GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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よ~し、何とか間に合ったぞ(シンフォギアRADIOでのゆかちボイス)、AXZ放送前に更新できたぞ。

適合者なら誰もが思い浮かぶ名場面も出てくる回ですが、ここまでの独自の積み重ねもあって、結構ところどころ違ってます。
なので戦々恐々の気持ちです(オイ

しかも現状原作では普通に狙い撃ったことのないあの子のあの技を、先に使っちゃいました。

サブタイは『助け合い』です。

イメージEDはキバ劇場版の『circle of life』(なのにオーズっぽい曲なんだよな)


#38 - cooperation

 特機二課リディアン地下本部司令部。

 目下、特異災害が発生している最中、職務を全うしている二課の面々は、大型3Dモニターが映し出す映像を見上げ、息が呑まれかけていた。

 現場の状況をリアルタイムに映像で本部に伝えるメッセンジャーにしてカメラマンである二課専用のノイズドローンが映し出しているのは、戦場にてデュエットを組んだ朱音と翼、二人の装者。

 

「凄い……」

 

 静寂が広がる室内で、零れ落ちた藤尭の一言は、実際の微かな声量より、大きく響いた。

 かの〝私闘〟の一件を除けば、これが本格的な共同戦線にも拘わらず、戦場でのツヴァイウイングに勝るとも劣らぬ見事な連携を見せ、絶妙にお互いの歌声をシンクロさせて二重奏を歌い、ギアのポテンシャルを存分に発揮させ、特異災害――ノイズに、文字通り一騎当千の奮戦を見せる彼女らの壮烈な勇姿を前に、釘づけとなっていた。

 職務上、人類最大の敵たるノイズを、うら若き少女たちがシンフォギアを纏い、歌声を鳴り渡らせて圧倒する様を、二課の面々は数え切れぬほど幾度も見てきた。

 人類の存亡を背負っていると、彼らは日々、重々噛みしめている。

 それでも、モニターの奥で〝装者に殲滅されるノイズ〟の光景を、どこか慣れた目で見てしまっていた。

 そんな彼らに、改めてある事実が、肺腑にしみ入らせて来る。

 シンフォギア……否、聖遺物は、現代の科学、文明、人知に及びもつかぬオーバーテクノロジーの塊であり、未だに分厚い神秘と未知のベールに包まれた、底知れぬ、しかし余りに強大が過ぎる〝怪獣〟にも等しき〝力〟であることは、はっきりしている存在であることを。

 

 そして、だからこそ、その怪獣染みた、一人の少女、一人の人間が背負うには、余りにも巨大で強大が過ぎる〝力〟を、守る為に振るい。

 まさしく――〝最後の希望〟――として、災厄に立ち向かう少女たちの切なさ、尊さ、輝かしさもまた、噛みしめていた。

 

 ただ、その中に………異種なる旨の内を抱えた〝例外〟が、隠れ潜んでいたのだが。

 

 

 

 

 

 

 時を、ほんの少し遡らせて。

 

「ノイズが……」

 

 市内の別地点で、ノイズを相手に、未だアームドギアを用いぬ徒手空拳のスタイルで、歌いながらの大立ち回りを披露していた響は、相手の異変に気付く。

 ノイズは、たとえ自身の特性を無力化する天敵な装者でも、人間であるならば襲う性質だと言うのに、奴らは突如、響に突きつけた視線を顔に相当する部分ごと逸らし。

 

「あ、待てッ!」

 

 どの個体も、同じ方角へと向かって跳び立って行った。

 

 追いかけようとして、ノイズの進行方向へ走り出そうとした最中、足が止まる。

 そっと両手を、ヘッドレスが装着された両耳に当てた。

 

〝~~~♪〟

 

 響の脳内に、言葉の通りに――〝響いてきた〟のだ。

 

「歌が……」

 

 今この瞬間に生まれ出でたばかりな、ガメラと天羽々斬が担い手たちの想いから作曲した伴奏と、その流れに乗ってメロディアスに唱えられる、朱音と翼、二人の交響する歌声が組み合わさって戦場に鳴り広がる、二重奏(アンサンブル)が、流れ渡っている。

 今の響に、なぜこのような現象が起きているのか、理解するのはほぼ皆無に等しい。

 

〝あの時と……いっしょだ……〟

 

 だが、この現象は、前にも体験したことがあると、行き着いた。

 あの、目覚めたばかりのデュランダルを、この手で掴み取った時。

 思考も、理性も、感情も、意識も、心も………滑りと、ぬるりとした底なしのどす黒く、しいて言葉にするなら〝破壊衝動〟な泥に絡みつかれ、塗りたくられて浸食され。

 完全に我を喪失(うしない)かけ、押し寄せる衝動のまま、不滅の剣が帯びる膨大なエネルギーを、同じ〝人間〟に解き放とうとしまいかけたあの時。

 暗黒一色となった響の意識に、一筋の光として、確かに響いてきたのだ。

 二人の歌姫の、歌声。

 彼女らの音色が、暴走による悲劇を招く寸前で、荒れ狂う聖遺物(もうじゅう)を宥め、鎮め、響の歪さを抱えた心に新たな傷を刻ませずに済んだ………〝あの時〟と同じく。

 

〝この感じ………〟

 

 同時に、響は、二人の歌声に呼応して沸き上がる〝感覚〟にも、覚えがあることに気がついた。

 

〝――諦めるなッ!〟

 

 その正体は――。

 

「――――ッ!」

 

 と、突然、響の聴覚が、人の悲鳴を捉えた。

 我に返った響は、首と体を振って、自分とそう歳が違わぬ女子の声が響いた先を探し、斜面上になった地面に沿う形で建てられた廃ビルを見つける。傍らにショベルカーとダンプカーが放置されており、特異災害警報が鳴るまでは取り壊し作業の途中だったらしい。

 確かに悲鳴は、このビルの内部から聞こえてきた。

 一見、ノイズがいる様子は見られなかったので、即座に駆け込もうとした響だったが、自分がシンフォギアを纏っている状態だと気づき、一度ギアの結合を解いた。

 未来との一時のすれ違いと、響なりにシンフォギア、ひいては聖遺物を巡って大人たちが抱えている〝色々とややこしい事情〟を咀嚼したのもあり、迂闊に民間人に見られるわけにはいかないと、理性が働いたのだ。

 アンチノイズプロテクターから中間期のリディアン制服姿に戻った響は、出入り口を通り抜ける。

 ビルの中は吹き抜け構造となっており、取り壊し中だったのもあって、コンクリートはボロボロ、鉄骨が剥き出しの箇所も少なくはなくすっかり瓦礫にまみれて荒れ放題、とても地上階に行けそうにないと、響でも分かった。

 地上一階から階段で地下一階へと降り、手すりに手を掛けて。

 

「誰か! 誰かいませんか!? いたら返事を――」

 

 呼びかけた途中で、響の背中に、異形の呻き声とともに、殺気が押し寄せた。

 感じ取った響は、咄嗟にその場より跳び上がる。彼女が立っていたいた床は一本の〝触手〟によって串刺しにされていた。

 不意打ちから逃れ、宙返りから降り立った響は、聖詠を唱えようとするも。

 

「ッ!」

 

 見上げた先にいた襲撃者――ノイズの姿を見て、歌唱が中断される。

 

〝確か……あのノイズって……〟

 

 海棲生物の多胡に酷似し、多数の触手をゆらゆらとさせている浮遊しているノイズは、タイプE―《多脚型》にカテゴライズされる個体だった。

 

 

 

 以前、まだ響が実戦に出られず朱音の指導下にいた頃、時折朱音とともに櫻井博士から現在存在は確認されているが、出現頻度は通常のノイズ以上にさらに希少かつ特殊な生態を有した個体の特性についての講義を、何度か受講していたことがある。

 

〝今回紹介するのは、この個体よ♪〟

〝た………たこ?〟

〝シルバー○ルーメ……〟

〝え? 朱音ちゃん、それって何の生き物?〟

〝いや……今のは忘れてほしい〟

 

 多脚型も、その一環で博士から説明を受けていた。

 

〝このタコにそっくりな多脚型の特徴は、まず空を飛べるけど気球くらいのっそりであることと、視覚を持たないと言うことよ〟

〝つまり、目は見えない代わりに、聴覚が異常に発達していると?〟

〝せぇ~かい♪ 音が聞こえれば居合の達人な按摩さんみたく仕込み杖からこう素早く、触手でいつ抜いたかいつ斬ったかなくらいビシッとバシッと振るってくるんだけど………この多脚型のやぁ~かいな特性は、それだけじゃないの〟

 

 いつものマイペースな物腰かと思いきや、時に声色を真剣な調子にもさせる博士の講義を通じて教えてもらった多脚型の性質。

 閉鎖空間に陣取り、そこに人間(えもの)たちをおびき寄せ、追い込ませると言う一面。

 時に自ら襲いけしかけ、時に人間そっくりの声を発し、それが本当に人のものだと騙された人間たちを逃走が困難な場所へと、追い込む、または誘い込ませる。

 下手に逃げようと物音を立てれば、その瞬間振るわれた触手で炭素分解に至るため、一度嵌められた人間は、自力で脱出するにはほぼ不可能となってしまう。

 ならば自然消滅するまでじっと待てばいいのでは? と言及されるかもしれないが、多脚型の場合はそうはいかない。

 この個体も、他のノイズと同様、時間経過とともに〝死す〟運命であるのだが、その時が訪れると、自らがおびき寄せた人間たち諸共――〝自爆〟するのだ。

 

 

 

 今、多脚型と鉢合わせてしまった中、突然響の口周りが〝感触〟に覆われた。

 感触の正体は、人の、それも女の子の右手であり。

 

〝み………未来………〟

 

 その感触に覚えのある右手の主は、未来であった。

 彼女は左手の人差し指を自分の口に当て、言葉を用いずに声を出さない様にと響に促し、懐からスマートフォンを取り出して画面を展開させると。

 

〝静かに、私とおばちゃんはノイズに追いかけられて、ここまで逃げ込んできたんだけど、あのノイズがいて〟

 

 打ち込んだメール文を響に見せ、筆談と目線の移動で、逃げる途中で負傷したふらわー店主―藍おばさんの状態を伝えた。

 息はあるが意識はなく、気道確保のための回復体位の体勢で藍おばさんが横たわっている。

 

〝どうしよう……このまま歌ったら……未来やおばちゃんが………〟

 

 響たちの置かれた状況は、完全に袋小路に追いやられた格好となってしまっていた。

 聖詠と唱えようとすれば、その瞬間に多脚型は未来ら諸共攻撃を仕掛けてくる為、迂闊にガングニールを呼び覚ますことはできない。

 ノイズに一切悟られず、女子二人で藍おばさんを運びながら、瓦礫だらけのこの場から逃げるのも困難。

 消滅=自爆する多脚型の特性上と、藍おばさんの状態もあり、悠長に自然消滅を待つわけにもできない。

 メールで二課本部に救援を要請することもできるが、もしも朱音や翼、自衛隊らが向かっている間に………ノイズが自爆を敢行でもすれば。

 これならば、一度変身を解除してしまったのはミスだったと一見思えるが、このような閉鎖空間で音量の高い歌声と伴奏が流れれば、音の反響の影響で、多脚型が過剰反応を起こして喚き散らすように全ての触手を振るって暴れ回り、未来たちは逃れる術なく餌食になっていたか、崩落の二次災害で、瓦礫の下敷きになっていたことだろう。

 今彼女らがどうにかまだ生存できているのは、響の選択が功を奏したからでもあったが………この事実を踏まえても、手詰まりであることに変わりない。

 打開する方法を見い出せない中、未来はスマートフォンに再び文章を入力して響に見せた。

 内容を見た響の双眸の瞳は、驚愕に染め上がり、信じがたいものを見たことで揺れ動き惑い、呼吸も心臓も止まりそうなくらい、息を呑んだ。

 画面に書かれていたのは――

 

(聞いて、今から私があのノイズの気を引くから、その間におばちゃんを助けて)

 

 未来が、自らを〝囮役〟に買って出る、と言うものだった。

 

〝だ……ダメ……〟

 

 文面の内容と、それが見間違いでないと理解した響は、手早く自分のスマートフォンを取り出し。

 

(ダメだよ、未来にそんなことさせられない―――)

 

 今の自分の気持ちを代弁した一文を、未来に見せた。

 

(―――囮なら、私がやった方が……)

 

 返答を読んだ未来は、手早くも静かに打ち込み。

 

(おばちゃんの容体が手遅れになる前に助けられるのは、響だけなんだよ)

 

 生身の女子高生独りでは、成人女性一人を運ぶのは難しく、逆にギアを纏った響が適任なのは確かだ。

 

〝だからって……〟

 

 ノイズがほんの僅かでも、掠めた程度でも人の肉体に触れれば、その瞬間に炭素となってその人間は――〝死ぬ〟。

 響にはそれに抗う術――シンフォギアがあるが、未来にはない。

 

(元陸上部の逃げ足なら、何とかなる)

 

(何ともならない!)

 

 なのに未来は、一瞬の、些細な過誤でも命取りになる綱渡りを、自ら提案していながら、表情も態度も、ひどく落ち着いて見えるもので、微笑みさえ浮かべていた。

 親友のその様相が却って、響の胸の内の不安を煽り立ててくる。

 脳裏に過る――

 

〝朱音ちゃぁぁぁぁぁぁーーーーんッ!〟

 

 今でも、血の感触をはっきり覚えている、絶唱の代償(バックファイア)を受けて、自らの血に塗れた朱音。

 弦十郎の口から、一命をとりとめ、〝生きようとするのを諦めていない〟と聞かされるまでは、生きた心地がしなかった。

 

〝死にたくない! 死にたくないッ!〟

 

 あの日、目の前でノイズと心中させられた、多くの犠牲者(ひとびと)。

 

〝奏ぇぇぇぇぇぇーーーーーーッ!〟

 

 慟哭し、号泣する翼に抱きしめられながら、命を芯から歌の炎に変えて燃やし尽くし、散っていった奏。

 

 ――記憶に刻まれた、死の匂いが充満していた、地獄染みた光景たち。

 

(未来は――)

 

 どうして、自分から命を賭けて、一歩間違えば死んでしまう〝危険〟へと、飛び込めるのか?

 未来への想いと、心配と、親友(ひだまり)を失うかもしれない〝恐れ〟の余り、この時の響は全く気付いていなかったのだが………。

 

(未来は、死ぬのが、怖くないの?)

 

 響が投げかけた言葉は奇しくも、何の躊躇いも、逡巡も、迷いもなく、誰かを助けられる――それだけで、人助けの為に、装者としてノイズが跋扈する戦場に飛び込んで行った自分を目の当たりにした、朱音たちの心情、そのものだった。

 

「■■■■……」

 

 自らを案じる親友からの問いかけに、未来は声は出さずに唇で最初の一言を応え。

 

(怖いよ、怖いに決まってるよ)

 

 新たにタイプした文を見せ。

 

「(怖くないわけ、ないよッ!)」

 

 文章と、唇で、その言葉に籠った、ずっと響を想うが余り、〝鞄の中に隠してきた偽らざる気持ち〟を、響に伝えた。

 伝えられた響は、ハッとする………よくよく見てみれば、恐ろしいくらいに平静に見え、響へ柔和に微笑んでいた未来は、手を中心に、体中が震えていた。

 震えが示す、圧倒的で、冷酷で、無慈悲な絶望、即ち〝死〟に対する、恐怖の感情(きもち)を。

 忍び寄る絶望に呑まれ、屈してしまいそうになりながらも、屈しまいと足掻き、瀬戸際で踏み止まって耐え、たとえ非力でも立ち向かおうと、生き抜こうしている。

 かけがえなきその友の〝勇姿〟を、より大きく開かれた響の瞳は、捉えて離さず、離れずにいた。

 未来は、そっと、響の耳元へ顔を近づけ、そっと友の手の甲に、自分の手を乗せ、包むように温もりを送ると。

 

「響……」

 

 か細くも、響の耳にははっきり聞こえるほどに。

 

「私、命がけで頑張ってる響に、酷いことをした………なのに、この上もっと、我がままを言っちゃうけど―――」

 

 静謐ながら、確かな〝熱〟をも帯びたささやき声で告げ。

 

「〝それでも―――私は生きたい……みんなと………朱音と………そして――響と、いっしょに」

 

 覚悟を決め、勇気を奮わせ立ち上がり。

 

「〝生きたいんだッ!〟」

 

 だからこそ―――ただ一つの、命を駆ける。

 未来は己が決意を高々に、響かせた。

 自らの声を声高に発すると同時に、近くにあったコンクリートの破片を幾つか掴み、壁に向かって投げつける。

 衝突音が空間内を反響し合ったことで、多脚型は音の発生源がどこかを掴ませずに一時混乱させられた。

 

「こっちだッ!」

 

 ほんの一瞬できた隙―チャンスは逃さず、全力で駆け出した。

 ブランクを感じさせない流麗なフォームで、風を切り抜け、多脚型の触手の猛攻に晒されながらも、スピードを一切緩めず、一心不乱に走り続け、ビルを飛び出し、災いの化身を自ら引きつけていく。

 未来とノイズが廃ビルから離れていくのを見止めた響は、即座に横たわる藍おばさんへと駆け寄り。

 

〝Balwisyall nescell gungnir tron (喪失へのカウントダウン)〟

 

 表情を引き締め直すとともに、聖詠を発し、ガングニールを再び目覚めさせ、変身。

 胸部の中心に装着されたマイクからは、彼女の新たなる〝歌〟の伴奏が、流れ始める。

 そのメロディを、かつて響は一度だけ聞いたことがある。

 二年前のあの日も、戦場に響き渡っていた、天羽奏の戦闘歌――《君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ》そのものだ。

 響はおばさんを横抱きで抱え、屋上まで風穴の空く吹き抜けとなったビル内から、跳躍で一気に跳び越える。

 

『響さん!』

 

 直後、耳の通信機から緒川の声が聞こえ、地上に一台に黒塗りのセダンが止まり、中から彼が降車した。

 

「緒川さん!」

 

 ガングニールの《アウフヴァッヘン波形》が途絶え、響との通信が繋がらなくなったために、反応が消失した地点まで向かっていたのである。

 

「おばちゃんをお願いします」

 

 緒川の下に降り立った響は、抱えていた藍おばさんをそっと緒川に預けると。

 

「分かりました、響さんは?」

「友達を――守りに行きますッ!」

 

 緒川からの問いにそう返して、響は囮を買って出た未来を救うべく、友が走っていった方角へ飛び立った。

 

「本部、こちら緒川」

 

 響の勇姿を見上げながら、彼女の言葉の意味を察した緒川は、スマートウオッチ急ぎ本部と通信を繋いだ。

 

「響さんの進行方向周辺に、ドローンを!」

 

 

 

 

 

〝~~~♪〟

 

 ギアによる身体強化と、師譲りの体捌きでビル群を八艘飛びしながら、伴奏に乗って歌い始める。

 メロディこそ、奏の《君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ》のものであったが、先代の担い手の伴奏を流すガングニールは、今の担い手たる響の心象風景を読み解き、新たに歌詞を構築。

 

 立花響の新たなる戦闘歌――《私ト云ウ 音響キ ソノ先ニ》で以て。

 

 響は胸の奥より沸き上がる詩と音色に導かれながら、ノイズの猛威から逃げ続けている親友に届かせようと、歌い続ける。

 

〝未来、どこ?〟

 

 別地点で交戦している朱音と翼の戦闘による火花が上がる中、上空から市内を隅から隅まで見渡すも、大都市の一角たる律唱市だけあり、この広大なコンクリートジャングルで人っ子一人探すのは難儀であった。

 しかし、急ぎ彼女を見つけ、向かわなければならない。

 たとえ未来が自らの発言通り、陸上で鍛え、ノイズから逃げ続けられるっだけの足を持っていたとしても、体力は有限、いずれ限界が来る。

 その前に、多脚型が自爆する恐れだってある。

 

『響ちゃん、聞いて』

 

 一刻を争う状況下、響に助け船が――二課本部にいるから友里通信が来た。

 

『星園山(ほしぞの)森林公園近辺の山道に、多脚型のノイズに追いかけられている人影を発見したわ』

 

〝そこって?〟

 

 友里から齎された情報――星園山公園。

 そこは以前、特異災害の発生で反故せざるを得なかった、叶わなかった〝一緒に流星群を見る約束〟に選んだ地であった。

 今響が跳んでいる場所からそう遠くはない。

 

「―――!」

 

 二課の人々から吉報を貰った響の強化されている聴覚に、女の子の悲鳴が入ってきた。

 今度は誰のものか、はっきり分かった。

 

〝未来、今行くから!〟

 

 戦闘歌がサビのパートに入り、歌声で増大したフォニックゲインを糧に、腰部のスラスターを現状最大の出力で点火し、星園山公園の方へ、飛ぶ。

 だがやはり、まだ長時間飛行できる域には至っていない為、推進器から炎が荒々しく吹き荒れる一方で、高度は下がっていく。

 響は速度を維持したまま、一旦近くのビルの頂で降りると、助走の勢いを上乗せして再度、飛び。

 さらに両脚に展開されたハンマージョッキが、限界ギリギリまで強く引き絞り。

 

〝行ッーけぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーッ!!〟

 

 崖の瀬戸際に立たされた親友を助けるべく、急いだ。

 

 

 

 

 

 絶えず多脚型の触手による〝死〟が押し寄せながらも、ここまで必死に走ってきた未来。彼女が走ってきた道は、人間しか襲わぬ一方でその為ならお構いもしないノイズらしく、多脚型の攻撃で抉られた痕が痛ましくできていた。

 何とか逃げ延びてきたが……長距離を全力疾走した代償で、未来の体力は底が付きかけていた。

 息は大荒れし、同じくらい心臓も慌ただしく動き、両脚は重石でも嵌められたように重く、フォームはとうに崩れ、足取りはゆらゆらと浮浪者じみておぼつかない。

 残っていたなけなしの分も消費され、膝と掌がアスファルトに付き、四つん這いの体勢で、止まってしまう。

 雲海を思わせる速度でゆっくり、またゆっくりと、多脚型は未来に近づいてきた。

 その緩慢な飛行が、却って怖ろしさと、迫る〝絶望〟を際立たせる。

 

〝もう……ダメなの、かな?〟

 

 まともは体が動かず、諦観に支配されかかっている未来に、多脚型は突如急上昇、そのまま降下して、彼女の身体を押し潰そうとした。

 

〝ごめん……〟

 

 危うく、自らを呑み込もうとする〝死〟を享受しかけ、両の瞳が閉ざされた時。

 

〝~~~ッ!♪〟

 

 歌が………響が奏でる歌声が、響き渡る。

 

〝そうだ、まだ――〟

 

 一度閉ざされた瞳が、開く。

 

〝まだ………流れ星、一緒に見ていない、まだ〝あの子〟と、友達になってない………なにより――〟

 

 アスファルトと密着し、広がっていた手を、強く握りしめ、歯を食いしばり、己を奮い立たせていく。

 

 

 

 

 

 自分でさっき、〝歪〟を背負っている響に、こう言ったじゃないか。

 

 生きたいって………朱音と、クリスと、みんなと、そして響と――一緒に生きていきたって。

 

 そう言った自分は生きて、〝見たい〟と思ったんじゃないのか? 願っていたんじゃないのか?

 人助けの為に一生懸命頑張る響を応援したいって。

 誰かの為に頑張れるからこそ、人助けの他に、自分の為にでも頑張れる何か、〝私の親友〟であること以外に、響が自分自身を誇れて、自分を輝かせる太陽のようななものを持ってほしいって。

 たとえ、どんな時でも、それこそ朱音の言っていた〝自分との戦い〟が待ってたとしても、それでも陽の光な笑顔で、笑っていてほしいって。

 そして、あの夜、朱音と一緒に誓ったじゃないか。

 いつか響が、自分の力で、自分の〝翼〟で飛べるようになった時、みんなで一緒に、心からの笑顔で以て、祝おうって、祝福して迎えようって。

 その時まで、支えようって。

 

 そうだ、ここで、止まっちゃダメだ。

 ここで、終わり――ゴールにしちゃ、ダメだ。

 

 

 

 

 こんなところで―――諦めるもんかぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!!

 

 

 

 

 自力で走るだけの体力は、未来には残っていない筈だった。

 けれども未来は、自身の想いも込められた、立ち昇る気力のみで這い上がり、四つん這いからクラウチングスタートに似た体勢で、疾駆した。

 走り出した彼女背後で、多脚型はアスファルトと激突する。

 落下中に、遠くから放たれ、飛んできた、〝フォニックゲインによるライフル弾〟に貫かれ、衝突時は炭素分解し果てていた多脚型ノイズ…………が、その巨体ゆえに生じた衝撃波で、紙一重の差で逃れた未来の身体は、ガードレールの外側へ、吹き飛ばされた。

 高所に投げ飛ばされた未来は、悲鳴を上げて崖の下の、川が流れる大地へと落ちていく。

 災いの影の、最後の悪あがきを受け、最早抗う術は断たれたと思われた最中。

 

「未来ぅぅぅぅぅーーーーー!!」

 

〝ひ、響〟

 

 スラスターとハンマージャッキによる全力飛翔で、ここまで駆けつけてきた響が、未来の名を大声で呼び、大きく腕を伸ばしてきた手を差し出す。

 友の姿を見止めた未来も、精一杯、掌を広げた自分の腕を伸ばす。

 地に足付かず、地上側から暴風が吹き荒れ、自由の利かない落下する状況ゆえ、取り合おうとした手と手は、一度虚空を払う。

 

 それでもと、二人はさらに差し出し―――今度は、届いた。

 

 互いの手で、相手の手首を掴み取り、抱きしめるように、握り合った。そのまま響は未来を引き寄せ、抱き寄せると、スラスターを全力噴射。

 大地はもう目前。

 出力全開のまま、脚のハンマージャッキを計一二に増量させて展開して牽引。

 スラスターの推進力で緩まれても尚落下速度が健在な中、重力に引きずられるまま、川岸の大地に衝突する直前、引き絞るジャッキを開放。

 瞬間的に、爆発的に伸びあがった推進力は重力に逆らい、飛び上がった……が、生じた勢いが余り過ぎ、宙でバランスを失う。

 未来は、響を抱きしめる力を、より強めて、瞠目した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝あれ?〟

 

 転落の衝撃を覚悟していた未来に待っていたのは、大きく柔らかなクッションに受け止められた、穏和で温かく、安心すらも覚えてくる、不思議な感覚であった。

 しばらく気分が落ち着くのも待って、そっと、強めに閉じていた瞼を開けると。

 

「響………寝ちゃってる?」

 

 戦闘の長期化と、消耗が激しいハンマージョッキの多用で、未来を守るようしっかり抱きしめながらも、響はすやすやと夢の中にいた。

 もう安心だとばかり、ガングニールもプロテクターを解除して眠りに付き、制服姿に戻る。

 

「もう……食べられない」

「響ってば……ばか」

 

 ごはん&ごはんな響らしく、ベタベタが過ぎる寝言に苦言を呈しつつも、親友の寝顔に笑みを零した。

 

〝あ、そう言えば……〟

 

 自分たちを助けてくれた感触の正体が気になり、辺りを見渡してみると。

 

「手…?」

 

 巨大な、半透明の紅緋色な手の平の、上にいた。

 しかも、表面は爬虫類の体表のような模様で、五指には鋭利で長い爪が伸びている、大きさと色合いを差し置いても、とても人間のものではない。

 

「未来」

 

 後ろ側から、優しく呼びかける声がした。

 振り返ると、ほっと安堵も交えた笑顔が浮かぶ。

 その先には――

 

「朱音……」

 

 紅緋色のシンフォギアを纏った、朱音がいた。

 手の正体は、彼女の右手から放出されたフォニックゲインが、プラズマの火炎に変換させずにガメラの右腕となったものであった。

 

「ごめん、お待たせ」

 

 ギアの鎧を纏ったままながらも、あの夜、未来にも見せた〝慈愛〟に満ちる微笑みで、災いを退けた未来たちを迎い入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、朱音たちにいる地点から遠く離れたビルの上。

 

 ワインレッドで、長銃身のスナイパーライフル――アームドギアを降ろした装者が一人いた。

 ライフルの銃身からは、煙が昇っている。

 

「………」

 

 未来(おんじん)を下敷きにする直前だった多脚型を、狙い撃ったのは、〝彼女〟であった。

 

 

つづく。

 




今回原作無印8話にったビッキーの独白はカットしております。

次の回で、改めて二人が腹を割って話す下りがあって、プロット練ってたら内容がダブルことに気づいたので、この回はテンポを優先させました。

未来の台詞の一つがティガのジョバリエ回が元だと分かった人はどんぐらいいるかな。

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