僕と契約と一つの願い   作:萃夢想天

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最近妙についてない気がするんです。
あくまで気がするだけなんですが……………。
それとこの作品もそうなのですが、しばらく投稿することが出来なくなります。
ですが二月の後半に入れば万全を期することができそうです。


それでは、どうぞ!







問9「僕と事情と新たな約束」

 

 

 

 

「ただいま」

「お、おじゃまします」

 

 

現在の時刻は19:44分、学生ならほとんど自宅に居る時間帯。

東の空から昇り始めている月を、自宅の扉を開けて入る直前に横目で眺めた。

そしてそのまま玄関を通ってリビングに向かうが、今僕の後ろにはお客さんがいるしなぁ。

一先ずお茶を淹れてもてなして、お風呂を沸かして……………………あ。

 

 

(そういえば友香さん、着替えとかどうする気だろう)

 

 

今日は普通の授業だったから、着替えなんて持ってきてるわけないし。

あ、でも、僕らとクラスが違うからもしかしたら体育の授業とかでジャージ持ってるかも!

もし持ってなかったとしても僕のジャージを貸してあげればいいかな?

 

「まさか二日続けてここに来るなんてね」

 

 

そんな事を考えていると、友香さんがリビングを見回しながらそう呟いていた。

まあその気持ちは分かる気がする。

今までろくに話したことも無い同じ学校の男子の家に上がり込むなんて中々無いだろうし、

何より僕らの通う文月学園は学力で完全にクラス分けしているから、差別も激しいしから

機会どころかそう思う考え自体が希少極まりないんだろうなぁ。

 

「嫌だった?」

 

「あ、ううん。あのまま帰るよりかはその………………安心できるわ」

 

僕が彼女の呟きに気遣いと皮肉を込めて応えると、少し照れながら返してきた。

確かに二日連続で死にそうな目にあった彼女が一人で家に帰るよりも戦える僕のそばに居る方が

安心には安心だろうけど、友香さんみたいな人がこんな弱気な発言をするとは思わなかった。

それに何だか、僕の事を頼りにしてるみたいな言い方だから反応にも困ってしまう。

そうしてお互い黙っていると、また友香さんの方から沈黙を打ち破ってくれた。

 

 

「それはそうと、吉井君。厚かましいようだけどシャワーを貸してくれない?」

 

「シャワー? ああ、お風呂か。もう少し待ってて、お湯がもうすぐ沸くはずだから」

 

「ありがとう」

 

 

いつでも入れるように風呂の用意をしておいて良かったと心の底から思っているが、

本当に問題になるのはここからだと内心で冷や汗を垂れ流す。

さっき考えていた着替えの件、彼女は僕より頭がいいはずだからもう気付いているはず。

だというのにお風呂の事を要求してくるのだから、きっと問題は解決されているに違いない!

 

 

「あ、着替え………………どうしよ」

 

 

考えてらっしゃらなかった‼

 

 

「えっと、ジャージとかは?」

 

「………………今日体育無かったわ」

 

「おぉう………………」

 

 

これはかなりマズイ状況なのかもしれない。

もちろん僕の家には女の子が着るような服なんてあるわけが無い。

さて困ったぞ、本当にこういう場合はどうしたらいいんだろうか。

必死に考え込んでいると、ちょうどお風呂のお湯が沸いたことを告げるベルが鳴った。

 

「服は取りに戻ったらいいんじゃない?」

「何の為にあなたの家に泊まりに来てると思ってるのよ」

 

「そうでした………………」

 

「もうどうしようもないわ、吉井君のジャージを貸してくれる?」

 

「ジャージを? あ、そうか。ジャージは男女共用だから」

 

「そういう事。それじゃシャワー借りさせてもらうわ」

 

「あ、うん」

 

 

僕にそう告げて友香さんはお風呂場絵と向かっていった。

彼女が僕のジャージでもいいって言うんだし、仕方ないか。

でも男の僕が着てるジャージを着てもなんとも思わないのかな。

いや、きっと彼女だって嫌に決まってる。

現状怖い思いをするよりかはマシだって判断した結果だろうね。

さてと、こうなったらもう僕も腹を括るかな。

 

「アレ? でも確か予備のジャージを着ずにしまってたような」

 

 

ふと記憶の片隅に引っかかった過去の出来事を思い返してみる。

そうだ、確かに文月学園に入学する前の準備で買ってた気がする!

 

「どこにしまってたかな…………………物置かな?」

 

 

僕の家にはあんまり生活必需品以外は置かれていない。

昔はゲームやら漫画があったんだけど、ライダーになった頃からそれらは売り払って

身体を鍛える器具やら何やらに注ぎ込んだから面白味が無くなっちゃったんだよね。

とにかくまずはどこかにしまったジャージを取りにいかなくっちゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャプン、と水滴が水面に落ちる音が狭いバスルームで反響する。

曇りガラスの引き戸にまで濃密な量の湯気が付着し、また水滴となって床に落ちる。

そんな静かな喧噪の中、友香は湯船に浸かって一日の疲れを癒していた。

ほっと自然に体の内側から息が漏れ出てきて今自分が最も弛緩していると自覚する。

ちょうどいい温度の湯で潤っている肌を軽く撫でながらバスルーム内を見回す。

 

ゴムの部分にカビが一切見られない扉や窓枠。

湯気と湿気で発生する特殊なカビもどこにも見られない壁面。

髪の毛も埃も詰まっておらず、金属部分が錆びてすらいない排水溝。

(すごい丁寧に掃除されてる。しかもコマメに……………意外だわ)

 

 

心の内で先程まで会話していた彼への評価を改める。

二日前まではただのFクラス所属の馬鹿というイメージしかなかったのに、

今では誰よりも頼りになって細かな気配りも出来る中々優秀な男性という印象に変わっていた。

いや、馬鹿という部分だけは今でも変わっていない気がする。

それでも頼れる、という点ではあの男(・・・)とは天と地ほどの差がある。

 

 

(根本く…………いえ、根本。アイツは最低だった)

 

 

明久とは別の元彼氏である人物の事を思い返した途端に不機嫌になる。

眉は逆向きの八の字にへし曲がって、視線は瞬時に恐ろしいほど鋭利に尖った。

あの男は、一年生の二学期に自分に声をかけてきた。いわゆるナンパというヤツだ。

見た目は正直に言って格好いいとは言えなかったが、それでも頭脳では明晰な男だった。

自分は当時学校の定期テストにおいて、337名の一年生の中で73位を獲得していた。

順位に興味は無かったが、常に勉強でいい成績を取れと口うるさい親からの命令に近い教育の

影響からか、かなり上位のあたりに常連として鎮座することが出来た。

だがあの男は55位とAクラスに入ってもおかしくないような順位を取っていた。

それほどの成績を取る男となら付き合ってもいいかな、と軽く考えてしまったのだ。

 

 

(あれがそもそもの間違いだったのよね……………)

 

 

彼氏彼女としての付き合いを始めた次の日から、あの男は上の立場に着こうとしてきた。

とにかく何をするにしても自分が上、そうでなければ気が済まないような独裁者ぶり。

連れ歩くにしても自分が前、話題に付き合わせるのも彼が先、彼はそんな人間だった。

個人的に言えば魅力があるわけでもないただの学力の高い一般的な男子、その程度の認識。

学力さえあれば誰でもいい。頭のいい男性を好きになるように自分は育てられたから(・・・・・・・・・・)

 

(でも今は………………頭の良さなんて本当にどうでもよくなった)

 

 

どれだけテストで点数を取れても、死の瀬戸際にそんなものは役に立たない。

どんなに頭が良くても、鏡の中から襲ってくる化け物から身を守るなんて出来はしない。

生きる上で勉強は必要だが、死の渦中から生き抜く上では全くもって無意味だと。

そして今の自分にとっても、学力は何ら関係が無いと。

 

 

(それに引き換え彼は、吉井君は本当に強くて……………優しかった)

 

 

下を向いて眼に映ったのは無色透明な適温の湯舟と自分の身体のみ。

だがほぼ日に焼けていない身体の中で、唯一右足だけに赤紫色に腫れた部分がある。

これこそが自分に学力の無力さを痛感させた死への恐怖の象徴。

これこそが自分に人間本来の優しさを思い出させた温和の象徴。

今思い返しても、自分の事をあれだけ心配してくれたのは彼だけだろう。

 

 

(ほとんど面識の無い私ですらこうして気遣ってくれて………………)

 

 

嬉しい。自分へ向けられた純粋で単純な優しさが、ただただ嬉しい。

自分がどういう人間であるのか、どういう性格をしているかは理解している。

そのせいもあって、彼を振り回して辛く当たったりもした。

彼自身は気にしていないようだったが、ここに来る前の彼の怒声は心に重く響いた。

 

 

『それとも、Cクラスの君はFクラスの僕の言葉なんか聞く訳ないのかな‼』

 

「ッ‼」

 

 

鮮明に思い出す、彼の怒りが込められた表情を。

あまりにリアルに思い出し過ぎたせいで湯船から飛び上がりそうになった。

慌ててドアの方を見つめるが、彼がここに来ることは無いようだ。

 

 

(また余計な事して変に心配させたくないし……………それに)

 

 

力を入れた右足が少しだけ湯に染みて痛みを感じた。

だが今の友香にとっては、その痛みこそが生きている事を認識させた。

今、生きている。死の淵に二度も突き落とされた自分が生きているその理由。

言わずもがな、彼だ。

 

 

(…………………………また裸見られたくないし)

 

 

適温の湯に充分浸かったからか、それとも他の要因によるものか。

友香の身体はほどよく健康的な水準でほんのりと白い肌が火照っていた。

だが顔にはっきりと羞恥の色が混ざっていた。

昨日この家に来た時に(偶然とはいえ)彼に下着姿を見られてしまった。

今回もそう言う事が無いとは言い切れないし、彼もまた男には違いない。

そういう感情がつい湧き上がってしまったとしても、何ら異常では無いのだ。

 

 

(でもきっと、吉井君はそんな人じゃないわ)

 

 

ほんの二日間の交流であるにも関わらず、友香には確信があった。

吉井 明久という人間は決して、他人の弱みにつけこむような人間では無いと。

だからこそ自分はまたこうして、無防備な姿を晒しているのだ。

 

 

(あんまり長風呂するのも悪いかな)

 

 

久々にゆっくりと浸かったためか、それとも彼が近くに居る安心感か。

思っていた以上に長風呂になってしまった気がした友香は風呂から上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂から上がった友香は脱衣所に置かれていた文月学園指定のジャージを

若干の躊躇いの後に着こんでリビングへと歩き出す。

扉を開けてリビングに一歩踏み込んだところで目に飛び込んできたのは、彼だった。

だが先ほど見た時よりもかなり疲れてやつれているようにも見えた。

 

 

「えっと、吉井君? お風呂あがったわ」

 

「あー、小山さん。分かった、じゃあしばらく楽にしてて」

 

「え、うん………………えっと、どうしたの?」

 

「え? ああ。小山さんに渡したジャージだけど、それまだ未使用のなんだ。

だいぶ前に予備として買っといてしまってたのを思い出してね~。

今の僕にはサイズ的に小さいけど、小山さんにちょうど合って良かったよ!」

 

「あ………………そうなの」

 

 

友香は改めて自分が身にまとっているジャージを見下ろして感触を確かめる。

触ってみると確かに彼が一年着てきたには糊が効き過ぎているように思えた。

これも彼の気遣い、彼の優しさなのだと再度実感して心の内に安心感が広がる。

 

「それじゃ、ここでゆっくりしててね」

 

「ええ」

 

 

そう言って明久は風呂場へと歩いていってしまった。

誰もいなくなったリビングの中で独り取り残された友香は周囲を見回す。

昨日はいろいろな事が起こり過ぎて周りを気にする余裕が無かったのだろう。

テレビ、台所、その他色々。

だが共通して、それらにはある特徴があった。

 

 

「……………そうか。反射しないようにしてるんだ」

 

 

鏡などは一切ない。加えて反射するような輝きの無いプラスチックが主だった。

テレビなども布がかけられていて、リビングが映り込まないようになっている。

これもきっと、あの鏡の中から襲ってくる化け物への対抗策なのだろう。

彼も一介の高校生であるはずなのに、何故あんな異形と関わっているのだろうか。

 

「何で、吉井君なんだろ」

 

 

どうして彼がそんな危険な存在と関わってしまっているのだろう。

昨日も話は聞くだけ聞いた気がするが、自分の身の事で頭がいっぱいだったのだろう。

だが自分が彼の事を知ったところで一体どうなるというのか。

今日のように彼に要らぬ心配をさせて怒らせてしまうだけになるのではないか。

 

(だとしても……………知りたい)

 

 

彼の事が気になる。彼の事をもっと知りたい。

自分が知っているのは彼が同じ学園の最底辺クラスに所属しているということだけだ。

それ以外は何も知らない。それが何故だか酷く悔しい。

 

 

「ふぅ、さっぱりした!」

 

「え? 吉井君、もう上がったの⁉」

 

 

ソファの上で悶々としていると、扉を開けて彼がタオルで頭を拭きつつやって来た。

つい五分ほど前に風呂場に行ったはずなのにあまりにも早すぎやしないか。

内心そう思っていたことが顔に出たのか、彼が察して語ってくれた。

 

 

「いやぁ、一人暮らしだとお湯代もバカにならなくてさ~」

 

「そ、そうだったの? ごめんなさい、無理させたかしら」

 

「あ、気にしないで。流石に一日一回はちゃんと身体洗ってるし」

 

「そういう事じゃなくって!」

 

「?」

 

心底不思議そうな顔で自分を見つめてくる彼。

本当に彼と話していると調子を狂わされてしまう。

だが悪い気はしない。むしろもっと彼と話していたくなる。

 

「もういいわ…………それより聞きたい事があるの」

「ん? 何かな?」

 

「今日突然来たからその、どこで寝ればいいのかな?」

 

「ああ、その事ね。それなら…………………」

 

 

と、そこまで話してから少しだけ彼が思案する。

しばらくすると友香の方を見て言葉を口にした。

 

 

「僕の部屋のベッドで寝るか、妹がいた部屋で寝るか。

小山さんはどっちがいいかな? まあ効く必要ないと思うけど一応ね」

 

「え? 妹さんのいた部屋に?」

 

 

うん、と頷く彼だったが、一瞬だけ表情が曇ったのを見逃さなかった。

彼の本心で言えば、自分を部屋に泊まらせて彼はこのリビングで寝るつもりなのだろう。

そこまで分かるほど如実な表情の変化だったが、理解したことでより友香は困った。

自分は彼にこれ以上心配をかけたくは無いし、迷惑にもなりたくない。

それに彼の妹のいた部屋にほとんど初対面の自分を入れさせたくないのも分かる。

しかし、どうしてもこれだけは聞いておきたかった。

 

 

「妹さん、行方不明だったのよね?」

 

「……………………………うん」

 

「ならまだ帰ってくるかもしれないじゃない。

それなのに見ず知らずの私が寝てたら、妹さん怒るわよ?」

 

「…………………………………」

 

 

友香の言葉を聞き入れて彼の視線が一気に鋭くなる。

彼自身は昨日『妹は死んだ』とほのめかしていた。

だが死体が見つかったわけでは無いため、死んでいるとは限らない。

無論そんな事は屁理屈でしかない。

だとしても彼にほんの少しでも要らぬ気苦労はかけたくない。

そこまで考え至った友香の心境は今、一つの結論を出した。

 

 

「私はこのリビングでもいいのだけれど、あなたが許さないわよね?

だったら吉井君の部屋で寝るから、あなたはリビングで寝て頂戴」

 

「…………………本当にいいの?」

 

「あら、妹さんの部屋で寝てほしいの?」

 

「……………………ありがとう、小山さん」

 

「お礼を言わなきゃいけないのは私の方、だからいいのよ」

 

 

改まって礼を言うのは恥ずかしかったが、それでも言うべきだと思った。

自分の命を二度も助けてくれた上に、怖いからという理由で家に泊めてくれた。

そんな相手に厚かましい態度をとれるほど自分は腐ってはいないと自負する。

 

 

「あ、そうだ。夕ご飯まだだよね?」

 

「え、そうだけど………………コンビニで買って済ませるんでしょ?」

 

「え? いや、何かリクエストがあるなら作ろうと思ったんだけど」

 

「作るって、あなた料理できるの⁉」

 

「うん」

 

 

何の事は無いと言いたげに頷いた彼に軽く衝撃を覚えた。

てっきりこの後コンビニで適当に弁当でも買うのだと思い込んでいた。

だが彼は料理を作ると言い、しかも自分のリクエストを聞くという。

 

「り、リクエストって言ったって………………そんな急には」

 

「あ、そっか。食材もなきゃリクエストに応えられないよね」

 

「いえ、そうじゃなくて」

 

「え?」

 

「何でも無いわ………………そうね、作れそうな物を頼めるかしら」

 

「分かった」

 

 

服を着て髪を乾かしたタオルを洗濯機に放り込んだ彼はキッチンに立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま。それじゃ片付けちゃうね」

「う、うん………………ごちそうさまでした」

 

 

テーブルに並べられた食器が次々に片付けられていく。

友香はそれを黙って見ているだけで手伝う事はしなかった。

いや、食事を前までは片付けは自分でしようと思っていたのだ。

だが食事を始めてから予想外の出来事が起こった。

 

 

(何なの…………………あんな美味しいオムライス初めて食べた‼)

 

 

そう、彼が食卓に上げたオムライスの出来が半端じゃなかったのだ。

米の一粒一粒までしっかりとケチャップが混ざり、コンソメも少々盛られていた。

一緒に炒められた野菜の一片までしっかりと火が通っているうえに、

それらを覆い隠す卵のベールの焼き加減も大きさも触感も絶妙だった。

全ての食材の調和がとれている抜群の美味さを誇るオムライス。

その見た目の美しさに驚き、その味の甘美さに酔いしれてしまった。

 

 

(食べきるのが惜しいって思うなんて、どんな腕してるのよ⁉)

 

 

自分にもオムライス程度は作れる。だからこそ余計に彼の才能が理解できた。

世間一般的に言えば、料理とは女性の仕事の一つに認識されているだろう。

しかし彼の料理の味を覚えてしまっては、並大抵では満足出来なくなる。

そう思えてしまうほど、友香は彼と自分との歴然たる差を実感したのだ。

 

 

「さて、洗い物も終わった~っと」

 

「え? 嘘、もう?」

 

「うん」

 

 

背後から歩いてきた彼が手を拭きながら近くのソファに座り込む。

手際の良さが留まるところを知らない。

だが彼の新たな一面を知ることが出来た。

おそらく文月学園に居る女子は誰も知らないであろう彼の素顔。

『誰も知らない』という部分に、友香は小さな優越感を見出した。

友香がそんな風に考えていると、明久はカバンから参考書を取り出して読み始めた。

意外と勉強もしているんだと素直に感心した途端、彼は手にした本をカバンに戻した。

 

「ダメだ、全っ然分かんないや」

 

「………………ねえ吉井君、私でよければ教えてあげようか?」

 

「え、小山さんが? いいの?」

 

「嫌なの?」

「ぜひお願いします‼」

 

 

友香の呟いた皮肉にも気付かずに深々と頭を下げて教えを乞う明久。

その姿には先程までの威厳も料理の腕が一級品である意外性も見られない。

こうした素直な部分が、彼がバカであると受け取られる原因の一部なのだろうか。

そう思った友香だったが、加えてもう一つ考えが浮き上がった。

 

「そうね。教えてあげてもいいけど、代わりに教えてほしい事があるの」

「小山さんが僕に?」

 

「ええ。あの化け物の事とかあなたの事とか」

「………………昨日少しだけ話したよね」

 

「でも、もっと詳しく知りたいの」

 

「どうして?」

 

 

明久からの疑問の投げかけに友香はすぐには応じられなかった。

どうして彼の事をもっと知りたいと思ったのか。

それを知りたいのは、実のところ自分なのだから。

迷いながらそれでもなんとか友香は答えを導き出して語った。

 

 

「何も分からないままあの化け物に殺されるのなんて、嫌」

 

「………………………強情だなぁ」

 

「何とでも言って。それで、教えてくれるの?」

 

「……………………分かった。全部話すよ」

 

 

わずかに渋った表情になったが、それでも明久はついに折れた。

そして彼の口から出てきたのは、友香の想像をはるかに超えていた。

 

 

「まず初めに、僕が変身しているのは【仮面ライダー龍騎】って名前で

今日君を襲ったのは【仮面ライダーシザース】って名前のライダーだよ」

 

「仮面ライダー、ね。最近都市伝説になってる赤い騎士は、あなたなのよね?」

 

「………………あんまり目立ちたくは無かったけど、襲われてる人を見捨てるのもね」

「やっぱりあなたがこの街の人達をあの化け物から救っているのね」

「それは、半分正解って言った方がいいかな」

 

「半分?」

 

明久の言葉に違和感を覚えた友香は思わず彼の言葉を復唱する。

頷いた明久はさらに話を続けた。

 

 

「僕らライダーは鏡の中の世界、通称ミラーワールドに生きている

ミラーモンスター達と契約を結ぶことによって初めてライダーになるんだ。

勿論彼らも生き物だから腹が減る。食事を摂る必要がある」

 

「その食事って、もしかして」

 

「そう、人間。ヤツらの主食は人間なんだ」

 

 

友香は明久の口にした言葉を意外とすんなり受け入れられた。

と言っても、実際自分が食糧にされる寸前に遭遇したのだから無理も無い。

そして彼の話を聞いてその部分に疑問に思った。

 

 

「人間が主食なら、どうして人間と契約なんてするの?

というかそもそも、契約って一体何を契約したのよ?」

 

「ああ、えっと。それはちょっと僕も分からない部分があるから多少の

説明は省くけど、要するにこのカードをモンスターにかざして逃げなければ

契約が成立するし、逃げ出したら契約は不成立って事になるんだ」

 

「このカード? その、赤い龍の描かれた変なカードのこと?」

 

「そうだよ。契約のカード【アドベント】」

 

 

説明と共に彼が懐からカードデッキを取り出し、一枚のカードを見せる。

そこには友香が昨日も今日も見たあの赤い龍が本物さながらに描かれていた。

とぐろを巻いて炎を吐きながらこちらに向かってくるのではと錯覚するほどにリアル。

そのカードをデッキにしまい込んだ彼はそのまま話を戻した。

 

 

「コレで僕はこの【ドラグレッダー】と契約してライダーになったんだ。

契約の内容はただ一つ、僕がミラーワールドで戦ってエサを与えるだけ」

 

「エサ? つまり、人間を⁉」

「ううん、違うよ。僕らライダーはミラーモンスターをエネルギー体に変換する力を

持ってるんだ。それを使ってモンスターを倒して自分の契約したモンスターに与える。

そうすることで自分の契約モンスターはどんどん強くなっていくんだ」

 

「そういう事だったの………………」

 

「モンスターが強くなればなるほど、僕のライダーとしての性能も向上する。

耐久力が上がったり、火力が上がったりとか。メリットは大きいんだ。

だからこそ他のライダーも積極的にモンスター狩りをするから、この街の人を僕が

一人で助けてるわけじゃないと思う。あの人もそうだから」

 

「あの人?」

 

 

カードデッキを懐かしむように眺めながら、明久はそう呟いた。

友香は彼の言葉から『あの人』というのが誰なのか予想がついた。

 

「もしかして今日一緒に居た、あの黒い騎士のこと?」

 

「そうだよ。名前は出せないけど、彼は【仮面ライダーナイト】って言うんだ。

契約したモンスターは【ダークウィング】、コウモリみたいなモンスターだよ」

 

「あの時助けてくれたのは、ナイト……………吉井君の仲間なの?」

 

「……………ちょっと違うかな」

 

「違う?」

 

「うん。これは言いたくなかったんだけどね。

僕らライダーは全部で十三人いるらしくて、それらは戦い合わなくちゃいけない」

 

「戦うって、どうして? 相手はモンスターなんでしょ?」

 

「だから違うんだよ。僕らが本当に戦わなくちゃいけないのはライダーなんだ。

理由は単純。十三人から行われる【ライダーバトル】にただ一人勝ち残った者だけが

どんな願いでも叶える事が出来る力を手にすることが出来るからさ」

 

「願いを、叶える力?」

 

 

力強く頷く彼の瞳が友香の目を貫くように見つめる。

だが彼の言葉はあまりも突拍子が無さ過ぎるし、そんな神様みたいな力なんて

存在するわけが無い。

_________と、三日前の自分なら鼻で笑っていたことだろう。

 

しかし現実に、自分の知らない未知の出来事がこの世にはある。

そんな力があったとしても、否定しきることは出来ない。

 

 

「そう、なんだ」

 

「…………馬鹿げてるって思わないの?」

 

「そりゃ少しはね。でも理解不能な出来事に直面した後になったら、

そんな不思議な力があったとしてもおかしくないんじゃないかなって思ったの」

 

「そっか。それで、僕らライダーはその力を手に入れるために戦う。

他の十二人を倒して、自分だけがその願いを勝ち取る為にね」

 

「吉井君、あなたの言ってる『倒す』っていうのはまさか…………」

 

「………………そうだよ。十二人の人間を殺すんだ」

同級生の口から出てきた言葉に、友香は大きなショックを受けた。

要するにただの人殺し、人間の作った法に触れる犯罪行為だ。

間違っている。人が人を殺すなんて絶対に間違っている。

そうやって否定するのは簡単だが、どうしても言葉に出来なかった。

彼の眼には、言った言葉を実行する覚悟があるように見えたからだ。

 

「正しい事だなんて思わないし、間違っているって認識もあるにはあるよ。

でも、だとしても、今の僕にはそれしか出来る事が無いんだ。

それにもう契約もしちゃったし、この戦いから降りる事は出来ないんだ」

 

「契約………………破棄することは出来ないの?」

 

「出来るよ。でも契約の破棄の代償は契約者の命だからね。

ライダーになって戦う事を止めた途端に、その人生も終わりになるから」

 

「……………………本当に、戦うの?」

 

「うん。もう決めた事だし、やるしかない」

 

「……………………何の為に戦うの?」

 

「そりゃ、願いのためだよ。叶えたい願いがあるから」

 

「人を殺してまで叶えたい願いって何よッ‼‼」

 

 

椅子から立ち上がって怒号を飛ばす友香。

明久はただ黙って彼女を見つめて、当たり前のように語った。

 

 

「明奈の___________妹の命だ」

 

「………………………行方、不明なだけよ」

「ライダーになって分かったんだ。明奈が消えたあの日、あの状況を思い返すと

どう考えてもモンスターが絡んでいるとしか思えないんだ。

人間には不可能な失踪事件も、反射する物さえあればヤツらにとって朝飯前なんだよ。

モンスターが人間を捕まえたら、後はもう捕食する以外に道は無い。

だから明奈は死んでいる。間違いなく、死んでしまっているんだ」

 

「…………………………………」

 

「明奈は僕が目を離したせいでヤツらに捕まって、喰われたんだ。

責任は僕にある。だからライダーになることは僕の贖罪の意味もあるんだ。

そうして強くなって、他のライダーをみんな倒して、明奈を甦らせる。

どれだけ時間がかかっても構わない。それでも必ず明奈を生き返らせるんだ」

 

「……………………………………」

 

「他の人も色んな願いを叶えるために、全力で殺しに来る。

もしかしたら僕と同じように、身内の蘇生を願っている人かもしれない。

それでも僕は、必ず戦う。そして、勝ち続ける」

「…………………………………」

 

立ち上がった友香はゆっくりと腰を下ろして彼を見つめる。

もう、何も言えなかった。

彼は前を見ているようで何も見えていない。

それどころかずっと後ろを、過去を見つめ続けている。

そんな状態の彼に、今を生きている自分が口を挟む隙なんて無い。

だとしても、それでも、友香は彼を否定出来なかった。

 

「…………………………………」

 

「ゴメン、少し熱くなりすぎたよ」

 

「……………いいえ、私も何も知らないのに余計な口出してごめんなさい」

 

「いいんだ。間違ってるって認識は一応あるんだし」

 

「……………………………そうね」

 

 

広くはないはずのリビングにいる二人の距離が、遠く感じられた。

彼の事をもっと知ろうとしてたのは自分なのに。

彼の事をもっと知りたいと望んだのは自分なのに。

彼の決意に対して、自分が介入する余地なんて存在しない。

その事実がまるで、彼から必要とされていないように感じられた。

まるで被害妄想のようだが、そう思った時から友香は怖くなってしまった。

目の前の彼にとって自分が必要の無い人間として判断されることが怖い。

もっと自分を見てほしい。知ってほしい。必要としてほしい。

それは生まれて初めて友香が感じた、『誰かに必要とされたい』という顕示欲。

一度火が付いた欲望の炎は簡単には消えず、友香の心に残滓を焼き付ける。

 

 

「………………………」

 

 

もっと話したい。でも拒否されたくない。

もっと知りたい。でも否定されたくない。

もっと近付きたい。でも迷惑にはなりたくない。

 

いくつもの矛盾が友香の内側でせめぎ合う。

それが限界を迎えようとした瞬間、明久が沈黙に耐えかねて口を開いた。

 

 

「そうだ、小山さん。約束の件だけど」

 

「えっ……………ああ、約束ね!」

 

慌てて意識を戻した友香を見つめたまま明久が続ける。

 

 

「小山さんは僕がその、色々やらかした事を知られたくなくて。

それで僕が赤い騎士__________【仮面ライダー】だって事を知られたくない。

お互い秘密にしたい事をばらされたくないけど僕が黙ってる保証が無いから

今日も一緒に帰ろうとして行動を制限したんだよね?」

 

「え、あ、うん。そうよ」

 

「だったらさ、はいコレ」

 

「え、ちょっ、何コレ?」

 

 

明久に自分の考えが看破されたことに動揺しながら出された物を受け取る。

友香が彼から受け取ったのは、デッキから取り出された一枚のカードだった。

そこには先ほど見た赤い龍の前肢と後肢がくっついた腹の部分が描かれている。

受け取った友香が物のことを尋ねると、明久がすぐに答えた。

 

 

「それは【ガードベント】のカードだよ。

使用すると一定時間だけ僕はそこに描かれた盾を装備することが出来るんだ。

敵からの攻撃を弾いたりするのに使ってたんだけど、僕って防御が苦手でさ。

どちらかって言えば回避する方が性に合ってる気がするんだよね」

 

「どうしてこれを私に?」

 

「さっきも言ったけど、僕はそのカードをあんまり使わないし、

君がもし万が一モンスターに襲われたときにそれをかざせば逃げるかもしれない。

それにこれを持ってれば、物的証拠を押さえられて小山さんも安心でしょ?」

 

 

二コリと笑って見せる彼に、自分はただただ呆然とした。

自分の考えを学力最底辺クラス所属の彼に見透かされたことも大きいのだが、

それよりもまず戦うことにおいて重要な防御を捨てる行為が理解出来なかった。

しかし同時に、彼の言っていた言葉に込められた優しさも知れた。

可能性が小さくても、自分の事を考えて戦力を削いでくれているのだ。

絶えず自分を心配してくれる彼の姿勢に、友香はまた嬉しく思えた。

 

 

「そうね、そうさせてもらうわ」

 

「これでこれから帰りは一緒じゃなくてもいいんだよね?」

 

「あら、何を言ってるの。これからはずっと一緒よ?」

 

「…………………ゑ?」

 

 

笑顔を見せた明久が、友香の一言で真顔になる。

そんな間抜けな表情になった彼をしっかりと見つめながら、

友香は晴れ晴れとした、それでいて悪戯っ子のような笑顔で続けた。

 

 

「下校だけじゃなくって登校もこれからは一緒よ。

世の中危ないから、信頼できるボディーガードに守ってもらわなきゃ!」

 

「いや、あの、ちょっと」

「そういう訳で、監視はこれからも継続していくからね。

登下校は必ず一緒、出来ればお昼も一緒が望ましいわ」

 

「いやだから、その、小山さん?」

 

「あとそれ、その呼び方もなんか良くないわ。

秘密を共有する……………いえ、共犯する相手なんだから名前で呼ぶ方が」

 

「いやいや、あの、ねえちょっと!」

 

「そうね、そうよ! 名前で呼び合った方がいい感じになるわ。

という訳でこれからは私のことを『友香』って呼んでくれないかしら?

私も『明久君』って呼ぶから」

 

「僕の話を聞いてよ‼ ねえ小山さん‼」

 

「早速ダメね。呼び方は変えるって言ったでしょ?」

 

「うぅ………………ゆ、友香さん?」

 

「…………………うん、まぁさん付けでもいっか!」

 

 

明久の言葉を都合良く無視した友香は椅子から立ち上がって背伸びし、

骨を数回鳴らした後で大きく息を吐いてリビングから歩き出した。

慌ててソファから起き上がった明久がしきりに訴えかけているが

今の友香の耳に届くことは無かった。

 

 

「それじゃ私はもう寝るわ。ちょっと早いけど」

 

「だから、ちょっと、こ__________友香さん?」

 

「明日も…………これからもよろしくね、明久君!」

 

「ああ、ちょっ…………………んもぅ」

 

友香は自分が言いたい事を言い終えた瞬間に扉を閉めてしまった。

憐れ明久の悲痛な言葉には、一片の慈悲も与えられなかった。

諦めが入った明久は脱力しつつ、物置から持ってきておいた布団を敷いて

春先の夜中の寒さと今後自分に降りかかる災厄に震えながら眠りに着いた。

 

 

一方明久の部屋に入った友香だが、彼女もベッドに入っていた。

だがその顔色は非常に赤く、湯気が出るほど熱を帯びていた。

 

 

「………………勢いですごい事言っちゃった」

 

 

布団を顔までかけながら、彼女はつい先ほどのやり取りを思い返す。

反省していた。そして羞恥に顔色を朱に染め上げる。

まるで自分でない誰かが変わりに彼と話していたように感じるほどの違和感。

今までの自分からすれば有り得ないような会話の内容。

無自覚に突っ走ったからこそ、自覚した今になって猛烈に恥じらいが生まれた。

 

 

「明日もこれからもって、なんか告白みたいじゃない‼」

 

 

自分で口にした言葉の意味を思考し、再びベッドの中で悶える。

しかもそのベッドですら、彼が普段使っているものなのだから手に負えない。

変に意識してしまって眠れない。眠気なんて湧き上がってこない。

早めに寝ると言って彼と別れたのは、ある意味ではいい判断だったかもしれない。

 

「だとしても、明日からどんな顔すればいいのよ………………んもぅ」

 

 

恥じらいが友香の顔を体温の上昇と共に赤くしていく。

リビングに居る彼から顔を背けるように窓へと顔を向けて布団をかぶる。

そのまま一時間ほど、友香は睡魔に苛まれることは無かった。

 

小山 友香 16歳。

交際経験 一度のみ。ただし既に破局(自分の観点では)

生まれて初めて『本当の恋心』を体験し、持て余している彼女は

まだ吉井 明久に抱いた想いに、気付くことは無かった。

 

 

 

 

 








はい、いかがだったでしょうか。

これでやっとタグの『不遇ベント』が出せましたね。
そう、我らが最強装備のガードベントです。


次回もお楽しみに。
ご意見ご感想、お待ちしております。



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