GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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#17 - なお昏き夜から

 絶唱を奏でた代償で重症を負った朱音は、リディアン音楽院高等科と隣接し、装者含めた特異災害対策機動部関係者の治療も請け負っている市が運営する《律唱市立市民総合病院》に緊急搬送された。

 ICU―集中治療室内では、全身に包帯を巻かれ、口に呼吸器を付けられた朱音が、治療カプセルの中で床に着いていた。

 

「よろしくお願い致します」

 

 ICUのある階の薄暗い院内の廊下では、いつものラフさを潜めてスーツを正している弦十郎と黒づくめなスーツのエージェントたちが担当医師の一人に頭を下げていた。

 

「エージェント各員は鎧の探索を続けてくれ、まだそう遠くは行っていない筈だ、どんな手がかりも見逃すな」

 

 弦十郎は部下のエージェントたちに指示を飛ばし、彼らは素早く〝ネフシュタンの鎧の少女〟の探索任務に取り掛かるべくこの場を後にしていく。

 経過を説明していた医師も治療室に戻り、廊下に残された弦十郎は、この階の一角にある休憩室の円形状のソファーに、心細く腰かけている響の不安が伸し掛かった後ろ姿を目にした。

 

「響君」

 

 彼が呼びかけると、響は俯いていた顔をこちらに向ける。

 

「朱音ちゃん………大丈夫ですよね?」

 

 弦十郎は厳つく雄々しい瞳を曇らせる。

 ノイズが複数の地点に同時発生した状況だったとは言え、まだアームドギアを手にできていない彼女を実戦に出し、あまつさえ血まみれとなった級友を見せられるような事態に遭わせてしまった。

 この子だけではない………翼にも。

 現場に駆けつけた時の姪の姿は、二年前のあの時と………よく似ていた。

 まるで魂が抜け出てしまった、体だけは生命活動を続けている〝殻″となってしまったと思わせてしまう放心とした姿。

 娘を突き放した〝兄貴〟に代わって〝父親〟の役を担っていたつもりだったが、自分も色々至らないと、自嘲する。

 

〝いつまで経っても………慣れぬものだな〟

 

 何度もとなく味わう、少女を戦場に送り出し、その多感な年頃の心を傷つけさせてしまうことへの〝罪悪感〟……しかし、一向にこの痛みに慣れそうにない。

 いや……たとえ〝偽善〟だと突かれ、詰られたとしても、この胸の疼きは絶対に慣れてはいけないものだと弦十郎は噛みしめていた。

 

「一命はとりとめたが………まだ予断は許されない、とのことだ」

 

 治療に当たるチームスタッフの主任医から聞かされた容体の状況を、弦十郎は打ち明ける。

 それを聞いた響の瞳に指す影は、より大きくなった。

 

「ただな――」

「え?」

「あれ程の深手を負ったと言うのに、朱音君の心拍数は、一定の数値を維持し続けているだそうだ」

 

 そのことを説明していた主任医は、口調こそ冷静であったものの、「こんな経験は初めてですよ」と、大層驚いていた様子だった。

 弦十郎も、共通の趣味で通じ合う歳の離れた友である朱音の〝生命力〟に驚かされている。

 

「彼女が諦めちゃいないってことだ、生きることをな」

「あきらめちゃ……いない」

 

 オウム返しをした響に、弦十郎は屈強なその手で彼女の頭をそっと撫で、少しでも不安を和らげようと微笑んだ。

 

「そうだ、翼のことも心配だろうが、後は俺たちに任せて、今夜はもうゆっくり休むといい」

「でも……」

「せっかくの友達との大事な〝約束〟を破らせてしまったんだ、それくらいの施しはさせてくれ」

 

 一緒に流れ星を見ると言う未来との約束のことは、響に出動要請の連絡をした時点での弦十郎は知らなかった。

 しかし、出動要請の連絡を入れた時の響の声音から、彼は〝直感〟で今日の彼女には大事な約束があったと悟り、その後朱音との通信の際に、響は未来とで今夜に流星群を見る約束をしていたと知ったのだ。

 

「ど、どうしてそれを……」

「元警察官の〝勘〟さ」

 

〝身内に目を光らせる、公安警察だったがな〟

 

 と、内心弦十郎は呟き、同時に数時間前の朱音からの言葉を反芻する。

 

〝司令、響も戦っていることは、未来に話さないでもらえますか、まだ……〟

 

 

 

 

 

 その頃、翼は叔父弦十郎の屋敷での私室の片隅で、一人小山座りをしていた。

 明日も歌手活動のスケジュールが詰まっていると言うのに、寝間着に着替えもせず、制服姿のまま。

 首から上を壁にもたれ掛け、顔は茫洋として、口は半開き、先程まで張り詰めていた両の目は、ほとんど微動だにせず開かれたまま焦点がどこにも合わない、発する生気もひどく希薄だ。

 壁が無ければ、そのまま倒れ込んでしまっている。

 自室に着くまでの足取りは、半ば浮浪者も同然にふらついてさえいた。

 

 虚ろげな翼の脳は、絶唱の〝詩〟と〝調べ〟が何度も何度も、再生させられていた。

 

 奏と、そして朱音、二人の装者の歌声で………二人の歌うその勇姿も。

 

「ふっ……」

 

 ふと口元から、乾いていて痛々しい自虐な笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 何をやっていたのだろうか………さっきまでの自分(わたし)。

 何が……〝この残酷はむしろ心地いい〟だ。

 その激情に身を任せて、酔いに酔いしれていた自分の醜態を思い出すと、滑稽にさえ思えてくる。

 あのネフシュタンの少女………戦っていたあの時、何を言っていたか?

 途中で〝影縫い〟の罠に気づき、途切れてしまったが、その先も含めるなら、こう言いたかったのだろう。

 

〝将来有望な後輩がいんだ、これ以上恥晒すくれえなら潔く身を引くんだな〟

 

 と―――吐き捨てるように口にしたあの少女の言う通り。

 奏と、草凪朱音は言うに及ばず。

 ガングニールの装者を継いでしまった未熟者である立花響にも、人のことは言えない。

 

 やはり私は、どこまで行っても………〝出来損ないの剣〟でしかないのだな。

 結局、私は……何も為し得られなかった。

 満足に〝使命〟を全うできない。

 誰一人の命も、守れない。

 潔くこの命を果てることすらできぬまま、醜悪な生き恥を晒してばかり。

 

 それどころか、こんな自分より遥かに防人――守り手に相応しき彼女に、私が身に受ける筈だった絶唱の代償――バックファイアを背負わせ、生死の境を彷徨わせている。

 

 私は戦いしか知らない、戦うことしかできない……できなかったのに………戦士としての、防人としての存在意義すら、自らかなぐり捨ててしまった。 

 

 何の為に……私は……戦っていた?

 

 何の為に………歌っていた?

 

 なんだったっただろう………それすらもう、思い出せない。

 

 空っぽだ………私は――二度と流さぬと決めていた涙すら、流れてこない。

 

 むしろ相応しい………この命にはもう、意味も価値も残っていないのだから。

 

 

 

「翼さん……」

 

 二課のエージェント兼、翼のマネージャーたる眼鏡姿の緒川は、彼女の私室の扉の前に立ち、とんとんとノックした。

 中にいる部屋の主から返事は来ないどころか、物音一つすらない。

 緒川は弦十郎邸宅にまで送っている際の、バックミラー越しに見た翼の放心としていた姿を思い出し、端整な容貌を曇らせ。

 

〝もっとちゃんと………強く言っておくべきだった……〟

 

 後悔の念で唇を噛みしめた。

 装者としても、歌手としても、公私ともに〝風鳴翼〟支える立場にありながら……なんと至らなず、不甲斐ない。

 

「今後の予定のことで窺ったのではありません……」

 

 と前振りを言いつつ、度の入っていない眼鏡を外した。

 彼にとって眼鏡を付ける自身は、〝風鳴翼のマネージャー〟としての自分なのである。

 

「本当はもっと早く伝えるべきでしたが……歌手風鳴翼のマネージャーでもなく、特機二課エージェントとしてでもなく―――」

 

 扉の向こうにいる今の翼に、自分の声が聞こえているかは怪しい。

 もしかしたら、全く届いていないのかもしれない。

 かと言って今、不躾に扉を開ける気にもなれなかった。

 

「―――一個人の緒川慎次として、お伝えしたいことがあります」

 

 それでも、伝えておきたいことがある緒川は、言葉を紡がせていく。

 この二年間の、片翼でもあったパートナーの奏を失ってからの、我武者羅に戦い、同世代の少女が知っているべきな恋愛も、娯楽も、覚えず、アーティストの立場ゆえもあるが、ともに学生生活を謳歌する友人すら作らず。

 

「私たちは、確かに貴方を、ノイズと戦う戦士――剣に仕立て上げました……」

 

〝剣に……そんな感情はありません〟

 

 己の心を封じ込め、一振りの剣として生きようと殺し続けてきた彼女を思い出しながら。

 

「ですが、対ノイズ殲滅兵器として、戦場(せんじょう)で一人死に果ててくれなんて、そんなこと………一度たりとも思ったことはありません………シンフォギアに選ばれたからと言って、人類守護の使命を背負ったからと言って………修羅めいた排他的な生き方をすることはないんです」

 

 反芻していた為か、緒川のソプラノボイスに、切なさが帯びていった。

 

「いいんですよ、人間として………〝女の子〟として………生きてもいいんです、人として夢を望み、求めたっていいんですよ、たとえ偽善だと言われても、私たちはそれを願っているから、貴方を一人ぼっちにさせまいと、サポートしてきたのです………貴方だけでなく、奏さんにも………新たに装者となった響さんにも、朱音さんにも」

 

 部屋から、翼が息を呑んだ音がした。

 

「朱音さんのことが気がかりでしたら、大丈夫です、彼女は絶唱の傷を負っても尚、生きようと頑張っています」

 

 少しほっとする。自分の声を耳にできるだけの精神(こころ)が、まだ残っている証拠に他ならなかった。

 

「これは津山さんから………あ、覚えていますか? N計画のプレゼンテーションの日、貴方と奏さんの警護を担当していた自衛官です、彼から聞いたのですが………朱音さん、出撃があるごとに、隊員たちに小さなライブを開いて、歌を振る舞っているそうです」

 

 翼が出撃停止の処分を受けていた都合上、ここひと月の緒川の仕事はマネージャー業が中心であり、エージェントとして余り現場に赴く機会がなかった。

 そんな数少ない機会の際、目にしたのだ。

 朱音が、自衛官たちや特機部の職員たちを観客に、歌う姿を。

 楽器も演奏者も、マイクもアンプもない、路上ライブを行うミュージシャンたちのよりも簡素で、スマホから流れるメロディのみをバックに、生き生きと、躍動感に溢れ、本当に歌が心の底から〝歌〟が好きであることが分かるほどな、彼女の少しハスキーながら、翡翠色の瞳に負けず劣らず伸びやかで澄み渡り、生命感を漲らせた歌声が奏でる歌の数々を………観客たちは夢中に聞いているどころか、一緒に一体となって歌っていた。

 その熱量は、遠くで眺めていた緒川すらも圧倒し、一時エージェントとしての務めを忘れそうになってしまうくらいであった。

 同時に、彼の記憶から呼び起こさせるのは充分だった。

 この熱気……この一体感………かつて自分も体験していた、体感していた。

 そう、ツヴァイウイングのライブのそれと。

 

「どうしてか分かりますか? 朱音さんは知っているからです―――戦っているのは決して自分一人なのではないと、装者である自分のように、ノイズと正面から対抗できる術がなく、それでもノイズの脅威から人々を守ろうと尽力する人々がいる、いるからこそ、自分は最前線で存分にシンフォギアの力を振るえると分かっている、だからこそ彼女は――自身を支えてくれる人たちへのリスペクトと、感謝の気持ちの形として、歌っているんです」

 

 緒川が朱音のことを話したのには、二つ理由がある。

 

「翼さん……貴方も決して、一人で戦ってきたわけではありません、そしてこれからも………一人にはさせません…………希望をもらっているからです、貴方の歌ってきた〝歌〟からも」

 

 想いを一通り伝え終えた緒川は、スーツの胸ポケットに差していた眼鏡を再び額に掛け、マネージャーとしての緒川慎次に戻った。

 

「今は戦いを忘れて、ゆっくり休んで下さい、明日も学校です、精勤賞、取るんでしたよね? 午後三時にお迎えに上がりますので」

 

 最後にそう付け加え、後にする。

 

〝そろそろ部屋、片付けておかないといけないな〟

 

 邸内の廊下を歩きながら、緒川は苦笑しながらそう心の内で零した。

 彼がこう思考できるのは、自分の言葉が少なからず、翼に伝わっていると言う確信があったからである。

 マネージャー業をやっているのも、それが単に任務だからとか仕事だからではなく、彼自身が彼女の歌に感銘を受け、歌手としても、一個の人間としても、風鳴翼と言う少女を支え、応援したいと強く願い、想っていたからに他ならなかった。

 もっと分かりやすく言えば、緒川慎次と言う青年は、風鳴翼の熱狂的ファンなのであった。

 

 

 

 

 

 緒川の読みは的中。

 抜け殻みたく虚ろだった翼の瞳は、少しずつ、生気を取り戻していった。

 

 

 

 

 

 ネフシュタンの鎧の少女は、絶唱の衝撃波が襲い、呑み込もうとする寸前、咄嗟に飛行型を突撃形態にして自分の影に突き立てさせ、影縫いの金縛りからどうにか解放されてギリギリ波動の奔流から逃れてダメージを最小限に抑え、公園から逃げ延びた。

 

 目の前には、現在の彼女の〝住まい〟とも言え、ここが日本の山中であることを忘れさせるルネサンス様式風の屋敷がそびえたっている。

 ようやく逃走の重荷から解放され、その反動で全身が疲労感を覚える中、ほっと息を吐いた。

 この屋敷に戻るまでに、少女は相当の回り道を強いられた。

 飛行能力を有すネフシュタンの鎧であれば、一直線にここまで来られるのだが、それでは屋敷(ここ)の存在が二課に知られてしまう。

 加えて二課には、保有する専用のドローンと、聖遺物の発するエネルギー反応を捉えるレーダー設備もあり、しかも市内は少女の行方を探索するエージェントたちが行き交っていた。

 こんな状況下なので、少女は迂闊に鎧を使えず、ドローンとエージェントの網を掻い潜りながら遠回りをして逃げなければならなかったわけである。

 

「あいつ………どうして……」

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。

 二課の司令室では、ネフシュタンの少女と、その背後にある存在に関する緊急対策ミーティングが開かれてた。

 例によって、ニューアルバムの発売とライブの準備がある翼と緒川はこの場には欠席しており、ミーティングの場にいる装者は響だけ。

 

「ネフシュタンの鎧と、ノイズを呼び出し、操作できる完全聖遺物をどうやって入手したかはさておき、あの少女の目的は……響君が狙いだったと見るのが妥当だ」

 

 弦十郎が口にしたその仮説には、幾つか根拠がある。

 一つ、まるで朱音と響を遠ざけるように離れた地点でノイズが発生し、執拗にノイズの物量を以て朱音を足止めし続けた。

 二つ、響に対してはダチョウ型ノイズたちの粘液で拘束。

 さらには現場にいた響からの証言――ネフシュタンの少女の発言等々。

 

「仮にそれが事実だと仮定して、それが何を意味しているのかまでは不明」

「いや………個人を特定していると言うことは、我々二課の内情を知っている可能性が高く、響君が〝特異なシンフォギア装者〟であることも把握していると言うことだ」

 

 これらから、昨夜の少女の動向に、手がかりと仮説のピースを当てはめていくと――

 

 少女は、聖遺物を体内に宿した特異な後天的適合者となった響の捕獲を命じられ、何者かから二年前の起動実験以来行方知れずだったネフシュタンの鎧と、ノイズを使役する杖型の完全聖遺物を与えられた。

 

「朱音君のこともどこまで知っているかは分からんが、あれ程の数を彼女にけしかけていたことから、完全聖遺物を纏っても正面から戦うには厄介な相手だと、見ていたようだな」

「あの子〝万物を燃やし尽くす〟炎の使い手の大ベテランな大物ルーキーですもの、真っ向勝負を避けたいのは、敵ながら無理ないわ」

 

 複数地点にノイズを出現させ、響にも出撃させなければならない状況を作り、彼女と朱音を引き離し、誘導させたところを捕まえ、連行。

 翼にも足止めのノイズを寄越さなかったのは、そこまでノイズたちを同時使役はできなかったのかもしれないが、翼相手ならその〝真っ向勝負〟でも勝てると踏んでいたのだろう。

 実際、搦め手の〝影縫い〟が月光でできた少女の影に刺さらなければ、パワーに勝る相手に天ノ羽々斬の特性を無視した猪武者そのものな攻め方で、翼が自滅に至っていたのは明らかである。

 

「もし一連の大量発生も、二課のメインコンピュータへのクラッキングも、あの女の子の背後にいる黒幕と同一犯だとしたら………二課(ここ)の情報を漏らしている〝内通者〟がいる、と言うことになります……よね」

 

 いずれにしても、今苦虫を嚙んだ表情な藤尭も発言したように、昨夜の戦闘で、特機二課の保有する先史文明の〝異端技術〟を狙う〝陰謀〟の存在がはっきりしただけでなく、二課の内部にて、内通者――裏切り者もいると言うことも判明した。

 二課にとって、これは非常に危うい事態だ。

 個人か? それとも組織か?

 組織だとして、どれぐらいの規模なのか?

 敵の全容が分厚いベールに覆われていると言うのに、こちらの機密を売る裏切り者までいて、ほぼ二課の動きは筒抜けも同然、しかも組織内での疑心と疑惑が蔓延して足並みが乱れれば、相手側にとって好都合。

 

「どうして……こんなことに」

 

 やりきれない気持ちを友里が零した直後。

 

「私の……せいなんです」

 

 ずっと黙ったままだった響が、そう言った。

 

 

 

 

 

「私が……いつまでも気持ちだけ先走って……未熟だから、シンフォギアなんて力を持ってても、私が全然、至らないから……」

 

 今なら、はっきり分かる。

 

〝わたしの力が、誰かの助けになるんですよね! 〟

 

 弦十郎さんから、力を貸してほしいと言われたあの時の自分。

 

〝シンフォギアの力でないとノイズと戦うことはできないんですよねッ! 〟

 

 どれだけ調子乗って、舞い上がっていたか……どれだけ物を知らなかったか。

 

〝慣れない身ではありますが一緒に戦えればと思います 〟

 

〝朱音ちゃんと比べたら、私はまだまだ足手まといかもしれないけど、一生懸命頑張ります!〟

 

 どれだけ、翼さんの気持ちを逆なでさせて、踏みにじってしまったか。

 どれだけ中途半端な気持ちで、戦おうとしていたか。

 

 誰かを助けたいって気持ちに、嘘はない。

 だけど、それだけじゃダメなんだ……気持ちだけじゃ、空回りしてしまうだけなんだ。

 朱音ちゃんの言ってた通り、いつもやってる〝人助け〟と同じ感じじゃ、半端な気持ちで戦うことと、一緒なんだ。

 

 私……奏さんが命を燃やして死んでいくところを、見ていた筈なのに………朱音ちゃんと翼さんのこと、憧れの気持ちが強すぎて、。どこかで自分とは違う〝超人〟みたいな目で、見てしまってた。

 けど違う、いくらシンフォギアを纏えて、その力を使いこなしていても……二人だって、〝人間〟なんだ。

 二人だって怪我をすれば血が流れるし、一歩間違えれば死ぬかもしれない、もし生身でノイズに触れられたら、炭になって殺されてしまう。

 当然だよ、だって――〝人間〟なんだもん。

 

 翼さんは、決して強かったから戦い続けてきたんじゃない。

 辛かった筈なのに、逃げたいと思ったこともあった筈なのに、本当は泣きたくてたまらなくて、誰かに縋りたかった筈なのに。

 ずっと、必死に涙を押し隠して、無理やりにでも自分を奮い立たせて……人を助ける剣であり続けながら、奏さんがいなくなってから、ずっとずっと、戦ってきたんだ。

 

 朱音ちゃんだってそう。

 いくら前世が怪獣でも、あんな怪物との戦いで、辛い思いをしてきた、守る為に戦っていたのに助けられなくて、悲しい想いをしてきた筈なんだ。

 でも、自分が負ければ、戦うことを辞めてしまえば、人間も、地球の色んな生き物も、地球そのものも、他の生き物たちを食い殺しながら増え続けるギャオスのせいで、滅亡してしまう。

 だからガメラだった朱音ちゃんも、無理やりにでも踏ん張って………数えきれない数の〝災い〟と戦ってきたんだ。

 

 そんな朱音ちゃんだから、私なんかよりもっと早く、翼さんが〝無理〟をしてると気づいていた。

 だから翼さんの背中を見つめてた朱音ちゃんの横顔は、あんなにも哀しそうだったんだ。

 

〝私、これから一生懸命頑張って、奏さんの代わりになって見せます!〟

 

 だから、泣いている翼さんの気持ちも碌に考えず、こんなことを口走りそうになった私を、止めてくれたんだ。

 

〝いつも君がやっている人助けの次元で、踏み入っていい世界じゃないんだ〟

 

 戦うことがどれだけ辛いか、痛いほど分かっていたから、私をその戦いに関わらせたくない気持ちを隠して、心を鬼にしてまで、未熟で気持ちばっかりな私に宿題を出して、付き合ってくれたんだ。

 

 そして、私も、翼さんも助けようと、ボロボロになるのを覚悟で……〝絶唱〟を歌って、それでも生きることを諦めず、踏ん張って、頑張っている。

 

 二人に比べれば……私は未熟で半端者で、最近までそれすら自覚できなかった大馬鹿だ。

 

 だけど……それでも私にも、私にだって――

 

 

 

 

 

「こんな私にも、私にだって―――守りたいものがあるんです」

 

 気がつくと響は、弦十郎ら二課の面々が大勢いる司令室の中で、勢いよく立ち上がって、そう想いの丈を大声で放っていた。

 

「響ちゃん……」

「あ、ごめんなさい………何私ってば、場所も構わず叫んでんしょうね……あはは」

 

 直ぐさま、キョトンとして様子な面々を前にして我に帰った響は、バツの悪そうに苦笑いを浮かばせ、後頭部を右手で掻き出した。

〝私、呪われてるかも〟に並ぶ、彼女の癖と言ってもいい。

 

「響君」

 

 この場にいた大半が呆気に取られている中、ただ一人真剣な目つきで響を見つめていた弦十郎はその場から立ち、響の方へと歩み寄ると。

 

「負い目を感じることは決して悪いことではない、だが……それも行き過ぎれば、そいつはひたすら君自身を傷つけてしまう毒だ」

 

 彼の巨躯からは小さいことこの上ない、響の肩にそっと手を置き。

 

「守られたことへの負い目で苛まれるくらいなら、自分の手で、自分の意志で、大切なものを守り切ってみろ」

「弦十郎……さん」

「それが、守られた者の、為すべきことって奴だ」

 

 厳つく精悍なその顔に、笑みを象らせて響に送った。

 

「俺が、その手伝いをしてやる」

「どういう……意味ですか」

「先生代わりだった朱音君は治療中だからな、俺でよければ、本格的な戦い方を教えてやってもいいのだが、どうかな?」

 

 実は弦十郎、この時響には朱音の代理で名乗り上げたように言っててはいたが、前々から彼が〝師〟として彼女を教導することは、朱音との間で取り決められていたのだ。

 

〝もし響が、自分だけの戦う意義と覚悟を見いだせたらな、あの子の先生になってもらえませんか、あの子の感性なら、私より弦さんの方が適任だと思って〟

 

 勿論弦十郎は、朱音からの頼みを、快く了承した。

 彼自身の、〝大人としての矜持〟と言うものによって。

 

「はい! お願いします! 前から私、弦十郎さんってすんごい武術を知ってると思ってたので」

 

 響は、意気揚々と、それこそ太陽に負けない晴れやかな笑みで、応じた。

 

「最初に言っておくが、俺の〝やり方〟も、甘くはないぞ」

「はい!」

「ところで、響君」

「はい?」

「君は、アクション映画を見る趣味は、あるかい?」

「は、はい?」

 

 そんで、一転してフランクな調子でこんなことを尋ねてきた弦十郎に、当然ながら映画を見るかなんてことを聞かれると思ってもみなかった響は、ぽかんとなった。

 

 

 

 

 

 

 それから二日後、あの夜からは三日が過ぎた日のお昼頃。

 

「先生、患者の意識が――」

「各部のメディカルチェック、急げ」

 

 ICU内の治療カプセルで眠りに着いていた朱音の瞼が開かれ、その意識を目覚めさせる。

 瞳は天井、室内を移ろう医師と看護師たちを行き往きしていた。

 

「草凪さん、ここがどこだか分かりますか?」

 

 全身が血に塗れてしまうほどの重傷を負っていた筈なのに、朱音の意識は医師や看護師や驚くほど明瞭であり、女性看護師の一人からの問いかけにはっきり頷き、唇の動きで〝びょういん〟と答えた。

 

つづく。




多分気が付かれた方もいるでしょうが、今作ではいわゆるエア奏は出てきません。
ファンの方々には申し訳ない。

原作無印を見てた時は、放送前のフェイク広報と一話での奏退場もあって、何だかんだ毎回出てきてくれる奏に喜んでたのですが……あんまり死者をそうホイホイ出すのはちょっと………と思ってしまいまして。

だって、ガンダムだとアムロとシャアは最後の最後までララァの死を引きずってたし、テレビ版Zのカミーユは死者の念を取り込み過ぎて精神崩壊。

仮面ライダー大戦でも草加が変わらぬゲスさで『早く死んでくれないかな?』と要求してくるし。

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