ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください   作:カドナ・ポッタリアン

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懐かしのあの人

 

 

 

 シリウス・ブラック…かつての父の親友。

 この間新聞で見た時よりも、ずっと窶れてしまった大切な人。よく悪戯はされていたけども、彼の優しさは忘れない。ホグワーツの近くで目撃情報があったとは聞いたが、まさか乗り込んでくるとは思わなかった。

 

 アイルはシリウスに杖を向け、まずは怪我を治して体を綺麗にしようと呪文を唱える。

 

「『エピスキー 癒えよ』、『スコージファイ 清めよ』…これで良し」

 

 汚れた服も呪文で綺麗になったため、一先ずアイルはシリウスをベッドへと運ぶ。このまま床に寝かせるわけにはいかないし、まだ意識も目覚めない。

 恐らく、ドアをノックした所で意識を手放してしまったのだろう。相当疲れていたようだ。熱はないし、もう外傷も見当たらない。後は食事、か。

 非常食として、部屋にある程度のお菓子やパンは保存してある。紅茶やコーヒーも然り。これならば、シリウスが目覚めても外に出る必要はないだろう。

 

「あぁ…そろそろ私も眠くなってきた…」

 

 念のため完璧に戸締りをして守りの呪文を張ると、アイルはシリウスと同じベッドに入って寝た。

 

 *

 

『アイル…アイル、起きてくれ、アイル』

 

 人に起こされるのは、随分と目覚めの悪いものだと、今気がついた。

 もう朝なのか。シリウスらしき男に、アイルは体を揺すられていた。いやまぁシリウスなんだけども。

 少し寝不足気味の重い瞼を抉じ開け、ふと横を見ると、そこには上半身裸のダンディーなシリウス。

 

「あ、夢か。私今から、もう一回ゴートゥースリープするんで消えてください」

「いや、消えないから。俺、現実だからね?」

「上半身裸で人の睡眠を邪魔する男なんて、私ベッドに入れた覚えないです。ご退室ください、ゴートゥーヘルしてください」

「つまりは死ねって事? ねぇアイルちゃん、死ねって事?」

 

 時計の針は六時を指している。まだ十分寝られる時間だ。だというのに、この男は…。

 

「寝る前に教えてくれ、アイル。君と俺は…一体どんな一夜の過ちを犯したんだ? 俺はよく覚えてないんだ、内容を詳しく」

「何の過ちも犯してません。強いて言えば、貴方をこの部屋に招き入れた事が過ちです。そして服を着なさい」

「何だか、服を着ると解放された気分になるんだ」

「裸族じゃないんだから着なさい。そしてその顔止めろ」

 

 恍惚に浸ったような表情でシリウスはベッドの中に潜り込む。今までアズカバン暮らしだったせいか、ベッドが異様に居心地が良いらしい。大の大人が情けない。加えて、まだ上着も着ようとしないから、目のやり場に困る。

 アイルがため息をついてベッドから降りると、シリウスが手首を掴んできた。

 

「アイル、もうこういう事はこれっきりにしよう。俺も、親友の娘に手を出した事はもう忘れるから」

「あのさぁ、シリウス、さっきからちょいちょい話が食い違ってるんだよね。だから黙ろう? ね?」

「…久しぶりにふざけただけじゃないか」

「おふざけも大概にして欲しいわね」

 

 今日は休みだが、大広間に行くのは止めよう。シリウスを一人で置いていくわけにはいかないし、色々と聞きたい事がある。

 魔法でお湯を沸かせてコーヒーと二人分の軽い朝食を用意していると、未だにベッドの中にいるシリウスが話しかけてきた。

 

「アイル…綺麗になったな。ますますリリーに似てきた」

「ありがとうシリウス。貴方は…随分と老けたわね」

「仕方ないだろ、ずっとアズカバンにいたんだから」

 

 食事は貰えるらしいが、あそこは衛生上あまり宜しい所ではないからな、とシリウスが苦言を申す。

 アイルはアズカバンに行った事はないが、相当気味の悪い最悪な場所らしい。北海の何処かに位置しているらしいが、誰もその事細かな場所は知らないだとか。まぁ、知りたくもないけれど。

 コーヒーをシリウスに出すと、彼は嬉しそうな顔ですぐに飲み始めた。アズカバンに収監され、ずっと温かいコーヒーを飲む事なんて出来なかったのだろう。物凄い笑顔だ。

 

「私を襲おうとしないって事は、やっぱりシリウスは無実なのね」

「ん、当たり前だろう。俺が君を襲う? 性的な意味でなら兎もk「私彼氏持ちだから、そういうセクハラ発言は止めてください」あれ、本当?」

 

 残念だなぁ、とアイルが自分用に出したコーヒーまで飲み始めるシリウス。

 

「俺等の娘に、彼氏が出来たのか…ジェームズ、アイルは元気でやってるぞ」

「ま、私顔良いし」

「流石お前の娘だ…ジェームズ、アイルは相変わらず謙遜しないぞ」

「よく言われる」

「本当、リリーとジェームズの良い所だけを受け継いでるよな」

 

 今度は差し出したパンにかじりつき始める。そんなにがっつかずとも、パンは逃げたりしないというのに。

 とりあえず、これまでの中で一番の謎を聞く。

 

「どうやって脱獄したの?」

「随分とドストレートだな。ヒ・ミ・ツ♡、じゃダメか?」

「殴るぞ」

「じょ、冗談だって…ほら、俺『動物もどき(アニメーガス)』だろ? 吸魂鬼はちゃんとマトモな意識を持った人にしか反応しないんだ。だからバレなかった。あいつ等馬鹿だな」

 

 それから、脱獄した後の経緯も聞く。どうやらイギリスの各地を転々として、アイルやハリーを探していたようだった。何度かプリベッド通りに行ったらしいが、既に二人はロンドンに引っ越しており、会う事が出来なかったらしい。

 ゴミ箱を漁って残飯を食べたり、ネズミを食べたりの毎日ーーもう少し早くに気がついてあげれば良かった。辛い思いをさせて申し訳ない。

 

「ねぇ、アズカバンにいる時、『あいつはホグワーツにいる…』って言ってたんでしょ? どういう意味なの? ストーカー?」

「違う。ーーって、何でそんな独り言まで…まぁ、アイルやハリーがいるから、というのもあるんだが…実は、ピーター・ペティグリューが()()()()()んだ」

「まさか…ワームテールが、生きてる、ですって?」

「あぁ。あいつは、ネズミの姿になってハリーの友人のペットに成り代わっているんだ。ほら、ガリオンくじが当たった家族がいただろう?」

「え、ロンのペットの、スキャバーズだって言うんじゃないでしょうね?」

 

 信じられない、何度か目にしてきたネズミなのに…。確かにピーター・ペティグリューも動物もどき(アニメーガス)だ。しかもネズミの。

 何故分かるのかと聞けば、新聞で見た写真に写っていたそうだ。何千回も彼の姿を見てきた自分ならば分かる、と。

 

「アイル、ジェームズやリリーを売ったのは俺じゃない。…ワームテールだ」

「…本当、なのね?」

「あぁ、本当だ」

 

 残念でならない。今までピーターともとても仲良くしていたのに。一緒に笑って、遊んで、楽しんでいたのに。

 隠れ住んでいた両親の居場所を密告したのは、他でもない親友の一人。シリウスは泣きながら謝ってきた。自分が、自分が「秘密の守人」はピーターにしろと言ったから、ジェームズやリリーは殺され、アイルはヴォルデモートに酷い目に遭わされた、と。

 アイルはシリウスを思い切り抱きしめた。

 

「何で泣くの…? シリウスは、知らなかったんでしょ? ワームテールがヴォルデモートと繋がっていた、って」

「…あぁ」

「なら泣く必要なんてないわよ。私もハリーも、最初は辛かったけど…今は幸せよ。シリウスも無実だったし、こうやってまた抱き合えた…幸せ。だから自分を責めないで。私、ワームテールを捕まえるのに協力するわ。あいつを捕まえて、魔法省に突き出すの。それで、賠償金をタップリと搾り取った後は…私とハリーとシリウスで…暮らしましょうよ」

「アイル…」

「大丈夫。例え誰が何と言おうとも、私は貴方を信じてるから」

 

 *

 

 ハリー・ポッターは、ホグズミード村への外出を許可されなかった。

 理由は二つ。一つ目は、シリウス・ブラックが彼の命を狙っているかもしれないから。二つ目は、アイルが許可証にサインをするのを忘れていたから。

 引っ越し作業で忙しかった、授業準備に忙しかった、マクゴナガルからの説教に時間を取られていた、と限りなく多くの原因があるが、単純に期限が過ぎていたというのもある。第一、ハリーだってクィディッチの練習で忘れていたし。

 

 この間のグリフィンドール対ハッフルパフのクィディッチ戦では、何事もなくグリフィンドールが勝つ事が出来た。少々コンディションが悪かったが、それでもハリーの実力は落ちず。

 吸魂鬼はクィディッチ競技場の熱狂的な雰囲気に引き寄せられたが、途中でアイルによって消された仲間を思い出して回れ右をしてくれたらしい。ありがたい限りだ。もし吸魂鬼が乱入なんてしたら、騒ぎ所じゃ済まなくなる。

 

 さて、問題はホグズミードだ。

 元より他の教師陣が反対していたが、アイルはハリーを村に行かせる気満々だった。彼女が学生時代ボッチだった事が原因だろう、自分の分まで楽しんできて欲しいらしい。

 

「ホグズミードか…懐かしいな」

「誰かさんのお陰で私も行くな、って言われたけどね」

「俺のせいか? 心外だ」

「まぁ、今まで何度か行ってたから良いんだけど」

 

 吸魂鬼がウロウロしているらしいしね、とアイルが付け加える。シリウス対策はホグズミードでも相変わらずのようだ。

 

「…ハリーの様子も見た。ジェームズそっくりだ」

「でしょ? 本当にお父さんに似てきて…成績もとっても良いの。毎年、学年トップテンには入ってるわ。筆記はまぁまぁなんだけど、特に実技が得意でね」

「ジェームズみたいだな。あいつは魔法バカだったし」

「シリウスも人の事言えないでしょ?」

「まぁな」

 

 途端、

 

 部屋のドアがドンドン、と少し強めに、切羽詰まったようにノックされた。ノックというより、叩いた、という表現の方が良いだろうか。

 血の気の失せたアイルは、すぐさまシリウスをベッドの下に押し込んだ。まだ無実を証明されていない彼を、誰かの目に触れさせるわけにはいかない。責任問題では済ませられなくなる。一先ず不審に思われないように「今行きます」と返事をして、ドアの所まで行く。

 

『お姉ちゃん、いる?』

 

 ハリーだ。あぁ、ハリーならばまだ安心だ。バレたとしても一から説明すれば大丈夫なはず。

 まだシリウスと会わせるわけにはいかないが、とりあえずドアを開けた。

 

「おはようハリー」

「おはようお姉ちゃん…もう十時過ぎてるけど」

「どうしたのこんな時間に。今日は休みだから部屋で新しい魔法の創作をしようと思ってたんだけど…」

「いやぁ…ね」

 

 ふとハリーの手元を見ると、古い羊皮紙と杖が握られている。彼の貼り付けられた笑みは、冷たく恐ろしい。

 

「ねぇお姉ちゃん、今まで…誰と話してたの?」

 

 何故、今まで一人でなかったのを知っている? 外には誰もいなかったはずだが。

 

「誰、って…一人だったけど?」

「…嘘つき」

 

 そう言うと、ハリーは杖をアイルのベッドに向かって突きつける。シリウスは身の安全が脅かされている気配を感じ、警戒を強めた。

 ダン!と大きな音がしたかと思えば、ベッドの下からシリウスが弾き飛ばされた。呪文は一切唱えていない…まさか、無言呪文か? 三年生のハリーが?

 

「…お姉ちゃん、この男誰?」

「か、彼は…友人よ」

「ふーん、指名手配犯とお友達だったんだー」

 

 もはや、笑みさえもなくなってしまった。シリウスも顔面蒼白だ。親友の息子に、まさか杖を向けられるとさえ思っていなかっただろう。それでも傷つけたくないという気持ちが勝ったのか、杖は使わず言葉でハリーの説得を始める。

 

「落ち着くんだハリー! 俺は、アイルには一切危害を加えていない」

「そうよハリー、匿っていただけなの。お願い、杖を下ろして」

「…分かった」

 

 どうやら、やっと落ち着いてくれたようだ。

 




個人的にシリウスの一人称は「俺」なので、本作はそれに統一します。

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