GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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Twitterでのツイート通り(?)に64話にベイバロンと化したフィーネが如何に色んな意味でヤバい状態であるかの仔細諸々を+した仕様(オイ
うん、自分でも『これなにエヴァ旧劇シト新生?』と思ってます。

大まかなプロットはできているのに細部の書き込みにまだまだ手間取っている日々です(-"-;A ...

次回は未来視点で書き進めるかな……(※未だに『響の一人称』が書けずにドツボに嵌りがち)


#64 - BABALON~黙示録の赤竜~

#64 – BABALON~黙示録の赤竜~

 

『カ・ディンギル跡地の地下、最深区画アビス周辺より確認されたエネルギー反応の正体は………《デュランダル》です!』

 

 私と翼の感覚が捉えたエネルギーと、藤尭さんからの通信……さらに私の心(むねのうた)に突如、矢が突き刺さったかの如き勢いで過った悪寒混じりの強大な胸騒ぎ――正確には、以前ガングニールとデュランダルの共鳴で起きた響の暴走の時と同様、マナを通じての〝地球(ほし)の意志〟からの警告。

 直後、私が月を穿つ塔だった塔から巨大なスクラップへと変えたばかりのカ・ディンギルを中心点に、強力な地震が発生した……明らかに震度七の最大クラス。

 まるで、大地が慟哭混じりの悲鳴を上げている様な激震。

 咄嗟に私はシェルシールドを浮遊させて、反揚力エネルギーも備えた障壁(シールド)を張る。ギアを継続して稼働させている私と翼はともかく、解除されている響を地震の猛威から守る為だ。

 

「ちぃ!」

 

 翼の口が悔しさで歯ぎしりをする……変身した姿のまま傷心に暮れる響を抱き支えている私も同じ気持ちだった。

 この災禍を招いているのは藤尭さんからの分析の通り、カ・ディンギル直下……特機二課本部最奥区画アビスに保管され、月にあると言うバラルの呪詛を破壊する為の荷電粒子砲の動力源とされていた不滅の剣――デュランダルであり、かの完全聖遺物を活性化させている張本人は先史文明の亡霊たる〝終末の巫女〟の仕業だと見当が付いていながら……酷く震撼する大地から響を守るだけで手一杯だった。

 何せ震源地にいる相手は今地上より一八〇〇メートル付近の地下深くにいる………そこへ奴の次なる蛮行を食い止める手段を、私たちは持ち合わせていない。

 よしんばあったとしても……月を一撃で原型を留めぬダメージを与えられるだけのエネルギーを発しているデュランダルめがけ攻撃することは……メルトダウン直前の原子炉にミサイルを撃ち込むも同然だ。

 

「っ………」

 

 カ・ディンギル周辺を打ち震わせていた揺れが、急に治まり、不気味さすら覚える沈黙へと鞍替えした。

 

「三人とも、御無事ですか?」

「緒川さん!?」

 

 ――ところへこれまた突然に、眼前にて瞬間移動でもしてきた様に緒川さんが片手の指を〝印で結ばせて〟姿を現した。

 いつもの黒スーツの風体(フィーネとやり合ったらしく服は多少ながら皺と汚れが見られるけど)のままここまで来た絡繰りは、事態を収束させた後で聞けば良いので。

 

「響を安全な場所まで送って下さい、すぐにここはまた戦火に包まれます」

「分かりました………気をつけて下さい」

「緒川さんも、あまり気落ちし過ぎないように」

「ええ、善処はします」

 

 ガングニールが応じてくれないまでに戦意を失い、身体以上に心(むねのうた)が満身創痍な響を、内心自分たちでは〝終わりの巫女〟の終わらぬ凶行を止められない実状に無力さと言う苦味を感じている緒川さんに託そうとする。

 

「朱音……ちゃん」

 

 すると響当人から……嘆き、焦燥、無念さ、罪悪感……等々らによる様々な感情がない交ぜになって心中が混沌と渦巻き乱れ、その影響で瞳が潤んで今にも涙が零れ落ちそうな表情を見せながら、何か言いたいのに上手い言葉が見つからずに言い淀まれるも。

 

「気持ちはありがたく受け取ってるよ―――」

 

 私は、できるだけ響が内なる情の濁流に苛まれ、呑まれない様にと願って微笑み返す。災厄を前に為す術がない生命(いのち)を守る為に戦い――歌う自分からすれば、これ以上、歌う力が残っていない響を………この戦場(じごく)の渦中に置いたままにはできないからだ。

 

「響達の命も、私と皆が生きてる世界(にちじょう)も、絶対終わらせないから」

 

 せめてもと、欲張りな自分自身含めて〝生き延びることを諦めていない〟と響に伝え終え、緒川さんの腕の中へ移った彼女からそっと身を引くと。

 

「しばし口は閉じていて下さいね」

 

 緒川さんは響を抱き上げそう彼女に忠告すると――咄嗟に私たちへ手を伸ばしかけた響の姿――を含め、瞬く間に残像を微かに残してこの場から消えた……風に見えて、本当は常人の目では捉え切れぬ脚力で、疾風の如く走り去っていった。

 

 

 

 

 

 依然として蒼穹を隙間なく覆い尽くす、灰色の雲海の進む速さが増した空の下、我が剣(アームドギア)を〝無形の位〟で携え、もうじき戦場(いくさば)となる……かつてはリディアンの校舎が立っていた廃墟にてその時が来ても応戦できる様に身構えつつ……立花を迎えにきた緒川さんに彼女を託す朱音のやり取りを見つめていた。

 朱音と緒川さんの判断は正しい……具体的なメカニズムは不明にしても、シンフォギアを起動させるのは相応の強固な意志が必要となり、意気消沈した今の立花では、再度心臓に付着したガングニールの欠片よりギアを纏うのは困難であり……そんな彼女の身を案じて守りながら戦える程甘くはない激戦が容易に想像できる〝嵐の前〟の今の内に、できるだけ戦場より遠く離れた場所に避難させた方が賢明。

 立花の〝歪な気質〟からして、納得しかねる彼女の説得を朱音と緒川さんに任せるのも然り……不器用な舌の主な私では、突き放した態度で接してしまうのは目に見えているからだ。

 

〝奏から託された力を、そのように使わせてしまったことも………そして立花(きみ)には、ご飯が大好きでささやかな人助けが趣味な、少女のままでいてほしかった…………本当に、すまない………やはり謝るべきは―――私たちの方なんだ〟

 

 何より、先程暴走した立花に伝えた言葉の通り……私達も引き金を引いて招いた当事者も同然なこの〝厄災〟に巻き込まれ……多くの苦難に見舞われ傷を負ってきた立花を、これ以上付き合わせたくは………巻き込ませたくはなかった。

 片翼――奏を喪って迷走していた自分の独奏(ソロ)でも〝元気を貰った〟と言ってくれた――からこそ。

 これで良いのだ……なのに、アームドギアを握る手は震え、これから起きる戦闘に応じる為に必要な歌を発する口の中に、苦味が広がる。

 私からはすればこの〝苦さ〟そのものは、初めて味わう代物だったが、心当たりは……ある。

 

〝翼さんが今、ご自身の心に感じているその痛みは、朱音さんも、何度も味わってきたものでもあるでしょう………だからこそ、歌い続けているのです、こうして〟

 

 以前、特異災害が起きる度に犠牲になった人達へ哀悼の意を表して歌う朱音の姿を目にした時にて、胸の奥で疼く〝痛み〟とよく似ていた―――。

 

「翼……」

 

 察しが良い朱音当人は、私の方へと振り返ってすぐ自分の心境を汲み取ったらしく、気遣う声音で私の名を呼び。

 

「いや……防人の運命を課せられてからそれなりに長い月日が経っていると言うのに……」

 

 自嘲が混じった苦笑を浮かべ……同時につい先程見た緒川さんの様相と、朱音の切なさを発した後ろ姿を反芻して、私は今の胸中を言葉。

 眼鏡を掛けていようといまいと、涼しい面持ちを滅多に崩さない緒川さんの顔が……確かに物語っていたのだ。

 

「今の今になって……自分たちを戦場(いくさば)に送る司令と二課と……その事実を知る公人たちの方々が味わってきたものを噛みしめられてな」

 

 この事態の収束を、この災厄から人々を守る責務を……装者だとか防人であるとか以前に、まだ十代の少女である私達に委ねなければ、託さなければならない自分たちに対する……己が無力さや悔しさや引け目と言った諸々の感情を。

 それは緒川さんや叔父様(しれい)に限らず、フィーネの策謀で殺された広木防衛大臣や………私と奏が多くの人々へ歌を送り、表ではスポットライトの光を浴びている裏で、人知れず防人としてノイズ蔓延る前線(いくさば)に馳せ参じてきた事実を知る〝大人たち〟の多くが感じていた〝苦味(おもい)〟。

 

「少し前の私を……叱ってやりたくなったのだ」

 

 己は〝独り〟だと強がり、粋がっていた……そんなかつての自分に、諭すことができるなら、そうしたい気分にもなっていた最中――。

 

「翼、今翼が感じている音色は、貴方の父、八紘情報官も長年味わってきたものだよ」

「なっ……」

 

 朱音の口から、思わぬ人物――お父様の名を聞き、私は面食らった。

 

「なぜ……お父様のことを?」

 

 父は内閣情報官をお努めしているゆえに、内閣官房の公式HPにて写真とともに経歴を拝見できるが、朱音の口振りからして、直にお会いしたことがありそうで。

 

「この前のライブの時に、入れ違いでね」

 

 私が皆に歌を届ける〝夢〟を守る為に朱音と立花が奮闘してくれたあのライブの日、ノイズ殲滅で遅れて会場に入った際、偶然にもお忍びで来ていたらしい父を鉢合わせたそうなのだ。

 

「お父様が……私の歌を……」

 

 まさか、途中退席したとは言え、ご多忙な身で私の歌をわざわざ聞く為に時間を割き、来てくれていたなんて………とても浮かれてはいられない状況でもあるとは言え、父のその行為に対して、どんな気持ちになれば良いのか?

 

「翼と八紘長官の間に何があったか、私の方からは聞かないけど――」

 

 戸惑う私だったが――。

 

「翼の夢を応援してくれる人たちの為にも、絶対に――守り抜こう」

 

〝守り抜こう〟――朱音のその言葉のお陰で、今自分たちが為すべき使命を思い返した。

 朱音の予感が本当なら……バラルの呪詛が解かれれば〝滅亡より最悪の未来〟が待っている上に、フィーネの手でそれが果たされれば……〝月の破壊〟と言う未曽有の大災害とともに起きてしまう。

 こんな最悪の多重奏を……〝終焉の巫女〟などに許してはいけない、断じて許してなるものかッ!

 今までの私は惰性に流されるまま………抜き身の剣を振るっていた。

 だが今は違う。

 私にも………この胸の歌を生む心の底より、守りたいものが、数多くあるのだ――と決意の紐を締め直し、朱音と並ぶ形で、戦いに臨む構えを取った矢先、空よりあのミサイルの飛翔音が聞こえた。

 どうやら雪音も……おっとり刀で駆けつけてくれたらしく、再び助太刀に散じてくれた彼女と、共に立ち並ぶ朱音から感じる頼もしさに、私はほくそ笑んだ。

 そうだとも……奏が最後まで〝歌女〟として生き抜いて、助けられたこの命、もう無碍にはしない。

 これより起きる修羅場を戦い抜き、生きて――守り抜く。

 この手にある剣と、己が歌に賭けて誓ったのだから―――もう何も、失わせまいと。

 

 

 

 

 

 

「《カ・ディンギル》が……」

 

 自衛隊のキャンプを飛び出し、ミサイルに飛び乗ったアタシは、フィーネの安さが爆発し過ぎてる目的で作られ、由来の通り天を仰ぐくらいバカでかい塔だった《カ・ディンギル》が見事に見る影もなく倒壊して、崩落し切った無惨な様を見せられた。

 フィーネの言ってたことが本当なら、大昔に建てられた〝バベルの塔〟と同じ顛末を辿るとか……なんとまあ皮肉(アイロニー)がたっぷり効き過ぎている。

 正直〝自称――新霊長〟だとかなんとかほざいていたあいつの偉そうでふざけた口振りを思い返した分、折角立てた塔がまたも無惨にぶっ壊れてしまった事実に対し、ざまあないなと偽りない気持ちを抱いた。

 

〝私はただ……〝あの御方〟と並び立ちたかった……〟

 

 けど、同時に……ぶち壊そうとしていた月を見上げて呟いたフィーネのあの言葉も、頭ん中で再生された。

 もし朱音の推理通り、フィーネが口にした〝あの御方〟がアヌンナキとか言う神様どもの集まりの一人で、本当に《バベルの塔》をぶっ壊して元々一つだった人間の〝言葉〟をバラバラにした張本人だとしたら……なんて薄情な神様だと、文句(ぼやき)の一つや二つ言いたくなってくる。

 どうにもその神様の従者みたいな立場を超えた感情を抱いているらしいフィーネの言う通り、人間は確かに呪われていた………でもそれ以上に、その呪いを招いた当人でもあるあいつ自身が、一番呪われちまって何千年も引き摺って拗らせちまっているじゃないか。

 そう思うと………どんな理由でもアタシも含めて、数千年分の大勢の人間を巻き込んだフィーネの悪行三昧を帳消しにはできなくても、哀れだって気持ちが胸の奥で沸き上がってきた。

 だが……そんな感傷(おセンチ)に浸っている余裕はまだ無さそうだと、カ・ディンギルの廃墟に近づいて気がつく。この全身の肌どころか細胞の一つ一つに鳥肌を立たせてくる不快な〝匂い〟……忘れたくても忘れられない………バルベルデで何度も味わってきた争いの大火が起きようとしてる気配だ。

 大急ぎで来た甲斐があったと、ミサイルに象っていたエネルギーの結合を解いて地上へと降りる……まだここは戦場(てっかば)のど真ん中。

 

「クリスか」

「雪音?」

 

 降りた先にはアタシの存在に気づいた朱音と風鳴翼がいて、二人とも見るからに戦う気概ってやつが溢れているのを、ギアを纏ったまま手にガッチリとアームドギアを持ってる姿から窺えた。

 やっぱり……フィーネとの戦いは、まだ終わってなくて、今は次の戦闘(ラウンド)に入る―――嵐の前の静けさってとこか……。

 

「怪我は大丈夫なのか?」

「お陰様で、お互い良好(ピンシャン)、だろ?」

「そうだな、聞くまでもなかった」

 

 アタシと朱音は、さっきの絶唱で負った怪我(バックファイア)の心配はもう無いと確認し合い、鉄火場にいることを忘れねえ様に気をつけながらも、ほんのちょっとだが緊張感が和らいだので――。

 

「ところで……」

 

 ついでに、聞いておきたいことを朱音に訪ねる。

 どうやって荷電粒子砲(カ・ディンギル)の月を穿つ光を、一時は押し返すくらいの絶唱のエネルギーを捻り出した自分たちが負った代償(ダメージ)をあっと言う間に治してしまった手品も、その気になることの一つだったが……呑気に聞いていられる時間はなさそうだ。

 

「響(アイツ)はどうしたんだよ?」

 

 なので質問は、なんで立花響(あのバカ)だけが戦場(ここ)にいない理由に絞った。

 

「っ………色々あって〝変身〟できなくなってしまったから、下がらせておいた」

「無防備な立花を守りながら戦い抜ける程、甘くない戦いになると予想されるものだからな」

「そっか……でも、無事なんだよな?」

「ああ、身体の方は傷一つない」

 

 その〝色々〟とらも、話すと長くなりそうだなと、質問はこれで切り上げた。

 今の響(あいつ)はギアを纏いたくても纏えない精神状態に陥ったけど、体はどこも何ともないと言うことで。

 

「そんなに響が心配か?」

「うっ……ま、まあな……」

 

 朱音の翡翠色をした目ん玉を前に下手な隠し事は通じないのは分かっているので、こそばゆさを感じつつも、正直にアタシは響(あいつ)が心配だって気持ちを打ち明ける。

 

「あいつにもまだ返しきれてない〝恩(かり)〟がたっぷりあるし……」

 

〝どんくせえノロマ〟なんて名前じゃないッ!私は立花響ッ!一五歳ッ!〟

 

 長々と自己紹介されたあの時、〝彼氏いない歴が年齢と同じ〟ことと〝ご飯&ご飯――飯をたらふく食う〟ことが大好きなことはカミングアウトして、さっきもあんなに気安く抱き着いて癖に体重がどんぐらいかはぐらかされたまま、まだそこまで仲良くなれてねえってのに、お陀仏になってもらっちゃ困るし、それに――。

 

「それに、何となくだけどさ……こんな鉄火場にいるより、バカみてえに美味そうに飯を食える日常の方が、立花響(あのバカ)にはお似合いだよ」

「確かに、私もそう思うよ」

 

 アタシの言葉に同感した朱音は、両手の掌から噴き出した炎で右手にロッドを、左腕にガメラの甲羅の形をした盾を付け、アタシも続いてギアのエネルギーで両手にアームドギアのガトリングガンを携える。さっきの絶唱でイチイバルに掛かってるプロテクトが幾つか解けたらしく、砲身の形状が変わって大きくなっていた。

 相変わらず、自分の潜在意識のせいで元々持ち主の神様みてえに弓矢の形になってくれないのは癪だが……ギアの出力が上がったこと自体はありがたい。

 響(アイツ)が二年前、ツヴァイウイングのライブの傍らで行われたネフシュタンの鎧の起動実験中にフィーネがそれを分捕る為に引き起こした特異災害の生き残りの一人だってことは、当の本人から聞いていたし……朱音から貰った金銭でホテル暮らしをしていた間に、生存者があの後どんな目に遭ったかも、自分で調べて知った。

 

〝ちゃんと言葉を交わして、話し合って、通じ合えば―――分かり合えるよ!だって私たち―――同じ〝人間〟だよ! 人間なんだよッ!〟

 

 長年戦火で生き続けてきたアタシでも反吐が出そうになった……あんな〝同じ人間〟からの迫害も受けてきた後でも、開けっ広げのド直球にあんな綺麗言を言える響(アイツ)は、底抜けに大バカヤローだ。

 だからこそ……これ以上、フィーネが起こした災厄(あらそい)に響(アイツ)を巻き込ませたくない歌(おもい)があった。

 胸の奥にあるこいつには罪悪感とかの後ろめたい代物も混じってはいるが………それ以上に――立花響たちが笑顔で美味そうに飯が食べられる日常(せかい)――を守りたいって気持ちも、確かにアタシの心に宿っている。

〝アタシの歌〟は、ブチ壊すことしかできないと思っていた。

 でもその歌には……パパとママから受け取った音色(メロディ)が、確かにあった。

 この〝大切なもの〟を教えてくれた装者(うたいて)の朱音たちへの恩に報いる為にも、歌おう――守る為の、アタシの〝歌〟をッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今や《カ・ディンギル跡地》と称するに相応しく、まだ陽が射している時間ながら真夜中だと錯覚させる厚く広がる暗雲が空に流れ……七月にも拘わらず乾いた風が物憂げな音を立てて粉塵混じりに流れているのも相まって、どこかとうの昔に文明が崩壊してから幾星霜の年月が過ぎた物寂しさを醸し出している荒んだ大地の上を、力強く、決然とした意志を全身から発して並び歩き、進む者たちが三人。

 朱音、翼、クリスのシンフォギアの担い手――装者の少女たち。

 剣、ロッドと甲羅(たて)、ガトリングガンと、各々のアームドギアを手に、三者三様の形をした〝戦う理由〟を胸に秘めつつも――。

 

〝何としても、守りたいものがある〟

 

 ――と言う、共通の音色(おもい)も三人の瞳から発せられていた。

 

『デュランダルのエネルギー反応、安定域に入りました』

 

 藤尭からの報告(つうしん)を聞いた直後、カ・ディンギル周辺を一層〝荒野〟たらしめていた粉塵を宙に飛び散らす風が、止んだ。

 

〝~~~♪〟

 

 三人の胸部のマイクから伴奏が流れ始めたと同時に、緊張感が昂られた朱音たちは己が得物で構えを取る。

 ギアによって強化された彼女らの〝感覚〟が感じ取ったのだ。

 次なる戦いの鐘が……もうすぐ鳴ると言うことを。

 

〝Now~~God only knows~what may happen~♪〟

 

 三人を代表して朱音は、日本語で〝さて――鬼が出るか蛇が出るか〟を意味する諺を即興の詩にして歌い上げた――刹那。

 

『カ・ディンギル周辺に、空間歪曲反応多数! 数は―――』

 

 暗い灰色の雲海の下でも明瞭に肉眼で把握できる空間の歪みが、巨塔跡を取り囲む形で虚空を、地上を埋め尽くす勢いから夥しい数と濃度で発生。

 

「来るぞッ!」

「おうともッ!」

「分かってらッ!」

 

 分厚い歪みの壁面から、大多数のノイズの軍勢が姿を現した。

 相手がノイズだろうと油断はできない……単純に数が多過ぎるだけでなく、フィーネがこの次にどんな手段(カード)を切り出してくるか予測するにも限界があるからだ。

 何より三人は重々承知している……自分たちそのものが――

 

〝最終防衛ライン〟

 

 ―――そのものであると言うことを。

 終わりの巫女がどのような仕掛けを繰り出して来ようとも、彼女たちは微塵も奴が産み落とす〝災禍〟を通す気は無かった。

 

《烈火球・嚮導―――ホーミングプラズマ》

 

《旋斬甲――シェルカッター》

 

 朱音は自身の周囲に火球を生成、左腕に携えていたシールドを投擲すると同時に発射し、スラスターを点火させて飛翔、上空のノイズの群れへ果敢に突貫し。

 

《灼熱刃――バーニングエッジ》

 

 随時誘導機能を有した火球を生成して放っては一発も漏らさず撃ち落とし、ノイズが密集しているのを利用して爆発の炎に巻き込ませ、脳波コントロールされて飛び舞うシールドと、炎(プラズマ)の刃を纏って攻撃範囲を伸ばしたロッドで焼き切り。

 

《蒼ノ一閃》

 

 翼は地上にいる群体へ、先手の三日月状の光刃を振るい。

 

《逆羅刹》

 

《千ノ落涙》

 

 

 持前の脚力(きどうせい)で切り込みながら、両脚の刃で切り刻み、宙に出現させた諸刃の驟雨を降らせ刺し貫く。

 

《BILLION MAIDEN》

 

《MEGA DETH PARTY》

 

 クリスは上空地上問わず、両腕に携えた二対のガトリングガンの高速回転し火花を迸らせる銃口から弾丸の暴風を乱れ撃ち、腰のアーマーから絶えず小型ミサイルを発射し続け。

 

《MEGA DETH FUGA》

 

 両肩のアームユニットからも二機の大型ミサイルを展開、打ち放った。

 

 なまじ数も密度もあるが為に先制攻撃を諸に受け、地上と空の双方から断末魔の火花たちにされていくノイズたちだったが……猛攻を繰り出してくる装者たちに対し、奴らは彼女らに反撃をしてこない……どころか、自らの位相操作の能力で《カ・ディンギル》の残骸の真下に位置する地中へと飛び込んで行く。

 

「フィーネ、何を企んでやがる……」

 

 ノイズを《ソロモンの杖》で操っているのは明白なフィーネの意図が汲み取れない中。

 

「っ!」

 

 朱音の瞳が驚愕で見開かれ、胸部の勾玉(マイク)が暁色に輝き出した……彼女の脳裏に、マナを通じて流れ込んだビジョンが浮かんだのだ。

 

 巨塔の炉心であった《最奥区画――アビス》の中、輝くデュランダルを傍らに自らの腹部に《ソロモンの杖》を突き刺し、全身の神経が破裂寸前にまで膨れ上がって痛ましく血走り。

 

「ノイズを、取り込んでる」

「何だとッ!?」

「マジかよ……」

 

 召喚したノイズを己に吸収し、融合しようとしている姿を。

 

「一体でも多く落とすぞッ!」

 

 朱音の号令で装者たちは、ノイズどもへの攻撃を再開。

 持ち得る攻撃手段の数々を惜しみなく使い、少しでもフィーネに取り込まれようとするノイズたちを屠っていき。

 

〝穿て~~――〟

 

《轟炎烈光波――ブレイズウェーブシュート》

 

〝ブレイズウェーブ~~シュゥゥゥゥーーーートッ~♪〟

 

 朱音がライフルモードに変形させたアームドギアの銃口からプラズマ火炎流を放射し薙ぎ払ったところで、ノイズたちの出現と地中への突撃が、突如止まった。

 再び荒野に静寂が訪れた中、朱音は翼とクリスがいる地上に降り立つ。

 一心不乱に、歌いながらノイズを殲滅し続けていたがゆえに……僅かしかない静粛の時を活用して、少し荒れ気味であった息を整え直し……戦闘態勢を取り直す。

 

「来るっ!」

 

 朱音がそう口にした瞬間、灰色の雲海からは幾多の雷鳴の閃光と轟音が響き、大地が再び大きく震撼し、《カ・ディンギル》の瓦礫の山を突き破って、次なる〝災厄〟が出現する。

 

 それは――赤い龍に酷似する禍々しい巨体を有し、終焉の巫女が変化するに相応しい………〝黙示録〟そのものと言える異形であった。

 

 

 

 

 

 

「〝ベイバロン〟……」

 

 私は地中から出現した〝真紅の竜〟の姿を想起させる巨大な異形を、自身の直感(むねのうた)が思い浮かべるがまま、そう呼んだ。

 古代メソポタミア――超先史文明の王国の首都たる《カ・ディンギル》――《バビロン》と一文字違いの名を有した女神の名、またの名を《緋色の女》……もしくは《忌まわしき者たちの母》………それがこの言葉の意。

 

「あれが三つの完全聖遺物と融合したフィーネの姿なのか……」

 

 ネフシュタンの鎧。

 ソロモンの杖。

 不滅の剣――デュランダル。

 そしてそれらと自らの意志を以て、己が子孫の〝櫻井了子〟の肉体と融合した異形を目にした翼は戦慄し。

 

「あんなのに化けて出てくるたあ……往生際が悪過ぎんだろ」

 

 クリスは忌々しく苦味が広がった口内で舌を鳴らす。

 

「ベイバロンと言ったか……そうとも」

 

 巨体の体内から、低く鈍く残響が掛かったフィーネの傲岸さたっぷりな笑い声が響いてくる。

 どうやらさっき私の呟いた単語を聞き取っていたらしい……直後、装者(わたしたち)への敵意を剥き出しに睨みつける龍の容貌の下、うねうねと気味悪く蛇行する長い首の一部が開き――。

 

「これこそ三つの聖遺物を束ね……三位一体となった究極形態、黙示録の赤竜――《ベイバロン》ッ!」

 

 ――異形と同色な血の真紅にして豪勢な衣裳(ドレス)を纏った〝世界の終焉を招く巫女〟が、傲然とした佇まいで姿を露わにし、自らを〝緋色の女〟だと相も変わらず傲然と高らかに称して、眼から相対する私達へ、明確な殺意や憎悪を宿す眼光を発し、突きつけてきた。

 

「骨の髄まで、櫻井女史の〝血肉を貪り喰い尽す〟と言うのか? フィーネ……」

 

 奴が纏う異形と蛇じみた眼(まなこ)に対し、翼は刀(アームドギア)を正眼に構えると同時にそう言い放つ。

 その口振りから、翼もフィーネによって聖遺物を無理やり取り込ませられた〝櫻井了子〟の肉体の状態がどうなっているか、おおよそ見当が付いているらしく。

 

「おい、そいつはどういう意味っ―――まさか……」

 

 脳裏に疑問符を浮かべていたクリスも、翼の発言の意味を理解し。

 

「ああ……聖遺物に蝕まれた櫻井博士の肉体は今、炉心融解寸前の原子炉みたいなものさ」

「フィーネ……そこまで……」

 

 さらに私からの皮肉(アイロニー)をたっぷり含んだ比喩を聞いてクリスは、両肩を悪寒で震わせ、苦味が倍増された唾を大きく呑み込みこませる。

 

 そう……フィーネに魂を塗りつぶされた……奴の血筋を受け継ぐ子孫の一人であり、かの異形の巨体の中心部にして制御装置そのものへと犯された〝櫻井了子〟の血肉は……今この瞬間にも崩壊に向かって、目には見えない――〝喪失(カウントダウン)〟――を、着々と、確実に刻んでいるのだ。

 櫻井博士の肉体が、完全に聖遺物たちからの強姦に耐えきれなくなって限界が訪れれば………奏さんの最後と同様、欠片も塵も残らずに消滅してしまうだろう。

 それは当のフィーネとて存じているのは明白………そして三つの完全聖遺物と融合し……自称した通りに〝黙示録の赤竜〟となって一時的に手にした強大な力を以てしても尚、月に潜む呪詛(バラル)の解呪は……叶えられないことも。

 こんな横紙破りが過ぎる方法で〝呪詛を穿つ〟ことができるなら……数千年も子孫から子孫へと憑依を繰り返しながらその方法を模索し、わざわざデュランダルを炉心にバベルの塔を模した荷電粒子砲(カ・ディンギル)を密かに建造し、月諸とも破壊しようとなどせず……最初から先史文明時代にて、奴自身がとっくに実行していたであろう。

 

「櫻井女史の肉体を使い潰すまで……装者(われら)と世界への恨みつらみを晴らす血祭りに興じる気だと言うことか……」

「然りだ……風鳴の落とし子よ」

 

 翼がふと零した皮肉(ブラックジョーク)を、耳にしていたらしいフィーネは肯定する。

 

「逆恨みだと断じると言うのなら好きに思え、我が悲願を破砕した装者ども」

 

 最早〝櫻井了子〟の代では呪いを月ごと穿つ妄執(ひがん)を果たせなくなった奴が、次の依代先に転生するまでの僅かな時を〝赤竜(ベイバロン)〟と言う黙示録となって災禍の炎を……地球(せかい)にまき散らそうとする目的(りゆう)は、ただ一つ――。

 

「〝逆鱗(さかさうろこ)〟に触れたのだ………」

 

 そう……〝復讐――Revenge〟だ。

 

「――覚悟はできていような?」

 

 黙示録の衣を纏う――REVENGER――復讐者が宣戦布告を問うてくる。

 

「I‘m~Ready~~♪」

 

 私の〝胸の歌〟は応じる――〝覚悟なら……とうにできている!〟とッ!

 

《超烈火球――ハイプラズマ》

 

《蒼ノ一閃》

 

《MEGA DEATH PARTY》

 

 私は――否――装者(わたしたち)は一斉に、先手の攻撃――火球、光刃、誘導弾の驟雨を放ち、赤竜の体表に爆炎が上がる。

 そして――〝災禍の業火〟――を消し止める為、黙示録を齎そうとする終焉の巫女――フィーネが宿りし異形へと、駆け出し………奴との最後の戦いへと馳せて行く。

 今赤竜と正面から戦えるのは、シンフォギアの担い手たる装者だけ………その私達こそ――最終防衛ライン。

 命を賭けて戦場に飛び込む覚悟を〝胸の歌〟に秘める私たちの後ろには、私たちの守りたいものがある。

 

 

 

 

 

 ここから先は、絶対に通させはしないぞ――フィーネッ!

 

 

 

 

 

 

つづく。

 


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