GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ 作:フォレス・ノースウッド
ようつべで公式がミュージックビデオを出しているので、買うか借りる暇ない方はそちらを。
翼が引き起こしてしまった〝私闘〟から、数日が経過した五月の初め。
〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!〟
「ハッ!」
過去の自分自身の泣き叫ぶ声によって、翼の意識は夢の中から、叔父弦十郎の住まいである〝武家屋敷〟の一室であり、翼の私室である〝現実〟へと瞬時に引き戻され、飛び起こされた。
時刻は深夜午前一時二十四分、ほのかな月の光が部屋の窓を通して慎ましやかに降り注いでいるものの、マネージャーの緒川の尽力で今日は部屋の主の悪癖の脅威を受けず整理整頓されている室内はほぼ夜の闇に覆われ、窓際に置かれた文机の上には、在りし日の翼と奏の二人が笑い合って写っている写真が添えられたフォトフレームが立っている。
本来なら静寂も、じっくりと朝まで座している筈なのだが………ここでは先程まで悪夢(かこ)に魘されて、今は叩き起こされたばかりの翼によって半ばその秩序(ちんもく)は破られてしまっていた。
ろくに呼吸もせず激しい運動を行っていたかのように、翼の息は荒れに荒れ、両肩は大きく上下運動をし、スレンダーな胸部も膨張と収縮を繰り返している。
寝間着である水色の着物は彼女の体から流れ出した汗が染みつき、寝乱れて髪がダメージを受けぬよう軽く三つ編みにしている青みがかった長髪にも、それらの汗が多く付着していた。
こんな真夜中の時に彼女を無理やり覚醒させた〝悪夢〟とは言うまでもなく………天羽奏との永久の別離のあの瞬間だった。
あのライブの日の惨劇以来、翼は何度もあの時の〝記憶〟を悪夢として何度も見ては……苛まれている。
忘れたくとも………忘れられるわけがなかった。
瀕死の状態であり、自分が抱き上げていた奏の体から亀裂が走り………自分の腕の中でバラバラに飛び散っていった感触は、二年経った今となっても鮮明に翼の脳裏に焼き付けられていたのだから。
ある程度時間が経つと、乱れた呼吸が大分落ち着きを取り戻した………と引き換えに、翼は三角座りにより膝頭で盛り上がった寝具に、自身の顔を押し付ける。
口を固く締めながらも、それでも部屋に響く、翼の泣き声。
月光は、彼女の瞼から零れ落ちてくる涙を照らし、煌めかせていた。
私の………せいなんだ………奏が〝あの日〟死んだのは。
私が、未熟だったから………弱かったから………戦う覚悟が足りなかったから……奏に甘えてしまっていたから……奏を死なせてしまい………私だけのこのこと一人、無様に生き残ってしまった。
あんなことは二度と繰り返すまいと、私は………人類守護に携わる〝防人〟であり………人類を脅かす災厄を切り払う〝剣(つるぎ)〟なのだと、己に刻み、一人………一層の研鑽を重ねてきた。
剣に――〝涙〟――は必要ない。
二度と泣かぬと決めて、ノイズが蔓延る死線を潜ることに意味を求めず、ただひたすら戦い続けてきた。
なのに………この二年間、我武者羅に磨きあげてきた筈の剣は………呆気なく――折れてしまった。
〝バニシングゥゥゥーーーソォォォォォォォ―――――ドッ!〟
あの夜の戦いでの、彼女の歌声とシャウトが響き渡る。
草凪朱音。
かつて、神にも等しき、地球を守護する〝玄武〟であった少女。
地球そのものが生み出したと言う〝シンフォギア〟を纏いし、異端かつ新たな装者。
そして………私の〝剣〟を、一刀両断せしめた戦士。
ノイズと言う異形との戦いに身を置き、遥か古代の先史文明のテクロノジーを使っている身でありながら、最初聞いた時は信じがたかった。
前世は、超古代文明のバイオテクノロジーと地球そのもののエネルギーで生み出された〝生体兵器〟と言う彼女の話。
だが……実際に手合わせをし、剣を断ち切った瞬間、それは真実(まこと)であり、あの戦闘能力は単に技量と才に裏付けられたものではないと、思い知った。
翡翠色の瞳から発せられる戦士の〝眼光〟、一種の催眠術であり、緒川さんから伝授し、三年掛けてやっとモノにできた〝影縫い〟を打ち破る程の精神力………あれはまさしく、私たち以上に、過酷な〝死線〟を乗り越えてきた証左だ。
己が剣を折られたことにも、奏の名を使ったことにも、時間を経て頭が冷えた今となっては恨みはない。
〝この子は適合者だとか装者である以前に―――世界で唯一無二の生命であり………〝友達〟です 、その命を、貴方は守るどころか、脅かそうとしているそれが――〝守護者〟のやることですかッ!?〟
いくら立花響が、血反吐に塗れてまでも勝ち得た奏のギア――ガングニールを、浅はかな気持ちで纏い、あまつさえのこのこと戦場(いくさば)にしゃしゃり出てきた半端者だとしても………あの子は草凪朱音にとって大事な級友であるし、同時に防人にとって守るべき〝命〟である。
どんな形にせよ、使命を蔑ろにして少女の命を脅かした私と、己が身を盾にして守ろうとした草凪朱音、どちらの方に理があるかと言えば、彼女の方だ。
だから恨みようがない………むしろ、敬意さえ抱かずにはいられない。
だって……彼女は奏と同じ〝熱〟を持っている。
〝アタシらは、一人でも多くの命を助けるッ!〟
家族の仇を取る為に、復讐心を糧に装者となった奏が、戦いの中で辿り着いた〝境地〟。――歌で人々を勇気づけ、希望を与え、救う。
彼女もまた……それを胸に宿し、歌い、戦う〝防人〟なのだと、戦いを通して知った。
あの眼光も、あの戦闘力も、彼女が奏でる〝歌〟も、そしてそれらの源たる〝信念〟も………〝防人〟としての自分が求めずにはいられない〝勇姿〟そのものだったからだ。
だから敬意こそあれ、恨みつらみなど微塵もない。
だけど……草凪朱音が持ち、奏が持っていた防人としての在り方は、私へ残酷なまでにある〝事実〟を突きつけてくる。
守護者に相応しき戦士な二人と違い私は……人類を守護する防人としては、〝出来損ないの剣〟なのだと。
〝私には、鋼鉄のみで鍛えられてしまった、鞘にすら入っていない《抜き身の刀》にしか見えません 〟
どれだけ刃を叩き上げ、研ぎ上げ、磨き上げても………私が鍛えた〝剣〟は二人に及ばず、脆く折れやすいのだと………草凪朱音の言葉と、彼女の想いが宿る歌で編み上げられた紅蓮の刃が、証明してしまった。
思わず寝具に突きつけていた顔を上げ、二度と流さぬと決めていた涙で濡れた目を、机上の写真立てに飾られた写真へと向かれる。
「奏…………どうしたらいいの?」
もうこの世の者ではない奏に問うても無駄だと、求めている答えは来ないと分かっていても、私は写真の中の奏に問いを投げてしまう。
どうすれば………奏たちのような〝強さ〟を手にできるのか?
分からない………私にはどうすればいいのか、全く見当がつかない。
〝お前が娘であるものか、どこまでも穢れた風鳴の道具にすぎんッ!〟
代々、日本の国防を裏より担ってきた風鳴家の子として生まれ……我が〝父〟に切り捨てられ、幼き頃より愛してやまなかった〝歌〟でさえ戦いの道具となってしまった私には………戦いしか知らないのに………戦うことしか、できないのに。
「分からないよ………」
写真の奏は、やはり何も答えてくれず………防人としての自分に立ちはだかる壁(げんかい)を打破する術を見いだせないまま、寝具越しに、再び顔を膝に押し付けた。
もう二度と流さぬと決意した筈なのに………涙は瞼から流れ出るのを止まらせてはくれなかった。
午前四時、夜明けを前にしながらもまだまだ夜空の天下な時間帯にて。
『こんな夜中に呼び出してすまない』
「いいえ司令、お気になさらず」
外ではローターの騒々しい回転音が響く、陸上自衛隊制式汎用ヘリ―UH1Jの機内席に座しているリディアンの制服姿な朱音は、二課より支給されたスマートウォッチで本部司令室と通信を交わしていた。
今より約八十分前、首都高速道路海岸線上にノイズが出現し、彼女も緊急招集を受け、陸自のヘリに搭乗して現場に向かいながら、端末が投影している立体モニターに映る司令室の弦十郎より状況の説明を受けていた。
「それで、状況は?」
『大黒ふ頭より出現したノイズは、横浜ベイブリッジより横浜市方面に南下中、中区の避難誘導はもうじき完了します』
モニター一杯に映っていた友里の通信画面が縮小し、代わりに点滅赤い光点と矢印が記された俯瞰図が表示される。
数は現在確認されているのに限れば、四十体はいるとのこと。
『橋はどちらも閉鎖済みだ、多少の物的被害は止むを得んが、くれぐれも銀幕の怪獣たちの真似事はせんでくれよ』
「了解、私も光線で真っ二つにする気はございませんので、善処します」
映画通同士な二人がこんな軽口なやりとりをしたのは、かの橋が何かとフィクションでは怪獣たちに壊されることが度々あったからである。
「すみませんが、ここで下してもらえますか?」
「ベイブリッジまでまだ距離がありますが?」
「もし飛行型も転移してきた場合、このヘリでは振り切れません、後は自力で現場に急行します」
「分かりました」
同乗している自衛官の一人が、搭乗口の扉を開ける。
機内に入り込む上空の風が、機内と外の境界線に近づく朱音の黒髪をなびかせる。
高度は三千メートル、いくらギアで〝変身〟すれば〝飛べる〟からとは言え、パラシュートも着けていない女子高生が陸自ヘリから飛び降りようとしている様を一言で表現するなら、それは異様。
「草凪さん……」
「はい?」
翡翠色の瞳を凛とする戦士の目とした朱音がヘリより飛び出そうとした直前、パイロットが彼女を呼び止める。
「お気をつけて……」
現況の都合上、向こうは朱音の名を知っていても、彼女は彼らの名を知らない。
だが彼らの眼差しで、彼らもまた、複雑な思いで装者である以前にティーンエイジの少女たちを戦場に送っていったのだと、朱音の目は読み取れていた。
「ありがとう」
かつては良くも悪くも因縁ができながら、現在は〝同士〟も同然な彼らのお気遣いに、朱音はウインクも付けつつ微笑みを返して、そっと滑らかに、長くすらりと伸びる黒髪から、ヘリより降りた。
落下していく全身を横たわるように仰向けにし、両目を閉じ、両手で首に掛けた勾玉を祈るように包み込み。
〝我――ガイアの力を纏いて、悪しき魂と戦わん〟
聖詠を歌い、彼女のシンフォギアたる勾玉――ガメラが目覚めの輝きを放って朱音を包みこんだ。
同時に、上空で計六つの新たな空間歪曲が、朱音のいる紅蓮の炎の球体を挟み込むように、四方八方で起きる。
「湾内上空に、新たな空間歪曲を確認!」
司令部でも、現場区域を飛行しているノイズドローンのカメラから
歪み全てから、飛行型がらせん状な突撃形態でいきなり飛び出、球体めがけ突進。
狙いは、変身が完了して防御膜とも言える炎が消失した瞬間を、不意打ちで朱音を串刺しにすること。
「朱音君ッ!」
高速回転する槍たちが迫る中、役目を終えた球体が拡散して霧散し、無情にもその刃が装者の肉体を貫かんとする直前――
「ハァァァッ――!」
――肉薄し、奇襲を仕掛けてきたノイズを、アームドギアからあふれ出る炎のカーテンで以て焼き払った。
何度も空の上で不意打ちの洗礼を味わってきただけあり、朱音は変身中も警戒を怠っていなかったのである。
不意を突こうとした敵を返り討ちにし、一旦アームドギアの結合を解いた彼女はすかさずその足で朱音は、足裏と前腕のスラスターを噴射してベイブリッジへと飛ぶ。
〝――――♪〟
胸部の勾玉から流れるメロディと言う波に乗って歌い、翔けながら、周囲に生成した火球――ホーミングプラズマで先手の攻撃を放つ。
火球がノイズの肉体に着弾し、橋上にいくつも爆発の火の手が上がった。
弦十郎からの忠言通り、加減はしてある。
「来い、〝獲物〟ならここにいるぞ」
ノイズら正面から相対する形で橋上に降り立った朱音は、不敵に奴らへ挑発の態度を取り、駆け出した。
ノイズの方も、群れの先頭におり、ギアの位相固定の効力でそれぞれ橙色と水色に変色した人型と蛙型が、自らを紐状に変えて突進。
だが彼らのこの攻撃の速度と、飛行型と同様に突進中の軌道変更は困難であると実戦を通じて看破していた朱音は、速力を緩めず最小限の動きで回避しつつ、銃形態にしたアームドギアの銃口から、牽制も兼ねたプラズマ火球を発射、先陣を切った個体たちに続いて攻撃を仕掛けようとしてきた第二陣の個体らを撃破する。
突撃をすれ違う形で躱された個体らは、後方から再び突進しようとするが、それを予測していた朱音が先んじて左手のプラズマ噴射口から発した炎で生成したガメラの甲羅を模したシールドを生成して投擲。
彼女の〝脳波〟で遠隔操作されているシールドは、側面に供えられたスラスターからのジェット噴射で回転飛行しながら群れに迫り、鋸に酷似した甲羅の刃と、スラスターからの熱の刃による二重連撃――シェルカッターで人型と蛙型は次々両断された。
一方、火球で牽制する朱音と正対する群体の中で、人型と同じ体格ながら、紫色の体色と背中と頭部に体と同色でサッカーボールほどの大きさな球体を夥しい数で抱えた個体が、球体を飛ばして来た。あの個体が抱える球体は、ある種の爆発物であり、戦闘ではこれを分離、飛ばして機雷よろしく起爆させる特性を有していた。
その個体の特性を、二課からの説明と地球の記憶で知っていた朱音は銃口からプラズマの炎を散弾状に連射。
球体と散弾が宙で衝突し、爆発。
装者とノイズ、お互いが天敵である者同士の間に、爆煙のベールが敷かれる。
〝穿てッ!〟
朱音は、アームドギアをロッド形態に変え、投げつけた。
後端から吹く炎は推進力に、先端より発する炎は槍の刃となり、煙のベールを通り抜け、紫の人型を串刺しにし、炭素分解させる。
〝―――――♪〟
歌唱の声量を高め、疾駆する朱音はほぼ垂直に跳躍。
橋上より三十メートル跳び上がると、右の足裏の噴射口から発したプラズマ火炎で右脚を覆わせ突き出し、腰部のスラスターを全開に噴射。
炎を纏った急降下蹴り――《バーニングブレイク》は、黒煙のベールを突き抜け、一度に十体のノイズを突き破り、焼失させた。
アスファルトをスライディングして着地した朱音は、同時に脳波でアームドギアを手元に呼び寄せ、掴み取り、火を噴くロッドをローリングさせて突進の波状攻撃を仕掛けてくる残りの個体を迎撃して打ち払い、さらに回転飛行するシールドでの攻撃も同時に行って敵を葬っていった。
『大型の空間歪曲を検知』
『恐らく強襲型、注意して下さい』
橋上の群れを朱音が狩り尽した直後、予め耳に付けていた小型通信機から藤尭と友里の警告が届いた。
朱音から約二十五メートル離れた地点に現れる空間の歪みから、藤尭が予想していた通り四足歩行のワームのような巨体の持ち主で、天羽奏に〝絶唱〟を使う決断を迫らせた個体でもある強襲型が転移してきた。
常人ではとても直視しがたい円形の口から、朱音へ溶解液を吐きつけようと首を引くも…………発射直前のタイミングで、朱音が凛然とした眼光とともに強襲型の口に火球を撃ちこんだ。
口内で圧縮されていたプラズマが暴発し、爆炎が上がる。
〝災いを招く邪悪よ―――受けるがいい〟
今の爆発のダメージの尾が引く強襲型へ、歌唱しながらスラスターを全開に急接近する朱音は、右手に持つアームドギアの結合を解いてプラズマの炎に戻し、掌の噴射口で火力も強め。
「バニシングゥゥゥゥゥーーーー」
かの邪神を打ち倒した技でもある炎で編み上げたガメラの拳、烈火掌――《バニシングフィスト》を。
「フィストォォォォォォーーーーーーーー!!」
強襲型の胴体へアッパーカットで撃ち込んだ。
そのまま橋上より二百メートルの高度まで空に昇る龍の如く打ち上げ、紅蓮の拳打の直撃を受けた巨体の全身は炎熱化し、盛大に四散するのだった。
大型の爆発による被害を最小限に抑えるべく、強襲型を上空へと打ち上げ、撃破した私は、ベイブリッジのアスファルトに降り立った。
使い勝手が掴めてきたからか、前の戦闘に比べるとエネルギーの燃費は向上し、体力の消耗が抑えられき始めている。
あの夜の戦闘でも、一見私が勝ったように見えるが、実際はこちらが先にガス欠を起こし、翼の方はまだ余力を残していた。
もし彼女にまだ戦意が残っていたなら、私は間違いなく負けていた………それだけギリギリの勝負だったわけである。
これから暫くは装者としては一人な戦いが続くのだ。
もっと効率よく、エネルギーを扱えるよう自分も精進しないといけないな。
「ん?」
己を戒めていた最中、私の感覚はほんの一瞬、誰かに見られた感触を捉えた。
「気の……せいか?」
辺りを見渡すも、とうに気配は跡形もない。
ただ……ここ数日のノイズどものやけに活発な動きを踏まえると、単なる思い過ごしと片付けることもできなかった。
夜明け前で人気のない律唱市内にある森林公園の敷地内で、飛行物体が降り立った。
その正体は人で、白色をメインとした〝蛇〟のうろこ状の表面と水色の発光体、両肩に長く生えた蛇の牙に似る突起が無数伸びている〝鎧〟で、それを纏う人……少女の顔の半分はバイザーで隠れている。
その鎧が発光したかと思うと、光粒子状に散らばって脱着され、クリムゾンレッドな長袖のワンピースと黒のニーソックスと底の厚い靴と言う組み合わせな恰好の美少女が姿を現す。
背丈は百五十代で厚底な靴を履いても尚小柄ながら、衣服越しでも隠し切れず、大きく恵まれた双丘を中心としてトランジスタグラマーなプロポーション。
童顔でありながら棘のある顔つきは西洋人と日本人の面影が混合している一方、髪色は日本人離れした銀色であり、襟足部分の後ろ髪の一部が左右対称かつ極端に、まるで刺胞動物の脚を連想させるまでに腰より先まで伸びている一風変わった髪型をしていた。
〝犠牲を出すことを躊躇うなんて、そんな甘さで本当に貴方の望みが叶えられるとお思いかしら?〟
その銀髪の少女の脳裏に、艶めかしさに溢れた妙齢の女性の声が響く。
「うるせえ……余計な犠牲を出さなくたって、鉄火場に出しゃばらせるくらいできるだろ」
甲高い声を男勝りの荒々しい攻撃的語調で、少女は毒づいてそう反論した。
彼女の手には、中央に赤紫色でドーム状の光体がはめ込まれた銀色の〝杖〟が握られていた。
「それよりあのガメラとか言うギアの装者、ファストボール並にモノにしてきてるぞ………大丈夫なのか?」
〝だからこそ彼女が必要なのよ、それとも恐れているのかしら? 草凪朱音を〟
「バカ言うな、守護神だが何だか知らねえが、そいつ諸とも装者は………アタシ一人で充分だ」
彼女は苛立ち気味に答え、杖の持ち手を握る手の力が強められた。
一仕事終えた朱音は、ベイブリッジの近くにあり、後処理作業で特機部と自衛隊に閉鎖されている大黒ふ頭公園のフェンスの前で、東京湾と横浜の街と夜明け前特有の紺色と朱色がくっきり分れた朝がもうじきな空を眺めていた。
女子高生が出歩くには些か不適な時間帯ゆえ、明るくなるまでここで彼女は待機、幸い今日は祝日なので、学校に遅れる心配はない。
「――――♪」
色々と考えてしまいながらも、気分転換に彼女は海に向かって奏でていた。
今歌っているのは、二〇一〇年代の後半に放送された地球と火星間の戦争を描いたロボットアニメのエンディング曲で、夜のビル群からふとその歌が思い浮かんだからが理由だ。
静謐な海と潮の香りを乗せた大気に歌声を響かせる彼女には、気がかりなことが。
二年前のライブの惨劇から生き延びた後に待っていた〝苦難〟によって〝人助け〟に囚われてしまっている響のことは無論なのだが………同じく〝囚われている〟風鳴翼のこともまた気がかりだ。
〝泣いてなんかいません!〟
あの夜以来、数日が経っているが、その間は歌手活動の多忙さもあって、すれ違う程度の顔合わせすらできていない。
「すみません」
潮風で艶やかな黒髪が靡く中歌う朱音に、声を掛ける男性自衛官が一人。
二十代半ばで、職業上当然ながら短髪、日々の厳しい訓練で身体は鍛えられ、容貌は精悍ながら人の好さと真面目さも組み合わさった雰囲気漂わせる青年であった。
「はい?」
「五月でも朝は冷えるでしょう、これを」
「これはどうも」
確かに冷たさも残る海風を前に、リディアンの制服だけでは心もとないので、自衛官が差し出したミリタリージャケットを受け取り、袖を通さず肩と背中に多いかぶせるように羽織る。
「ですが貴方は? いくら隊員でもお寒いでしょう?」
「ご心配なく、この程度の寒さ、どうってことありません」
と、彼は申したものの、迷彩服を着込む青年の体は少々震え気味だった。
「そう無理をなさらず、自衛官も人の子です、何でしたら、〝私〟が暖めて差し上げますが?」
どう見ても強がっている青年に、本人は無自覚ながら有している〝小悪魔性〟が刺激された朱音は、ジャケットの裾の片側を曰くげに開けつつ、流し目かつ色気混じりのささやき声でからかって見せる。
「い、いえ! ご……ご好意だけありがたく受け取っておきます」
一瞬朱音の八十九ある胸の膨らみに視線を定めてしまった青年は、ビシッと背筋を伸ばし、頬を赤らめて狼狽する、明らかに海風の冷たさによるものではない。
すっかり彼は、朱音の〝悪戯〟にたじたじである。
「ごめんさない冗談です、マジメ過ぎですよ、煮て食ったりはしませんから、そう強張らないで下さい」
「すみません……仕事柄、余り女性と接する機会に恵まれないものですから」
青年のたじろぎっ振りに、可笑しくも微笑ましく映った朱音は笑みを浮かべた。
胸を一瞬だが凝視された件も、特に気にはしていない。
生物が子孫を残す〝義務〟と、それを促す為の〝本能〟を持っている以上、男が女体に釘づけになってしまうには無理ない、と、余程疾しくなければ見られるぐらい大目に見よう言う彼女独特の考え方と、青年がちゃんと〝恥じらい〟を持っていたからだった。
そんな青年を、朱音は知っている。
地球の記憶の中に、装者としてのツヴァイウイングに自衛官が間一髪助けられた模様があったのだが、その自衛官こそ、その青年だった。
名前は、確か〝津山〟と言った筈。
実際名を聞いてみると、「津山陸士長です」と返ってきた。
「…………」
風の音と海の音がそれぞれ演奏される中、青年は何が話したいそうな雰囲気を出しながらも黙している状態が続き、待っていた朱音は仕方なくこちらから切り出すことにした。
「ジャケットを貸してくれたのは、あくまでも話す機会を作る口実、ですよね?」
笑みを封じて、朱音は真剣な眼差しと声で青年を尋ねた。
「………はい」
津山は肯定を示す。
本人曰く女性慣れしていない彼が、こうして朱音に話しかけてきた理由。
「風鳴翼のこと、ですね?」
「っ……なぜ……そうだと?」
「〝女の勘〟、ってことにしておいて下さい」
朱音には見当がついていた。津山には〝女の勘〟と笑みではぐらかしたが、実際は地球の記憶と、彼の態度から推察し、行き着いていた。
「〝プロジェクトN〟のことは、ご存知ですか?」
「はい、風鳴司令から大体のことは」
津山さんは、ツヴァイウイングの歌に心打たれた日のことを話し始める。
かの日、防衛省庁内にある自衛隊特別総合幕僚監部ではネフシュタンの鎧の起動実験のプレゼンテーションが行われており、彼はツヴァイウイングの警護役として二人と同伴していた。
しかし、施設内で突然ノイズが出現してしまう。
この時彼女らは別室で待機していた上に、ギアは広木大臣らへのプレゼンの為に担い手の手元から離れており、暴れまわるノイズ掃討するにはまずプレゼンが行われている会議室のある区画まで向かわなければならなかった。
この時津山さんは、省内の地理感に不慣れな彼女たちに最短ルートを提示してサポートに回ったのだが、途中実質丸腰の二人をノイズから守ろうとして左足を負傷してしまう。
〝アタシらは一人でも多くの命を助ける、その中にはあんたも入ってんだッ! 簡単に諦めるんじゃねッ!〟
「〝これでも自分は自衛官の端くれ、覚悟はできています、私の命を盾にしても守る〟と言ったら、奏さんからこう発破を掛けられましてね」
そして、あわやノイズらの毒牙に掛かるすんでのところで、弦さんからギアを受け取り変身したツヴァイウイングに、辛くも助けられたのだ。
〝助けるって言っただろ、だからあんたも、アタシらの歌を忘れないでくれよな〟
「あの時二人の歌声を聴いて以来、すっかりファンになってしまいまして、寮の部屋は彼女らのCDだらけですよ、助けてくれた時、〝忘れないでくれ〟と奏さんからは約束されましたけど、間近であのような歌を魅せられたら………忘れられるわけがありません」
一時は、ファンになったと言う発言にも納得なウキウキとした声音になっていたのだけれど、段々と声には影が入り込んできた。
あのライブの日以来の………〝抜き身の刀〟となってしまった翼を思い返し………命の恩人の変わり果てた姿に、何度目かも知れぬ無力感が、胸の中に押し寄せていると、好漢さのある横顔が言葉の代わりに語っていた。
「忘れられないから………奏さんを失ってからの翼さんが………とても見ていられなくて、戦闘では独断専行がしょっちゅうでしたし………ツヴァイウイングの頃を比べると………何だか………〝義務感〟で歌い続けているような気がして」
私も、装者になる以前からソロになった彼女の〝歌〟に対して、そのような印象を抱かされ、あの夜の一戦で確信へと固められていた。
今のあの人は、装者――戦士としてはおろか、歌い手としても完全に自分を見失ってしまっている。
何の為に歌い……何を以て戦っているのか………それを形にできぬまま、しかし生来の真面目さと使命感の強さ、相棒の死を無駄にしたくない想いの強さゆえ、装者としても、歌手としての自分も捨てることができず、半ば惰性的に今日にまで至っていたのだ。
あのままでは心が完全に壊れてしまっていたとは言え、私の〝歌〟と〝刃〟によって鍛えてきた筈の〝剣〟が折れてしまった今、彼女の心を占めているのは………〝空虚〟と呼ぶもの。
「装者になったばかりで、翼さんから手荒い歓迎を受けた貴方に、こんなことを頼むのは………本当に忍びないのですが………」
東京湾の海面に目をやっていた津山さんは、私の方へ正面から向き直ると。
「草凪さん……お願いします………翼さんを、助けてあげて下さい………一人ぼっちにさせないで下さい!」
腰を直角に頭を下げて、強く私に願い出た。
「津山さん」
その姿をしばし見つめていた私は、津山さんの右手を両手で握り上げる。
「あっ……」
慣れない異性に手を触れられたからか、青年自衛官の頬が瞬く間に赤く染まり、胸に触れなくても心臓の鼓動が早まったと目にするだけで分かった。
「させませんよ……」
彼の願いにどう応えるか、それはもうとっくに決まっている。
「あの人を孤独のまま、世界に独りぼっちになんか、させません」
〝だったら翼は……弱虫で泣き虫だ〟
天羽奏が死の間際に翼に発したあの言葉、それは彼女の〝本質〟を何より物語っていた。
その上頑固で強がりで、弱虫で泣き虫な自分を使命感の仮面を被り続けながら、人々をノイズから、一人でも多く救おうと戦ってきたのだ。
なのに、その報いとして与えられるもの……絶望と破滅なんて………悲しすぎる。
彼女だって、一人の人間(ヒト)であり、世界に一つしかない生命(いのち)だ。
たとえ、奏(あのひと)のように彼女の〝翼〟にはなれなくても……それでも。
一人でも多くの生命を助ける………その中には、風鳴翼も入っているのだから。
見ていて下さい―――絶対に、救ってみせます。
まるで朱音の決意に応えたが如く、東京湾の水平線から、太陽が顔を出し、朝焼けの光を照らしていった。
―――――――――
「草凪さん」
「何ですか?」
「さっき歌ってた曲、よかったら聞かせてくれますか?」
「ふふ……浮気者ですね」
「うっ………ご友人から意地悪だと言われませんか?」
「たまにです♪」
朱音はポケットから折り畳みスマホを取り出して展開し、音楽プレーヤーアプリを起動。
〝~~~~♪〟
リクエストされた曲を選び、前奏が流れる。
朱音はAメロとBメロパートを、ささやくよう慎ましく歌い。
〝―――――♪〟
サビに入ると、澄んだ青空が一杯に広がっていく様を思わせる雄大な伴奏に乗って、高らかに、力強くも繊細に歌い上げていく。
現在ただ一人の観客(ききて)である津山陸士長は、初めてツヴァイウイングの歌を耳にした時とそっくりな顔つきで聞いていた。
―――――――
そして、全歌詞全パート歌い終える頃には―――
「え?」
いつの間にかギャラリーの数が大増量しており、朝の大黒ふ頭公園が拍手と歓声ですっかり賑わってしまっていた。
少し気恥ずかしそうに頬を赤くしながらも、朱音はお返しに一礼をするのだった。
つづく。
アニメしか見てない人は津山陸士長なんてキャラ誰? とお思いでしょうが、無印漫画版で登場するキャラです。
奏と翼のイチャイチャに赤面してたりと、初心っぽそうだったので、朱音の小悪魔性が存分に発揮されてしまいました。
それと設定では無印からあったけどGXで初登場した烏丸所長もとい安国寺恵瓊もといCV:山路和弘あの人も、あるキャラの回想内とは言え先駆けて登場。
それを言ったらクリスちゃんもなんだけど(汗