GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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原作ではシリアスな笑い等で中和されていたものが、こっちでは剥き出しになって話そのものが内包していた重々しさが倍増する有様です(汗

特に翼の暴走が……でもこの頃の翼の心理状態踏まえると、こうなってもおかしくなかった。

今回の話のイメージED:aLIEz/SawanoHiroyuki[nZk]:mizuki(アルドノアゼロED)


#8 - 剥き出しの心

 二課地下本部でも、ノイズドローンのカメラレンズとモニター越しに、朱音と翼、二人の装者の戦闘模様がリアルタイムで映されている。

 友里と藤尭のオペレーター組含めたモニターを見上げる二課職員たちの大半は、口を閉じることすら忘れて画面に釘づけとなっていた。

 新たなる装者の一人が、風鳴翼と互角の戦闘を繰り広げている。

 何年も装者たる少女たちの戦いを目にしてきただけあり、二課の面々は誰もが翼の戦闘能力の高さも、その域に至るまでの彼女の鍛錬も努力も、成長過程も目の当たりにしてきた。

 それゆえ、死線を掻い潜ってきた〝前世〟の恩恵があるにしても、シンフォギアの装者としては〝新米〟、起動させたのもまだ二度目である朱音が、その翼と伯仲している事実は、彼らを驚嘆させるには充分過ぎる光景だ。

 

「司令、どちらへ?」

 

 その一人の友里は、司令部から地上へ直通しているエレベーターに向かっている司令の弦十郎を目にする。

 

「俺たちは〝同士討ち〟をさせる為に、シンフォギアをあの子たちに託したわけじゃない! 誰かが止めてやらなきゃいかんだろうよ」

 

 装者たちの戦場に向かうべく、弦十郎は円筒状のエレベーターに乗り込んだ。

 このエレベーターも、高速で移動できるだけの性能と耐久性があると言うのに、今に限って〝遅い〟と感じ、〝もっと早く進まないのか!?〟と、機械に無理強いしそうになる。

 それだけ弦十郎の胸には、早く〝止めなければ〟と言う感情に駆られていた。

 

「ッ!」

 

 歯噛みし、右の拳を、左の掌に叩き付けた。

 こんな事態となるのを、事前に止められなかった自身の不甲斐なさに。

 姪の翼は、幼き頃より弦十郎の実兄である〝父〟に認められたい想いを端に発した……自らを〝剣〟に鍛え上げようとする〝強迫観念〟は、相棒の〝奏君〟を失ったのを切っ掛けにより強まってしまった。

 二年前のその日以来、弦十郎は一度たりとも年相応の少女な翼も、彼女の〝笑顔〟も一度たりとも見ていない。

 ソロになってからの〝歌〟も、ツヴァイウイングの頃と負けず劣らす人々を魅了しているが、その歌声には〝影〟が指し、曲たちの中にも〝喪失〟〝悲哀〟と言った重いテーマとネガな曲調のものが見られるようになってしまった。

 

 このままでは生前の奏が度々口にしていた――〝その内ぽっきり折れてしまう〟――言葉が、現実になってしまう。

 

 弦十郎も彼なりに、何度も彼女へ〝無理はするな、気負いすぎるな、時には羽を伸ばすことも必要だ〟と助言をしてきたが、その度に翼は――

 

〝必要ありません、私は剣、戦う為に歌っているに過ぎません〟

 

 ――と頑なな態度を貫くばかりであった。

 

 まさか……自分自身を追い込んで来た反動が、仲間となる少女たちに刃を向ける形で、表出してしまうとは……

 

〝すまない……朱音君〟

 

  弦十郎は翼の暴走の剣撃を今こうしている間も受け止めている朱音に、謝意を浮かばせた。

 本人が全て覚えているわけではないと言っている以上、想像するしかないが………弦十郎の想像力は、守護神ガメラの戦いが、とてつもなく過酷なものであったとイメージできた。

 何せ、あの子はかつて本物の怪獣だったのだ。

 およそ八十メートルもあったらしい身長と、厳めしい人外の容貌、しかもあちらの地球では亀型の生物は大昔に絶滅していたらしく、甲羅を背中に有した巨大な姿は、人々の意識に〝異形〟の一言を植え付けていたかもしれない。

 現代の人間から見れば………ガメラとギャオス、どちらからも〝脅威〟に映ったに違いない。

 実際あれだけの巨体が街を歩けば、それだけで甚大な被害が出てしまう……まして怪獣同士の戦闘が大都市の渦中で発生すれば、ノイズのものとは比較にならない物理的被害を出してしまうことだろう。

 彼女がギャオス一匹を倒した裏で、涙を流した人間も少なくなかっただろう。

 結果、時期によって差はあれど………あちらの世界の人類から、敵視され、攻撃されたことも幾度か体験させられた筈。

 怪獣である以上、知性はあっても言葉は発せられず、行動することでしか自らの意志を表明できず、そんなガメラを信じようとする人間は、決して多くはなかったであろう。 

 

 弦十郎の〝直感〟は確信していた。

 

 朱音のあの〝戦士の瞳〟は――〝守護神の孤独な戦いの積み重ね〟で相成ったものであると。

 

 そしてこの世界で、シンフォギアの形でガメラの力を取り戻した彼女にとって、同じ装者である少女は、独り戦い続けた彼女にとって、やっとできた〝仲間〟であったのだ。

 

 なのに……〝俺〟は、〝俺たち〟は、自分たちの不甲斐なさの後始末の役を、結果としてとは言え、あの子に押し付けてしまった。

 

 自らの図太く、高密度の筋肉の鎧に覆われた掌を見る。

 

 どれだけこの身を鍛え上げても………結局はうら若き少女たちを戦場に送り出さなければならない。

 もう何度も何度も、経験してきた〝苦味〟。

 なら………〝俺たち大人〟ができることは――

 

 

 

 身を焦がそうと思わされる熱気と、胸の中を底冷えさせかねない冷気、相容れない筈の両者が同居し、圧力を以て放出される〝戦い〟の空気。

 それを生み出す装者の少女たちの戦闘は、未だ続いている。

 

 風鳴と言う苗字に違わず、暴風の如き翼の刀(アームドギア)を携えた両腕から振るわれる剣撃に対し、朱音は自身のアームドギアたる紅緋色のロッドで円月を描き迎撃、応戦。

 得物の攻撃範囲(リーチ)はロッドの方が上と言うアドバンテージと、ガメラとしての激戦の経験と、幼少より学んできた武術の組み合わせで培わられた〝反射神経〟は、いかに対ノイズ戦の猛者である翼の攻撃も簡単には通させない。

 

〝あのクィーンの深紅の鞭たちに比べれば、まだ読みようがある〟

 

 翼の次なる攻撃、逆袈裟の剣閃、それを縦状に構え、柄部分で受け止める。

 金属音が鳴った直後、刃を交わしたまま翼は天ノ羽撃斬の機動性で朱音の背後へと素早く周り込んだ。

 全身を横回転させ、常人では捉えられない剣速なカウンターが、朱音の背部に襲い来る。

 だがその一閃を、朱音は背を向けたままロッドで防ぎ、間髪入れず刃を打ち払う。

 体勢のバランスを崩された翼に、朱音からの背を向けた状態からの突き、回転させながら振り向きざまの袈裟掛け、踏み込みながらのニノ太刀の逆胴、右薙の連撃が振るわれた。

 リーチの長さを生かした〝薙ぎ払い〟は、薙刀、槍、棒と言った長柄の武器たちが持つ最大の脅威、並の後退ではその攻撃を避けきることなど不可能。

 それを翼は、長年の経験の勘と、ギアの機動性を頼りに避け、または刃で巧みに受け流し。

 

「ハァッ!」

 

 続けて放たれた突きを最小限の動きで躱したと同時に、ロッドの側面を下段から打ち上げた。

 今度は朱音の体勢が崩された。身を屈ませながら一回転した翼は、朱音の長くすらりと伸びた脚部へと斬りつけようとする。

 刃が彼女の足を捕える寸前、地面から炸裂音と火の閃光が轟いた。

 咄嗟に朱音はロッドの先端を地面に打ち付け、そこから火球を零距離で発射、その際起きた反動で跳び上がり、翼の斬撃は空振りに。

 すかさず朱音は落下しながらロッドの先を翼に見据え、突きを入れようとしたが、半円を描いた翼の剣に払われる。

 突きの一打目が駄目なればと、朱音は二打目たる唐竹の一閃を振り下ろした。

 翼は斜めに防御の構えを取り、得物同士が接触した瞬間、朱音のロッドの力を逆に利用して先端をアスファルトに叩き付ける。

 ロッドを刀身で押さえつけたまま、翼はバックキックを繰り出す。

 対する朱音は、しゃがみ込んで躱し、その体勢から蹴り上げた。

 下あごに迫るキックを、体を反り返らせて逃れた翼は、追撃を避けるべく朱音の真上に、計五本の《千ノ落涙》を出現させて降らせる。

 朱音はスラスターを噴射して下がり、刃の直撃を免れると、相対距離十三メートルの差を開かせて着地。

 その瞬間を狙って、虚空に振るわれた翼の刃から放たれた《蒼ノ一閃》より小ぶりの刃――《蒼ノ一刃》。

 それを朱音は、横薙ぎの軌道で打ち払った。

 彼女が蒼ノ一刃に対応している僅かな間、翼は脚部のブレードのスラスターを噴射して接近、速度を維持したまま逆立ち、《逆羅刹》の回転剣撃を繰り出す。

 

〝これはまた、何と言う因果か……〟

 

 自身もかつて、高速回転しながら飛び回っていただけに、翼の技の一つから因果を感じずにはいられない朱音は、かと言ってセンチメンタルに溺れることなく、足のスラスターによるホバリング移動で迫る刃を捌いていく。

 

〝パワーはあるな……だが――〟

 

 右手には刀を持ったまま、片手と片腕のみで回転している翼、脚の刃に気を取られていれば足下を掬われかねない。

 ならば――安定性よりも攻撃性を取った翼の選択を突く。

 

「デリャッ!」

 

 回転で翼の瞳が一度外れ、またこちらに見据える瞬間を狙い、朱音は地面に打ち付けたロッドの先から放った火で地面にほんの小さな花火を起こす。

 たとえ小さくとも花火は花火、しかも逆立ちしている体勢な翼への目くらましには覿面の効果、片手で立っていた彼女の勢いは狂い。

 

〝もらったッ!〟 

 

 朱音は屈みながら翼の鳩尾に、正拳を打ち込んだ。

 あらゆる武術を学び、鍛えられた上にギアの力で強化された朱音のしなやかで強靭な肉体から打ち出された拳撃、玄武掌――《ハードスラップ》は、一撃で翼のスレンダーな体躯を打ち飛ばすも。

 

「ガハッ!」

 

 左肩に押し寄せた衝撃で、彼女も後方へ突き飛ばされた。

 両者とも、何度か地面を打ち回るりながらも体勢を立て直して互いに眼光を打ち合った。

 実は両者とも、これが初めての実戦における〝対人戦闘〟。

 片やノイズと、片や怪獣であった自身と同等、もしくはそれ以上の巨躯な怪獣。

 どちらも、人外の異形と戦ってきた戦士と言う、共通項が存在した。

 

 

 

 

 

 痛みで呻く左肩を、右手で掴む。

 私がアームドギアの一つに長柄の棒(ロッド)を選んだのは、必ず群れて行動するノイズとの一対多数戦を想定してのこと。

 その長柄の武器でリーチでは勝る敵に、剣で打ち勝つには、相手より三倍の力量が必要となる話はよく聞くが………得物の優位性とパワーではこちらの方が有利な中、互角の勝負に持ち込める優れた剣腕。

 それだけでなく、アスファルト上に発火させた火炎の閃光で、一時的に目が頼りにならない中、私の拳撃が当たるタイミングで刀を逆手に持った右手から柄を打ち込んでくる戦闘センスの高さ………この〝剣〟………やはり伊達ではない。

 さっきの柄の殴打も、ギアの鎧と、スラスターの噴射が間に合ったおかげで大事には至ってないが、もし生身で諸に受けていれば骨に亀裂が走ったかもしれない。

 彼女のカウンターで、昏倒させるつもりだった拳打の勢いは削がれてしまった。

 それでも翼にもダメージはあり、鳩尾を手で押さえ、膝を大地に付かせている。

 お互い、確実に体力は消耗している。背後で私らの戦いに気圧されて尻もちをついてしまっている響には、充分〝戦場の過酷〟さは伝わっただろう。

 これ以上やれば、風鳴司令ら二課の立場もぐらつかせてしまいかねない。

 できれば………このまま痛み分けで〝手打ち〟と言うやつにいきたいところなのだが……。

 

「なぜだ?」

 

 私と同等に息が荒くなっている翼が、納得しがたい旨が込められた言葉を発してきた。

 

「そこまでの力量と………覚悟を持ちながら………なぜそこの〝半端者〟を庇い立てる!?」

 

 彼女から見れば、響を守る為にここまで戦う自分が、納得できずにいるらしい。

 なぜそこまで響を拒絶しているのかは………私はある程度理解できた。

 口にはせずとも、翼が振るう剣閃が、雄弁に語ってくれたから。

 

〝あのギアは………ガングニールは………奏のものだ!〟

 

〝他の誰でもない! 血反吐に塗れてまでも手にした奏にしか持つことを許されぬ一振りだ!〟

 

〝返せ! 返せ返せ返せ返せ返せ!―――奏のガングニールを返せ!〟

 

 剣撃の数々には、彼女の内に秘めた激情が迸っていた。

 

 地球の記憶を通じて、二人の戦いを見てしまった身だから………翼の亡き相棒に対する〝想い〟の強さは知ってはいるし。

 

〝インチキ適合者じゃ……ここまでかよ〟

 

 なぜそこまでガングニールに拘る理由も、ある程度想像できる。

 もし私が考えている通りなら……体内に聖遺物が紛れ込んだだけで〝適合者〟になってしまった響にあそこまでの〝拒否反応〟を見せてしまうのも………無理からぬ話。

 おまけに、戦場に立つ自覚も覚悟も足りず、戦場、と言うより危険の中を立ち回る術も学んでいない身で、〝人助け〟したい気持ちだけでしゃしゃり出てこられたら、私でも怒る。

 ある意味で、〝人助け〟を生業としている人々を愚弄するようなもの………響には申し訳ないけど、さっきまでの彼女は無謀で思慮が浅はかだったのは否定できない。

 

「この子は適合者だとか装者である以前に―――世界で唯一無二の生命であり………〝友達〟です」

 

 だがそれでも、むしろ理解できる点があるからこそ、風鳴翼の〝暴走〟を許すわけにはいかない。

 非情と表されるまでに情は持たぬ身ではないが、安易に情に溺れるほど甘くもない。

 

「その命を、貴方は守るどころか、脅かそうとしている」

 

 本当はギャオスと同類な〝奴ら〟と比べたくもない………けど、不条理なる仕打ちを与えようとしている点では、今の彼女は、ノイズども変わらない。

 たとえ翼に、殺すまでの意志がなくともだ。

 

「それが――〝守護者〟のやることですかッ!?」

 

 翼は応えられずにいた………が、瞳と中心に、震える彼女から〝揺らぎ〟がはっきりこちらからも見えた。

 聞く耳を持たなかった先程と異なり、今の〝沈黙〟は、多少なりともこちらの言葉が心に響き渡ったものによる。

 これはつまり、まだ〝手遅れ〟にまで至っていないと言うことだ。

 

「こんなことをしても………貴方も………ましてや天羽奏も………報われない」

 

 だから私は、敢えて風鳴翼の〝逆鱗〟に触れる。

 

「なっ……んだと?」 

 

 私の口から発せられた相棒の名は、明らかに翼の心により大きな波紋を齎した。

 荒療治どころでないやり方ではあるが………頑なさで凝固された彼女の心が、完全に手遅れになってしまうその前に止める為には、〝鬼〟になるしかない。

 

「貴方の太刀筋は、鋭く激しくも脆い………私には、鋼鉄のみで鍛えられてしまった、鞘にすら入っていない〝抜き身の刀〟にしか見えません」

 

 ここで、翼の〝蛮行〟を許してしまえば………〝守護者〟としての彼女の〝翼〟までももがれ、地に落ちてしまう。

 

「貴方をそんな刀にしてしまった根源は、代え難い相棒をあの日死なせてしまった罪悪感………それに苛まれる余り、天ノ羽々斬の本来の用途を無視した戦い方をし、感情(こころ)を押し殺そうとしてまで、〝天羽奏〟と言う名の〝剣〟になろうとしている、違いますか?」

「やめろ……」

 

 真面目が過ぎる彼女は、誰よりも自身が犯してしまった蛮行に打ちひしがれ、なお一層悔やみ、自身を攻め、自傷し続けながら、苦しんでいくことになる。

 そうでなくとも、こんな自身に掛かる負担を度外視した………己の感情までも切り捨てようとする〝生き方〟は、確実に彼女を破滅に誘わせてしまう。

 

「誰が貴方に……そんな剣になれと命じましたか? 誰がそのような……修羅めいた生き方をしろと、押し付けましたか?」

「黙れ……」

 

 司令も、緒川さんも、何より天羽奏も……誰がそんな痛ましい彼女の姿を見たいのか? 誰もそんな生き方、求めていやしない。

 このまま本当に風鳴翼の心が壊れてしまえば………彼らもまた〝罪悪感〟と言う十字架を自ら背負ってしまうことになる。

 

「そんな風鳴翼を、貴方を想っている人達が、何より天羽奏が……見たいと思い――」

「黙れッ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇっーー!!」

 

 こちらが紡いできた言葉を、翼は絶叫と言う刃で切り裂いた。

 

「気安く―――奏の名を口にするなッ!」

 

 瞳は前髪で隠れてしまっており、表情は読み取れない。

 顔を見るまでもなく、彼女の全身からは、彼女が求める戦士の〝仮面〟が剥がれ、激情の濁流があふれ出ていたのだが。

 その姿は、まるで泣きじゃくる子どものよう。

 それ程までに………この人はあの人を、心から慕っていた、それ故にあの日あの人が命を散らし、自分は生き残ってしまった事実を、ずっとずっと悔やみ、押し隠そうとする余りに無理に無理を何段にも積み重ねてノイズとの戦いに明け暮れていたのだと、改めて実感する。

 溜め込んでいた想いは、今ついにこうして氾濫してしまっていた。

 招いたのは私だが、どの道こうなってしまうのは………時間の問題だった。

 

 

「お前が奏の何を知っている!? 奏の何を理解している!? 奏の―――何を分かっていると言うのだ!」

 

 ああ……荒れ狂う彼女が叫んでいる通り、私は知らない。

 装者としてのあの人の戦いも、二年前の最後の日も。

 

〝ありがとう……生きていてくれて〟

 

 あの笑顔すら………実際は目にはしていない、地球から教えられただけ………それ以前は映像と偶像越しでしか、天羽奏と言う女性を目にしたことがない。

 これでは、知らないも同然だ。

 

「奏はもういない………いないと言うのに………他に………」

 

 それでもこれだけは―――言い切れる。

 

「……他に何を縋って―――何を〝寄る辺〟に、戦えと言うのだッ!」

 

 かつて同じ〝修羅の道〟を辿ろうとしていた者として――〝守りし者〟として、絶対に彼女を止めなければならない。

 

〝――――――♪〟

 

 天ノ羽々斬から、コーラスも交えた伴奏が鳴り始めた。

 

「――――♪」 

 

 歌い出すと同時に、上空から幾つも星のものではない光点が幾つも。

 あの剣の雨か? こちらの見越しの通り、星空に出現し浮遊する〝直剣〟、数は三十、いや四十を超えている。

 アームドギアでの迎撃(うちはらい)は不可能ではない、けどあの攻撃範囲では………響までも巻き込まれてしまう。

 今響は、戦闘の荒ぶる大気にさらされた影響で完全に放心している………とてもこの場から離れられる余裕はない。

 

 盾だ。あの刃の驟雨を一本足りとも通さぬ〝盾〟がいる。

 

 私は、右手のロッドのエネルギー結合を解いて消失させ、代わりに左手の掌の噴射口から、炎を吐いた。

 脳内に盾のイメージを明瞭に浮かべ、それを元に気体たる火炎を物体へと形成。

 

 形作られたのは―――紅緋色なドーム状の盾。

 

 表面は幾つもの甲坂が鱗状に敷き詰められ、側面は鋸のように鋭利な刃が斜めに伸び、中央にはプラズマエネルギーを放出させる掌のと同様の噴射口がある。

 

「――――♪」

 

 歌声は一昨日の夜に聞いたのと比べると、微々たりとも音程は外れていないと言うのに、荒々しい。

 滞空していた翼の直剣たちが、一斉に射出された。

 私はガメラの甲羅をモチーフとしたアームドギアの盾を空へと構え、中央の噴射口から炎を放って、膜状に広げていく。

 

〝固すぎず、柔になり過ぎず、日本刀の如き堅固さと、柔軟さを〟

 

 そう己に言い聞かせて集中力を高めて操作、燃え盛る火は火のまま、左手が持つ盾以上に甲羅で、二十メートルはある焔の〝障壁〟に象られた。

 直後、迫る直剣たちが障壁の表面と衝突し、重く鈍い爆音が響き、爆炎が上がる。

 あの群れる剣は、多数のいわゆる雑魚相手を殲滅する技、なので一本一本が持つ攻撃力は決して大きくはないが、塵も積もりれば山となる諺があるように、それらが一斉に豪雨の如く空から降り注げば、威力も威圧力も半端ではない。

 手には一度に、かつ何度も、剣と盾の衝突による振動が押し寄せる。

 

「――――♪」

 

 私も歌を奏でた。

 あの剣たちが〝歌声〟の恩恵を受けている以上、こちらも歌でギアの出力を上げなければ競り負ける。

 両手と、それに連なる全身に伝ってくる衝撃による重圧……だが引くつもりはない。

 

 一振りたりとも、この炎の盾の奥へは通させない!

 

 私の後ろには―――友達(ひびき)もいるのだから!

 

 私の意志に応えた甲羅(せなか)を模す焔の盾は、直剣の豪雨を凌ぎ切った。

 まだ天ノ羽々斬からは伴奏が流れ、翼は歌っている。

 次に来る筈の攻撃への警戒は解かずも、消費を抑える為、盾の組成を解くと、聴覚は空気を裂く音を、視覚は月光に反射された物体を捉え、反射的に首を横に傾ける。

 妖しく煌めく一本の短刀が、頬の直ぐ側を通り過ぎた。

 翼が投げたものだ………がなぜ、今さら短刀一本?

 

「なに!?」

 

 短刀による攻撃の意図が読めぬ中、異変が起きる。

 突如、金縛りに遭った……どんなに動かそうとしても、震えるだけで言うことを利かぬ肉体。

 これも天ノ羽々斬の力か? 今までの攻撃のどこに、こんな作用が………辛うじて動く首を、後ろに向けた。

 月光と街灯の光でできた私の影に、あの短刀が突き刺さっている。どうやらそれが……金縛りの原因らしい。

 まさか〝忍術〟とは………これはまたけったいな技を使う。

 

「――――♪」

 

 翼の歌がサビに入ると、彼女は夜空へと高々と跳び上がり、こちらへ向けてアームドギアの刀を投擲。

 重力と慣性の〝波〟に乗って斜線上に降下する刀は、道中片刃から諸刃に変わり、さらに全長四十メートル近い、推進器までも備えた巨大な刃となる。

 

「ちっ……」

 

 どうやら質量保存の法則が、裸足かつ全力で逃げだしたらしい。

 スラスターでもある脚部のブレードの推進力を得た翼は刃の後部の中央を蹴りつけ、刃自身も推進器から噴射、その巨大さに似合わない加速で突進。

 

 そこまで―――〝感情なき剣〟に縋るか!?

 

 相棒を失ってしまった悲しみと、相棒を死なせてしまったと言う後悔は、ここまで彼女を頑なにさせてしまった。

〝情〟を戦いの世界には無用の産物とし、切り捨てるのも、一つの〝戦士〟の形なのかもしれない。

 

 だがそれは―――歌を力に変えるシンフォギアの担い手にとって、致命的な〝矛盾〟だ!

 

〝我の内に灯る炎よ――熱気を滾らせろ〟

 

 胸部の勾玉から、バイオリンを主体とした弦楽器たちの伴奏が流れ始め、同時に沸き上がる歌詞を私は口ずさむ。

 

〝内なる炎は諸刃の剣 時に人を苦しめ 時に人に力を齎す〟

 

 全身に掛かる捕縛力は、私の歌唱の声量が強まるに比例して衰えていく。

 この程度の〝暗示〟に捕われ続けるほど、私も伊達ではない!

 

〝その火こそ歌を生み 我が力の糧となる!〟

 

 悔やむ余り、攻める余り、忘れてしまったのならば――――敵はおろか味方も、己さえ傷つける抜き身の刀と化して〝先輩〟に、今一度示そう。

 

〝さあ今―――歌を翼に変えて―――飛び立とう!〟

 

 歌の〝源〟の―――何たるかをッ!

 

 

 

 

 弦楽器とギターとベースとドラムとシンセザイザーが重なった伴奏をバックに、朱音は右足で渾身の踏み込み――〝震脚〟を大地に振るい。

 左足の噴射口からは、白煙が放出され、彼女の勇姿を隠すベールとなった。

 

 朱音の真意を読み取れない翼は、されど巨大な剣――《天ノ逆鱗》の降下を止めない、止められない。

 

 完全に、ここ二年間押し込んできた感情(こころ)の反動が生み出した濁流に、翼は呑まれてしまっていた。

 その為、狙いも碌に定めぬまま……《天ノ逆鱗》を発動してしまっていた。

 それが、彼女にとって致命的なミスとなる。

 

 

 

 

 白煙の奥から、翼に向かって飛ぶ物体一つ。

 咄嗟にそれを腕で弾いた彼女は、その正体に驚愕する。

 朱音の動きを封じていた筈の、短刀であった。

 彼女は右足で振るった震脚でアスファルトに亀裂を走らせ、影に突き刺さっていた短刀を舞い上がらせ、右手で掴み取り。

 左足の噴射から発した白煙でこちらの姿を隠し、相手側の噴射音で位置を割り出して正確に翼に向けて短刀を投げつけたのだ。

 

〝しまった!〟

 

 今の朱音の反撃の一つ目で、巨大な剣の射線がズレが生じる。

 しかも翼が短刀にほんの一瞬でも気を取られている間、白煙からもう一つ物体が飛び立つ。

 吹き出す炎で高速回転するそれは、朱音が新たに生み出したアームドギアたる甲羅(たて)であった。

 盾は一気に剣に肉薄し、実体刃と推進力となっている噴射炎の二重の回転斬撃――《シェルカッター》で、刃の側面を大きく抉らせた傷を負わせた。

 今の盾の攻撃で、《天ノ逆鱗》の軌道は修復困難なまでに陥る。

 

〝我が火炎よ―――紅蓮の刃となりて〟

 

 翼の短刀、アームドギアの盾に続いて、飛翔する朱音が、白煙の膜を獲物を見据えた猛禽の如く突き破る。

 彼女の両手には、長柄武器にしては短いが、剣にしては長すぎる、二つの武器の特徴を掛け合わせた形状な紅緋色の柄で、刃なきアームギアを携えていたが。

 

〝汝を蝕む闇を――――断ち切れ!〟

 

 朱音が剛健さと麗しさを兼ね備えた歌を唱えると当時に、アームドギアの先端から激しく燃える炎が放たれ凝縮。

 

「バニシングゥゥゥーーーー」

 

 十メートルを超した光り輝く炎の刃――《バニシングソード》となり。

 

「ソォォォォォォォ―――――――――ドッ!」

 

 スラスターの加速を上げ、翼の《天ノ逆鱗》へ、盾が先に刻んだ傷に沿い、右切上の流れで切りつけ、日本刀の斬撃、即ち引き切りの要領で、切り上げる。

 朱音の感情(こころ)の火炎が生み出した歌――高出力のフォニックゲインでできた紅蓮の大剣は、彼女が今奏でた超古代文明語の〝詩〟と、寸分違わず。

 

「ぬぅぅぅぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!」 

 

 風鳴翼の巨大剣――アームドギアを、文字通り、真っ二つに〝断ち切った〟。

 

〝そん……な……〟

 

 茫然自失の状態となってしまった翼は、折れた自らの剣をただ目の当たりにすることしかできぬまま、落ちていった。

 

 

 

 

 

 両断された巨大剣は、力なくアスファルトに落下、激突して、周辺の大地を震撼させて消滅。

 今の衝撃で地下の水道管が割れ、道路の割れ目から噴水どころではない多量の水が噴き出して、

局地的な雨を降らせ始めた。

 

 ひび割れた人工の大地に着地した朱音はギアを解除、疲労で膝を付かせる。

 髪も顔も手も制服も、あっという間に水道水の豪雨によってずぶ濡れとなる。

 

「朱音ちゃ~~ん!」

 

 肩で息をしている朱音に、同じくギアは解かれ、戦闘の終結で我に返っていた響が駆け寄ってきた。

 

「朱音ちゃん、大丈夫?」

「ああ……すまない……君にはとんだ内ゲバを見せてしまった」

 

 朱音は響に詫びる。

 響を助ける為、翼の暴走を止める為とは言え、政府が極秘に所有している兵器であり、人類の希望でもある〝シンフォギア〟で私闘を行ってしまったことに変わりない。

 響にとってさぞ心苦しい光景だっただろう………級友と憧れの存在が、争う姿は。

 

「朱音ちゃんが謝ることないよ………〝誰かを助けられる〟からって、調子乗ってた私が………悪いんだから………ごめん」

「響………」

 

 眼前で起きた響が詫びを返した直後。

 

「一足、遅かったか……」

 

 雨音の中から、野太い男の声が響く。

 

「司令……」

「こいつはさすがに、広木大臣もご立腹になっちまうのは避けられねえか……」

「すみません……」

 

 急ぎ、この場に駆けつけ、実質人類最強の域な戦闘能力で〝戦闘〟そのものを止めようとしていた弦十郎であった。 

 生憎、到着する前に終結してしまったのだが。

 

「謝るのは俺たちの方だ………こんなことになっちまう前に、予め止めれなかったんだからな」

 

 弦十郎は二人に謝意を表明すると、その足で力なく荒れたアスファルトに尻もちをついている翼へと近寄り、起き上がらせようとする。

 

「翼も大丈夫かっ……………お前泣いて――」

「泣いてなんかいませんッ!」

 

 弦十郎の問いを、翼は語気を必要以上に強めて否定する。

 口調は武士を思わす古風さを帯びたものから、完全に年相応の少女のものに戻っていた。

 

「涙なんか………流してはいません………風鳴翼は、その身を鍛え上げた戦士です、だから―――」

 

 誰から見ても、戦士とはほど遠く、か弱さを漂わせた〝少女〟な風鳴翼は、意固地な姿勢のまま―――目元から、大量の雨に混じって流れ出していた。

 

「あの……」

 

 響なりに思うところがあったのか、翼に何かを伝えようとするが、直前に朱音の手が彼女に乗ったことで制止させられた。

 

「朱音ちゃん……どうして?」

 

 朱音は言葉にする代わりに、首を横に振って、〝そっとしてあげて〟と響に伝える。

 

 もしも、響が励ましの意図であったとしても――〝これから一生懸命に頑張って、奏さんの代わりになる〟――などと口にしたのなら、平手打ちを一発与え。

 

〝二度は言わない………二度と天羽奏の代わりになるなどと言わないでくれ〟

 

 と、朱音は友に叱責していたことだろう。

 

 それほどまでに………風鳴翼と言う少女の心は、未だに頑迷固陋の壁に塗り固められたままであった。

 

つづく




朱音が響の原作でのKY発言を未然阻止する展開となりましたが、むしろこの流れであんな分かりやすい特大地雷なんて踏ませたら余計響はKYヤローになってまうことに書いている途中で気づき、ラインを組み直した結果、こうなりました。

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