ワールドトリガー Another story   作:職業病

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黒トリガー争奪戦の戦闘描写はありません。だって原作と何も変わらないから!


すいません、書くのが面倒だっただけです……


9話

「お、ユウ帰ってきた」

「おかえり遊くん」

 

迅に渡すべきものを渡し、すべきことを済ませてきた遊が再び訓練室に戻ると遊真と小南が休憩していた。

 

「お疲れ」

「おう。遊は何してたんだ?」

「ちょっと迅さんに用があった」

「ふむ?」

「まぁ大したことじゃねーよ」

「そうか。そういえば、最近迅さん見ないな」

「どーせ裏でなんかコソコソやってるんでしょ。あいつの趣味、暗躍だから」

 

あまりいい趣味とは言えないが、彼のサイドエフェクトを考えると当たり前なのかもしれない。

 

「ほら、あんたはそんなことより訓練の方が大事でしょ。そろそろ行くわよ」

「はいよ」

 

そういって2人は訓練室に入っていった。

 

「いやー2人とも気合十分だねー」

「どっちも戦闘狂なとこあるからな」

 

人のことは言えないのかもしれないけど。

 

「そういう遊くんもそうじゃないの?」

「あいつら程じゃねーよ」

「そうかな〜?」

「少なくとも殺し合いは好きじゃないぜ」

「そっか。『向こうの世界』だとベイルアウトなんてないもんね」

「そうだ」

 

遊にとってベイルアウトという機能はとても画期的なものだった。向こうではトリオン体が破壊されたらもうなにもできず、捕虜になるか殺されるかのどちらかだった。だから負けても逃げられるというのは凄いものなのだ。

 

遊真と小南の戦いをしばらく見ていた遊だったが、不意に胸に激痛を感じる。

 

「っ……」

「? 遊くんどうしたの?」

「…いや、なにも。ちょっとトイレー」

 

遊は逃げるようにその場を離れた。宇佐美は首を傾げることしかできなかった。

 

ーーー

 

「っはぁ……」

 

トイレに入り呼吸を整えようと試みる。だがすぐには治らず壁に寄りかかる。ふと備え付けの鏡が目に入り、自身の顔が映るのを見る。

 

「ひっでぇ顔……」

 

顔色は悪く、脂汗が滲み、もとよりやる気の無さそうな目はさらにひどくなりまるで死人のようだ。

 

「…………」

 

鏡に映る自分を見て、顔を顰める。

右目を右手で塞いで鏡を見てみる。

 

鏡に映る自分は、ほとんど見えなかった。

鏡に映る自分だけでなく、他のもののほとんどが輪郭すら捉えられない。

 

つまり、この左目はもうほとんどなんの像も映していないということだ。

 

「緑内障になった年寄りのじいさんじゃあるめーし……勘弁してくれよ……」

 

遊のつぶやきに答えるものはいない。

 

 

数日後

 

「さて、遠征部隊が帰ってきたし、今夜は忙しくなるぞ」

 

迅は玉狛支部の屋上で1人そうつぶやいた。

 

 

迅の暗躍が、始まった。

 

ーーー

 

警戒区域内の市街地。そこを凄まじいスピードで駆け抜ける集団がいた。

 

遠征部隊。ボーダーの中でも随一の戦闘力を誇り、外の世界に行くことを許されたチーム達だ。加えて、A級部隊の三輪隊もいる。

 

「おいおい三輪、そんな早く走んなよ。疲れちゃうぜ」

 

任務中でありながらも軽口を叩くのは、ボーダー隊員の中で最強と謳われる太刀川慶。今回、この玉狛支部にいる黒トリガーを奪取する任務の指揮を任されている。

 

「っ……」

 

軽口を叩かれた対象である三輪は、太刀川への苦手意識を再確認したのだった。

 

だが、ここである違和感が生じる。

 

 

人影だ。

 

 

「止まれ!」

 

太刀川の声により全員が立ち止まる。そしてその人影の正体は

 

「やあ太刀川さん、久しぶり。みんなお揃いでどちらまで?」

 

迅悠一だった。

 

「迅……!」

「なるほどそうくるか」

「うお、迅さんじゃん。なんで?」

「よう当真。冬島さんはどうした?」

「うちの隊長は船酔いでダウンしてるよ」

「余計なことをしゃべるな当真」

 

風間の一喝で当真は肩をすくめつつ口を閉じる。

 

「こんな所で待ち構えてたってことは、俺たちの目的もわかってるわけだな?」

「そりゃあね。うちの隊員達にちょっかい出しに来たんだろ?今あいつら結構いい感じだからジャマしないでほしいんだかけど」

 

尤も、そのうちの1人はこの暗躍に助力するように言ってきたし、そもそもこの後にあるであろう事態にも強力な切り札を用意してくれたのだが。

 

「そりゃ無理だ、と言ったら?」

「その場合は仕方ない。実力派エリートとして、かわいい後輩を守らなきゃな」

 

1人は全く可愛げはないけど、と思ったことは内緒だ。

 

「………」

「なんだいつになくやる気だな迅」

「まぁね」

「おいおいどーなってんの?迅さんと闘う流れになってない?」

 

迅はともかく、指揮を任されている太刀川が今にも抜刀しそうな勢いである。

 

「……『ボーダー隊員同士の模擬戦を除く戦闘行為を固く禁ずる』。隊務規定違反で厳重処罰される覚悟はあるのだろうな、迅」

 

ボーダーでは隊員同士の模擬戦以外の戦闘行為は禁じられており、それを破ると処罰の対象となるのだ。

 

「それをいうならうちの隊員だってボーダー隊員だ。あんたらがやろうとしてることもルール違反だろ、風間さん」

「……!」

「『ボーダー隊員』だと?ふざけるな!近界民を匿っているだけだろうが!」

「近界民を入隊させちゃいけないなんてルールはない。正式な入隊手続きをして入隊した正真正銘のボーダー隊員だ。誰にも文句は言わせない」

 

迅の言葉からは後輩を護るという断固たる決意が見られた。その言葉に風間も三輪も押し黙る。

 

だが、1人だけ物怖じしない者がいた。

 

「いや違うな迅」

 

もちろんそれは太刀川慶だ。

 

「正式入隊日を迎えるまで、本部は正式にボーダー隊員だと認めてはいない。1月8日まではただの野良近界民だ。仕留めるのになんの問題もないな」

 

迅にとって相手を帰らせる切り札とも言える一手を、太刀川はいとも簡単に切り返した。三輪が彼らに対して苦手意識を持つのは、どちらもやり口が似ているからだろう。

 

「へぇ……」

 

だが迅もある程度は予想していたらしく、そこまで動じなかった。

 

「邪魔をするな、迅。お前と争っても仕方ない。本部と支部のパワーバランスが崩れることを別としても、黒トリガーを持った近界民が2人も野放しにされている現状を見過ごすわけにはいかない。城戸司令はどんな手を使っても黒トリガーを本部の下に置くだろう。玉狛が抵抗しようが早いか遅いかの違いでしかない。おとなしく渡した方が互いのためだ。……それとも、黒トリガーの力で本部と戦争でもする気か?」

「そっちにも事情があるんだろうけど、こっちにも事情があるんだ。あんたらにとってはただの黒トリガーでも、持ち主本人にしてみれば命より大事なもんなんだ。戦争する気はないけど、おとなしく渡すわけにはいかないな」

 

まさに一触即発な雰囲気である。どちらも引く気はない。そう言っていることを雰囲気から読み取れた。

 

(………近界民か。かたっぽは遊のことなんだろうな)

 

米屋は最近できた友人の顔を思い出し表情を曇らせた。横にいる出水はまだそのことを知らない。

 

「あくまで抵抗を選ぶか……。お前も知ってると思うが、遠征部隊は黒トリガーに対抗できると判断された部隊がなるものだ。お前だけで俺たち全員を相手にできると思うか?」

「そこまで自惚れてないよ。遠征部隊の実力は知ってるし、加えて三輪隊もいる。俺が黒トリガー使ってもいいとこ五分だろ」

 

そこで迅は一度言葉を切り、不敵な笑みを浮かべてこう続けた。

 

 

「俺1人なら、だけどな」

 

 

その言葉を聞くと同時に風間は近づいてくる気配を感じた。

そして近くの民家の屋根に降り立ったのは

 

「嵐山隊、現着した!忍田本部長の命により、玉狛に加勢する!」

「嵐山隊⁈」

「忍田本部長と手を組んだか」

 

玉狛だけならともかく、忍田本部長の派閥と手を組んだ以上、彼らのパワーバランスはひっくり返る。迅が黒トリガー、そしてA級の嵐山隊ともなると、人数では勝ってるとはいえ、戦力的には負けている。

 

「ナイスタイミング嵐山。待ってたぜ」

「三雲くんには恩があるからな。彼らのためとなると協力しないわけにはいかないな」

「木虎もメガネくんのために?」

「任務ですから」

 

相変わらず可愛げがない後輩である。

 

「嵐山たちがいればはっきり言ってこっちが勝つよ。俺のサイドエフェクトがそう言っている。こちらとしては退いてくれると嬉しいんだけど?」

「………ここまでやる気のお前は久しぶりに見たな」

 

太刀川は迅の言葉に口角を上げて、腰に携えている孤月に手をかける。

 

「お前の予知を、覆したくなった」

「……やれやれ、そういうだろうと思ったよ」

 

迅も臨戦態勢に入る。

 

黒トリガーをめぐる戦いが、遊真達の知らないところで勃発し、そして静かに終焉を迎えていた。

 

遊真達は、そのことを知らない。

 

 

 

ただ1人を除いて。

 

 

ボーダー本部司令室

 

「どういうことだ!」

 

怒りをあらわにした怒声が普段は静かな司令室に響いた。

 

「遠征部隊の敗走!迅の妨害!そしてなにより、忍田本部長!なぜ近界民を守ろうとするのだ!」

 

鬼怒田の苛立たしげな声と視線を向けられた忍田は、依然として姿勢を崩さずまっすぐ鬼怒田を見据えていた。

 

「ボーダーを裏切るつもりか⁈」

「『裏切る』?」

 

招集されてから一度も声を発することのなかった忍田が、ここで初めて口を開いた。

 

「論議を差し置いて強奪を強行したのはどちらだ。もう一度言うが、私は黒トリガーの強奪には反対だ。ましてや相手は有吾さんと祐介さんの子……。仮に彼らの子でなかったとしても、あなた方のやり方はあまりに非人道的すぎる。これ以上刺客を差し向けるなら、次は嵐山隊ではなく、この私が相手になるぞ。城戸派一党」

 

静かに、だが力強く忍田は城戸派一党を威圧した。

忍田は、先の作戦の指揮を任された太刀川慶に剣を教えた師匠。

 

ボーダー本部において、ノーマルトリガー最強の男なのだ。

 

(やはり強硬策より懐柔策をとるべきか……)

 

タバコを咥えた男、営業部長の唐沢はそう考えた。

だが城戸は全く違う答えを出した。

 

「ならば仕方ない。次の刺客は天羽を使う」

 

その瞬間、司令室に緊張が走った。

天羽月彦。ボーダーにおいて迅悠一と並ぶもう1人の黒トリガー使い。素行にいろいろと問題があるが、単純な戦闘力は迅悠一をも凌ぐほどの存在だ。

だが、これはボーダーとしてもできるだけ取りたくない手段のはずだ。

 

なぜなら天羽の戦う姿はかなり人間離れしている。市民に目撃された時の対処にこまるのだ。

 

「しかし城戸司令、天羽くんを使うのは……」

 

根付もその部分を懸念し、城戸に意見を述べる。

 

「遠征部隊を1人で倒す迅の風刃、それに忍田くんが加わるとなればこちらも手段を選んではおれまい」

 

しかし、城戸はもう完全に黒トリガーを強奪することしか頭にないようだ。

 

「城戸さん……街を破壊するつもりか……!」

 

互いに睨み合い、緊張感が最高潮にまで達したところで

 

「失礼しまーす」

 

少し気の抜けた声が入ってきた。

 

先ほど遠征部隊を1人で蹴散らした迅悠一だった。

 

「どうもみなさん、会議中にすいませんね」

「迅⁈」

「迅⁈きっさまぁーよくものうのうと顔を出せたものだなぁ!」

「まぁまぁ落ち着いて鬼怒田さん、血圧上がっちゃうよ」

 

血圧が上がりそうな鬼怒田を宥めるが、城戸は表情を崩さずまっすぐと迅を見据えていた。

 

「どうした迅、戦線布告でもしに来たか?」

「いやいや、交渉しに来たんだよ城戸さん」

「交渉だとぉ⁈」

「遠征部隊を退けて戦力的にも優位にたった今が交渉のタイミングとしてはうってつけでしょうからね」

 

唐沢の言葉に鬼怒田は黙ることしかできなかった。

迅はなお話し続ける。

 

「こっちの要求は1つ。神谷遊と空閑遊真の2名のボーダー入隊を許可してもらうこと」

「………そんな要求、私が飲むと思うか?」

 

城戸の言うことは尤もだ。いくら遠征部隊を退けたとはいえ、タダで相手の要求を受け入れる必要はないのだから。

 

「もちろん、タダでとは言わない」

 

そう言うと迅は腰につけられた黒い棒状のものを机に置く。

 

「代わりにこっちは風刃を出す」

「な⁈」

「正気か迅!」

「………!」

(そうきたか)

 

迅にとっては師匠の形見とも言える風刃を手放す。迅はそう言ったのだ。一時期はあそこまで執着していた風刃を手放す。これは城戸にとっても予想外の一手だった。

だが

 

「そんな交渉などせずとも、私はお前から隊務規定違反でトリガーを没収することもできるぞ」

「その場合、太刀川さん達のトリガーも没収なんだよね?それはそれで好都合。平和に正式入隊日を迎えられるならどっちでもいい」

 

迅は城戸の返答も予想していたようだ。こういう時、彼のサイドエフェクトが実にうとましいと城戸は思った。

 

「………仮に風刃がこちらのものになったとしても、そちらには黒トリガーが2つもあるのだ。到底これだけでは要求を受け入れることなどできない」

「そういうと思ってたよ」

「なに?」

「ここからは俺じゃなくて、もう1人の交渉人に代わるよ。ちょっと失礼」

 

そういうと迅はスマホを取り出し誰かに電話をかけ始めた。

 

「なにをしている、迅」

「ちょっと待ってくださいね。……ああ、俺だよ。こっからお願いしていい?………サンキュー、頼むわ」

 

それだけ言うと迅は台座を取り出しスマホをそこに乗せる。

画面には『sound only』の文字、そしてその上には

 

『神谷遊』

 

そう書かれていた。

 

『ボーダー上層部の皆様、こんばんは』

 

会話に出たのは

 

『神谷遊です』

 

先ほど彼らが争奪していた黒トリガーの所有者の片割れだった。

 

「なっ!」

「近界民の片割れか!」

「………!」

 

まさか本人がここで登場するとは誰も思ってなかったようで彼らに動揺が走る。

 

『俺と、遊真の入隊を許可してもらうためにこちらも交渉したいとのことです』

「………」

「まぁ城戸さん、話聞いてやってよ」

「城戸司令、ここは聞いてみるのもいいでしょう」

「唐沢くん⁈」

「どうせなら利用できないかと考えてしまうものでしてね、根が欲張りなものでして」

『話のわかる方もいらっしゃるようですね。で、どうします?』

「………いいだろう、まずは話を聞こう」

『ありがとうございます。では早速。迅さん、アレを』

 

迅は懐から黒いハコを取り出す。

 

「……これはなにかね?」

『この中に技術開発系の方はいらっしゃいますか?』

「む?それなら私だが」

『いらっしゃるようですね。お名前をお伺いしてもよろしいですか?』

「鬼怒田本吉だ。それより質問に答えろ近界民。これはなんだ」

『収納用のトリガーです。これには色んなものを入れて運ぶことが可能なのですよ』

「ほう………」

「それで、これがなんなのかね?」

『迅さん、開いてもらえますかね?』

「はいよ」

 

そういうと迅はハコを開き、それをひっくり返した。

そしてそこからでてきたのは

 

「なっ!」

「これは……」

 

大量のトリガーだった。

 

「これは、一体」

『俺はいろんな国を回りながら傭われ傭兵やってたんですよ。んで、行った国の傭兵としての報酬にトリガーを出すとこもあるんです。そういうふうにして集めたトリガー、しめて36本。これをそちらに譲ります』

 

トリガーというのはなにも戦闘用のものだけではない。収納用のトリガーが存在するように生活を送る上で助けになるものも存在するのだ。

 

『戦闘用のトリガーはあまりありませんが、トリガーという技術がこちらに来てからまだ日は浅い。ならこういうトリガーもそちらとしてはあって損はないはずです。鬼怒田さん、技術開発部門としても、これほどの数のトリガーはあって損は無いはずでは?』

「ぬぅ……」

『こちらの世界ではどうかは知りませんが、だいたいどこの国も一度の遠征で手に入れられるトリガーの数は多くても5つ、普通は3つ程度でしょう。3つだと仮定すると、この36本のトリガーには遠征12回分の価値があるということになりますが、どうでしょうか』

 

鬼怒田は内心非常に葛藤していた。

近界民をボーダーに入隊させるのは嫌だ。だが開発者としてこれほどまで価値のある機会を見逃す、それは札束をドブに捨てることよりも愚かであるということがわかっていたからだ。

こちらの世界でも遠征で手に入れられるトリガーの数はせいぜい3つ。それを考えると確かにこの36本のトリガーには遠征12回分の価値があるのだ。

 

『どうですかね?』

「ぬぅ……」

『城戸司令はどうですか?これで足りますか?』

「………これをこちらに提供したとしても、君が玉狛にいるならばパワーバランスがつりあうとこにはならない。君か、君の弟分のトリガーをこちらによこすというなら話は別だがな」

『パワーバランス、ねぇ……』

「なにかね?」

『いや、どの世界も同じで人間ってのは俺も含めて愚かなもんだなって思っただけですよ。そんなゴミみたいなことを気にするなんてねぇ』

「…………君は父親によく似ているな」

『でしょうね。一部人格が破綻してることは自覚してますよ』

 

ピリついた空気が指令室に漂う。

 

『さて、話を戻します。つまり城戸司令はパワーバランスが崩れることを懸念してらっしゃるのですよね?』

「そうだが?」

『じゃあ俺が本部所属になれば問題ありませんよね?』

「なっ⁈」

「なにを言っているのだ!」

「おい遊、本気か?」

 

このことにはさすがの迅も声を上げた。さすがに本部所属になるとは思ってなかったのだろう。それに本部には近界民に恨みを持つ者も多い。彼が無事に過ごせるとはとても思えない。

 

『なにか変なことを言いましたかね、俺。パワーバランスが崩れる。なら俺が本部所属になれば問題ないじゃないですか』

「………」

『ボーダーの規定を確認させてもらいましたが、近界民は入隊してはいけないなんて項目はありませんでした。まぁ俺を近界民とするなら、の話ですけどね』

「………どういうことかね?」

『あなた方が俺らを近界民だと言うのは自由ですが、俺らは住民票も戸籍も出生記録もこちらに存在しています。その他もろもろの個人情報もこちらに存在しています。ここまできたら俺らを近界民と定義するのは難しいのではないですかね?』

「ゲートの向こうからやってきた、これだけで充分だと思うが?」

『本当にゲートの向こうからやってきたという証拠はあるのですか?』

「なに?」

『俺らがゲートの向こうからやってきたという証拠はあるのですか?確かに俺と遊真はこちらで学校等に通ったという記録はありません。ですが海外で過ごした、ということに戸籍ではなっています。そしてボーダーの監視カメラ記録をハッキングして見させていただきますましたが、俺らがゲートから出てきたという記録はありませんでした。ここまできたら、もう俺らを近界民と定義するのは難しいのでは?』

「そんな必要はない。君が黒トリガーを持っているだけで…」

『そちらにも黒トリガーがいるのですから、あなた方の知らない所で黒トリガーになった人がいる、とは考えられませんか?』

「そんなことは……」

『無い、とは言い切れませんよね?少なくとも、そちらにも黒トリガーがいるんだから』

「…………」

『まーだごねるんですか?わかりました、こちらも少し譲歩しましょう』

「なに?」

『俺を本部所属にして、黒トリガーもあなた方にお渡ししましょう』

「……は?」

 

まさか黒トリガーをこちらに渡すと言うとは思ってなかった城戸は普段なら絶対に言わないような素っ頓狂な声をあげた。

 

『黒トリガーをそちらに譲ります、と言ってるのですが?といっても条件付きですけどね』

「条件、だと?」

『ええ。そちらの隊員全員に適合検査を行って下さい。それで1人でも適合する人がいれば、黒トリガーはそのまま譲ります。でも、1人もいなかったら俺に返却して下さい。誰も使えないなら俺が使った方がいいでしょう?』

「そんな条件でいいのかね?こちらにはそれなりに多数の隊員がいる。適合する者なら1人位ならほぼ確実にいるだろう」

『どうでしょうね、なにせ俺が今まで旅してきたなかで俺以外起動できた人間がいないものでしてね』

「!」

 

黒トリガーはそのトリガーの元となった人間と起動する人間の相性が必要となる。そのため相性が悪いと起動できないのだ。

 

『俺の親父と本当に相性いい人なんて、身内以外いませんよ。旧知の間柄の城戸司令ならばわかるんじゃないんですか?』

「………」

『どうですか?』

 

城戸は悩んでいた。

 

この取引はどう考えてもこちらが得するようにしかならない。迅の持つ風刃、加えて能力は未知数であるがもう1つ黒トリガーがこちらの手に渡るのだ。

 

だか、それと引き換えに憎むべき相手である金界民を2人も入隊させることになるのだ。しかも片方は『あの』神谷祐介の息子だ。父親そっくりの憎たらしく人を小馬鹿にして内心では誰も信用していないあの男そっくりな性格の息子だ。

 

こちらとしても簡単には受け入れがたい。もちろん、合理性のみを重視すればどちらをとるかは火を見るよりも明らかだ。

 

加えて迅もいるのだ。胡散臭さは倍増する。

 

「城戸さん」

 

不意に迅が声をあげる。

 

「…なにかね」

「ついでに言わせてもらうんだが、こいつらは城戸さんの本当の目的にも、いつか必ず役に立つ」

「!」

「俺のサイドエフェクトがそう言っている」

 

この言葉で、城戸の腹は決まった。

 

「……いいだろう。以上の条件で、空閑遊真、神谷遊両名のボーダー入隊を認める」

 

こうして遊と遊真の入隊が決定したのだった。

 

『ありがとうございます』

 

城戸は、画面の向こうで昔同期だった男の息子がほくそ笑む様を想像して内心顔を顰めるのだった。

 

 

「ふぅ……」

 

電話を切ると遊は深くため息をついた。正直、この交渉は賭けだった。そもそも城戸司令が近界民である自分を本部所属にするところから断られる可能性もあったのだから。もし断られたら交渉そのものが無くなってしまう。それ以外にも細かい心配事もあり、内心冷や汗をかきながら電話していた。

 

「戻るか……」

 

玉狛支部のすぐ近くの河川敷で1人そう呟いた。

 

 

 

 

 




今回、会話ばっかでしたね。


オリ主最強とか言ってますが、遊より強い人は数名います。ウィザさんとか。

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