ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください   作:カドナ・ポッタリアン

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怪我なんざすぐ治るさ

 

 

 

 ハグリットが連れてきたのは、数十体のヒッポグリフ。最初の授業でヒッポグリフを使うのは題材としてどうかと思うが、授業内容は大方教師の趣味だから特に言うまい。それより、今日はハグリットの授業を成功させる事に集中しなければ、

 

「こいつ等はヒッポグリフだ。美しかろう?」

「本当、貴方ヒッポグリフを飼ってたのね」

 

 専門家でなければ飼ってはいけない動物だが、今此処でそれを言ってはならない気がする。しかし、アイルもいるし心配はなかろう。ハグリットも専門家ではないが、大方の魔法生物の扱いには長けている。

 

「ヒッポグリフ相手には、とても礼儀が大事なんだ。もし無礼な態度を取ったら、喉元を搔っ切られるぞ。ヒッポグリフに近寄る時は、まずはお辞儀をする。ヒッポグリフがお辞儀を返してくれたら、近づいても大丈夫だ。さぁ、誰が最初にやる?」

 

 ハグリットがヒッポグリフの一体を連れて生徒達の前にきた。まだこの生物が怖いのか、誰も自らやろうとは言いださない。

 …と、その中でハリーが一歩踏み出した。

 

「僕がやるよ」

「おう、ハリーか。じゃあ、前にでてきてやってみろ」

 

 姉に良い所を見せたいと思ったのか、少し顔が生き生きとしている。だが、そんなハリーの心情に反して後ろから声が聞こえてきた。

 

「ダメだよハリー!」

「トレローニー先生の言葉を忘れたの?」

 

 もしや、とアイルは勘づく。

 毎年恒例「トレローニーの死の予言(笑)」が今年はハリーに送られたらしい。勿論、トレローニーの言った事が当たった事なんざ一度もない。故に、死の予言も気にしないで良いのだが…一部の生徒は気にかけているようで。

 そもそも、「占い学」は魔法教科の中であまり信憑性のあるものではない。カッサンドラ・トレローニーは生れながらの「預言者」だったが、それも稀。トレローニーがどれ程その才能を受け継いでいるかも分からないし…。

 

 

 結果、ドラコ・マルフォイが怪我をした。

 ハリーがヒッポグリフに乗って飛び立つという行為を平然とやってのけたので、皆も勇気を乗り出してヒッポグリフ達に近づき始めたのだ。

 ヒッポグリフは、知的で尊厳高い生物だ。事前に説明したというのにドラコは彼等を侮辱した。勿論ヒッポグリフの怒りを買い、腕を切り裂かれた。

 

「アー! 死んじゃう! 死んじゃうよォ!」

 

 整備された土の上に血が滴る。寸前で避けようとしたため、重症ではない。

 

「何をやっているの!」

 

 しかしこのままでは責任問題に発展する。ハグリットは暴れるヒッポグリフを慌てて諌め、アイルはドラコの元へ飛んで行った。

 彼女は杖を傷口に当て、小さく呪文を唱える。

 

「『ヴァルネラ・サネントゥール 傷よ、癒えよ』」

 

 すると、見る見る内に傷が塞がっていく。

 ルシフの弟なのに…何というヘタレ具合。もう少し落ち着いても良いだろうに、傷が塞がっても未だ泣き出しそうな顔をしている。

 

「大丈夫?」

「うッ…」

「一応、医務室に向かいましょうか」

 

 ルシフの弟じゃなかったら此処までしない…という事もない。一応教師だし。

 アイルはドラコを背負い、そのまま立ち上がった。ドラコはハリーの憎悪と嫉妬の視線に戦慄しているが、アイルは自分の弟にまで目がいっていない。ハグリットに一言「医務室に連れていく」と告げ、そのままホグワーツ城に向かって歩いた。

 

 *

 

「落ち着いた? マルフォイ君」

「まぁ…何とか」

 

 医務室に連れて行き、マダム・ポンフリーに後の治療を任せようとしたが、アイルはドラコに引き止められた。ただでさえ忙しい(笑)アイルを引き止めるなんて、大層なご身分になったものだ。まぁ、怪我をした生徒の言葉を聞くくらい良いだろう。

 治療をしようとマダム・ポンフリーは傷口の状態を見たが、かすり傷一つ残っていなかった。流石アイル、仕事は完璧である。一応包帯を巻き、様子を見る事にした。

 

「傷は残ってないみたいだから良かったよ」

「…」

「それで、私に何か話があるなら聞くわよ?」

 

 ベッドに座り、少し下を向いたドラコ。その表情には何処か悲しさが見える。傲慢で、気取り屋で、いつも自信満々なドラコには珍しい表情だ。

 この間ルシフと会った時も、ルシフ()はこんな顔をしていた。やっぱり兄弟だ、とても似ている。

 

「先生は…兄上の居場所を知りませんか?」

「ルシフの?」

「はい」

 

 柄にもなく礼儀正しい。

 そうか…ドラコもルシフの事が心配なのか。

 

「一年が終わったあの日から、ずっと兄上の顔を見ていないんです。連絡もなくて」

「そっか…ごめんなさい、力になれなくて。でも、確実に生きてはいるわよ」

「何故、そう言い切れるんですか?」

「…この間、会ったの。ほんの数分だけだけど」

 

 そしてアイルは、夏休みに新しい家でルシフに再開した事を話す。ドラコは、「何故自分にも会いに来てくれなかったんだ」とは言わなかった。ただ、一人俯いて、歓喜か悲哀か、溢れ出しそうな涙を堪えている。

 

「そう…ですか。生きていて良かったです」

「ドラコ、涙は堪えないで良いのよ」

 

 そう言うと、アイルはドラコをそっと前から抱きしめる。

 身長差もそれ程ないが、小さくなっているドラコはアイルの胸元に顔を埋めた。羞恥心もプライドも全て捨て去り、ドラコは彼女の胸の中で泣きじゃくる。

 優秀で、かっこ良い大好きな兄と会えないなんて…さぞ辛い事だろう。もしハリーが突然いなくなってしまったらと考えると、ドラコに深く同調させられた。アイルも泣きたい気分だ。愛する恋人が消えてしまったのだから。

 でも今は教師として、いずれ義姉となる身として、彼の悲しみを受け止めてあげよう。

 

「あぁドラコ、思う存分泣いて良いよ。甘えて良いよ。ずっと抱きしめてあげるから」

 

 今まで溜め込んできたストレスやら悩みやらの全てを、ドラコはこの涙に詰め込んだ。

 純血で、マグル嫌いで、死喰い人の息子で…泣き顔なんて見せたらいけない、そう思って生きてきたのだろう。おまけに慕っていた兄までいなくなって、本当に自分を打ち明けられる友達もいなくて。

 本当は心優しくて、甘えん坊な少年だというのに。血筋が彼を偽らせてしまう。何と哀れな子だろう。

 

 しばらくすると、泣き声が止んできた。

 落ち着いてきたのかと思えば、何故だか寝息が聞こえてくる。一旦抱きしめるのを止めてドラコの顔を見てみると、そこには眉目秀麗な少年の寝顔があった。どうやら、泣きながら眠ってしまったらしい。

 アイルは彼をベッドに寝かせ、毛布をかける。その後、目周辺に呪文をかけ、腫れないようにした。泣いたなんて誰にも知られたくないでしょうからね。

 

「ドラコ、私は貴方の味方だからね。いつでも素で頼って良いのよ」

 

 サラサラのシルバーブロンドを撫で、頬に唇を落とす。ルシフのためにも、ドラコを守らなければいけない。

 例え彼の弟でなくても、生徒に寄り添うのは教師の仕事だ。

 

「目が醒めたら、会いに来てね」

 

 貴方の話、たくさん聞かせて頂戴。

 

 

 アイルはドラコに向かって小さく微笑んだ。しかし近くには、そんな生徒想いの教師を見つめる不穏な影。医務室のドアの隙間から、歯ぎしりをしながら中を覗く怒りに震えた一人の少年。

 

「お姉ちゃん…何で、あんな奴と…」

 

 彼が見たのは、憎きドラコ・マルフォイが愛する姉の胸に顔を埋め泣いた事、アイルが彼を強く抱きしめた事、髪を撫で頬にキスまでした事ーー全てを全て見つめていた。

 

 嗚呼何で、とハリーは拳を握り締める。

 何で本当に姉弟でもないあいつが、弟振って甘えているんだ、と。ドラコ・マルフォイに対する殺意だけでない、愛する姉に対しても怒りが湧いてくる。

 

 何で、何で自分以外の人間を受け入れるんだ、と。甘えて良いのは僕だけのはずなのに、抱きしめられるのは僕だけの特権なのに、何であんな奴にやらせるんだ。

 あぁでも、彼女を繋ぎとめるにはまだ力が足りない。最強と謳われるダンブルドアとヴォルデモートに並ぶとされる人物だ。未熟な自分では、まだ所有を示す首輪程度の力しかない。そのためには、強くならなくてはーー

 

「あらハリー、こんな所までどうしたの?」

「お姉ちゃんが心配で」

 

 医務室から出ようとしたアイルに見つかってしまったが、いつもの可愛い弟の笑みは崩さない。

 

「そう? 大丈夫よ私は。じゃあ、次の授業に行かなきゃね」

「うん、分かったよ」

 

 アイルは、その笑みに隠された殺意に気がついていなかった。

 





▶ドラコ は ヤンシスの いかりを かった!

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