モンハン飯   作:しばりんぐ

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クルペッコ先輩オッスオッス!





徒花に実は生らぬ

 

 

「クエックエッ!」

「……あー」

「……にゃー」

 

 目の前で、踊る尻。

 赤と、緑と、青と、黄と、白と。

 様々な色が交差する、その鮮やかな色彩。華やかな羽毛。踊るように体を捩らすその姿は、まるで求愛する鳥のよう。紅彩鳥と呼ばれるそのモンスターは、奇しくもジャングルで見るような鳥の姿を彷彿とさせた。

 惜しむらくは、ここがジャングルではない点だろうか。

 

「何かおちょくってるみたいだな」

「……馬鹿にされてるような気分だにゃ」

 

 奇声を発しながら踊り狂うその姿には、少しばかりの苛立ちを感じてしまう。

 そんな俺たちに構わず踊り続けるクルペッコ亜種。俺たちのことをまったく気にしないその素振りも相まって、何だか小馬鹿にされているかのようだ。

 

「ちっせえ癖にデカい態度取りやがって……焼き鳥にすっぞ」

「クエッ……」

「にゃ、にゃあ……」

 

 片手剣、テオ=スパーダに減気の刃薬を塗りたくりながら、吐き捨てるように言った俺の言葉に、少し顔を引きつらせる紅彩鳥。大きな態度を体格相応に委縮させるその姿に、俺は少し困惑する。

 紅彩鳥、クルペッコ亜種。今俺の目の前にいるそいつは、紛れもなくその名を与えられたモンスターだ。だが、他の個体とは決定的な違いがあった。

 何といっても、小さいのだ。大きく見積もっても俺の身長程度しかない。極小個体のクルペッコ亜種、それが今回のターゲットである。

 

「にゃあ。少し気弱な姿を見せると、ますます鳥っぽいにゃ」

「……だな。美味しそう」

「クエ……クエェッ!?」

 

 そう言うが早いか。

 紅彩鳥は焦ったような声を上げては、その小さな体で大量の空気を吸い込み始めた。そうして、限界まで膨らんだその胸を締め付けるように、一気にその空気を吐き出していく。けたたましい音色に変えて。

 

「ヴァアアァァァァァッ!」

 

 まるで狼の遠吠えのような、野太い声。

 如何にも鳥らしい、あの忙しない声とは大違いなその遠吠えに、イルルは驚いたように剣を構えた。嘴がラッパ状に開くその様は、独特としか言いようがない。初めてあの姿を見た時は、度肝を抜かれたものだ。

 

「にゃ、何? 何にゃ!?」

「クルペッコの特徴だ。声真似、だな」

「こ、声真似……?」

 

 若干不審げな瞳で、イルルは俺を見上げてくる。

 確かに、モンスターが声真似をするといきなり言われれば、疑問を感じるのは無理もない。真似という高等技術をこなすモンスターなど、聞いたことがないのだろう。

 しかし、クルペッコに関しては、声真似をする他に類を見ないモンスターであると、ギルドも全面肯定している。それも、人間では判別できないほどの精度の声真似。最早、クルペッコの代名詞と言っても過言ではないだろう。

 

「……コイツが糞鳥って言われる所以だ。今の鳴き声は……フロギィのもんか?」

「にゃ……ふ、ふろぎー?」

 

 クルペッコ亜種の鳴き声が、木霊するかのように響いていく。この『火山』内部の洞窟を反響し、そのまま麓の森を突き抜けるかのように。

 その音と入れ違いになるように、別の音が響き始めた。

 何かが大地を蹴る音。力強く、大地を踏み締める震動。こちらに近付いてくる、大量の足音。

 

「ゴウッ、ゴウッ、ゴウッ!」

「……ヒュゥ。団体さんのお着きだぃ」

「にゃ、ジャギィ……じゃない? 何だか、毒々しいにゃ!」

 

 一体どれだけ耳が良いのか、はたまたこの近くにまでやって来ていたのだろうか。

 クルペッコ亜種が吠えてから数分と経たず、招かれざる客たちは早くもこのエリアにやってきてしまった。毒狗竜、ドスフロギィ。彼が率いるフロギィの群れが、このエリアに乱入してきたのだった。

 

「ゴオオォォォッ!」

「ゴウッ、ゴウッ!」

「……やる気満々じゃん、いいね!」

 

 荒々しい鳴き声で雄叫びを上げるフロギィの群れは、一斉に、餌を見つけたとでも言わんばかりに俺たちを睨んだ。

 大量の視線を注がれたイルルは、委縮するようにその身を少し震わせる。俺の額から流れる汗は、火山の熱さのせいだけではなさそうだ。

 

「クアアァァッ!」

「……ッ! おっと!」

 

 その隙を縫うように、クルペッコ亜種は走り出した。小さな翼をはためかせ、そうして体を押し出すように突進を繰り出してきたのだ。

 走るのか、飛ぶのか。はっきりしないその動きは、見る者を妙に惑わせる。

 

「ハッ、遅い遅い!」

「遅いにゃーっ!」

 

 だが、所詮はただの突進。見た目はトリッキーだが、走行と羽ばたきという別の運動を並行してやっているのでは、速度はそう出ないのだろう。俺とイルルが、クルペッコ亜種を囲うように回り込むには、遅すぎる速度だった。

 振り上げた片手剣が、風を鈍く裂く。減気の刃薬によって切っ先の斬れ味が鈍くなった剣は、いつもとは違う風斬り音を奏で始めた。刃薬に付着していた粉末状の磁石がまとわりついて、切っ先は最早鈍器と成り果てていた。

 そうして、無防備な背後へと攻撃を加える俺とイルル。剣撃の波状攻撃に、紅彩鳥は悲痛な鳴き声を上げる。

 

「ゴゥアッ!」

 

 すると背後から、野太い声が飛んできた。

 見れば、俺を無視するなとでも言わんばかりに、ドスフロギィが力強く身を屈めているじゃないか。狗竜系鳥竜種お得意の荒技、タックルだ。

 

「当たるかそんなもん!」

 

 それをバックステップで躱しつつ、クルペッコとの距離を開ける。

 と思いきや、その空いた距離を埋めるように割り込むドスフロギィ。そのタックルの勢いを抑えられなかったのか、威力十分のままクルペッコ亜種へと炸裂する。鳥竜二頭の驚愕の声が、火山に咲いた。

 

「ゴァッ!?」

「キュェアッ!?」

「にゃ、ラッキーパンチだにゃ!」

 

 ブーメランを振り回しながらそう叫ぶイルル。大型モンスター二匹が晒した隙を、彼女は巨大ブーメランの術に費やした。

 一方の俺は、バックステップの着地と同時に腰を屈める。そうして、低く保った態勢を生かし、身体を一回転させた。

 

「喰らいな鶏肉!」

 

 その回転力を推進力に転化させ、屈めていた腰を解放する。押し出した脚は、地面を勢いよく押し付けて、そうして一直線にクルペッコ亜種へと飛び出した。

 宙を舞う、橙色の軌跡。爆発性の粉塵を撒き散らすその刃は、慌てて顔を上げるクルペッコの、その鮮やかな嘴を打つ。減気の刃薬特有の、重く鈍い感触が手に残った。

 

「キュァ……ッ」

「グゥアァァァ!」

 

 新たな衝撃に放心するクルペッコ亜種。その横の、下手したら彼よりも大きな体をしているドスフロギィは、自らを覆うように舞う粉塵が鬱陶しいのか、その卓越した脚さばきでステップを刻み始める。

 そうして、その場で尾を振り回し、奴は漂う橙色を吹き飛ばそうとした。その度に尾は、クルペッコ亜種を打ち据えていく。

 

「ギュッ、ギュェ!」

 

 俺が再び手を出す前に、紅彩鳥は苦し気な声を上げる。周りのフロギィもそんな群れのボスに同調してか、その小さな体を振り回し始めた。

 思わぬ大乱闘に、俺は追撃の手を止める。流石にモンスターに囲まれる状況は御免なのだ。

 

「イルル、任せた!」

「にゃ、了解だにゃ!」

 

 俺の掛け声に元気よく答えた彼女は、引き続き巨大ブーメランの弾幕を展開する。空気を切り裂くその軽快な音が、フロギィの演奏をより軽やかに奏でていく。

 すると、その中に妙に甲高い音が混ざり始めた。ブーメランの鋭い音でもない。フロギィの野太い声でもない。如何にも鳥らしい、甲高い声。

 

「キエェ、キエェ……ケェェィッ!」

「は――げっ……」

「にゃああぁ!? 目がぁ! みゃああぁん!?」

 

 翼の爪を光らせるその動き。見たことがあるその動きを察知するや否や、俺は反射的に盾を構えていた。その横で、イルルは驚愕の声を上げる。

 クルペッコ亜種が亜種たる所以、翼の先の電気石。打ち付けることで電光を発するその石が、強烈な閃光を打ち放ったのだった。

 

「ゴアアァァァッ!?」

「グオゥ、グオゥ!」

 

 直撃したイルルはもちろん、クルペッコ亜種の周りで群がっていたフロギィたちまで目をやられてしまったようだ。ドスフロギィも、訳が分からないとでも言いたげな声で唸っている。

 そんな様子を見ては、紅彩鳥は清々したと言わんばかりに喜びの舞いを始める始末。混戦模様は深まるばかりだ。

 

「嬉しそうだなコイツ……。ほら、イルル。しっかりしろ」

「にゃ、にゃにゃにゃ……」

 

 頭の上で星を飛ばすイルルの頭をポンポンと撫でながら、庇うように前に立った。

 一方のクルペッコといえば、今度こそ俺を攻撃しようと、再び電気石を打ち付ける。素早く数回打ち付けたと思いきや、その細い脚に力を込め始めた。一気に跳躍する。そう予感させる動きだ。

 

「来いやァッ!」

 

 俺は、吠える。勢いよく飛び出そうと、身体を浮かせた奴に向けて吠える。

 その瞬間だった。

 目が見えないことへのストレスを吐き出すような、ドスの効いた声が響く。その瞬間、喉袋を最大まで膨らませていたドスフロギィは、その口から大量の毒を吐き出した。それも、偶然にもクルペッコ亜種の、その顔に。

 

「クャアァッ!?」

 

 気化していく毒の液を大量にかけられて、クルペッコ亜種はたまらず脚をもつれさせる。

 飛び上った体に、絡まる脚。そのまま態勢を崩した奴は、その体色よろしく派手に地面に転げ落ちた。

 

「おっとっと……やるなぁアイツ」

「にゃ……な、何が起きてるのにゃ……?」

 

 肉球で目を擦りながら、開閉を繰り返す瞼で目の前の状況を探ろうとするイルル。そんな彼女の目の前では、紅彩鳥が地に伏せて悶え続けている。毒液を直接かけられ、なおかつ気化したそれを吸い込んだのだ。大ダメージは避けられないだろう。

 このチャンスを逃す手はないと、俺は勢い良く踏み込んだ。突進斬りからの連打、水平斬り、斬り返し。そして止めの回転斬り。減気を含んだその斬撃は、鋭い斬撃と共に鈍重な衝撃を、この小さな鳥の脳に打ち込んだ。

 

「旦那さん、危ないにゃ!」

「むっ――チッ!」

 

 イルルの叫びに顔を上げれば、視界に入ってきたのは大量のフロギィの姿。ようやく視力を取り戻した彼らは、怒りに満ちた荒々しい鼻息で俺を睨んでいた。そうして膨らませる、生々しい喉袋。

 毒の霧を吐かれる前に、剣を振り抜いて紅彩鳥から距離をとる。それでも毒を吐くことを止めなかったフロギィたちだが、吐いた毒の先には残念ながら俺はいない。いるのは、クルペッコ亜種だけ。

 

「キュウゥゥ……」

 

 大量の毒を浴びせられ、鳥の苦しそうな声が漏れた。虚ろな瞳。荒い息。血相の悪い顔。空気に溶け込んだその毒を、空気ごと吸い込んでしまったのだろう奴は全身にそれを回し、とうとう毒に侵されてしまったようだ。

 懸命に起き上がろうとするクルペッコ。しかし、ドスフロギィは無情にもそれを踏み付ける。そうして、その奥で剣を構える俺に向けてその牙を振り翳した。

 

「ゴォウ!」

「おっ、やべっ」

 

 鋭く突くその牙を、半身ずらして躱す。そうして生まれた隙を突き返し、片手剣を鋭く斬り上げた。顎を減気で揺さぶられた彼は、子犬のような悲鳴を上げる。

 そこに向けて展開されるブーメラン。流石にそれには当たりたくなかったのか、ドスフロギィは後ろに跳躍することで回避する。ものの見事に、クルペッコ亜種の上に着地して。

 

「キュッ……ケエエェェッ!」

 

 とうとう激昂したのだろうか。荒い鼻息を漏らしたかと思えば、クルペッコ亜種は(たちま)ち咆哮を上げた。そうして体を振り回し、その立派な尾の羽を刃に変える。周りの外敵を追い払おうと、必死な様子だ。

 その奮戦ぶりに怖気付いたのか、フロギィの群れはクルペッコ亜種から距離をとる。ドスフロギィも、憎々し気に奴を睨むだけだった。一方のクルペッコといえば、周りのフロギィを振り払いながらも、回転しながら俺に近付いてくる。尾のブレードが、風を裂いた。

 

「……面白い。受けて立とうじゃないか!」

 

 脚を軸に回転する奴のように、俺も左脚を軸にする。右脚をそっと引き、体勢を低く保って。左手の剣を握る腕に、力を込めた。

 陽炎で揺れる視界。燃え上がる景色。熱気に舞う、紅彩鳥の姿。その回転に合わせるように、じりじりと、位置調整をする。距離を測り、速さを見て、左肩を大きく後ろに回して――――。

 

「らあッ!」

 

 (ほとばし)る左肩の奔流を、一度に解放した。走る斬撃は、空間を塗り潰す軌跡へと変わる。粉塵を纏うその光は、まるで鎧竜の熱線のよう。二回、三回と高速で回転する俺の体は、その多重の斬撃を一度に紅彩鳥へと打ち付けた。走る尾の刃を打ち砕き、その鮮やかな頭部へと。

 遠心力によって伸ばされたその斬撃は、クルペッコだけを斬ったのではない。俺や奴の周りで彷徨(うろつ)くフロギィの群れまで一掃した。幾つもの影が、剣撃によって宙を舞う。

 

「にゃあ……! 旦那さん、すっごいにゃあ!」

 

 超回転。俗に言うラウンドフォースで、紅彩鳥の回転を、周りのフロギィごと弾き飛ばしたのである。そのあまりある威力には、放った当事者である俺でも舌を巻く。それ相応に、身体に負担が掛かるのだが。

 

「ゴ、ゴアゥッ!」

 

 同胞が飛び交うその光景に、恐怖感でも抱いたのだろうか。ドスフロギィは踵を返し、このエリアを後にする。隊列を崩したフロギィたちも、群れのボスに置いてかれまいと必死に走り出した。

 一方の紅彩鳥は頭部の連打が相当堪えたのか、危うい千鳥足をとうとう崩し、焼けた地面に倒れ伏せた。眼球があらぬ方向に向いてしまっているあたり、昏倒(スタン)でも引き起こしたのだろう。

 

「……おつかれさん」

 

 そんな無防備な奴の喉に、そっとテオ=スパーダを押し当てた。そうして、左腕を軽く振り払う。

 吹き出る溶岩に紛れ、赤い水が宙を染めた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……参ったなぁ」

「どうしたのにゃ? 旦那さん」

 

 晩餐の解体作業をしながら、俺はそっと憂いを漏らした。その声に反応し、イルルは不思議そうに首を傾げる。

 

「だめだこりゃ。毒が回っちまってる。……流石にこれは食えないかなぁ」

「にゅ……確かに変な臭い……にゃ」

 

 鼻をそっと動かしたイルルは、血の臭いに紛れた毒の香りに気付いたらしい。露骨に顔を歪ませて、溜息をついた。

 顔に直接浴びて、さらに大量に吸い込んだのだ。あの毒が回ることは避けられなかったのだろう。

 

「……そういえば旦那さんって、折角片手剣使ってるのに毒の武器は使わないにゃ。それってやっぱり?」

「あぁ。毒なんて入れたら食えなくなるだろ。使うわけないじゃん」

「にゃあ、相変わらずの徹底ぶりだにゃ」

 

 呆れたように。むしろ感心したように。そんないまいちはっきりしないニュアンスで息を吐いたイルル。

 彼女もいい加減、俺の思想についてはある程度の理解を示してくれているようだ。雇い主としては嬉しいことだが、どこか諦められているような気もするのは気のせいだろうか。

 

「はぁ……最悪だ」

「にゃあ……」

 

 まぁ、俺が毒の武器を担ごうが担がまいがこの現状は変わらないのだが。折角のクルペッコ肉も食べられない。

 クエストとしてのメインターゲットは達成しても、この火山に巣食う脅威の一つを取り除けたとしても。俺個人のメインターゲットは、完全に失敗なのである。

 

「――――決めるのは、まだ早いかもしれんぞ?」

「……あん?」

「にゃん?」

 

 項垂れる俺に対し、声を掛けてくる人物。火山という危険地帯だというのに、ここにはハンター以外の人間なんているはずがないのに。

 そんな疑問を振り落としながら、俺はそっと視線を滑らせた。クルペッコから、声のする方へ。

 確かに、人間はいなかった。いたのは、人間よりも遥かに屈強な人種。竜人族のご老体、山菜ジイさんだ。

 

「あっ、ジイさん。……久しぶり?」

「久しいのぅ。食に通じたハンターさん」

 

 あの時――グラビモスをシチューにした時と変わらない、にこやかな微笑み。それを向けてくるのは、紛れもない山菜ジイさんその人だった。

 まさか、こちらの火山に来ていたなんて。以前会った地底火山とは全く座標の異なる場所なのだが。

 とは言っても、あのサボテンカレーの旧砂漠の例然り、彼は何処にでも現れることで有名だ。いちいち口に出すのも野暮というものだろう。

 

「元気そうじゃの。クルペッコか、えらく小さいのぅ」

「にゃあ、極小個体らしいにゃ。幼体なのかにゃ?」

「ほう……。如何にも柔らかそうな肉じゃわい」

 

 小柄なクルペッコの傍によっては、同じく小柄なジイさんは興味深そうに目を細めた。そうして、肉の様子を見ては、嬉しそうに顎を触っている。

 そんな彼の様子と、彼の先程の言葉が俺の中で交差した。決めるのはまだ早い。確かに彼はそう言ったのだ。つまり、まだ食べれる可能性はある?

 

「ジイさん、もしかして、コイツって」

「うむ。大丈夫じゃ。この程度の毒なら何とかなる。ワシに任せんしゃい」

 

 そう言っては、彼は懐から剥ぎ取りナイフを取り出して、もも肉の部位を切り分け始めた。自信に溢れたその言葉、その仕草。それだけで十分だった。俺に再び希望を抱かせるには。

 

「何を作る? 何か手伝えることはあるか?」

「ほっほ。たまには丁寧に加工しようかの。鶏団子スープというのはどうじゃ?」

「団子にするのにゃ? 何だか珍しいにゃ」

「んでな、ワシはその準備に取り掛かるから、お前さんたちにはドスフロギィの気を引いてて欲しいのぅ。邪魔されたくないんじゃ」

 

 忌々しそうに目を滑らせる山菜ジイさん。その視線の先にあるのは、先程フロギィの群れが逃走したエリア。その岩陰から、数匹のフロギィがこちらの様子を窺っている。この鶏肉を漁ろうという魂胆だろうか。

 

「……そうは問屋が卸さんぜ。任せろジイさん」

 

 右手の盾から、そこに収められた剣を抜く。虚の出来た盾は腰に収め、右手左手それぞれを剣で埋める。

 細く鋭い、右の剣。厚く重い、左の剣。逆手に持ったそれらを軽く振り回し、エリアの奥のフロギィの群れに照準を合わせた。彼らの空気が変わる。俺がこれから駆け出そうとしているのを察知したのか、先程より張り詰めた気配が漂ってきた。

 

「任せたぞぃ、二人とも」

「にゃ、おじいさんも気をつけて、にゃ!」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 風のように舞う剣撃。一対の刃は、旋風のように逆巻いた。

 前も後ろも、右も左も。隙を与えぬその斬撃は、囲み来るフロギィの群れもものともしない。隙を狙うように牙を向けるドスフロギィも、回転する刃からは逃れられなかった。吐き出す毒の霧も、まるで竜巻のような錐揉み回転で打ち払われる。

 山菜ジイさんが作る料理にかかる時間。それよりも手早く、軽く、あっさりと。言わばキッチンの害虫とも言えるそれらの料理は、いとも簡単に終了した。連鎖する、爆破の花によって。

 

 

 

「ご苦労様じゃ、ハンターさん。ご飯、もう出来るぞぃ」

「おぉ……! すげぇ良い匂い……!」

「にゃ、にゃ~。何だか優しい香りだにゃ」

 

 役目を終えてベースキャンプに戻った俺たちは、まず始めに何とも魅惑的な香りを鼻にした。

 硫黄と焦げ付く臭いで溢れかえる火山では、まず感じられないであろうその香り。出汁の効いた、深く、柔らかい香り。これを嗅ぐだけでも狩りの疲れが吹っ飛んでしまいそうだ。

 

「さぁさぁ。座んなさい。ほれ、器とスプーンじゃ」

「お、どうも」

「にゃ、ありがとなのですにゃ」

 

 山菜ジイさんに促されるまま、薪に燃える鍋を囲うように腰を下ろす。渡された器を手にしては、視線をそっと目の前の鍋へと動かした。

 激しく湯気を立てるその鍋は、火山の噴出口を彷彿とさせる。溢れる香りに、蓋の隙間から現れる気泡。空腹時に見るには凶悪過ぎると思うのは、俺だけだろうか。

 

「よし。では蓋を開けて……おぉ、良い色じゃわい」

 

 開け放たれたそれ。隔離された空間から、やっとのことで大気に触れたその空間は、見る者を魅了する独特の色で占められていた。薄茶色とも、濃い黄色とも捉えられるスープと、そこに浮かぶ数々の具たち。

 細かく削り、練り直したのであろうその鶏団子は、予想よりも大きかった。一口大ほどのそれが五、六個、スープの中でその身を浸している。形も美しく、大きさも均一だ。

 その周りには様々な野菜が浮いていた。山菜の名に恥じない、彼らしい粋な計らいだろう。メインは大根のようで、よく形を残したそれが丁寧に煮込まれていた。元々白いその色にスープの色がよく染み込んでおり、それが食欲を非常に促進させる。

 他にもニンジンやゴボウ、白菜といったものも薄く切り分けられた上で混ぜられており、見た目の鮮やかさをより助長しているようだ。

 

「……おぉ。すげぇ、何て言うか、凄いなこれ……」

「旦那さん、凄いしか言ってないにゃ。……でも、凄いにゃ」

 

 そのあまりの完成度に呆気に取られてしまう俺とイルル。そんな俺たちの分までスープをよそってくれた彼は、嬉しそうに微笑んだ。

 

「はっは。見た目に捉われるよりも、本質は味じゃ。さぁ食べんさい」

 

 鍋の奥で頷く彼と、音を立てて煮え続ける鍋。彼の眩しい笑顔も、湯気で隠れてしまいそうだ。

 そんな一種の神々しさを感じさせるその瞬間を、俺は涎ごと飲み込んだ。そうして、スプーンでスープを掬っては、俺はそっと持ち上げる。

 

「……いただきます」

「い、いただきますにゃ」

 

 近付くことでより近くで感じられる香り。

 クルペッコの骨肉で出汁でもとったのだろうか、動物性の脂分が感じられる。あっさり薄味と思わせるその見た目と、ギャップを感じさせるその香り。もう自分を抑え切れず、俺はそれを、一思いに口に入れた。

 口内に流れ込む、凝縮された旨み。滑らかで喉越しのよい口どけのそれは、撫でるように舌の上を這った。鶏肉特有のあっさりしつつも深く、芯の強い風味。それを色濃く残したこのスープは、強い味を保ちながらも飲みやすいと、そんな不思議な味を醸し出していたのだった。

 

「あぁ、いいなぁこの味。……さてさて、お次は本命の団子をっと」

 

 そっと摘まんだその鶏団子。クルペッコ亜種のもも肉を使ったらしいそれは、丁寧にミンチ状にされ、よく捏ねられているようだ。きめ細かいその質感に、俺は思わず舌なめずりしてしまう。

 思ったより軽い。それが摘まんだ感想だった。ただ肉を固めただけではないのだろうか、そんな感覚を俺に植え付ける。ではそんな団子を、そっと一口。

 前歯に触れた瞬間、あっさりと歯が団子に埋まる。固さも抵抗もほとんどなく、柔らかな感触が歯茎から伝わってきた。柔らかく、どこかとろみを感じさせるその食感。歯が肉を切り裂いていくごとに、肉の断面からはよく染みたスープの味が溢れ出て、旨みと深みを口いっぱいに広げていく。比較的淡泊な味で知られる彩鳥の例に漏れず、この肉団子もあっさりとした味わいだ。

 だが、スープの出汁をよく含んだその味は、あっさりながらも強い肉の味を生み出していた。深みによって生み出される旨み。味の層がスープの深みによって作りだされ、その層にスープが染みるごとに旨みが強まるような――そんな不思議な感覚だ。

 

「鶏団子めちゃうめぇ! 何だこの食感……」

「実はこの団子な、とろろを混ぜとるんじゃよ。ふわとろじゃろ?」

「ふわとろ、ふわとろにゃ。ふわふわで、とろとろで、口の中で柔らかくなっていくにゃあ」

 

 白菜を口に入れてはシャキシャキと音を鳴らす山菜ジイさん。料理の秘密を話してくれる彼はとてもいい顔をする。

 白菜の歯触りを楽しみながら話すその言葉に、イルルは幸せそうに同調した。はふはふと鶏団子に息を吹きかけては嬉しそうに食べ続けている。

 

「団子も美味いし白菜も美味い。大根もよく味が染みてるよ。溶けるような食感もたまらんね」

「……ハンターさんや。ワシが何とかなると言ったのはな、その大根があったからなのじゃよ」

「にゃ、これが?」

 

 感慨深げにそう語り始める山菜ジイさん。そんな彼の言葉に、イルルは確かめるように大根を一切れ持ち上げた。そうして、不思議そうにそれを眺めてはそっと口に入れる。満面の笑顔で頬張る彼女は、山菜ジイさんの話にはあまり興味がないようだ。

 

「大根は古来から毒消しとして扱われておっての。種子も葉も過不足なく使え、かつ食べ合わせにも使える。素晴らしい作物よな」

「……もしかして、この前食べたギィギハンバーグの大根おろしって……」

「おぉ、あのメニューな。あれもワシら山菜組の大根じゃよ」

 

 彼が語るには、あのメニューを考案したのも元々山菜組らしい。彼ら竜人族の技術をもって、解毒作用に優れた大根をつくる。やがてそれが山菜組大根となり、あのさすらいのコックさんが作ってくれたメニューに繋がったのだとか。

 元々毒素を生成するギィギである。ギィギと大根という組み合わせは必然だったのかもしれない。毒に侵されたクルペッコの出会いも、一つの運命のようにも感じる――気がしないでもない。

 

「へぇ……。ならさ、この大根使って美味い解毒飯作ったら、結構売れそうじゃないか?」

「もちろん考えとるわい。我ら竜人の秘術をもって、鋭意作成中じゃよ!」

 

 何となく思い付いたことを口にすれば、彼はさも得意気に胸を張った。俺が言わずとも、すでに考えて研究をしていたようだ。流石は竜人族。美容健康に詳しいだけはある。

 もちろん俺としても、そんな解毒飯が流通されれば是非利用したい。げどく草とアオキノコを調合したただの解毒薬は、苦くて不味くて美食の概念とは掛け離れすぎているのだ。漢方薬など、言わずもがなである。

 

「……ちなみに、値段はどんな感じ?」

「流通や製作が難しいからの。とりあえず……5000Z!」

「にゃっ!? ……何か、達人ビールみたいな末路辿りそうだにゃ……」

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ふわふわ紅彩鳥団子の大根スープ』

 

・紅彩鳥団子(もも肉) ……280g

・山菜組大根      ……1/3個

・山菜組人参      ……1/2個

・山菜組牛蒡      ……1/3本

・山菜組白菜      ……2~3枚

・白湯スープ      ……少々

・とろろ        ……1/5本分

・ユクモ生姜      ……少量

・ゼラチン       ……控えめに

・醤油         ……少量

・彩鳥ガラスープ    ……多め

・酒          ……大さじ1杯

・塩胡椒        ……適量

・水          ……1ℓ

 

 






やる事成すこと裏目に出る亜種ペッコさんマジ現実の私。


徒花に実は生らぬ、とは外見は華やかでも中身や実が伴わなければいい結果にはならないことの例え。派手な紅彩鳥も所詮は鳥ということでしたな。何だか哀れに思えるくらい散々なペッコさんでしたっと。

最後のオチが人によっては分かり辛かったかもしれません。達人ビールといえば教官ですね。あの傍若無人さんですね。5000Zというのは、彼が最終的に定めた達人ビールの価格。高騰し過ぎってレベルじゃないですね、はい。もちろん彼は破産しました。……とまぁ、そういうオチなんです。分かり辛くて申し訳ない。モンハン大辞典の達人ビールのページに詳しいことが書かれているので、興味ある方は是非。

今回もまたセブン的でイレブン的な某コンビニエンスな組織ネタ。あのあっためるスープめちゃくちゃ好きでござんす。美味しいです。

毒消しになる野菜というのはたくさんあるようですね。私はとある記事から大根を知って、それに関しての話をハンバーグの時から立てましたが、実際には大根は大腸菌といった菌へのコントロールに有効だそうです。動物性たんぱく質の毒は専門外っぽい。まぁ、モンハン飯世界は大根も効くってことで←


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