ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください 作:カドナ・ポッタリアン
新しい日が来る朝は恋。白い昼は愛。暖かい夕は慈愛。じゃあ夜は?
*
紅が、溢れたインクに宝石をちりばめた空の下で止まる。漆黒に染められた子供達は、鉄の馬から降りた。闇に沈んだ宵は、氷のように冷たい空気を肌に擦りつけていた。白地で、黒いラインと魔法陣の模様がある新しいローブをアイルは身につけていた。
その姿は輝く惑星に照らされ、美しく揺らめいていた。
降りた先は薄暗い駅。吊り下げられたランタン以外に明かりはなかった。此処は「ホグズミード駅」。ホグワーツへと続く駅だ。
「おう! イッチ年生! イッチ年生はこっちだ!」
大きな声が響いた。辺りを見回すと、一人の大男が嫌でも目に入った。途端にアイルは懐かしい気持ちに覆われた。そう、あの髭もじゃデカ男は…
「ハグリット! 久しぶりだね!」
「ん? その声は…おう、アイルじゃねえか。久しぶりだな」
アイルは走って大男に駆け寄った。古き良き友、ルビウス・ハグリットだ。10年ぶりだ。周りの生徒達は、そんな嬉しそうなアイルを不思議そうに見つめた。
「えぇ、嗚呼嬉しい。相変わらず元気そうで」
「おうとも。オレはず〜っとお前さんらを待ってたからな。元気でなくてどうする」
「そうね。さてハグリット…私も船に乗るの?」
「いんや、定員オーバーだ」
一年生は、ホグワーツに行く時小船に乗る。そして、ホグワーツの周りに位置する湖を渡るのだ。その時の美しい景色を言ったらーー言葉では表現する事が出来ない。まさに桃源郷のようである。
「いや、定員オーバーって…」
「馬車は余らないだろうな。悪いが、歩いて行ってくれんか?」
「…酷いね。傷ついた」
「まぁまぁ。暇だったら、いつでもオレの家に遊びに来てくれ」
「じゃ、深夜2:47頃に行きます」
「具体的な数字でてるしその時間帯は止めてくれ」
ハグリットは本気で止めてほしいらしく、顔を歪めて言う。すると、ハリーやロンがこちらに走ってきた。
「お姉ちゃん、急に走っていくからビックリしたよ」
「あぁ、ごめんね。ちょっと私別行動になるから。彼はハグリットよ。私の親友」
「親友だなんて、オレには勿体ねぇ立場だな。そうか、お前さんが…」
ハグリットは、ハリーをジッと見つめた。アイルは静かに気配を消した。
*
全員が船に乗り込み、姿が見えなくなった頃、アイルは駅でため息をついた。どうやって歩いていけと?
ホグワーツの二年生以上は、「セストラル」という魔法生物の引く馬車に乗って学校へ行く。しかし、その馬車はもう全部ホグワーツの方にあるはずだし、そこまで行って歩いていくのはキツイ。かといって湖を泳いでいくわけにもいかないーー
「仕方ない。最終手段だ」
アイルは目を閉じ、ジャンプをした。すると、物凄いスピードでアイルは地上から飛び立ったーー一部のそれを目撃した生徒はその光景を、「白い煙がびゅんびゅっんって空飛んでたぜ!」と言うーー高速で地上から100メートルほど上まで来た。そこには、月夜に照らされ妖しくそびえ立つ城があった。これがホグワーツ城だ。
大小たくさんの尖塔、広大な土地、そして周りを囲う深い深い湖は、魑魅魍魎が住み着く麗しい黒だった。
「久しぶりだから…中々コントロールが難しいな」
これは、詠唱無しで杖さえ持っていれば使える高難易度の魔法だ。「死喰い人」がホウキも使わず空を飛んでいるのをこの目で見て、そしてそれが自分にも開発出来ないハズがないという事で、一日という短期間で作り上げた。その名も、「白の飛翔」。
アイルの魔法作成能力は、そこらの熟練魔法使いも、魔法戦士も闇祓いも負かすほどだった。学生時代の異名は、「魔法の錬金術師(マジックアルケスト)」だった。華麗なる黒歴史だ。
彼女は飛んだ状態でホグワーツを見下ろす。相変わらず美しい。
「さて、何処から入ろうか」
天性の方向音痴であるアイルは、正直ホグワーツのこの複雑で面倒くさい移動は嫌いだった。地図を作ったくらいだったが、残念ながら現在持ち合わせていない。適当な所から入ったら絶対迷子になるし、正面の扉から入ったら一年生達の説明の邪魔になってしまう。ええいもう良いや。
「正面玄関から入ろう」
正直、大広間の場所も此処からじゃよく分からない。なので、邪魔とかもう気にしないで正面玄関から行こう。
アイルは下を向き、体重をかけた。すると、体はすぐに急降下していく。もう少しで着陸ーーという所でバランスが崩れ、近くの窓を割って入ってしまった。パリーン!というガラスが粉々に砕け落ちる音がして、アイルは城の中へ飛び込んだ。
冷たい石の床を2、3回でんぐり返りして、彼女はノックダウンした。
「くあああ…痛い…」
頭を強く打った。近くの松明で、辺りは照らされていた。此処は何処だ?
見覚えのない場所だった。長い長い廊下が続いているだけだった。よく目を凝らすと、奥の方に大きな黒い扉が見える。アイルは立ち上がり、ローブについたガラスの破片を落とした。擦り傷一つないポテンシャル。半端ない。
しかし、窓の方はというと悲惨な事になっていた。どうやらステンドガラスになっていたようで、カラフルな瑠璃が散らばっていた。
「『レパロ 直れ』」
アイルが杖を構えて唱えると、ガラスが徐々に浮かび上がり、瞬間的に再生した。元のステンドガラスは、何やら大鍋の中に赤ん坊が溺れていて、死神のような銅像が少年を捕らえていて、ネズミのような男がナイフで自分の腕を切っている…というモノだった。ガラスなのに、生々しいのは気の所為だろうか。
彼女は扉へ向かって歩き始めた。何もない。何のための部屋なのかは分からない。しかし、何か不思議な力を感じた。
扉を少しだけ開けた。外は、何やらジメジメとした暗い空気を纏っていた。そして、懐かしい空気も感じた。
「此処は…地下牢教室?」
アイルが学生時代の「魔法薬学」の授業で使っていた教室だ。棚には様々な種類の材料は瓶が詰め込まれ、大きな黒板には消した跡が残っていた。ひんやりとした教室は、何処か冷たかった。アイルは長い黒髪を揺らし、材料棚の所に行った。魔法薬も作るのが得意なので、どんなモノがあるか見たかったのだ。
様々なモノが置いてあった。しかし、どれも初歩的なモノばかりであまり難しい魔法薬を作るのには適していなかった。つまらないなと辺りを見回すと、棚の下の方にヒッソリと本が置かれていた。どうやら、六年生の「上級魔法薬学」の教科書だった。
アイルはそれをペラペラをめくってみた。教科書の中の文章が訂正ーー書き加えされていた。中をみていると、ある呪文が目についた。
「戦うための魔法…? 『セクタムセンプラ』? 呪いかな? 他にもいろいろあるな…『レビコーパス』とか…」
アイルが本を元の場所に戻すと、地下牢教室の外からドタバタという音がして、教室のドアがバン!と開いた。そこは、アイルが入ってきた扉ではなかったーーというより、その扉自体消えていたーー。外から入ってきたのは、ねっとりとした黒髪に鉤鼻の、黒いローブに包まれた男性と、ケバケバしいピンク色のターバンを巻いたオドオドしたインド系の男性だった。
二人共杖を構え、アイルに向けていた。
「貴様は…一体何者だ」
「『何者だ!』と聞かれたら! 答えてあげるが世の情ーーはい、すみません。不法侵入しちゃってすみません」
アイルは素直に頭をさげる。顔を上げた時、二人の魔法使いは驚きの表情を浮かべた。
「まさか…リリー?」
「え、何故母が?」
「うっ…リリーの娘か? アイル・ポッターか?!」
「い、イェス。アイアム!」
鉤鼻男の覇気に驚き、彼女は声が上ずってしまった。
「嗚呼、通りでリリーの面影が…」
「え、ありますか? 私よく娘なのに似てないって言われるんですけど…」
「確かにそこまでは似ていない。何方かと言えばお前は…っ、我輩はセブルス・スネイプだ。校長から話は聞いている」
「わ、わわわ、私は、クィリナス・クィレルです。ぽ、ぽぽぽ、ポッターさん」
「お二方はホグワーツの先生で?」
「あぁ…」
スネイプは、アイルの顔を凝視していた。リリーの面影がある…そう言われてアイルは嬉しかった。今まで、両親の何方にも似ているなどと言われた事はない。何方から受け継いだかのかも分からない赤目、そして黒髪。
後者はジェームズ・ポッター…父親の方であるとして、この赤い目はなんなのだろうか。
「リr…アイル、我輩が大広間まで案内してやる。侵入者を知らせる警報が聞こえて飛んできたが、まだ『組み分けの儀式』の途中だったからな。おそらく、もう終わっているだろう」
「ありがとうございます」
*
スネイプに案内されて、アイルは大広間の扉の前までやってきた。2階か1階の窓から入ったハズなのに、何故地下牢教室にいたのだろうか。スネイプはあまり追求してこなかったが、クィレルの訝し気な目線は避ける事が出来なかった。
「…」
「な、何ですかクィレル先生」
「いえ…」
「…」
「じゃ、御邪魔しま〜す!」
アイルはとりあえず気にしない事にして扉を魔法で全開にした。しかし、勢いが強すぎて両開きの大きな扉は吹っ飛んでしまった。生徒と両脇の魔法使いと先生方を完全に驚かせてしまった。げ…と一人苦笑して頭をさすっていると、長い長い大広間の一番上座のテーブルーー教職員テーブルーーのど真ん中の座る白く長いひげと髪の老人は立ち上がり、大声を出した。
「ナンデヤネン!」
「流石校長! 素晴らしいツッコミ! はい拍手!」
ノリの良い生徒は、アイルの言葉に合わせて大きな音を立てて手を打った。しかし、大半の生徒は苦笑しか出なかった。ハリーを探してみると、案外早く見つかった。グリフィンドールテーブルにいるのが分かる。ポカンと口を開けて呆れ顔をしていた。
アイルは堂々と公然と大広間の真ん中の通路を歩いた。もう目立たないなんて出来ない。そして、教職員テーブルの前まで来ると、バサッとマントを翻し、子供のような無邪気な笑みで言った。
「私はアイル・ポッター! 今年度より、『呪文学』の教鞭をとる事になった! みんなよろしく!」
嗚呼、面倒な年になりそうだと、先生方は肩をすくめて思うのだった。