ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください   作:カドナ・ポッタリアン

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偽物の笑顔

 

「そ、そう…?」

 アイルはそう言ってその場を乗り切った。ハリーはこれ以降何も言わなかったが、依然と手首は強く掴まれたままだ。

 此処まで来たら、好い加減認めざるを得ない。ハリーは正気じゃないって事を。

 昔からお姉ちゃんっ子だったけれど、まさか此処までの感情を内に秘めていたとは。ハリーは好きだ、大好きだ。アイルも、彼の事を愛していると言える。

 けれどハリーは、”姉”としてではなく、一人の”女”として愛していると言っているような口ぶりだった。

 

 曖昧に誤魔化してしまった自分を殴りたい。

 これまでもそうだった。ハリーの気持ちをウヤムヤにして、見て見ぬ振りをし続けた。怖かったから、日常が壊れるのが。

 

 しかし、そんな配慮なんていらなかったのかもしれない。日常なんてとうの昔に家出してしまっている。帰って来る目処はない。何処かで野垂れ死んでいるかもしれない。

 

「お姉ちゃん、元気ないね。もしかして、具合でも悪い?」

「い、いや…早くウィーズリーさん達が見つからないかな、と思って。人が多いから、早く合流しないと」

「…そう」

 

 不機嫌そうな表情。親友達と会って、気が晴れてくれたら良いが。

 

「あ、ロンとハーマイオニーだ…オーイ、ロン! ハーマイオニー!」

 

 親友を見つけたのだろう、ハリーはそちらの方へ走っていく。勿論片方の手には姉の手首が握られているわけで、アイルもその勢いに乗せられて引っ張られてしまった。

 

「あらハリー、やっと見つけたわ」

「久しぶりだねハリー」

 

 バケツを片手に持った二人の男女。ロンは少し背が伸びた気がする。

 するとアイルに気がついたハーマイオニーが、すかさず挨拶をした。

 

「おはようございます、アイル先生」

「おはようハーマイオニー。ロンもおはよう」

「おはようございます…ところで、何でハリーはポッター先生の手首を握ってるの?」

 

 苦笑気味のロン。何となく察しはついているが、一応聞いておこう。

 

「あぁ、お姉ちゃんが僕から離れないように、ね」

「うん…オーケー」

 

 予想通り、マトモな回答は返ってこなかった。ハーマイオニーはアイルに憐れみの目を向けてくる。ヤンシスが悪化していく様を眺めるしか出来ない二人は、ただただアイルに「逃げて」と無言のメッセージを送る事しか出来ない。

 

「二人は水汲みに?」

「そうさ。此処じゃ魔法は厳禁だっていうからね、仕方なくだよ」

「ハーマイオニー、ウィーズリー家のキャンプは何処かしら。早めにご挨拶に伺いたいのだけど」

「あぁ、それならすぐ近くですよ。そこの森に入って、数十メートル進んだらあると思います」

「ありがとう」

 

 早くウィーズリー家の方々に会いたい。そして、ハリーと一度距離を置き、その後でゆっくりと話し合いたい。

 が、ハリーは手を離してはくれなかった。それ所か、力が先ほどよりも強くなっている。青少年の握力は馬鹿に出来ない。魔法が使えない夏休みの間は、自主的に体を鍛えたりもしていたから、かなり筋肉もついてきた。

 

「ウィーズリーおじさん達の所に行くの?」

「え、えぇ…早めに挨拶をしておこないと」

「…離さない、って言ったよね? 忘れた?」

「忘れてないわよ? ただ、絶対に離れない、離さない、なんて無理な話よハリー。出来うる限り一緒にいるから、ね?」

 

 ハリーの手が緩んだ隙に抜け出し、手を振って向こう側に去っていくアイル。その背中は何処か安心しているようにも見えた。

 ハリーはアイルの手首を握っていた手を見つめ、そのまま歯ぎしりをする。

 

「…そんなんじゃ、今までと同じだ。何も、何も変わらない…」

「ハリー…大丈夫?」

「ロン、ハーマイオニー…僕、おかしいかな? 僕、今、たまらなくお姉ちゃんを殺したいんだ。だって、死んだら、こんな風に、離れないし…」

「あぁ、君、ちょっとおかしいよ。普通、姉を殺したいなんて思わない。恋人でもそうさ」

「そうね。少し考えを改めた方が良いかも。…誰か、身近な大人に相談してみたらどうかしら」

 

 ロンとハーマイオニーには、今のハリーをどう扱えば良いのかまるで検討がつかない。

 下手に口を出せば刺激しかねないし、黙っているわけにもいかない。実の姉を”殺したい”だなんて、愛情を通り越して狂気だ。今まで側で彼の言動を見てきたが、年々酷くなっているのを痛感する。しかし、自分達にはどうしようもない。

 

「さ、さぁハリー、水を汲みに行こう。父さん達の所なら、変な奴にも絡まれないはずさ」

「そうね。話したい事がたくさんあるの、行きましょ」

 

 *

 

「ハァ…もう、疲れた…」

 

 何故、クィディッチを見にきてまでこんなに疲れなければならないのだろう。

 アイルはウィーズリー家の人達がいるであろう方向に、千鳥足で歩いていた。早く誰かに会いたい。そして、なるべく早く落ち着きたい。

 怖かったのだ、大好きな弟が。愛する弟に恐怖を感じたのだ。こんなの、こんなのは嫌だ。ハリーとヴォルデモートがどうも重なって見えて、怖かった。

 

「ルシフ…助けてよ…」

 

 大人なのに、教師なのに、弟の気持ちが分からない。どうして良いかも分からない。

 かつて、ダンブルドアやヴォルデモートと並ぶとも言われた。学生にして様々な魔法を創り出した。目紛しいほどのクィディッチの才能に恵まれた。ヴォルデモートを心底惚れさせた。天は二物も三物も与えてくれた。

 なのに、こんな時だけ何も分からない。何も浮かばない。

 

 辛い時は、必ず誰かが側にいた。悩んだ時は、必ず誰かが導いてくれた。

 だからだろうか、自分で何をして良いのかが分からない。

 

「あれ、これはこれは、麗しのアイル様ではございませんかぁ」

「ご機嫌麗しゅう〜」

 

 誰かに肩に手を置かれたかと思えば、そんな拍子抜けした声が聞こえてきた。フッと顔を上げれば、そこには赤毛の二人組。

 

「フレッド、ジョージ! 久しぶりね」

「お久しぶりですセンセ」

「はてさて、随分とお悩みの様子でしたが?」

「まぁ…色々あるのよ」

「「なるほど、恋煩いですね」」

「お黙り」

 

 この二人に相談しても、どうにもならない、か。

 アイルはため息をついて、背の伸びた悪戯兄弟を押しのける。一ヶ月少し経ったが、随分と顔立ちも整ってきた。久しぶりに見た顔だが、相変わらずそっくりで見分けがつかない。

 

「じゃあ、ウィーズリーさん達に挨拶に行くから、双子、案内しなさい」

「そりゃないぜアイル様!」

「俺達、今から火を起こさなきゃならないんだ。マッチとかいうマグルの道具を使ってさ。父さんがギブしちゃったから」

「先生、マッチ使えますでしょう? やってくださーい」

「嫌でーす」

 

 生徒達に弱みを見せるわけにはいかない。

 教師は生徒の見本にならなければならないのだ。あまり教え子に心配はかけたくない。

 

「じゃ、フレジョ頑張ってね」

 

 だから今は、必死で笑顔を取り繕うしかない。


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