GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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2月には出したかったのにまた更新が伸びてしまいました。
しかも一万字も使ってまるまるクリみく回。

なんで原作と同じシチュでそんな時間掛かってんだよと突っ込まれそうですが、原作では未来がクリスちゃんを見つける場面はさらりとテンポ優先で流れたから、そういう状況になった時未来はどうするか?をやたら悩んでいたから。

後G編で出す予定のイリスたん転生体の設定も練ってたから(オイ

でもイメージCVはどうしよう、美しさ妖艶さと怪しさを両方表現できる方が望ましいのですが。
能登麻美子さんや田中理恵さんもいいし、ゆかなさんや浅川悠さん、大原さやかもいいし、でも種田さんも捨てがたい。

でもなぜか朱音とのやり取りをいくつかイメージすると、なぜかオーブ=ガイさんとジャグジャグっぽくなってしまうなぜだ?


#35 - まよいご

 今の時代では、余り見かけなくなっている振り子の付いた掛け時計を見上げる。

 時間はとっくにホームルームを過ぎて、一限目の授業も終わったばかりの頃だった。

 本来ならリディアンの教室で授業を受けている筈の私は、ふらわーのおばちゃんの家に居て、6畳くらいの広さな和室で、おばちゃんが用意してくれた布団の中で眠っている銀色の髪をした外国人っぽいけど、でも日本人っぽい感じもする女の子の看病をしている。

 おでこに乗せていた熱さましのタオルの水気が少なくなったので、湯桶のお湯に浸して搾り、畳直して、置き直す。

 今日響と仲直りをすると決めてた矢先に、学業をすっぽかしてまで付きっ切りで介抱しているこの女の子とは、つい何時間かちょっと前に会ったばかりの見ず知らずで、向こうからしたら、まだ私とは面識すらない状態。

 

 

 

 

 

 

 そんなこの子との出会い………今日の朝のことだった。

 

 

 

 

 

 まだ空が薄暗い時間に、私の意識が目覚めた。

 上半身を起こして隣を見ると、まだ朱音は、まだ片手分の歳しかない幼くてちっちゃな女の子みたいに可愛い寝顔と、耳にするだけで心地よさすら覚える寝息ですやすやと、長身で大人びて見栄えのいい綺麗な体を丸めて、すやすやと眠っている。

 これ幸いと私は、起こさないよう、こっそりロフトから降りて、昨日の内に洗濯されていた自分の制服に着替え始める。

 昨日から色々とお世話になりっ放し、恩を貰いっぱなしだったから、さすがに………朝ご飯までお世話になってしまうのは、少し忍びなかったからだ。

 でも私の考えていることは朱音には筒抜けだったみたいで―――綺麗に三角に握られて、丁寧に海苔が巻かれたおにぎり4個が、ラップで包まれてお皿に乗った姿でテーブルに置かれていて、傍らには同じ三角の形をしたおにぎりケースまであった。

 私が眠り込んだ後に、こっそり作っていたらしい。

 せっかく作ってくれたので、鞄に入れていたメモ帳から1ページ取って、そこにメッセージを書いてお皿の傍に置くと、おにぎりをケースに入れて、そっと玄関に向かうと、私が普段から使っている傘が傘入れにあった。

 着替え諸々を寮に取りに行ってくれた時に、天気予報を見越して一緒に持ってきてくれたらしい。

 ここまで天性のものとしか思えない面倒見のよさを見せながら、押しつけがましさを感じないのだから、ある意味で恐ろしい。

 傘も手に取り、外に出ると。

 

〝ありがとう〟

 

 胸から沸いた気持ちのままに、扉の向こうで、まだ眠りの中な朱音に感謝を送った。

 

 

 

 

 

 予報通り、外は雨模様で、幾つもできた水たまりには、降ってくる雨水が盛大に絶えず飛び跳ねていた。

 一旦寮に戻って、お泊り用の荷物を置いて、リディアンに通学するその途中、なるみ商店街の表通りを歩いていて、近くのコンビニのイートインスペースにでも朱音のおにぎりを食べようかなと考えていた時にだった。

 

 ふと目を移した先の路地裏に、壁にもたれかかる形で、その女の子が、精根疲れ果てた様子で、気を失っていたのだ。

 

 まるで……親の下から離れ離れになって、いきなり外の世界に放り出されてしまった〝迷い仔〟にも思えたその女の子の姿が目に入った瞬間、私の足はその場から駆け出して、大雨に晒されている彼女の方へと駆け寄っていた。

 

 冷たい雨でずぶ濡れになった体を、これ以上冷やさせないよう、自分の服と体が濡れるのも構わず、彼女の片腕を私の肩に貸していた。

 

〝いらっしゃい、でも開店までまだ早いからもうちょっと――〟

〝おばちゃんッ!〟

 

 倒れていた路地がふらわーの近くだったのもあって、私はおばちゃんに助けを求めていた。

 せっかく助言を貰っておきながら、その後………響を拒絶してしまったこともあって、一瞬躊躇ったけど、服越しでも分かるくらいたくさんの雨水に打たれて冷たくなった女の子の体が伝ってきて………このまま放ってはおけない、助けたいって気持ちの方が勝って、後ろめたい気持ちを振り切らせた。

 

 

 

 

 さすがにいきなり私が見知らぬ女の子を連れてきた時はおばちゃんも少なからずびっくりしてたけど、それでもおばちゃんは気前よく応じてくれた。

 用意してくれたお布団に女の子を寝かせた私は、ずっと付きっ切りで介抱してあげている。

 びしょぬれだった赤ワイン色なレースワンピースは一度脱がせて、乾くまでの繋ぎで、今日の体育の授業で持ってきていた体操着に着替えさせている。

 結構長いこと雨に打たれていたみたいで、体全体はあんなに冷えていたのに、悪くなっている顔色、特におでこが熱くなっていて、私は桶の水でタオルを浸し直しては冷やしてあげていた。

 無断欠席ってわけにもいかないので、思いっきり嘘なんだけど、一応学校の方には電話で今日は〝病欠〟すると伝えてある。

 

 寝かせたばかりの時よりは、大分顔色はよくなってきたけど、まだ目が覚める気配は見せてくれない。

 

 やっぱり………似てる。

 

 類希なるとはこのことな愛らしい美貌な寝顔を何度も眺めるごとに、私はこの女の子に――〝見覚えがある〟――と言う確信を得て行った。

 直接彼女と会ったことはない。

 響が受けたあの地獄のこともあって、今はお世辞にも良い感情が浮かばない、テレビのニュースや新聞の記事と言ったメディアで、この子と同じ髪色で、顔だちもよく似ている女の子を、見たことがあったのだ。

 それに………私は、彼女の首に下げられている、集音マイクみたく細長くて多面体な、スカーレット色の光沢のある〝ペンダント〟に触れる。

 このペンダントも、よく似たのを………ちょっと前に、見たことがある。

 あの夜、朱音がノイズから助けてくれた後、保護してもらった二課の人たちから、色々と説明を受けた時に見せられた、立体CGで描かれたシンフォギアの〝待機形態〟と呼ばれていたのと、そっくりなのだ。

 

〝~~~♪〟

 

 制服のポケットに入れてマナーモードにしていたスマートフォンが、現在の女子高生のスマホには必ず入っているSNSアプリのメールが着信したと報せる振動を鳴らしてきた。

 手に取り出して、画面に表示さあれた受信ボタンを押してバイブを止める。

 メールの送り主は、朱音だった。

 

〝未来、今どこにいる? 何事もなければ返信してほしい〟

 

 朱音のものであるのが人目で分かる、中性的な言葉遣いで書かれた活字の文面には、私を心配している彼女と、気持ちが、しっかりしみ込んでいた。

 どうしよう………メールの文面を開いた時点で既読済みなのは向こうにも伝わっているし、皆の気持ちを思えば直ぐにでも、返信した方がいいんだけど。

 

〝響とは、友達でいられない〟

 

 一度拒絶してしまった手前、特に響は心配と不安でいっぱいいっぱいになっていてもおかしくないし。

 私を〝ひだまり〟と呼んでくれる意味を知ってしまった手前でもあるから、早く安心させてあげたい気持ちもある。

 

 でも……スマホを持つ手の指が、なかなか動き出してくれずにいた。

 

 理由はこの子と……この子の首にかけられているペンダント。

 

 もし……このペンダントが、あの………〝シンフォギア〟で………この女の子が……あの―――

 

「うっ……」

 

 スマホの画面とにらめっこしている感じになっていた私の耳へ、不意に女の子の呻き声が聞こえてきた。

 穏やかに眠っていた彼女の顔が、また苦悶で歪み始めていた。

 おでこに乗せているタオルの水気も減ってきていたので、それを桶のお湯で浸らせ直して、余分な水分を搾り取っていると。

 

「はっ!」

 

 眉間に皺ができるほど重く閉ざしていた女の子の瞼がかっと開かれ、目を覚ました同時にその場から、がばっとした勢いで飛び起きた。

 肩を上下させるくらい荒れた息を吐いて、顔に汗がいくつも染みついている彼女は、言葉にしなくても分かる程、〝ここはどこだ?〟と部屋の周りをきょろきょろしている。

 私はと言うといきなりのことでびっくりして、体が一瞬固まり、搾っていたタオルが手元から桶に落ちた。

 

「よかった」

 

 段々と体が驚きの金縛りから解かれてくると、色々と気になることがありつつも、彼女の目が覚めたことに対して、自分のことのようにほっとして、自ずと顔が微笑んでいた――

 

「服の方は今洗濯させてもらっているから――」

「かっ――勝手なことをッ!」

「っ!」

 

 ――のに、さっきと違う形で私の体は固まり、急に風邪でも拗らせてしまったのかくらいに、顔に熱が………押し寄せて………。

 

 

 

 

 

 目覚めたばかりなのもあり、自分が置かれている状況を呑み込み切れず放心気味dったクリスは、次第に我に返っていくと同時に、自分へ微笑みかけてくるこの少女――未来が、ノイズの魔の手から逃げる道中力尽きてしまった自身を助けてくれたのだと理解が及び、我に返ったと同時にクリスは、反射的に未来の厚意を〝跳ね除けよう〟と、拒絶の意を示すとともに前述の発言を放って、その場から立ち上がった。

 直後、クリスの立ち姿を見上げる未来の顔が瞬きの間に紅潮する。

 クリスは己の腰回りのやたらに通気の良い感覚と、未来の視線で、相手の異変の原因を悟った。

 

「まっ―――待て待て待て待て!」

 

 大慌てでクリスは立った状態から布団の上にいわゆる〝ぺたん座り〟の体勢で腰かけ戻り、ワインレッドカラーのワンピースの代わりに今自分が着ている服の裾を握りしめ、両脚の太ももに連なる腰回りを、必死に覆い隠していた。

 勿論と言うべきか、クリスの顔も未来に負けず劣らず、真っ赤な熱に染まっている。

 当然ながら、風邪の類ではない。

 

「なっ………ななっ――なんでだよッ!?」

 

 年頃の少女二人が織りなすこの状況を克明するのは気が憚れるのだが………一体どうしてこうなったのかと言えば、クリスの現在の格好に関係していた。

 眠っている間、未来から代わりに着せられていたのは、彼女の体操着である。

 しかも、上衣(トップス)のみな上に。

 

「ごめん………さ……さすがに下着の替えまでは持ってなかったから……」

 

 頬は赤くなったまま、顔の前に両手を翳して視界をガードし、目を瞑ってクリスから視線を逸らす未来のこの発言の通り、クリスは上の体操着一着以外、一切衣服を纏っていない、身ぐるみ一枚の身であった。

 こんな状態で立ち上がってしまった為に、図らずも未来はクリスのあられもない姿の一部にして〝秘湯〟を見てしまったのである。

 いくら同性相手でも、たとえ毎日親友と一緒にお風呂に入っていても、他人の裸身をいきなり見せつけられるのは、恥ずかしいに決まっている。

 それは未来だけでなく、男勝りの粗暴な口調に反して女の子らしい佇まいで己の体の一部を隠しているクリスも然りであった。

 体操着一枚では心もとなさがあったようで、掛け布団を自分に巻き付ける形でくるまった。

 物陰に隠れながら、顔だけ恐る恐るひょこっと出した小動物の如くである。

 

「あっ」

 

 なんとか先のアクシデントから落ち着きを取り戻していた未来は、何やら思いついた様子で学生鞄の中に手を入れ。

 

「はい」

 

 取り出したものをクリスに差し出す。

 

「よかったら、食べて、自分が作ったのじゃなくて、友達のなんだけどね」

 

 朱音が未来の為にこっそり作ってくれた、おにぎりであった。

 

「…………」

 

 綺麗な三角状に握られ海苔に包まれ、丁寧にラップでくるまれているおにぎりを、ばつの悪そうな面持ちからの目つきで見つめていたクリスは、少しずつ手を伸ばしていく。

 一度はその手を、引っ込めてしまうものの。

 

〝遠慮しないで、どうぞ〟

 

 と、微笑みと一緒に眼差しを発してくる未来に半ば根負けする形で、受け取ったおにぎりのラップを開いて、かぶりつくように食し始めた。

 

 

 

 

 

 

 行くあてなんて端っからなく、逃げ切れず炭にされて殺されるか、疲れ果てて独りのたれ死ぬかのどっちかだった自分を助けてくれた歳の近いこいつは、汗まみれな自分の背中を、良い意味で〝バカ〟が付くくらい丁寧にふき取ってくれていた。

 

 アタシは………とても〝恩〟なんて貰えた柄じゃないから、本当のところさっさとこっから出て生きたいところだけど………先進国ってやつの日本(ここ)で、身ぐるみ一枚の身じゃそれも叶わないし………どの道屋敷を飛び出してから呑まず食わずで追ってくるノイズをぶちのめしながら逃げてたもんだから空腹には勝てず、せっかくくれたおにぎりも食べてしまった手前、下手に振り払っちまうと却って胸糞も悪くなりそうだし。

 結局こうしてなし崩し的に、あの時アタシの起こした〝戦い〟に巻き込ませて………危うく死なせかけてしまうところだった恩人(こいつ)の世話を、受けてしまっている。

 ワタシも恩人も、一言も発しない中、まともに流れてる音は、痣だらけな自分の背中を吹くタオルだけ。

 

「………」

 

 くそ………この沈黙(しずか)な空気の中にいることへの気まずさが、どんどん強くなっていやがる。

 受け取ってしまった手前、今さら恩人の厚意を〝余計なお世話〟と一蹴するほど薄情じゃないし………助けてくれたのには、恩義ってもんがある。

 でも、だからこそ、こう………気まずさも覚えてしまう。

 

〝おや? お友達の具合、良くなったみたいだね〟

〝はい〟

〝ほら、お洋服、洗濯させてもらったから〟

〝あ、私、手伝います〟

〝あら、ありがとう〟

〝いえいえ〟

 

 あの〝おばちゃん〟もだけど……なんでこの恩人は、向こうからしたらどこの馬の骨だか知れない、お互い名前も知らない、見ず知らずの赤の他人で、そのくせいかにも訳あり匂いをぷんぷん漂わせているアタシを………助けてくれたのか?

 タオルの感触で、相手の〝善意〟が本物だってのは分かるだけに……逆に気になっちまう。

 向こうからその理由を打ち明けるのを待つのはなんか………妙に小狡い気がするし、かと言って、こっちからわけを尋ねるのも、少し気が引けた。

 

「あ………」

 

 ならせめて、理由は何であれ、打算とか損得抜きで助けてもらったんだから、お礼の一言くらいは言わねえと。

 

「……ありがと」

「うん」

 

 こんぐらいの静けさじゃねえと、聞き逃されちまうくらい、か細さのある声で、何とか……お礼をなんとか言葉にして。

 

「何も………聞かねえんだな」

 

 一向に裏通りで野垂れていたアタシのこと訊いてくる様子を見せない恩人に、思い切って………こっちから訊いてみた―――

 

「じゃあ私が何か聞いたら、答えてくれるの?」

 

 ―――のだが、こう返してきた恩人を前に、口が堅く閉め切られて、黙り込んでしまう。

 自分から振っておいて、ぬけぬけと訊いておいて、アタシは恩人からの問いに応える術(ことば)を、何も持ち合わせていなかった。

 それらしい上手い作り話も全然思い浮かんでこないし、仮に浮かんできても、理由がどうあれこの恩人に〝嘘〟をつくのが妙に気が引いてくるし、でもましてや、バカ正直に本当のことなんて……打ち明けられるわけない。

 自分の〝今まで〟を思い返して、膝の上に乗っかっている布団の生地を……握りしめる。

 

〝なら、その目で見てみろ――これが、〝恐るべき破壊の力〟を持つ私たちが引き起こした、君が心から憎悪する―――〝争い〟の、惨状だ〟

 

 草凪朱音(あいつ)の言う通り、アタシが生み出したあの、はっきり言ってアタシが今までしてきたことは………パパとママを殺した、屑い大人どもと、何ら変わらなかった………同じ穴の貉な………普通に日常を送れている人間たち〝テロリスト〟も同然だっで、一歩間違えていたら、不運が起きていたら、殺してしまうところでもあった。

 いくらお人よしの善人なこの恩人でも………知っちまったら、絶対助けたことを後悔させてしまうだろう。

 

「わりぃな……」

 

 アタシはやっと開いた自分の口から、その一言を返すだけで精一杯で。

 

「なら、言える準備ができるまで、訊かないでおく、それでいい?」

「ああ……」

 

 本当は〝知りたい〟本音も少なからずある筈な恩人の厚意に、甘えるしかなかった。

 

「それに私も、そういうの………苦手なタイプみたいで………今までの関係(つながり)を壊したくなかったのに………自分から壊してしまいかけることがあったから……」

 

 その恩人の口から、自嘲めいた感じで、何やらあったらしい話を、曖昧な言い方ながら、まだ名前も知らないアタシに打ち明け始める。

 

「それって……誰かと喧嘩でも、したのか?」

 

 思わず、聞き返してしまった………相手には踏み込まれほしくないと尊重させておきながら、踏み込んでしまった。

 いくら助けてくれたからって、甘え過ぎだと、こっちも自嘲したくなる。

 

「っ…………」

 

 あんまりにも静かな部屋の中にいるもんだから、黙り込んでしまった恩人が息を呑む音が、小さいくせにくっきり聞こえてきた。

 

「喧嘩の方が、まだよかったかもしれない……」

 

 様子から見て、ストライクを打ち込んでしまったらしい。

 こっちの返球がきっかけになったのか、恩人はアタシに、〝友達〟との一悶着を起こしてしまったと言う話を、語り始めた。

 上手い言葉どころか、上手い相槌も碌に打てない、見ず知らずの自分に聞かせても、何にもならないとは思うものの、無理に聞かせるなと突っぱねることもできず、耳を傾けることにした。

 恩人の語りは、何も語らないアタシを気遣ってか、肝心なところをぼやかしたものだったが、アタシなりに、相手の言葉の数々から、流れを纏めてみた。

 

 その〝友達〟とは、歳がまだ片手で数えられるちっこいガキの頃からの長い付き合いな幼馴染で、今は学校の寮で一緒に暮らしてて、お互い一緒にいられる時間が、ずっとずっといつまでも続けば良いと願うくらい、仲はいいらしい。

 ところがここ最近、その友達は〝隠し事〟が大の苦手な性格をしているらしいってのに、実際恩人からは薄々バレていたってのに、何やら〝秘密〟を抱え込むようになった。

 薄々恩人は感づいていたらしいが、下手に訊き出すこともできずにいた中、どうもその秘密を知ってしまった。

 この秘密ってのが、恩人からしてみれば長年の関係を揺らがしちまうどころか罅も入っちまうほどの代物で、ショックを受けた彼女は事実(そいつ)を受け入れられず、友達を一方的に攻め立てて、向こうから何を言われえも無視を決め込み、口も碌に聞けなくなってしまって仲違いしかけたと言う。

 

「それを……〝喧嘩〟って言うんじゃねえのか?」

 

 聞き役になっていたアタシは、頭に沸いた疑問を投げていた。

 

「私にしてみれば言わないよ………だって………ちょっとした口論も好まない性格だって知ってるのに、酷いこと言って……お互いの気持ちをぶつけ合うことすら。しなかったんだから……」

「わっかんねな……」

 

 なんか……アタシの思い浮かぶ〝喧嘩〟のイメージと、恩人のイメージとでは齟齬(ズレ)っと言うか………意味合いに食い違いがあるようで、勝手に自分の首は分かんなさで傾げていた。

 だけどその〝ズレ〟の正体は分かんなくても、恩人とその幼馴染の〝友達〟との、長い時間で積み重なった関係が、壊れ果てちまうところだった………ってのは、恩人の漠然とした表現(いいかた)でもアタシに伝わってきたし、理解できた。

 

「そいつとはまだ……仲直りはできてねえのか?」

「実はまだ……でも」

 

 今の時点では、まだ仲違いのままな状態みたいだ。

 原因が分かってるんだから、そいつをブッ飛ばす勢いでぶつかり合って、白黒はっきりさせてとっとと仲直りしろよと言いたくなるが、ここでそれを言うのはちょっと違う気がして、口から言い出さないことにした。

 それに〝でも〟って言葉の響き具合から、仲直りに繋げる糸口ってもんが、見つかっているみたいだし。

 

「もう一人の友達のお陰で、ちゃんと向き合おうって決めてるから」

 

 恩人の声音から感じ取った直感の通り、そのもう一人の〝友達〟って奴から、踏み出すきっかけをくれたらしい。

 おぼろげで靄がかかった感じの言い方でも、恩人がその友達らを、どれだけ信頼しているか、慕っているか、想っているのか………くっきり伝わってきて………分かってしまった。

 

〝友達〟か………ちっこい頃に地球の裏側で、パパとママを亡くして、ずっと一人で生きていくしかなかったアタシには、てんで関係も縁もゆかりもない話だ。

 一日その日を生き延びられるかどうかさえ分からない、死の崖っぷちに立たされた〝世界〟にいたから、そんな繋がりを作る余裕なんて全くなかった。

 その世界で会った何人かは、言葉の壁にぶつかりながらも友達と呼べる中になりかけたけど、実際そうなる前に………屑で最悪な大人どものせいで、他の大人どもに売り渡されて生き別れるか………糞最低な戦争(あらそい)に巻き込まれて………死に別れてしまうのが落ちだった。

 ただ一人………理解してくれると思った〝人〟さえ、アタシを散々道具扱いした挙句、切り捨てた。

 パパとママでさえ、鳥肌で身震いするほどの綺麗言で、何も知らない幼いアタシを地獄に放り出して、自分たちだけのこのこ〝楽〟になっちまった。

 結局誰も彼も、まともに相手してくれなかった。

 

 友達どころか………〝通じ合える〟と言い切れる存在なんて……アタシには――

 

 胸に掛かる圧力で、昏い情(きもち)が昇りかけていたのに気がついて、我に返り、慌てて口から出かけたのを、ちょっとでも漏れて恩人にぶつけてしまわないように、必死に唇を噛み締める。

 

「未来ちゃん、お友達の服、乾いたわよ」

「ありがと、お店の準備で忙しいのに畳んでもくれて」

「さっき手伝ってくれたお礼さ」

 

 丁度、もう一人の恩人が、綺麗に四角に折りたたまれたアタシの服と下着を持ってきてくれたので、恩人に自分の異変を気取られずに済んだ。

 

「はい」

「あっ……ああ……」

 

 手渡された服は、さっきまで土砂降りのせいでぐしょぐしょでびしょ濡れだったってのに、新品も同然に様変わりしていた。

 受け取ったアタシは直ぐに着込み始める。

 

 恩人たちへの〝優しさ〟には感謝しているし、できれば恩返しの一つや二つはしてやりたいが………だからこそこれ以上、ここはいられない。

 

 いや………いちゃいけないんだ………アタシは、この眩しくて、あったかい日常(せかい)に。

 

 だってアタシは………その世界を………ぶち壊そうとした。

 

〝戦いを起こす意志と力を持つ人間を叩き潰し、戦争の火種を無くす〟

 

 自分が今まで受けてきた痛み、苦しみ、悲しみ、そいつらひっくるめた地獄に突き落とされた理不尽を受けた〝憂さ〟を、大人どもの下らない〝思想〟っぽく体裁を整わせて誤魔化して………よりにもよってアタシもかつてそこにいて、あの日に失われた日常(ばしょ)と、そこで生きている人たちに、八つ当たりをしようとしていたんだ。

 それもアタシが心底憎んでいる筈の〝争いを生む意志と力〟で以て。

 

 今のアタシは〝捕物〟だ………大好きだった〝歌〟すら……〝破壊〟を呼びこしてしまう呪いすら抱えている〝破壊者――デストロイヤー〟だ。

 

 早いとこ、この日常(せかい)から出ていかないといけない。

 

 でないと、またアタシは――。

 

 

 

 

 

「世話になったな……色々と……」

 

 逃亡で染みついた汚れが綺麗に洗い流された衣服を着直したクリスは、改めて未来にお礼を述べると、そそくさと出て行こうとする。

 このクリスの突然の行為に、正座にした膝の上に先程まで彼女に着せていた体操着を乗せて座している未来は、口をぽか~んを微かに開けて呆気に取られて大きな瞳をより見開かせて相手の少女を見上げていたものの。

 

「待って!」

 

 クリスが部屋から廊下に出たところで、呆然の金縛りが解けた未来は立ち上がると同時に飛び出し、彼女の後ろ姿へと呼びかけた。

 呼び止められても構わずに出て行こうとする気でいたクリスだったが、いざ未来の声を耳にすると、足が歩みを止めてしまう。

 

「あの……私は……小日向未来……」

 

 その場で立ち尽くしながらも、振り向く様子を見せず後ろ姿ばかりを見せるクリスに、未来は自らの名前を述べて。

 

「貴方の――名前は?」

 

 相手の少女に、名は何かと尋ねた。

 

「アタシの名前なんか聞いて………どうしようってんだよ………」

 

 ほんの少し、戸惑いの沈黙から、未来に背を向けたまま、未来の言葉の意図を問い返した。

 未来は気恥ずかしさで少々頬の熱を上げながらも。

 

「友達に、なりたい――」

 

 真摯にかつはっきりと、そう言い放ち――

 

「――か、かな……」

 

 

 ――そこからさらに、照れくささを漂わせる一言と、微笑みを付け加えた。

 

「っ……」

 

 未来のこの想いを受けたクリスは、一瞬肩をびくっとさせながらも、未だ背中しか見せてくれない。

 しかし、振り払って走り出し、逃げ切ることもできたと言うのに、それもできず、疑問と葛藤と躊躇いが混ざり合ってできた沈黙の尾を引き続ける。

 ずっと暗闇も同然の世界に居続けたクリスからは、未来の姿は余りにも―――眩しすぎた。

 最も大きな音が、掛け時計の秒針が時を刻むメロディな静寂が流れる中で。

 

「くりっ…す……」

 

 最初は、時計の〝歌声〟にかき消されてしまいそうなほどに、余りにもか細く。

 

「え?」

 

 現に未来の耳は聞き取れきれず、掴み取れなかった。

 

「クリス……」

 

 二度目、声量は一度目より大きくはなったが、それでも〝応える〟には足りなさ過ぎると思ったのだろう。

 

「雪音――クリスだ」

 

 三度目の正直とばかり、自身の名を未来に送り、向き直ろうとしたその時―――静寂を切り裂く、警報(サイレン)が、鳴り響いた。

 

つづく。

 


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