GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ 作:フォレス・ノースウッド
一見正反対なようで、でもどこか通じる部分があるようで、やっぱり正反対だなってな感じで。
以下、倉田さんの台詞の引用。
「しかし、実はガメラはまだ人というものを絶ち切れずにいるんだよ、仙台でガメラの復活を願ったのはやはり人だからね、それがガメラの最大の弱みだ」
今回の話はその台詞を踏まえたものでもあります。
最後まで情を捨てきれなかったガメラですから、朱音となった今でも、葛藤が押し寄せる。それでも生命を脅かす者がいれば――
#14 – Shadow
「人類は呪われているッ!」
いきなりのことで、申し訳ない。
もう直ぐ制服が冬服から、セーターベストな中間服に衣替えする六月に入る目前な五月の末の日の昼、学生たちが雑談がてらの昼食に利用されるリディアン高等科の緑生い茂る中庭で、響は叫び。
「むしろ! 私が呪われているッ!」
「はいヴィッキー」
「あひがと♪」
右手にシャーペン、左手にレポート用紙を持った状態で創世たちから、餌付けされるひな鳥よろしくな感じで、食物を食器で口まで運んでもらって昼食を取っていた。
ひな鳥の羽毛を思い浮かばせる癖っ毛な響の髪型が、餌付けのイメージをより強固に私の頭の中で投影させてくる。
「あはは……」
何とも表現し難い滑稽な光景に、見ているこっちは苦笑いするしかない。
私と未来と創世と詩織と弓美が、それぞれ持参してきた弁当で食事している中、響一人だけ食べさせてもらいながらレポート用紙を半ば書き殴る勢いで筆を進めていた。
「ほら、お馬鹿なことやってないで……レポートの提出は放課後よ」
さすがの未来も呆れ気味なご様子。
今響が書いているのは、中間考査の追試免除の条件として提出しなければならない『認定特異災害ノイズについて』のレポートで、期限は今日の放課後だった。
「だからこうして、自分の限界に挑んでいるんだよ」
「ながら作業になって、効率もスピードも落ちて逆効果なだけな気もするけど?」
「だ……だから限界に挑戦中なんだよ……朱音ちゃん」
とは本人の談なんだけど……単に食い意地が張っているだけにしか見えない。
と言うか、いくら女子高で周囲には男性教師もいないからって、足も閉じずに体育座りして………ここのスカート結構丈短いので、紫色の下着が見え見えだ。
てんで響と不釣り合いな色なのだが――紫だった。前に体育の授業の着替えの際に聞いた未来の話によれば、たまたま一人で出かけた先のデパートのセールの売れ残りを安い理由だけ(しかも上下の色を合わせる配慮もしない組み合わせ)で買ってきたらしい。
オシャレとも可愛い気とも色気ともほど遠い話である………あるのは食い気だと言うべきか………私だって下着選びにはつい時間を掛けちゃうのに。
ちなみに私の下着の色はくろっ―――こほん、なんてどうでもいい話は払っておいて。
「だよね、こんなことで作業はかどるのアニメの中くらいだし」
「ふぇっ? 手伝ってくれうんじゃなかったの?」
「こういうのは、たとえ不器用でも自分の言葉で紡ぐものだろう?」
「ぐっ………」
日頃私から扱かれている分も込みで響が目線で〝手厳しいよ…〟と訴えてくるが、勉学と〝人助け〟の両立がいかに難しいか肌で感じてもらう意図も込みで、敢えて跳ね退けた。
せめて次の期末考査は、フォローすることにしよう………一応中間考査の勉強時間まで奪わないようスケジュール調整はしていたのだが、それだけでは足りなかったようだし。
「これ以上お邪魔するのも忍びないので、次の授業まで屋上でバトミントンはどうでしょう?」
「お~~いいねえ、この間のアーヤへのリベンジもしたかったところだし、今度は負けないからね」
「望むところだと言っておこう」
創世からの挑戦状を、私は快く不敵に受け取る。
そして―――日頃の実戦で、動体視力も反射神経も判断能力も磨かれている私はあっさり創世から受けた再戦(リターンマッチ)に打ち勝った。
「また負けた……アーヤってば強すぎだって………」
力なく四つん這いになって敗北を噛みしめる創世。
うん、全く以て大人げないのは認める……これでも熱くなってしまうタイプなもので。
「〝背車刀〟で打ち返すとはアニメじゃないんだから!」
試合の一場面を抜き出すと、ギャラリーの一人の弓美からこう突っ込まれるくらい。
創世の渾身の壱打を、とっさに背中でラケットを左手に持ち替え、ネットの手前へと浅く緩く左切上の軌道で打ち上げ返し、まさかの私の反撃にどうにか返しながらも体勢を崩しかけた彼女の隙を突いて、ジャンピングスマッシュ。
うん………こうして反芻してみると、我ながらほんと大人げない。
「今のはアニメの必殺技なのですか?」
「いや、実在する剣術の技だ、確かにアニメの敵役も使っていたがな」
さて、先程何で響がああも叫んでいたかと言うと、お昼前の合唱の授業で、校歌をクラス一同斉唱していた時のこと。
〝仰ぎ見よ~太陽を~よろずの愛を~学べ~♪〟
ちゃんとピアノの演奏に合わせてクラスメイトと一緒に歌っていた響は、途中から窓の方へ目を向け、ガラスの向こうのどこかをじっーと見つめていた。
歌唱を途切れさせず注意しながら、もしかして翼が廊下を歩いているところでも見たのかと響を見ていた私は、ある意味で非常に不味い状況だと気づく。
〝朝な~夕なに声高く~♪〟
今響は最前列にいる………と言うことは――。
〝バァンッ!〟
「立花さんッ!」
「はいッ!」
鍵盤に指を叩き付けることで生じた荒々しく鳥肌を催すピアノの絶叫から、それ以上に強い声量な先生の怒鳴り声が教室に響き渡る。
私は最後列にいたので、後ろ姿しか目にできなかったが、先生の大声に我に返って〝しまった〟と肩をビクッとさせる響と、〝またなの?〟と心配と呆れが五分五分の割合な未来の姿が後ろ髪と背中だけで読み取れた。
「全くあなたと言う人はまた………」
先生の額に、〝怒〟を意味するのあのマークが出ているのを目にした。
この間ののびた人間に現れる小鳥といい、妙に二次元特有の現象と巡り合う機会がある気がする。
「せっかくこうしてリディアンの学生となれたのですから、どうして受験勉強に発揮された筈の集中力を授業で発揮できないのですか!?―――」
専門科目は声楽の合唱、普通科目では公民の担当で、響に追試免除のレポートを出した張本人でもある仲根先生は、合唱をサボっていた響への長々とした説教タイムを今日も開始させるのだった。
響が叱られる状況だけを抜き出すと、彼女にだけ厳しい教える側としてはいかがなものかと印象づけられようが、実際この先生はどの生徒に対しても厳しい。
「草凪さんも、クラスメイトが気がかりなのは分かりますが、その気持ちは休憩時間にまで取っておいて下さいね、それと合唱なのですから、もう少し声量を落ち着かせて下さい、他の子の歌声を遮ってしまっては元も子もありません」
「すみません」
同じくよそ見をしていた私も、こうして粛々とお叱りを受ける。
授業での合唱でも、ついクラスメイトの歌声をかき消す勢いで熱唱しがちになったのには理由がある。
この間の戦闘後に津山陸士長のリクエストで一曲を歌ったのを機に、出撃するごとにサポートと後処理を担う自衛官たちと高々に、プロのライブばりの熱量で彼らと歌い合うようになったのだ。
心置きなくノイズと戦える環境を整え、ギアを纏う私たちと違いノイズの猛威に抗う術がほとんどない中、それでも彼らへの感謝と敬意もあって始めたことなのだが、聞き手と言うか観客側の自衛官たちのノリがあんまりにも良いことと、私も一度波に乗るととことんノリノリになってしまう性質なので、相乗効果でちょっとしたライブと化してしまっていた。やり過ぎてはいけないので、一度の機会につき歌う曲数は三つと暗黙のルールができるくらいに。
この間なんて、年代的にリアルタイム世代の方が多かったのもあって、かのデジタル世界のモンスターと少年少女たちとの冒険を描いたアニメシリーズ一作目から三作目、プラスアンコールで四作目の主題歌を熱唱してしまったものだ。
その影響が、今日の合唱の授業で少々出てしまい、つい熱込めて歌い過ぎたわけで、気をつけないと………特に、一代目は英語詞のバラード調で、そこから最後まで勢いよくアップテンポで歌った一作目の主題歌のせつなくも熱く盛り上がる曲調は、凄い中毒性であったし。
勿論、別の機会では挿入歌も歌いました。
〝つかめ! 描いた夢を~まもれ! 大事な友を~~たくましい!自分に~~なれるさァァァァ―――ッ♪〟
歓声を上げながらも夢中に聞き入っている自衛官の皆様だけでなく、歌っているこっちの心にまで……〝火が点いてしまう〟くらい、だったことはさて置き。
「それから宮前さん―――」
さらに一人ごとに生徒たちへさっきの合唱の際の問題点を的確かつ厳しく突きつつ、改善点もちゃんと提示してあげていった。
生徒全員が歌い、ピアノを弾きながらの中、ここまで見抜ける先生の聴覚とセンスは驚嘆ものだ。
ここまで先生の指導模様を述べてきたけど、日頃から善行なる人助けとは言え何かとトラブルを起こし、朝のHRはおろか午後の授業にも時として遅刻してしまうなど、授業態度に若干問題があるのは否めない響に手を焼かされているのもあって、特に彼女には隣の教室や廊下にまで響きそうな声量で怒鳴ることは………この二か月で結構頻度があるのだった。
「それで、例のレポートは無事に出せたのか?」
その日の放課後、私は通学ルートの進行上にあり、眼下では多種多彩な車たちが走り流れているまだできてから新しい歩道橋の上にて、手すりに両腕を乗せて電話していた。
『まだ職員室で仲根先生の検閲を受けてる最中』
相手はまだ校舎内にいて、職員室前の廊下にいるとのことな未来。
進学校クラスの偏差値の高さを誇るリディアンは、生徒のモラル意識が高いのもあり校則は比較的穏やかで、スマホ、ガラケー、スマートウォッチら携帯端末の持ち込みも可、授業など一部の時間帯を除き校内での通話も許されている。さすがにSNSサービスの使用はご遠慮して下さいってことになっているし、バイトは禁止にされていたりと、厳しいとこは厳しくもある。
つまり実質〝公務員のアルバイト〟であるシンフォギア装者としての仕事を全うしている私は、思いっきり校則違反をしているんだけど、人命がかかっているのでそこは大目に見てほしい。
「清書くらいはしてあげたか? 響には悪いが、字が〝ヒエログリフ〟に見えたものだから、先生が読めなかったどうしようかと心配でな」
『提出期限ギリギリに書き終わったから、書き直している時間が取れなくて……』
「となると、今頃先生は解読に悪戦苦闘中か」
『もう、暗号じゃないんだから……まあ私もどこぞの古代文字か何かに見えちゃったクチですけど』
お昼に用紙を拝見してもらった時、私は書かれていた文字が間違いなく日本語であったにも拘わらず、一瞬古代エジプトの聖刻文字(ヒエログリフ)に見えてしまい、先生がレポートの内容を最後まで読めて、理解できるか本気で心配したくなったものだ。
『でも本当にいいの? せっかくの流れ星、一緒に見なくて』
話題が変わり、未来の口から出た流れ星とは、四月の後半から五月に観測される〝みずがめ座流星群〟のこと、地平高度の関係で日本含めた北半球側ではそう多く見えないのだが、気象庁によると今年は日本からでもはっきり拝める絶好のチャンスらしい。
予報では、今夜にて夜空に流れる雲の数は控えめな晴れ模様とのこと。律唱市は首都に近い比較的規模の大きい都市の一方で、人工の灯りの少ない緑の地にも恵まれている土地柄もあり、今日は流れ星を直に鑑賞するには好条件が揃っていた。
「せっかくだが、今日は遠慮させてもらうよ」
私は未来から、一緒にその流星群を見ないかとお誘いを受けたのだが、丁重に断った。
幼なじみの響と、二人だけの楽しみにしておいた方がいいと、考えたからである。
「だってせっかくの二人きりの〝デート〟だ、そこに水を差す趣味は私にはない」
『デ、デデデデートって!? 私と響は別に………そ、そういう関係じゃないから!』
ちょっとしたジョークを吹っ掛けてみると、実際目にしなくても未来が顔を赤くして動揺している様を、声の狼狽え様で簡単に窺えた。
「違うのか?」
『違います! もう……安藤さんたちも朱音も………冗談きついんだから………人を夫婦か何かに喩えないでよ……』
創世たちからも、私からのジョークと似た感じでからかわれたらしい。
『でも……ありがとう』
スマホのフロントスピーカーから耳に届いてきた………未来からの………きっとはにかんだ顔から発せられたに違いない……〝ありがとう〟の一言。
突如として息が呑まれ、そのまま詰まってしまいそうになる。
「…………」
その感謝の言葉に籠った………余りにも嬉しそうな響きに、私の心の水面が揺れ動き出し、そのくせ………ざわめく胸は重しが伸し掛かってきて………重苦しい。
「未来っ……」
なのに、揺れ出している心から流れてきた感情(おもい)が、口から出ていきそうになり………未来の名に続く言葉が飛び出す前に、どうにか理性が働いて口を固く噛みしめ、不用意に出ぬように結ばせた。
この大馬鹿! 何を言おうとしていた!?
君の親友は………ノイズを打ち倒す〝鎧――シンフォギア〟を纏う戦士となってしまったと…………これから、ノイズと命がけの戦いに赴くことになると………そう親友に突き刺すつもりだったのか?
未来に言えるわけないだろう!
機密だとか危険に巻き込むだの以前に………この事実は未来に、自分自身を攻め、傷を抉らせる刃にしてしまうのに。
「朱音? どうしたの?」
「いや……レポートの重責から解放された反動で………授業中に響が居眠りしないか、心配になって……」
「なんだそんなこと? 先生の雷が落ちないよう私が目を光らせておくから大丈夫、次の期末まで追試にはしたくないしね」
「そ、そうだな」
どうにか、本当は何を言おうとしていたか悟られまいと、言い繕う。
咄嗟に浮かんだ見苦しい言い訳だったが、未来は納得してくれたようである。
「そろそろ終わりそうな気配だから、じゃあ、またね」
「ああ、楽しんできてくれ」
通話を切った。
車たちのエンジン音と、宙に流れる風の音、通行人たちが歩く音、モノレールが走る音。
今の私には、それらが妙に乾いて、寂しげな音色に聞こえた。
いつもなら鮮やかに映り、ここからはビルの隙間から覗いている夕陽も、色合いを段々と変えていく空も、ゆったりと流れ行く雲海などと言った視界(せかい)に広がる色鮮やかな〝音楽たち〟が、今ばかりは色あせて聞こえて、見えてしまう。
「ごめん………未来」
スマホを握る右手を左手で包んだ握り拳に、額に乗せて………私はさっき未来と通話している最中、口に出しそうになった言葉が………零れ出た。
私は、未だ、煮え切れずにいる。
むしろ……表では学生としてみんなと過ごし、裏ではシンフォギアの装者としてノイズどもに引導の豪火を渡す二重生活の一日一日を重ねる程………それでも戦うことを選んだ響の想いは決して中途半端ではないと分かれば分かる程………却って煮え切れなくなっていった。
ノイズから人々を助けたい。
響のその意志を尊重し、あの子をどうにか〝戦士〟にさせるべく、〝厳格〟の仮面を被ってこの一月………あの子を鍛えてきたけど………同時に私の中で、未来への〝罪悪感〟が、日増しに強くなっていた。
だって……だって……二年前のあの日以来、ようやく二人は安寧な学生を取り戻せた筈だったのに。
あの〝惨劇〟は、響に翼だけでなく、未来にもまた………大きく暗い〝影〟を落とさせてしまった。
盛岡の親戚の下で、ツヴァイウイングのライブ中に大規模な〝特異災害〟が起きたと言う報を知った時、未来は生きた心地がしなかっただろう。マスコミの報道が、酷く無情なものに捉えられてしまっただろう。
あのライブに響を誘ったのは、他でもなく未来だったのだから………親友の安否が知れず、救出されながらも重症を負い、生死を彷徨う親友の無事を祈っていた彼女の心には同時に――〝自分が誘わなければこんなことにならなかった………響が辛い目にあったのに自分はおめおめと地獄を受けずに済んでしまった〟――と、罪悪感に苦しめられていた筈だ。
だから響が命を繋ぎ止め、リハビリの苦難も乗り越えた時………自分のことのように、喜びに溢れていたと、はっきり想像できた。
けど………そこから二人を待ち構えていたのが………同じ人間たちが今世に顕現させた〝生き地獄〟だった。
それを乗り越え………いや、乗り越えてなどいない。
普段は目立たず、巧妙に隠れ潜んでいるだけで、あの日から――故郷を離れ、律唱(このち)に移るまでの二年間は、今でも彼女たちの心に、癌細胞も同然に精神的外傷(トラウマと)なってこびり付いている。
〝あきらめるなッ!〟
命を燃やして奏でたあの人の歌と、その言葉を胸に、生きようと頑張っていた筈なのに、人の悪意によってそれを悉く踏みにじられた響は………極端に自己評価の低く、自らを罰するが如く人助けに執着し、無自覚に投げ出す勢いで〝命〟を賭けられるようになってしまった。
そして………親友に降りかかる苦難を間近で長く目に焼き付けられてきた未来も……歪さと危うさをその身に抱えている。
リディアンに進学してからの日々は………そんな二人がようやく取り戻せた筈の尊い〝日常〟だったのだ。
友を集い、何気ない話題で笑みを浮かべ合いながら雑談を楽しみ、一緒に食事をし、ともに遊び合う。
数か月前まで、学び舎はおろか故郷にすら家族と家以外に居場所のなかったのにも等しい二人は………そんなささやかな〝幸福〟さえ………望めなかった。
なのに、やっと戻ってきた〝平穏〟は、少しずつ、またしても粉々に崩壊させようと、侵食しようとしている。
私もまた………ある意味ではそれを侵す〝侵略者〟の一人だ。
どんな理由があっても……たとえ響が望んでいることだとしても、私はあの子を……〝対ノイズ殲滅兵器〟に仕立てようとしている……その事実は誤魔化しようがない。
〝自分だけの戦う理由〟を、見つけてほしくないとさえ、時に思うことさえあった。
けどもし響が、私からの宿題に確たる〝答え〟を見出した以上………私は受け止め、受け入れるしかないし、戦友としてともにノイズと戦わなければならない。
だがどんな形であれ、響が自身が出した〝理由〟を胸に戦場に踏み込むことは………それを知らずとも、もしたとえ知ってしまったとしても、どちらにしても………未来にとってはトラウマを酷く疼かせ、響にもライブの真相を知った時以上の涙を流させる〝残酷〟になってしまう。
もし………〝もしも〟じゃない。
いずれその残酷は、そう遠くない未来にて今か今かと待ちわびている………分かっているのに、見通しているのに、私は、私には―――
朱音は顔を上げる。
少し前まで、ひとり友たちに忍び寄る悲惨な〝運命〟に嘆いていた少女の面影は潜み、瞳は爪を隠す能ある鷹よろしく戦士の眼光を秘めさせていた。
彼女の鋭敏な〝感覚〟が、捉えたからだ。
ひっそりと自分を見ている………〝影〟の存在を。
どんな状況下、心情下にあろうと、一度〝危機〟や〝不穏〟を感知すれば、彼女の意識はこうして〝変身〟する。
いわば――〝昔取った杵柄〟と言う代物である。
いつから私を見ていたのか?
気配を感じたタイミングからして、多分未来との通話を切った直後辺りか?
しかもこの感覚………間違いなく、ひと月前に横浜ベイブリッジで感じたのと同じ。
相手に感づかれたと悟られないよう、まだ少し落ち込み気味な雰囲気を装いながら歩き出す。
知覚する気配に変わりない。相手はこちらの跡をつけている。
どうする? 弦さんたちに連絡は………いやできない。
何の意図でこちらをつけているかはまだはっきりしないが、もしベイブリッジの時のと同じ視線の主だったとしたら、今は下手な行動は打てなかった。
本当に、一連のノイズ大量発生が、人間の思惑が介入しているものだとしたら………狙いが二課本部最下層に保管されている〝デュランダル〟か、シンフォギアかどうかは置いておくとして、連中には―――ノイズを召喚、使役できる〝聖遺物〟を持っている可能性があった。仮にもノイズを兵器として扱おうと言うのなら、コントロールできる手段がないと話にならない。
神話、伝承、叙事詩に登場する武器、武具が実在しているこの世界な上、何より自分が〝怪獣〟であったのだから、〝あり得ない〟なんて否定的見方は捨てた方がいい。
そしてノイズを使役できると仮定すれば………迂闊に手を打とうとすれば、今この場で奴らを解き放とうとするかもしれない。
私の周囲にいる人たちは、無自覚に人質にされているも状態だった。
主だった行動に移すとその瞬間から街は地獄絵図になりかねず、けどこのまま無計画に歩き続けても向こうに怪しまれる。
私としても、膠着な状況に入る前にあの影を通じて〝手がかり〟を得たかった。
『それでは、今夜のお天気です――』
そこに来てくれた助け船。ビルの外壁に設置された大型モニターが放送しているニュース番組にて、天気コーナー担当の女性予報士が例の流星群の一件を報じていた。
興味がありそうな感じでモニターを見上げ、スマホを展開させて地図アプリを、遠間からでも分かりやすく、けれどさりげなく立体画面に表示させる。
よし、ここからでも徒歩で行け、夜は星空が見えるし、人気も少なくなる絶好の場所が見つかった。
スマホを閉じて、目的地へと歩き出す。影の方も一定の距離を維持させて、私を尾行し続ける。
段々と、追跡者への印象が読み取れてきた。そもそも、未来への罪悪感に浸かっていた自分にさえ、こうして気配を悟られている時点で素人だな、緒川さんら二課の諜報員と比べるのも失礼なくらい。
あと、気配の質とも言うか、刺々しさはあるのだが、余り〝邪気〟や〝冷気〟と言った感じは見受けられない、むしろ〝熱〟があり………今の翼に似た〝張り詰めている〟感覚もあった。
この感じは錯覚じゃない………あの影もまた………〝無理〟をしている類、とてもノイズを使役し、陰謀を秘めている側には似つかわしくない。
こちらとしては、むしろ好都合だけど。
そちらも、こそこそとしているのは性に合わないだろう?
なら、堂々とご対面と行こうじゃないか――と、相手に知られない様、密かにほくそ笑んだ。
律唱市は、緑溢れる高台も多くそびえ立つ一面を持っている街だ。
朱音が向かった先は、その高台の一つである音原公園。中心市街からは離れていながら徒歩でも行ける距離、夜は人気が少なく木々も多数園内に並び立っており、流星群を見る表の口実も、その裏、両方の意図のお眼鏡に叶う場所であった。
陽が暮れかけて薄暗い園内の階段を登る朱音を、足音を立てぬよう留意はしている〝追跡者〟たる銀髪で、クラゲの足のような長い後ろ髪のあの少女。
緊張感が張り付いたあどけなさの残る美貌は、少しばかりほっとしている様子も混じっていた。
ハイヒール分を足しても尚、一五〇台半ばの身長な彼女からしたら、背も高いし大人びている見た目をしてても一歳分〝年下〟である女子――草凪朱音が、人のいないところへ行ってくれた。
流れ星にでも見に来たのかどうか知らないが、この辺りなら、奴の足止めに多少大目に〝召喚〟しても、無用に犠牲は出さなくて済むし、■■■■に街のど真ん中で呼び出さなかったことへの言い訳にもなる。
自分の〝悲願〟がどれだけ馬鹿げているかは分かっていたが、だからと言ってその為に〝関係のない奴ら〟を進んで巻き込むのは………彼女にとって胸糞悪い話だった。
階段を登り切り、森の中に入った。
(この辺だな)
太ももに巻いているミニケースから、掌に収まる銀色の物体を取り出すと、物体自身が少女の半身分以上ある細長い逆三角形状の〝杖〟へと伸長した。
あいつ曰く〝地球(ほし)の姫巫女〟な奴の足止めたちを召喚と同時に、予め市内の別位相に潜ませておいたのをあの鈍くさそうな〝ひよっこ装者〟にぶつけてやる。
「あっ……」
プランの内容の反芻していた少女は、尾行相手たる朱音の姿を見失った。
慌てて並び立つ木々の中を走る。
「Tag's end――daughter」
最中、英語で発せられた――〝鬼ごっこは終わりだ、お嬢さん〟――の声が、薄闇の中で響く。少女の背後で、何かが地面に降り立った音が鳴り、振り返った。
草凪朱音が、ユーモアに反して凛と鋭い眼差しを、銀髪の少女へと射ていた。
死角の多い木々の渦中を利用し、少女の隙を突いて枝の上に飛び乗っていたのである。
「What do you want with me? 」
〝私に何かご用ですか?〟
そう尋ねる朱音に対し、少女は舌打ちしながら右手を夜空に掲げる。
右手が輝いたかと思うと、彼女の全身に青白い光の粒子が纏わりつき、次の瞬間には………あの蛇の鱗に似る模様な白銀の鎧が纏われていた。
あの鎧、まさか完全聖遺物か!?しかも蛇の体表のようなあのアーマーの形状………あれはもしや、二年前の〝Project:N〟の起動実験で行方知れずになった――。
「くらえよッ!」
日本語で、吐き捨てる勢いから叫んだ少女が撫子色な三日月の連なりでできた鞭を振るってきた。
横合いにステップして一撃目を躱し、逆胴の二撃目を跳び下がって避ける。
着地したところへ迫る上段の三撃目、聖詠を唱えている時間はない、なら!
「ハァッ!」
咄嗟に、右足を大地に強く踏みつけた。
弦さん――司令譲りの震脚の衝撃で、畳返しよろしく土の一部が長方形に起き上がり、鞭はそれを砕きながらも勢いは削がれ、ギリギリ私の体に届かず空振る。
完全聖遺物を纏った少女はそこで攻撃を止め、その場から飛び去っていった。
「待てッ!」
こちらとしてギアを纏えば空を飛べる。
ガメラを起動すべく首の勾玉を手に取り、歌おうとしたその時。
「朱……音?」
私の名を声に出した………聞き覚えのある少女の声で、聖詠が中断させられた。
「未来……どうして?」
声の主は、響と一緒に星を見に行っている筈の未来、息が少し荒れている様子から、走ってここに来たらしい。
いやそれより………どうして彼女が一人ここに?
もっとくっきり流れ星が見られる高台に行くと聞いていたから、 この音原公園を選んだのに………いやそれ以前に、もしや今の一部始終を見られたか?
未来を鉢合わせた事態に戸惑う中、自分の〝第六感〟に、胸騒ぎが押し寄せた。
〝Valdura~airluoues~giaea~~♪(我、ガイアの力を纏いて、悪しき魂を戦わん)〟
疾風の如く駆け出し、目の前に未来がいるのも構わず、聖詠を奏でる。
守秘義務に構っている時間が、無かったからだ。
「え?」
突然走りながら、彼女からしたら不明の言語で歌い出し、全身から光を発し出した私に呆気にとられた未来を左腕で抱き寄せ、大きく広げた右手を真っ直ぐ宙に伸ばす。
掌が発した炎がバリアとなり―――突進してきたノイズをそのまま焼失させた。
「っ…………」
状況を理解し切れずにいる未来をよそに、私は、私たちを取り囲む形で現れたノイズどもに対し、怒りを込め、こう叫んだ。
「Don't hit my friend!!」
〝私の友達に手を出すなッ!〟
つづく。
さらりと原作で弦さんが見せてくれた震脚畳返しを披露した朱音ですが、何せ司令のヘンテコ映画修行を経験済みですので。
ちなみに最後の台詞はアメコミ映画X-MENウルヴァリンスピンオフのが元。