ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください 作:カドナ・ポッタリアン
その日の夜にトムに一日だけ会話出来ない事を伝えると、彼はとても残念がった。
『何で姉さんと喋れないのさ。折角休みだから、色んな話が出来ると思ったのに』
「『ごめんねトム。ハリーがどうのこうの言ってきて…』」
『僕が本物の人間になれたら良いのに。そうしたら姉さんを、ハリーから守ってやれるのに』
「『ハリーもトムも、大切な家族よ』」
甘えられるのは好き。でも、取り合われるのは好きじゃない。それは自分も相手も傷つけるし、何よりそれを経験した立場からすれば、恐ろしい事この上ない。トムはあくまでもトムで。ハリーはあくまでもハリーでいてほしい。
『じゃあ、今晩は明日の分会話しようよ。そうだな…いつもより一時間くらい遅くまで。夕食にも参加しないで』
「『良いわよ。ただ、話をするにしても十二時までね。お肌が荒れちゃう』」
『姉さんは何もしなくても十分綺麗なのに…』
アイルはその後、マクゴナガルに夕食の席を欠席するとだけ言って、部屋に駆け込んだ。いち早くトムのために筆を走らせ、明日の準備を整えるためだ。ハリーには申し訳ないが、明日構ってやるのだから仕方がないだろう。
アイルは自分で焼いたーー火加減間違えてかなり焦げたーーパンを食べながら、トムとの受け答えを始めた。行儀が悪いとか、淑女らしくないとか、そんな事言われても彼女は苦笑しか返すつもりはない。元々お嬢様になるつもりはないし、あくまでも自然体でいたいのだ。それでも尚、アイルは美しかった。
『姉さん、前に一年生の子が石になったんでしょ? 姉ちゃんも気をつけてね』
「『あらありがとう。でも私は大丈夫よ。そんな輩がいようものなら、血祭にあげてやるわ』」
『地味に怖いね姉さん…どうして石化してしまったんだろう?』
「『魔法なら闇の魔術の分類になるわ。もし魔法でないのなら…バジリスク? 考えられるのはその程度だけど』」
『そうだね』
トムの事を、ハリーの代わりともルシフの代わりとも思っているわけではない。ただ新しいもう一人の家族というだけで、そのような気持ちは一切ない。そのはずだ。しかし、やはり思ってしまう。
あぁ、トムが記憶でなく実際にいたらどれほど心地が良い事か。
『姉ちゃん、一緒に散歩に行こうよ』
「『散歩? ノートを持って歩けと?』」
途端、目の前が真っ暗になった。何が起こったのか、全く理解が追いつかない。
気がついた頃には、アイルは薄暗い廊下にいた。しかし一人ではない。足元には、見慣れた二人の人間が石のように硬くなって転がっている。そして眼前には、半透明なまま固まり、その場でグルグルと回転のみを続けているグリフィンドール寮の愉快なゴーストの姿があった。
アイルは慌てて足元の人間を揺する。一人はハッフルパフ寮のジャスティン・フィンチ=フレッチリー。優秀な生徒ではあるが、アイルがパーセルマウスを使った以降呪文学には来なくなった生徒の一人。
そしてもう一人が、無駄にキラキラと輝くブロンドを持った、あのナルシスト野郎だった。名前? 忘れました。
「何で…私は、さっきまで部屋にいたはずじゃ…」
頭が、痛い。内側から張り裂けそうなほど強い頭痛が、アイルの脳を襲った。一体何が起こったというのだろうか。ブロンドは兎も角して、アイルはジャスティンとニックをどうにかして助けねばと思い、杖を抜いた。
魔法は、構造や原理さえ理解していれば作る事は誰にだって出来る。強いイメージを構築し、思い浮かんだ呪文を唱えるのだ。呪文と言っても、適当なモノでは効果を発揮しない。それぞれそれぞれに意味を持たせなければならないのだ。
しかし、彼等にかけられた呪いは強すぎる。アイルは冷や汗をかき、歯を食いしばった。天才と謳われた魔女でも、この強力な魔法の束縛を短時間で解く事は出来なかった。
ブロンドを踏み台にして、アイルはニックに触れる。ひんやりとした感触があるだけで、後はすり抜けてしまった。
恐怖に打たれた表情をしている三人は、一体どのような目に遭ったのだろうか。ブロンドは兎も角して、ジャスティンとニックは本当に可哀想だ。
それでも、教師という身ではあるが、「この場を立ち去らなければならないのでは」という考えが頭を過ぎった。これ以上自分が疑われるような事があれば、学校の信用もハリーの信頼もなくなってしまう。自分はどうなっても構わないが、そのせいで他人が傷つくのは嫌だ。
しかし、考えている暇などなかった。ドタバタという音がしたかと思えば、近くの教室からポルターガイスのピーブスが飛び出してきたのだ。
「おやおやぁ? ホグワーツの天才アイル・ポッティーちゃんはぁ〜またもや誰かを犠牲にしたようだ! みんな逃げろ〜!! 継承者が襲いかかってくるぞ〜〜!!」
「お黙りなさいピーブス!」
「早く捕まえろ! つ〜か〜ま〜え〜ろ〜〜!!」
ピーブスは学生時代のアイルの態度を根に持っているのか、大声を出して大広間の方角まで飛び去った。これでは何もする事が出来ない。
あっという間に先生方や生徒達が駆けつけ、「現行犯だ」だのと指を指されてしまった。アイルはどうする事も出来ない。逃げる事も、隠蔽する事も、弁解する事も出来ない。
「アイル…一体どうしたというのだ!」
スネイプはこの状況を見るや否や、急いで駆け寄りアイルの肩を掴んで強く揺らし始めた。
「分からない。分からないですよ!」
「し、しかしこの状況は…」
「お二人共、一先ず倒れたロックハート教授の上から降りましょうか」
「「おや失敬」」
どうやらブロンド胴体の上で話していたようで、アイルとスネイプは薄ら笑いを浮かべながら飛び降りる。マクゴナガルはどうして良いのかが分からない様子だったが、監督生に呼びかけて生徒達を寮へと帰した。
アイルはマクゴナガルに無理矢理手を引かれ、校長室まで連行された。もしかして、自分の首が飛んでしまうのだろうか。そんなのは絶対に嫌だ。この学校と、生徒達と、先生方と、アイルは離れたくなかった。作り上げた自分の居場所が今、ボロボロと崩れ落ちていくのを感じた。
校長室前のガーゴイルに合言葉を言い、螺旋階段を上った。途中でマクゴナガルは何度も何度も話しかけてきてくれたが、アイルの耳には入る事などなかった。ただ今は、不安に苛まれているだけだ。
校長室に入るも、ダンブルドアの姿は見えない。「待っていなさい」とだけ言われ、マクゴナガルはアイルを置いて立ち去ってしまった。
辺りを見回すと、近くに「組み分け帽子」があった。勝手に取ってはいけないという気もしたが、ダンブルドアもいないし良いやと帽子を手に取った。
ボロボロの薄汚れた魔法使いの帽子。それでもその中に歴史を感じられた。赫々の偉大な魔女や魔法使い達も、この帽子を被った事があるのだ。肖像画の歴代校長達は、アイルの事に気付きもせず眠り込んでいた。
多少の気がかりもあったので、アイルは何十年か前と同じように帽子を被った。
「何を思いつめているのだね、アイル・ポッター」
耳の中に、優しい低い声が響いてくる。
「そうね。私の組み分けは間違いじゃなかったんじゃないかとか、ヴォルデモートの事とか、ハリーの事とか…」
「ふむ、後者二つは私にはどうにもならないが、君の組み分けは実に簡単だったぞアイル・ポッター」
組み分け帽子はさも当たり前のように言う。アイルは眉を顰めながらも、次の言葉を楽しみにして待った。
「何故?」
「君には知性もある。優しさもある。才能もある。ただそれ以上に秀でているのは、スリザリンの求める狡猾さとグリフィンドールの求める勇気だった。君のように美しく聡明な生徒は、私は今までもこれからも遭遇する事はないだろう。つまりは、そういう事なのだよ」
「ごめんなさい、分からないわ」
アイルは楽しげに笑った。帽子はその様子に同じ楽しさを覚えたのか、弾んだ口調で言った。
「私は、全てが寮で決まるとは思っていない。しかし、魔法使いの人生の半分は自寮によって変わる事は確かだ。それは、寮によって教育方針も考えも違うのだから」
「…それで?」
「私は今までに、何人もの闇に落ちていく生徒を見てきた。君にはその可能性が誰よりも高かった。そして、君の持ちうる自分を犠牲にして何かを守ろうとする『自己犠牲』という名の愛、勇気ーー私はそれを評価してグリフィンドールに入れたのだ。まぁ正直、白髭ジジイに少し脅されたってのもあるk…いや失礼」
帽子を頭から取ると、彼女は再び棚へとそれを戻した。今抱えている問題を、もしかすると帽子が解決してくれるかもしれないとも思ったが、実際は逆で、アイルの頭の中にはいくつモノの疑問が残ってしまった。
「あらフォークス、久しぶり」
近くにダンブルドアのペットの不死鳥フォークスが止まっていた。アイルがその首元を撫でると、フォークスは心地良さげに喉を鳴らす。頭をアイルの顔に擦り付けてきて、キューと高い声で鳴いた。
すると、背後から年寄りの声が聞こえてきた。
「フォークスは忠実な鳥じゃが…わし以外の者にそれほど懐くのは珍しい」
「あら先生、それならフォークスを私にくださらない? 先生がご臨終されたら」
「勿論じゃよアイル。しかし、わしはまだまだ長生きする予定じゃぞ」
「フフ、そうですね」
可愛らしく美しい鳥に癒され、アイルの中に溜まっていた毒気など一瞬にして吹っ飛んで行った。ダンブルドアは笑顔のアイルに安堵したのか、同じく満面の笑みで彼女をソファへと誘った。アイルはソファに座るも、フォークスはその膝の上から決して退こうとしなかった。
「ダンブルドア先生は、私を疑ってらっしゃいますか?」
「いや。わしは君の事をよく知っておる。君は、少しズボラで謙遜しない所もあるが、心優しい才能溢れる魔女じゃよ」
「かなりディスられてるけど、今は気にしないでおきます」
「結構結構。しかし、ロックハート教授も石と化したと聞いたぞ」
ダンブルドアは真剣な眼差しでアイルを見た。
「うーん…正直あの人は良いです」
「わしも同感。ちょー同感」
「碌な授業をしていないというのも聞いているし、彼のファンには可哀想だけど、医務室の端に葬っておきましょう」
「ちょっとそれは可哀s「ポ◯キーあげます」
「交渉成立じゃ」
アイルは徐に懐から縦長の紙箱を取り出すと、麻薬密入をするかのようにこっそりとダンブルドアに渡した。ダンブルドアは紙箱を頰でスリスリすると、そのまますぐに食べ始める。
「という事は、『闇の魔術に対する防衛術』は?」
「うむ、一時期は休講という事にしようぞ」
その後、ダンブルドアは一応求人広告を「日刊預言者新聞」に出したらしいが、結局誰も仕事につこうとしなかったらしい。元々ホグワーツの呪われた教科と言われた闇の魔術に対する防衛術は、教授が一年以上続いた試しがない。
結局、此処一年この席は空いたままだった。
はい、ブロンドは退場でーす。さよならー。