ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください   作:カドナ・ポッタリアン

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届かなくたって

 

 

 

『嗚呼アルバス、あれは本当なのでしょうか? 本当にアイルはクィリナスを…』

『さぁ、分からぬ。わしらがトロールを発見していた時、大広間で何があったのかは謎じゃ。ねぇわしにポテチちょうだい』

『こんな事なら、私がクィレルを起こしておけば…。ワサビ味ならありますよ』

『自分を責めるでない。わしにも責任がある。…しかし、何かしらあったのじゃろう。アイルは人を傷つける事を嫌う。ワサビかぁ、美味しいのかなぁ』

『それは百も承知ですが…あのクィレルが、何かをやらかすとは到底…。ではポテチどうぞ』

『クィレル教授は彼女の魔法で真っ二つ、アイルは拷問呪文を受けていた痕があった。おう、美味美味〜♪』

 

 

 時として、人は狂気を見せる。例えそれが正義感に溢れた人間であっても、その真逆であっても、はたまた普通の人間であっても。

 

 時として、狂気は黒を見せる。狂気に満たされる事で、快感まで感じるようになる。

 

 時として、黒は白を見せる。黒は時々真逆の色を見せる事がある。黒と白を隔てる壊す事の出来ない壁は、時として姿を消す。

 

 アイルは分からなかった。自分が白なのか黒なのか、混ざっているのか。彼女は、兎に角自分の正義を貫く人間だ。と同時に、その考えを阻むモノは全て切り捨てる。それが仲間であろうが敵であろうが。

 愛されている身だが、心の傷が治ったと言ったら、そうではない。母親が目の前で死んだのだ。そして、殺した張本人に監禁されたのだ。あの時の恐怖と言ったらーー

 

 彼女は目を覚ました。

 暖かい朝日が窓からアイルの顔を照らし、眩しさに目が眩んだ。目を薄っすらゆっくりと開け、今自分がホグワーツの医務室のベッドで横たわっているのが分かった。近くでは、ワサビポテチの袋を持ったダンブルドアと、呆れ顔のマクゴナガル、そして、ベッドに顔を伏せて寝ているハリーの姿があった。

 アイルはフッと微笑むと、スヤスヤと眠るハリーの頭を鈍る手で撫でた。

 

 

「おうアイル、起きたか」

「おはようございます、ダンブルドア先生」

「おはようアイル」

 

 

 ダンブルドア校長は、ワサビポテチの袋を振りながら言う。

 

 

「辛いチップスはいかがかの?」

「マダム・ポンプリーに怒られますよ」

「あ…まぁ、大丈夫じゃ〜」

 

 

 アイルは天井を見上げる。清潔な医務室だ。カーテンのあるベッドは何十と立ち並び、清潔感の溢れる白い大きな部屋は、ワサビの匂いが充満していた。マダム・ポンプリーとは、医務室の治安と平和を守る看護婦だ。

 

 

「ミス・ポッター、お疲れの所申し訳ありませんが…大広間で一体、何があったのでしょうか?」

「…難しい質問ですね」

「では、”はい”か”いいえ”で答えられるモノにします、アイル。貴女は、クィリナス・クィレルを殺しましたか?」

「…はい」

 

 

 マクゴナガル先生は、訝し気な表情を浮かべながらアイルに問いかける。アイルは微笑みを消す。

 

 

「では、貴女はクィリナス・クィレルに『磔の呪い』を受けましたか?」

「いいえ、あれは磔ではなかった」

「え…? ではその魔法は、創作魔法ですか?」

「…おそらく、はい。『磔の呪い』をもっと酷くしたような、そんな感じです」

「君も作れるかの? その強化版のようなモノは」

 

 

 次は、ダンブルドアが質問した。

 

 

「…えぇ。今この場でも。もしかして、かけてほしいんですか?」

「相変わらす君は恐ろしくも面白い子じゃのう。そうかそうか…わしはのう、ずっと心配しておった。君のように才能あふれる魔女が、闇の陣営に加わるのではないかと」

「私が両親の期待の裏切るような事、すると思いますか?」

「…いいや、そうは思わん。まぁ、老人のお節介だと思ってほしい」

 

 

 彼はポテチの袋を魔法で消すと、隣のベッドに座った。すると、マダム・ポンプリーが水差しとコップを持って自分の部屋から出てきた。

 

 

「あら、起きたんですね」

「お久しぶりです、マダム」

「えぇ本当にお久しぶりですね」

 

 

 マダム・ポンプリーは、キビキビとした様子でベッドの脇に来た。そして、ベッドに顔を埋めて寝込むメガネの少年に目をやる。

 

 

「ったく、こんな所で寝て…風邪引いても知りませんよっ。もう、貴方はただでさえ医務室によく運び込まれていたのに。良い大人になったのですから、今回で最後にしてくださいね」

「はーい…」

「まぁまぁポピー、責めないでやってくれ」

「そういう貴方こそ! ワサビの匂いが! また医務室でスナック菓子を…」

「だって美味しいんだもん美味なんだもん」

 

 

 ダンブルドアは朗らかに笑うと、ベッドから立ち上がった。アイルは起き上がろうとしたが、体に力が入らない。精々顔を向きを変えられるくらいだ。

 

 

「まだ起き上がってはいけません。『磔の呪い』ではありませんでしたが…あれの類のようなモノでした。しかし、『磔の呪い』は対象に苦しみを与えるだけで身体的なダメージは与えませんが、今回貴女がかけられたモノは、体にも影響を与えるモノでした」

「それは…どういう意味でしょう」

 

 

 マクゴナガルは首を傾げた。通常の所、「磔の呪い」はマダム・ポンプリーの言う通り外傷は与えない。しかし、類をかけられたアイルは体に影響が与えられた。強化版というのは強ち間違っていないかもしれない。

「磔の呪い」は、アイルは何度かかけられた事がある。その時の痛みは、全身を貫かれたような時や焼いた鉄で体中を押さえつけられたような時などーー時によって様々だ。しかも、外傷はない。痛みだけが延々と続く。

 今回受けた呪いは、内臓や骨まで締め付けられたような痛みもした。息もできなかった。

 

 

「内臓がほぼ全て傷つき、骨がかなり砕かれていました。首や腕は無事でしたが…。しかし、大丈夫ですよ。すぐに治りますからね。しんどいですが」

「はい…」

「それでアイル。聞かせてくれるかの? 何があったのか…」

「ちょっと難しいです…なので、小瓶ください」

「小瓶…?」

 

 ダンブルドアは全て悟ったかのように頷くと、アイルに小瓶を渡した。そして、数少ない無事な部位である手で杖を持ち、自分の額の横にくっつけた。少し痛そうな顔をして杖を話すと、その先には束ねられた光る糸のようなモノがあった。そしてそれを丁寧に小瓶の中にしまうと、ダンブルドアに渡した。

 

 

「『記憶』ですか…」

「はい、話すのは少し…」

「ハリーには側にいてほしいかの? 彼もそれを希望していたが」

「いえ、この子には授業を。アハ…人を殺してこんな爽やかな笑顔を浮かべている人間なんて、気味が悪いでしょ? ハリー」

 

 

 アイルはハリーの髪を撫でた。

 

 

「起きてるのはわかってるよ。怒らないから顔を上げなさい」

「っ…おはようお姉ちゃん」

 

 

 ハリーは恐る恐る顔を上げた。しかし、アイルは優しい笑みを浮かべているだけだった。

 

 

「あ…っ、僕はお姉ちゃんの事、気味が悪いなんて思わないよ」

「何で?」

「だって、お姉ちゃんだから。お姉ちゃんは仕方なくクィレルを殺したんだよね? それなら僕は、お姉ちゃんを怖いとは思わないよ」

「良い子だね、ハリーは。本当に優しい子だね…」

 

 

 素直に嬉しかった。こんな自分を愛してくれる弟が、本当に愛おしかった。胸が熱くなった。そして思う。この子だけは絶対に守り抜くーーと。

 

 

「さぁさぁ、姉弟愛は素晴らしいモノですが、早く治したいのでしたらせめてお静かに」

 

 *

 

 アイルは、ものの一週間で完全に回復した。クィレルの件は、辞職という事で片がついた。そして、アイルの記憶を見た先生方はホグワーツの強化を魔法省に要請した。彼女自身の記憶を証拠に、ホグワーツとアイル近辺の警護を求めたのだ。

 魔法省は、ヴォルデモートが生きている事は頑としてみとめようとはしなかった。あのヴォルデモートの声は、アイル自身の「幻覚」と断定したのだ。現実逃避が厳しい。

 

 

「嗚呼ポッター、もう大丈夫なのですか?」

 

 

 厳しい体制をとりながらも、マクゴナガルはアイルの事を心配してくれていた。厳格ながらも、優しい人なのだ。

 

 

「えぇ、職に復帰するのは、なるべく早い方が良いですし。有給…」

「そうですね。有給…というか、給料貰わなくてもよろしいのでは?」

「確かにグリンゴッツには使い切れないほどお金がありますが…私は、自分のお金でハリーにプレゼントを上げたいんです」

「そうですか…嗚呼アイル、そういえば、ハリーが寮代表のクィディッチチームにシーカーに」

 

 

 マクゴナガルの言葉を聞き、アイルは驚きで転けそうになった。彼女は急いでアイルを支える。

 

 

「ハリーが…シーカーですか?」

「えぇ、やはり才能は受け継がれると言いますか。貴女とお父様も…素晴らしいクィディッチの選手でしたね」

「父はチェイサーでしたね。シーカーなら…私が教えられますね」

 

 

 アイルは学生時代、2年生からずっとグリフィンドールのシーカーとして努めていた。出場した試合は必ず勝つという所謂「最強」の名を誇っていたのだが、あんな事があったからーー

 

 

「折角なら、卒業式も出たかったなぁ」

「今年は出れますよ」

「フフッ、そうですね」

 

 

 彼女は楽しそうに微笑むと、ため息をついた。

 

 

「嗚呼…先生、私の記憶を見ましたか?」

「えぇそうですね」

「どう、思いましたか?」

「選択的には、間違っていませんでした。しかし、あの殺し方は…」

「同意します。殺し方か…バタフライエフェクトですよ」

 

 

 そう、あの時アイルがクィレルを引き裂いていなかったら、確実に体を奪われていただろう。あんなやつに体を取られたら、何をされるか分からない。愛されてる…のかもしれないけれど、変態執着系ヤンデレ男が好きな人の体を乗っ取ったら、何するか…いや、考えるのは止めておこう。

 

 

「バタフライエフェクト…そうですね。…『例のあの人』は、やはり辛うじて生きていた…という事が分かりました。まぁ、皆信じようとはしませんが。しかし、貴女が『例のあの人』が唯一愛した人物というのは事実です。魔法省は闇祓いを送ってきませんでしたが、警戒している事は確かです」

「ありがたい限りですね。…まぁ、私はある意味の”切り札”ですから。ヴォルデモートに対する」

「っ! そ、の名前を…」

「あら、マクゴナガル先生。10年前ダンブルドア校長もおっしゃっていたでしょう?」

 

 

 アイルは小さく微笑む。そして目を閉じて言うのだ。

 

 

「…あんな奴、大っ嫌い」

 


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