GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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やばい………女の子な翼は見たいとは思ってたけど、をこんなに早くデレデレにさせる気なかったのに………自分の想像以上に朱音のオカン属性が働いてる(汗

前半は広木大臣の独白だったのですが、実は大臣が装者の少女たちをどう思ってたのか全く描かれてなかったから、それ描こうとして勝手にドツボに嵌ってました。


#21 - 暗殺

 朱音がニュースより知った――自由の国の新たな罪が起きたのは、つい約一時間前。

 夕空の下な、東京の、建設途中のビルが立ち並ぶ再開発地区の中を、三台の車が走っている。

 その内の、先頭と後尾に挟まれる形な黒塗りの一台の後部席には、広木防衛大臣が乗車していた。

 暁色の空に流れる雲を眺めていたらしい大臣は、ふと微笑みを零した。

 

「大臣? どうかなされましたか?」

「いや、あの雲から、二課(かれら)の奔放さが思い浮かんだものでね」

「笑いごとではありません………旧陸軍の特務機関とは言え、二課への対応は、些か放縦が過ぎます」

 

 櫻井博士に渡す筈だった〝極秘資料〟が保管されているアタッシュケースを膝の上に乗せる眼鏡姿の秘書官が、顔をしかめて忠言する

 この日、予定されていた二課の防衛機構に関する説明は、その役を担っていた博士の一方的な反故、いわゆるドタキャンで中止となった。

 しかも、あれだけ現閣僚を待たせておいて、電話一本で済まされる始末。

 これで激怒するどころか、慎ましくも笑い飛ばせる大臣の器の大きさは、相当どころでも収まり切れない。

 

「それでも、特異災害に対抗できる現状唯一の切り札だ、〝問題児〟なのは疑いようがないが、だからこそ、勝手気ままな彼らを疎ましく思う連中から守ってやるのが、私の役目なのだと、自らに課している」

 

 実際、二課は〝突起物〟と揶揄されるだけの問題児たるだけある。

 聖遺物の研究には、莫大な費用が掛かり、二課の予算申請が毎年揉めるのは半ば恒例行事と化しているし。

 Project:Nに限らず、シンフォギアの開発、私立女子高の地下に大規模な基地の建設などなど、色々無茶も通している。

 おまけに、ラストライブ以降から朱音が絶唱の代償で深手を負うまでの翼は、一課や自衛隊との連携を無視して独断専行していたばかりか、かの〝私闘〟で公共物を損壊する事態を起こした。

 実はそれより十年前にも、天ノ羽々斬、ガングニールの間において開発された〝二番目のシンフォギア〟が紛失する大失態によって、トップ――司令の交代劇も起きている。

 ここまでのトラブルメーカーなら、組織のはみ出し者扱いも、頷かされると言うものだ。

 広木大臣もまた、そんな二課を〝問題児〟と認識しているし、〝非公開の存在に多くの血税の投入や、際限のない超法規的措置は許されない〟と、厳しい態度で接することも度々あった。

 それらは彼らに一目を置き、思ってこそのものでもあったのだが。

 先の広木大臣の発言は、その証明である。

 

「人の存亡を、うら若き少女たちに押し付けているのだ、だからこそ大人(われわれ)も、努めを果たさなければならない、そうだろう?」

「はい」

 

 大臣の思いも、二課が特異災害から国民を守るのに必要な〝砦〟であることも存じている秘書官も、微笑を浮かべた。

 

 広木大臣は、目線を夕空へ移し直す。

 

 未だに〝軍〟と認められず、民主主義の理念の無視だと言うのに正規軍にするかの議論すら許されず、施行されてから約八十年も経っても一度たりとも改正されていない憲法の護憲派たちに一方的に存在を否定されながら、無力だと分かっていながら、特異災害に立ち向かう自衛隊。

 問題児な点を抜きにすれば、一課と同じく、特異災害に対処する機関だと言うのに、異端技術を扱っている上に官僚らから誤解のレッテルも貼られながら〝砦〟の役を全うする二課。

 そして異端技術の研究の結晶にして現行唯一の対ノイズ殲滅兵器――シンフォギア、それと適合できる装者に選ばれた少女たち。

こうして夕焼けとなった太陽が沈み、今日も一日が過ぎ去ろうとし、自分が帰路の途についているのは、人が営む〝社会〟を守ろうしている者たちの尽力もあってのことだ。

 特に………装者である子どもたち。

 シンフォギアと、それと適合する数少ない使い手が合わさったことで生まれる〝歌〟で、ようやくノイズを滅することが可能になる……とはいえ、まだ自分の確たる〝生き方〟を見定められない年代の子を、特異災害の戦線の最前線に送り出さなければならない現実には、後ろめたさがある。

 現に、かのツヴァイウイングの一人、天羽奏を戦場で、血肉も骨も残らぬ死に至らしめ………ノイズドローンが記録した戦闘映像またはテレビで見るライブ映像越しでも分かる程、残された風鳴翼は、ずっとパートナーの死に囚われていた。

 この上、新たに二人の少女が、報告書によればどちらもイレギャラーな形らしいが、装者に。

 

 立花響………二年前の特異災害に巻き込まれ、生き延びたと思えば生存者のバッシングも晒されただろうに。

 

 そして、草凪朱音。

 日本人にしてアメリカ人でもある彼女も、天羽奏と同じく、特異災害で肉親を亡くしている。

 遺族な上に、人類守護の責務を負ってほどなく、主戦力として先陣を切り………天羽奏を死に至らしめたと言う〝歌〟で深手を負った。

 なのに、驚きの生命力で、三日で目覚め、まだ杖は必要だが歩けるようにまで回復していると言う。

 恐らく全快すれば………たとえ日本(われわれ)と米国が、聖遺物を巡って〝不協和音〟を奏でていようとも、特異災害に立ち向かうに違いない。

 そう確信できてしまうのは、彼女の勇姿から、子どもの頃熱中させられたヒーローたちを思い出されるから、だった。

 特にアメコミの、ゼウスの子でもあるアマゾネス族の姫君を――

 

 つい最近まで普通の学生だったとは思えぬ体技、あらゆる武器と使いこなす技術、男を黙らせるまでに熱く、猛々しく、苛烈で鬼神なる戦士の姿と。

 ともに、特異災害と戦う同朋たちへのエールで送られる歌を、情感たっぷりに歌う姿。

 

 ――から、連想させられる。

 しかし、不老不死なかのヒロインと違い、草凪朱音は人の子だ。

 

 確かにシンフォギアの加護を得た装者の戦闘能力は、たった一人の軍隊――ワンマンアーミーにも等しいが、それでも彼女らとて、人間なのだ。

 いつまでも………彼女たちに甘えるわけにはいかない。

 

 使命から解放され、ただの人間に戻れるように、私たち大人は――

 

 

 

 

 

 大臣を乗せた車は、四角型のトンネルに入り、通り抜けようとした直前。

 突然、横から〝南北運送〟とロゴが描かれた運送トラックが進行に割り込む、先頭を走っていた一台のドライバーはハンドルをは急ぎ切るもコンテナに激突してフロントが潰れ、後続の二台も、将棋倒しも同然に先頭車両に突き当たって走行不能になった。

 接触事故を引き起こしたトラックのコンテナの扉から、武装した戦闘服の男たちが素早く統率された動きで現れ、M4A1カービンと言った突撃銃――アサルトライフルを一斉に発砲。

 大臣の護衛役たちも拳銃を取り出して応戦しようとするも、連射の豪雨を前にあえなく撃ち殺された。

 秘書官も頭部、胸部、腹部に撃ち込まれて死亡。

 ただ一人生きている広木大臣は、秘書官の血が付着したアタッシュケースを奪われてなるものかと右手を伸ばすも、リーダー格らしい兵士が、乱射で約二〇〇度の熱を帯びたライフルの銃口で窓ガラスを突き破り、そのまま大臣の手の甲を押し潰す。

 

「貴様ら……」

 

 右手の甲に骨折の痛みと、火傷の痛みが同時に押し寄せ、大臣は左手を抑えながら、襲撃者たちを見据えた。

 

 元より広木大臣がターゲットであった襲撃者たちは――そのまま彼の命を冷徹に奪い尽し、同時に血だまりを作り上げた。

 

 

 

 

 

 広木防衛大臣殺害が起きてから、各テレビ局の夕刻のニュース番組が速報で報じられ始め、それを朱音も目にした頃、眼鏡を掛けた〝マネージャーモード〟な緒川が運転する車両内の後部席では、音楽雑誌に掲載される予定なニューアルバムのインタビューを終えたばかりの翼がいる。

 ハンドルを丁寧に操作する緒川は、後部側から伝わってくる音色をふと耳にし、こっそりバックミラーを見た。

〝いつも〟であれば………剣であり続けようとする余り、半ば座禅よろしく目を瞑っていた。

 それが今日はどうだ? 窓の外を眺めながら、粛々と、なのにうきうきとした様子で、鼻唄を奏でていた――と言うか途中から普通に口ずさんでいた。

 緒川には聞き覚えのないメロディである。

 

「何の歌ですか?」

「はぁっ! お、緒川さん!」

 

 訊いてみると、本人は何やら我に返って驚き、手で音色を発していた口元を覆う。

 どうやら、今の鼻唄は無意識に歌っていた代物らしい。

 

「こ、これは……あやっ……」

 

 途中で口ごもり、両手で口を強く抑え、恥ずかしそうに縮こまる。

 赤味を増した顔は〝しまった……〟と言った雰囲気だった。

 恥ずかしそうと言うより、どこからどうみても完全に恥ずかしがっていた、口滑った自身を恥じていた。

 

「大丈夫です、翼さんがいいと言うまでは秘密にしていますから」

 

〝あやっ……〟とまで言って途切れた単語から、おおよそ見当がついた緒川は、フォローを投げる。

 

「ほ……本当、ですか?」

「本当です」

 

 よほど多数の人間に知らさせたくないほど秘密にしたいらしく、注意深く問い直してきた翼に念を押す。

 

「不承不詳ながら承知しました、その言葉、信じます」

 

 今の言葉の裏には――〝緒川さんと言えど、明かしたら許しませんからね〟――意味合いも込められているのが、マネージャーでもある彼には筒抜けだった。

 余りに微笑ましいので、後部席の当人に悟られぬようこっそりとクスクス笑みを零す。

 

「その………朱音から……教えてもらった歌でして」

 

 緒川の察していた通り、朱音を〝朱音〟と言いかけていたのだ。

 翼によると、先日の突然の休日を利用して、朱音のお見舞いに行ったところ、昼食以降からすっかり、歌を愛する者同士によるガールズトークが盛り上がり、しまいには病院の屋上庭園をステージ代わりに、歌のセッションをするまでに至ったらしく、夕方まで歌ざんまいだったらしい。

 さっき口ずさんでいた歌、その日に朱音から教えてもらった曲の一つで、二〇〇〇年代初期にヒットした少年少女とモンスターたちの冒険を描いたアニメの主題歌で、余程翼は気に入っていると見た。

 

 途中、他の入院患者たちが屋上に来て、歌っている様を見られてしまうアクシデントも起きたのだが。

 

〝すみません、私たちカラオケ行くのが日課なんですけど、私がこんなザマなので、誰もいなかったものだからつい――〟

 

 咄嗟に上手いこと朱音がフォローしてくれたおかげで、正体が明るみになる事態は防げたとのこと。

 それどころか、二人の歌唱力も相まってデュエットも披露し、屋上庭園をちょっとしたライブ会場にさせてしまったらしい。

 

「よく気づかれませんでしたね?」

「歌手としての〝私〟のイメージとは繋がらない選曲だったので、『また君に○してる』とか」

 

〝確かに、ファンの方々にはびっくり転がる選曲ですね〟

 

 それにしても、歌っていた歌込みで、朱音とのことを話している翼は、照れくさそうながら、えらくうきうきと生き生きとして、楽しそうなご様子だった。

 声のトーンも、生真面目を通し越して頑固の域にあったのと比べると、奏が存命だった頃並みに高い。

 

〝変わったのか? それとも変えられたのか?〟

 

 先日の定例会議をスケジュールの都合上で中途退席した直後のやり取りを反芻する。

 基地内の回廊を歩きながら、スケジュールの確認していた中――

 

〝それから、例の海外移籍の件ですが――〟

〝前にも言った筈です、その件は断っておいてほしいと、私は剣(つるぎ)、戦う為に歌っているに過ぎないのですから〟

〝怒っているのですか?〟

〝怒ってなどおりませんッ! 剣に………そんな感情など………持ち合わせていません〟

 

 なんて強情だったのに、今は一転して景気よく〝歌っている〟し、プライベートの時間を楽しむ余裕すら出てきている。

 そのことを尋ねた際の狼狽する様といい、この〝歳相応の女の子〟らしい口振りといい、ほんの数日前までの彼女からえらい変わり様である。

 いや………変わったと言うよりむしろ、この二年間翼が抑圧し続けてきた自身の人間性、心が、解き放たれたと表現した方が良いかもしれない。

 

〝ここまで丸くさせるとは………朱音さんには、頭が上げられませんね〟

 

 自分とてお見舞いの機会を設けたりなど、風鳴翼の凝固していくばかりだった心を解きほぐすきっかけを作ったのだと自負しているが、やはり最大の功労者は、草凪朱音だろう。

 自分たち大人だけでは、為しえなかったことを為しとげてくれたのだ。

 感慨が浮かぶ一方、申し訳のなさも緒川にはあった。

 響と同じ、朱音もついこの間まではただの〝高校生〟であり、装者としてはまだ新米の身………なのに自分たちは、色々と彼女と〝苦労〟を背負わせている。

 本人は、深手を負っても尚、全く弱音も泣き言も吐かず、最前線で特異災害に立ち向かい、〝戦友〟たちを励まし、一人の女の子としての〝風鳴翼〟を救いさえした。

 その〝ヒーロー〟に相応しい〝強さ〟と〝優しさ〟が、とても眩しく映ってしまう。

 相反する二つの思いを、同時に味わっていた最中、車内のコンソールボックスから、緊急招集を知らせるベルが鳴った。

 

「緒川さん、テレビを点けて下さい」

 

 同時に、スマートウオッチに送られた何らかのメッセージを読み、彼女の言葉曰く〝防人〟の顔つきとなって凛とした眼差しを放つ翼から催促を受ける。

 

「はい、テレビ1チャンネル」

 

 音声入力で、コンソールから立体モニターが現れ、画面からは――広木大臣殺害の速報を伝えるニュース番組の切迫した様子が、投影されていた。

 

「本部に急行します!」

 

 事態を把握した緒川は眼鏡を外し、急ぎ二課本部へと車を走らせた。

 

 この時翼の端末に送られた朱音からのメッセージは、こうだ。

 

〝憲法を変える議論すら許さない者がいる偽りの民主国家で戦う勇士が、命を奪われた〟

 

 

 

 

 

 二課本部ブリーフィングルームでは、招集された職員たちによって席は埋め尽くされている。

 響と翼も、彼らに混じって一列目に座していた。二人の間には二人分の職員がいる形で。

 

「特機二課本部周辺を中心に頻発しているノイズ発生の事例から、その狙いは本部最奥区画《ABYSS(アビス)》に保管されている完全聖遺物、サクリストD、デュランダルの強奪と日本政府は結論づけました」

 

 正面の大型モニターには、薄緑色の宝玉が埋め込まれた諸刃の大剣――デュランダルが表示されている。

壁一面ほどの大きなな画面の前には弦十郎と櫻井博士が立ち、博士は政府から受領された〝極秘資料〟の内容を一同に説明していた。

 実は一時、博士との連絡が不能な状態に陥り、本人が極秘資料の入ったケースを手に本部に戻ってきたのは、二課に広木大臣が殺害された報告が来た程なくの頃だった。

 連絡が取れなかったのは、博士が持っていた携帯端末の電源を切ったままでいたから、だとのこと。

 彼女が持ち帰った資料とは、EUの債権の肩代わりを代価に手にした不滅の聖剣―デュランダルの移送計画。

 戻ってきた時は「だ~い~へん長らくお待たせ致しました♪」と、いつものマイペースさだった博士も、その陽気さを潜めて説明している。

 

「どこに移送すると言うんですか? 本部(ここ)以上に厳重な防衛システムなんて……」

 

 藤尭は、この場にいる職員を代表する形で、移送計画に対する疑問を投げかけた。

 

「移送先は〝記憶の遺跡〟、そこならば、と言うことだ」

 

 永田町――国会議事堂の地下最深部に位置する特別電算室、通称《記憶の移籍》に移される予定となっている。

 しかし、たとえその場所が二課の最奥区画より安全だとしても、厳重警戒の中で秘密裏に行われるとしても、移送中はデュランダルを強奪するのに格好の機会だ。

 しかもつい先程、現役閣僚が殺されたばかり、もし〝同一犯〟だとすれば、記憶の遺跡へと運ぶ道中に襲撃する強行手段に出る可能性は高い。

 

「どの道、木っ端役人は俺たちでは、お上の意向に従うしかない」

 

 弦十郎もそのリスクは重々承知な上で、諦念と皮肉を、苦笑いとセットで言い放った。

 

「予定移送日時は明朝〇五〇〇、詳細はこのメモリーチップに記載してあります」

 

 

 

 

 ブリーフィングの後、櫻井女史はアビスからデュランダルを取り出す作業に入り、職員たちも移送の準備に追われている中、私は本部内のベッド付き個室型仮眠室で休息をとっている。

 移送が開始される〇五〇〇まで、今回の指令で担う護衛役として、体力を温存させる為だ。

 室内に設置されている机の前で私は、机上にあるタッチパネルボードから3Dホロブラウザモニターが表示されたPCの前で、朱音とチャットを通じて取っていた。

 画面には、SNSのテキストチャット式のアプリが表示されている。

 デザインは一般に使われているものとさほど違いがないが、二課職員または関係者同士が連絡する専用のものだ。

 

『〝ランドール〟とは、いつ出発する?』

 

 最重要機密事項に関わることなので、念の為と暗号によるカモフラージュも交えた英語で交わしている。

 ランドール――Randoolは、デュランダルの使い手たる剣士《ローラン》のイタリア語名の《orlando――オルランド》をアナグラムにしたもので、デュランダルの隠語だ。

 

『陽が顔を出している頃には、ツーリング中だ』

 

 私も、自分の趣味にちなんだ表現で返信する。

 カモフラージュの会話内容は『バイク仲間とのツーリング』って設定。

 そこから、他愛ない私たちなりの女子高生同士なやり取りを重ねた後――

 

『次の防衛大臣は誰になると思う?』

 

 ――話題は政治、正確には広木防衛大臣が殺害された件に移る。

 朱音が学生の年代でも政治への関心が高い者が多く、幼児の頃から大統領選に熱中していると言うアメリカ人の一人でもあったのが幸いだ。

 私も、代々国防に携わり、二課の前身な諜報機関の長だったお家柄、政治に関する知識は日本の一般学生より多く持って詳しい方である。

 

『大臣の右腕であった、石田副大臣が後釜(ポスト)に付くだろうな』

『ああ、あの〝フランキー〟か』

『朱音……せめてそこは、親米派と言ってほしいぞ』

 

 辛辣さのある朱音の発言に、苦笑いが浮かぶ。

 まだ大臣が殺されてから、数時間ほどしか経過していない。

 だから正式に後任が決まって発表されるまで日数は掛かる……ものの、この情勢で最も有力な候補は、副大臣を務めていた石田爾宗(いしだよしむね)。

 九条改正派で、自衛隊再編派でもあり、同盟国であるアメリカに対しても本国内の米軍撤退も求めたりと強い姿勢をとっていた広木大臣とは反対に、協調路線を取る親米派な政治家であった。

 その石田氏をFLUNKY――腰巾着と揶揄したのは、日米双方の籍を持つ朱音ならではの見方だった。

 

『この国で親米な政治家と言うのは、そう呼ぶものだよ翼、今の自由の国、いや合衆国政府は〝Cap〟も幻滅するほど落ちぶれている、国民が〝銃〟を持つ本当の権利を行使できるくらいに………こんな時に裏で謀略を企てるほど、政府も愚かではないと信じる気は、まだ持ってはいるんだが……』

 

 Capとは、アメリカの理念の体現者でもあったアメリカンコミックのスーパーヒーローのあだ名を指している。

 さらに辛辣な皮肉を表現された朱音の文からは、市民が政府の圧政に対する抵抗として〝銃〟を持つことを許されていると憲法に記載されている〝自由の国〟に対する憤り、呆れ、落胆と言った感情が染み込まれていた。

 親米派の石田氏が就任すれば、親米派の防衛大臣が誕生し………日本の国防政策に関して、アメリカ側の意向が通り易くなってしまう。

 内政干渉の域にも行きかねないこの動きが何を意味するかと言えば………広木大臣が殺されたこの時勢下で、最も得をするのは………デュランダルの引き渡しを何度も要求してきているアメリカ合衆国だと言うことだ。

 無論、アメリカが〝犯人〟だと証明できるものは、現状だと何もない………むしろこの時勢であんな事態が起きれば、疑ってくれと言うようなものだ。

 殺害事件が起きた直後、複数の革命グループからの犯行声明も発表されている。

 

 だが一方で………大臣暗殺が、あのネフシュタンの少女の背後にいる、特異災害を人為的に起こしている連中と関連がないとも言えなかった。

 

 こんな状況で、前々から計画されていたとは言え、デュランダルの移送を敢行するのは、良い判断と言えない。

 断言できる………あの者たちは、またあの少女と完全聖遺物を使って〝虎の子〟を奪うべく、移送中にて二課に強襲を仕掛けてくると。

 私の防人――戦士としての〝勘〟は、そう強く主張を繰り返していた。

 体内にガングニールを宿す立花も狙われている以上、起きないなんて希望的観測は捨て、確実に起きると想定した方がいい。

 

『そろそろお開きにしないか? これ以上翼の休息は潰すわけにはいかないし』

『お気遣いありがとう、そうさせてもらう』

 

 と、朱音の気遣いに対してそう返し、アプリをモニターごと切った。

 司令(おじさま)も言っていたように、どの道………政府の決定が覆せない以上、防人が今果たすべきことは一つ――デュランダルを、そして立花を、良からぬ思惑を持つ者たちに渡させないことだ。

 

 でもその前に………駄々っ子の出来損ないで、ただ固く脆いだけの抜き身の〝剣〟だった私には、つけておかねばならない〝けじめ〟がある。

 立場上、果たさなければならなかったのに、この身の未熟さと至らなさゆえ、放棄し、朱音に押し付けてしまった〝務め〟とも言える。

 そろそろエージェントが、荷造りに一度リディアンの学生寮へと戻った〝あの子〟を本部に連れ帰った頃合い。

 PCの電源を完全に切って、私は仮眠室を出た。

 

 

 

 

 廊下を進んでいると、観葉植物が飾られたU字の形をしたソファーにて、本部での泊まり込み用の荷物の入ったサブバックを脇に置いた立花響が、座っていた。

 何やら……バツの悪そうに小山座りをして、縮こまっている。

 恐らく、ルームメイトで古くからの付き合いな親友――小日向未来のことだろう。

 朱音の話では、この子は隠し事の下手さには右に出るものはいないらしい。

 その性格とこの様子から、寮の門限が迫る夜中に荷物を纏めて外出する理由を、碌に言い繕えないまま、勢いで出てってしまったと見える。

 

「未来絶対怒ってるよね……あっ……」

 

 ぶつぶつと親友のことで呟いていた立花は、私の存在に気づいて、同い年の朱音とは全く正反対な丸い目をこちらに向けた。

 今まで彼女に犯してきた仕打ちが頭に再生されて、胸中に気まずさと言う重しが掛かる。

 

「いやっ~~その………あはは」

 

 手で頭の後ろをかいて、困惑した笑み……少し前の自分なら頭がカッとなって〝ヘラヘラするなッ!〟と苛立ちをぶつけるに至っていた恐れのある………軽薄さと印象付けられかねない、ぎこちない笑みだった。

 立花は困ったことがあると、今のように笑って無理に誤魔化そうとしてしまう性分の持ち主であると、これも朱音から聞いた。

 きっとこれは………自分の〝一生懸命〟で他人を傷つけてしまったと立花が考えている〝経験〟から生まれた、彼女なりの波紋を起こさない為の〝処世術〟……なのだろう。

 

 唇を噛みしめし過ぎそうになり、顔も悲痛さに覆い尽くされそうになる。

 

 この笑みを浮かべる〝癖〟を、彼女に植え付けたのは、私たちでもあるからだ。

 

「隣、座ってもいいか?」

 

 胸に疼く〝気持ち〟を、どうにか溢れぬよう御しながら、話す場を作ろうした。

 己が想像している以上に、自分のことが〝大嫌い〟なこの子のことだ………きっと私のこの疼きすら、〝自分のせい〟だと攻めてしまう、だろうから。

 

「へ? ……いい、ですけど」

 

 戸惑いを見せる立花から了承を得た私は、少し体が強ばる感覚を覚えながら、彼女の隣に腰を下ろす。

 正面からの相対では、彼女を過度に委縮させかねなかったからだ。

 

「………」

 

 沈黙を長引かせてはいけない、気まずさも助長されて、余計切り出せなくなる。

 深呼吸して、緊張で堅くなりつつある全身をほぐし。

 

「立花……」

「は、はい……」

「す―――すまないッ!」

 

 私は、踏み出した。

 

つづく。


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