僕と契約と一つの願い   作:萃夢想天

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どうも皆様、長期休暇最終日という事実に泣き叫びたい萃夢想天です。
おかしいなぁ、ついこないだまでは夏真っ盛りのはずだったのになぁ。
某鉈系女子の如く「嘘だッッッ‼‼」と叫べたら良かったんですがねぇ。

現実とは、げに非情なる微睡みにござりまする。

さて、今回のサブタイトルから察しのいい方はお気付きでしょうが、
今回は龍騎メインのバトル回になりますね。戦闘描写は、お察しですが。


それでは、どうぞ!





問21「僕と暗躍と謎の七人目」

 

 

 

 

「明久の奴、どこ行っちまったんだ?」

 

全くあのバカときたら、こんな大事な場面だってのにいきなり出て行っちまいやがった。

確かにあれだけ大見栄きっといてあの有様じゃあ、逃げ出したくなるのも分かるんだが、

俺が知る限りアイツはそういうタイプじゃなかったはずだ。少なくとも俺はそう思う。

 

 

「………あまりの状況に便意を催した?」

 

「どうだかな。大体アイツがプレッシャーなんかでやられるタマかよ」

 

「………頭痛に襲われたように見えた」

 

「俺もだ。でも、すぐ治まったようにも見えたが?」

 

「………持病持ち?」

 

「病気で死ぬより先に餓死するような奴がか? ありえねぇだろ」

 

 

同じく明久が突然このAクラスの教室から出て行くのを不審に思ったであろう人物、

隣にいるムッツリーニが考えられる候補を幾つか挙げたが、俺はそれを悉く否定した。

 

便意なら問題無い。行って帰ってくるだけだ、しかも敗退した奴だから別に構わん。

頭痛は可能性としては一番高い。アイツの召喚獣は特別製で、ダメージの何割かが奴に

フィードバックする仕組みになっているから、その影響で頭痛が酷くなったのかもしれん。

ただ、そうだとしても頭を押さえながら戻ってくればいいだけで、わざわざこの教室から

飛び出して行かなきゃならんほどの理由にはならない。保健室に行くんなら別だけどな。

そんで最後の持病だが、これも否定はしたが可能性としてはありうる話ではあった。

俺たちが知らないだけ、あるいは明久自身も知らずに何らかの病気を患ってるということが

現実に起きたとしても不思議ではない。いくらか不明瞭な点はあるが、可能性はある。

 

一体アイツの身に何が起こったんだろうか。Aクラスの連中も不審がってるようだが。

 

 

「坂本! う、ウチ、吉井の事探してくるね!」

 

「島田、いいのか?」

 

「だってウチが居ても何もできないし、だったらせめて吉井の事………」

 

「美波ちゃん、それって」

 

そうこうしていると、Fクラスに二人しかいない女子の片割れの島田が明久捜索を願い出た。

確認をとったが、確かに島田がここにいても一騎打ちならぬ五騎打ちには参加させてないから

意味は無い。だったらせめて、という感情が見て取れた。まぁ、それは建前だろうがな。

姫路が島田に何かを言おうと不安げに視線をさまよわせていたが、不意に別の声が割り込んだ。

 

 

「島田、俺も手伝うぜ。いいよな坂本?」

 

「………八嶋か。まぁ、お前らがいいなら構わないが」

 

「分かった。よし、行こうぜ島田!」

 

「オッケー!」

 

 

姫路のか細い声を押しやって割り込んできたのは、Fクラス男子が一人、八嶋だった。

コイツはFクラスのバカには珍しく、成績はFクラス基準でも弱点と呼べる科目が見当たらない、

いわゆる万能タイプのオールラウンダーな奴だ。全員の成績を集めた時に驚いた記憶は新しい。

こういう指揮官向きの奴をそばに置けば、戦場でいくらか明久のフォローになるだろうと思って

同じ部隊に編成したんだが、ここまで忠誠心というか、心根に厚い男だっただろうか。

 

………まさかコイツもAクラスの久保と同類じゃねぇだろうな。

一瞬だが頭をよぎったおぞましい想像を振り払うように頭を振る。流石にそれは嫌過ぎるな。

同じクラスの、ひいては同じ部隊にそんな性癖の奴がいるなら、俺なら絶対に除隊するだろう。

学年トップに近い成績を誇るあの眼鏡でさえそうなんだ、最下層にいたところで不思議じゃない。

冗談じゃ済まされそうにない邪推を心の奥底に封印し、島田と八嶋の二人にゴーサインを送る。

 

「ムッツリーニ、お前どう思う?」

 

「………ノーコメント。今は戦争中」

 

「俺が許す。聞こえん程度の声量で言ってみろ」

 

「………ガチホモかマジゲイの類」

 

「だよな。言うと思ったわ。正直済まんかった」

 

「………性癖は人それぞれ。不干渉がちょうどいい」

 

 

島田と八嶋がAクラスから捜索に行った直後に、隣のムッツリーニにそれとなく尋ねてみたが、

やはり同じような結論に至った。流石は寡黙なる性識者と呼ばれた男だ、説得力が違うな。

だが二人して同じ答えに行き着いたおかげで、いくらか冷静になることはできた。

そこで新たな答えを見つけられた。八嶋は島田に惚れているんじゃなかろうか、と。

島田の明久を探すというイベントをきっかけに、好感度アップと二人きりになる時間を自ら

作りに行ったんじゃないだろうかと考えてみた。うん、意外と悪くない。あり得るかもしれん。

むしろそうであってほしいと願うばかりだが、今はそんな事に無駄な容量を費やす暇は無かった。

 

 

「ま、とにかくだ。二連敗することは正直読めていた。次はお前だ」

 

「………二人は捨て駒?」

 

「明久は五分(ごぶ)の賭けだった。勝っても負けてもいいように策は練ってある。

だがこの五騎打ちの要である中堅戦にだけは負けるわけにはいかない、だからこそのお前だ」

 

「………委細承知」

 

「勝てよ」

 

「………要らぬ心配。俺を誰だと思ってる?」

 

「ハッ! 知らない奴が居るとでも思ってんのか?」

「………行ってくる」

 

 

一般平均より少し小柄な男の背中が、俺の横から前へと迷うことなく歩み出る。

その背中は高身長の俺をもってしても、頼りがいのある戦士の背中に見えるほど大きかった。

先鋒の秀吉と次鋒の明久は、ムッツリーニの言ったように悪く言えば捨て駒だった。

秀吉は日本史と国語文学以外じゃ戦力にならんし、明久に至ってはもはや賭けでしかない。

ただし、今出ていってあの男だけは違う。奴の戦いに間違いは無く、その勝利は揺るがない。

俺はここで初めて、この戦いにおける優位に立った気分になった。この五騎打ちの戦いを有利に

進めるためにはどうしても、あの交渉の席で勝ち取った『科目選択』の権利が必要だったからだ。

科目選択権はそのままでも有利だが、さっきも言ったように秀吉と明久には大して効果は無い。

だがムッツリーニにだけは最大限に活かすことができる。何故ならあの男は、自身の総合得点の

実に8割をたった一つの科目で占めているからだ。故にこの中堅戦、勝ちはあっても負けは無い。

 

 

「じゃ、ボクが行こうかな~」

 

この学園の男子生徒なら誰もが知る事実を前に、驚くことに女子が対戦相手を名乗り出てきた。

誰だ? あの顔は一年の頃には見てないが……まさか、ムッツリーニのAクラス調査記録にあった、

一年の終わりに転入してきた女子生徒ってのが奴なのか。データが少ない、要注意人物だったな。

だがこれはラッキーだ。転入して間もなく、しかも女子ならばムッツリーニの恐れられた異名も

知っているはずが無いし、いくらAクラスといえど五科目でないこの科目で高得点は無いはずだ。

 

 

「一年の終わりに転入してきた、工藤 愛子で~す! よろしくね♪」

 

 

自分の事を知らない人物への自己紹介のつもりか、工藤という女子は手を振りながら名を名乗る。

アレだな、ボクという一人称や雰囲気からも察することができるが、ボーイッシュな性格だろう。

見た感じ女性的な凹凸を感じられないし、多分そうだろう。本人も自覚してるっぽいしな。

さて、この得体の知れない相手を前に、お前はどう出るんだムッツリーニ。

 

 

「………78、56、80………か?」

 

 

お前は何を見てるんだムッツリーニ。

 

 

「アハハ! ざ~んねん、最後は79でしたー!」

 

お前も何言ってるんだ⁉

 

 

「………正面からでは誤差が生じる」

 

「ってことは、キチンと見せれば完璧に分かるってこと? 面白いねー!」

 

「………キチンと、見せるだと(ボタボタ)」

 

 

大事な局面だってのに何なんだコイツらは! 戦う気がホントにあんのか?

 

AクラスFクラス共に代表者の会話内容に呆れが混じり始めた頃になって、ようやく両者が

召喚フィールド内に踏み入り、いよいよ緊張の瞬間が訪れようとしていた。

 

「教科の選択をお願いします」

 

「………保健体育」

 

 

Aクラス担任で主任の高橋先生が教科の選択を促し、ムッツリーニが静かに答える。

そう、保健体育。ムッツリーニの唯一にして最強を誇る科目が、彼自身に選ばれた。

奴は異名の通り、こと性的な案件に限れば無尽蔵と言えるほどの知識を有する専門家(スペシャリスト)だ。

そんな男が保健体育で負けるはずが無い。俺たちFクラスの面々は完全に勝利を確信する。

 

 

「えっと、土屋君だっけ? 随分と保健体育に自信があるんだってね~?」

 

「………流石に、警戒されていたか」

 

「んふふー、どうだろね? でも、ボクだってかなり得意なんだよねー」

 

 

召喚フィールド内で工藤とムッツリーニの会話が響いて聞こえてくる。だが、妙だ。

今さらになって気付いたが、おかしい。いくらAクラスでもこの展開は悪手だろうに。

この学園の、ひいては同じ学年の男子であればムッツリーニの溢れ出る性への欲求を知らぬ者

など誰もいない。だったら、保健体育なら学年トップの成績だということも承知のはずだ。

それなら普通は、この中堅戦を捨てるだろう。俺が秀吉と明久を捨て駒として潰したように。

だが何故奴らはそれをしてこない? Aクラス内で平均以下の奴を使えばそれで済む話だし、

俺たちに科目の選択権がある以上、ムッツリーニが保健体育を使うのは予測も容易かろう。

保健体育を捨てない理由。そこに俺の思考が辿り着いた時、やけに嫌な予感がした。

 

 

「………だとしても、俺には勝てない」

 

「へー、そうかな? ボクが得意なのは…………キミと違って、実技、なんだけど?」

 

「……………実技は俺の得意分野でもある(ブシュッ)」

 

 

いかん! せっかく止めた鼻血が勢いを増してまた吹き出やがった!

 

 

「そろそろ勝負を始めてください」

 

 

中堅戦を開始できないことに司会進行として気分がよくないのか、高橋先生が自前の眼鏡を

指で押し上げながら冷徹に告げる。ったく、ムッツリーニは今それどころじゃないってのに。

 

「はーい。それじゃいっくよー、試験召喚(サモン)!」

 

「………試験召喚」

 

 

促された二人は召喚フィールド内でお決まりの呪文を唱え、自身の召喚獣を呼び出す。

ムッツリーニの足元に出現したのは、Bクラス戦で見た、小太刀を携えた忍び装束の召喚獣

だったが、肝心の対戦相手である工藤の召喚獣は、俺たちの想像を遥かに超えていた。

 

 

「なんだ、あのバカデケェ斧は………」

 

見るからにとんでもない重量の剛斧を右肩に乗せた、セーラー服姿のデフォルメされた工藤

と言うべき召喚獣が微笑んでいた。図らずもその笑みは、戦意が満ち満ちているかのようだ。

しかもアイツ、単一科目400点越えの証である『腕輪』まで装備してやがる! 嘘だろ⁉

嫌な予感が見事に的中しちまった、こんな時に限って。いくらあのムッツリーニと言えども、

400点越えである奴と戦う以上、絶対の勝利という道筋が断たれる可能性も出てくる。

完全に予想外だった。ムッツリーニの無敵神話に対する安心を、逆手に取られたんだ。

 

「実践派と理論派、どっちが正しいか教えてあげるよ」

 

 

Fクラスの誰もが驚愕に目を見張る中、工藤が悪戯っぽい笑みと共に召喚獣を肉薄させた。

奴の召喚獣の腕輪が光ったと同時に、振り上げた巨大な斧に雷光がバリバリと音を鳴らして

まとわりつき始める。あの能力は武器の強化か、あるいは電気系統の付与効果と見ていいが、

召喚して間もなく、驚きで硬直しているムッツリーニの召喚獣はまだ動きを見せていない。

呆気に取られているのかは分からんが、とにかくマズイことだけはハッキリと伝わってくる。

 

 

「バイバイ、ムッツリーニくんっ!」

 

 

外見からはまるで想像もつかない膂力と速度で、その剛斧が振り下ろされ__________

 

 

「………加速」

 

 

その直前に、ムッツリーニの召喚獣の姿が消えた。

 

 

「え? え………?」

 

「……………加速、終了」

 

 

何が起こったのかよく分からない、という顔をしている工藤。いや、工藤だけじゃない。

この教室内にいる誰もが同じような顔をしている。おそらく俺もその一人だろうけどな。

工藤の困惑する声からわずかに一呼吸の後、工藤の召喚獣から赤い花が咲き乱れた。

 

 

『Aクラス 工藤 愛子__________保健体育 0点』

VS

『Fクラス 土屋 康太__________保健体育 572点』

 

 

そしてすぐさま、先程の戦いの答え合わせと言わんばかりに点数が表示される。

しかしまぁ、強いという言葉では収まらん領域だな。流石は寡黙なる性識者の異名を持つ男。

そういえば、Bクラス戦の時に受けたテストは出来が悪かったと嘆いていたが、謙遜じゃなく

本当の事だったみたいだな。ここまで取れれば出来の良し悪しもあって無いようなもんだ。

 

 

「そ、そんな…………446点も取れてたのに、嘘だ………」

 

 

床に膝を膝をつけて悲嘆にくれている工藤。よほど自信があったらしいが、相手が悪過ぎた。

だがこれはいい薬になったぜ。Aクラスであっても、こんな教科にまで抜かりがねぇとは、

正直に言ってそういう面では舐めていた。これからはこういった油断も慢心も無くそう。

 

 

「これで2対1ですね。それでは次の対戦者は前へ」

 

淡々と機械のようにつつがなく進行しようとする高橋先生。アンタ担任だろうに。

中堅戦はFクラスが勝利を収め、これで首の皮一枚つながったという状況になった。

相手の召喚獣を見た時は焦ったが、我が軍神(エロがみ)様は宣言通り勝利をもたらしてくれた。

さて、いよいよ次が副将戦。さっきと同じで、ここで負けたらそこで何もかもが終わる。

絶対に負けられない一騎打ちであり、俺が出る大将戦へとつながる重要な戦いでもある。

 

だとするなら、この場においてこれほど安心して任せられる人物はいない。

 

 

「頼むぜ、姫路」

 

「あ、は、はい! 私、行きますっ!」

 

「それなら、僕が相手をしよう」

 

 

こちらには文字通りの戦艦級、もといAクラス級の姫路 瑞希がいらっしゃるんだ。

ここで使わない手は無い。まぁ、それは流石にあちら側にも読まれてたようだが。

姫路と呼応するように前に歩み出てきたのは、Aクラスにおける懐刀にして、準最強。

 

 

「来やがったな。学年次席、久保 利光」

 

 

Aクラス在籍の身であり、最高峰にして最強の名を得られる主席の下に就く男。

今はFクラスにいる姫路は本来向こう側の存在なのだが、それでも勝るとも劣らん頭脳の

持ち主であることには間違いない。仮に姫路が次席としても、その場合は第三席となる。

言葉にすれば姫路の下位互換みたく聞こえるかもしれんが、成績だけは拮抗している。

つまり、例え我がクラス最強の剣をもってしても、貫き通せぬ最強の盾というわけだ。

 

 

「さて、ここが勝負所だな」

 

「………姫路でも?」

 

 

思わず呟いた一言を、隣に戻ってきていたムッツリーニに拾われる。

そしてその返答に対して、俺は苦渋の表情になって首を縦にゆっくりと下ろす。

学年次席と学年三席、この戦いだけは勝敗を予測できない。あまりに実力差が近過ぎる。

「総合科目で、お願いします」

 

 

勝負の行く末を見守ろうとしていると、何故か久保が科目を選択してきた。

 

 

「お、おい待て久保! 科目の選択権はこっちにあんだぞ!」

 

「構いません」

 

「ひ、姫路」

 

「私は構いません。総合科目勝負、受けて立ちます!」

 

 

独断で勝負を始めようとする久保をいさめようとするが、姫路に止められてしまった。

意外としか言いようがない。あの姫路が、あんなに毅然と振る舞うのは初めて見る。

 

「では、始めてください」

 

「「試験召喚」」

 

 

高橋先生の声をゴング代わりに、学年きっての英傑同士の召喚獣が顕現した。

 

 

『Aクラス 久保 利光__________総合科目 3997点』

VS

『Fクラス 姫路 瑞希__________総合科目 4409点』

 

 

そしてこの場にいる一同全ての目を、釘付けにした。

 

 

『な、なんだよあの点数………』

 

『あんなの、普通に戦ってたら勝てるわけねぇだろ!』

 

『流石姫路さん結婚してぇ………』

 

『Fクラスに行ったって聞いてたのに、何よアレ⁉』

 

『私たちの代表と、変わんないじゃない!』

 

 

両クラスから羨望と絶望が混ざり合ったような声が次々と飛び出してきているが、

当の本人方はまるで意に介することもなく、ただ目の前の相手と静かに対峙していた。

やがて睨み合った二人のうち、久保が溜め息を軽く吐いた後、細々と手を上げた。

 

 

「この勝負、僕の負けです」

 

 

驚くことに、なんと久保が敗北を認めて白旗を振った。どういう事だ?

 

久保が何故負けを認めたのか誰にも何も分かってないらしく、両クラスから一斉に

驚愕の絶叫ともいうべき大声が弾け飛んだ。あの秀吉の姉ですら目を剥いている。

 

 

「姫路さん、あなたはどうやってここまでの点数を?」

 

「…………それは、私がこのクラスが大好きだからです」

 

「Fクラスが、好き?」

 

「はい」

 

 

またしても唐突に久保が姫路に話を切り出し、尋ねられた姫路がそれに毅然と答えた。

姫路が何やらすごいことを言ってるな。おかげでFクラスの野郎どもが熱狂してるぞ。

背後からの燃えるようなラブコールが聞こえていないのか、当の彼女はそのまま

祈るように両手を胸の前で組みながら、優しい声色で言葉を重ねた。

 

 

「好きな人と、好きなみんなと、好きなクラスで、一生懸命になる。

どんな事にがあってもめげずに、諦めないで立ち向かう皆が、大好きです」

 

「………だから、ここまでの点数をとれた、と?」

 

「そうです」

「Fクラスの誰かが、姫路さんに勉強を教えられるとは思いませんが?」

 

「私が、頑張ったんです。少しでも、お役に立てるようにって」

 

 

一切の迷いもなく語られた言葉に、久保も俺たち部外者も押し黙る。

姫路の中にある覚悟と、それを支える思いの強さを知って、何も言えなくなっている。

俺の後ろではもう何人か男泣きしてる奴らもいるが、まぁ仕方ないだろうな。

あんな恥ずかしいセリフを笑顔のままで語った姫路に、久保は微笑みで返した。

 

 

「やはり君はFクラスにいるべきではない人物だ。その評価は変わらないよ。

でも、そんな君だからこそ、あのFクラスで大切な何かを学んだんだろうね」

 

「私は………私にできることを頑張るだけです」

 

「…………そうか、分かったよ。僕も認めよう、これからはライバルだ」

 

「はい!」

 

「…………お互い、吉井君のために頑張ろう」

 

「えっ?」

 

 

久保がフィールドから歩き去り、Aクラス陣営へと無言で戻っていく。

そんな奴を怪訝そうな顔で見つめた後、姫路が俺たちの陣営へと戻って来た。

そこでようやく後ろで泣いてる連中に気付いたのか、ひどくオロオロし始める。

 

 

「大丈夫だ。コイツらは姫路の演説に聞き惚れてただけだから」

「演説? 何のことですか?」

「は?」

 

急に真面目な雰囲気からいつもの調子に戻ったことに安堵しつつ、俺が状況を軽く

説明してやったんだが、何やら様子がおかしい。つい聞き返してしまった。

 

 

「何の事って、今久保と話し込んでたじゃねぇか」

 

「え? だってあれは私が勉強を頑張った理由を聞かれただけで」

 

「………まさかの無自覚」

 

「みたいだな。よし、いいこと教えてやるぜ姫路」

 

「え、あ、はい。なんでしょうか?」

 

「お前、さっきこのクラスが好きって言っただろ? アレだと告白と同じだぞ」

 

「ええっ⁉」

 

 

どうやら姫路は本気で無自覚だったらしい。それにしても、勉強を頑張る理由、ねぇ。

 

「どちらかと言えば、誰のために頑張ったか、の方が当てはまるだろ」

 

「はうぅ⁉」

 

「ま、その相手が誰なのか俺には見当もつかねぇが?」

 

坂本君は意地悪です、と姫路が顔を真っ赤にしながら腕をブンブン振り回している。

しかし誰の為でもいいが、ここまでやってくれたことには感謝しないとな。

姫路が負けていたら、ここから先は無かった。俺と、アイツとの対決は無くなってた。

そう考えると身が引き締まるし、姫路の事も笑ってられない。むしろ同じ穴の(むじな)かもな。

 

とうとう俺たちの、そして俺個人の念願を果たせる瞬間が訪れた。

一体どれだけこの時を待ちわびただろうか。どれだけの時間を費やしてきただろうか。

俺たちが積み上げてきた一つ一つが、ここでようやく大輪の花となって成就するのだ。

逸る気持ちを落ち着かせようと深呼吸を一つ、目を大きく見開き、一歩踏み出す。

 

 

「大将戦、相手はこの俺だ。さぁ、来いよ翔子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、こっちだ」

 

「分かってる。セキュリティの解除は?」

「もう少しかかる。今の内にそっちも用意しておけよ」

 

 

ああ、と小さく頷き、俺たちは熱気と機械油の匂いが立ちこめる部屋を見渡す。

 

ここは長い坂の上に建設された文月学園の、地下に位置するメインサーバ前の小部屋。

そこにはこの学園特有の、あるシステムを管理するために作られた機械がびっしりと

部屋中を埋め尽くそうと敷き詰められている。そしてその部屋の前に、俺たちはいた。

 

当然そんな場所に入れるのは、学園関係者の中でもごく限られた人物のみだろう。

もちろん俺たちは違う。その資格があるんだったら、セキュリティを解除なんてしないし、

こんなに汗水垂らしてまで学園の敷地内に人目を気にして侵入しようとはしない。

有り体な言い方をしてしまえば、俺たちは企業スパイという奴になるわけだ。

 

 

「よし、これでいい。おい、早くしろよ」

 

「お、やっと終わったのか」

 

「バカにしてんだろ。セキュリティー誤魔化すのどんだけ大変だと」

 

「あーハイハイ、その話はここに来る前に聞いたからもう充分だ」

 

 

ちなみにここにいるのは俺一人じゃない。横にはもう一人の仕事仲間がいる。

俺たち二人はとある企業の命令で、この学園にある『試験召喚システム』とかいう

珍妙奇天烈なシステムデータを奪取して来いと命じられ、そしてここに来たってわけだ。

なんでも、利用方法を変えれば世界経済にも影響を及ぼせるのだとか。俺には分からんが。

とにかくそういう経緯で、俺たちは現在進行形で文月学園へ泥棒しに来てんだけど、

さっきからどうも妙な気がかりが生まれている。なんというか、不安になってきた。

 

 

「おい、何してんだ。手が止まってんぞ」

 

「あ、ああ。悪い」

「急げよ、俺の誤魔化しはいつまでも通じるわけじゃねぇんだぞ」

 

「分かってる」

 

 

口は悪いが嘘は言わない相棒の言葉だ、きっと本当に時間は限られているんだろう。

そうは思っているのに、中々手が動いてくれない。クソ、俺も焼きが回ったのかな。

確かにもう若いって年じゃないにしても、まだ現役は名乗れるし、体も動く。

なのに何故か、俺の手の動きは鈍い。まるで、誰かに監視されている(・・・・・・・・・・)みたいに。

 

 

「また止まってんぞ! お前、やる気あんのか?」

 

「わ、分かってるっての! お前は他に目ぇ通しとけよ」

「チッ、あー分かったよ。警報のダミーが切れて鳴り出しても知らねぇからな」

 

 

作業着を着た男二人が汗まみれになって口論してる場合じゃないだろ、と軽口を

叩こうとする余裕が自分の中にあることに気付き、余計に不安感を煽り立てられる。

 

やっぱりおかしい。どうしてだ? 思考はいつも通りにクリアなのに、手だけが鈍い。

何かが変だ。この学園に来る前までは普通だった、なのに、どうしてこんなことが。

 

俺はこういう仕事柄、直感を大事にする事が多い。勘でやるより、直感を信じる。

そんな俺の直感が、何かがおかしいと騒ぎ立てている。なら、これはおかしい事だ。

自分の臆病さに素直になって、何度も救われてきた。だから俺はこの直感を信じている。

ざわつく心を必死で押し殺しながら、隣でPCをいじっている相棒に危険を知らせた。

 

 

「なぁ、やっぱり妙な気がする」

 

「またそれか。お前本当にビビりなんだな」

 

「違う。これは違う、さっきから、誰かに見られてる気がすんだよ」

 

「ここに監視カメラはねーよ。驚くくらい手薄だって、お前も驚いてたろうが」

 

「そうだけど、そうじゃないんだって!」

 

 

必死に説得しようにも、相棒はいつものビビり癖だと勘違いして聞く耳を持たない。

その間にも俺の直感が心臓を早鐘のように鳴らし続けている。これ以上はヤバいと。

どうにかしてここから逃げようと思考を切り替えた時、ふいに鼓膜が揺すられた。

 

 

『__________フフフフフ』

 

誰かの、笑い声のような音が聞こえてきた。しかし、ここにいるのは二人だけ。

すぐに相棒のいる方へと顔を向けるが、そこには無言でPCをつつく男が居るだけだ。

 

 

『__________フフフフフ』

 

 

まただ、また聞こえた。今度は幻聴なんかじゃない、本当にちゃんと聞こえた。

でも相棒の声じゃない。ましてアイツはさっきから苛立ってて、笑うはずがない。

なら、一体誰が、どこで笑ってんだ?

 

 

『__________フフフフフ』

 

 

三度目の笑い声を聞き、いよいよ気が気でなくなってきた。もう指は震えてる。

これ以上はここにいたら危ないと直感が騒いでいる。俺は急いで立ち上がった。

 

「ヤバい。何かがヤバい。おい、逃げるぞ」

 

「何言ってんだよ、お前全然データのダウンロード出来てねぇじゃんか!」

「そんなのどうだっていい! 早く来い、逃げるぞ!」

 

「馬鹿言うなっての、ここまで来たらデータ盗るだけだろうが!」

「そんなことしてる時間はねぇ! 早く、逃げるんだよ!」

 

 

俺を呼び止めて作業に戻らせようとする相棒と怒鳴り合いになり、互いに譲らない。

確かにコイツの言う通り、あと二分我慢すればデータの奪取は無事に成功するけど、

今はその時間すらも惜しい。それくらいにヤバい何かが、すぐそこまで迫ってる。

それが何なのかまでは分からないが、俺の直感が体を翻して逃げろと叫んでいる。

 

「このビビりが! 今日はいつにも増して酷ぇな!」

 

「ビビってるだけじゃないんだ! おい、頼むから早く!」

 

「だったら先行ってろよ。帰りのセキュリティの保証は出来ねぇからな」

 

 

結局相棒は俺の言葉に耳を貸さず、俺の代わりにデータインストールを始めた。

もうこうなったら引きずってでも逃げるしかないと、俺は覚悟を決める。

 

そんな俺の視界に、赤い点が見えた。

 

 

(…………なんだ、アレは)

 

俺の視線の先には、薄ぼやけた赤い点が見えた。いや、アレは赤い光だ。

レーザーのような赤い光が、俺の視線の先でゆっくりとだが動いているのが見える。

その赤い光はどんどん先へ進み、そしてPCとにらめっこしてる相棒へと到達した。

物体に当たってまた点へと戻った赤い光は、相棒の足から徐々に上へと昇っていき、

そして、ついに彼の後頭部でその動きを止めた。さながら、捕らえた(ロックオン)とばかりに。

 

 

『__________フフフフフ』

 

 

直後に聞こえた四度目の笑い声に、俺の中の直感が爆発するように暴れ狂う。

 

アレだ。あの赤い光だ、アレがさっきから俺たちを監視していたんだ。

赤外線カメラか何かかとも最初は思ったが、ここには監視カメラの一台すらない。

ならばレーザーの発生源は何なのか。疑問に思った俺は恐怖に震えつつ、上を見上げた。

 

 

『__________フフフフフ!』

 

 

その直後に聞こえた笑い声は、今まで以上に近くで聞こえた。

視界の横で何かが動いたのを横目で感じ、すぐさま相棒のいる場所へ視線を向けた。

 

だが、そこには誰もいなかった。

 

 

(何だ? 何が起きてる? ここに一体何がいる⁉)

 

 

パニックになった。頭の中が一瞬で真っ白に染まり、気付けば涙を流していた。

呼吸は自然と荒くなるが、それを両手で必死に抑える。何かに、気付かれないように。

しばらく声を殺して周囲を警戒していると、気付けば赤い点がどこにも無くなっていた。

そばにある機械を見回しても見当たらず、床や壁の方を見つめてもまるで見当たらない。

そう、見当たらないのだ。赤い光と、そして、一緒にいたはずの俺の相棒も。

ただ俺は、彼を探す気になれなかった。何故なら俺は奴に、何度も警告したからだ。

 

俺は妙だと言ったが、彼は笑った。

俺はヤバいと言ったが、彼は目的を優先した。

俺は逃げろと言ったが、彼はもういなくなっていた。

 

そして俺は悟った。アイツを探そうとすれば、きっと俺もいなくなるだろうと。

それだけは嫌だ。仕事もどうでもいい。俺はこんな思いをするのはたくさんだ!

 

 

「………逃げよう。早く、こっから逃げねぇと」

 

 

逃げないとどうなるのか、自分の口からは、それより先が出てこなかった。

出さずとも分かる。消えるのだ、俺もアイツと同じように、同じ場所に。

 

 

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)

 

 

逃げたい。生きたい。死にたくない。

 

相棒が死んだかどうかは分からないのに、俺は自然とそう思っていた。

アイツは死んだ。きっと、あの赤い光と笑い声に、殺されてしまったんだと。

 

 

『__________フフフフフ』

 

 

恐怖に打ち震えている俺の鼓膜に、またあの笑い声が響いてきた。

まだ足りないのか。アイツを殺しても、まだ足りないっていうのか!

まだ笑ってるのか。アイツを殺しても、まだ笑いが収まらないのか!

 

 

『__________フフフフフ』

 

 

笑い声が鼓膜に響く。さっきよりも、ずっと近くから聞こえてくる。

奴だ。相棒を殺して消した、奴が来たんだ。次は、俺の番なんだ。

 

 

「嫌だァッ‼」

 

 

恐ろしさに耐え切れず、俺は頭を抱えて頭上を見上げた。

空があれば叫んでいた。光があれば助けを求めていた。

 

でも、頭上にいたのは、三つの赤い瞳を血走らせた化け物だった。

 

 

『__________フフフフフ!』

 

「うわぁあああぁぁぁああああ‼」

 

 

視線の先にいた化け物は逆さまになって、しゃがみ込む俺に手を伸ばしてきた。

上を向くんじゃなかった。上を向かなけりゃ、アイツと同じように消えれたのに。

自分を殺したのが見るも恐ろしい化け物だって真実を、知らずに死ねたのに!

もう助からない。死ぬ。死ぬ。死ぬ。

 

 

【Sword Vent】

 

 

眼前まで化け物が迫った瞬間、俺の耳に女の声が聞こえた気がした。

 

 

『フフッ? ウフフゥ⁉』

 

 

あまりの恐怖で何が起こったのか分からない。ただ、化け物が視界から消えた。

いきなり現れた化け物が消えたことで、またさっきとは違った恐怖に苛まれる。

どこから来るのか、いつ現れるのか。もはや気が気じゃない俺は、確かに見た。

 

どことなく人工物のような黒い鎧で全身を覆った、その戦士を。

 

 

一体どこから現れたのか、いつからそこにいたのか、俺には分からない。

ただ直感が囁いていた。この戦士のそばにいれば安全だと。助かるのだと。

降って湧いたような登場をした戦士を呆然と見つめていると、その戦士がこちらの

存在にようやく気付いたのか、左手でマスクの顎をさするようにして呟いた。

 

 

「おや、これはいけませんね。こんなところに関係者でない者がいるとは。

まあとにかく今は、この【オルタナティブ・ゼロ】の調整兼稼働実験が優先ですか」

 

男の声だ。さっきは女の声が聞こえた気がしたんだが、気のせいか?

何やらわけの分からないことを呟いた、声からして男のような戦士はただ、

じっと俺を見つめた後でくるりと振り返り、右手に持つ巨大な剣を振るった。

 

「ご安心を。何者かは知りませんが、ここにいる限りは守りましょう。

一応私もこの学園の関係者なのでね、あまり余計なことをされると困る」

 

 

どう見てもヤバい重量の剣を右手一本で軽々と振るう戦士の言葉に耳を疑う。

私も、この学園の関係者、だと?

 

だったら何だ、あの化け物とこの戦士はこの学園と関係があるのか。

例の『試験召喚システム』とやらは、コイツらについての事だったのか。

 

恐怖からひとまず解放された頭の中が、今度は思考の波によって埋め立てられていく。

しかしこの場は何もせずに黙っていた方が良さそうだ、と俺の直感が告げている。

黒い戦士が顔だけを向けてくるのを見て、無言で何度も頷いて無抵抗の意思を示す。

彼はどうやら満足したようで、右手に持った剣を構えて、何かに向けて語り出した。

 

 

「よろしい。では、そこで固まって動かないでいてくださいね。

しかし……デッドリマーですか。あの悪趣味な食性は、彼女(・・)よりも()譲りでしょうかね」

 

『フフフフッ! ウフフ、ウゥフフフゥ‼』

 

「やれやれ、仕方ない。いいでしょう、かかってきなさい。いつでもどうぞ?

私を監視していたのか、それとも餌を求めただけなのか、どちらでも構いませんが、

これからやる事があるのです。そのウォーミングアップとして、お相手しましょう」

 

 

見えない何かに向けて豪語する戦士は、しばらく周囲を警戒するように見回し、

そして何かを見つけたように駆け出していき、そのまま機械の鏡面へと飛び込んだ。

 

 

「な、んだ………何なんだよ」

 

 

突如として黒い戦士は消えた。さっきの化け物や相棒のように、一瞬で。

けどもう彼らの行方を探ろうなどとは思わない。そして、逃げようとも思わない。

ここから一歩でも動いたら、俺も消えてしまうような気がして動けなかった。

 

 

 

 






いかがだったでしょうか?

龍騎メインのバトル回と言ったな、アレは嘘になったな(謝罪)
ついついバカテス面に力を入れ過ぎてしまって、申し訳ないです。
まさか龍騎メインと言っておいて龍騎が登場しないとは、作者もビックリです。

あ、それと、次回からまた投稿ペースが少し遅くなります。
どうかご容赦ください。


それでは、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!


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