正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

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第六話

 ジークフリートと『紅き翼』の戦いは、熾烈を極めた。

 基本的に攻撃するのは『紅き翼』。多種多様な魔法や気による絨毯爆撃によって、手数と威力でジークフリートを圧倒する。

 目にも眩い魔法の乱舞は、世界の終わりすら思い浮かべる破壊の怒涛。

 上位魔法使いですら、そのナギの大魔法やラカンの気砲の嵐の中では原型を留めることすらできないだろう。

 それほどの攻撃に曝されていながら、帝国が雇った傭兵剣士は倒れることなくしっかりと両の足で彼らの前に立ちはだかっている。

 人と同じ姿容をしていながら、あまりにも大きな壁を見上げているような錯覚にすら陥る。

 実に驚嘆すべき防御力。

 もはや、魔法理論など破綻している。

 物理常識も通用しない。

 ジークフリートという一人の男が、独自のルールの下で活動している。

 そうとしか思えないほどの理不尽だった。

 しかしながらジークフリートからすれば、『紅き翼』をこそ賞賛したい。

 彼の前に立って、これほど持ち堪えた者はそうはいない。

 黄金の槍兵と比べればさすがに劣るものの、彼らの能力も英雄豪傑と呼ぶに相応しいものであろう。ジークフリートの防御を貫けないことは、決して弱いということを意味しない。

 ただ、相性が悪いだけだ。

 これが、ジークフリートではなく防御宝具を持たない別の誰かなら、あるいは彼らは打倒できたかもしれない。

 とはいえ、それは考えても詮無いことだ。

 この場にいるのはジークフリート。

 他の誰かだったならという過程はまったく以て意味を成さない。

 嵐の後には静けさがやって来る。

 戦いは静と動を繰り返し、徐々にそのスパイラルを加速させていく。

「しゃあ、行くぜ!」

 飛び出したのはナギ・スプリングフィールド。

 赤毛の少年は、今だ十四歳とかなり幼いながらもその力は桁外れだ。この世界の魔法使いの中でもこれほどの力を持つ者はほかにはいないだろう。文字通りの天才児ということだ。

「光の精霊1001柱。集い来たりて敵を射て。魔法の射手・連弾・光の1001矢(サギタ・マギカ・セリエス・ルーキス)!!」

 ナギほどの魔法使いならば、基礎魔法を大魔法規模で、しかも瞬時に放つことができる。

 ばら撒かれるのは破壊に特化した「光」属性の魔法の矢。一発一発は大したことのない攻撃ではあるが、それを視界を覆うほどばら撒くのは驚異的だ。

 もっとも、それは通常の兵士たちが抱くような感想である。

 ジークフリートからすれば、初級魔法など如何に数を寄せ集めたところで目晦まし程度にしかならない。

 そう、目晦ましだ。

 光の雨が降り注ぎ、ジークフリートの身体をこれでもかと打ち据える。

 閃光と爆発の中で、ジークフリートは鬼神兵の背を蹴って空中に跳んだ。

 標的はナギではない。

 光の雨に紛れてグレートブリッジに向かおうとしていたアルビレオだ。

 ジークフリートの超人的な聴覚は、『紅き翼』の密談を一言一句違わず聞いていたのである。ナギがジークフリートを足止めすることも、アルビレオがその隙にジークフリートを迂回してグレートブリッジへの侵入を試みるのも分かっていた。

 不用意に動いた。その隙を突く。

 アルビレオの飛行速度を、優に上回るジークフリートの突進速度。ナギの魔法の矢など、そよ風に等しくアルビレオとの距離を一瞬で詰めてしまう。

 柔らかな表情が一転驚愕に弾け、次いで苦悶を浮かべる。

 ジークフリートが勢いのままに彼に衝突し、その大剣を腹部に深々と突き刺していたからだ。

 アスカロンの刃幅を考えれば、アルビレオの胴体はほぼ両断されたに等しい重傷。普通ならば死は避けられない。

 空中で剣を引き抜く。

 アルビレオの身体は藁屑のように風に煽られ錐揉みしていく。墜落の途中、煙と共に遺体が消えた。

「何――――ッ」

 ジークフリートの目が初めて驚愕に見開かれる。

「はは、引っかかったな兄さんよ!」

「覚悟しやがれッ!」

 ジークフリートを前後に挟むようにして展開された魔法陣から、ラカンとナギが現れた。

 転移魔法だ。

 難度の高い技法で、大型の魔導機械で扱うのが通例の大魔法。それを、混迷を極める戦場で、ピンポイントで扱う技量の高さ。この世界での魔法がどのような代物か、正しく理解していないジークフリートではあるが、転移が難しいということくらいはさすがに分かる。この状況で使ってくるとは思いもしなかった。

 後方のラカンと前方のナギ。

 致命的なのはラカンのほうか。背中がジークフリートの防御が唯一存在しない弱点だ。無論、それは守られていないというだけであって、攻撃されたら即死というようなものではないが、ラカンの攻撃力で背中を打たれるのは致命的だろう。

 空中という踏ん張りの利かない状況下で、ジークフリートはアスカロンから魔力を放出して回転斬りを放つ。独楽のように回ることで背中への攻撃を躱すと共にラカンの首を取る。

 しかしジークフリートの大剣を、ラカンはこともあろうに左手だけで受け止めたのだ。もともと非常識なまでの頑丈さは有名だった。まして、今は足場のない空中。魔力のジェット噴射による斬撃も、踏み込めなければ威力は激減するだろう。その一方で、ナギやラカンは空中を足場とする技術を持っている。

「俺は素手のが強い」

 実に楽しそうに笑いながら、ラカンは莫大な気を右の拳に集束させる。

 見ずとも分かる、対軍クラスのエネルギーだ。 

 さらにナギも魔力を右手に集めている。雷撃のエネルギーをただ解き放つのではなく、一点に集中しかつ圧縮しているのだ。

「羅漢萬烈拳!!」

魔法の射手・(サギタ・マギカ)集束・光の1001矢(・コンウェルゲンティア・ルークム)!!」

 ラカンとナギの最大出力の拳がジークフリートに突き立った。

 もはや、それは大魔法を一点に集中したに等しい強大な威力の攻撃であった。胸元に弾道ミサイルを受けるようなものだ。真っ当な魔法使いはこの余波だけで死ぬだろう。

「ぐ、な、これは……!」

 これまで、すべての攻撃をそよ風の如く受け流してきたジークフリートが始めて危機感を覚えた。

「あんま、舐めてんじゃ――――ねえぞ!」

 ナギが吼え、秘されていた魔法を解放する。

解放(エーミッタム)千の雷(キーリプル・アストラペー)!!」

 ジークフリートが光に飲まれて吹き飛んでいく。

 海水は爆発的なエネルギーの上昇に耐え切れずに絶叫し、大量の水蒸気と化す。余波で背後のグレートブリッジの外壁が崩れ、内部にまで雷撃が侵入した。

 吹き飛ばされたジークフリートは、自分に圧し掛かる瓦礫を押し退けて地上に出た。

 身体の調子に問題はない。

 グレートブリッジの瓦礫が足場となっているおかげで、海に沈むこともなかった。

「なるほど、魔法か。便利なものだ」

 この胸の痛み。

 まさしく、彼らの攻撃が自分の竜の鎧を貫いた証。

 命に届くものではないが、これはこの身を打倒する可能性の発露に他ならない。肌がヒリヒリとするのは、最後の千の雷によるものだろう。ところどころ火傷がある。聖杯戦争のルールに則ればAランクを超える攻撃だったということだ。

 この身体に届く攻撃をしたことだけでなく、その作戦に見事に引っ掛けられたというのが面白い。

 してやられたと思った。

 二手に分かれるという作戦をわざわざ口に出したことで、アルビレオが戦線を離れるものと誤認させたのだろう。ジークフリートに聞かれることを想定して偽の作戦を口に出し、本来の策は念話でやり取りしていたに違いない。

 雨のように降らせた魔法の矢は、アルビレオが(デコイ)と入れ替わる瞬間を隠すためのものだったということだろうか。

「いずれにしても、貴公らの力は見事と言う他ないな」

「はん、余裕ぶってやがれ。もう慣れた。次は青あざじゃあ済まさねえからな」

 ナギが雷撃のエネルギーを右手に集めている。魔力を練り上げることで、一時的にでもAランクを超える出力を発揮するということか。それには、莫大な魔力を精密に管理するだけの技術が必要だ。失敗すれば、自分が消し飛ぶことになるのだから。しかし、ナギはそれを戦いの中で発想し、ぶっつけ本番でやって見せた。彼の言うとおり、次はさらに完成度を上げてくるだろう。

 ――――俺との戦いの中で着実に成長しているということか。

 今日は驚かされてばかりだ。

 敵は自分が魔法戦闘に不慣れだということも看破しているだろう。

 水上を歩くことも、空中を踏むこともできない以上、足場という不利を抱えている。この世界では空を飛ぶことも不可能ではなく、事実『紅き翼』は水上も空中も難なく移動しているし、今の一撃にしても空中で踏ん張りが利かないジークフリートと空中を踏みしめることのできるナギとラカンという状況であった。

 天地人のすべてが敵に組している。

 このまま続けても敗北はないだろうが、着実に敵はこちらを攻略する手を打ってくるに違いない。あるいはその果てに、完全に『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファフニール)』を貫く何かを見つける可能性もあるだろう。

 それに、こちらも大部分が撤退した。敵の艦隊が、グレートブリッジに本格的に接近している。

「ジークフリートと言いましたね」

 とアルビレオが話しかけてきた。

「このグレートブリッジはすでに陥落したも同然です。あなたは時間稼ぎのために私たちの前に現れましたが、これ以上の戦闘は無意味でしょう」

「な、おい、アル!」

 ナギの抗議をアルビレオは無視した。

「あなたは傭兵。帝国の正規兵ではありませんし……」

「つまり、俺にそちらに就けということか」

 なるほど、確かに傭兵は金で雇われた臨時の兵。仕事は終われば縛りはなくなるし、場合によっては敵側に寝返る者もいるだろうし、帝国側も傭兵を見殺しにする判断を取ることもある。それは可笑しな話ではない。

「すまないが、断らせてもらおう。確かに俺は傭兵だ。言い方は悪いが、帝国への忠義もない」

「では、なぜ?」

「忠義はなくとも義理はある。あの国には、俺によくしてくれた人たちがいるからな」 

 ジークフリートはアスカロンを見下ろす。

 刃毀れだけでなく、一部が白煙を吐いている。

 度重なる無理強いにオーバーヒートしたのだろう。プロトタイプでしかもまともに使える者がいなかったというから調整もできなかったのだろう。強力な武器であることに変わりはないが、改善点も多そうだ。

「武器も限界に達しているようですよ」

「ああ、その通りだな。人に武器を託される経験などなくてな、ついつい使い込んでしまった」

 彼の代名詞たる宝具の数々は、基本的に打ち倒した敵から奪ったものだ。

 人から剣を贈られるという経験自体稀有なものだったので、叶うのならばこの剣で武功を上げたいと欲を出した。

 ジークフリートはアスカロンを瓦礫の山に突き立てた。

 使えぬ武器を持っていても仕方がない。徒手空拳ができないわけではないが、相手が相手だけに得意とするスタイルを堅持すべき。となれば――――使える武器を出す以外にないだろう。

「俺は貴公らの情報を与えられた状態でこの戦場に立った。切り札と思しき魔法についても、資料に当たる時間を貰った」

 魔力が黄昏の光を放ち、ジークフリートに集まっていく。煌びやかでおぞましい、通常の魔法とは法則からして異なる「異質」な気配に『紅き翼』の面々は総身を粟立たせた。

「だが、貴公らは俺について何も知らない。故に一つだけ、情報を開示しよう」

 その手に現れる聖剣の柄を握り締め、大敵を見据えるジークフリートは瞬間的に魔力を増大させた。アスカロンでも似たような使い方はできたが、この剣はその数倍、いや数十倍にまで魔力を増大させているのではないか。

「すでに理解していることと思うが、この一撃は辺り一帯を焼き払う。死力を尽くさねば死ぬだけだぞ」

 この距離で避けるなどという選択肢を与えるはずもない。

 掲げる聖剣は黄昏の光に満ち溢れ、解放の時を待っている。

 竜を堕とし、彼の生涯を通じて切り札としてあり続けた至高の輝きを今解き放つ。

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

 黄昏の輝きは瞬く間に広がり『紅き翼』の視界を覆い尽くす。

 加速する竜の因子は咆哮を上げ、世界の終わりにも似た黄昏の津波が触れるものを跡形もなく消し飛ばし、押し潰していく。

 驚愕に浸る時間すらない。

 ジークフリートが言ったとおり、生半可な対処では諸共に焼き払われるだけだ。

 最初に反応したのはラカンだった。

 彼は三秒で全開に達する超高性能エンジンのような存在だ。自らの身の内に宿る気を押し固め、加速して放つ。そのプロセスに僅かの遅滞もなく、ほぼ反射的に最大規模の気砲を放つ。

 さらに、ラカンに僅かに遅れて詠春が真・雷光剣で援護する。呪文詠唱を必要としないが故に発動が速くラカンに合わせることができたのだ。

最強防護(クラティステー・アイギス)!!」

 次いでゼクトが持ちうる限り最強の守りを展開する。無数に重なり合う多重魔法障壁が広範囲に渡って張り巡らされた。

 三人が時間を稼いだこの間に、ナギとアルビレオがそれぞれ今放ちうる中での最大魔法を発動する。

 重力魔法によるアシストと雷の暴風による一点突破。黄昏の津波の全体を抑えるのは難しいので、全員がただ一点を狙って攻撃を集中する。死を目前にしながら、勝利するための悪あがきを辞めないその姿勢が功を奏したのか、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)と拮抗する。

 

 

 果たして、濛々と立ち上る水蒸気と激しく荒れる水面の中で『紅き翼』は誰一人欠けることなく生きていた。

 傷つき、半ば倒れそうになりながらも『紅き翼』は激烈なる宝具の輝きを受けて生き永らえたのである。

 A+ランクの伝説に名高い対軍宝具と真っ向から相対して、全員が乗り切ったことは奇跡と呼ぶべきだが、それと同時に彼らが自らの可能性を示したということでもあろう。

 己が切り札を乗り切られたことは衝撃的ではあったが、その反面、喜ばしくも思えた。

 彼らは生きた人間で、今ですら発展途上。次に相見えるときに、どれほど強くなっているのか未知数だ。帝国の脅威を取り払うというのが目的であれば、ここで斬り捨てるべきであろう。

「む……」

 剣を握り締めたとき、空から一条の光が落ちてきた。

 ジークフリートはそれを咄嗟に避ける。足場としていた瓦礫の山が一撃で溶けてなくなった。艦砲射撃だ。こともあろうに、ジークフリートという個人に向けて連合側の艦隊が攻撃を仕掛けてきたのである。それほどまでに『紅き翼』が惜しいということだろう。

『ジークフリート、もう大丈夫だ。退いてくれ!』

 と、脳裏に声がする。

 ここまで彼を連れてきた艦の人間だ。

『撤退は終えたのか?』

『八割方な。それよりも、あんたほどの人間を死なせたら、俺たちは帰れなくなる。グレートブリッジの防衛機構でも敵艦隊を止められなくなったから、もう十分だ。早くしないと転移妨害をかけられる!』

『了解した』

 個人が力を振るう段階を終えたらしい。

 もとよりこれは撤退戦。

 帝国兵が逃げる時間を稼ぐのがジークフリートの最大の仕事であり、それが果たされた以上この戦いにこだわる必要もない。

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

 ついでとばかりに剣を振るった。

 黄昏に輝く波動は空に伸び上がり、頭上に迫る超弩級戦艦の魔法障壁を食い破って精霊エンジンを破壊した。ぐらりと揺れる超弩級戦艦はその弾みで周りの船を巻き込みつつ高度を下げていく。

「あ、テメ……!」

「殺してはいない。だが、あの船に乗っている人数を考えれば救助には時間がかかるだろう。貴公らも向かうといい」

 などと嘯いて、ジークフリートは跳んだ。垂直のグレートブリッジを駆け上がり、そのまま乗り越えると所定の転移場所まで疾風のように駆け抜けていく。

 置いてけぼりを食ったナギは悔しげに顔を歪めつつ、喜悦を露にする。

 ナギをも上回る途方もない力の持ち主が敵にいた。

 それは連合としては震え上がるばかりであるが、強敵との戦いに燃えるナギやラカンからすれば挑む価値のある難題ということになる。

「おい、アル」

「なんでしょう」

 珍しく消耗したアルビレオが気だるげに答えた。

「修行だ、修行。次はアイツをぶっ飛ばす」

「はいはい」

 と、戦意が衰えることを知らないナギにアルビレオは苦笑する。

 事実、今回の戦いは『紅き翼』の完全なる敗北と言っていい。

 命を拾っただけ儲け物だろう。

 しかし、その反面得たものも大きい。

 人間は壁にぶつかると挫折するか大きく成長するかの二つに分かれる。ナギは後者だ。ジークフリートという強者との出会いが彼をさらに成長させるのは間違いない。

 そう考えれば、この敗戦はむしろ収穫があったと言うべきだろう。




ジークフリートってなんと言うのかな、そこはかとなくアスナ姫を逃がした辺りで背中をやられそう。

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