ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください 作:カドナ・ポッタリアン
ロンやハーマイオニーから、ハリーへの誕生日プレゼントが送られてきた。ロンの手紙に同封された新聞には、アーサー・ウィーズリーが「日刊預言者新聞・ガリオンくじグランプリ」で見事入賞し、エジプト旅行を楽しんだ事が書かれている。ダーズリー家にいる間は新聞を取っていなかったので初耳だ。
ロンからのプレゼントは「
「本? 『世界呪文大辞典』…」
「えぇ。世界には、イギリスにはない魔法が溢れているのよ。例えば、ブラジルの魔法学校『カステロブルーシュー』では精霊魔法も一緒に教えてるわ。日本の『マホウトコロ』は…式神とかいう魂系統の魔法を使ってるの。まぁ、その国の人じゃないと使えない魔法もあるけど…とても面白いのよ」
「へぇ…ありがとうお姉ちゃん!!」
その後のやりとりで、今日ハリーとアイルは「漏れ鍋」に行く事にした。ダイアゴン横丁で新しい教科書を買わなければならない。
一応屋敷の外には強力な守りを張ったが、「煙突飛行ネットワーク」は正直使う気になれない。どうせ「漏れ鍋」は遠くないので、歩いて向かう事にする。
「おやアイルさん、お久しぶりです」
店に入ると、バーテンのトムに声をかけられる。久しぶりね、とアイルが微笑めば、周りの空気が麗しさに包まれる。
「本日は買い物ですかな?」
「勿論。ハリー、二人を見つけたら一人で行ってきて良いわよ。私は用事があるから」
「え、お姉ちゃんも一緒じゃないの…?」
「ごめんね」
悲しい顔をして服の裾を引っ張るハリーを見ていると何だか悲しくなってくるが、折角の休暇だから、友人と楽しんできてほしい。丁度「
すると、向こうから赤毛の少年と栗毛の少女が駆けつけてきた。
「やっと見つけたわハリー! 此処にいたのね!」
「ロン、ハーマイオニー! 久しぶり!」
二人の親友に再開出来た喜びか、ハリーの顔がすぐさま明るくなる。なんだ、ちゃんと笑えるじゃないか。
「お久しぶりです、アイル先生」
「こんにちは」
「やぁこんにちは、二人共。ロン、エジプトに行ったのね! 驚いたわ、楽しかった?」
「そりゃあもう。僕の兄さんがーービルっていうんですけどーー色んなピラミッドを案内してくれたんです」
「素敵。今度お兄さん、紹介してね」
「は、はい!」
目の前の親友の周りに黒い空気がまとわり始めたから、ロンも適当な事は言えない。これからは、言動一つ一つに気をつけないと殺されてしまう気がする。
すると、何かを思い出したかのようにアイルが笑みを見せ、二人に羊皮紙の切れ端を渡す。聡明なハーマイオニーは、すぐにそれが何か分かったようだ。
「住所と…電話番号ですか?」
「えぇ。引っ越したから、一応ね。覚えたら燃やして。あまり流失させたいものじゃないからね。良かったら今度、うちに遊びに来ても良いのよ」
「ありがとうございます、是非!」
先生の家に遊びに行けるなんて夢みたい!と優等生の殻を捨てて彼女は目を輝かせる。いくら頭が良くても、子供は子供だ。いつまでも純粋なままでいてほしい。
アイルは小さく笑うと、店主にファイアウイスキーを注文する。朝っぱらからアルコールは良くないかもしれないが、今はお酒を飲みたい気分だ。もう少し待たなければならないだろうし。
「ねぇお姉ちゃん…用事って、マルフォイの奴と密会するんじゃないよね?」
「えッ…あぁ、違う違う。んー、人に言うなって言われてるんだけど…何か魔法大臣に呼び出し喰らっちゃって。十時に待ち合わせ。内緒だからね?」
「魔法大臣って…?! 先生、一体何をやらかしたんですか?」
「私が呼び出し喰らうと、何で皆そう言うかな…」
別に毎度毎度不祥事起こしてるわけじゃないってーの。
それでもイメージはついてしまっているようで。これでもホグワーツ時代は学年主席の超優等生だったのに、先生方からも多少偏見の目で見られている。経歴が経歴な事もあるが、特に勲章を貰った事もないし。
何ヶ月か前に生徒に、
「ポッター先生は何故、マーリン勲章や魔法戦士の称号や賞を貰えないんですか? ダンブルドアのような偉大な魔法使いなのに」
と言われた。「偉大な魔法使い」という点は否定しないが、別に称号や賞を欲した事はないし、それに見合う功績もあげていない。
多大な才能や能力、毅然たる振る舞いは高く評価されているが、実際に闇の魔法使いと対峙した事も少ないし、有名な事と言えばヴォルデモートを惚れさせた事くらい。そんな事で賞を貰っていたら、世の美人は皆マーリン勲章だ。
結局、「不祥事」やら「厄介事」やらの変なイメージがついているのは、ダンブルドアのように多くの肩書きを持っていないからかもしれない。彼女の本質を知る人間は少ないし、大体やらかした事も多い。
結論:どうしようもない。
「あれじゃない? ファッジは先生に勲章を与える気だとか」
「ないない。去年生徒を襲ったと疑いをかけられたばっかなのに、そんな奴に賞なんてくれないよ。というかいらない」
おい店主、失笑しながらファイアウイスキーを差し出してくるな。
アイルは店主に少し舌を出しながら、代金を支払う。赤い液体の入ったジョッキはあまり食欲のそそるものではないが、魔法界では大人気。何でも、喉を焼くような感覚が良いらしいドM過ぎるぜ魔法使い。
「じゃ、行ってらっしゃいハリー」
「うん…行ってくる」
「二人共、ハリーの事宜しく」
「アイアイサー」
「ほら行くわよハリー、そんな杖出さないで良いから」
「やっぱ大臣信用できねーわアバダしてくる」
「止めなさい」
*
ロンとハーマイオニーに引っ張られているハリーを見ていると、自分の甘さが嫌になってくる。いつまでも姉離れ出来ていない気しかしないが、直す気にもなれない。弟とはずっと一緒にいたいし、唯一人の血縁なんだから大事にしたい。それが彼の暴走を悪化させている事は知っている。だからと言って、どうやって改善するべきだろうか。
凶悪な闇の魔法使いのストーカーに、全てを目の敵にし破壊行動を起こしかねないヤンシス。何方が危険かと聞かれたら、正直答えられない気がする。いや、答えちゃいけない気がする。
どうやってヤンシスを治そう。このままではハリーは一生恋愛も出来まい。何か他に焦点を向けれれば軽減するかもしれないが、どうやって他のものに興味を持たせよう。そもそも何が好きなんだ。クィディッチ?
「あぁ、難しいなぁ…」
「何が難しいのですかな?」
店主のトムがこちらに目を向ける。
「弟のヤンシスを治したい」
「それは難しい課題ですな。それにしても、あのアイルさんにも難題が存在するとは」
「家族関係が一番難しいの。魔法じゃ解決出来ない。ハリーに好きな子出来ないかなぁ…」
ハリーが好きな子なら知っている。ジニー・ウィーズリーだ。大広間で眺めていれば分かる。コリン・クリービーと一緒にハリーへ向ける視線は、普通のそれとは一味も二味も違う。まさに恋する乙女の顔。ジニー可愛いんだから、ハリー好きになってくれないかな。
「惚れ薬」を使うという手もあるが、人の心を弄るのは一番いけない事だ。ましてや生徒の心。魔法で勝手に変えて良いものじゃない。かと言って他に方法もないし…放置しかないのかな。
「大好きなのよ、ハリーの事。でも、これからの事を考えるとヤンシスは卒業しなくちゃ…」
「ヤンシスとは…何の話ですかな」
すると、黒ローブの知らない男にアイルは肩を叩かれる。
「魔法大臣がお呼びです、ミス・ポッター」
「あー分かったわ」
グラスに半分ほど残ったウイスキーを一気飲みし、アイルは立ち上がった。最後に軽くトムに手を振り、彼女は黒ローブ後についていく。チラチラとこちらを見る「漏れ鍋」の客には目もくれず、階段を上へ上へと上がっていく。
「漏れ鍋」の上階に上がるのは初めてだ。学生時代は丁度暗黒時代真っ盛りだったから、外泊なんて甘い事はしていられなかったからな。この宿は料金も安いし部屋もまぁまぁの広さを持っているから、様々な種族から人気らしい。一階だけでも、魔女・魔法使いだけでなく鬼婆や吸血鬼も見られる。そこにマグルも混ざっていたらもっと良いのに。
「こちらです」
黒ローブが最上階の部屋の前で止まる。彼は部屋のドアをノックすると、「ミス・ポッターをお連れしました」と言ってドアを開けた。
「あぁミス・ポッター、お久しぶりですな」
中には、少しやつれた様子の魔法大臣ーーコーネリウス・ファッジ。ハリーが一年生の時の終わりに会った以来、新聞でしか姿を見ていないが…うん、ちょっと老けたな。
「お久しぶりです、大臣。お元気…ではないようですね」
「まぁ…この頃色々ありましたからね。紅茶はどうですかな」
「ではお言葉に甘えて」
大臣が二つのカップに紅茶を注ぎ始めると、アイルは静かな声で言った。
「シリウス・ブラックの事ですか?」
「おや、誰かから聞いたのかね?」
先ほどまでの明るい口調とは打って変わって、大臣は低い地声を出す。まさかそんな反応をされるとは思わず、アイルは苦笑を浮かべた。しかし、本当の笑みを見せる気にはなれない。
「マグルのニュースで見ましたよ。シリウスが…脱獄したと」
「ミス・ポッター…悲しいお気持ちは分かりますが、これは貴女や弟君の身が危険だという事も示しているのですよ」
「どういう事ですか?」
大臣の言っている言葉の意味が、よく分からない。
シリウス・ブラックは、アイルの父親ジェームズ・ポッターの親友だ。学生時代は他にリーマス・ルーピンやピーター・ペティグリューと共に生活していたようだが、暗黒時代に入り、ピーターとその近くにいたマグルを殺した事でアズカバンに収監された。
父親の親友達とは何度も交流がある。特にシリウスはとても優しく聡明な人だったというのに…。
正直、シリウスがピーターを殺したと聞いた時、アイルは耳を疑った。あのシリウスがそんな事をしでかすわけがないーーそう思った。しかし、ピーターは指だけ残して他は跡形もなく消え去っているし、マグルが死んだのも事実だ。
それでもアイルは、彼を信じ続けていた。
「ブラックが獄中にいる際、『あいつはホグワーツにいる…あいつはホグワーツにいる…』とまるで呪いのように呟いているのを
「…」
あんなにも可愛がってくれたのに、そんな事をするはずがない。誰かを信じれば誰かを疑う事になるが、それでもシリウスを信じたい。
きっと何か、別の意味があるはずだ。アイルは大臣の次の言葉を待つ。
「そのため、ホグワーツに吸魂鬼を配置した。あぁ、そんな顔をしないでくださいな。私だって嫌なんです」
「生徒が、危ないです。あんな野蛮な闇の生物、神聖な学び舎に入れたくありません!」
「ん、うん…ミス・ポッターのお気持ちもごもっともなのですが、ブラックは貴女や弟君を狙ってホグワーツに乗り込んでくる可能性もある。念のための配慮ですよ。勿論、貴女やダンブルドアの腕前を信用出来ないわけじゃないんです。どうか分かってください」
たった一人の魔法使いのためにそこまでしなくても良いのに。ただでさえ学校には世界一と謳われる魔女と魔法使いが教師をしているのだ。仮にシリウスが闇の魔法使いだとしても、侵入は難しい。ヴォルデモートでさえダンブルドア一人に手も足も出なかったのだ。魔法省はよっぽど二人を守りたいようで。
「まぁ…分かりました。全て目が届くわけでもありませんし…。ただし、生徒や職員には絶対に手を出さないよう、忠告しておいてください。じゃなきゃ、私吸魂鬼共に何するか分かんなーい。瓶詰めにして黄泉に放り込んじゃうかも」
「りょ、了解です。それでは…不必要な外出はしないようにお願いします。もしもの時は、弟君も魔法を使って構いません」
「わざわざありがとうございます、大臣」
一足先に、学校に乗り込んでくる厄介者の正体を知ってしまった。さて、今年も大変になりそうだ。
ヤンシスの治し方を教えてください。え、治療不可? そんな馬鹿な!