少女は龍と舞う   作:ぽぽぽ

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二話投稿です。
最終話です。


第13話

 

「……な」

 

 その言葉に固まったのは、デモルトだけではなかった。

 闘いを見守っていた清麿達も、あんぐりと呆けた口をしていた。吉川は片手で頭を抑えて、大きく溜息をついている。

 

「てめえ、ふざけてるのか」

「ふざけてないよ。私の家は広いし、お金もあるし、きっと君と過ごすなんて訳ない」

「そうじゃねえ、てめえは……」

 

 あまりに予想外な言葉であったからか、デモルトは自分でも気付かぬ間に腕に込めた力を弱めていた。

 

「何がしてぇんだ」

「私は……」

 

 そう言って、葵は手を伸ばす。

 目の前にあったデモルトの拳と、そっと触れ合った。

 

「知って欲しいの」

「……知る? 」

「世界は、いいことあるよって」

 

 

 葵は、自分が龍と一緒に見たあの感動を、デモルトに知って欲しかった。

 1000年間の絶望は、計り知れない。怒りも恨みも憎しみもあるだろう。

 でも、いいこともある。

 

 龍の背に乗って見た景色は、龍と空を舞ったあの気持ちは、自分の世界を変えるほどだった。

 全てのわだかまりを忘れさせ、青空と、青い海は、包み込んでくれるように優しかった。

 広い世界にはまだ知らないことが沢山あって、でもそれはきっと悪いものではない筈だと、教えてくれるには充分過ぎた。

 

「……てめえといれば、俺は1000年の怒りから解放されるとでも?」

「分からないよ。でも、私は協力する。あなたがせめて、少しでも笑えるように、頑張る」

 

 

 生きていればいいことの一つもある。たかだか十数年しか生きてない人間程度に、そう人生を語られるのは納得がいかなかった。1000年を生き、今後も人間などよりずっと長生きするであろうデモルトの方が、まだ説得力があることを言える。

 

 でも。

 

 いいことが、これから絶対にある。

 デモルトの気持ちを憎しみで終わらせたくない。一緒にそれを探してあげたい。

 

 そう決意した葵の眼は、デモルトの姿に未だに恐怖を感じていても引く気は全くないように見えた。子供が、自分が信じることこそが正しいと思い込んでいることと変わらなかった。

 

 

 

 デモルトはゆっくりと腕を下げた。それからは頭をかくりと下げて、静かに息を吐いた。

 

「……もういい」

「え? 」

「もういいっつってんだ」

 

 プっと地面に向けてデモルトが口から何かを吐き出す。

 ガッシュ達が警戒しながら音がしたそこを見ると、本のパートナーと本が一緒に出て来ていた。

 

 

 

「興が冷めた」

 

 

 

 

 

 ◯

 

 

 

 

 

「ほんとに、いいの?」

「いいっつってんだろ」

「でも、私の家結構居心地いいと思うよ? 周りも気にしなくていいようにするし、なんとかして外に遊びにだって」

「しつけえな、食うぞ」

 

 デモルトが牙を見せると、葵は思わずひ、っと身構えた。しかしその後すぐに、むっとデモルトの顔をしっかり見る。

 

 訳の分からない奴だ、とデモルトは思った。怖くないという訳ではないのに、本気で自分のことを気にかけてくれている。

 嬉しいなどと思うことはないが、鼻で笑えるくらいには可笑しくはあった。こんな風に思ったのも、久々に感じた。

 

「じゃあ、燃やすぞ? 」

「ああ」

 

 清麿が言うと、デモルトは抵抗なく頷いた。

 これでやっとこの世界から魔界へ帰れる。

 石板でいる時は恐怖もあった。1000年後の魔界が、どれだけ変わっているのか。知り合いはいるのか。親族はどうしているのか。

 不安が数えきれないほどあり、それがまたデモルトの心をざわつかせていた。

 でも今は、何故かそんなに悪い気分でもなかった。

 

「ねぇ、デモルト、ほんとに……」

「おい」

 

 体は既に、消え始めていた。透明になりゆく姿を見て、葵は目に涙を浮かべている。

 この人間界で自分が消えることに泣いてくれるのはこいつぐらいだと思うと、それも愉快だった。会って数時間も経っていない奴にここまで心配されるような外見はしていないつもりだった。

 

「別に、魔界でもいいことくらいあるだろ」

 

 そう言って、デモルトは僅かに笑った。

 それを聞いた葵は、眼を擦り、うんうん、と何度も力強く頷いた。

 

 あるよ、絶対にあるよ。

 

 それが、デモルトが人間界で聞いた最後の言葉になった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◯

 

 

 

 

 その後、ブラゴとゾフィスの闘いも終わりを迎え、それぞれがいつもの日常に戻った。

 

 そして、日本に帰った清麿達は、葵の家に呼び出されていた。

 ゾフィスによって破壊された筈である屋敷の門は、既に綺麗に整備されている。ガッシュと清麿が不思議に思っていると、すぐ側で彼らを待っていた吉川が門を開けてくれた。

 

「おはようございます」

「あ、ああ、おはよう吉川さん」

「吉川殿、この門はゾフィスに壊された筈じゃあ……」

「それなら、外出している間に業者に依頼して直して貰いましたよ」

 

 中に入れば、抉れた芝生や割れた窓ガラスも全て元通りとなっている。

 金持ちってすげえな、と清麿は内心で呟いた。

 

「お嬢様は、あちらにいます」

 

 そう言って、吉川はガッシュ達を誘導した。家の中ではなく、庭の方へと。

 

「……ガッシュ君」

「うぬ?」

 

 そちらに向かおうと足を向けたガッシュは、吉川の言葉に立ち止まり一度振り向いた。

 

「あの子達を、お願いします」

「うぬ」

 

 そう言って、しっかりと頷いたガッシュに、吉川は深々とお辞儀をした。

 

 

 

 

 広い庭で、葵はとぐろを巻く龍の前にいた。優しい手つきで鼻を撫でるようにしていて、目を瞑っているだけであるが、心なしか龍も気持ちよさそうにしていると思えた。

 清麿が、橘、と呼びかけると、葵は手を止めて、おはよう、と挨拶をした。

 

 

「橘、用っていうのは……」

「うん」

 

 葵は、ゆっくりと近付いて、それを清麿に渡した。

 

「……いいのか?」

「うん。私も、龍太郎も決めてたことだから」

 

 レイラが魔界に帰った時、龍は一緒には帰らなかった。

 

 それは、この世界に残る、という選択肢からではなくて、単純に自分の家から、パートナーであった祖先の家から送ってあげたいという葵の想いからであった。

 

 

「龍太郎はさ、もうここに用はないんだって。おばあちゃんはいないし、王になるつもりもない。思い残すこともない。だから、いいんだって」

 

 葵は、何ともないことのようにいった。

 それが強がりだというのは、ガッシュにも清麿にも分かる。

 

「王に成りたい訳でもないのにここにいたら、邪魔になるって」

 

 震える声であったが、葵は無理矢理笑っていた。きっと、燃やす清麿達に気を使ってくれているのだろう。本を受け取った清麿は、そうか、と呟くことしか出来なかった。

 

「じゃあ、いくぞ」

「うん」

「ガッシュ」

「……うぬ」

「ま、まって」

 

 そう言って、葵はもう一度龍を見た。

 龍は、葵をじっと見つめている。

 大きな瞳。立派な角。長く伸びた髭。煌めく鱗。ここに落ちて来た時と変わらない筈のそれらが、今もそこにある。短い間であったけれど、葵は龍の全てに触れていて、だからこそ、寂しかった。

 葵は龍に笑いかけて、その大きな体を、小さな体で精一杯に抱きしめた。それから、うん、と頷いた。

 

「あのさ」

「どうした?」

「本、持ってていい?」

 

 葵が小さな掌を、清麿の方に差し出した。

 

「持ってるって……」

「燃えるまで、私が持ってる。熱くなったら離すから」

「……ああ、分かった」

 

 再び本を受け取った葵は、一度それを抱き寄せた。それから、深呼吸を一度して、はい、と本を前に出す。

 

 雲のない天気であった。風も少なく、まだほんのりと暑い日差しが辺りを照らしている。

 龍の鱗は陽を浴びて光を帯び反射している。煌めく鱗は相変わらず美しく、神々しく、龍の偉大さを示しているようだった。

 

 

「ザケル」

 

 小声で言った呪文が引き金に、ガッシュの口から線のような雷撃が流れ本を掠めた。

 ぼっ、とマッチが燃えるような音が聞こえた。

 本の角に付いた小さな火は、ゆらゆらと揺れながらゆっくりと進む。

 

 燃える本を手にしながら、葵が龍を見る。

 龍の姿は、透け始めていた。

 

 

 

「龍太郎ーー!!!」

 

 葵は、大きな姿の龍に負けないくらいの大きな声で、龍の名を呼んだ。

 

「楽しかった! 私、あなたが来てくれて良かった!! あんなすごい景色、初めてだった!!!」

 

 龍は、身体をぐっと伸ばした。

 蛇のような胴体を順々に空に向けていき、天を向いた。まるで、空に登っていくように見えた。

 

「いつでも遊びに来てよ! おばあちゃんがいなくても、私がいる。私がいなくても、きっと私の子孫がいる。だから、龍太郎は、ずーーーっと一人じゃないんだよ!!」

 

 葵はもう、涙を我慢できなかった。両手で本を持っているため、落ちる涙を拭くことも出来ず、頬をつたった雫はぼろぼろと地面に落ちていく。

 

 ガッシュと清麿は、二人の別れをずっと見守っていた。

 

 

 

「ヴォオオオオオ!!!」

 

 

 

 龍が、葵に応えるように吠えた。

 

 

「っ! 葵殿! 本が……!」

 

 燃えて既に体積を半分ほどにした本が、強い発光をしていた。

 葵が、ページをめくる。

 

「……私、読める文字がある」

 

 葵は、開いたページが光っているのに気が付いた。そして、そこの文字だけ読めることも。

 

 

 不思議な物だ。

 清麿は自分の本を見つめながらそう思った。これだけ経験を積んでも、まだこの本には自分達の知らない何かが沢山ある。土壇場になって、こんな奇跡を起こす力がある。

 

「……パートナーとして、認めてくれたんだね」

 

 葵は、くずり、と鼻をすすった。

 最後に自分は、龍太郎と繋がりが出来た。

 想っているのは、自分だけじゃなかった。それだけで、葵は嬉しさでどうしようもなくなる。

 

 

 

 

 

「……『ブロア』」

 

 

 

 葵が唱えると、空で大きな音が鳴った。

 昼間なのに、花火のように綺麗な焔が円を作って、消えていった。

 

「ブロア、ブロア、ブロア……」

 

 呪文を唱える度に、空で破裂音がなる。

 

「綺麗だの」

「……ああ」

 

 早朝の花火。

 青空の下でみるそれは、普通じゃ見られないものである。マグネシウムの炎色反応ではなくて、純粋な焔で出来た円は、神秘的だった。

 龍太郎が、最後に葵に見せてあげたいと、伝えてあげたいと、気持ちが込もっていることが、ガッシュにも清麿にも分かった。

 

「……ブロアぁ……」

 

 

 葵の手には、もう本は残っていなかった。

 龍の姿も、もう見えない。

 広い庭あったスペースは物足りなく感じてしまう。

 

 空から、ひらひらと落ちてくるものがあった。

 泣き崩れるように膝をついていた葵の前に落ちたそれは、鱗だった。

 銀色の鱗は、やはり輝いていて、凄まじい存在感を放っている。

 葵はそれを抱きしめて顔を伏せた。

 

 

 

「ガッシュ君はさ、どんな王様になりたいの?」

 

 顔を上げ、空を、じっと見据えながら呟く葵に、ガッシュは自分の胸をしっかりと叩いて答えた。まるで、龍にも届くようにと。

 

「私は! 優しい王様になるのだ! 」

 

「それは……素敵だね」

 

 葵は未だに空を見たまま、涙の跡が残る顔をくしゃりと崩して笑った。

 

 

 

「頑張って。応援してるよ」

 

 

 

 ウヌ、という心地よい返事が、空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 






これにて完結です。
まず、最後に一年以上の間を空けたことを深くお詫びします。
待ってくださった人もそうでもない人も、エタッたようなこの作品を読んで下さってありがとうございます。

龍と少女という組み合わせでやりたかっただけのこの話。
初めから1000年前の魔物と戦いで終わるつもりでしたが、やり残したことは沢山あります。ですが、完結ということを目的にすると、自分の力不足でこのような最後になってしまったことは本当に申し訳ないです。

作品を書くと、本当に色んな経験や自分の未熟さに気付きます。
それでも、今後も何かは書けたらと思っているので、またどこかで見かけたら見てみて下さい。時間は掛かろうと完結する気はあります。

それでは、ここまで読んで感想評価をくださった方、本当にありがとうございました。とてと励みになりました。

気が向いたら、後日談としてガッシュが王になった後の話など書くかもしれません。
それでは。

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