GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

46 / 75
無印9話の本部で場面が元の最新話です。

なんか公式本編での翼さんの防人度が上がれば上がる程、逆に女の子な翼さんを描きたくなる法則ができつつある(汗


#42 - 本部の片隅にて

 朱音が、雪音クリスと密かに接触していた同時間帯にて。

 

 

 

 

 

 

 リディアン地下の、二課本部内の回廊を、一仕事終えて一時の休息の為に戻ってきたばかりの私は、マネージャーモードの証たる眼鏡を掛けた緒川さんと歩いている。

 ここ数日は、めっきりノイズが現れぬ日が続いているが、油断はできない。

 私の防人としての信条、昔奏から教わった言葉の一つを使うならばモットーである〝常在戦場〟を忘れず、いつでも非常時に対応できるよう心掛けている。

 一方で、最近は彼女の影響もあって、羽の休めることも伸ばすことも必要なのだとも思える様になった。

 そう、それこそ、ソファーも備え付けられた自販機の傍らで買ったばかりのコーヒーを飲みながら、耳にイヤホンを当て、横にしたスマートフォンの画面を眺めている休憩中の藤尭さんのような………って、藤尭さん?

 

「お疲れさまです、藤尭さん」

 

 緒川さんが、穏和さを具現化させたが如きソプラノボイスと笑みで挨拶をすると。

 

「緒川さんに翼さんですか、お疲れ様です」

 

 最近のスマートフォンに備えられている機能で、端末から呼びかけられたと知らされた藤尭さんは、付けていたイヤホンを外して挨拶を返した。

 

「何を見ておられたのですか?」

「あっ……それは……ですね」

 

 次に緒川さんの口から出た質問に、藤尭さんはあからさまに狼狽を見せる。

 額にも、焦りの汗が一滴見えた。

 

「仕事柄、昨今の世界情勢も確認しておこうかとネット上のニュースを――」

「「嘘ですね」」

「なっ!?」

 

 見るからにその場でとってつけたのが諸分かりであったので、私と緒川さんは互いの声をきっかり正確に一寸の狂いもなく重ねて、相手の見え透いた嘘をあっさり看破する。

 無論のこと、緒川さんの顔はソプラノボイスの似合ういつもの絵に描いた好青年のスマイルだ。

 

「すみません、ですが世界情勢のニュースを見ていたにしては妙に顔がニヤケていた上に、リズムも取っておられたので」

 

 そう根拠を述べられた緒川さん。

 実は私の根拠は、緒川さんのとは若干異なる。

 こんなこと本人に口にでもしたら傷心ものなので秘めてはいるが、つい最近知った藤尭さんの一面の一つに、ぼやき癖があった。

 普段の彼の勤務態度は至って真面目な方なのだが………一日の勤務時間が伸びて、残業をやらざるを得ず、二二時を過ぎた辺りから、仕事自体はきっちりこなしつつもよくぼやき出すらしい………とは、司令室にて同じオペレーターに携わる同僚の友里さんの談。

 叔父様にもよれば、度合いによっては〝世界で最もツイてないNY市警の不死身の刑事〟くらいにもなるとのこと。

 その話をしていた時の苦虫を噛み潰した様な叔父様と友里さんを思い出す限り、よほどのボヤき具合らしい。

 そんなお方が、休憩中にも職務と関連する事柄に関わっているとは思えない――と踏まえて、緒川さんと同じ結論に至ったのだ。

 

「本当は何をご覧に?」

 

 実際はスマートフォンで何を鑑賞していたのか気になる私は、思い切って訊ねてみた。

 すると、妙に新鮮な感覚を覚えた。

 ああ………考えてみれば、藤尭さん含めた二課の方々に、こちらから話しかける経験など、今までなかったのだ。

 

「こ………これです」

 

 観念したのか、あっさり画面をこちらに見せてくる。

 表示されていたのは、端末に組み込まれている音楽再生プレーヤーのアプリソフトで、私たちはイヤホンを耳に近づけると―――朱音と、私の歌声が聞こえてきた。

 言うまでもなく、この前の大規模特異災害後に、私からの希望で、朱音と二人によるデュエットで避難民の人々に歌った時のものだ。

 録音されていた事実自体は、存じている。

 朱音に、災いから生き延びた人々へ送る歌をともに歌いたいと願い出た時、その朱音から記念に歌声を録っても良いかと聞かれ、了承したからだ。

 奏並みにいじわるだが、同時に奏くらい口も義理も堅い朱音なので、プライベートでの鑑賞以外には使わないと分かっていたし、先に無理を言ったのはこちらの方であったし。

 

「朱音ちゃんに頼んで、彼女が録音していたデータを貰ったんです、勿論外部に絶対口外しない約束で」

 

 ただ、朱音の方からの熱望であったとは言え、それを藤尭さんに渡していたとは予想打にしなかった。

 

「おまけにハイレゾ並みにクリアにしてくれと頼まれもしましたけどね」

 

 しかし、ただでは渡さないしたたかさも持っている朱音である。

 彼の高度な情報処理能力とコンピュータ機器の取り扱いに秀でた技量を見越して、整音作業の依頼を交換条件に提示し、これでも歌手(プロ)である私の耳でも鮮明で綺麗にお色直しを施された、私たちの歌声が記録された音声データをちゃっかり手にしているのだから。

 最近精神面にて、他人に目を向けられる余裕が出てきた為か、最近薄々とは思っていたが、改めて先程の朱音の歌声に聞き入っていた藤尭さんの姿を思い返してみて、確信を得て、はっきり捉えた。

 このお方が持っている〝マニア〟の形を。

 朱音が前に、他愛ない雑談の折にて言っていたな。

 

〝人ってのは誰しも、自覚しているにしても無自覚にしても、何かしらのファンでマニアなのさ〟

 

 と……その言葉と碧眼には頷かされたものだ。

 言うまでもなく、叔父様は大のアクション映画ファンであり、米国にて毎年の夏に開かれる文化イベント、コミコンにも関心を寄せ、日本での開催の際には非常時でもない限り多忙の合間を縫って通い続けるマニアである。

 そう言う私も、マニアであると断言できるほどの〝熱狂〟を持ち合わせているファンの身だ。

 

「と言うことは………藤尭さんは、草凪の――」

「いいじゃないですか! いつかの未来のアーティストになるかもしれない女の子の〝ファン〟になったって!」

「悪くはありません、ですがそんなに大声をあげますと僕と翼さん以外にも知られてしまいますよ」

 

 思わず訊いてみると、こちらが言い終える前に両手の拳を握りしめ、顔を赤面させて悲痛の混じった藤尭さんの叫びが静かな回廊内にて轟き、緒川さんがやんわりと宥める。

 彼が一体何のマニアでファンであるかは、あえて明言しないでおこう。

 尚、今この場には緒川さん以外の御仁がおられるので、朱音の呼びは苗字の方である。

 まだ気恥ずかしいと言うか、こそばゆくて、二人でいる時以外に、朱音を朱音と呼ぶ勇気がない。

 

〝すっかり名前で呼び合うくらい、仲がよろしくなりましたね〟

 

 などと立花か櫻井女史辺りにでも言われたら、どんな顔をして答えれば良いのやら………頭を抱えて身を丸くし悶える以外に術がない気がする。

 なので藤尭さんの〝打ち明けられぬ〟気持ちも、理解できていたので。

 

(この辺りで引きましょう)

(そうですね)

 

 私は見上げた目線を緒川さんと合わせ、これ以上の追求は止めておくやり取りを交わし。

 

「どうか、口外はくれぐれもしないで下さいね」

「勿論ですよ」

 

 改めて、藤尭さんに関する守秘の契りを結び、この話題を後腐れなく終わらせた。

 ほどほどに喉も渇いてきたので、眼前の自販機から緑茶を買い、注がれ終えた紙コップを手に取った矢先。

 

「あ、翼さぁ~~ん!」

 

 この回廊中に響く、立花の独特の陽気さが漂う呼び声が聞こえた。

 

「立花……それに小日向もか」

「どうも」

 

 私たちの下へ、立花が、そして彼女に続く形で小日向がこちらに駆け寄ってきた。

 もしや先のやり取りを聞かれたのではと、平静を装いつつも身構える藤尭さんだったが、二人の様子を見る限り、〝未来の歌女となるやもしれぬ少女のファン〟である事実は、彼女らにまで知られずに済んだようだ。

 

「二人は何を?」

「未来に本部(ここ)を案内していたところなんです」

 

 現在、小日向未来は〝外部協力者〟の体で移植登録され、この特機二課の一応の構成員の一人と言うことになっている。

 と言っても装者ではない小日向に二課に関する任が割り当てられているわけではなく、要は〝保護〟ではあるのだが……このような措置を取った理由の一つは、小日向の身の安全の為。

 計らずも、三度(みたび)にも渡り、国家最重要機密たるシンフォギアを用いた戦闘を目撃した上に、彼女の幼馴染にして奏の忘れ形見――体内に聖遺物の欠片を宿す立花と、ある意味でそれ以上に特異なシンフォギア――ガメラの担い手たる朱音とも友好関係にある身の上。

 ゆえに………今私たちに立ちはだかる問題の数々に、巻き込まれてしまう懸念があり、それを見据えた叔父様が手を回したのだ。

 

「改めて、この間はありがとうございました」

 

 深々と頭を下げた小日向は、今は解消に至ったこの前の立花との確執の一件で、礼を述べてきた。

 

「いや、私の方こそ色々至らぬ余り……二人には色々と苦労させてしまった、すまない」

 

 私も、彼女に一礼する。

 二人の関係が、一時破綻の寸前にまで堕ちかけたのは、自ら頑なの檻に閉じこもっていた少し前の自分(おのれ)にも、少なからずの因がある。

 朱音の助力もなければ、離れゆく二人の縁を繋ぎ止められず、埋め合わせすら果たせなかったかもしれない。

 

「この上、不躾を承知の上でだが………」

 

 今の立花は、未熟な面をまだ残してはいても、一人の〝戦士〟だ。

 だが同時に、歪さも抱えた儚い、一人の少女にして人間でもある。

 一歩間違えれば、かつて私が辿った濁流に呑まれ、落ちかけた奈落に落ちてしまうことも、生死の境界である戦場(いくさば)にて立つ身な以上、常に付きまとう。

 無論、そのような破滅など、御免被る。

 

「どうか、立花を支えてやってほしい」

 

 その旨を内に抱きながら、私は小日向に切願した。

 

「………いえ、響は何かと面倒がかかる残念な子なので、今後も色々と迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」

 

 小日向は、私の言葉の意図をある程度察したらしい様相を一瞬見せつつも、ちょっとした機知を利かせた返しを見せた。

 しかしまあ、さすが幼き頃よりの付き合いか、中々の遠慮のない直球を見せる。

 実際、あの二年前の日の以前より、何かと世話を焼かされていたのだろう。

 

「ふぇ? なに? どういうこと?」

 

 さて、当の立花と言えば、私と小日向のやり取りを理解し切れず、困った様子だ。

 

「響さんを通じて、お二人が意気投合していると言うことですよ」

「な~んかはぐらかされた気もしますけど………まぁいっか」

 

 そこに緒川さんからのオブラートを用いた言い回しと、立花の人柄が上手く作用し合い、ことを穏便に収めてくれた。

 

「あ~らいいわね♪」

 

 そこに、あの屈託とは無縁そうな、良い意味で楽天さのある声を耳にする。

 

「櫻井女史…」

 

 今度は櫻井女史が、この場に入り込んできた。

 

「みんなで仲良くガールズトークかしら♪」

 

 早速女史は、マイペースと表する他ない調子で冗談を投げかけてくる。

 

「どこから突っ込んでいいのか迷いますが……」

「とりあえず俺達の存在を無視しないで下さい……」

 

 男性である緒川さんと藤尭さんは、この場には女性しかいないとでも言いたげな女史の発言に対し、苦言を呈した。

 当然櫻井女史と言うお方は、一つや二つの苦言程度で気に止めるお人ではないし。

 

「了子さんもそう言うの興味があるんですか!?」

「も~~ちのろん、私の恋話百物語をαからΩまで聞いたら、夜眠れなくなるわよぉ~~」

 

 同性同士の話題は、傍らの男性陣らをよそに瞬く間に進んで行く。

 

「まるで怪談みたいですね……」

 

 苦笑する小日向の発言には同感する。

 世に霊の類が実在するとしたら、その一人や二人は寄ってきてしまいそうだ。

 

「了子さんの恋話(こいばな)!? きっと、おっとりメロメロお洒落で大人な銀座の恋の物語ぃ~~!」

 

 人差し指と中指で頭を抱え、溜息が吐かれた。

 おいおい立花よ………お前は〝大人の恋愛〟に対して、一体どういう印象を持っている?

 言っていることの意味が……まるで分からない。頭の中は大量の疑問符が出現し、行き場もなく彷徨う。

 いざ問われでもしたら、私も私で上手くさらさらと答えられる自信は、全く無いが。

 

「そうねぇ……」

 

 櫻井女史は宙へ、過去に想いを馳せていると思われる遠い眼差しを向けた。

 

「もう遠い昔になるわ………こう見えても呆れちゃうくらい一途なんだから……」

「「おおぉ~」」

 

 やはり年頃の女子ゆえなのか、立花も小日向も〝恋愛〟の話題に興味津々な様子を隠さず見せる。

 こういうのを、〝ウキウキ〟と言うのか。

 

「意外でした……」

 

 私はと言えば、うっとりとした表情を赤らめた顔に浮かべて、昔を懐かしんでいるらしい女史のカミングアウトに、驚きを禁じ得ない。

 

「てっきり櫻井女史は、なんと言いますか………聖遺物と、その研究そのものと交際している方だとばかり」

 

 自他ともに認める融通の利かない己の口から、こんな表現が出てくる。

 最近、感性と表現力が豊かな〝友〟ができたとは言え、とっさに機知の含んだ言葉を出せるとは………我ながら変わったものだ。

 悪い気など全くしない。

 むしろ口元が緩むのを良しとする程に、微笑ましくもある。

 

「研究と付き合っているのはあながち間違っていないけどね〝命短し、恋せよ乙女〟とも言うじゃない? それに女の子の恋するパワーって、そぉ~れはもう凄いんだから」

「お、女の子……ですか……」

 

 あ、いけない。

 胸の内に走ったざわめきの形で、直感が断言してくる。

 緒川さんが今ぽつりと零した一言は、龍に喩えれば逆撫でさせる逆鱗………いわゆる――〝地雷〟――であると。

 

〝ばこん!〟

 

「がはぁ!」

 

 その証拠に、緒川さんの額に、櫻井女史の裏拳が叩き込まれ、衝撃で眼鏡が外れて床へと落ちた。

 また驚きの感情が沸く。戦場(いくさば)でないとは言え、まさか緒川さんを、この間も調査の一環でヤクザの事務所一つを一人で壊滅に至らせたあの緒川さんの端整な顔を、赤くさせる一撃を当てるとは………とは言え彼の実力を、この身に沁み込むまでに存じているので、一発程度では案じることはない。

 

「ひでぇ! 何でぇ……俺まで……」

 

 とばっちりで藤尭さんも、女史の拳を一発、顔に貰い受けて尻餅を付いた。

 ただ口にまでは出さずとも、面持ちから踏まえて、緒川さんと同様の心境は抱いていたようだ。

 

「そもそも私が聖遺物の研究を始めたのも―――」

「「うんうんそれで!」」

「悪いけど、な~いしょ♪」

「「えぇ~……」」

 

 何やら軽い調子で女史の転換点(ターニングポイント)が明らかになる、と思いきやのらりと躱されて、強い関心を示していた立花と小日向は物足りなさを覚えていた。

 

「これでも忙しくてね、いつまでも油を売ってはいられないの」

「自分から割り込んできたんじゃないですか……」

 

 はっ! ダメです緒川さん!

 

「ぐわぁ!」

 

 一歩遅かった………二度目の地雷を踏んでしまった緒川さんの腫れたお顔に、櫻井女史のヒールが履かれた足の踵から、キレのある蹴りが見舞われた。

 

「緒川さん!」

 

 さしもの緒川さんでも、一発貰って程なく受けた直撃に、仰向けで倒れ込んでしまった。

 

「大丈夫ですか! しっかりして下さい!」

 

 これには思わず駆け寄って、倒れた彼の身体を揺すらずにはいられなかった。

 

「と~にもかくにも、デキる女の条件の一つは、どれだけ良い恋をしてるかってことなのよ、ガールズたちもいつかどこかでイイ恋、なさいね――んじゃバーイ♪」

 

 そうして締めの言葉を立花たちに伝えた櫻井女史は、背を向けて手を振り、この場から去って行った。

 

「聞きそびれちゃったね……」

「ガードは固いか………だとしてもいつか、絶ッ―対了子さんのロマンスを聞き出してみせる!」

 

 ちょっと待ってくれ立花………その〝ロマンス〟の言葉、本来の意味からはき違えているぞ。

 尤も、かく言う私も、ロマンスの本当の意味合いは、朱音との〝ガールズトーク〟を通じて最近知った身では、あるがな。

 

 

 

 

 

 

 半ば、自分が降りかけた話題を自分から切り上げて翼たちから去った櫻井博士。

 

(らしくないこと、言っちゃったわね………変わったのか……)

 

 先程の高めのテンションからは一変して、どこか屈託を抱えていそうな神妙な顔つきと、先の会話で一時見せた〝遠い眼〟で、本部内の廊下を、独り歩いていた。

 心中に響く声の音色も、低音のものだ。

 

(それとも、変えられたのか……)

 

 

 

 

 

 

 一方、翼たちと言えば、ソファーに腰かけて、自販機で買った各々の飲料を手に一服していた。

 藤尭は休憩時間が終わったので、司令室での職務に戻っている。

 そんな中。

 

「ところで翼さん」

 

 響が翼に訊ねてくる。

 

「何だ?」

「今週末の予定って、どうなっているか気になっていまして、あはは」

「月末のライブも近づいているので、休日を一日割り当ててはいますが」

 

 ついさっきの櫻井博士から受けたダメージから回復し、眼鏡を掛けた〝マネージャーモード〟となって、スケジュール帳を確認している緒川が週末の翼の予定を伝える。

 

「そうなんですか、やったね未来♪」

「うん♪」

 

 それを聞いた響と未来は、嬉しそうに互いの掌をパチッと小気味の良い音でタッチし合った。

 

「〝やったね〟とは……どういう意味だ?」

「せっかくですから翼さん、その日私たちと一緒に――デートしましょ♪」

「はい?」

 

 響から投げかけられた提案(ことば)を、翼は上手く受け取れず、中々の珍妙さを帯びた反応をして、呆気に取られる。

 

「…………」

 

 今、何と言った?

 何と、言われた?

 どういう意味合いで、なんの意図で響が自分に申して来たのか?

 先程の会話で出てきた響の〝大人の恋愛観〟以上の数な大量の疑問符が、一瞬ながら翼の脳内を埋め尽くす。

 そして、どうにか意味を汲み取れるようになった時。

 

「翼さん? どうかしました?」

「いや、なんでもない小日向………少し〝花を摘み〟に行ってくる………話の続きはその後にしてもらえないか?」

「あ、はい……」

 

 翼はその場から立ち、何歩か歩いて進めると、突然回廊内を全力で疾走し出した。

 

「そんなに急いでは危ないですよ!」

 

 緒川が注意を呼びかけるも、駆ける速度を一切緩めず、まるで忍びの如き素早さで、翼は一時、響たちの下から走り去った。

 彼女が用いた〝隠語〟の意味は、各々で察してもらいたい。

 

 

 

 

(デートと言った………確かにデートだと言った………間違いなくあの言葉はデートだった………と言うことは、つまり……)

 

これはまた鮮やかに頬が染め上がった顔のまま、廊下をひた走る翼の瞳は、目の前にて化粧室が設置されていることを示す室名札を捉える。

 女性用化粧室の一歩手前の壁に、また忍びの如く背中を貼り付かせた翼は、残像ができるくらいの速度で首を振り、周囲を厳重に警戒して室内に入った。

 他に利用している女性職員がいないことも確認すると、制服のポケットより自前のスマートフォンを手に取った。

 画面からキーボートのホログラムパネルを現出させ、大慌てで入力する翼だが、焦りの余り、何度も打ち間違える。

 狼狽による指先の震えで、上手く押したい数字を押せずにいたが。

 

「あ……」

 

 そうして、いちいち番号を入力しなくとも、アドレス帳から発信すればいいことに気がつき。

 

(またしても不覚……)

 

 恥ずかしさで顔の熱が上がりつつも、それ以上の焦りで空回らぬようにゆっくりとした操作で、通信先の電話番号を押した。

 

(なぜこう言う時に限って長く感じるのだ………)

 

 呼出音のメロディがやたら長ったらしく聞こえる中、五回音色が繰り返されたのを経て。

 

『Hello(もしもし)?』

 

 スピーカーから、送信相手たる朱音の声がようやく聞こえた。

 

「きっ、きききき聞いてくれ朱音ッ! 立花から………デートを申し込まれたのだ!?」

『な……なんでそこで疑問形?』

 

 翼が完全に落ち着きを取り戻すまで、もう後いくつか朱音とのやり取りを交わせばならなかった。

 

つづく。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。