ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください   作:カドナ・ポッタリアン

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日記帳

 夕食が終わり、生徒達に続いてアイルも大広間を出た。夏はもうそろそろ終わる。ひんやりとした空気が、アイルの頬を優しく撫でてきた。人のいない長い廊下からは、「禁じられた森」が見渡せた。薄暗いランプで照らされた場所を一人で歩き、小さくため息をつく。

 何だか気が乗らない。しかし、アイルは教授だし、明日から授業が始まる。色々と思いつめる事があるが、誰に吐き出せるわけもない。愚痴るには他の教授方は年上だから、中々出来るモノじゃないのだ。一人で抱え込むというのは、かなり辛いという事を改めて感じる。

 アイルは腰に手を当て、少し反りながら思い切り深呼吸をした。新鮮な空気が肺いっぱいに入り込み、心を落ち着かせた。途端、ローブのポケットの中に何かが入っている事に気がつく。

 ポケットに手を突っ込み、中の モノを取り出した。黒表紙の日記帳のようだった。裏の左下の方には、「T・M・リドル」と書かれていた。

 

「何でこんなモノが…」

 

 アイルは駆け足で部屋に戻り、自分の机に座った。片付けられた机の上に日記帳を置き、アイルは考えた。いつこれがポケットの中に迷い込んだのだろうか。

 確かにこのローブはいつも着ている。ハリーには捨てるとか言ったけど、実際買い換えるのが面倒なので捨てていない。魔法で毎日綺麗にして、脱ぐのは寝間着に着替える時程度なのに。ポケットの中に手を突っ込まれた覚えも、何かが中に入った記憶もない。持ち主のリドル君に心の中で謝り、アイルは日記帳を開いた。もしかすると、持ち主の手かがりがつかめるかもしれない。

 しかし、いくら羊皮紙のページをめくっても、何も文字が書かれている様子はなかった。

 

「T・M・リドル…何者?」

 

 日記帳の出版元を見ると、ロンドンのボグゾール通りの新聞・雑誌店の名が書かれていた。マグル生まれの人間なのかもしれない。しかしアイルの記憶の中には、マグル生まれでリドルだなんて男はいなかった。

 この日記の持ち主はもう老人魔法使いになっているかもしれない。しかし、マグル出身でT・M・リドルだなんてたくさんいるだろうし、特定はできないだろう。

 大の大人ではあるが、精神的に参っている。アイルはこの日記帳を、日々の鬱憤を吐き出す事に使おうと考えた。もし持ち主が見つかったら、インクを全て消せば良いし。

 アイルは現実から目を背けながらも、日記帳の一番初めのページをめくって、羽ペンにインクを浸した。そして、左上に小さく日付を書く。

 

「ええっと、九月一日だよね」

 

 真っ黒なインクで日付を書いたはずなのに、それはみるみるうちに羊皮紙に染み込んで消えてしまった。慌てて次のページを見るが、滲んでいる様子もない。新品同様だった。

 アイルは日記帳に不信感を抱き、羽ペンに浸されているインクを何度も何度も垂らした。その度にインクは羊皮紙に消えていった。アイルは遂に日記帳を閉じた。代わりに杖を取り出し、呪文を唱えた。

 

「『スペシアリス・レベリオ 化けの皮 剥がれよ』」

 

 杖で日記帳を鋭く二回突いた。しかし、日記帳に何ら変化はない。つまり、ただの日記帳? それにしては魔法が封じられている。

 

「でも、この魔法で変化がなかったという事は…魔法が入っているだけの日記帳?」

 

 もう一度日記帳を開くすると、ツラツラと文字が浮かび上がってきた。美しい細長い字だった。

 

『こんばんは』

 

 たった一言だった。それに、アイルが読み終わるとそれは消えてしまった。もしかすると、「組み分け帽子」のように知識を吹き込まれてあるのかもしれない。それならば危険性はないはずだ。一応確認のため、アイルは再び羽ペンを手に取った。

 

「『こんばんは』っと」

 

 すると文字は消えていき、再び違う字が浮かび上がってきた。

 

『僕はトム・マールヴォロ・リドルです。名前をお伺いしても?」

「…まぁ良いか。『アイル・ポッターです』」

『とても良い名前ですね』

「『貴方は何者?』」

 

 あぁ、このT・Mは、トム・マールヴォロだったのか。

 トムはアイルの問いにすぐには答えてくれなかった。やがて、再び文字が浮かび上がってくる。

 

『僕はこの日記帳の中の”記憶”です。僕自身がそれをこの日記帳の中を封じ込めました』

「『聞いた事のない魔法ね』」

『しかし存在します、貴女の目の前に』

 

 消えていく文字を見つめ、アイルは頬杖をついた。知らない魔法はないと思っていたが、案外そんな事もないようだ。でも、あまり危険性はなさそうだしーー

 

「『あまり信用出来ないわ。でも、貴方が自分の事を私に教えてくれたら、私は信じられるかもしれない。素性の確認もできるし。ホグワーツ生だったでしょ?』」

『えぇ、分かりました。しかし、そんな事まで調べられるほど、貴女の地位は高いんですか?』

「『地位が高いまではいかないけど、一応ホグワーツの教授をやらせてもらっているわ』」

『へぇ…それは凄い。じゃあ、話しますね』

 

 トムの言葉をまとめると、約50年前にホグワーツにいた、主席&監督生だった、ホグワーツの特別功労賞を貰ったーーなどと、中々の優等生のようだった。アイルはトムと自分自身を重ねた。何だか似ているような気がする。しかも、これ程までに優等生ならば、きっと記録にも残っているはずだ。一通り聞き終わったアイルは、トムに質問を投げかけた。

 

「『貴方、アルバス・ダンブルドアを知っているかしら?』」

『はい。彼はとても素晴らしい人でしたよ、僕がホグワーツ生の時には『変身術』の教授でしたが、生徒思いの先生でした。今もご存命ですか?』

「『えぇ、生きていらっしゃるわよ。お菓子ばかり食べているから、いつ亡くなるかヒヤヒヤだけどね。そうね、彼はとても良い人』」

『信じてもらえましたか? 僕の事』

「『素性を調べるまでは何とも言えないわ。今日は寝る。おやすみなさい』」

 

 まだ完全には信用出来ない。ちゃんと本当に存在する人間かどうかを調べて、それからだ。使う事にするのは。

 翌日の昼休み、アイルは本来ならば図書室で本を漁っているはずなのだが、この日は大広間の奥にある「トロフィー室」に来ていた。此処には、歴代でホグワーツの賞を受賞した人の名簿が置いてある。ABC順になっていて、見つけるのは容易かった。

 古い本を手に取り、アイルは「トム・マールヴォロ・リドル」の名を探した。すると、案外すぐに見つかった。

 

「トム・マールヴォロ・リドル…ホグワーツ特別功労賞受賞、ホグワーツ最高主席、監督生、歴代でも特に優れた成績を収める。本当に実在したのか。というか凄いなトム。トロフィーもあるじゃん」

 

 次々に名前を見ていくと、自分の名前があったので、アイルは苦笑を浮かべて閉じた。しかし、これだけでは確信がつかない。トムはダンブルドアが「変身術」の教授だったと言っていた。ダンブルドアならば覚えているかもしれない。

 きっとあの人ならば、じゃが◯こ一箱で何でも教えてくれるだろう。今はもしかすると、スナック探しの旅に出ているかもしれないが、校長室の前でポテチを食べれば出てくるだろう。

 校長室へ行く途中、アイルは背後に変な空気を感じた。誰かがさっきからつけてきている。どんな裏道を通っても、同じ道を通ってもその気配はついてくる。気がつかないふりをしてコッソリと杖を取り出し、アイルは角を曲がった。気配が角を曲がると同時にアイルは閃光を飛ばし、それに杖を向けた。

 

「ッ、貴方…」

「いててて…中々強気なお嬢さんですね」

 

 アイルの魔法を受けて地面に尻餅をついていたのは、ブロンドハンサムのギルデロイ・ロックハートだった。到底立たせてやる気にもならず、アイルは鋭い視線を彼に送った。

 

「…何の用ですか?」

「何方へ向かっているのかが気になりましてね。不思議な場所に行くモノですから」

「それは貴方がついてきたからです」

「失礼ですね」

「次ついてきたら、アズカバンに放り込みますからね。冗談抜きに」

 

 アイルは踵を返し、ロックハートにかけた魔法を解除する事もなく、もう一度目的地を目指した。あの魔法はしばらく消えない。顔以外は麻痺している事だろう。ロックハートの悲痛の叫びもアイルには届かず、彼はただあの美しい後ろ姿を眺めるしかなかった。

 もう邪魔者も追跡者もいないので、アイルは校長室へ案外早くたどり着いた。大きなガーゴイルの銅像が左右に置かれ、アイルを見下ろしていた。確か合言葉は…

 

「じゃ◯りこ!」

 

 アイルが言うと、二体のガーゴイルは本物と化し、そこから身を引いてアイルをお辞儀をした。彼女はガーゴイルに礼を言うと、螺旋状の階段を上がった。上がり終えるとそこには大きな扉があった。アイルは校長室の扉をノックする。すると、奥から物静かな声が聞こえた。

 

「どうぞ」

「…失礼します」

 

 アイルは扉を開け、中に入った。様々な道具の置かれたゴチャゴチャとした部屋は相変わらずだったが、入ってすぐに目に入る不死鳥だけは姿を変えていた。青い空のような羽も混じっている赤い不死鳥は、とても美しかった。

 

「アイルか。昼休みじゃが…どうかしたかの?」

「色々、聞きたい事がありまして…」

「そうかそうか。ではどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 アイルは小さく会釈をすると、近くにあるソファに腰掛けた。

 


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