっていた。

 

「しっかし、G級相当個体だろうなぁコイツ。レックスZも傷だらけだ」

「こんなのに鉢合わせるなんて、あの子たちも災難にゃ」

「全くだ。……さて、香辛料はこんなもんか。しばらく寝かせると味が整うぞ」

「し、しばらく……? それって、どれくらい……」

「ざっと半日」

「にゃ? 半日っ!?」

「も、もっと早くしてくださいニャ! お、お願いします、ニャ!」

 

 看病していたシロナも、思わず目を丸くした。イルル同様必死の形相で、俺に抗議の声を上げる。にゃーニャ―というネコの抗議が、俺に集中砲火した。

 

「わ、分かったよ。……美味しいのに」

「今はあの子の命の方が先にゃ!」

「はいはい……」

 

 内臓が抜き取られ、虚ろとなったその体。そこにげどく草を詰め込んで、肉の切れ目に蓋をする。中のげどく草が抜け落ちないように、その切れ目を糸で固く縫い合わせてはその入り口を丁寧に絞った。

 ここでのコツは、げどく草をみじん切りにしておくことか。細かく、口に入れやすくした方が、全体の食感を阻害しないのだ。

 

「じゃ、最後はローストだ。よろず焼きセット出してくれ、イルル」

「分かったにゃ!」

 

 寝そべるポーチから、よろず焼きセットを漁り始めるイルル。

 その一方で、俺は再び彼女たちの様子を見に行った。荒い呼吸の少女は、未だ苦しそうに口元を歪めている。看病するアイルーも、あわあわと狼狽えるばかりだ。

 

「調子はどうだ?」

「ニャ、さっきまで熱くて、で、でも今は冷たくて……ウニャ」

「体温低下……? ちょっと失礼」

 

 少女の額に手を当てる。自分の体温と比べてみても、確かに彼女の体温は下がりつつあるようだった。毒の影響で免疫機能も疲労困憊なのだろうか。

 

「よし、取り敢えずお前……シロナだったか? この子の首筋にくっついてやりな」

「ニャ、ボ、ボクがですかニャ!? そ、そんな恐れ多いこと、お嬢さんに……!?」

「お前の雇い主なんだろ? いいからいいから。ネコの体は温かい。首筋を温めればそれは全身に回るから」

「ニャ、わ、分かりましたニャ……。お、お嬢さん、失礼しますニャ……」

「それとイルル、この子の傍で肉焼くぞ。熱源は近い方が良い」

「にゃー、了解なのにゃっ!」

 

 よろず焼きセットを担いでは、横たわる彼女の隣にそっと設置。そうして火を()べるイルルに、俺はそっと微笑んだ。

 肉焼き用貫通棒に、げどく草詰めイャンガルルガを突き通す。げどく草が入った部分を避けながら、その肉の頭から足まで一直線に貫いた。重く鈍いそれを、そっとセットに乗せる。年季の入ったその機器は、弱々しい悲鳴を上げた。

 

「さて、じっくりローストだ!」

「にゃー!」

「お、お嬢さん……調子はどう、ですかニャ……?」

「……何か、凄く良い匂いが、するわ……」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「――完成だ!」

 

 焼き上がったそれは、茶色とも焦げ茶色とも言えぬ、風情ある焼き目を浮かべている。

 溢れる香りは何とも芳ばしく、勇ましい。そんな肉の香りの中に、わずかならがもげどく草の透き通るような香りも混ざり、非常に奥深い匂いだった。

 

「さ、早速ハンターさんに食べてもらうのにゃ!」

「お、お嬢さん! 口を開けて、くださいニャ……!」

「……え? な、何……」

 

 噛めばジューシー。呑み込めば芳醇。溢れ出る脂は風味良く、量が多く、されど後味も悪くなく。あの毒々しいイャンガルルガとは思えない、上品な味わいがそこにあった。

 肉厚で弾力性のある食感に、如何にも肉らしい味わい。噛めば噛むほど柔らかくなっていくそれは、噛めば噛むほど旨みを拡散させていく。大した味付けをしていなくても、ここまで濃厚な味が出せるとは。鳥竜種の食材としての威厳を、何ともなしに感じてしまう。

 

「ど、どうですかニャ……?」

「あ、脂が濃厚……うっ、お、美味しいわ……あぅ」

「だ、旦那さん!? これ病人に食べさせる料理じゃないにゃ!?」

「思ったより味濃いな、確かに」

 

 イャンクックが比較的淡泊なために、イャンガルルガもそうかと思えば――どうやらこちらは話が違うようだ。

 濃厚で、芳醇とも言える脂。引き締まり、豊かな肉質なこの歯応え。

 確かに、病人には不適切な料理かもしれない。至って健康なら、いくらでも食べたい味わいではあるが。

 

「ん……でも、少し顔色良くなったか?」

「ニャ、す、少しずつ温かくなってきた……ような気が、しますニャ」

「にゃー、回復笛吹くにゃ」

 

 そう言っては、イルルは背中のポーチに手を伸ばそうとして――。

 突然、硬直した。腰に入った笛と、目の前にある香しい骨付き肉。それを見比べては、鼻を鳴らし、喉を鳴らし。終いには、肉を手に取った。

 

「……美味しいにゃ。噛み応え抜群、脂も濃厚! 呑み込めばするんと落ちていって、肉の味わいをよく残してる! その中に染み込んだげどく草はちょっと爽やかさを残してて、くどすぎることもないにゃ!」

「だろ? そうそう。げどく草ってさ、単体で食っても効能はあんまないんだ。料理なり、調合なりしなきゃ、な」

「にゃあ、だから料理にこだわってたのかにゃ……」

 

 げどく草は、肉の中で形を残している。奥の方を切り裂けば、肉とげどく草のコラボレーションが見られるのだ。まさに香草焼き。植物由来の優しい香りも相まって、とても風味豊かだ。

 また、じっくりローストしたために、げどく草の味わいが脂に溶け、肉に染み込んでいる部分もある。爽やかな味が、肉が肉らしさに走るのを、軽く留めているようだった。その粋な計らいが、これまた憎らしい。

 

「ニャ……あ、あの……」

「にゃ~……はっ! か、回復笛回復笛!」

 

 慌てて吹き鳴らされたそれ。樹海に響く回復の音色が、聴くものの心を癒してくれる。その美しい音色がまた、美しい味を引き立てた。

 

 

 

 

 

「ふぅ、随分楽になったわ……。ありがとっ、料理人さん!」

「随分とまぁ平らげやがって。全然満足に食えてないんだが」

「にゃ。この子の体調が良くなったんだから、ここは喜ぶところにゃ!」

「ニャア、お嬢さん……ほんとに良かったニャ……!」

 

 目を覚ました少女は凄まじい勢いで肉を喰らい、何とか回復したようだった。

 先程までの死んだ表情がまるで嘘のよう。快活に笑っては、俺に礼を言ってきた。肉のカスを顔に幾つか残しながら。

 

「……ま、いいけどさ。よく食う奴は好感が持てる」

「お嬢さん、こ、この方は料理人じゃなくてハンターさんです、ニャ。ボクたちを助けに、来てくれたんですニャ」

「え! そ、そうなの!?」

「……ハンターの鎧着込んだ料理人って、何それ新しいにゃ」

 

 呆れたようにイルルが呟くと、シロナというアイルーは困ったように髭を揺らした。

 一方、そのオトモの言葉を聞いた少女は、驚きの表情で顔を埋める。信じられないと言わんばかりに目を見開き、そうかと思えば俺の両肩を突然掴んできた。

 

「ハ、ハンター? つまり私の先輩に当たるってわけね!」

「うお、何だ急に。先輩だったら何だよ一体……」

「どうしたら強くなれるの!? 貴方、さっきのモンスターを倒せるくらい強いんでしょ?」

「……あ? 強く? 強くなりたいってか?」

「私が目指してるのはもっと高みにあるハンター。今のままじゃてんでダメ。もっと、もっと強くなりたいの!」

 

 迷いない瞳で、俺の目をじっと見てくる少女。熱意と、真摯さと、意志の強さが、そこにあった。純粋に何かを目指している、強い目標を抱いている、そんな印象を抱かせる。

 その大きな瞳には、曇りがない。俺やトレッドのように、復讐心で動くような腐った人間ではないことが分かる。何というか、希望に満ちているような。そんな綺麗な瞳だった。

 

「……あー、こういうのは苦手なんだがな。まぁ、知り合いの受け売りでも教えてやるよ」

「ほんと? そ、それはっ!?」

「――規則正しい睡眠と食事。これに限るってな」

 

 

 

 

 

 

 お礼を言っては竜車に乗り込む少女とアイルー。竜車の行く先はバルバレ。俺と彼女はここでお別れだ。

 ギルドの気球も訪れ、消息不明のハンターの無事も確認された。俺のクエストも無事達成し、何とか問題なく事を終えることができたようだった。

 ――剥ぎ取りし過ぎだと、ギルド職員に文句は言われたが。

 

「……旦那さん。さっきのアドバイスって」

「ん、山菜ジイさんが言ってた言葉だよ。食生活を改善して、生活リズムを正し、適切な運動を行えば、自ずと強い身体が作られるって。……ハンターだし、最後のは省いたけど」

「やっぱりあの人の言葉なのにゃ……」

 

 そう言っては、イルルはクスクスと笑い始める。まるで俺の言動が可笑しかったかのようなその仕草。何だかくすぐったい感じがした。

 

「な、何だよ……」

「にゃ、惰眠を貪ってた人が規則正しい睡眠って言っても、説得力ないにゃ?」

 

 まるで貫通弾のように鋭いその言葉。そんな彼女の正論を前に、俺には反論の余地が食べカス程もなかった。

 一方、バルバレのとある少女ハンターは、この日を境に食生活と生活習慣を見直すようになったらしいが、これはまた別の話である。

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ローストイャンガルルガ』

 

・黒狼鳥    ……1羽

・香辛料    ……適量

・塩胡椒    ……適量

・げどく草   ……120g

 

 






新居のイメージは、ストーリーズのリヴェルトさん家です


元ネタは、ダンジョン飯1巻のローストバジリスク。そのパロディ的な構成でした。前からやりたかったのに、いつの間にか最終章。哀しいなぁ(諸行無常) ……本家のあのエルフっ娘、可愛い。フィオニルって名前らしいですね。可愛い。
登場キャラクターですが、彼女らはオリキャラではありません。西野吾郎氏著の、『天衣無縫のD』というタイトルのキャラクターです。勝手ながら、引用させてもらいました← だってまぁ、二次創作ですしお寿司。でもシロナのキャラが掴みにくい感じ。狩りになると性格変わる子らしいです。そんなこんなで、ゲストキャラとネタのパロディ煮込みな回となりました。

正直、かなり書き辛かった。執筆活動の難しさを噛み締める今日この頃。ではまた、次回の更新で会いましょう! 感想評価、待ってます。


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