ことわざもじりのサブタイトル
「──なぁ、イルル。ネコ式突撃隊ってさ、凄く素敵な技じゃないか?」
「……と、突然何にゃ?」
青い空、白い雲。そして波打つ岸。どこまでも続くような水平線が、青く澄んだ空と混じり合うその景色。
緩やかな波の音が耳を擽り、穏やかな鳥の声が肌を撫でる。爽やかな潮風は妙に心地良く、快晴の空も相まって、釣りをするには絶好な環境であった。
そう、ここは孤島。その海岸である。
「ん、……おっ! 掛かったぞ!」
「にゃっ……何かにゃ? 何かにゃ?」
孤島というのは、この孤島地方の代名詞とも言える狩猟地であり、この地方の駆け出しハンターが最もお世話になる場所でもある。
この孤島に存在するモガの村に住む者ならもちろん、付近に存在するタンジアの港から。そして俺のように、ユクモ村の集会浴場から出向く者にまで────。
「みぃ、あの色は多分キレアジだにゃ」
「むっ。……うん、その通りだったな」
そんな孤島の北に広がる海岸には、開けた空間が存在する。海の豊かさを享受できることは言うまでもなく、その海に住まう魚も姿を多く現すために、この場所は世界有数の有名釣りスポットなのである。
そんな場所で今し方俺が釣ったのは、キレアジと称される薄黄色い鱗をもった魚だ。小ぶりで身は少ないものの、その背びれは非常に固く鋭い。それも何と、砥石の代用にも使えるほどに、である。
「活きがいいにゃね」
「早速捌いてみるか……?」
釣り針に喉を喰い込ませながらも、激しく尾びれを振り回すキレアジ。その身に向けて、俺は金色に輝く剥ぎ取りナイフをチラつかせた。
千刃竜の伐刀角を贅沢に使用したこの剥ぎ取りナイフ。形状も包丁を模しているという粋なデザインであり、このような状況では正に打って付けの道具と言えるだろう。
だが、そんな俺の行動をイルルは肉球を向けながら止めた。ぷにぷにとした桜餅が、俺の前で咲き誇る。
「待って、旦那さん。キレアジは固すぎて刺身には向いてないにゃ」
「えっ、そうなのか……?」
「チコ村の釣り好きアイルーさんがね、キレアジにかぶりついては悲鳴上げてたにゃ。歯が折れそうなくらい固いって」
「マジかよ。折角まな板用意したのに」
イルルの指摘通り、キレアジの鱗は非常に固かった。手で触ってみてもそれは実感でき、どころか一歩間違えれば俺の手の皮も容易く斬り裂いてしまいそう。
この剥ぎ取りナイフは、大型モンスターの甲殻でも難なく刻むことのできるほどの斬れ味をもっているのだが。
捌いたところで、俺たちが刺身としてこの身を食べることが出来ないのなら、それはまるで意味がない。
「でもでも、キレアジは熱に弱いのにゃ。焼けばこんがり魚に大変身! 焼いた方が美味しいにゃ!」
「……ほう。じゃあ、このよろず焼きセット使ってみるか?」
イルルの助言を考慮して、俺は背後で沈黙するよろず焼きセットに指を向ける。
バルバレに流れてきたこの品は、その需要の低さもあってか格安で売られていた。世間のハンターたちはただ肉が焼ければよいと、平凡な肉焼きセットを好んで使っているようだが、この『よろず焼きセット』は違う。
調合という手間がかかるものの、その手間あって肉焼きセットでは辿り着けない味の高みを創り出すのだ。そしてよろず焼きの名の通り、肉だけではなく魚も焼くことが出来る。
「にゃんっ、じゃあボクが焼くにゃ!」
「おっ、じゃあ任せたぜ。俺は新たな獲物を狙うとするから」
胸を張って名乗り出るイルルにキレアジを渡し、俺は新たな釣り針を用意する。今度は無難にサシミウオあたりでも狙ってみようか。確か、サシミダンゴもポーチに入れてきたはず。
一方で、よろず焼きセットの火を起こしているのか。少し焦げ臭い香りを潮風に乗せるイルルは、思い出したかのように口を開いた。
「ところで旦那さん、さっきの話は何だったのにゃ?」
「え? ……あ、サシミダンゴあった。えっと、何だっけ?」
「何か、ネコ式突撃隊がどうのこうのって……」
「あー……」
彼女のそんな呟きに反応するように、再び顔を出してきたあの話題。先程俺が言おうとしていたあの話題。
ネコ式突撃隊──それはアイルーたちが独自に開発した航空技術であり、重要な攻撃手段でもある。その本質は、何と飛行するドングリロケットに乗り込んでモンスターに特攻を仕掛けるという荒業。
まぁその扱いの難しさ故に、相応の技術をもったアイルーが最低1匹、その計2匹掛かりでないと発動すらままならないのだが。
「ボクはドングリロケットの扱い分かんないし、旦那さんはボクしか雇ってないし。ボク、突撃隊は出来ないにゃよ……?」
「いや別にやれって訳じゃなくてさ……。ほら、あれだ。突撃隊って、モンスターに突撃するじゃん?」
「まぁ、そういう技だからにゃあ。……それで?」
「突撃して、顔に張り付くよな。俺さ、あれが凄く羨ましくてな」
その一言に、彼女の手は止まった。驚愕の色に染まったその瞳は大きく見開かれ、その海のような色に俺の顔が映る。
また一つ、彼女の顔から「一体何を言っているんだこの人は」という声を聞くことが出来たところで、その理由を語ろうじゃないか。
「だってよ、顔にアイルーが張り付くってことはそのもふもふを直接感じれるじゃん? 凄く素敵なことじゃないか。あの瞬間ばかりはモンスターが羨ましくて堪らないね」
「にゃ……そ、そういうもんかにゃ?」
目の前に。顔に直接くっ付いて。そうしてアイルーの毛並みを享受できるあのネコ式突撃隊という技。顔の右半分と左半分に1匹ずつネコが張り付いているという何とも素敵な状況だ。
他のハンターがそれをネコに促しているのを見たことがあるが、初めてそれを見た時はそれはそれは感動したものだ。
一方で、このやりとりに疑問を感じたのだろうか。イルルは首を傾げながらも、そのまふまふとした口を動かして言葉を投げかけてきた。
「そういえば旦那さん……どうしてオトモをボクしか連れないのにゃ? というか、どうして未だにボクしか雇ってないのにゃ? お金の余裕はもうあるにゃよね?」
「ん? どうしてってそりゃ、他のオトモ雇ったらお前絶対ヤキモキするだろ?」
「……にゃ?」
「この前メラルーもふった時でさえ、むっちゃ妬いてたもんな」
そんな俺の率直な答えに、彼女の動きは固まった。
思い返せば、今俺がユクモ地方の旅行をすることになった原因ともなった出来事。そう、ニャン次郎の依頼を請け負ったあの時だ。
メラルーの秘密のポーチを回収して欲しいと、しかしメラルーを傷つけて欲しくはないと、彼はそう俺に頼み込んだ。それに応えた俺が選んだのは、メラルーをもふり倒して成敗する方法。ネコからすれば堪ったものではないその方法で、俺は見事に依頼を達成したのだった。
──ところが。そうすることで、不機嫌になった存在がいる。それが彼女、オトモアイルーのイルルである。普段から彼女をもふもふしているからだろうか、俺が別のネコをもふもふしている姿に苛立ちを覚えていたようだった。
「俺が仮に新しい子を雇うじゃん? そしたらその子ももふもふしなきゃならんからなぁ」
「にゃっ……お風呂上がる時も?」
「そりゃお前だけ拭いてあげる訳にはいかんだろ。全員を乾かしてやんなきゃな」
「にゃにゃ……ぐ、グルーミングも……!?」
「そうだなぁ。時間をもっと費やさなきゃなぁ」
「にゃあっ、じゃ、じゃあ……寝る時も……っ!?」
「もちろん、お前もいつもみたいに好きなところで寝られなくなるぞ」
「だ、旦那さんのお腹の上は──」
「取られるかもな」
「脇の下にすっぽり収まるのも──」
「取られるかもなぁ」
「旦那さんの首筋に寄り添って、ぴったりくっつくのも──」
「取られるかもな!」
「そっ、それは……! にゃあ……それは、ちょっと……いや、かなり嫌にゃ」
「でっすよねぇー。イルルならそう言うだろうなぁと思ってな。だから俺はお前しか雇ってないんだよ。それにイルルがいてくれるだけで、俺も満足してるし」
「……にゃ?」
聞き直すように声を漏らしたイルル。そんな彼女に向けて、俺は思っていることをそのまま言葉にした。
元々俺と彼女の出会いは、ただの氷海でのクエストだった。その頃は、何ともなしに彼女がぶんどりだったからこそ、何か面白い食材を集めてくれそうだと思って雇ったのだが。
しかし、彼女は俺の予想以上に健気で、真面目なアイルーだった。雇い始めの貧乏な俺を気遣って、ルームサービスまがいのことを始めたり。ベッドや床に抜け落ちた自分の毛は、頑張って自分で掃除したり。
そして何より、珍しい植物や美味しい食材を見つけ、手に入れるスキル。それが何よりの、彼女の特技だった。先日のモノブロスハートが、記憶に新しい。
「お前さえいてくれれば、俺は文句無しだから」
「にゃ、にゃあ……ほ、ほんとにゃ?」
「バッカお前、俺がお前に嘘ついたことがあったか?」
「にゃ……結構あるにゃ。でも、これは嘘じゃないにゃ?」
驚いたようにその大きな瞳をパチクリさせながら、イルルは忙しなくその細いヒゲを揺らしている。ふさふさとしたその尾はまるで塔のようにピンと伸び、上目遣いで確認するように俺の瞳を覗き込んで。
そんな彼女の顎に軽く手を伸ばし、その柔らかな毛並みを優しく撫でた。両手でその顔を包み、首周りのふさふさとした毛並みを掻き揚げる。
「みゅぅ……嬉しいにゃ。旦那さん、いつもこういうのはぐらかすのに……今日は素直にゃのね」
「ん、はぐらかしてたっけ? ……まぁいいや。とにかく、キレアジを美味く焼いてくれよ」
「はにゃっ、は、はいにゃ!」
慌てるように、イルルが飛び退いた。
焦げ臭い香りが潮風に乗る中、元気のよいネコの返事が海岸で木霊した。
◆ ◆ ◆
孤島の採取ツアー。それを名目にこのクエスト──という名の狩猟地探索を行って、早くも規定時間の半分を超えた。そのほとんどをこのエリアでの釣りに費やしたのだが、まぁまぁの収穫があったものだ。
サシミウオ、キレアジ、オンプウオ、大食いマグロ、アロワナ──これだけあれば、お魚パーティーは出来そうだな。
「どれ……サシミウオやマグロは刺身にして、キレアジやオンプウオはもう焼けるか?」
「にゃっ、もうすぐにゃ。旦那さんの刺身はどうかにゃ?」
「このサシミウオで最後かな~」
鼻歌を歌いながら、イルルはよろず焼きセットの火を強める。一方で俺はサシミウオの鱗を丁寧に落とし、頭を落として────。
穏やかな波の音、前回のひと悶着を経て手に入れたまな板を魚の血で濡らした。上質なユクモの木目で彩られた表面が。分厚く濃いその木の一片が。そっと魚の血を染み込ませていき、切り分けられた身はその体を横たえていく。
「ほぃ、一丁上がりぃ」
「相変わらず上手にゃあ。新しいまな板の調子はどんな感じにゃ?」
「
「にゃあ、良かったにゃ! どぼるーくの狩猟も無駄じゃなかったにゃん」
イルルの名前間違えはまぁともかくとして、流石はユクモの木である。その性能、見た目、どれをとっても申し分ない。
先日のイズモの対応には悩まされたものだが、それを考慮してもあまりある結果をもたらしてくれた。それにあの時食べたドボルベルクのあんかけスープも美味しかったし、あの狩りはまぁ悪くなかったと今なら思う。
──イズモの対応さえ何とかなっていたら、だが。
「あの太刀野郎がなぁ……。アイツといるとどうも調子狂うよ」
「みぃ……でも、何だかんだ息合ってたにゃ。やっぱり友達にゃね」
「友達、ねぇ。まぁ気兼ねなく話せるっちゃあ話せるけど」
「旦那さんの知り合いってボクあんまり知らないから、この前はとっても新鮮だったにゃあ」
焼き上がった魚を皿に乗せながら、イルルはそう呟いた。ほっこりとした顔でそう言う彼女だが、言われてみれば確かにイルルを他のハンターとの狩りに同行させたのは前回が初かもしれない。
とはいえ元々、他の人間と狩りに行くのも数えるほどしかないのだが。それこそ唐揚げだか天ぷらだか忘れたがあの女くらいか、最近は。
何だか、俺が同行する人間はどうも変人が多い気がする。
「そういえば旦那さんはこっちの方の出身って聞いたにゃ。バルバレより、こっちの方が知り合いが多いのにゃ?」
「……まぁ、そりゃあな。そうそう、知り合いが手紙送ってきてな、一応会う約束はしてる。というか、それが今回の旅の目的の一つなんだけど……あー、めんどい」
「折角そう言ってくれてるんだから会ってあげればいいのに……にゃ」
イルルが盛り付けた皿の空いたスペースに刺身を盛り付けながらそう呟くと、彼女は困った様な声を上げながらも俺を諌めた。
イルルの言う通り、俺はかつてこの地方──とりわけタンジアの港を停留地として活動していたために、知り合いの個数としてはこちらの地方の方が断然多い。ユクモ村は時折訪れただけだったので、幸いなことに今のところイズモにしか
「こっちにいた頃はロクな思い出ないからな、出来ればあんまり会いたくないね。イズモに会っちまったのは不幸としか言えないよ」
「じゃあ何でわざわざ来たのにゃ……ってこれは愚問にゃね、旦那さんだもんね」
「美食あるところにシガレットあり、ってな。……さぁ、盛り付けたし食べようか」
もちろん、ただそれだけが理由ではない。確かめたいことが、仕入れたい情報がある。
手紙を送ってきたアイツから話を聞くこと、"あのモンスター"の情報を得ること。本来の目的は、それだ。もちろん今の目的は、間違いなく
この孤島で採れる魚はとりわけ美味しいことで有名だ。それこそ、氷海のものと肩を並べるほどに、である。ここまで栄養豊富な環境だからこそ、そうなるのも当然の結果とも言えるが。
さて、そんな海の幸だが、サシミウオとマグロの刺身盛り合わせに、キレアジとオンプウオによるこんがり魚という独特なコラボレーションが、今この海岸に光を差した。深い海の香りを漂わす刺身に、こんがりと豊かな匂いを漏らすこんがり魚。何とも食欲を刺激させる。
「美味しそうにゃ~。いただきまーす!」
「うん、いただきます」
嬉しそうに箸を振るうイルルの傍ら、俺は早速彼女が焼き上げてくれたキレアジに手を付けた。一番最初に食い付いたこのキレアジは中々活きが良いようで、味の方もそれ相応によく締まっているのではないだろうか。
口内に含んだその身から溢れる
その表面とは裏腹に、身の方は柔らかな食感が特徴的だった。細い筋が束になったかのようなその食感は、さながら舌の上でその束を少しずつ
いや、薄味だからこそ、だろうか。濃い口とは違う、元々の食材の味を上書きしないこの風味が、キレアジの旨みと上手く共存しているのだ。
「……うん、いいね。イルルも料理上手になったなぁ」
「ほんとにゃ? 旦那さんのおかげにゃあ~」
「いやいや、これほんとにいい焼き加減だよ。……む、オンプウオも美味い」
オンプウオは魚の中でも独特な食感がウリである。その見た目もまるでオタマジャクシのようで、一見すると両生類のようにも見えるのだ。その判別は、熟練の料理人でも唸るほど分かり辛いらしい。
肝心なその食感だが、キレアジとは違い弾力性の高い身がもっとも目に──いや、舌に付く。柔らかく、しかし噛み応えがあるその食感。噛めば噛むほどその身は解れ、噛めば噛むほど旨みが染み出してくる。
キレアジの淡泊な味とは対照的な、濃厚でクセのある味。食感も相まって好みを分ける味とも言えるが、俺はこの味嫌いじゃないな。
「今繁殖期だったっけ? そういえばコイツの卵には毒性を含んでるらしいが……」
「今でもないし、それにこの子は雄だったにゃ」
「なら問題なしだな。……刺身の方はどうだ?」
「サシミウオ、プリプリしてて美味しいにゃあ~」
そう言ってイルルが摘まむサシミウオ。薄く小さく切り分けたそれは、ネコでも食べやすいサイズであると自負している。
そんな小さな一枚を頬張っては、幸せそうに肉球を頬に当てるイルル。その表情に言葉を当てはめるのなら、『ほっぺたが落ちそう』──といったところか。
サシミウオは、その身に乗った脂が特徴的だ。濃厚で、甘く、舌の上でそっと溶けるその脂。キレアジとは違う濃い味に、オンプウオとは違うクセのない味。誰にでも好まれ、魚店にも多く流通している。まさに魚の代表格だ。
「……ま、サシミウオは何だかんだ刺身が一番美味い気がする」
「身自体がかなり美味しいし、とろけるような脂も魅力的だにゃ」
「最近はトロサシミウオっていうもっと大きなサシミウオが発見されたらしいぞ。脂の乗りも段違いなんだとか」
「にゃ~、魅力的だにゃあ。食べてみたいにゃん」
そう言っては次々とサシミウオを口に入れていくイルル。入れる度に表情をコロコロ変えて喜ぶものだから、見ていると何だか和んでしまう。
しかし、少し違和感があった。元より魚好きであるイルルはどんどん魚をその小さな体に入れていくのだが──何故かマグロだけは全く手を付けていないのだ。
以前俺が作ったネコまんまでは、マグロ節も喜んで食べていたため別にマグロが嫌いということはないはずなのだが。
「……イルル。マグロ、食わないのか?」
「……にゃ、にゃあ」
その疑問をそのまま口にすれば、彼女は箸を振る手を止めた。少し困ったように、迷ったように。動揺を含んだ瞳で俺を見ては、どうしようと言わんばかりにその眼を泳がせる。
そんな彼女の綺麗な瞳をじっと見返し続けたら、彼女は観念したかのように口を言葉のために動かした。
「……え、えっとね。ボクね……生のマグロにはちょっと色々あってね……」
「何だ? あたったのか? アイルーなのに?」
「そ、そうじゃないにゃ! ……旦那さんは、ドンドルマグロって知ってるにゃ?」
ドンドルマグロ。
聞いた事があるかもしれない。確か、ドンドルマの水路に生息するマグロ──だっただろうか。
これといった特徴もそれほど聞かないが、何でも山菜ジイさんが欲しい欲しいとぼやいていたそうな。しかし、それが一体どうしたというのだろう?
「ドンドルマグロがどうかしたのか?」
「それがね……前のご主人のところにいた時ににゃ────」
イルルが語るには、彼女がまだドンドルマにいた頃にその原因があるらしい。何でも空腹のままハウスに戻ったら、家主のハンターが置きっぱなしにしたドンドルマグロが部屋の中央に鎮座しており。
ドンドルマグロの価値自体はかなり低く、小遣い程度にもなりゃしない。それを知っていたからこそ、イルルはそのマグロを食べてしまったようだ。
しかしそれがハンターの逆鱗に触れ、しばらくご飯抜きにされたとかで、結果的に生のマグロには抵抗を抱くようになってしまったのだとか。
「────だから、生のマグロを食べるのは恐れ多いのにゃあ……」
「……心が狭いハンターだなぁ。そんなの御愛嬌だってのに」
「フエールピッケルが何とかって蹴られたにゃ」
「えっ」
フエールピッケルといえば非常に有用かつ貴重なアイテムとして有名だ。サイズが小さすぎて採掘には使えないが、どうやら不思議な力を帯びているらしい。
何でも古代技術の結晶だとか、竜人族の秘術の具現だとか、そんな根も葉もない噂が実しやかに囁かれている。俺自身まだ一度も見たことがないそれが、何故マグロの引き合いに出されるかは分からない。分からないけど。
「……よく分からんが、このマグロは全然大丈夫だよ。それに俺がイルルを蹴ったりする訳ないだろ?」
「にゃ、にゃあ。そうだけど……」
「な、安心しろ。それよりこの脂……見てみなよ」
それでも、そんなことで愛ネコを蹴るなんてことは許せない。そんなしょうもない主人のせいで彼女がマグロを苦手としてしまったのなら──俺は彼女の克服の手助けをしたい。
大食いマグロは水中を縦横無尽に泳ぎ回り、目に付いたものをとことん捕食しようとする凶暴な魚だ。しかしその分よく動くために身が締まり、身に貯めた味を凝縮させる。つまりこの赤身にはよく円熟した味が詰まっている訳で。
「ドンドルマグロは食ったことないから分からんが、大食いマグロは赤身のこってりした脂がいいぞ。口の中でよく残る、力強い味だ」
「にゃ、にゃん。旦那さんがそう言うなら……じゃあ、ボクも食べていいのにゃね?」
「あぁ、もちろん。どんどんお食べ」
もう一度俺に許可を求めてから、イルルはおずおずとその小さな口を開いた。
鮮やかな赤身と、それにたっぷり乗った脂。晴天に煌めく日の光を反射するそれは美しく、そして食欲を否応なしに促進させてくる。
そんな魅惑的な一枚をそっと箸で掴んだ彼女は、それをゆっくり口の方へと運んで────。
────瞬間、ボンッという小気味良い破裂音が鳴り響いた。マグロを口に入れた彼女の、真後ろで。
「みゅあっ!? ふにゃあぁっ!」
「ふがっ────」
その音の正体は、俺もイルルもすっかり忘れていた魚。いや、正確には肺呼吸する超小型の魚竜種。絶命時にその身を弾けさせるという奇妙な生物、バクレツアロワナだ。
原因は不明だが、イルルの背後で沈黙していたそれが突然破裂したのだった。元より弱っていたのか、忘れられた故の淋しさか。
いや、白兎獣じゃあるまいし、後者はあり得ないか。
「にゃっ!? 何にゃ!? 何にゃあっ!?」
「ちょっ、前見えね……ん、んん?」
それよりも、今注目したいのはイルルの方である。真後ろで起こった突然の爆発。それに心底驚いたらしいイルルはパニックを引き起こし、箸もマグロも放りだしては、そのまま一直線に俺に飛び付いて来た。
──いや。俺に、というのは些か雑な表現だな。正確には俺の顔に、と言った方が良いかもしれない。
つまり、俺の視界は彼女の雪のように白い体毛で埋められ、顔にはその柔らかな毛並みが密着しているのだ。心なしか、何だか良い香りが俺の鼻孔を擽ってきて────。
「みゃああんっ、旦那しゃんぅ……っ!」
「────おぉ、これが本物のネコ式突撃隊かッ!」
~本日のレシピ~
『お魚盛り合わせ』
・サシミウオの刺身 ……2匹分
・大食いマグロの刺身 ……1/3頭分
・こんがり魚(キレアジ) ……3匹
・こんがり魚(オンプウオ) ……2匹
ということで今回はモンハン飯らしい、猟場で駄弁りながらのんびり採取してご飯を食べる回。こういうの、こういうのをやりたかったんですよ!
いちいち新キャラ出してよく分からないくだりをするより、こういうさっぱりとした行き当たりばったりなご飯が好きです。穏やかだしほのぼのだし、やはり私はほのぼの系作者ですね!←
それでも軽く伏線のように、各々の背景を掘り下げる回ともなっております。なまじストーリー性をぶち込んだからこんな面倒なことになるのです……。まぁ、ストーリーの全くないっていう話もちょっと味気ない気もしますがね。こんな濃い人たちだし、何かしら背景を突き詰めたくなるのが作者だと思います。のんびりむしゃむしゃは、本編が終わったらちょっとずつ書いていこうかなと、思ってたり。
前々からお魚パーティーは孤島でやろうと決めてたんだぁ……。でも書いてたら氷海っていうナイススポットあったじゃんと思い出したりしましたが。まぁここまで来たので変えませんけど!
それではまた次回~。