GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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原作の新作効果ってやっぱほんと凄いですね。
こちらでもお気に入り数が急増するし、ほんとご登録ありがとうございます。
フォニックゲインを受け取ったお陰か、こちらも話のアイディアがどんどん出るわ出る。
願わくばガメラの新作の方も続報が欲しいのですが。

ただ勢い乗ってG以降の大まかなプロットも考えてみたけど……困った。
想像以上に朱音が、物語の流れに能動的に飛び込むキャラになったもんだから、もし原作通りの流れで入ったりすれば。

ウェル博士の英雄論を怪しむ
マリアさんがフィーネと言われて→果たしてそうか?と異論を唱える
一人きりしらコンビと接触して、自分が推理したFISの目的を打ち明ける。
助けてくれたマリアさんに半ば糾弾してしまったビッキーに『それが命がけで人助けをした人に言うこと?』と厳しく言う。
娘にお金たかったばかりの屑にも程があったビッキーのパパさんに『娘の演技をしながら』→襟元掴んで『今さらどの面下げて現れやがったクソッタレ親父ッ!』と怒る

等々。
これ下手するとAXZはともかくGとGX辺りは錬金術ばりの錬成が求められるかもしれない(大汗

なんて小言はさておき、毎度30分があっと言う間な原作と反対にスローテンポな回です。


#39 - 夕焼けの下で

 つい先程まで、ノイズと言う夥しい災いが跋扈していた律唱市は、一応の平穏を取り戻していた。

 東京湾に面した市内の水羽臨海公園では、災害と戦闘の後処理の為に特機部及び自衛隊の仮設テントがいくつも設営されている。

 内一つのテント内では、最前線での戦闘を終えたばかりの装者のメディカルチェックが行われていた。

 今は朱音の番、スカートとソックスを除けばほぼ下着姿でベッドに仰向けで横たわり、技術の発達で外に持ち込めるまでに小型化されたスキャニング装置が、年齢離れした彼女の、無駄な贅肉はそぎ落とされ、研磨されながら健康的かつ魅惑的で、美しく眩しい、戦乙女と形容できる肉体を、隅々まで読み取っている。

 他にこの場にいるのは、器具を操作する櫻井博士と友里と女性のみ、当然今ここは男子禁制な結界(くうかん)となっており、藤尭ら男性職員や自衛官の皮を被った男の子どもは、真っ先に追い出されていた。

 

「終わったわよ、朱音ちゃん」

「はい」

 

 検査は終わり、起き上がった朱音は籠に入れていた制服――スクールシャツとニットベストを着衣し、勾玉(ペンダント)を首に掛けた。

 

「どうぞ、今回はモカブレントにしてみました」

「ありがとうございます」

 

 着終えると、友里から淹れたての薫り高いモカブレンドのコーヒーを受け取った。

 湯気とともに立つ香りも味わいつつ口にすると、強い酸味と上品な甘味が広がり、戦いを終えたばかりの全身に染み渡る。

 日常では自身の大人びたルックスにコンプレックスを感じることの多い朱音だが、ことコーヒーに関しては、おマセでも強がりでもなく、無糖ブラック派な舌の持ち主だ。

 

「ほんと、この前の大怪我がどこへやらなバイタルのピンピン具合、これなら次のチェックでお開きかも」

「そうですか」

 

 まだ退院してから一週間も経っておらず、加えてたて続けに戦線に立ったと言うのに、朱音の肉体はそれを感じさない健常と強靭っ振りであった。

 モニターに表示されている検査結果を見た友里も、驚きで口元を手で覆っていた。

 まだこの先検査を何度か行う予定だったが、今回の結果であれば、それももう後一回くらいで済みそうなくらいである。

 

「私としては、もっと朱音ちゃんの隅から隅を調べ尽したいところなんだけどね、相性の関係があるにしても、本来奏ちゃんと同じくLinkerが必要な《第二種適合者(たいしつ)》でありながら、シンフォギアとしてのガメラと〝適合〟できる秘密も含めて……」

 

 勾玉を首に掛けた朱音に、半縁なピンクの眼鏡の向こうで、朱音曰く、人を惑わす〝蛇〟に喩えられた妖しく蠱惑的な表情と眼差しを放出してくる櫻井博士。

 これが主に被害を受けている彼氏いない歴=年齢(当人自らカミングアウト)らしい響であれば、初心らしい生娘かつ素っ頓狂な反応を見せるが。

 

「『〝謎(ミステリー)〟を秘めていた方が、女性はより魅力的に輝く』――のではなかったのですか?」

 

 上手くさらりと受け流して、翡翠色の瞳に博士に負けず劣らずの魅了を帯びさせて、過去の博士の発言を笑顔とセットで返し、悠々と友里の淹れたコーヒーを堪能する朱音であった。

 

「そうなのよ~~女としてはその持論を曲げたくはないんだけど………興味深い謎には追求せずにはいられなくて……科学者の困った性ね」

 

 二人とも、特に際どい格好をしているわけでも扇情的な仕草を取っているわけでもないと言うのに、下手をすると人間の域や枠すらも超えかねない毒気……もといオーラを発している。男性、特に年頃のお男子だったなら、悩殺され倒れてしまう可能性すらある色気(フェロモン)が、テント内に充満していた。

 一人は清らかで母性的ですらある戦乙女、もう一人は奔放さもある女神、といった違いはあるがだ。

 

〝なんと言うか……凄い、濃ゆい〟

 

 これには同じ女性かつ美人の中でも上位の美貌を有し、二課の制服の向こうに恵まれたスタイルをお持ちである友里も、少々圧倒され気味である。

 

「ごちそうさまでした、今日も美味しいあったかいものをどうも」

「あ、どうしたしまして」

「失礼します」

 

 時に見せる年齢相応離れした魔性の状態から、いつもの雰囲気に戻った朱音は、友里に飲み終えたコーヒーのカップを返して一礼すると。

 

「朱音ちゃん、今日も〝お歌い〟になるのですか?」

「はい、せめてもの〝哀悼〟として」

 

 その足で、テントの外へと出歩いていく。

 同じ年代の日本人の中では高めな一七〇近くある背丈を、より高く見せるすらっと背筋が伸びた朱音の背中を、友里はじっと気になる様子で、見送った。

 

「あおいちゃんてば、気になるのかしら?」

「はい、実を言えば初めて会った時からずっとです、適合系数上では、奏さんとほぼ同率だったのが………逆に信じられなくなるくらい」

 

 今、友里が口にした発言は、なまじ異端技術に携わっている程、驚愕の度合いが大きくなる代物だったが、その言葉通りの〝事実〟だ。

 前世(かつて)は生体兵器にして地球の守護神であった出自と、理屈を超えた並々ならぬ歌への熱意に反して、朱音は翼や、雪音クリスのような《第一種適合者》と呼ばれる、シンフォギアならびに聖遺物と適合できる先天的資質に、お世辞にも恵まれているとは言えなかった。

 現状の異端技術の研究段階で言えば、自らを〝時限式〟〝インチキ適合者〟と揶揄していた天羽奏と同様、シンフォギアを纏うにはLikerの投与と修練の積み重ねが必要となる《第二種適合者》に組み分けられていた。

 もし、彼女が翼らと同様の資質を有していれば、地下に二課本部が存在するリディアン高等科に編入してほどなく、二課の方から適合者候補としてスカウトを受け、しかし適合できる聖遺物の選定は難航し、実戦に出られず訓練を繰り返すもどかしい日々を送る中、級友―響が装者として覚醒した運命を、見せつけられることになった筈である。

 だと言うのに朱音は、自身の力の結晶でもあり、櫻井博士の与り知らぬ経緯で誕生した異端とは言え、シンフォギア――ガメラと適合せしめ、弦十郎ら二課の面々の想像を、常に超越し続けてきた。

 初陣からギアを使いこなして、アームドギアをその手の内に実体化させ。

 精神状態が芳しくなかったとは言え、翼の天ノ逆鱗(つるぎ)を一刀両断して辛くも打ち破り。

 バックファイアで重傷を負ったものの、二人分の絶唱のエネルギーを操作し。

 ネフシュタンの鎧、イチイバル共々、翼と同じ正適合者たる雪音クリスを圧倒し。

 翼と二重奏の戦闘歌と、連携技(コンビネーションアーツ)までも披露した。

 

 

「まあ、つい忘れがちだけど、先史文明期(あのじだい)のテクノロジーは、現代(このじだい)の人間たちからは、まだまだ未開の地が多すぎて手が余り過ぎるのよ、この私も込みでね」

 

 なればこそ、その未知の数々を探究して解き明かしていくのが、科学と言えよう。

 

「珍しいですね、博士がそんな自重とご謙遜をなさるなんて」

「ちょっと失礼よあおいちゃん、デキる女は謙虚さも持ち合わせているものなの、savvy?(お分かり?)」

 

〝あの中毒レベルで度を越した英雄マニアなら……彼女の適合は奇跡にあらず、科学的に証明できる現象にして、〝必然〟だと、応えるかもしれないわね〟

 

 いつものように人並み以上よりも上の上で豊満な胸をえっへんと張り、かの誰よりも自由を愛するキャプテンなカリブの海賊の口癖も発して、友里お手製コーヒーを口にする博士は内心の奥にて、彼女と縁や繋がりのある、それこそ二課の面々らが耳にすれば驚くどころではない、普段の彼女からは想像しがたい低めの声色で、呟きを零した。

 

 

 

 

 

 外では、空がすっかり夕焼けの色合いに変色していた。夏が近づく六月の頃合いもあり、暁色の空と陽は、日ごとに燃える火の如き鮮やかさを増してきている。

 テントから出て来て、潮風に髪が泳がれる朱音は、凛とかつ粛々とした顔つきと様相で、東京湾と園内の境界線(フェンス)に、武術で磨かれた姿勢をより正して立った。

 しばらく暁に照らされ、夕陽の光を粒子状に反射させてゆらめく海面を眺めていた朱音は、目を閉じて合掌し、粛々と〝祈り〟を捧げる。

 そして掌に合わせていた両手で、家族の形見にして地球(ほし)そのものが遣わしたシンフォギアでもある〝勾玉〟を、十字架を握るように包み込み、一度深呼吸をして整えると、息を大きく吸い込み。

 

「~~~~、~~~♪」

 

 歌を、奏で始めた。

 

 

 

 

「当初のスケジュール通り、ライブのリハーサルは――」

「はっ…待って下さい」

「はい?」

「歌が……」

 

 仮設天幕(テント)の一つで、今回の特異災害の影響も含めたスケジュールの調整と確認を、マネージャーモードの緒川さんと行っていた私は、歌声を耳にする。

 暗緑色の生地(かべ)越しでも、聞こえて直ぐに、この音色の主が誰のものか理解した。

 私が、奏を喪った失意の余り自らに掛け、破滅の奈落へ貶め、沈めていった枷を断ち切り。

 凝固し、すり減らしていくばかりであった精神(こころ)を解きほぐし、解き放って。

 時に、もっと大空へ、もっと高く、飛びたい、羽ばたきたい衝動を齎し。

 戦士としても、歌女としても、そして人としても、再び這い上がる光明となってくれた。

 その変幻自在かつ多面的な、水の如き艶やかで躍動的で、芯から響き渡る――朱音の歌声。

 耳をすましている内に、気がつけば身体が勝手に立ち上がり、天幕の外へと出ていた。

 夕暮れ時に入った天穹の下にて、眼前の海原と向かい合う体で、朱音は唄う。

 

「あの歌……」

 

 七〇代の齢に差し掛かった現在でも精力的に活動し、一見一見暗く陰の強い、しかし根底には〝希望〟、そして〝愛〟を携えている歌詞を生み、独特の深味あるブレスと力感溢れる歌唱で、一九七〇年代のデビューから現在まで、他の歌い手に提供したのも含め世に出した曲の数々をヒットさせている、北の大地生まれのシンガーソングライター――高良瀬弥雪(たからせ・みゆき)。

 朱音が吟じている歌曲は、織田光子女史に並び、私も尊敬している一人な歌い手が、二〇代の若き日に発表し、今や氏の代表曲と言っても過言ではなく、過去多くのアーティストにカバーもされ、リディアン含めた日本全国のあらゆる学舎の音楽の教科書に載せられているほどの、名曲――《時流》。

 確か………高良瀬女史の肉親がお亡くなりになったのを切欠に、生まれ出でた歌であったと聞く。

 当時の高良瀬女史の境遇が反映された〝詩〟が、朱音の歌声に乗り、轟く。

 

 哀しみの痛みで心は甚振られ、なのに悲鳴の涙はとうに枯れ果てて……笑顔など、永遠に失われてしまいそうで。

 それでも、巡り、円転し、流れゆく果ての見えぬ時の中で、そのような昔時(ころ)もあったと、向き合える時が来る。

 凍てつく雨に打たれようとも、曇天の向こう側には、晴れ渡る青空が待っている。

 悲哀があれば歓喜もあり、別離もあれば邂逅もある。

 たとえ今節(いま)は地に膝をつき、手折られ進めなくなろうとも、いつかの未来(あした)は、また踏み出せる、進んでゆける、祝福の風を浴びて、飛んでゆける―――と。

 

 今の時世まで、歌い継がれてきた歌の詩を、無伴奏(アカペラ)で。

 否……即座に違う、朱音は決して、どんな時でも一人で歌っているのではないと思い当たる。

 前に、彼女は教えてくれた。

 この世界はいつも、どこにでも、絶えず〝音楽〟が奏でられ、満ちているのだと。

 

 波音を立てて、模様を変え描き続ける海原。

 潮を帯びて流れる潮風、それを浴びて揺れる草木と、飛び交う鳥たち。

 暁に照らす陽光、沈みゆく陽に合わせて色合いを変えていく天の空。

 

 神羅万象が奏でる旋律たちの波に乗り、歌への惜しみない情熱と愛情で、見事なまでに研ぎ上げてきた声量と、幾重に変化する声色、歌詞(うたことば)の流れに宿る〝世界〟を色彩豊かに描き上げる表現力が合わさった――その水の歌声で、歌い続けていた。

 

「〝あの時〟は、翼さんの心境を考慮して、話さなかったのですが――」

 

 夕陽で天使の輪を帯びた髪が潮風にゆらめいている後ろ姿と見ながら、聞き入っていた為か、本人の声を耳にするまで、隣に眼鏡を外した緒川さんがいることに、気がつかなかった。

 

「緒川さん……」

 

 緒川さんの言う〝あの時〟とは、自暴自棄(やぶれかぶれ)が極まり、身も心も、破滅の奈落の底のさらに奥底の闇への堕落に誘う自らの〝絶唱(ほろびのうた)〟から、私を救うために朱音が身に受けて深手を負った直後の、虚無に精神(こころ)が溺死しかけていた時を指す。

 

「朱音さんが戦場に立った後に歌う相手は、生きている人達だけではないのです」

 

 私が、朱音と、そして立花に刃を向けた愚行で、装者としては一人で戦場(いくさば)の第一線に立たねばならなくなった頃の初めより、朱音は戦闘を終えた後に、災厄に見舞われながらも生き延びた人々と、ともに彼ら彼女らを守護する使命を背負った戦友たる自衛官たち、災害に見舞われながらも自分ができること精一杯果たそうとしている人達に、歌を振る舞っていることは、あの時に、緒川さんと、津山二等陸士改め陸士長を通じて、知ってはいた。

 その話には、続きがあると、緒川の口から通じて、私は知る。

 

 朱音は、一戦、また一戦の度に、特異災害の脅威から逃れることのできず、生きたかった、生き抜きたかった筈なのに、ノイズによって犠牲になってしまった多くの魂(いのち)にも、哀悼と、慰霊と、せめて時のゆりかごの中にて、安らかに眠りにつけるようにと、歌を送り、捧げてきたのだと言う。

 たった今知り得たばかりの〝続き〟を踏まえた上で、また耳をすませてみる。

 歌声だけで、歌を捧げる相手は、その日の犠牲者、のみではないと分かった。

 これまで無情に、奏も含めた、特異災害の犠牲となった故人たち、全てに届けようとする想いで、朱音は歌っている。

 そしてその中に、自身を生んでくれたご両親もいると、汲み取った。

 初めてお見舞いに来た日以来、朱音の家族に関する話は、何度となく交わしてきた会話の数々の内で、一切話題に上げていない。

 たった〝一度〟で、充分だったのだ。

 あの時の、麗しくも儚さを宿した横顔だけで、どれだけ愛し合っていたか、語られていたからだ。

 今日の共闘での勇姿を思い返すだけでも、朱音は装者として再び〝最後の希望〟なった自らの選択を、全く後悔していない。

 だからこそ、朱音があの日見上げた蒼穹の向こう側――黄泉の世界から、己の〝エゴ〟で戦場に飛び込み、死線を走る自分を見守っている家族への言明として、我が友は、歌っているのだ。

 

〝アタシらは一人でも多くの命を助ける〟

 

 私は、朱音の追悼歌に半ば魅入っている内に、奏が生前、度々口にしていた〝信念〟の言葉の一つを、思い出した。

 

〝儚く塵と化し~指からこぼれ落ちて~♪〟

 

 同時に、私と朱音と、私達のギアが生み出した二重奏曲(デュエットソング)の、朱音の歌唱パートの詩の一節、即ち朱音の心象風景の一端を、思い起こす。

 そして―――奏のあの言葉が内包していた重さを、ひいては防人たる装者が背負う、重みを、改めて感じ取って、苦味が現れ始めた口の中を、噛みしめる。

 私達は、人類守護の砦として、シンフォギアを担い、朱音の言葉を借りて〝災い〟らと戦い続けている。

 しかし、いかなノイズの天敵にして、現代のとは比較にもならぬ先史文明期の技術の結晶体たる、強大な聖遺物の欠片の力を以てしても………戦闘の渦中にて、私達の救いの手が届かずに、取りこぼされてしまう〝命〟は、少なからず存在しているのだ。

 

「ふっ……」

 

 もう何度目かも知れぬ、自嘲の微笑み。

 奏の死に、あれ程落涙し、立花に辿らせてしまった境遇に、あそこまで悔やみ嘆いておきながら………全くだ。

 防人の使命を幼き日に背負ってより、幾年月を重ねてきたが、何度も戦場で目にしてきた事実を………今さらながら、はっきり味あわされる。

 私はこれまでの戦いで、奏と二人で一つの両翼だった頃も、片翼となってしまった頃も、今も含めて、数え切れぬ災厄(ノイズ)を断ち切り、死線を潜り抜け、一時はその意味すら問うことも放棄して……戦い続けた中で、一度たりとも、顔も名も知らぬ、けれども確かに生きていた筈の亡き人々へ、眼を向けたことはあっただろうか?

 必死に記憶を思い出し、かき集めてみたが………残念ながら、見つけられなかった。

 なんと言う……体たらくであろうか。

 しかも、昨今頻発している特異災害の数々は、紛れもなく………〝人間〟が招いたものだ。

 ノイズを御するソロモンの杖を手にし、一連の首謀者と思われる終わりの名を持つ者――フィーネ然り、その者と何らかの結託をし、広木防衛大臣を亡き者にした者どもも然り。

 そして、これらの災いを招かせた者たちの中には………〝私たち〟もいる。

 適合者候補の一人であった雪音クリス、ネフシュタンの鎧、デュランダル、奏の忘れ形見をその身に宿した立花………いずれも私達―二課が関わり、また誘ってしまった因果だ。

 手が、疼いてくる胸を、握りしめた。

 

「翼さん……」

 

 緒川さんのソプラノボイスで、また忘れかけた我が返り、肩に温もりを覚える。

 男性にしては、細く長く指が伸びた手が、私の肩に乗っていた。

 手の先を辿っていくと、緒川さんの柔和な面持ちが目に入る。

 

「翼さんが今、ご自身の心に感じているその痛みは、朱音さんも、何度も味わってきたものでもあるでしょう………だからこそ、歌い続けているのです、こうして」

 

 痛み。

 なら、あの音色を世界に奏でられるようになるまで………一体朱音は……ガメラは、この胸の痛みを何度、味あわされてきたのか?

 どれほど手を伸ばそうとも、届かずに救えなかった多くの命と、向き合えるようになるまで、どれほど虚しく残酷な現実を突きつけられてきたのか?

 私が何度も切り捨てようとした、涙を流せる情を、まるで抱擁するかのように、深く受け止められるまでに、どれほどの哀しみを、経験してきたのか?

 過酷な修羅場に身を置かせようとも、あの強さと優しさを、失わずに戦い続けられるまでに、どれだけ……打ちのめされてきたのだろうか?

 

 想見していくと、不意に脳裏に、現れる。

 なぜ……なぜなのだ?

 自分でも、全く分からない。

 かつての、人の身にあらぬ彼女のあの姿を思い描こうとして、我ながら驚愕するまでに、はっきり浮かび上がったのだ。

 宵闇の中、激しく、打ち付けるようにふりしきる嵐。

 火の海、そう呼ぶ他ない、燃え盛る炎。

 漆黒の世界に顕現する災禍の渦中で、緑の血反吐に塗れ、腸が背部の甲羅ごと刺し貫かれ、右腕の先にある筈の手は欠損し、焼けただれた断面が痛ましい。

 満身創痍のガメラが、空からの嵐と、地上の大火の中……一人、ひとりぼっちで……地上から見える一筋の星光の勝機すら見いだせない、〝絶望〟すらも生温い、戦いに馳せようとする姿を。

 

 私の足は、宙の風を切り、路面を蹴り上げて、駆け出していた。

 疼きが止まらぬ胸の奥底より、痛みをも超える、沸き上がってきた衝動(おもい)のままに―――。

 

 

 

 

 

 朱音が、今宵の悼む歌とした《時流》を、締めまで歌い上げ、息を整え直した直後、背後から人が駆け走る音色が聞こえ。

 

〝翼?〟

 

 朱音からすれば、それもまた音色であり、鳴らしていた演奏者――翼は、朱音の隣で立ち止まった。

 またいきなりのことで、翼の名刀の如き美貌な横顔を、朱音は翡翠の瞳をぱちぱちとさせ、きょとんとした表情で見つめる。

 彼女をよそに、対して翼は、先程朱音がしていたように、目を一度閉じて、一時、耳をすませると。

 

〝~~~♪〟

 

 シンフォギアを起動していないにも拘わらず、自身の心より〝歌おう〟と湧き上がらせてきた歌を、唱え始めた。

 その歌は、先に朱音が歌ったのと同じく。高良瀬弥雪が作詞作曲し、二〇〇〇年代に世に出してヒットした一曲――《輝ける星竜(せいりゅう)》

 

 青く染め上がった海原の向こうのどこかで、苦しみ、悲しんでいる人々がいる。

 人々の助ける声を聞いた自分は、助けたいと、助けようと決心する。

 しかし、現実は無情。

 まだ翼も満足に広げられぬ小鳥のように、どうすることもできず、大地の上で無力さに嘆く。

 

 Aメロ――出だしの詩に宿る情景を歌いながら、翼は並び立ち、歌う自分を見つめていた朱音に、目線で伝えた。

 翼の瞳を通じて、意図を察した朱音は、頷き返すと。

 

〝~~~♪〟

 

 バトンを受けて、Bメロの詩を、詠う。

 

 それまでは、踏み出すことができず、無力さを噛み、座しているだけだった今まで。

 けれど、それでも立ち上がろう。

 たとえ弱弱しい翼でも、余りに小さすぎる儚い手であったとしても。

 

 そして、サビへと繋がる詩を交互に歌い上げ。

 

 未来を繋げる為、試練に満ちた海を、山を、竜の如く、駆け上がろう。

 

 耐え忍ぶような調子から一転、お互いの歌声を、解放感溢れる声量、音色で重ね合わせた。

 自然な成り行きで、翼は低音を、朱音は高音を、それぞれ重視した歌唱法へと歌い分け、一層夕陽の輝きが増した世界の中で溶け合うが様に、深々と重層的で、抒情に溢れたハーモニーが形作られ、奏で響いていった。

 

〝今は決して、一人ぼっちではありません〟

 

 先の戦闘時、《デュアルハーツ》とはまた違った趣のある二重奏を唄う翼の歌声には、あるメッセージが存在していた。

 

〝貴方たちの愛する子であり、また最後の希望となることを選んだ――彼女は〟

 

 その想いを、空の向こうへ届けようと、翼は朱音と二人で、歌い上げていった。

 

つづく。

 




劇中言及された架空のアーティストですが、名前の通り、モデルは中島みゆきさん(とらきすたの方のみゆきさん、中の人がEDで地上の星歌った繋がり)です。

劇中二人が歌った歌も、みゆきさんのがモチーフで。
『時代』と『銀の龍の背に乗って』です。
歌詞サイト参照してください。

なんか二人、友達になってからしょっちゅう戦闘以外でも歌っている気がしますが、いいんだいいんだ。
歌を愛する者同士なのですし。

はい?
なんか冒頭で無印の段階でウェル博士の持論を立証する描写があったって?
何のことでしょうか(コラ

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