正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

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霊基再臨できぬ


第十八話

 五人の人間を広大な領土から探し出すのは困難を極める作業である。

 魔法による映像記録や探知は、それと同じ結果をもたらす旧世界の科学技術が生まれるよりも前からあって、一般にも普及しているものではあったが、それが街中に張り巡らされていたとしても外国から侵入してきた異邦人を探すなど、砂漠の中から一粒にダイヤを探し当てるに等しい労力を必要とする。まして、ジークフリートたちが連合の内部に潜伏しているとは、誰も気付いていないのだ。自ら見つかるようなことをしなければ、目的地まで大きな邪魔が入ることはないだろうと思われた。

 夜の迷宮まで、残すところ千キロとなった辺りで、急速に周囲は砂漠に姿を変えていた。見渡す限りの砂と岩の連続。なだらかな砂丘の先には、さらに数え切れないほどに連なった砂の山。赤い大地に、緑はない。

 国境沿いを西に只管走り続け、三週間ほど後に北上。真っ直ぐに内陸部にある夜の迷宮に向かう。ここまで、妨害がないとむしろ不安になってくる。謀られていたのではないかと。無論、ジークフリートたちの行動にそこまで注意を払っていなかったり、そもそも把握していなかったりする可能性はある。現状では、自分たちに都合のよい展開になっていると信じることしかできない。ならば、どこまでも突き進むのみだ。

 浮遊する軍用車は時速百キロの速度で砂漠を走っている。

 地表から五十センチほどの場所を浮遊しているために、砂の影響は皆無である。

 これが、旧世界の自動車であれば満足に走ることができず難儀していたであろう。

「広い砂漠だな」

 四方に目を光らせても、見えるのは砂に覆われた大地と地平線の彼方にまで伸びる青い空だけだ。ジークフリートも見たことのない景色の連続に感嘆するほかない。

「魔法界でも随一の広さがある砂漠です。帝国は湿潤な南国なので、ここまでの砂漠はほとんどないのですが、連合の領内にはいくつか砂漠地帯があるのです」

 旧世界と魔法界。環境は異なるが、砂漠に対する問題は似通ったものだ。

 魔法界の砂漠も、年々面積が大きくなっている。世界最大級の砂漠である、ここもまた成長途上であり、すでにこの百年の間にいくつかの村を飲み込んでいるのだ。

 水は魔法で生み出せるから生活することはできる。しかし、朝晩の寒暖の差はいかんともし難い。生活しにくくなり、少子化が進行し、廃村となっていく。

「……この先にある村も、廃村か?」

 ジークフリートの目が、進行方向に小さな村を見つけた。

 見たところ、人気はない。小屋のように見える家がいくつか集まったそれは、今や風化の一途を辿っている。

「そのようですね。地図に載らない村もあるということでしょう」

 本来、近代国家にそのような村が存在してはいけない。しかし、魔法世界の文明は格差が大きすぎる。メガロメセンブリアは旧世界に近く、極めて発展的な都市を形作っている一方で辺境では前世紀あるいは中世に近い政治形態、生活を余儀なくされている地方もある。砂漠のような見放された土地には、こうした住民が少なくない。表面的になっていないだけで、潜在的には数千から万単位の人が行政の目の外にいるとされる。

「今夜の拠点にしてみるのも、悪くないんじゃないか」

 村を外から眺めて、コリンが呟いた。

 白い石壁の家が十数軒立ち並ぶ、小さな村だった。

 様子を見るために、ジークフリートとアレクシアが車の外へ出て、村の散策に向かった。

 砂に足を取られながらも、二人は村の中に入る。

「人が離れて、ずいぶんと経つようだな」

 家は半ばまで砂に埋もれている。中に入ることなど不可能だ。手を伸ばせば屋根にすら届くほどで、この村が放棄されて数年は経っていることを物語っている。

「どちらにしても、障害物があるのはありがたいです。風避けくらいにはなりますし、身を隠すこともできます」

 ジークフリートは頷いた。

 砂漠には障害物がなく、風が強い。砂嵐が頻発し、休息を取るのも一苦労だ。

 昼の高温も、夜の極寒も人が生きるには辛い環境だ。外に出るなど考えられず、車内で生活の大半を送る。とはいえ、環境面での問題は魔法によってその多くが改善できる。車内にいれば、砂嵐も寒暖差も受け流すことができる。最大の問題は、強力な魔法生物に襲撃される可能性が常にあるということだ。

 砂漠も熱帯雨林と同様に種類こそ違えど多くの生物が生息している。厳しい環境ではあっても、そこに適応進化した生き物たちにとっては楽園でもあり、人間の手が届かないからこそ自然の姿を残しているのだ。

 魔法を操る生き物は、生態系の中でも頂点に位置する。

 種類によっては、一般的な魔法使いを一蹴するほどの力を持つものもいて、砂漠を渡る旅行者の死因は環境によるもの以上に魔法生物との偶発的な出会いによるもののほうが圧倒的に多いのが現状だ。

 例え、下位の魔法生物であったとしても、戦闘訓練を受けていない魔法使いならば、為す術がないのだ。

 今は昼間だ。

 太陽は中天にあり、気温は最も高い時間帯である。多くの生き物が砂の下に隠れるなどして直射日光から逃れている。

 村の中心までやってきて、アレクシアが足を止める。

 注意深く周りを見回した。そこは交差点になっている。村は円形に作られているので、円の中心に立っている形となる。在りし日は、ここを中心にして四方に伸びる道があったのだろう。

 道幅は十メートル近くある。家は原型を残さず壊れてしまったものも多いようだ。屋根が崩れ落ちたのは風化かそれとも別の理由か。

「何かあったか?」

「何か、いるようです」

 と、アレクシアが答えた。

 アレクシアは探知魔法を使って、村をサーチしている。その魔法に、引っかかるものがあったのだ。

「かなり大きいです。そこの家の直下に、十メートル以上の生き物が潜んでいます」

 アレクシアが指差したのは、現在地から二十メートルばかり離れた家だった。村の中心に近いおかげか、外縁部に比べれば砂の侵食は少なく済んでいるようだが、それでも一メートルほどは砂に埋もれている。

「確かに、この砂漠で屋根があるのはありがたいのだろう。ここは生き物たちの憩いの場ということか」

「そんな、明るい場所ではないようですよ」

 アレクシアが足を退ける。

 砂が崩れて、白い物体が現れた。

 生き物の骨のようだ。人間のものではないようだが、そこそこの大きさの生き物がここで死んだのだろう。太い骨は半ばからへし折れていて、自然死ではないことをうかがわせた。

「なるほど……」

「はい。どうやら、ここは狩り場のようです」

 言うや、ジークフリートはアレクシアを小脇に抱えて跳んだ。直後、砂を撒き散らして赤いロープのようなものが飛び出した。

 砂が崩れていく。

 家屋が倒壊し、地下から這い出てきたのは一匹の巨大な虫だ。

 三対の足と上下二対の巨大な鋏。尾部に当たる部分から伸びるのは十メートルを優に越える尾であり、その先端には鋭い棘があった。

「蠍か」

 知識にあるものとは若干の違いこそあれ、その身体的特徴は蠍と形容するに相応しいものであった。――――尾の先まで含めれば、全長三十メートルに達する怪物を蠍と呼んでいいのかどうかは別として。

「エリモス・スコルピオス――――砂漠に生きる生き物の中でも最大級の身体を持つ肉食生物です」

 全体像が露になると、その大きさに驚く。ドラゴンほどではないにしても、魔法生物全体でも上位に入る大きさではないだろうか。魔法障壁も張っているようだから、かなり高度な知能を具備していると考えていい。

 このような生き物が時として人間の旅を妨害する。砂漠に潜む危険は、一見して分かりにくく、出会った時点で死が確定するような理不尽が罷り通っている。

「高温が苦手なので、大抵は夕暮れから夜間にかけて動く夜行性ですが、テリトリーに入った相手を積極的に攻撃する気性の荒さも有名です。砂漠を取り上げた番組でよく紹介される種ですね」

「それもテレビの受け売りか?」

「はい」

 アレクシアは頷いて、剣を呼び出す。

 エリモス・スコルピオスは強力な生物だ。帝国騎士であろうとも、そう容易く相手取れるはずもない。しかし、ジークフリートがここにいる以上、心配は杞憂である。その信頼がアレクシアの余裕に繋がっている。

「エリモス・スコルピオスは単独行動を好みますし、動く生き物は捕食します」

「つまり、この蠍を倒せばこの辺り一帯に生き物はいなくなるわけか」

 それは僥倖だ。

 夜間に襲撃されるリスクが大きく減る。

 一旦は毒針を警戒して尾の射程外に出たジークフリートであったが、幻想大剣を抜き、再度エリモス・スコルピオスと向き合った。

 キチキチと怪物が音を鳴らした。

 四つの鋏が大きく開かれ、毒針の先端からは毒液の雫が零れ落ちている。

 異常なまでに発達した長い尾と太い鋏がこの蠍の武器だ。毒針は鉄板を貫くほどで、鋏は斬り裂くのではなく、押さえつけ圧殺するためのものである。その力は大型車両を容易く持ち上げるほどだ。小型種ではあるが、竜種を捕食したという記録もある。

 そして、何よりもエレモス・スコルピオスは魔法生物である。

 当然、その身に纏う魔法障壁だけが魔力由来ではない。

 振り上げた鋏の先端を砂に差し入れたエレモス・スコルピオスが魔力を躍動させる。なんらかの魔法の気配にジークフリートは警戒するも、予想外の攻撃に瞠目する。

 足元の砂が崩れたのである。

 すり鉢のように。

 蟻地獄を思わせる砂の檻。

 足場を失ったジークフリートに向けて、長い尾が振り下ろされる。

「なるほど、これは危険だ」

 緊張感はない。

 ただ、この怪物と一般人が出会えばただではすまないだろうということを端的に表しただけだ。

 その毒針も鋏も、ジークフリートからすればそよ風にも等しいものだからだ。

 突き出される毒針は小型の竜種をも麻痺させる猛毒ではあるが、刺さらなければ問題ない。ジークフリートの肉体を突破するほどの神秘を宿す攻撃ではなく、かといって素直に受け止める必要もない。

 虚空瞬動の感覚で宙を蹴って高速回転。

 毒針をいなしつつ、大剣で尾を切断する。

 どす黒い鮮血が噴出する。

 ジークフリートは噴き出した体液が己の身体に降りかかる前に虚空瞬動にてエレモス・スコルピオスの眼前にまで移動する。

 相手からすれば、突然目の前にジークフリートが現れたように見えただろう。人間ではまともに捉えられず、人よりも感覚器の鋭い野生生物ですら、その動きを見落としたに違いない。

 剣の柄を握りこむ。

 砂漠の砂に足を取られることもない。

 蠍が反射的に鋏を振るうも遅い。ジークフリートの斬撃が上から下へ流れるように放たれて、エレモス・スコルピオスの頭部から胴体の半ばまでが吹き飛んだ。

 魔法障壁など、物の役にも立たない。

 虫に近い体構造をしているためか、頭部を失い、胴体の半ばまで断たれながら数分は身体を痙攣させていたエレモス・スコルピオスもさすがに逃げ果せるような状態ではない。すぐに力尽き、動かなくなった。

「さすが、ですね」

 アレクシアが屍骸の確認をして呟いた。

 砂を被った甲羅に触れると粘つく液体が分泌されていた。砂をつけてカモフラージュするためだろう。

「怪物退治は得意分野だ。もっとも、巨大蠍は初めての相手だったがな」

「あなたにとっては、大した相手ではなかったでしょう。本来なら、上級魔法使いがチームを組んで討伐する相手なのですが」

「貴女でも、勝てない相手ではなかった」

「わたしを過大評価しすぎです」

 アレクシアはそう言ってから剣を消した。

 ジークフリートはそうは思わない。

 アレクシアはここに至るまでに実力を飛躍的に伸ばしている。さすがに、完全なる世界の人形には及ばなくとも、上位とされる魔法使いの階に足をかけているのは間違いないのだ。

「ここに野営をしましょう。しばらくは、魔法生物が来ることもないでしょうし」

 アレクシアが髪に纏わりつく砂を落として言う。

 エレモス・スコルピオスが生息する地域には、生物が極端に少なくなる。その巨体を維持するために、とにかく生き物を捕食するために、生息数が激減するのだ。そうして食べつくしてから地中深くにもぐって数年間眠りに就く。そういうプロセスをエレモス・スコルピオスは送っている。

 生態系を破壊しているとは言えない。

 屍となった巨大蠍も、生態系の一部を為しているからだ。

 この屍骸は朽ちる前に鳥や小動物の餌となるだろう。そして、戻ってきた大型生物がその小動物を餌とする。砂漠の生態系もよくできたものだ。

 強靭な魔法生物と昼夜の寒暖差が五十度にもなる極限の大地。飲食物もほとんどないこの環境に取り囲まれた夜の迷宮はなるほど天然の要害であると言えよう。

 この砂漠を車一台で踏破するのは難しい。整備された道を通るならばまだしも、道なき道を行っているのだ。何かあっても助けは見込めず、高い確率で砂漠の砂に還ることとなろう。

 だが、だからこそ敵も砂漠をショートカットして攻め入るとは思わないだろう。

 ジークフリートたちはそこに一縷の望みを託している。極力見つからず、不意打ちに等しい一撃でテオドラとアリカを奪還し、完全なる世界に反撃の狼煙を上げる。

 そのためにこそ、このような危険な橋を渡っているのだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 夜の迷宮は大きな岩山の上に築かれた複数の建造物と城壁からなる城塞であった。

 その周囲は砂漠に取り囲まれており、攻めるに難く守るに易い。飛行戦艦が発明される以前の戦争では、まず以てここを攻略するのは不可能であろう。

 張り巡らせた物理的障害のほかに魔法障壁が全体をすっぽりと覆っている。そのため、迷宮の内部には容易くは侵入できず、侵入できたとしても待ち受けるのは無数のトラップと迎撃用に品種改良された魔獣の群れだ。

 そのような環境だから、まともに暮らそうと思うものはおらず、運よく侵入経路を見つけた荒くれ者が内部に隠れ潜むのに利用する程度だった。

 完全なる世界にとっては、世間から忘れ去られた古き城塞は隠れ家にはもってこいだったのだ。

 岩山の天辺に立てられた教会。

 かつては修道士たちが修行する場だったというこの由緒ある建物も、今では犯罪者が利用する施設の一つにまで落ちぶれた。

 設計した者もまさかヘラス帝国とウェスペルタティア王国の姫を幽閉するのに利用されるとは思っていなかっただろう。

「ひーまーじゃー!」

 固い石のベッドの上で寝転がったテオドラがじたばたと暴れる。

 連れてこられて何日が経過しただろうか。トイレとシャワーをのぞいて日がな一日同じ部屋にいるので曜日の感覚も狂ってくる。窓から見える景色はいつもと変わらず、高台から見えるのはどこまでも続く砂の世界だ。

「アリカ、何とかならんか。王家の魔法とやらで」

「できぬな。脱出するくらいは可能かもしれんが、街までは辿り着けぬぞ」

「ぐぬぬ」

 テオドラは魔法使いとしてはまだ未熟。アリカは戦えないわけではないが、かといって砂漠を単独で乗り越えられるほどの超人的身体能力を持っているわけでもない。

 この広大な砂漠は攻める者を苦しめるが、同時に捕虜の脱出を阻む障害でもあった。

「ぬぅ、こうしている間にも世界が危機に瀕しておると言うのに……もう、ジークは何をやっとるんじゃ」

 苛立ち紛れに爪を噛む。

 朝昼晩と三食きっちり出てくる。トイレとシャワーもある。捕虜としては至れり尽くせりだが、世界の危機が目の前にあるとなっては、優雅なディナーも砂を噛むような不快感に変わる。

「まあ、気長に待つしかあるまい。あやつらも、わたしたちをさほど重視していないようじゃしな」

「?」

 テオドラは首を傾げる。

「完全なる世界は、この世界を終わらせるのが目的じゃ。ならば、王族や皇族に意味はない……ただ、邪魔をされたくなくてわたしたちを幽閉しただけじゃろうな。ちょうど、戦争を続けさせる口実にもなろう」

 わざわざ害する必要はなく、生かしておけば今後に利用価値が生まれるかもしれない。テオドラとアリカが真っ当に生活していけるのは、皮算用も含めて適当に相手をされているからなのだろう。彼らの目はこちらには向いていない。もしも二人の身柄を重視しているのならば、もっと監視の目を厳しくしていたはずだ。

 少なくとも、アリカが脱出できそうだと感じるほどに手薄な警備はしないだろう。

「まあ、わたしたちを閉じ込めることで、完全なる世界を知る戦力をこちらに集中させる結果にはなったな。目を逸らさせている間に、儀式の準備をさらに進めるじゃろう」

「何を冷静に分析しておるんじゃ!?」

 落ち着いたアリカの声音にテオドラは思わず言った。

「焦ったところでどうなるはずもないからな。『紅き翼』かあるいはそちらの『黒の翼』がやってくるまで、わたしたちは少ない材料から考えを廻らせるしかない」

 アリカは何かを悟ったような冷静さで窓の外に目を向ける。

 テオドラが見ていたのと同じ景色に彼女は何を見たのだろうか。

 もはや個の力で戦局を変える、などという次元の話ではない。世界が手を取り合わなければ滅亡は必至だ。誰かが橋渡しをしなければならない。できるとすれば、国際的にも力のある人間――――アリカとテオドラだけだろう。アリカ一人ではいかんともし難いこともテオドラが加われば動くかもしれない。後は連合に心ある者がいてくれればと思うが、それは高望みだろうか。




ジークフリートにはアサシン適性はないのだろうか。
透明マントがあるではないか。
敵の至近距離にまで近付いて、幻想大剣掲げて\デェェェン/すればいいよ。

アサシンで召喚されると聖杯君が気を聞かせてセイバーとしての宝具だからバルムンク禁止とか言い出すかもしれんけど。

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