GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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せっかくうちのガメラ―朱音が極上のエロボディの持ち主って設定なので、シリアスなのにサービス回となってしまいました。

だが私は謝らない(コラ


#9 - 休日の追想

 その日は土曜日、学生にとって学校での授業はない休日。

 時間帯はまだ、朝の六時台である。

 部活には現状入っておらず帰宅部なのに休日でも早起きな朱音は、お手製の朝食を取っていた。

 さっきまで早朝の律唱市を〝ひとっ走り〟してきたばかりなので、下はジャージズボン、上はシンプルな半そでのTシャツな格好、これでも彼女の美貌は全く衰えないのだから恐ろしい。

 今朝はなるみ商店街のパン屋から買ってきた食パンを主食に、刻んだベーコンとポテトを入れたふわとろで綺麗な表面に鮮やかなケチャップの乗るオムレツと刻みサラダにコーンスープ、インスタントコーヒー二割とミルク八割で混ぜ合わされたカフェオレの組み合わせであった。

 向こう―アメリカでは祖父が年老いても尚精力的にアクション系も含めた映画に出演し続けているのもあって、調理含めた家事スキルは、自然と身につき、こうして一人暮らしに役立っている。

 オーブンで焼いたばかりのパンの表面に、自分で作った〝緑茶ジャム〟を朱音は塗り、頬張って〝サクッ!〟と言う音を鳴らし、スプーンで掬ったオムレツの生地を口に入れる、我ながら上手いバランスで焼けていて何より。

 何でジャムがかつての彼女の血の色に似る〝緑茶味〟かと言えば、ネットで料理のネタを探している時にたまたま発見、レシピを元に面白さ半分、怖いもの見たさ半分で作ってみたが、ほのかな茶の苦味がジャムの甘味と感触にマッチしてやみつきになる美味を生み出しており、気がつけばパンの日は必ず緑茶ジャムとセットで食べるようになっていた。

 

 部屋ではミニコンポからラジオ機能が起動され、今合わせたFMのチャンネルからは毎週土曜の朝に放送されているクラシックの音楽番組が流れている。

 日本に戻って来てからの朝は、何度かテレビのニュース番組をBGM代わりに流していたのだが、プロたちによるソリッドな内容のアメリカ等と違って、バラエティなのか報道番組なのか分からない、良くも悪くも日本独自のテイストに馴染めず、朝はラジオの聴取が習慣化しつつある。

 

「お早うございます、午前七時になりました、モーニングニュースの時間です」

 

 七時丁度を知らせる時報、続いてメロディが鳴り、音楽番組と入れ替わりになる形でニュース番組が始まった。

 中年男性なアナウンサーの下手な装飾を排した淡々ながらも丁寧な口調は、朱音の耳からは心地いい。

 

「一昨日律唱市で起きたノイズによる特異災害は、自衛隊の――」

 

 今アナウンサーが語るニュースを耳にした朱音は、翡翠色の瞳の視線をコンポへと移させた。

 彼女の口の中を、緑茶ジャムのとは異質な〝苦味〟が広がる。

 苦さを和らげようと、カフェオレを一口飲んだ。

 

「苦いな……」

 

 比率ではミルクの方が勝っていると言うのに、やけに苦く感じた。

 

 

 

 

 朝食を食べ終えた朱音は、まだまだ朝早い中、入浴用品一式が入った小型のプラスティックかごを携えて外出。

 彼女が向かった先は、借りているマンションから、歩いて五分で着けるほど近い場所にある公衆浴場である。

 名前は《スーパー銭湯・天海の湯》と言い、二千年代初頭にオープンして以来、律唱市に住むあらゆる年代の市民たちが愛用している温泉施設で、朱音もこちらに越して一人暮らしを初めて以来、何度も足しげく天海の湯に通っている常連客だ。

 

「ふぅ……」

 

 髪と体を一通り洗い終えた朱音は、お湯でより艶やかになった長い黒髪をアップで纏め、十種以上ある中から露天風呂を選び、転ばぬようゆったりと全身を丸みな石たちでできた湯船へ、足先、膝下、太もも、腰、胸の順で妖艶に全身を浸からせると、温水が齎す快感に蠱惑的な吐息を零した。

 当然ながら、ほとんど一糸纏わぬ姿であり、服で隠れていた美しく色香漂う裸身が無防備に晒されている。

 無駄をそぎ落としながら、しなやかさも備える鍛えられた筋肉を、絹のような透明感ある白磁の色合いで、触り心地の良さが窺える柔肌が覆っており、数字にして八十九はある上に形も良い二つの膨らんだ山々は、湯気立ち込めるお湯と大気の境界線にて浮き上がっている。

 湯の内にある腰とふくよかなお尻から見事な曲線を描き、それらと連なる百六十九センチの背丈を数字以上に高く見せる長い両脚も、スマートでありながら肉感的。

 年齢相応より鋭利で大人びて、凛として整っている容貌の一部たる両頬は体温の上昇で赤味を帯び、唇は口紅を塗ったくらい潤いに覆われ、元より彼女自身が有していた〝艶やかさ〟を、より引き立てていた。

 これ程男性を骨抜きに落としかねない魔性な美貌の持ち主な少女が、前世では武骨で猛々しい大怪獣であったと聞いて信じる人間はほとんどいないだろう。

 そうでなくとも、まだこれで十五歳だと見抜ける人間もまた、そうそういない。

 首に掛けた〝勾玉〟のペンダントは、実年齢離れした朱音の魔性を、さらに引き立てさせていた。

 

 

 

 

 朝の温泉での入浴も、中々のやみつきものである。

 生まれたて赤ちゃんの浴槽は台所のシンク、二・三歳の子のバスタイムに親は服を着たまま手伝い、親と子が裸の付き合いをしただけで児童虐待扱いされてしまい、公衆浴場なんて文化には拒否感すら出てしまう入浴事情なアメリカ暮らしがそこそこ長かった私だが、祖父(グランパ)が大の親日家だったのと、この身にも流れる日本人の血と、女の子の生態ゆえか、私は四分の一アメリカ人でありながら、自由の国では馴染みない温泉に入ることが、歌うことと子どもたちと遊ぶことに並んで好きだった。

 ガメラの頃は超高熱のプラズマ反応炉を体内に宿す体質持ちだった為か、人の身な今でも熱には結構耐性があり、何時間でものぼせず湯船を堪能していられる。

 ただなまじ熱さに強いせいで、この間など夜の時間帯に来た時は、うっかり閉店時間の二十三時ギリギリまで歌いながら浴し続けてしまったことがあった。

 

 肩に触れる、もう直ぐ終わる四月のまだ少しひんやりとした朝の空気と、体のほとんどが浸かる温泉の熱が、独特の心地良さを私に与えてくれる。

 お湯で火照った体の感度が上がり、より泉の温もりに快感を覚えさせていく。

 

「はぁ……」

 

 我ながら、少しいやらしい息が口から出てしまい、だから現年齢十五歳より上に見られてしまうのだぞ、と自分に苦言を呈す。

 私たちくらいの年代は、〝発育〟と言う単語に振り回される年代とも言える。

 進まないのは悩ましいし、かと言って進み過ぎても悩ましい……私の場合は後者な上に、どういうわけかその発育が、身長も込みで〝飛び級〟で進み過ぎてしまった。

 そりゃ女の子なので、色気が欲しいかと言われれば欲しいと答えるけど、もう少しはゆっくり時間を掛け熟れて欲しかったと、級友たちの体躯を見る度に思ってしまう。

 おかげで休日、みんなで外を出歩いていると、ほぼ百パーセントの確率で、年上だと勘違いされるのだ。

 だから現状の私にとって、この早熟し過ぎた見てくれはコンプレックス以外の何物でもなかった……私だって………高校一年な〝女の子〟なんだもん。

 まだ、子どものあどけなさが残るみんなが羨ましい……せめて百七十台寸前な身長は、百六十台をキープしてほしいものだと、願う毎日である。

 

〝草凪朱音です、よろしくお願いします〟

 

 こんな外見のおかげで、リディアン入学式の日の自己紹介の時も、この長身かつ近寄りがたさもある容姿が災い、クラスメイトからは話しかけにくい〝第一印象〟を持たれてしまった。

 彼女たちは口にこそ出さなかったけど、自分の目は表情と雰囲気で、大体読み取れていた。

 日本での高校生活初日から〝不安〟の二文字が入るスタートを切ってしまった私は、放課後校舎の屋上で、その不安を紛らわそうと、歌を奏でていた。

 

 その時歌っていたのは、あのツヴァイウイングの代表曲で、彼女らが人々の前で二人で歌う〝最後の曲〟となってしまった――《逆光のフリューゲル》。

 

 彼女たちの活躍は、世界をまたに掛けて広がっていたから、アメリカでも二人の歌声に魅入られたティーンエイジャーは多く、私もその一人だった。

 本当はデュエット曲なのだけれど、どうしてもあの時の私は、妙にそれを春の風が吹く空の下で、逆光のフリューゲルを歌いたい気に駆られていたのである。

 

 未知への恐れを乗り越えて、新たな地平に飛び立とうとする詩(かし)が込められたこの歌で、自分を鼓舞したかったからかもしれない。

 

〝草凪、朱音ちゃんだよね!?〟

〝え?〟

 

 そして、その歌が―――めぐり合わせてくれた。

 私と、立花響に小日向未来の二人の女の子を。

 

〝もうほんと今の逆光のフリューゲル凄かった~~~アカペラで、ここまでハートがビビッと来たの初めてと言うか!〟

〝響、落ち着きなよ……草凪さん、ちょっと引いてるじゃない〟

〝あ、ご――ごめ~ん、ちょっと興奮し過ぎちゃって〟

〝はぁ~~どうもすみません、友達がとんだご迷惑をお掛けしました〟

〝いや、そう畏まって謝らなくてもいい〟

 

 自分の右手を、見つめる。

 あの瞬間、私のこの〝右手〟を握った響の両の手の温もりと、太陽のように眩ゆい輝きに溢れた笑顔は、忘れられない。

 

〝アリガトウ………アサギ〟

 

 あの時、私――ガメラと心を通わせ合い、私が受けた〝痛み〟に耐えながらも共に戦ってくれた少女――アサギが見せてくれた〝微笑み〟と並んで、きっと……ずっと……私の心に刻み込まれることだろう。

 

〝私、立花響、十五歳!〟

〝歳は余計でしょ同い年なんだから、私は小日向未来です〟

〝よろしくね、朱音ちゃん!〟

〝ああ……こちらこそ、よろしく〟

 

 出会いの記憶が、まざまざと思い出し、見返したことで、胸の奥が温泉のものとは違う〝温もり〟に包まれた。

 言い方を変えると、ポカポカとして、とても柔らかく、自然と心が和やかに、安らかになって、顔もほころばせて――

 

〝私の力が――誰かの助けになるんですよね!?〟

 

「っ………」

 

 ――体全体が芯まで温かくなっていく中、いきなり横やりを突きつけきたも同然に昨夜の出来事の記憶がなだれ込んできて、口の中からは〝苦味〟が現れ、笑みを象った私の顔は一瞬で曇りがかったものへと変わってしまう。

 

〝私は立花響を受け入られない………ましてや力を合わせて戦うことなど、風鳴翼が許せる筈がない〟

 

 本音を言うと、風鳴翼のとは意味合いが異なってはいるけど………立花響と言う女の子が戦うことを受け入れられない一点は、私も彼女と同じだった。

 戦ってほしくない………戦わせたくなどない………あんな〝地獄〟になど、絶対行かせたくない。

 あの子自身が持つ、太陽の光にも負けない眩しさを実感すればするほど、その気持ちもまた強くなっていく。

 

 要は、はっきりかつ端的に言葉にすると―――私は一足分たりとも、あの子を戦場に踏み入れさせたくないのだ。

 

 少なくとも、あの子が毎日行っている〝人助け〟の延長で安易に入り込んでいい世界では、断じてないのだ。

 

 日本(このくに)固有の宗教である神道には、〝触穢(しょくえ)〟または〝死穢(しえ)〟と言う概念があった。

 人や動物は死ぬと、亡骸からは〝穢れ〟が生まれて災いを招くと、昔の日本人たちからは信じられていたのである。日本史において、天皇の代が変わる度、頻繁に遷都されていた時期があったのも、現人神たる天皇ほどのお方の死によって生まれる強大な〝穢れ〟を、当時の人々が恐れたからであった。

 この〝触穢思想〟は、たとえ生前がどれだけの悪行を積み重ねてきた悪党でも、死すれば丁重に弔うといった風習が育まれた一方で、医者、酪農者、狩人、今なら納棺師に当たらなくもない遺体を取り扱う非人と、〝死〟に強い関わりのある者たちに対する根深い差別も生むことにもなった。

 勿論、死が大量に生み出される戦場で戦う兵たちも例外ではなく、貴族たちにとって武士は汚らわしい存在であった。

 現代人から見ればとんだ迷信に見えるだろうし、私も自分の〝主観〟からは、ほとほとバカバカしく愚かしい思想だと思っている。

 けど………触穢思想における〝穢れ〟に相当するものが……〝戦場〟と言う世界では多く生まれてしまうとも、私は考えていた。

 

 ガメラとしての私の戦いの日々は、今でも私自身に突きつけてくる………あの世界――戦いが、どれほど過酷で、傷ましくて、惨たらしくて、悲しいかを。

 

 負ければ己含め多くの犠牲を生み、そこから逃れるには〝勝つ〟しかない。

 しかし、死にもの狂いで勝利を勝ち取っても、それと引き換えに多くの犠牲――穢れを蔓延させるとされた〝死〟を生み出してしまう。

 死が多ければ多いほど、それらを糧に生まれる恨みつらみ、怨念は〝呪い〟となって、戦士たちを身も心も蝕んでいく。

 

 私もまた………その呪いを、嫌と言うほど味あわされてきた。

 

 

 

〝ガメラ〟にとっても、ガメラを生み出した超古代人たちにとっても、地球の意志にとっても、

想定外(イレギュラー)であった宇宙規模の巣分かれを繰り返す〝地球外生命体群〟の侵略。

 節足動物に酷似した特徴を有する奴らは、あちらの世界の地球人たちからは、軍団を意味する単語であり、新約聖書マルコ第五章に登場する悪霊が自ら名乗ったのと同じ名である〝レギオン〟と呼ばれていた。

 実際、女王蜂の腹部の器官からは夥しい数の働き蜂たる同族を生み出し続ける能力があったので、ある意味で相応しい名と言えよう。

 巣分かれの為に地球の生態系を破壊し尽そうとするレギオンに対し、迎え撃った私と人類は辛くも勝利したものの、女王蜂を殲滅させる代償として、私は一度しか使えない〝禁忌の技〟に手を出し、大量の地球の生命エネルギー――マナを犠牲にしてしまった。

 それによる急激な環境激変で、世界中に散らばっていたギャオスの耐久卵が一斉に孵化し、超古代文明が辿った末路の再来とばかりに、災いの影は爆発的に数を増やすことになってしまう。

 

 一度レギオンに敗れた私は、再戦に臨む時点で〝禁じ手〟を使う決断と、その先にあるギャオスが大量発生する未来を見据えて、アサギ含めた人間たちの繋がりを断ち切った。

 情を捨て、冷徹なる〝生態系の守護者〟とならなければ、災いの影との戦いに勝ち抜けないと、覚悟していたからである。

 

 だが、復活し、最初に戦った個体たちよりも凶悪に進化したギャオスたちの猛威は、あの頃の私―ガメラの想像を遥かに超えていた。

 

 いくら倒しても倒しても、文字通りきりがなく、奴らはそれ以上の速度で増殖していく。

 一体をプラズマの豪火で焼き尽くしている間、奴らはそれ以上の数の生命を食らい尽していった。

 急ぎ駆けつけても、辿り着いた時には群れは逃げ去り、犠牲になった生命の凄惨な肉片の残りが散らばっている様を、何度も見せられた。

 おまけにガメラには、全ての生命体の〝思念〟を読み取るテレパシー能力を持っていたが為に、常時脳内には奴らに襲われた生命の断末魔が、数えきれない量で響いていた。

 耳を塞いでも消えない〝悲鳴〟を聞きながら、繰り返されるギャオスとの戦いに、肉体は急激な進化と強化を遂げていく一方、心はどんどん荒んでいった。

 

〝ユルサナイ、ダンジテユルサナイ………イッピキノコサズ、ホロボシテヤル〟

 

 最早、失われていく生命たちの為に、いちいち感傷になど浸ってなどいられない。

 慈愛など、潔く捨てろ。

 戦いによる犠牲には目を瞑り……完全に心を切り捨てた〝兵器〟とならなければ、奴らを滅ぼすことなどできやしない。

 

 ますます私は、冷徹なる守護者であろうとする余り、自分自身を追い詰めていった。

 その痛ましい姿は――〝感情なき剣〟――に縋ろうとする風鳴翼と、全く同じとしか言いようがない。

 

〝お前が奏の何を知っている!? 奏の何を理解している!? 奏の―――何を分かっていると言うのだ!〟

 

 心を否定していながら、その心から生まれる〝感情〟に振り回されているところなど、全く瓜二つだ。

 私も、あれ程非情に徹しようとしていながら………そのくせギャオスたちに対する憎悪の業火を、己が力の源にしてしまう矛盾を抱えてしまっていた。

 

 今の風鳴翼の写し鏡たるかつての私(ガメラ)は、さらなる苦痛を齎してくる内なる矛盾に気づけず、向き合えないまま………とうとう〝一線〟を越えてしまった。

 

 

 

 

 

 あの日、太平洋上の空を呼ぶギャオスの群れを発見した私は、有無を言わせず苛烈な先制攻撃を仕掛けた。

 突然降ってきた火球の驟雨に、群れの大半の個体は業火に呑まれたが、一部がどうにか逃げ延びようする。

 

〝イッピキタリトモニガサナイ、イカシテヤラナイッ!

 

〝オマエタチニハ――ヒトカケラノナサケモクレテヤラナイッ!

 

 焦燥と、真っ黒い憤怒に支配された私は、火球を半ば乱れ撃ちの同然に発射し続けながら夜空を追走し、その内の一発が………東京都心、渋谷区上空で一体に直撃した。

 身を焼き尽くそうとする火炎の衣を纏った個体は、飛行能力を失い、渋谷駅へと落下。

 私も、大勢の人間が行き交う状態なのを構わず、渋谷の街へ強引に降り立ち、突然日常が破壊されてパニックに陥った眼下の人間たちに目などもくれず、傲然に街を破壊しながら踏み歩き。

 

〝ヤメロ………コロサナイデクレ〟

 

 あろうことか、命乞いをしてきた瀕死の個体に、私は完全に心中で激しく燃え上がる憤怒で我を忘れてしまい。

 

〝フザケルナ―――コノゲドウガッ!〟

 

 渋谷駅と、駅構内、駅周辺にいた人々ごと巻き添えにして、火球と言う名の引導を渡してしまった。

 最早……一体を倒した程度では静まらなくなっていた内なる〝激情の炎〟に流されるまま、渋谷の繁華街を壊滅させ、何万人ものの命を死なせ、神道で言う穢れを多量にまき散らしてしまったのと引き換えに、もう一体を倒した――殺した。

 

〝ガメラが僕を助けてくれたよ……〟

 

 火球が起こした爆発で、火の海を化した街の中から、響いてきた……男の子の声。

 

〝チガウ……ワレハ………ワレハ………〟

 

 咽び泣く母親に抱きしめられながら、男の子は、私に〝助けられた〟のだと言った。

 確かに、あの個体はあたり構わず超音波メスを発射し、高層ビルを両断しては真下にいた人々を下敷きにして圧殺していた。

 その内の一発が、近くにいたビルを襲い、その下にいたあの男の子が悲鳴を轟かせ、それを耳にした私は、無意識に手を出してメスの光をあえて受けていた。

 

〝チガウ………チガウ、チガウ、チガウ、チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウッ!〟

 

 ガメラに助けられたから助かった………そう信じて疑がわない無垢な子どもの言葉に、憤怒の炎が一気に沈火されられるも。

 

〝ワレハ………ワタシハ―――ダンジテタスケテナドイナイッ!〟

 

 無自覚に、小さな命を助けてしまった、救ってしまっていた事実を受け入れられず………完全に自暴自棄となって、逃げるように火の海の中から、黒い煙で曇ってしまった夜空へと飛び去っていった。

 

 

 

 

〝戦い〟と言うものは、それほどまでに戦士となった者たちの心を擦り切れさせ、かつての面影を失くしてしまうまでに変えてしまう、追い詰めてしまう。

 私も例外ではなく………生まれ変わっても消えることのない〝罪〟を犯し………ギャオスやレギオン、そしてあの邪神と同じ、災厄をまき散らす〝死神〟そのものへと堕ちていってしまった。

 

 響が、強すぎる人助けの衝動で意図せず恐怖を押しつぶし、覚悟もできぬまま、踏み込んで立とうとしていた〝世界〟は、そう言う地獄の火の海だ。

 戦場は無垢であるがゆえに無知な彼女にも、容赦はしない。

 たとえ相手が、殲滅するほかない存在である〝ノイズ〟だとしても。

 

〝人を助けたい〟

 

 あの子の、歪さを抱えながらも真っ直ぐなその気持ちを汚し、犯し、矛盾を突きつけ、苦しめ、最悪……心ごと完膚無きまで破壊し尽してしまうだろう。

 

 自分の手前勝手な〝エゴ〟なのは、分かっている。

 私とて、その過酷さを身に染みて分かっていながら……再び〝戦う〟ことを選んでしまった愚か者であり、暴走を止める為、響を守る為とは言え、翼のアイデンティティーたる〝剣〟を真っ二つに切り裂いてしまった咎人だ。

 

 

 それでも私は、余りに残酷極まる理(ことわり)に支配された領域に、優しすぎるあの子を行かせたくはない。

 

 自分が今、こうして見上げる空のように、澄んだあの子の心を、穢したくはない。

 

 こうして地上を今日も照らす太陽のように眩しい笑顔を、失わせたくない。

 

 九死に一生を得た親友が、戦地へと走っていく姿を、ただ見ていることしかできない……そんな現実を、未来に味あわせたくはない。

 

 間違いなく……このままガングニールの装者として戦わせたら、二年前の災厄の時以上に、立花響って女の子の人生を、狂わせてしまう。

 

 だけど、どうすればいい………止めろと言われて、大人しく引き下がる子じゃないってのは、あの夜痛いほど思い知った。

 

 それに結局、この自分のエゴを押し通そうとするなら、響は無論、翼からも〝剣〟を奪わなければならない、そうしてまた〝独り〟で戦おうなどとすれば、かつての自分と同じ過ちを繰り返してしまうだけだ。

 自分一人で、背負って戦えるほど、あの地獄は甘くはない。

 でも、このままってわけにもいかない。

 

「上がろう……」

 

 私は湯船から上がり、脱衣所へと向かおうとした矢先、左腕の〝腕時計型端末〟から着信音が響いた。

 これは二課から支給された、二千十年代後半の発売当初よりは普及し始めたスマートウォッチ型の通信機である。

 

「弦さん?」

 

 通信の送り主は弦さん――風鳴司令であった。

 丁度今から二課本部に向かうつもりだったので、向こうから連絡が来たのは幸い。

 今通信できる格好ではないので、もう少し待たせることになるけどもだ。

 

 

 

 

 ちなみに、もしこれがプライベートな電話であった場合、こうなる。

 

〝朱音君、今どうしている?〟

〝今って言われても、入浴中だけど〟

〝なっ――君も女の子だろう!? そんなはしたないことを口に――〟

〝あ~~れ? もしかして高校生のあられもない姿、想像しちゃった?〟

〝お……大人をからかうものじゃない!〟

〝うふふ、ごめん♪〟

 

 本人はてんで無自覚であるのだが、実は朱音は結構、小悪魔な一面を持っていたりする。

 

 

 

 

 どこかの西洋風の城の建物の中らしい広い部屋の中で、空間に浮かんだ立体モニターを、小柄で銀色の髪を生やした少女が目にしていた。

 

「なんて……奴だよ」

 

 モニターに映っていたのは、シンフォギア――ガメラを纏った朱音の戦闘の模様だった。

 適合者と言えど、シンフォギアを使いこなせるようになるまでどれだけの鍛錬と時間を費やすか、その少女は実感していただけに、たった二度の戦闘でギアの力を引き出し、アームドギアを三種も具現化させた装者に驚きを禁じ得ないでいる。

 

「でも……アタシの〝目的〟の為には、こいつとも――」

 

 あどけなさの残るその容貌の一部たる二つの瞳からは、悲壮さに溢れた決意と言うものが抱えられているのであった。

 

つづく。




劇中出てきた死穢を分かりやすく表現すると、もののけ姫のタタリ神。
と言うか、アシタカが受けた呪いと言い、乙事主に巻き込まれたサンの描写といい、タタリ神のネタ元こそ、触穢思想と言っても過言ではないですね。

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