GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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2019/10/25:楽曲の歌詞を掲載できるようになったのでそれに合わせて加筆修正、サブタイも微妙に変えて上げ直しました。

橋本仁:『青空になる』(仮面ライダークウガED)


#1 - 最後の希望、再誕 ◆ 2023/12/26挿絵追加

 神奈川県律唱市(りっしょうし)、東京湾に面し、また首都東京と県庁所在地の横浜市に挟まれている形で隣接している地区な、関東の大都市の一角。

 この市の特徴を上げるなら、未来と昔が折衷している点であろう。

 二〇二〇年に開催された二度目の東京オリンピック開催の煽りを受けて始められた再開発事業で、律唱市にもモダンな高層ビルが立ち並び、山間には市内全体の電力を確保するべく作られた大型ソーラーパネルが鎮座し、主要交通機関としていわゆる〝懸垂式〟のモノレールの路線が網目のように敷かれて市民たちの足をなっている。

 その一方で、情緒感と一緒にどこか昭和の時代の香りも漂う商店街と言った風景も、二〇年代に入った二一世紀のこの時代ながら、この律唱市には残されていた。

 

 そんな今昔が折衷した街にある、ごく一般的だが就寝用のロフトが付いたワンルームマンションの一部屋が、今年高校生になったばかりで……数時間後に〝装者〟と言う形で、かつての〝自身〟を目覚めさせることになる〝彼女〟の住まいだった。

 

 午前五時丁度、予め設定していた通りの時間に鳴り響いたスマートフォンのアラーム。

 振動とともにスピーカーから発せられる――金管楽器と弦楽器と、女性のコーラスで構成された勇壮かつヒロイックなBGM――メロディを、彼女は画面にタッチすることで止めた。

 

「はぁ~~」

 

 目覚めてショーツから出て来た彼女――草凪朱音(くさなぎあやね)と言う名を持つ少女は、両腕を伸ばしながら、あくびを上げた。

 寝間着にしていたのはシンプルなデザインの半そでのTシャツと短パンなのだが、起きたばかりな状態でもある為か、妙に扇情的である。

 顔つきも、よく見ればあどけなさを残しているが、高校生になりたてとは思えない凛として大人びたもので、いわゆるクールビューティそうなオーラを発し、まだ寝ぼけている両目と、少々寝癖の立っている髪は独特の色気を醸し出していた。

 

 まだ残った眠気を晴らすべくまず窓を開けて朝陽を浴び、次に顔を洗って歯磨き、シャワーを浴び、時間を掛け過ぎず、かと言って手も抜かない程度に手入れを行い、寝惚けで隠れていた凛々しい容貌と、艶やかで葡萄色がかった黒髪が姿を現した。

 上着を除いたブレザータイプの制服に着替え、その上にエプロンを羽織った朱音は、点けたテレビに映る朝の報道番組をBGM代わりに、朝食と昼食用の弁当を作り始めた。

 

「次に、ノイズ関連のニュースです」

 

 手慣れた様子で調理をテンポよく進ませていた朱音は、アナウンサーの発した単語を聞いた途端、その手を止めてしまい、視線をテレビへと移す。

 今流れるニュースの内容は、この世界の人類を脅かしている〝特異災害――ノイズ〟に関わるものであった。

 具体的な内容は、昨日律唱市からそう遠くない箇所にある山々にて、ノイズが出現したものの、自衛隊の尽力で民間人への被害は出なかったと言うもの。

 その報道に対し、朱音は宝石に負けず劣らず麗しい〝翡翠色〟の瞳に憂いを帯びさせて、無力さを味あわされているかのような沈痛な眼差しで画面を凝視していた。

 

「っ――しまった」

 

 しかし直ぐに我に返り、危うく吹きこぼれそうになっていた味噌汁の鍋を、どうにか寸前で阻止して、ほっと溜息を零し、一方で物思いに耽っていた自身を戒める。

 

 

 

 

 

 いい加減にしろ、一体何度言えば分かるのだ――〝私〟よ。

 

 もう〝私〟は、超古代文明人ではない………ましてや――最後の希望――〝■■■〟じゃない。

 この世界の地球の、現代を生きる一介の日本人でしかない……四分の一アメリカ人でもあるけれど。

 

 ともかく、今の自分は〝ただの人間に戻っている〟………そんな己で、何ができると言うのだ?

 

 この世界を侵す脅威と、それに対し何もできない現在の己に気を病んでいたところで、キリがないと言うのに。

 

 なら―――どうして今日まで、ノイズに関係していると思われる事件を記録に取ってファイルに幾つも纏めている?

 

 あれは………そうだ、いわば防災対策の一環のようなもの……備えあれば憂いなしと言うではないか。

 

 なら――アメリカの中学校(ジュニアハイスクール)を卒業してからリディアン高等科に編入するまでの間も、受験勉強に使う時間を用いてまで鍛錬を欠かさなかった?

 どうして受験を合格(パス)してから入学式までの間、この世界の人類最強の存在と言っても過言ではない〝あの人〟に無理を言ってまで、師事を受け、彼の下で修行(トレーニング)を受けていた?

 

 昔から日課と趣味嗜好の一端――武術と映画を通じての好奇心から来るものだ………他意はない、他意なんてものはないんだ。

 

 

 

 

 

 今から八年前に体験した〝悪夢〟と愛する者との〝死別〟が引き金となって、かつての自身の〝記憶〟が蘇って以来、もう何度目かも知れぬ自問自答ジレンマを、どうにか一時的に振り切って、朱音は自作の朝食と、昼食用の弁当を作り上げた。

 

 

 

 

 

 朝の食事を終え、自身が通う学校の制服である、スクールセーターとブレザーの特徴を掛け合わされた上着とネクタイを着込んだ彼女は、机の引き出しから、長方体上のペンダントケースを取り出す。

 その中に入っているのは―――鎖状の輪でペンダントにした、少し赤味がかった茶色の〝勾玉〟であり、朱音はそれを首に掛けた。

 小さい頃、両親にプレゼントされてから、いつも、今でも肌身離さず持ち歩いている―――形見であり、宝物。

 

 彼女の通学前の準備は、まだここで終わりではない。

 横長で小ぶりなキャビネットの上に置かれ、扉が締まられたモダンミニな仏壇を開き、品のある所作で正座をする。

 その小さな仏壇と横並びになる形で、写真立てに飾られた写真が一つ、そこには幼い頃の人間としての自分と、かつて〝心を通わせた少女〟と瓜二つな母と、その少女の父親の若き頃に似た父親の三人が、海外のどこかで笑い合いながら映っていた。

 

 輪を鳴らして、合掌、お辞儀をした彼女は、写真の中の両親に微笑みかけ。

 

「行ってきます」

 

 と、一言送った。

 

 そうして今日も朝も、いつもの〝挨拶〟を済ませた草凪朱音は、学生鞄を肩に掛けて、自宅を後にした。

 

 

 

 

 少し、現金な自分に苦笑いしたくなった。

 

【挿絵表示】

 

 外に出て、今日も晴れ晴れとして春の晴天をこの目を拝んで、同時に朝特有の気持ちいい空気を深呼吸で目一杯味わっていると、一転して心がうきうきとする。

 空の青は大好き、海の青とはまた違った趣があって、透明感のある澄んだこの色合いは、見ていると心まで透き通り、もやを晴らしてくれた。

 自分の心情の移ろい様に、我ながら呆れてしまうのが―――落ち込んだ顔で行くよりは、父も母も喜んでくれるだろう。

 とりあえずここは、己の感情ってものに、素直になってみることにしよう。

 

 よほどの大きい声量でなければ、鼻歌を奏でるくらいなら大丈夫――と、〝青空〟にちなんだ曲を歌ってみることにした。

 歌詞が日本語のバージョンと、英語のバージョンあるけど、今日は英語で歌ってみよう――考古学者な両親と一緒に世界を回ることが多かったし、リディアンに入学する前までアメリカ暮らしも長かったので、英語含めた日本語以外の言語の扱いにも自信はある―――って、鼻唄で留めるんだから別にどっちの歌詞でも良いじゃないか、危ない危ない。

 

〝重い荷物を~~枕にしたら~~深呼吸~~青空になる~~♪〟

 

 頭の中で、記憶していた前奏を鳴らし、口を閉じたまま、出だしの歌詞から奏で始めた。

 そう―――途中までは鼻唄で歌っていたつもりだったんだけど。

 

「君を~~連れて行こう~悲しみのない~未来まで~~♪」

「おはよう朱音ちゃん」

「え?」

 

 律唱市の鳴海町って地区にある『なるみ商店街』に入って歩いていると、横から女性の声が聞こえて、頭の中での演奏ごと、歌唱が中断される。

 

「あ、おはようございます、藍おばさん」

 

 自宅も兼ねた飲食店の前で掃除をしている女性に呼び止められて、挨拶の一礼をした。

 少しウェーブの掛かった髪をアップで纏め、気立てのよさそうな雰囲気を発しているエプロン姿の女性、この方の名は――花笠藍さん。

 長年この律唱(まち)の商店街で、鉄板焼きのお店を開いているお方。

 

「今日も気持ちいい歌ありがとね」

「へ? もしかして私………声に出してました?」

「そりゃもう、みんな店の準備忘れて聞き入っちゃうくらいにね」

 

 藍おばさんの視線を追いかけて、周りを見渡してみると、実際に夢中で聞いていたと思わしき商店街の方々は自分を見て微笑みかけていた。

 

「ご――ごめんなさい! 私ってば、また……」

 

 謝罪の礼を反復する度、頬の温度がどんどん熱くなる。当然顔色も羞恥で赤くなっているのが、熱で嫌というほど分かった。

 かつて体内に秘められた〝プラズマ〟の超高熱に比べれば、ほんと微々たるものなのに………熱いし、そしてとても恥ずかしい。

 ああ~~結局またやらかしてしまった………昔から、物心ついて間もなく歌に触れた頃からだ、何だか気分がよくなると、気がつけば実際に声を出して歌ってしまう。

 そりゃ……ほんと遥か遠くの〝昔〟から、歌うことは好きだった………でも少しは自重しないと………いくらこの癖のお蔭で、入学初日に〝あの子〟たちと友達になれたからって、全く。

 

「いいのよ、それぐらい上手い上に何と言うかこう、情緒的に歌われちゃ、文句なんか出てきやしないさ」

「それは――どうもありがとうございます」

 

 クレーム付けられるどころか、藍さんら一同から、お墨付きも貰ってしまった。

 さすがにあの〝ツヴァイウイング〟らプロたちに比べれば見劣りするし、まだまだだろうけど、せっかくなので、ちゃんとお礼返しをしておく。

 

「今日新作を出すんだけど、どう? 今日の夕飯」

「はい、じゃあお言葉に甘えさせて、TATSUYAの後に寄らせて頂きます、何なら〝弦さん〟も一緒に連れて、予定が合えばの話ですけど」

 

 長年〝ふらわー〟って名の店で鉄板焼きをたくさんのお客さんに送ってきた賜物か、おばさんの作る焼きそばもお好み焼きも絶品、そんなおばさんの新作の一品となれば、食べない手はない。

 

「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃ~い」

 

 藍おばさんたちに見送られる形で、自分の通う学び舎の下へと急いだ。

 

 

 

 

 

『私立リディアン音楽院高等科』

 

 それが、今年の春から朱音の通っている日本の学び舎の名。

 海を拝める高台に建てられたこの教育施設は、名前の通り、音楽に力を入れた私立高等学校な女子校である。

 基本小中高一貫校だが、積極的に中途編入の門も大きく開かれており、朱音のその一人であった。

 タレントコースも設けられており、ここを卒業した学生がそのままアーティストとしてデビューすることも少なくない。

 

 さてさて――朱音の在籍している、近代ヨーロッパ風の趣があるクラスでは――

 

「た~ち~ば~な~~さぁ~~~ん!」

 

 まだ一か月目だと言うのに、すっかりクラスの恒例行事になりつつある、気難しそうな担任教師の怒号が鳴り響いた。

 

 

 

 

 朱音も朱音で〝またこれか〟――と、HRとは別に朝のある種の行事となりかけている光景前に、苦笑いを浮かべた。

 教卓の前では、一人の女子生徒が、向かい合う形でおっかんむりな先生の〝雷〟を受けている。

 背丈は150㎝後半で、スリットの入ったマントを広げているみたいな独特のくせと跳ねっ毛のある淡い黄色がかったショートヘア、まだまだあどけなさのあるまんまるとした輪郭な瞳。

 

 あの子の名前は――立花響(たちばな・ひびき)。

 

 リディアンに編入してからできた、朱音の友達の一人だ。

 

「ごめんさない朱音………また響がお騒がせして」

 

 通路を隔てた隣の席に座る女子から、朱音は小声で弁明を受ける。

 背は響より微かに小柄で、後ろ髪の一部を白いリボンで縛ったセミロングの女子は小日向未来(こひなたみく)―――響とは小学校からの幼馴染が親友であり、彼女とも入学の日に友人になったばかりだ。

 

「気にはしてない、発声の見本だと思えばどうってことないよ」

「ふふ、そうだね」

 

 ちょっとばかりジョークを返すと、ツボに嵌ったようで未来は先生にばれないよう慎ましく笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 今日も朱音のクラスメイトな少女が、担任から怒号を受けるシチュから始まった一日も、半分過ぎたお昼時の学生食堂。

 窓際の四人前の席にて、朱音は朝作っていた弁当、もう二人が食堂のメニューをそれぞれ食している。

 

「はぁ~~何か何か入学してからクライマックスの乱れ撃ちが百連発で来ている気がするよ」

 

 仮にも女子高なのに、なぜかレギュラーメニューにあるメガトンカツ定食+白飯大盛りをしれっと平らげている響は、美味しそうに食するまま、愚痴っぽく溜息を零した。

 

「半分はドジだけど、もう半分は響のお節介焼きのせいでしょ?」

 

 そこに今日はロールパンとサラダにハンバーグの組み合わせで昼食を取る未来が食しながら、長い付き合いだからこそとも言える、鋭さのある苦言の言葉を送る。

 

 

「そこは〝人助け〟と言ってよ……人助けは私の趣味なんだから」

「響の場合は度が過ぎてるの」

「それに今日の遅刻の原因は人助けじゃなくて、猫助けと言った方が良いんじゃない?」

 

 響は決して不良学生ではないのだが、すっかりこのひと月弱で〝遅刻常習犯〟の異名をほしいままにしてしまっていた。

 原因は本人が趣味だと表した〝人助け〟がほとんど……どころか全部を占めていると断言できてしまう。

 通学途中、視界の中に〝困っている人〟を見かけたら、本当に躊躇いなく即決で助けに行ってしまうのだ。

 朱音が知っているだけでも――

 

 迷子になった幼児の親を探すことなどしょっちゅうあるし。

 足腰が悪くて杖の欠かせないご老体のサポート。

 本来どの日にどの住人がやっているか決まっている集団登校を義務付けられている小学生たちの、横断歩道の横断のサポート。

 町内清掃の飛び入り参加。

 

 ――などなど相当な数となり、一日に最低でも二回以上は、学業を犠牲にした善行を積極的にやっている形である。

 恐らく、リディアンに入学してから今日までの〝人助け〟の回数を数えれば、百は悠に超えてしまっている筈。

 

「猫を助けようとして遅刻した学生なんて、世界広しと言えど響くらいしかいないわね」

「そんなこと言ったって………木から降りられなくなってて可哀想だったんだもん」

 

 今朝の遅刻に繋がった善行は、木に登ったら降りられなくなってた誰かの飼い猫を助け、しかも持ち主を探そうとしたこと。

 

「わざわざ響君が助けなくても、その猫さんは自力で降りられたと思うけど」

「どうして?」

「生命と言うものは、君たちが思っている以上に逞しい、猫たち一つとっても、自分たちより遥かに大きい人間たちと、走る凶器にも等しい車に、想像を絶する大きなビルに囲まれた人間社会で暮らしている、それに比べれば、木の高さ程度、最初は怖がってても直ぐに克服して飛びおりただろうさ」

「う~ん……言われてみれば確かに……な気もするけど」

「あくまでこれは私の個人的意見に過ぎないから、適当に流してほしい」

「でも朱音ってさ、生き物の話になると妙に熱が入るよね」

「そ、そうかな?」

「うんうん、何て言ったらいいかな? こう熱心に生命の根源なんたらを人生掛けて追求している学者っぽいって言うか」

「お、響にしては的を得てる発言」

「ちょっと未来、それどういうこと!?」

「まあ響君は明るく社交的だが、猪突猛進な突撃ロケットと言える一面もある、幼馴染の未来君でも今の君の発言は物珍しかったのだろう」

 

 普段朱音は友人に対してファーストネームの呼び捨てなのだが、からかいたくなった時は〝君付け〟になる癖があった。

 

「朱音ちゃんまで~~………私ってやっぱ呪われてるかも」

 

 未来(しんゆう)に続いて朱音からも援護射撃された響はぼやきを零す。

〝私って呪われてるかも〟

 この言葉も結構頻繁に聞いているような気がするなと、朱音はここ一か月の付き合いを反芻した。

 そして響がこの口癖を呟いてからの立ち直るまでも時間も、ものすごく早いことに行き着いた、特に食事時は顕著。

 現に――

 

「おかわりおかわり♪」

 

 ――大盛りご飯を平らげたばかりだと言うのに、もう一杯大盛りでおかわりしていた。

 人助けの他に〝大食い〟を趣味と特技に入れてしまってもそん色ない。

 

 朱音は幼馴染の未来と一緒に級友の食欲に驚かされながらも、昼食と雑談を続けていると、急に食堂内の空気が騒がしくなってきた。

 

「ねえねえ、風鳴翼よ」

「芸能人オーラが迸ってるよね」

「まさに孤高の歌姫」

 

〝風鳴翼〟―――全くひそひその体を為してない周りの生徒たちのひそひそ話の中から何度も出て来たその名前に、嬉々として食べていた響の大きな目が一際見開かれる。

 そして―――何らかの気持ちに駆られたかのように、その場で立ち上がり。

 

「はっ!」

 

 偶然にも、朱音たちの席の横を歩いていたその〝当人〟と、間近で鉢合わせてしまった。

 青味がかり、腰の近くまで伸ばされた後ろ髪を全て切りそろえたワンサイド。

 実は朱音より二センチほど下なのだが、それでも同年代の女子たちより長身でモデルとみまごうスレンダーボディ。

 

「あ……あの……」

 

 ただ校舎の中を歩くだけで他の女子生徒の注目を集める目の前の〝先輩〟に対し、響は何やら言いたげで、しかしどう伝えていいか分からず立ち往生して震えていた。その震えで、手に持っていた箸を意図せず茶碗に接触し続け不格好な演奏を続けるばかりである。

 傍から見れば完璧に挙動不審そのものな響に対し、彼女はすまし顔を維持したまま、自分口周りを指さした。

 

「え?」

 

 一泊置いて響は、彼女のジェスチャーが『口元にご飯粒ついている』を意味していることに気づいた。

 

「すみません、この子昔からあなたのファンで、いざ実際にご対面したら緊張で強張ってしまったんです」

 

 若干フリーズしている響の代役で、朱音は言葉の通り〝有名人〟な先輩に謝意を表明する。

 上手く収めた朱音のフォローに、未来は『フォローナイス』の意味合いも込め、テーブルの下でサムズアップを送った。

 

「そう」

 

 朱音の釈明に対して相手は、たった一言返しただけで、その場から離れていった。

 風鳴翼、現在リディアン高等科三年生の彼女は、現在日本の音楽界のトップを走り続けるアーティストでもある。

 かつては二人組のボーカルユニット――〝ツヴァイウイング〟のメンバーとして一世を風靡していたが、パートナーであるもう一人が、二年前に起きたノイズ災害に巻き込まれて亡くなり、以来彼女一人、ソロで歌手活動を続けている。

 今でも風鳴翼の人気が留まることは知らず、彼女目当てに編入してくる女子の大勢いるとのこと。

 

「あ~~~絶対変な子だって思われた……」

「間違ってないんだから仕方ないでしょ?」

 

 硬直状態から回復した響は、ぐて~~とした様子で頬をテーブルに着けて項垂れ、幼馴染から痛烈な突っ込みを受けた。

 

 一方、さっきまで二人と仲良く雑談していた朱音は、窓の外に視線を向けていた。

 正確には――アーティストも含めた〝偶像〟を背負っている風鳴翼の後ろ姿を、思い浮かべ。

 

「今日も〝泣いている〟のですね――あなたは」

 

 誰にも聞こえない、ささやき声で一人静かに、ソロとなってからの彼女に対するイメージを呟くのだった。

 

 

 

 

 勿論、今度は自分も噂話の話題になっていることなど。

 

「見た? 今のツーショット」

「うん、あの子も翼さんに負けず劣らず美人だよね、向かい合っても全然負けるどころか張り合ってるし、目の色宝石みたいだし、大人っぽさではむしろ――」

「確か毎日放課後屋上で歌ってる噂の新入生って、あの子だよね?」

「そうだよ彼女だよ、もう嫉妬もできないくらい上手くてびっくりした」

 

 てんで、耳に入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼は未来の〝響の人助けは度が過ぎてる〟と同調しているけど、自分も人のことは言えない。

 今日の授業日程を全て終えた私は、二〇一〇年代当時あれほど衰退すると言われながらも逞しく生き残り続けている映像ソフトレンタルショップの一つ、TATSUYAに向かっている途中だった。

 今日あそこで弦さんと会ったら、今日も映画について熱く語り合い、藍さんの〝ふらわー〟での夕食に誘おうと思いながら歩いていたら、迷子になっている五歳くらいでツーサイドアップな女の子を出会ってしまい………はぐれた家族を見つけようと右往左往する姿に放っておけず、その子の手を引いて街の中を歩いている。

 

「丁度君くらいの時、父さんと母さんでタイって国の遺跡を見に旅行に行った時、はぐれてしまってね………心細くて泣きそうになったんだけど、二つしか歳が違わないのに、ガイド役の男の子がとてもしっかりしてて、お姉ちゃんに『大丈夫だよ』って励ましてくれたんだ」

「ほんと?」

「ほ~んと、今でもあの時のあの子の笑顔は、はっきりと覚えてる」

 

 ある特撮ヒーローの、みんなの笑顔を守る為に戦士となった冒険野郎が主人公のとそっくりな体験談などで、女の子の不安をできるだけ緩和させつつ。

 

 ここがショッピングモールだったら、迷子センターに行くだの、親が探し回ってそうな場所を絞り込むだのできたけど、外となると………自力で見つけるのは困難、娘である女の子はともかく、顔も知らない相手一人見つけ出そう虱潰しに回っても時間と体力を浪費してしまうだけ。

 なので、スマホのアプリの助力も得て、現在地から一番近い交番に向かっていた。

 でも嫌な気はしないし、まして貧乏くじを引いたなどと、微塵も思っていない。

 白状すると、私は〝子ども〟が大好きだ。

 この小さな体から溢れる眩しい〝生命〟のオーラに、心惹かれずにはいられない上に、人の身に戻った今の自分にとって子どもたちは――〝未来〟そのものも同然だった。

 いや……それは〝超古代人〟だった頃からそうだったな………あの頃の記憶は断片的なものしか覚えていない………けど、子どもたちに歌を聞かせることを至上の喜びとしていたことは、覚えていた。

 

「もう直ぐだな」

 

 もう一度画面上の地図と周辺を照らし合わせて、表示された地点が近いことを確認する。

 さて、問題はどう交番のお巡りさんにこの子を委ねるかだ………きっと不安に駆られて、私から離れようとしないだろう、やっぱり母親と連絡が取れるまで同伴した方がいい―――

 

「っ………」

 

 交番まで、もう二角分まで来た私は、不吉な予感に駆られた。

 静か過ぎる………モール街からそんなに離れていないこの地区なら、もう少し人々の日常の〝音色〟が聞こえてもおかしくないのに、閑静な住宅街がまだ賑やかだと思えてしまうくらい、異様な静寂。

 その静けさと一緒に、空気中を浮遊している………黒く微小な粒子たち。

 まさか――思わず駆けだして、角を曲がると………そこにはもう、人の営みが、殺し尽されていた。

 アスファルトで複数散らばる、大きさがバラバラな炭の塊たち。

 その中で、ただ一人虚ろにこちらの方へと歩く会社員らしき男性が一人。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 前のめりに倒れそうになったその人に駆け寄り、抱き留めた私だったが………彼に触れた瞬間から、もう〝死んでいる〟と、それでも肉体が動いていたのは死後硬直のようなものだと、思い知らされる。

 男性の体は、纏う服ごと黒一色へと変色していき、炭と化して瞬く間に崩れ落ちて行った。

 

「はぁ………」

 

 震える両手の掌を中心にこびり付いた炭から、目を離せす。

 

〝いやぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!〟

 

 草凪朱音としての自分の転機となった………あの惨劇がフラッシュバックする。

 

 この人の命は、私が見つけた時にはもう死んでいた………だが、ほんの少し前の時間では、まだ、生きていたのだ………確かに生を謳歌していた筈なのだ………彼も、ここに散らばる塵になった人たちも、明日があると信じて疑わず、自らの住まいに帰って一日を終える筈だった………なのに。

 かつて……人間の尊厳を無視し、無慈悲に踏み潰した〝殺戮〟の罪を犯してしまったからこそ、父と母が同じ不条理で命を奪われたのを目にしたからこそ、分かる。

 断じてこれは―――生命の死ではない、死であってはならない。

 どの生命にも〝死〟は存在する……だからこそ、子を産み、いつかオトナとなるその子たちに未来を託す。

 だがこれは、そんな〝生命の時の流れ〟そのものすら侮辱し、足蹴にし、冒涜する行為だ。

 

「お姉ちゃん……」

 

 不安に駆られた女の子が、肩部分の制服を掴んですがってくる。

 直後、さらなる不吉な胸騒ぎが、胸の内に押し寄せた。

 

「あれは……」

 

 距離にして、十メートルくらいの場所に位置する空間そのものが、歪み出していた。

 

「くっ………お姉ちゃんに掴まってなさい!」

 

 あの現象が何を意味するか理解して歯噛みした私は、女の子を抱き上げ、全速力で走り出す。

 

 くそ! どうしてもっと早く〝異変〟に気づけなかった!?

 

 自分の鈍さが腹立たしい!

 

 体力の出し惜しみをしている場合じゃない!

 

 せめてこの子をシェルターへ―――そこが完全に安全が保障されているわけじゃないけど、少なくとも外で彷徨っているよりは!

 

 

 

 

 

 朱音たちの前に現出したあの空間の歪みこそ、認定特異災害――ノイズたちが襲来する前兆に他ならなかった。

 

 今から十三年前に国連で正式にその存在が明かされて以来、小学校の教科書にも載るくらい存在自体は知られているノイズ。

 しかし広く認知はされていれど、その存在そのものは多くの謎に包まれている。

 一般の人間が知りうる限りの情報は――

 

 地球の生物に似つつも、形態も大きさも多種多様、共通する特徴として、蛍光色のような色合いと、名の由来であるアナログ放送のノイズをイメージさせるざらつきの走った体表。

 

 意志の疎通は絶望的に不可能で、人間たちを前にすれば見境なく襲う。

 

 通常兵器は、一切通用しないこと。

 

 彼らに触れた、触れられた生命体は、生きたまま生体組織が破壊され、炭素へと果ててしまう。

 

 出現してから一定時間が経つか、人間に接触すると、ノイズ自身も炭となって無害化すること。

 

 実際に、ノイズと遭遇する確率は、東京都民が通り魔と鉢合わせてしまう確率より低い………筈だった。

 

 

 

 

「………」

 

 行く先行く先、その道に散らばる炭――人間の亡骸を目にする度、年相応より大人びた美貌が悲痛に染められ、血を流しそうなくらい唇を噛みしめながらも。

 

(どうか無事でいて―――みんな!)

 

 朱音はどうにか、響たちの無事も内心で祈り続けながら、幼子をシェルターまで送り届けようと、ひたすら走り続ける。

 それが、ノイズらによる不条理に対する、朱音の必死の〝抵抗〟であった。

 

「お姉ちゃん! あっちにもノイズが」

 

 だが……そんな彼女の足掻きを嘲笑でもするかの如く、とても知性を有しているとは思えない外見からは想像もできないほど、行く先々にノイズの群れが待ち構えていた。

 それでも……負けてなるものか………負けてたまるか………諦めてたまるかと、無我夢中で走り走り続けた。

 

 そしてとうとう、無情にも限界の時が訪れる。

 

「そん……な……」

 

 海とは目と鼻の先な、倉庫街の中に入り込んだ朱音たちに待っていたのは、

ノイズの大群。

 完全に、道と言う道を塞ぎつくしてしまっている。

 いっそ、海に飛び込んで、奴らが自然消滅するまで待つか? ダメだ………まだ冷たさの残る春の東京湾を前では、この子の体力が持たない………ノイズの消滅前に死んでしまう。

 それに……もしもノイズが水中活動も可能、もしくは活動できる個体がいたら………一環の終わりだ。

 

 そうでなくとも、どこを見渡しても、ここに〝逃げ道〟はもう残っていない。

 

 地上のこの数のノイズが相手では、一度たりとも触れずに振り切れそうにない。

 よしんば、倉庫の屋根に飛び移れたとしても………〝弦さん〟のお蔭で一応それは可能なのだが、上空には飛行タイプの漂っており、跳躍などすれば狙い撃ちにされる。

 

 

 自衛隊の救助も……見込めない。

 

 押し寄せ、突きつけてくる絶望を前に、ここまで駆け抜けてきた両脚の力が一気に消失し、コンクリートの大地に膝を打ち付けた。

 

「ごめん…………」

 

 幼子を抱く左腕の力だけは離さまいとしながらも、右手も地面に付かれて、

項垂れる。

 どうしようもないと言うのに、こらえ切れず、翡翠色の瞳から、大粒の涙が大量に流れ出て、頬を伝い、その美貌を痛ましく濡らしていった。

 彼女の脳裏には、彼女の理性とは裏腹に、ノイズに襲われ〝生命〟をはく奪された人々のイメージが何度も投影され、彼女自身を痛めつけ、苦しめさせていた。

 

 

 

 

 なぜだ?

 答えは出てくれるわけもない……けどどうしても問わずには、投げかけずには、訴えずにはいられない。

 

 自分の気持ちに、素直になるしかなかった。

 

 今まで、無理やりずっと押し込んで来たのが祟って………反動の濁流が一気に押し寄せ、御する術がなかったのだから。

 

 私はかつて、草凪朱音として生まれ変わる以前……〝災いの影〟がもたらす破滅から、地球(せかい)と、そこに住む生命たちを救わんと………〝人間〟であることを捨て………〝最後の希望〟となった。

 

 命を代価に、あの世界の現代人間たちとともに勝利と未来を勝ち取って、再び人として生まれたばかりの頃は、前世の記憶など微塵も覚えていなかった………あの日、ノイズに父と母を殺されるまでは―――

 

 なぜだ………なぜ転生前の自身の記憶が、今の自分の脳の内で、蘇ればならなかったのだ?

 

 もう自分の体には、あの地球(ほし)の力は、一片たりとも残ってはいないのに、思い出だけは明瞭にあの日、忘却の彼方から戻ってきてしまった。

 

 思い出さなければよかった………この世界の地球を脅かす〝災いの影〟に、無力な自分を、ここまで攻めることもなく、その想いを偽って誤魔化し続けることもなかったのに。

 巡り合わせが悪ければ、自分もまた、命を散らされていた………でもずっと忘れたままだったなら………ここまで苦しみに苛まれることは、なかったのに。

 

 それでも………求めずにはいられない。

 力が……欲しい。

 この不条理な災厄から、儚い命を〝守る力〟が――。

 

「ごめんね………ごめんね………」

 

 もう言葉すら、ノイズどもの猛威に呑まれようとしているこの子に謝ることくらいしかできなくなっていた。

 

 そんなことはお構いなしに、ノイズらは一斉に、私たちへと襲い来る。

 

 零れ溢れる涙はとうとう、一部が雫となって―――大地に落ちた。

 

 

 

 

 

 反射的に、子どもを守ろうと庇い、瞳を覆った。

 

 なのに……ノイズが奇声を鳴らしてこちらに向かってくる気配が、一切感じられない。

 

 代わりに、コンクリートに触れた右手と両脚から、振動を感じる。

 地震にしては微弱過ぎるけど、とても無視はできない……大地の鼓動。

 瞼の外がどうなったのか、確かめるべく、そっと開けてみる。

 

「これって……」

 

 光が……今まさに水平線に沈みゆく太陽の夕陽に似た……鮮やかさのある光の輪郭が、私たちを囲む形で、描かれている。

 そこから発せられるエネルギーの膜がバリアの役目を果たして、ノイズの侵入を妨げ、実際に触れた個体は大きく弾き飛ばされていた。

 何が起こっているのか、この子も、私も分からぬまま、今度は円の内部全てから、光が……風とともに、真っ直ぐ空へと向かって、放たれる。

 熱の宿った………だけど不快さは感じない風。

 

 と、同時に……自分の胸からも、鼓動と熱を感じた。

 

 その正体に行き着いた私は、服の内に隠れていた〝勾玉〟を、手に取る。

 

 熱を有し、マグマの揺らぎに似た輝きを発するその様は、自分と心を通わせたあの少女――草薙浅黄との、精神感応が強まった時におきる現象を、そっくりだった。

 

「暖かい……」

 

 ノイズに囲まれた状況は変わっていないのに、地上から伸びる光の熱も、勾玉が持つ熱も、暖かで、安心すら感じさせ……悲しみに乱されていた心を、穏やかな水面のように落ち着かせていった。

 この光………間違いない………この〝熱〟の正体を、私は知っている。

 

 地球の、この星そのものの生命エネルギー―――マナ。

 

 その単語が過った瞬間、睡眠学習とでも言うべきか、脳に直接……情報が流れてくる。

 

 ほんの一瞬の頭痛を経て、私は――この勾玉に宿った力も、その力の使い方も。

 

「シン――フォギア?」

 

 力が持つ名すら、知らない筈なのに、知っていた。

 もっと表現に正確さを求めるなら、教えられたのだ………地球が、マナを伝い、この勾玉を通して、私に。

 さらに、力と、その使い方と一緒に――聞こえてくる。

 

 

 

 

〝あきらめるなッ!〟

 

 

 

 

 

 声、誰かの声……誰なのか知ってはいる声……それも一人ではない人間の声が……一度に脳裏で、響き続けてくる。

 その中には―――困難に立ち向かう、強い意志が込められた〝歌声〟も、数多く混じっていた。

 

「おねえ……ちゃん」

 

 しばし、地球が齎した現象の数々に対し、呆気に取られていた私は、その幼い声で我に返り、勾玉から女の子へと目の捉える先を変える。

 私と目を合わせている小さな命の持ち主の眼差しは、この一連の不思議な事態に対する恐れの気持ちよりも……むしろ自分を案ずる気持ちの方が勝っていると、その潤いのある瞳が、雄弁に語っていた。

 そう言えば……さっきまで……情けなく泣いていた………頬にはまだ、流れの止まった涙がこびり付いたままでもある。

 

 ほんと、何て………情けない。

 

 まだこんな小さいのに、こんな常軌を逸した状況の渦中にしても尚、さっき会ったばかりの自分を、気に掛けてくれているのに。

 

「もう……大丈夫」

 

 その健気さは、この暖かな光とともに、折れかけ、堕ちかけてていた自分の心に―――〝這い上がる〟力をくれた。

 感謝の意味合いも込めて、女の子に微笑みを返して、母との〝思い出〟を手繰り寄せて、小さく儚い身体を、優しく抱きしめる。

 

「絶対……お姉ちゃんが手出しをさせない」

 

 再び、目と目を向き合わせた私の言葉に女の子は――

 

「うん」

 

 ――こっくりと頷き返す。

 この子なりに、私の決意を読み取ってくれたのか、嫌がる素振りを見せることなく、私の腕から一時的に離れた。

 本当はまだ心細くて、離れたくはない筈なのに……私のちょっとした我がままに付き合ってくれた彼女の勇気を称えて、小さな頭を手で撫でてあげると、その場を立ち上がらせる。

 左腕で顔にこびりつく涙を拭い取り、臆することなく正面からノイズを見据える。

 

 私自身の意志に呼応して、〝勾玉〟がその輝きを強めた。

 

 マナの光で、私を戦う姿へと〝変身〟させるアイテムとなった形見を、首から外し、右手に乗せ、胸の前で祈るように勾玉を包み込み、瞳を閉じる。

 

 ごめんなさい……母さん、父さん。

 

 たとえ〝災いの影〟が蔓延るこの世界でも、幸福に生きてほしい願いを持っていたのは、痛いほど分かる。

 

 私が今、踏み出そうしている道は―――そこからほど遠い、茨の道……子をどこまでも愛しぬく親たちの、誰が好き好んで、そんな道を歩ませたいと思うのか。

 

 この〝祈り〟はいわば、その〝願い〟を払おうとしている自分から、愛する人たちへの懺悔でもあり、油断の許されぬ戦いの世界に臨む――〝通過儀礼〟。

 

 そして今一度―――〝最後の希望〟をその身に背負う〝儀式〟。

 

 空へと昇る光の勢いはさらに増し、手の中にある勾玉の輝きも、指の隙間から溢れ出していた。

 

〝Valdura~airluoues~giaea~~♪〟

 

 現代の地球では、ルーン文字の始祖ともいえる言語を以て。

 

〝我――星(ガイア)の力を纏いて、悪しき魂と戦わん〟

 

 胸の奥から、戦意と闘志―――この力を呼び覚ます〝言霊〟を、歌を奏でる調子で以て、囁く。

 光の輪郭から、幾つも流星が飛び立ち、勾玉へと集束――その輝きが極限にまで至った瞬間、右手を左肩に添え。

 

「ガメラァァァァァァァァァァァーーーーー!!!」

 

 天まで届かせるとばかり叫び上げ、夜天に変わりつつある空へ、真っ直ぐに、一直線に――勾玉を高々と掲げた。

 

 

 

 

 

 朱音の想いの丈を受け取った勾玉は、世界をホワイトアウトさせんとばかりの〝光〟を迸らせ、彼女の全身を球体上に包み込んだ。

 その内部にて存在する……荒れ狂うマグマを模した〝異空間〟にて、両腕を広げて浮遊してる朱音の体から、リディアンの制服が粒子状となって消え、一糸纏わぬ姿となり、首回りと両足の指先から、黒を主体とし、彼女のボディラインに密着したノースリーブのインナースーツが――両腕の前腕部とにも同形状で、指ぬきグローブと一体となったアームカバーが生成された。

 次に、彼女の両手、両足の順に――人のものではない爬虫類の特徴を持った両腕、両脚を象った炎が包み込み、それらは一瞬の閃光の後、鮮明な紅緋色かつメカニカルで、各部に推進機構――スラスターも備えた鎧(アーマー)となり、同様の流れで、腰にも背部にもアーマーが装着され。

 

〝ガァァァァァーーーオォォォォォォーーーン!〟

 

 同じ炎で形作られた―――〝怪獣〟と呼ぶ他ない―――厳めしく、口の両端に一際長い牙を生やした生命体の顔が、天地を轟かさんと咆哮を上げ、朱音の頭部に包み込む。

 同様の閃光から飛び散る炎の中から、ヘッドフォンに酷似し、ハウジング部に相当する部位から、あの牙を模したと思われる突起が、朱音の下あごを沿う形で伸長した。

 

【挿絵表示】

 

〝変身〟が完了し、防護フィールドでもあった球体上の炎がその役目を終えて消滅し、凛とした立ち姿で現実世界に降り立った。

 

「…………」

 

 後ろ姿を見上げる幼子は、ある種の感嘆とした気持ちも混じった表情で、変身した朱音から目を離せずにいる。

 

 ノイズたちも、顔らしい顔を持たぬ見てくれをしていながら〝戦士〟と相成った彼女を釘付けに、一体たりとも、一歩分すら踏み出せずにいた。

 

 本能で悟っているのだろう―――あの紅緋の鎧(アーマー)を纏った少女は、自分たちの〝天敵〟であるのだと。

 

 

 

 

 

「覚悟しろ―――」

 

 

 

 

 

 

〝シンフォギア〟

 

 

 

 

 

「―――お前たちの好きには、させない!」

 

 

 

 

 

 人類がそう名付けた戦装束の〝鋳型〟で、草凪朱音は―――〝最後の希望〟―――〝ガメラ〟として、蘇った。

 

つづく。

 




のっけから架空の都市の紹介ですが、当小説の二次設定で公式ではありませんので注意を(シンフォギアの主な舞台の街の名称は原作では結局不明のまま、年号は明らかになったのに)

そしてガイアの変身BGM(実は冒頭のアラームのそれ)がそのまんま流れてきてもおかしくない、仮にも女子なのにガイアばりの絶叫変身でした。

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