ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください   作:カドナ・ポッタリアン

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緊急事態

 アイルはすっかり、トムの虜になってしまった。日々の悩み、退屈さ、心配事ーー全てをトムに打ち明け、そして語り合った。彼は誰よりも自分を理解してくれているような気がしたのだ。同情し、優しく慰め、そして癒した。

 トムは、どんな魔法よりもどんな言葉よりも深く、甘く、溶け込むようにアイルの心の中に浸透していった。日記帳の中の小さな家族であり、恋人。その存在がアイルにとってどれほど心強かった事か。ハリーには心配をかけたくないし、ダンブルドア先生やマクゴナガル先生に相談事なんて出来るわけがない。

 トムはもう一人のハリーであり、もう一人のルシフ。

 もう彼なしではいられなかいような気がする。授業後すぐに会話をするのが楽しみになっており、授業中も生き生きとしていた。

 

『姉さん、今日は生徒達にどんな魔法を教えたの?』

 

 1日の終わり、トムはいつもこんな話題を持ちかけてくる。彼はアイルを本物の姉のように慕ってくれた。呼び方はハリーとは一致せずとも「姉さん」。最初の頃よりかは口調も変わり、段々ハリーに似てきた。まぁ何方に師路、ホッコリホッコリ♡

 

「『そうね、一年生には初歩的な『鍵開け魔法(アロホモラ)』、二年生には『光源魔法(ルーモス)』って所かしら』」

『姉さんの授業はきっと分かりやすいんだろうね。僕も受けてみたいよ』

「『えぇその通りよ』」

『謙遜しない自信満々な態度もまた、姉さんらしい』

 

 座右の銘は、お亡くなりになりました。

 

『ねぇ姉さん、姉さんはまだ僕に本心を見せてくれないよね』

「『あら、見せてるわよ。秘密だって何個かは教えているつもりよ。どうせ日記に口はないしね』」

『それは酷い事を言うなぁ。秘密って言ったって、学生時代やらかした事ばかりじゃないか。もう少しないのかい? こう…人を殺してしまった、とか』

 

 ふと、ペンを走らせるアイルの手が止まった。時々トムはおかしな事を言う。人を殺した事なんて一度もない。傷つけた事なら数え切れないほどあるが、アイルは闇の陣営のように「死の呪文」を使ったりなんて絶対にしない。それがもし誰かを守るためであっても、武器は武器にしかならない。

 

「『この学生時代のやらかしが世間に公表されたら、私の教師人生が終わりよ。下手すれば魔法省で尋問を受けるわ。それに、大した秘密を持っていない人間だっている。そんなにこだわる事かしら?』」

 

 トムは考えているのだろうか。返事は返ってなどこなかった。しばらく日記帳を開いたまま放置していると、やがて文字が浮かび上がった。

 

『仕方ないな。姉さんが嫌なら構わないよ』

「『ありがとう』」

 

 今日はこの辺で止めておこう。明日は試験勉強に勤しむ五年生に、当てつけ的な何かで「熟睡呪文」を教えてやるのだ。当の本人の目の下にクマができていたら、あまり良い顔はされないだろう。それに、美容だ美容。

 

 *

 

 翌日のハロウィーンの夜、アイルはあまり夕食の席に出る気分ではなかった。「骸骨舞踏団」という魔法界の有名な音楽家達が来るようだったが、乗り気じゃない。気分が悪い、音楽に興味はないし、かと言ってカボチャパイにかぶりつくほど飢えてはいない。

 ハリー達に話を聞けば、どうやらニックの絶命日パーティーに参加するようだった。

 

 ーーアイルが気がついた頃には、たくさんの人に囲まれていた。

 

「継承者の敵よ、気をつけよ…次はお前らの番だ、『穢れた血』め」

「何でこんな事に…」

「あの猫を見てよ…」

 

 さっきまで廊下を歩いていたはずなのに、何故人に囲まれているのだろうか。ふと顔を上げれば、壁には誰かが読み上げたように『継承者の敵よ、気をつけよ』と真っ赤なインクで書かれていた。そしてそのすぐ下には、氷のように固まったフィルチの愛猫ーーミセス・ノリスが横たわっていた。何が何だか理解ができないアイルは、その場で立ちすくんでしまった。近くにはハリー達がいた。どうやら、ニックのパーティーも大広間のパーティーも終幕したようだった。

 しかしアイルは何故だかは分からない。杖を手に持ち、大勢の生徒達に親の仇を見るような目で直視されていた。やがて騒ぎを聞きつけた校長達が駆けつけてくる。ダンブルドアはアイルと壁とミセス・ノリスを交互に見て、真っ青になった。

 

「アイル、これは一体どういう事でしょうか…!!」

 

 マクゴナガル先生は絶句した。

 

「そんなの、私が聞きたいくらいですよ」

「貴女はハロウィーンの席にいませんでしたが」

「お散歩してたんですけど…何故こうなったかは…」

 

 すると剣幕を変えたフィルチがミセス・ノリスに駆け寄った。その瞳からは涙をこぼし、悲痛の叫び声を上げていた。そして猫を抱き上げると、アイルに迫った。

 

「お前がミセス・ノリスを!! 殺す! 私がお前を殺してやる!!」

「ファッ?! の、ノー! 私は違いますよ違います!」

「だったら誰がミセス・ノリスを殺したというんだ! あ? お前だろ!!」

「アーガス、落ち着きなさい」

 

 ダンブルドアはフィルチをなだめ、生徒達を寮へと帰した。流れに乗ってアイルも部屋に戻ろうとしたが、ダンブルドアに引き止められた。ハリー達も何故か残された。そして、近くにあったロックハートの教室を借りて、先生方とアイル、ハリー達は話を始めた。初めにダンブルドアが口を開く。

 

「アイルや、一体何があったのじゃ?」

「分かりません。気がついた時には、あそこにいました」

「わしがそれで納得すると思うかの?」

「ポテチ一年分差し上げますので」

「モノで釣ってくる時点で怪しいと思わねばのう…まぁ、後でわしの部屋に送っておくれ」

 

 ダンブルドアは少し微笑むと、ミセス・ノリスの容体を確かめた。2、3度魔法をかけ、小さく唸った。フィルチはマクゴナガルに慰められている。しかし、アイルを指差して再び叫んだ。

 

「お前がッ…私の…猫をッ…!!」

「アーガス、猫は死んではおらんよ。石になっておるだけじゃ」

「石?!」

「あぁやっぱり! 私もそう思っていた所ですよ!」

 

 ドヤ顔を浮かべ、ブロンドが割り込んだ。ダンブルドアはそれを気にする様子もなく、言葉を続ける。

 

「ただそれが何故なったのかは、わしにも分からん」

「あいつに聞いてくれ!」

 

 フィルチは尚アイルを顔を指差したままだ。ハリー達はどうすれば良いか分からず、ただ同じく状況の把握ができていないアイルの背を心配そうに見つめていた。

 ダンブルドアは疑う余地などないと考えてはいたが、念のためアイルに問いを投げかける。

 

「アイル、ミセス・ノリスがどうやってこうなった…君には分かるかの?」

「すみません校長、私には何が何だか先ほどからさっぱり分からなくて…しかし、高度な闇の魔術を以ってすれば出来ない事もないでしょう。まぁ…私ではありませんが」

「嘘だ!」

 

 フィルチは顔を真っ赤にして、グシャグシャになったままアイルに掴みかかる。

 

「『魔法の練金術師』やら『ホグワーツ創立以来の秀才』やら『愛された女の子』やら…お前になら出来るだろう! 聞いたぞ、お前があの場に一番最初にいた事を…それに知っているはずだ、お前は私が、私が…」

 

 彼の顔が苦し気に歪んだ。

 

「出来損ないの『スクイブ』だという事を!!」

 

 ハリーはその言葉を聞いて首をかしげた。するとロンが、小さな声で教えてくれた。スクイブとは、魔法族に生まれたにも下変わらず魔力を持っていない人間の事だという。落ちこぼれだとか、出来損ないだとか、迫害される存在だという。その言葉で、後ろの3人はようやくフィルチの心持ちを理解した。

 何故あんなに強く生徒に当たるのか。それは、きっと強い「嫉妬」によるモノなのだろう。自分は魔法が使えず、生徒達が使える。目の前で飛び交う魔法の力が、どれほど羨ましかった事か。フィルチはこの言葉を発する事だけに、残っている体力の全てを使い切ってしまった。

 するとスネイプが尋ねる。

 

「アイル、君はハロウィーンのパーティーの時に、一体何処で何をしていた?」

「だから、お散歩ですお散歩。あまり人とワイワイしたい気分ではなかったので」

「一人で?」

「ハイ。…もしかして、私がやったと皆さん思っているのですか? 確かに今すぐに皆さんを石に変えろと言われればすぐに出来ますが、実行しようとは思いません」

「確かに…皆さんはアイルの性格をよく知っているでしょう?」

 

 先生方はマクゴナガルの声に従って、大きく頷く。ロックハート教授はより深く頷き、満足気な表情をしていた。

 その後ろにいるハリー達は、自分が何故此処で呼ばれたのかを考えつつ、教師陣の会話に耳を傾けていた。

 

「アーガス、大丈夫ですよ。今私ね、温室でマンドレイクを育てているんですよ。十分に成長すれば、すぐに薬を作ってもらいますからね」

 

 薬草学担当教授のスプラウトが、笑顔でフィルチに語りかける。しかし、またしてもロックハートが口を挟んだ。

 

「私がそれをお作りいたしましょう。私は何回作ったか分からないくらいですよ。『マンドレイク回復薬』なんて、眠っていたって作れます」

「お伺いしますがね、この学校の『魔法薬学』の教授は我輩のはずだが」

 

 ロックハートとスネイプが壮絶な冷戦を繰り広げている間に、ダンブルドアは他の人間に気づかれないように、小さな声でハリー達に問いかけた。

 

「三人共、アイルが何か不審な行動を行ってはいなかったかね?」

「いいえ、先生。アイル先生が猫を石にするだなんて…ありえません」

「もしかして、ポッター先生を疑っているんですか? それなら、かなりの見当違いですよ。えーっと…隣の人が怖いです」

「お姉ちゃんが誰かを襲うなんてありえない…もしお姉ちゃんを疑ったりしたら、僕何するか分かりませんよ?」

「お、おぉ…分かっておる。三人共、帰ってよろしい」

 

 アイルにはその会話が聞こえていた。三人はいつも通りの対応だった。しかし、ダンブルドアがそれだけのために三人を引き止め、連れてきたのかが分からなかった。

 その後、アイルは「疑わしきは罰せず」というお偉いダンブルドア様のお言葉により、無罪放免となった。ポテチを要求されたけど。

 それより、あの消えてしまった記憶は一体…何だったのだろうか。

 

 翌日から、校内で噂が流れ始めた。「秘密の部屋」についての噂だ。図書館の「ホグワーツの歴史」という本は貸し出されているし、聞いた話によると、魔法史の授業でゴーストのビンズ先生が生徒の質問に答え、自分の知っている限りの「秘密の部屋」についての情報を教えたという。

 ホグワーツ創始者の一人であるサラザール・スリザリンがホグワーツを去る際に残したとされる、「秘密の部屋」。伝承によれば、スリザリンの継承者のみが部屋の封印を解き、その中の恐怖を解き放ち、それを用いて魔法を使うに値しない者を追い出すとされているらしい。しかし、実際に存在するかは判明していないし、スリザリンの継承者だなんて馬鹿げている。

 それでもホグワーツの生徒間では、アイル・ポッターがサラザール・スリザリンの継承者なのではないかという噂が流れていた。

 

「いや、私ちゃいます」

 


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