少女は龍と舞う   作:ぽぽぽ

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第1話

 

 

 

「……お嬢様、朝ですよ」

 

 一日の始まりを告げる静かな声が、今日も橘 葵を夢から覚ました。台車が走るような音と共に、窓からの光が部屋の中に射し込んでいく。

 葵の付き人かつ家のメイドである吉川が、カーテンを開けたようだ。

 強く射し込んだ光を受けた葵の目の裏には白い熱が帯びていくような感覚がして、瞼を開けるのも億劫に感じた。

 葵は、その光によって暗く静かだった世界に一筋の灯りが射して新たに浮き足立つような朝が始まる気配を感じたのだが、それよりもやはり暗くて落ち着く心地好かった世界が恋しかった。

 

 葵はかけ布団をもう一度掴み、繭にくるまる虫のように頭から被せた。高級な羽毛が詰まった布団によって光は遮られ、世界は暗闇となる。また居心地の良い場所に戻ってこれたようだ。

 

「葵お嬢様」

「……」

 

 聞こえていない振りをすると、もう一度、お嬢様、と吉川が名を呼んだ。

 

「……吉川さん、まだ朝でしょう? 」

「もう朝なんです」

 

 吉川は相変わらず淡々と言う。

 もう少し声を張って起きろと命じてくれたのなら体を起こすのに、と葵が心の中で愚痴るが、彼女のクールで低血圧気味な雰囲気が結構好きであったので、本気で思ってはいなかった。

 

「葵お嬢様」

 

 先程と声のトーンは変わらずとも、葵が布団から出るように強く催促していることは分かった。要望に答えようと、強情に視界を閉ざす瞼に、開け! と脳から指示を送ってみるが、瞼の代わりに口が開いて、更にそこからはとろみのかかった欠伸が出てきてしまう。

 身体の方が起きることを拒んでいるように感じた。一応葵自身は起きようと努力をしているのだが、吉川には一度は瞼を開けようと頑張った、という事実は伝わらず、ただ欠伸をした怠け者と思われているのだろう。

 

 更にもう一度、お嬢様、と呼び掛けられる。

 

 声のトーンは変わっていないが、声量は少し変わった。葵の長年の経験からすれば、これは、若干の怒りが込められている。そんな気がしていた。

 

「……起きなきゃだめ? 」

 

 もぞもぞと身体を縮めるように動いてから、甘えた声を出した。最近まで夏らしい気温が続いていたのだが、昨日の夜は少し冷え込んだようで、薄着で寝た葵は掛け布団が手放せない。布団から出ることは、今の葵にとっては南極へと放り出されることと同義なのだ。

 

「布団も言ってるよ」

「言う、とは? 」

「私と一緒に寝てたいって」

「布団は喋りません」

「私の布団は特別製だから」

 

 吉川ははっきりした溜め息をついてから、分かりました、と抑揚なく言った。そして布団に包まれた葵に聞こえるようにわざと大きな足音を立てて、部屋を出ていこうとしていることを強調した。

 

 ……私を起こすことを諦めたのだろうか。今日はいつもより随分と諦めが早い。

 

 葵は吉川との勝負に勝ったような感覚に浸りながら、さらには、まだ寝れることに安心感を覚えて、もう一度夢の中へと旅立つ準備を始めた。

 準備、といっても、眼を閉じるだけなのだが。

 

 吉川の足音は遠くなっていき、コツリ、と鳴った音を最後にして、それから、キィと部屋のドアが閉じていく少し高めの音が葵の耳にかろうじて届く。

 

「では本日はお休みになられると、モチノキ第二中学校の方へ連絡して置きます」

 

 吉川が冷たく言い終わると同時に、パタン、とドアが閉まる音が部屋に響いた。

 

「……」

 

 夢に旅立つまさに数秒前、という状態であった葵だったが、吉川の言葉が染み込むように耳から伝わってきて睡眠を妨害していた。

 何故あの言葉が葵の睡眠妨害へとなり得るのか、と朦朧とした頭で考えて、再び彼女が最後に言った言葉を反芻する。

 

 

 時計がカチカチとリズムを刻む音と一緒に、葵の思考も段々とクリアになっていった。

 

 

 

「…………学校! 」

 

 ガバリと布団を押し退けた。

 ベッドの横につけた机の上にある時計を乱暴に手に取り、いつの間にかしっかりと開いているその眼で確認する。

 普段よりちょっぴり遅い時間であった。

 葵は無理やり立ち上がろうとするが、起きたばかりだからか、脳の指令に身体がついていけない。

 それでも困惑する身体を強引に動かすようにしながら、ボサボサの髪を手櫛で整えつつ葵はすぐに部屋を出た。

 

 

 

 ○

 

 

 

「吉川さん、もっとちゃんと起こしてくれたら良かったのに」

「布団に呼び止められていたのでしょう? 」

 

 布団が喋る訳ないでしょ、と軽口を叩くと、吉川は無言で近付いてきて、額にでこぴんを喰らわせた。

 あいた、と反射的に声を出してしまい、ひりひりするでこを擦りながら、葵は口を尖らせる。

 そんな葵を無視して、だまって朝食をとってください、と吉川は手際よくかつ強引に彼女を椅子に座らした。

 

 目の前には、いつも通りの洋風な朝食が並んでいた。しかし、いつも通りと言ってもやはりそれは美味しそうで、わお、と眠気を忘れたかのような声が口から飛び出ていた。

 頂きます、と行儀よく言ってから、真っ白の皿に置かれた真っ黄色のスクランブルエッグを、フォークで器用に口に運ぶ。吉川は葵の横について、綺麗なカップへ丁寧に紅茶を淹れてくれた。

 

「葵お嬢様の朝に弱い御病気は、いつになったら治るのでしょうか」

 

 紅茶を淹れ終わるのと同時に、吉川は呆れたような息を小さく吐いた。

 

「医薬品業界の努力が必要だと思う」

「必要なのは、お嬢様の努力です」

 

 二人の会話が、広い空間にさっと流れるように響いては消えていく。その感覚に馴れているからか、特に何も思わない。

 一般家庭でいうリビングよりも、随分と広すぎる食事の間。そこにある大きく長い机の上で、二人分の声と、葵がパンケーキを切る音がカチャカチャと聞こえる。

 机の中央には、黄色い綺麗な花が刺してある花瓶が置いてある。天井には洋風の家によく似合う小さめのシャンデリアが、窓からの日射しと力を合わせて部屋を照らしていた。

 

「……お父さんとお母さん、いつ帰ってくるんだっけ」

「二人とも、約3ヶ月後の予定です」

「……まだしばらくだね」

 

 たっぷり蜂蜜のかかったパンケーキの最後の一切れを、口に入れた。葵の母が好きなせいで本人が居なくても毎朝食卓に並ぶパンケーキは、気付けば葵の好物にもなっていた。

 

「御主人様も奥様も葵お嬢様の事が心配すぎるようで、毎日私に連絡が来ます」

「分かってるよ。心配されてることは。わざわざ電話なんかしなくてもいいのに」

「ですが、それが親心というものです」

「……滅多に帰ってこないくせにそういうとこばっか親気取り」

 

 小さく呟くように言った言葉を、吉川は聴こえてなかったのか、無視した。

 

 

 橘家は、一般の家庭とは少し違う。

 一般とはどれを基準としてるのか、とか、少しとはどんな物差しで測っているのか、とかは置いておいても、確かに近所にあるどの家ともここは違っていた。

 

 葵の住む家は、普通の家より、大きい。

 それをみて、大金持ちというのか大富豪というのかは人それぞれだろうが、呼び方に関係なく橘家には確かに沢山のお金があって、家も庭もとても広い。

 

 葵のずっと昔の御先祖様はこの街では有名な権力者であったらしく、やたら広い土地を所有していて、代々それが受け継がれて来たのだとか。それにしては洋風なのは、平成になってから一度大規模なリフォームをしたのが原因らしい。

 

 更に、権力者であった御先祖様は貿易業に力を入れていて、その道でトップに立っていた。その名残が今もまだ続き、葵の父は家業としている海外との貿易関係の仕事を継いで、当然のように社長となっている。

 葵の母はその秘書をしていて、二人揃っては国外を飛び回る事が多く、家にいないことがしょっちゅうであった。

 

 ……この年になれば、両親が忙しいのは理解出来る。心の底ではやり過ぎなくらい私を想ってくれてるということも、分かっている。

 

 それでも、葵は家にいない両親に対して腹の立つ想いを消すことは出来なかった。

 

 比べるような問題じゃないということも分かっているつもりなのに、葵よりも仕事を選んでいると思ってしまっていた。

 葵は両親のことを考えると、寂しいような、ムカつくような、色んな想いをごっちゃにした気持ちになって、そんな想いをさせた両親に、最後はやっぱりムカついていた。

 

 しかし、そんな自分が今までグレることなくいられたのは、広い家で静かに過ごすのも嫌いじゃなかったという性格と、更には、家を管理するために使用人の吉川さんがいつも残ってくれていたおかげなのだと、葵は自分で認識していた。

 

 

「……吉川さんも休暇とってもいいんだよ。暫く休んでないでしょ?」

「私がいなくなったら、お嬢様とお布団との愛を引き裂くものがいなくなります」

 

 冗談っぽく言った葵に対して、吉川は真面目な顔をして合わせるように話してくれた。

 

「吉川さん、人の恋を邪魔してばっかじゃなくて、そろそろ自分の恋も見つけないといけないんじゃない」

「私は現状に満足していますので、余計なお世話です。そんなことより、早く制服にお着替え下さい」

 

 食べ終わった葵の皿をてきぱきと回収しつつ、吉川は中学校の制服を手渡してくれた。

 

 吉川の家系は代々この橘家に仕えていて、彼女は葵が小さい頃からずっと側にいてくれた。無表情でさばさばとしている性格であったが、はっきりしている分余計な気を使う必要がなくて、一緒にいて楽だった。葵をただ持ち上げるという訳ではなく、無理せずいてくれているように感じて、まるで姉のように思ったこともあった。

 今年で26になるという彼女はそこらの主婦よりも家事は出来るし、運動神経も凄い。顔も綺麗だし、引く手あまたに思えるが、葵の知る限り浮いた話はないようだ。本当に勿体ないと、常々思っている。

 

 

 

 制服を着て、大きすぎる玄関のドアに手をつけたところで、吉川が、車を出しましょうか、と提案してくれた。

 葵は時計を見てから少し考えて、首を横に降った。歩いて中学校へと向かうのは、結構好きであった。

 

 靴を履いて家を出ると、白い朝日が葵を襲った。

 部屋の明かりとは違った清々しさを出していて、葵は空を見ては目を細める。雲の少ない良い天気だった。

 家の敷地を出て道路を歩いていると、近所のお婆さんがいたので大きな声で挨拶をする。お婆さんは皺の溝を更に深めた笑顔で挨拶を葵に返してくれた。

 

 この街の朝は妙に活気が溢れていて、人だけでなく木々や鳥達も、今日も一日始まったぞとやる気になっているように見える。

 我らがモチノキ町は決して都会とは言えないけれども、生活に必要な店は近隣に揃っていて、脇道に申し訳程度に植えてある木々も謙虚さがあって、それがまた好みであった。

 通りすがりながら大声で挨拶をする子供にあって、手を振った。朝日と共に流れる爽やかな風は、身体の上から下まですっと流れていくような感覚がする。

 

 

 学校までの道のりで、葵は理由もなく気分が良くなって、足取りが軽くなった。

 

 ……最近は、学校が好きだ。

 こんな風に、学校までの道が憂鬱じゃなくなったのはついこの間からだ。それまでは寧ろ学校へ行くのが嫌だとも思っていたのに。

 

 考え方が変わった切っ掛けは、きっとクラスにあった苛めが、無くなったことだ。

 

 

 

 葵のクラスでは、少し前までいじめがあった。

 

 葵の通う中学校にはとても頭が良い男の子がいて、その人は、必要以上に良すぎたらしい。

 事情はよく知らないが、小学校まで仲が良かった友達が、その男の子の頭の良さを妬むようになったらしく、陰から悪口を言われるようになった。

 中学に入ってすぐに悪意のある話を流されたのだ。影響の受けやすい年齢であったし、他の人も噂を知らずとも距離を置くのは自然であった。

 

 彼は、学校での居場所がどんどんと無くなっていき、そんな扱いを受けたせいか、彼の性格もまた変わってしまったらしい。

 

 

 中学二年のクラス替えで、葵は初めて彼と同じクラスになった。

 

 その時の彼の目は、とても怖かったのを覚えている。葵たちを見下すようにしながらも、その奥では寂しさを光らせているような気がして、それを見た葵は胸が悲しくなった。

 

 その見下すような視線を受けた他の人は、その暗い瞳の怖さからか彼に敵意を抱き、それは先生すら例外じゃなかった。

 気付いた時には、新しいクラスでもヒソヒソと彼の悪口を言う人は増えていって、代わりに彼の出席する日にちは減った。

 

 

 その時、葵は何もしなかった。

 彼の悪口も言わなかったけど、彼を助けようともしなかった。

 いじめは悪いこと、止めなきゃ悪いこと。世間ではそう言われてるだろうし、それはきっと正しいことなんだろう。

 でも、実際に苛めを前にした時、葵の体は動かなかった。

 数学の問題みたいに、何か答えがある訳ではなくて、答えにたどり着くための途中式すら思い付けなかった。

 誰を止めて何をすればいいのかも分からなかった。

 水野みたいに彼に話続けることが正解だったのかも知れないけれど、それまで話したともない葵には、そんな風に馴れ馴れしくするのも彼の癪に障る気がして、それも出来なかった。

 

 その時葵は自覚してしまった。気付いてしまった。

 自分は、弱い人間だったと。

 

 そして、弱いままの自分と違って、彼は強かった。いや強くなった。

 

 何を切っ掛けにしたかは分からないけど、彼は校外で銀行強盗を捕まえた。その日から周りの目が変わり、彼も目の色が変わった。

 

 明るくて、優しい色だった。

 変わった彼は凄い力を持っていて、クラスの雰囲気すらをみるみると変化させていった。

 

 

 

 おかげで今は、あの時の学校より何倍も楽しい。

 

 頬が柔らかくなった中田先生も好きになれたし、気付けば不良をやめていた金山も、前よりずっと良いと思う。

 たまに乱入してくる金髪の少年は可愛らしいし、妙な鳴き声をあげる子馬も可愛い。

 

 

 ……今の心地よいクラスへと変えてくれたのは、高嶺君だ。

 

 

 葵は、清麿への感謝と、あのとき何も出来なかった罪悪感を胸に抱きつつ、その強さに憧れていた。

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

「水野、今日は高嶺君と一緒に帰らなくていいの? 」

「えっ!? 」

 

 横にいる水野が、顔を赤くしながら声を張り上げた。その赤さは、夕陽の光の照り返しによるものか、彼女の体温の上昇によるものなのかは一目で判断は出来なかったが、葵の中では後者と決めつけていた。

 

 おろおろと水野は困惑していて、戸惑いながらも葵をちろちろと見ている。そんな姿が微笑ましかった。

 

「な、なんで……? 」

「なんでって、好きなんでしょ? 」

「いや、あの、そのですね」

 

 あたふたしながらも、大きく身振り手振りをする水野を見て、葵は笑う。

 本日いつも通り学校を終えた葵は、下校途中に出会った水野と帰り道を共にしていた。彼女は吹奏楽部に入っているが、今日は休みのようだ。

 

「さっさと告白しちゃえばいいのに」

「こ、こく、こく! こくは……! 」

「動揺しすぎでしょ」

 

 水野は、面白い。天然で、ちょっとボケたところがあって、それが可愛らしかった。

 小学校からの知り合いで、当時から葵は水野が好きだった。

 緩い感じをさせながらも、意外と他人には流されずに、皆に平等に接する水野に対して、正直尊敬していたし、助けられたと思っている。

 

「と、とにかく! 葵ちゃん! 皆に言ったらだめだからね! 」

「本人以外は皆気付いていると思うけどなぁー」

「それでも駄目なの! 」

 

 顔を真っ赤にした水野は大きな声を出しながら、私にそれを約束させた。しかし、実際にこれは清麿以外のクラスメイト全員が知ってる問題なので、黙っていようが話そうが一緒であると思う。

 

 

 それから、途中の道で水野と別れ、夕焼けを見ながら今日の夕飯はなんだろな、なんて呑気に考えた。

 家の前まで着いたので、少々大袈裟な門を開けて、敷地に足を入れる。広すぎる前庭のせいで、門を通ってから家までは少し遠い。なぜこんな構造にしたのか、という疑問は何年住んでも消えない。玄関開けてすぐ家、とした方が、行くのも帰るのも楽なのに。

 

 

 ……吉川さんは、今頃掃除でもしているだろうなぁ。

 

 あの広い家に一人でいる彼女を思うと、足が少し早まった。あんな大きな家で一人は、きっと寂しい。

 

 

 芝生の地面に敷かれた灰色の道をローファーで鳴らしながら歩く。その時、

 

 ―――不意に、風を切るような音がした。

 

 

 

 葵は、立ち止まった。

 初めは耳鳴りかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。きぃぃん、という音はどんどんと大きくなっていて、その事が余計気になった。

 いつの間にか葵の足は完全に動くのを止めている。

 

 それから、上を向いた。なんとなくその音が上から聞こえている気がしたのだ。

 上を見ると、橙色をした空が目一杯拡がっていた。オレンジの皮を広げたような空に、細く流れる雲が線を入れている。

 

 そんな背景の中に、小さな粒が見えた。

 点、と、ノートにボールペンの先を付けた時に出来るような粒だ。視界に虫でも入りこんだかと思い、試しに目を擦ってみても、それはとれない。

 

 ではあの粒はなんだ、とその正体を確かめようとしていると、その粒はだんだんと大きくなっていった。

 

 きぃぃんという空を切るようにしている音はどんどんと近くなっていて、その粒も、もはや粒とは言えないほどの大きさになっていって―――。

 

 

 

 ―――夕陽を背に、それは此方へと、確かに向かってきていた。

 

 

 

 

 

「お嬢様っ! 」

 

 切り裂くような高い声だった。

 いつもの冷静さとはかけ離れていて、それが吉川の声だと気付くのに時間がかかった。

 

 家の方を見ると、吉川は、葵を見ながら、もう一度名を呼んだ。

 戸惑いと驚きを感じながらもようやくその声に反応した葵が、え、っと声を出した、その瞬間。

 

 

 

 背後から物凄い爆音が響いた。

 

 

 

 地面が振動し、体が浮くような衝撃を感じる。

 押し出された身体は、どん、とお尻から芝生に落ちて、痛かった。

 風と粉塵が舞い漂い、座り込んだ葵の髪をあっちこっち様々に引っ張っている。

 緑の芝が宙に散在し、ちらちらと舞っていのがまるで、緩やかな雨が降ってるみたいに見えた。

 遅れて、土煙が辺りにもくもくと立ち込める。

 

 

 振り向けば、吉川は、葵の元に駆け寄ろうと走っている。あんなに焦ったような顔の吉川を見たのは、初めてだった。

 

 走る吉川の視線は、自分と、その後ろへと交互していて、その視線に釣られるように、葵も恐る恐ると後ろを向いた。

 

 

 さっきまで平らだった家の庭には、大きなクレーターが空いていた。

 

 

 そして、その中心には今まで見たことのないような信じられないものがいて、葵はこれまで作法などはそれなりに厳しく教えられて来たけれど、間抜けみたいにみっともなく口をぽかんと開いてしまった。

 

 

 

 でも、仕方ないことだと思う。

 

 

 

 だってまさか、空から龍が落ちてくるだなんて、誰も想像出来ないのだから。

 

 

 


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