禁断の果実といえば、アレですよね。
熱砂の温い風が、俺の頬を撫でた。
乾いた空気と、荒涼とした景色が囲うこの世界。水分が枯渇する過酷な世界、『砂原』は、本日も眩しいくらいの太陽によって灼熱の世界へと化していた。ジリジリと照り付くその日差しは、恐ろしいまでの熱を帯びているようだ。
クーラードリンクを飲んでいても、熱いことには変わりない。ましてやバルバレの調合機器がないこの環境だ。残念ながら、クーラードリンクは市販の、それも不味いものしか調達できなかった。体も、心も、熱と不味さが蝕んでいく。
「にゃ……旧砂漠とはまた違った景色にゃあ。変な柱が立ってる……にゃ?」
そんな暑さの中だというのに、イルルはピンピンとした様子で周囲を忙しなく見回していた。興味津々といった雰囲気の彼女の様子は、見る者を和ませる。
彼女もまたアイルーの端くれという訳で、環境適応能力は随一のようだ。流石はクーラードリンクもホットドリンクも必要としない種族。人間とは体の構造が根本的に異なるらしい。アイルーの中でも長毛の傾向があるイルルが、暑さをものともしないという事実には些か納得がいかないが。
「ん……あれはオルタロスの巣かな? ほら、あんまり乗り出すと危ないぞ」
「みぃ、にゃん」
足元が見えてなさそうなイルルにそう声を掛ければ、彼女は少し改まって俺の膝の上に腰を下ろす。
身を乗り出す。彼女がしていた動作は、まさにそれだ。
俺たちは何も、砂原を歩いて進んでいる訳ではない。ガタガタと揺れる竜車に乗って、この過酷な世界を切り裂いているのだ。アプトノス二頭が牽引するこじんまりとした竜車。個人輸送業を営む商人のそれに、俺たちも乗り合わせているのである。
「今のところ危険なモンスターもいないな。狩猟環境は安定、か」
「にゃ、大助かりにゃ。乱入なんてシャレにならないにゃん」
これまでも経路の中で、常に警戒は怠っていなかったが、特にこれといった危険なモンスターは確認できていない。精々リノプロスが鼻を鳴らしていたくらいで、ドスジャギィの姿さえ見当たらなかった。
ギルドからの情報でも、大型モンスターはある一匹のものを除いて、他には確認されていない。狩猟環境は安定。狩りをする上では、この上なくやりやすい状況だ。ましてや、行商車の護衛というこの状況ならば尚更である。
「おーい、ハンターさん。もうすぐ件のアイツがいる砂漠エリアに入る。準備してくれ!」
「お、そうか。イルル、そろそろキリンカチューシャつけときな」
「にゃー!」
アプトノスを操る男性――今回俺に護衛を依頼してきた商人から、そんな注意喚起が飛ばされた。
今俺たちが進んでいるのは、虫の巣が立ち並ぶ細い道であるエリア8。そんな道も次第に開け始め、続くエリア9──砂原屈指の大砂漠が見え始めていた。
そんなこんなで、俺はテオ=スパーダを腰に掛けながらイルルにも声を掛ける。元気よく返事をした割には、少しずれたままカチューシャを装着する彼女。その愛嬌ある姿に、俺は小さな笑みを零した。
「ほら、ちょっとずれてるぞ」
「みゅ、ふにゃあ……」
そんなズレを直そうと、俺は彼女の頭に手を伸ばす。するとふわふわとした、ネコらしい柔らかな毛並みが伝わってきた。いつもならずっと撫でていたいその毛並みだが、流石にこの乾いた世界ではそれも
何故イルルを満足に触れられないようなこの場所に、それも行商の護衛として来ているのか。それは数日前の出来事がきっかけだった。
◆ ◆ ◆
「面白いな、この団子」
「にゃ、この発想は無かったにゃ」
ユクモ村の北東部、集会浴場前の広場。そこに設置された足湯場で、俺とイルルは和やかにくつろいでいた。足は温泉につけ、手には饅頭のようなものを乗せて。
「みたらし団子……ねぇ。まさか大福みたいにみたらしを中に詰めるとは」
「これなら手も汚れないし食べやすいにゃ。凄いにゃ!」
そう、それは饅頭だった。
いや、正確には饅頭のように見えるみたらし団子。従来の串に刺さったアレではなく、みたらしに濡れたアレではなく。少し焼き目が付いた饅頭にしか見えないこれが、みたらし団子という名を欲しいままにしていた。
そのぷにぷにとした柔らかな食感は、中の空洞が液体で満たされていることを思わせる。そう、まるで大福のように。
「んじゃ、いただきまーす」
「いただきますにゃあ!」
そんな一つのかたまりを、そっと噛んだ。すると伝わる、その柔らかさ。もちもちとしたその食感は、やはり団子というより饅頭のそれに近い。組織が柔軟に、それでいて固くつながったその食感は、如何にも餅のような弾力性とほどよい生地の風味を醸し出していた。
そうして噛み続けると、その生地の間からとろりとした液体が溢れてくる。重く、粘り気のあるそれ。甘みと旨みを黄金比率で混ぜ合わせたそれ。噛めば噛むほど、ほぐれた団子と混ぜ合わさるそのみたらしは、団子の淡泊な味を濃厚な旨みで上書きしていく。
旨味と思いきや、仄かな甘みも光る味。ユクモらしいその味付けは、秋の紅葉で彩られた足湯にはピッタリだ。心なしか、温泉の湯気でこの風味が一層深まっていくような。そんな気さえしてくる。
「美味しいにゃあ。甘くてトロトロにゃあ」
「あぁ。うめぇなぁこれ」
恍惚そうな笑みを浮かべるイルル。その幸せそうな様子に、俺は思わず笑みを溢してしまう。
あのホットケーキ以来、どうにもこうにも肉っ気のあるものばかり作ってきたから、スイーツ好きの彼女にとってはたまらないのだろう。嬉しそうに尻尾をピンと立てた彼女は、その団子をぺろりと平らげてしまった。
みたらし団子をスイーツと称するべきかどうかは、俺もちょっと分からないが。
「……どうだい? あっしのオススメ、包みみたらしは」
「美味いよ、これ。相棒もすっごく喜んでるし。感謝するぜ、商人殿」
そんな俺たちの横で優雅に足湯に浸かる、中年太りにターバンを巻いた男性。俺たちに話があると、この包みみたらしを用意してまで近づいて来た商人だ。
人と話す機会を作るために、その人が好むものを用意し興味を湧かせる。中々の交渉術を垣間見せる男だ。どうやら、そこらの凡庸な商人ではないらしい。
「――で? 話ってのは?」
「そうだなぁ。あっしはしがない商人なんだが、ハンターさんに是非護衛を頼みたいんだ」
「にゃ、護衛……にゃ?」
思わぬワードに、イルルは不思議そうに首を傾げた。
無理もない。彼女が俺のオトモになってから、俺に護衛の依頼が回ってくるなど一度たりともなかったのだから。当然聞き慣れないのは俺も同じであり、彼女に合わせて俺もそっと首を傾げた。
「参考までに、何故俺なんだ? 他にもっと適任のハンターはいると思うが」
「……ハンターさん、アレだろ? チャナガブルの蒲焼を集会浴場でやったっていうあのハンターなんだろ?」
「にゃ……そんなこともあったにゃあ」
理由を尋ねたら、質問を質問で返された。それも、あの蒲焼のことを引き合いに出して。当時のことをよく知っているイルルは、それを思い出しては儚い溜息をつく。
「そうだな。確かに、それは俺だ。だが、それが一体?」
「食に理解があるハンターさんって、あっしはすぐ分かったよ。だからこそアンタに頼みたいんだ。……幻のリンゴ探しの、護衛をね」
幻のリンゴ。まるで悪巧みするような笑みで、彼はそう語った。
思えば、フルーツに手を出したことはあまりなかった。精々、料理のアクセントとして取り入れる程度のもので、基本的にはフルーツ自体の追求というのはあまり行なってこなかったように思える。だから、その話は俺を惹きつけるには十分な威力をもっていた。
――砂原には、それはそれは旨いらしい、幻のリンゴがあるんだぜっ。
以前共に狩りをしたイズモも、かつてそのようなことを話していた気がする。リンゴ好きな彼が言っていたのだから、その情報にはそれなりの信憑性がありそうだ。
「……詳しく聞かせてくれ」
「オーケー。助かるぜ」
彼の話はこうだ。
彼はとある商隊のメンバーで、そのグループはなんとリンゴ好きの商人によって構成されているらしい。彼らは商売をしながら各地を渡り歩いて、その幻のリンゴに関する情報を探し求めていた。しばらく不毛な日々が続いたそうで、グループ解散の危機も訪れたようだが――――。
「だが、そんな日々に光明が差した。砂原の奥地のオアシスで、それらしきものを見たという情報があったんだ!」
「にゃあ、なんでまた辺鄙なところに……」
「……それで、俺にその護衛をしろと?」
そう確認すると、彼は神妙な顔つきで頷いた。その瞳には、嘘の色は一滴も見えない。山菜ジイさんや、イズモや、"アイツ"と同じ、美食に強い関心を示すその色が、彼の瞳に灯っていた。
「……実は、付近にモンスターがいることが確認されてるんだ。それも非常に獰猛なハプルボッカだと」
「はーん、成程。要は俺がそいつを引き付ければいいって訳か」
ハプルボッカ。
海竜種の癖に砂漠のような乾燥地帯を好むという奇異なモンスターだ。砂の中を自由に泳ぎ回り、そのあまりにも巨大な口でモンスターを丸呑みにする、大食漢とも称されるモンスター。奇しくも美食の前に立ち塞がるとは。何とも皮肉なものだ。
「報酬は? おっと、金じゃないぜ? 俺たちもそのリンゴを食えるんだろうな?」
「……あぁ! 発見した暁には、必ずハンターさんたちの分も用意すると約束しよう!」
「その言葉を待っていた! よっしゃ、乗るぜこの依頼!」
よく日焼けした彼の腕が、俺の固い腕を握り締める。固い固い握手が、この足湯の上で組み広げられたのだった。ちゃぽんと、足湯の湯が跳ね、ひらりと紅葉が湯に舞い降りる。
足湯に咲いた、熱い熱い男の握手。そんな奇妙な光景を黙って見ていたイルルは、また一つ、困ったような鳴き声を上げるのだった。
◆ ◆ ◆
――シグさんっ、今日狩りに行くのは……ハプルボッカ? えっと、潜口竜……だっけ。あのモンスターはすっごく大きく口を開けてご飯を食べますよね。あれじゃあ、お腹の中も砂でいっぱいになっちゃいそうですっ。……え? 私みたい? も、もう! 私はもっと上品に食べますよ! だったらこんがり肉を出してください! 証明しますから!
熱い熱い熱砂の中で、いつか聞いた声が頭の中を跳ね回った。
冷やかしたらムキになって俺からこんがり肉を奪い取った彼女。そんな彼女のように、大きく口を開けて飛び出す影。
「おっ……おわぁッ!?」
「だ、旦那さん!」
突如地面から飛び出たその口は、まるであのオルタロスの巣のように、高く高く聳え立つ。
厳つい甲殻に覆われた背中。青い斑点模様が妙に毒々しい腹。あまりにも不釣り合いな大きさの頭に、それに対して貧弱過ぎる手足。奴の体が、今露わになった。
潜口竜、ハプルボッカ。砂漠の大食漢だ。
「出たな……」
「にゃ……な、何このモンスター……!?」
あまりにも突飛なその外見に、イルルは唖然と立ち尽くす。地面から現れたのが巨大な口だったのだ。驚くのも無理ないだろう。
そんな彼女を余所に、ハプルボッカのその鮮やかな腹を二、三度斬り付けた。肉の抵抗が弱々しく、どこか柔らかい感触がテオ=スパーダを通して感じられる。やはり腹が狙いどころのようだ。
「おっと……」
すると奴は、そんな衝撃が気に障ったのか、その巨体を俺に向けて振り下ろしてくる。思わぬボディプレスが俺の視界を覆い尽くした。
声とも、超音波とも言えぬ奇妙な声。言葉に言い表せないその声が、舞い上がる砂に溶けていく。
「チッ、あぶねぇなアイツ」
「にゃ、何だかチャナガブルを思い出させられるにゃ」
「アイツもコイツも海竜種。海とはこれ如何にってか?」
埋める体を少しだけ砂から出し、耳のような、
「旦那さんがたくさん斬り付けて、ボクもたくさん攻撃してるのに……全然堪えないにゃね」
「……つーよりは、痛み感じてんのかアレ。理性も吹っ飛んでそうだけど」
他の海竜種と比べれば、幾分かは大人しい傾向がある潜口竜。しかし、目の前の奴はそうでもなかった。
出会った瞬間から極度の興奮状態に陥っており、俺たちを感知した瞬間すぐに襲い掛かってきたのだ。遠くを歩く竜車には目もくれず、目の前の俺たちしか見えていないかのように。
「……ボクが小タル爆弾投げただけで激昂したにゃ、すごい獰猛にゃ」
「ま、そのおかげで商隊には影響なさそうだけどな。おら行くぞ!」
ずずず、と砂を押し退けて潜行するその背中に向けて、俺は片手剣を振りかざす。減気の刃薬を塗りたくられたその刀身から、鈍い感触が震動になって手に伝わってきた。背中を打ち付けるそれは
そう、十分なのだが――――。
「一向に疲れる気配見せないにゃ、どうなってるんだにゃ!」
「怯むな! だったら動きを止めてやればいい!」
全く怯まず、大口を振り翳すハプルボッカ。俺の背丈並のその顎に、イルルは危うく跳んで逃げる。砂と大気を弾き飛ばすその歯の力から、鋭くも重い歯の衝突音が奏でられた。
スタミナが無尽蔵にでもあるのかと、そう思わせる奴。疲労の色は無色透明で、ただただ狂暴性だけがそこにあった。極度の空腹でも抱えているのだろうか。
「おらよ!」
そんな奴の口の中に、俺はアレを投げ入れた。
薄い円盤のようなその機械。音を立てて淡い光を放つそのアイテム。一般的にシビレ罠と呼ばれるそれを、俺は地面ではなく奴の口の中に設置したのだ。
「にゃ、にゃあ!? そんなとこに!?」
「ハッ! シビレ味一丁まいどありぃ!」
口の中にそれがあるとも知らず、勢いよく口を閉じたハプルボッカ。それで麻痺毒の針が刺さったのか、奴はまるで魚のように全身を痙攣させた。飛び上っては体勢を崩し落砂する。ようやく見せたその隙は、反撃の絶好の機会だった。
「にゃにゃにゃにゃ!」
怒涛のラッシュを繰り広げるイルルは、これが本命と言わんばかりに大回転を始める。飛び上ったその体を、まるで歯車のように振り回し、潜口竜の皮膚を削るように斬り裂いた。まさにネコの大車輪。
そんな相棒に負けじと、俺はブレイドダンスを繰り広げる。減気の効果を含んだ刀身が、縦横斜めと繰り広がられる斬撃に上乗せされた。踊るように振る剣を、とどめと言わんばかりに奴の脳天に突き立てる。
「まだまだァ!」
甲殻を割るように刺さるその剣を、右から左へと、力のままに振り抜いた。
大きく肉を抉り、甲殻を剥ぎ飛ばすその斬撃。同時に飛んだ減気の衝撃が、とうとう奴の脳を打ち鳴らす。
「プガァッ!?」
そんな奇妙な声を発しては、奴は再び崩れ落ちた。巨体が埋もれ、砂が金色に舞う光景が何とも美しい。
「やったにゃ、スタンにゃ!」
「イルル、新しい爆弾の準備を頼む!」
がら空きになったその頭部に、休みなく斬撃を繰り広げる。その傍らで、喜んで飛び跳ねるイルルに声を掛けた。
これまで数発爆弾を使ってきたせいで、生憎俺の手持ちはもう残っていない。残りは少し離れた場所に安置している大タル爆弾Gだけだ。
「分かったにゃー!」
そう元気よく返事をしては、彼女は四つん這いになって走り出した。地面を蹴る度に、金色に光る煙を上げる。
頭に星を並べながら、迫る斬撃を受け入れるハプルボッカ。と思いきや、突然体を動かし始める。意識を取り戻したかと思えば再び激昂し、荒い鼻息を撒き散らすその姿に、俺は思わず盾を構えてしまった。
「チィ、起きるの早いっつの……!」
荒れ狂い、大量の砂を撒き散らす奴から距離をとってはそう悪態をつく。しかしそんなことも露知らず、ハプルボッカはその耳のような鰓のような何かをパタパタとはためかせて――。
ふと、爆弾を取りに行ったイルルの方に目をやれば、そこにはせっせと爆弾を運ぶ彼女の姿があった。懸命に、重いそれを運ぶその足取りは乱雑で、砂の音を大きく立てている。
「プァァッ!」
ハッと、奇声を
ただ大量の砂が、地面を掛け分ける姿だけがそこにあった。一直線に、イルルに向かって。
「イルルッ! そこを離れろ!」
「にゃ――みゃぅ!?」
俺の声に反応して顔を上げた彼女。ずんずんとこちらに迫る巨影に気付いては、何とも奇妙な叫び声を上げる。だが焦ってもたついているのか、彼女の退避の動作はとても遅い。このままじゃ間に合わないのは、火を見るよりも明らかだ。
「……チッ、いくら小さくても――――」
呟いた時には、もう走り出していた。走りながらベルトにぶら下げた小タル爆弾を手に取って、それを起動しながらそっと背後に投げ入れる。
砂漠に響く破裂音。耳を
同時に感じる、焼けるような背中の痛み。そして、俺を力強く押してくれるその爆風。
「痛ぇんだよ畜生!」
爆風をものにしたその加速力が、俺と奴の距離を大きく縮めた。
砂を掻き分けるその衝撃のまま、一気に走り込んでイルルを突き飛ばした。
「にゃっ、旦那さんっ!?」
もたつく彼女は弧を描いて飛び、すとんと尻を砂に付ける。微かに黄砂が舞い上がった。
彼女を無事、ハプルボッカの射線から逃した。そこまではいい。
だが俺は?
彼女を失った空間を埋めるように、その場所には俺がいて。大タル爆弾Gと共に、俺が奴の目の前にいて――――。
「あっべ……」
「だ、旦那さーんっ!!」
彼女の悲鳴に応じるように、視界が黒に反転する。
爆弾と共に押し込められた世界の中は暗く、狭く、そして臭かった。ハプルボッカの口の中は砂まみれもいいところで、お世辞にも綺麗とは言えないだろう。
「チィ……糞が。アイツの言ってた通りじゃねぇか……ッ!」
お腹の中まで砂でいっぱい。彼女の想像の通りだ。
舌も、喉も、口蓋垂も、喉頭蓋も。ここから見える口腔のほとんどは、煌めく砂でまみれていた。とてもじゃないが、これは食えたものじゃないだろう。
「……いっちょ、派手にやるか」
噛み潰される前に、飲み込まれる前に。素早く片手剣を抜刀しては、右手の盾を構えたまま鋭く突き出した。目の前の、大タル爆弾Gに向けて。
瞬間沸き起こる熱と炎の奔流は、火山の噴火の如く俺と潜口竜を焼き始める。まるで石窯で焼かれているかのような気分だ。右も左も、前も後ろもない。強烈な熱と衝撃は、掲げる右手だけではあえなく吹き飛ばされてしまいそうだ。
というか、それが目的なのだが。
「――――うおッ……!」
「にゃ、旦那さあぁぁんっ!」
突然視界が反転した。白と青と金のコントラスト。
乾いた世界へと、外の世界へと景色が変わっていた。炎と煙の軌跡が俺の体から伸び、その元となったハプルボッカは馬鹿みたいに大口を開けては半身砂から出し、苦しそうにもがいている。
「イルル、釣竿だ! ルアーをアイツに投げろ!」
「にゃっ、にゃ? にゃ……にゃっ!」
だが、抜け出たことをそう喜んでもいられない。未だ奴の真上を漂い続ける俺は、俺を見ては尻尾を立てて泣き喜ぶイルルにそう声を掛けた。
一方の彼女はその突然の命令に戸惑いながらも、ポーチからネコ用の竿を取り出す。小さな小さなその竿を、もがく奴に向けてびゅんと振った。
「にゃ-! 暴れるにゃあーっ!」
彼女はそう吠えては、食らい付くハプルボッカと格闘を始める。猛烈に暴れる潜口竜と、力いっぱい竿を引くアイルー。その勝負はまさに一進一退で、まるで綱引きのようでもあった。
そんなハプルボッカの背中に向けて、俺は剣を抜いた。爆風をモロに浴びて軋む盾を振り捨てて、そこに収められていた剣を引き抜いて。
俺を掴む重力のままに、俺は体に力を込める。何度も刃打ちをしたその左右の剣を逆手に持ち替え、今度は身体を捻った。腰から腹へ、腹から肩へ。そうして生まれたその螺旋は、まるでハリケーンのように、左右の剣を一迅の風へと変えたのだった。
「うらぁッ!」
「にゃっ……す、凄いにゃ!」
無理矢理空中回転乱舞を繰り出した俺は、そのままハプルボッカを叩き伏せる。突然の上顎への衝撃に、奴は無理矢理口を斬り閉められて。
その隙が王手となった。抵抗を失った奴を、イルルが引き揚げたのだ。青く赤い空の中を、青い青い腹の奴が悠然と泳ぐ。
澄み渡る青い空に舞い散る、鮮やかな赤。刃打ちによって撒き散らされたその赤は、テオ・テスカトルお馴染みのあの粉塵だ。それが色のコントラストを映し変えるように、舞い上がるハプルボッカに反応しては白く染まり始める。
「……汚ぇ花火だ」
砂漠を燃やす轟音が、撒き散らすように響き渡った。
◆ ◆ ◆
「ハンターさん、おつかれ。あったぜ、二個しか成ってなかったけど」
「おぉ……!」
「にゃあ……!」
無事ハプルボッカの狩猟を終えて、煙の上がるオアシスに訪れてみれば。
そこには満面の笑みを浮かべた商人の姿があった。手に、何とも巨大なリンゴを持って。
「デカいな……。それが噂のリンゴか?」
「あぁ。潜口竜の住まうオアシスで確認される幻のリンゴ、ハップルアップルだ! とうとう見つけたぞ」
「ハップル……アップル?」
言葉遊びのようなその名前に、イルルは少し首を傾げる。思ったよりも安直だと思ったのだろう。彼女の表情はやや納得がいかないといったところで、鼻をヒクヒクと動かしてはそのリンゴの匂いを嗅いでいた。
ハップルアップル――聞いたことがある。これは旧砂漠の方の情報だが、砂漠のどこかのオアシスに、誰もが唸るようなリンゴがある、と。梨派の人間たちをリンゴ派へ寝返させるリンゴがある、と。
誇張が十分に含まれたその噂だったが、そのリンゴは確かに存在すると言われていた。それが、これか。
「ここまでデカいとは思わなかったぜ。早速いただいても?」
「あぁ、これが獲れたのはハンターさんたちのおかげだ。是非食べてくれ」
「にゃ、いただきますにゃ」
鮮やかな赤に、両手でも収まり切れないほどの大きさ。太陽の光を享受するそれは、温かな輝きに包まれて。オアシスの景色を反射するその色は、穏やかな輝きを放っていて。そうして確かにここに存在するこのリンゴは、圧倒的な存在感を放っていた。
貴重な一個を贅沢にも三等分したそのリンゴ。外側の鮮やかな赤とは対照的に、内側は穏やかな色に染められていた。白とも黄色とも言えぬ薄い色に、みずみずしい感触。えもしれぬ甘みがその中で眠っていると、その表面を見て俺は確信した。
そうして、そのリンゴをそっと、いや、豪快に
噛むと伝わるその食感。張りのある固さに、弾力性のある味わい。噛むのが楽しく、噛めば噛むほど甘みが溢れてくるのでそれがまた楽しくなる。まさに無限ループ。種から木になり、そこから実がなって再び種が出来るような、そんな味の循環を、このリンゴは俺の舌に刻んでいた。
「にゃあ、甘くて爽やかにゃ。シャリシャリしてて美味しいにゃ!」
「随分と質の良いリンゴだな。そうそうないぞこんなもの……」
「……っ……っ!」
イルルは甘い声で鳴き、俺は思わず感嘆する。そうして見やれば、商人の彼はといえば感極まったかのように涙ぐんでいた。押し殺した声を漏らしながら、俺たちに向けて頭を下げてくる。
「ほんとに……っ! アンタたちに頼んで良かった! これであっしは、あっしらは……っ!」
積年の願いが成就されたのだ。感動するのも無理ないだろう。
しかしまぁ、頭を下げるほどのことでもない。俺たちはやれることをやっただけなのだから。
「にゃ、頭を上げてくださいにゃ!」
「そうだよ、気にすんな。こっちこそ有り難うな。こんな美味いリンゴを教えてくれて」
イルルがぶんぶんと首を振り、俺もそれに便乗する。彼の肩をポンポンと叩き、そっとビンを突き出した。
砂漠のお供、クーラードリンク――用のビンに詰めた達人ビールを大きく掲げる。
「それよりも、このリンゴ獲得を祝して、一杯やろうぜ!」
その夜、砂原はどんちゃん騒ぎに包まれた。ハンターと、アイルーと、商人によるリンゴを讃えた小宴会。持参した酒やつまみでオアシスを染め、長い長い夜を過ごしたのだった。
クーラードリンクに達人ビールを意識するあまり、ホットドリンクを忘れた俺らが後に地獄を見たのは、また別の話である。
~本日のレシピ~
『ハップルアップル』
・ハップルアップル ……1個
解散しそうな商隊グループ、その名をスマップルというそうな。全体的にネタ入れ過ぎなんだよなぁ。
今回はモンスターハンタークロスで登場したハップルアップルという食材が主人公です。とても大きいらしい。それにまつわるモンスターが獰猛化ハプルボッカだったので、今回はそれに合わせて一応獰猛化個体にしてますが……特に意味はありません。獰猛化ネタは、どうしてモンスターが獰猛化したのかの解がなければ扱いにくいですね。カプコン答えあくしろよ。
閲覧有り難うございます。