GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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予想はしてたけど、予想してた以上に響の心理描写、むずい!
リリゼロでなのはを描く時めちゃくちゃ苦労しましたが、それ以上に響って女の子を描くのに苦労の連続、あんだけ対話を求めてる子なのに……。 

追記:あれから結構経ちましたが……やはり描きづらいビッキーです。書いても書いても書いて対話を何度も試みても、心象風景をはっきり見せてくれない(苦笑


#3 - 装者、三人◆

 律唱市内のコンビナート、その塔の一角の頂きより立ち上った……橙色の光の柱。

 シンフォギアの装者として、かつての自身の力を取り戻したばかりの草凪朱音も、共闘していた部隊の指揮官と、一目で膨大なエネルギーを内包している〝柱〟を、翡翠色の瞳で凝視していた。

 

「何だ?あの光……」

「シンフォギア………〝ガングニール〟」

 

 かと思えば、その大人びた美貌を引き立てる凛々しい表情で、シンフォギアに携わる者たちにとって、衝撃を与える単語を呟く。

 

「え? おい嬢ちゃん……今何て言いやがった―――っておい待て!」

 

 指揮官の質問に答えぬまま、かつ光の柱に己が視線を固定させたまま、何かに駆られる様子で、先程大技を使ったことによる疲労を抱えていたとは思えない速さ、アスファルトを蹴り上げ疾走する。

 

「あぶねえぞッ!」

 

 進行先には、合体による集合体なノイズの爆発跡、まだ火が強く立ち昇っている。

 指揮官ら自衛隊員らの警告を振り切って、朱音は躊躇せず火の海に飛び込んだ。火の密度具合から考えれば、あっと言う間に火は制服に引火して、彼女の身体ごと燃やそうとする筈なのだが――。

 

「ど……どうなってやがる?」

 

 部隊を代表して朱音に礼を述べた指揮官の息が、飲まれる。

 ノイズと言う謎だらけの存在を相手にしてきた彼らでさえ、不可思議な現象が起きたのだ………火は朱音を襲うどころか、まるで意志を有しているかの如く、宇宙を駆ける流星に似た動きで彼女の胸元に下げられた勾玉に吸い寄せられていった。

 

〝Valdura~airluoues~giaea~~♪ (我、ガイアの力を纏いて―――悪しき魂と戦わん)〟

 

 風の如き素早さで走る朱音は、前世の自分が有していた能力と同様の手段で炎を味方に付けエネルギーとして取り込み、マグマの流動に酷似した発光現象を見せる勾玉へ、シンフォギアを起動する為のパスワード――聖詠(せいえい)を唱え。

 

「ガメラァァァァァァァァーーーーーー!!」

 

 勾玉を右手に取り天高く掲げ―――〝最後の希望〟としての自身の名を、再び叫び上げた。

 

 

 

 

 

 一方、特機二課地下本部の司令部でも、3Dモニターに、これが二度目である光の柱が立ち上る光景を映したドローンのカメラ映像が投影されていた。

 

「波形パターン照合………これは―――」

 

 コンビナートを発信源とするエネルギーの解析は、すぐさま結果は出たのだが……その結果そのものに対して、司令部にいた全員が〝信じられない〟と言った面持ちを見せていた。

 現二課司令官――風鳴弦十郎も、例外ではない。

 

「ガングニール……だと?」

 

 どれだけ激しい運動を休まず続けていても、疲労の色を見せなさそうだと思えてしまうくらいの屈強な肉体の持ち主である彼の額から、『草凪朱音が正体不明のシンフォギアの装者となった事実』を超える驚愕で湧き出た汗が、一筋流れた。

 

 

 

 

 律唱市内のモール街の一角。炭素の塊が散乱し、炭素粒子も無数飛び交う地にて、誰の力も援護も借りず〝ただ独り〟………右手に日本刀型の片刃の剣(つるぎ)を携えてノイズと戦い、この場にいた個体を全て狩り尽していていた戦士――装者も、ほぼ無表情でいたその顔を、司令部からの通信、正確には、通信内容に含まれていた単語――。

 

〝ガングニール〟

 

 ――を聞いた途端、衝撃に打ちのめされたものに歪められていた。

〝柱〟を見据えて、大きく開かれた双眸は、震えていながら半ば凝固してしまっている。

 

「そんな………だって………あれは……」

 

(嘘だ………嘘よ………そんな筈はない………あるわけがない………何かの間違いよ………そうでなければ………だって、だってあれは――)

 

 彼女は、瞳に提示された事実を前にしてひたすら〝否定〟で抵抗し。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!〟

 

 否応なく………装者としても、そして歌い手としても〝最高の相棒〟であった少女との、永遠の別離の瞬間を、脳の内部のスクリーンに映写させてしまっていた。

 

『翼、至急こちらが指定したポイントに向かってくれ、お前のいる地点からはそう遠くない』

「っ………了解、直ちに向かいます」

 

 司令部からの命令で、どうにか我に返った装者の少女――風鳴翼は、かつて相棒が〝持ち〟、彼女の死とともに失われた筈の〝シンフォギア〟が発する光の下へ、急いだ。

 

 

 

 

 

 さて、今の状況の中心地に立っている筈の―――〝ガングニールのシンフォギア〟を纏っている少女、立花響は、ほとんど自分の置かれた状況を理解し切れずにいる。

 

(何が……どうなっているの?)

 

 今日が発売日であった風鳴翼のニューシングルのCD初回限定版を、何としても初日に購入すべく、急ぎ学校からショップに向かう途中、炭素化させられた市民の亡骸たちからノイズの襲来を察し、あわや奴らに襲われるところだった幼子を助け、シェルターに行こうにも何度もノイズの待ち伏せをくらい、どうにかこうにかコンビナートエリアの建物の頂上まで逃げ延びたものの………そこにもノイズらが多数空間転移してきて、完全に追い詰められた最中。

 

〝諦めるなッ!!〟

 

「絶対に――諦めないでぇ!」

 

 二年前、自分を救ってくれた〝あの人〟の言葉を思い出しながら、絶対絶命以外の何ものでもない状況を、それでも〝生きて打ち破ろう〟とする意志が極度に高まった瞬間。

 

《Balwisyall~Nescell~gungnir~tron 》

 

 響は胸の奥から響いてきた言語(かし)を、無意識に歌い上げ、直後……二年前のあの時胸に負った怪我の〝傷痕〟から突如放たれた光に、彼女の身体は包まれた。

 

 呻き声を上げて我(いしき)を一時は失うまでに迫る、全身のありとあらゆる神経全てから上がる〝悲鳴〟の後、我を取り戻した響に待っていたのは―――四肢と頭部に黄色がかった鎧(アーマー)が接着された装束(スーツ)を身に纏っている、己が姿であった。

 

「え?わたし………これ、どうなっちゃってるの?」

 

 当然、突如自分の身に起きた事態に、響は答えに行き着くだけの余裕もない。

 どうして自分の纏うアーマーからメロディが鳴り響き、合わせる形で自分が歌っているのか、なぜ歌の歌詞がぽっと浮かび上がってくるのか………そのメカニズムを今の彼女が理解するには無理があり過ぎた。

 ただ――

 

〝何としても、この子を守り抜く!〟

 

〝絶対に~離さない!この繋いだ手は~こんなにほら暖かいんだ~ヒトの作る温もりは~~♪〟

 

 ――その想いだけは偽らず、その心のままに、彼女にとって正体不明な力に振り回されながらも、幼子を抱きかかえてどうにかコンビナートの敷地内を我が物顔で氾濫しているノイズたちから振り切ろうとした。

 

〝解放全開!イっちゃえHeartのゼンブで~~進む事以外~答えなんて~あるわけない~~♪〟

 

 咄嗟に塔から飛びおり、予想もしていなかった今の自分の跳躍力に戸惑いながらもどうにか地上に着地。

 程なく落下してきたノイズらを横合いに飛んで回避しようとしたものの、加減が利かずに高く跳び過ぎ、どうにか自身を盾に衝撃から幼子を守りながらも壁面に衝突して、再びアスファルトに降り立った。

 そこを狙って、突進を仕掛けてくる一体に対し、反射的になりふり構わず、響は右の拳を付きたてた。

 

〝響け!胸~の鼓動!未来の先へぇぇぇぇ~~~~♪〟

 

 完全に素人そのものである、目を瞑りながら拙い拳打は、しかし一発でノイズの身体を〝炭素〟に変えて粉々に散らせた。

 

(私が……やったの?)

 

 ノイズの炭素分解の脅威は、彼女も身を以て体感しているだけに、眼前で起きた人間である自分が逆にノイズを倒してしまった現象に、響は呆気にとられる。

 

 それによって、さらにもう数体からの突貫を前に、反応が遅れた―――が、ギリギリノイズと響の身体が接触する直前、大気ごと肉を切り裂く斬撃音を響かせて、彼女らを襲おうとしていた個体らがほぼ一斉に両断された。

 

「呆けているな――でないと死ぬぞッ!」

 

 飛び上がりながら、右手の刀でノイズに引導を渡した剣士――風鳴翼は、響に背を向ける形で着地。

 

「貴方(おまえ)はその子を肌身離さず守っていろ!」

 

 どこか時代がかった言葉遣いと、一応の気遣いの色を帯びながらも響にテレビで見る時より低めの声音で叱責を投げた青色主体の〝シンフォギア〟を装着している彼女は、そのままノイズの群れへと勇猛果敢に飛び込んでいく。

 

「翼……さん?」

 

 翼の背中を見送る響は、二年前のあの日を思い出していた。誘ってくれた未来が家庭の事情で来れなくなり、成り行き上一人で〝ツヴァイウイング〟のコンサートを見に行って、他の観客とともに二人の歌声に魅了される中、特異災害に巻き込まれ。

 

〝諦めるな!〟

 

 命と引き換えに救ってくれたツヴァイウイングの片割れであったあの人――天羽奏から、あの言葉を貰い受けた……〝あの日〟の記憶を。

 

 

 

 

 

 

 そして、再び己が前世の力を宿すシンフォギア――ガメラの装束を纏い、アーマー各部にある推進器から火を吹かし空を翔ける朱音も、コンビナートに向かっていた。

 

 

 

 

 

〝ガングニール〟

 

 またの名をグングニル――投擲すれば確実に対象を仕留めて持ち主の手に戻り、槍の刃にはルーン文字が彫られていたと言う、北欧神話の神オーディンが愛用していた槍、さっき頭に響いたあの歌の詩にも、その槍の名が含まれていた。

 さっき聞こえたあの歌は―――間違いなく〝シンフォギア〟の起動パスワードだと断言できる。

 そこまで言い切れるのは、〝地球〟そのものから教えてもらったからだ。

 あのマナの光を浴びた瞬間、私の脳はこの世界の〝地球の意志〟から、シンフォギアの大まかな〝使い方〟をラーニングされると同時に、この星そのものが記憶していたシンフォギアの戦士たちの戦いの記録を、―――送り込まれていた。

 

 表では〝二人で一人〟のアーティストとして、人々に歌で勇気と希望を与え、裏では人知れず歌をも武器に勇敢にノイズと戦ってきたツヴァイウイングの〝戦記〟を。

 

 そのツヴァイウイングの片割れであった天羽奏の、シンフォギアの使い手としての彼女のアームドギアは大振りな〝槍〟。

 しかも起動パスワードである歌詞は――《Croitzal ronzell Gungnir zizzl 》。

 先程頭に響いたのとは少し異なるけど、ガングニールの単語が入っている点は共通している。

 けれどなぜだ? 脳裏に埋め込まれた地球からの記憶の中身(えいぞう)に間違いがなければ、ガングニールと言う名のシンフォギアは………〝あの子〟を助ける為、禁じ手に手を出した使い手の命とともに散って……失われた筈なのに。

 いけない――疑問の追求は後に回せ!

 どこの誰が、ガングニールの新たな使い手になったかまでまだはっきり分からない………さっきの声には聞き覚えがるのだけれど、懸念のせいでとても断定できずにいる。

 だけど……あのツヴァイウイングの二人のように訓練を受けたわけでも、私のように――怪獣としてとは言え幾多の修羅場を潜り抜けて、ある程度〝地球〟からレクチャーを受けたわけでもない素人なのは確か、特機部に所属する正規のシンフォギアの使い手は、昨日まで〝一人〟しか存在しなかったのだから。

 ならからくりはどうあれ、今ガングニールを起動させた〝何者〟かは、戦いを全く知らない一般市民………そんな者に〝世界の希望〟なんて責務は、余りにも重すぎる。

 誰もが……〝ガメラ〟になることを選んだ私や、私と精神を交感させる〝巫女〟の役に選ばれた〝浅黄〟みたいに、享受できるわけじゃない。

 理由の窺いしれない〝運命(さだめ)〟に、為す術を持てずに翻弄されてしまうのが普通だ。

 

 助けれければ――その誰かが、不条理な運命の牙を前にして、完全に飲み込まれてしまう前に。

 

「―――」

 

 演歌の趣きと、独特のビブラートが混じった歌声が、コンビナートのエリアから聞こえた。

 先に来ていたのか………テレビでも動画サイトでも、何度もその歌声を耳にしていたから、その声の主を特定するのに、一秒も掛からなかった。

 地上では、青と白と水色で構成されたギアを着装している風鳴翼が、日本刀に似た剣の形状をしたアームドギアで、文字通り一騎当千の戦闘を繰り広げながら、戦場に〝和〟を連想させる歌声を轟かせていた。

 

 歌がサビのパートに入ったと同時に、剣が彼女の身長を遥かに越える大剣に変形、刀身に青色のエネルギーを纏わせ、上段から振り落とすと三日月型のエネルギー波を飛ばして、およそ二十体の数のノイズを葬り、間髪入れず、虚空に光の剣を幾つも生成し、一挙に放って敵を串刺しにする。

 さらに彼女は逆立ちの体勢で高速回転し、両脚に装着されたスラスター付きの刃を、疾風怒涛、鬼神の如き勢いを相乗させて次々とノイズを切り伏せていった。

 

 まさに伊達ではないな………この目で直に目にして、彼女(あのひと)の卓越した

戦闘センスに驚嘆させられる。その上実戦経験も豊富であることも一目瞭然であり、アーティストと学生生活の裏でストイックに磨き続けてきたであろう剣腕は、まだ私より二つ年上な十代だと言うのに、達人の領域にある。

 私も祖父(グランパ)から剣術を習い受けていたが、明らかに腕は圧倒的に自分を凌駕していた。

 それなのに……私は、風鳴翼の戦いから……〝危うさ〟を感じずにはいられない。

 以前から時々、ソロに転向してからの彼女の歌声を聞いていると―――〝泣いている〟感覚が過るのだけれど、それと同じものを、彼女が纏うシンフォギアの本来の用途からかけ離れた〝戦い方〟から、見受けられてしまう。

 剣の太刀筋も、洗練されてはいるのだが………まるで鋼鉄だけで作られてしまった〝刀〟のように……カタくて、脆さも抱えているのが分かってしまった。

 悲壮さも内包した風鳴翼の勇姿は………前世(むかし)を思い出させるには十分過ぎた………〝心〟を殺してまでも、使命に準じようとしていた――ガメラ――としての自分を。

 

「Gohooooooーーーーーーー!!!」

 

 風鳴翼の歌声が響く戦場で、一際大きなノイズの鳴き声。そちらへと目を移すと、首と頭部の境目が分からず、四角状の大口を有し、両手両脚が細いのに上半身は肥大なで四十メートルくらいある黄緑色の異形が、自分と同じくらいの少女と、あの子にそっくりな幼女を見下ろしていた。

 

「…………」

 

 勝手に口が息を呑む、勝手に右の手が口を抑えた………ほんの微かな一瞬の間、呼吸までもが止まっていた。薄々、脳裏に過りながらも恐れてていた事実を、見せつけられたから。

 自分と風鳴翼、そして天羽奏さんのものと似た意匠のあるアーマースーツ、紛れもなくあれもシンフォギアであり、ガングニールで間違いない。

 そして……それを纏っていたのは……私の……〝友達〟だった。

 

〝なんで………なぜあの子が―――ガングニールの継承者なんだ?〟

 

〝ノイズに人生を狂わされたと言うのに………なのに……なのにこんな重責まで――背負わされなければならないんだ?〟

 

 少女と、その少女が纏う装束に、頭が一面白色になりかけた………なのに体は、自分の本能が赴くまま、大型ノイズへと加速、降下して行った。

 

〝やらせない――やらせぬものかッ!〟

 

 目の前に提示された〝現実〟に惑っていた翡翠色の瞳は――瞬く間に〝ガメラ〟のものとなっていた。

 

 

 

 

「凄い……やっぱり翼さんって……」

 

 幼子を抱いたまま、響も風鳴翼の獅子奮迅の如き戦い様に驚嘆し、見とれていた。

 やっぱり………二年前のあの日、自分が見た光景は、夢でも幻でも、間違いでもなく……本当に起きていたことだったんだ。

〝ツヴァイウイング〟が―――影でノイズと戦う戦士であったことを。

 響はずっと……あの日以来、それを確かめたかった。

 CDを聞いたり、ライブに見に行ったり以外は特に音楽と関わりがなかった響が、この春からリディアンの高等科に編入したのも、風鳴翼が在籍しているのが理由の一つだったが、何よりそれ以上に強い理由として、直接翼本人に、〝あの日〟のことを聞きたかったからだ。

 今日も、食堂に現れた彼女に、思い切って話をできる機会を作って、その時に問おうと考えてたんだけど………実際本人を前にしたら、どう尋ねていいか分からずに空振ってしまった。

 この春できた友達の一人にフォローしてもらえなかったら、もっと〝変な子〟だと印象付けられてしまっていただろう。

 

「ふぇ!」

 

 見とれ過ぎていたが為に、幼子が気づくまで、響は気がつけなかった。

 いつの間にか、目と鼻の先にも等しい近さで、大型ノイズがこちらを見下ろしていたのだ。

 

 口らしきもの以外は顔に顔らしい表情のないカオナシの巨大ノイズは――〝くたばれ〟とでも言いたげな様子で、その顔を響らの下へ近づけ傲然と見下ろし、振り上げた右腕で二人を打ちのめし、炭化させようとした。

 

 だが、傲岸さを隠しもしないノイズの蛮行を、許さぬ者が――

 

「――――」

 

 ――風鳴翼のものではない、別の誰かの歌声とメロディを、響の耳が捉える。

 日本語でも英語でもない……響からすれば全くわけの分からない言語だと言うのに。

 

〝災いを撒く邪悪よ――受けるがいい〟

 

 不思議にも……歌詞の内容が、手に取るように理解できていた。

 

「バニシングゥゥゥゥゥ――」

 

 声からしてそう歳が変わらなさそうな、でも風鳴翼に勝るとも劣らない歌唱力を秘めた女の子の歌声は、パッションを惜しげもなく放出させる激情に満ちたものに変わり。

 

「――フィストォォォォォォォォーーー!!!」

 

 ジェット機のような轟音とシャウトを鳴らして、赤味を帯びた飛行する〝火の影〟が、ノイズの頭部と激突。

 仮にも巨体に恵まれているノイズは、ほんの少しでも耐えることが叶わず、呆気なく仰向けに倒れ、爆炎となって、爆風と炭と火花とセットで、爆音を周辺にまき散らせた。

 吹き荒れる風から幼子を守るべく、咄嗟に響は自身を盾とする。

 少し時間が経つと、暴風は止み、彼女はゆっくりと背後の光景を見た。

 あれ程の巨大なノイズが、もう影も形もない、宙を舞う黒い粒たちは、そのノイズであった残り滓だと言えた。

 一撃であの巨体を打ち倒した影は、常人の目では拝めないほどの速さであったが、シンフォギアによって五感が強化されていた響の瞳は、確かにはっきり目にしていた。

 炎でできた人間のものではない〝手〟に覆われた右手で、渾身のストレートパンチをぶちかました、〝見覚え〟のある女の子の姿。

 同じく強化されていた響の耳が火の中から、砂利が踏まれて響く足音を認識する。

 音に追随する形で、こちらへと歩いてくる人影が、一つ。

 段々……その影の輪郭がくっきりとしてきた……燃え盛る火が逆光となって、人影はまだ黒ずんで暗い。

 

「え?」

 

 ただし、響は人影の正体を、たった今ノイズを炎の拳で倒した戦士の姿を、明確に目の当たりにしていた。

 メラメラと大気を取り込んで燃える火をバックに、麗しさと逞しさ、一見すると相容れそうにない二つを双方兼ね備えた立ち姿を見せる戦士な少女は――

 

「朱音……ちゃん?」

 

 ――草凪朱音、リディアン編入初日に友人となったクラスメイト。

 ただでさえ、響にとってわけの分からない状況がつるべ打ちの如く連発し、幼い子どもを守る〝意志〟でどうにかぐらつかずにいた彼女の思考は、さらなる混乱に見舞われる。

 

 火が間近にあっても乱れる気配がない艶やかな黒髪、響きより一回り以上伸びた背丈、同い年であると時に忘れさせる大人びた顔つき、少し目じりがつり上がって潤いも豊かな翡翠色の瞳は、まさしく朱音そのものなのに………紅緋色の鎧と〝着衣〟している雰囲気は、学校で見る彼女と違い過ぎた。

 彼女はその外見で、初対面は近寄りがたく見えるし、実際響も未来もそんな印象だったけど、実際付き合って見れば、表情も感情表現も豊かだし、ノリも良いし、何と言うか……慈しみさが一杯なお姉さんって感じで、それでいて大人びた自分の容姿を気にしていたり……と結構女の子らしさも持ってる女の子だったから。

 

「怪我はない?」

「へ?」

 

 漠然としたものながら、自分が二年前目にしたあの〝ツヴァイウイング〟の戦いを何度も経験してきたような、ある種の〝貫録〟と一緒に顕われている〝厳かさ〟を前に、戸惑いを覚えていた響は、朱音が発した声にぽかんとなる。

 見れば、さっき目にしたのは〝自分の気のせいだったのか?〟と勘ぐりたくなるほど、朱音の格好はいつの間にかリディアンの制服姿で、刃のように鋭利だった両目と容貌は、このひと月にて毎日目にしていた〝いつもみる〟朱音のものへと戻っており、短い言葉の中には、心から響たちを案じている声音が込められていた。

 

「あ……だ、大丈夫! 私もこの子も切り傷どころか打撲も痣もないし―――何とかへいき、へっちゃらのぴんぴんだよ、あはっ、あはははは」

 

 急に安心感がどっと押し寄せてきて、つい笑いまでもが込み上げてきた。

 

「君も、どこも何ともない?」

「うん」

 

 幼子も最初は不安がっていたが、屈んで目線を合わせてきた朱音の様子から同じく安心を齎されたみたく、緊張感から解放されてほっとしていた。

 

「よかった」

 

 傍からは滑稽さまで感じられる響の笑顔に、朱音も安心させられたようで、まさに〝慈愛〟って言葉を表現に使うのに相応しい微笑みを見せてくる。

 

「それと、ありがとう……助けてくれて」

 

 それを見た響も、感謝を述べる裏で〝よかった〟と思った。

 幼馴染の未来と比べればまだ全然短いお付き合いだけどはっきり言える、その笑顔は見間違いなく〝草凪朱音〟その人のものであった。

 安堵の気持ちはでほっとしながら、けれど………さっきの〝あの姿〟にあの〝顔だち〟も、自分が錯覚で見間違えたわけではなさそうであり………何だったのだろう?と、また疑問が響の思考と心から浮かんできた矢先。

 

「何者だ? どこでそのギアを手に入れた?」

 

 その疑問を、響に代わって朱音に問いかける者が一人。

 

「つ、翼……さん?」

 

 まだ〝あの姿〟で、右手には刀を持ったままでいる風鳴翼。

 その刀の切っ先を朱音に向け、冷静な態度ではいるのだけれど、ちょくちょく主に未来から〝空気読めない〟と揶揄される響でも汲み取れてしまうくらい、彼女と全く正反対に、警戒の色を響の級友へと見せていた。

 

「ま、待って――」

 

 思わず身を乗り出しそうになった響は、朱音の右手に遮られる。

 

「朱音ちゃん……」

 

 目線で『大丈夫』と響に伝えてくるが、どうするつもりなのだろう?

 明らかに朱音は、風鳴翼から怪しまれている。

 そこからどうやって、あの人の警戒を解かせる気なのか?

 

「草凪朱音、リディアン高等科一年生の十五歳で、今日シンフォギアを着たばかりの〝新米〟ですよ、風鳴翼先輩」

「っ!……な……に?」

 

〝シンフォギア〟

 

 この時、響はようやく、自分が着ている〝アーマー〟の名前を知ると同時に――。

 

(どう見ても新米どころかベテランって感じだったよ、朱音ちゃん)

 

 ――実際に肉声として出さなかったものの、彼女はジョークも混じった朱音――友達の返しに、心の中で突っ込みを入れてしまうだった。

 

 

 

 

 

 こうして三人の少女が、シンフォギアの〝装者〟として邂逅した。

 

 しかし、彼女らが共に手を取り戦うようになるまで―――まだしばしの時間が必要なのでもあった。

 

つづく。


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