支部長室を出ると、遊真、修、千佳の3人が集まっていた。
「お、ユウ」
「よう遊真、どーしたんだみんな勢ぞろいで」
「あ、それが」
「おれたち、チームを組むことになった」
やはりか、と遊は思った。迅が先ほど修にいろいろ言ってるのを見かけて、なおかつ遊真の過去の話を聞いているのを見かけていたから遊には容易に想像がついた。
「へぇ、チームか。いいな」
「それで、A級になって遠征部隊を目指すの!」
「ほー…」
千佳がここまで興奮して言うところを見れたのはなかなかレアかもしれない。
「ユウもやんない?」
そらきた。
遊はそう思った。遊真の性格的にこうくるのは当たり前だといえる。
使えるものはなんでも使う。それが遊真だ。
そして、遊の答えも決まっていた。
「断る」
「む」
「えっ」
「え」
遊真はある程度予想していたのか、あまり動揺しないが、他の2人は素っ頓狂な声を上げる。
「悪いが、俺は俺でやることがある。手伝ってやりたいのはやまやまなんだが、俺は自分の目的を優先させるわ」
「……先輩の、目的って?」
「秘密。でもこっちの世界をどうこうしようって話じゃねぇよ」
「………」
「じゃ、支部長室いけよ。手続きすんだろ?俺はもう寝るわ。じゃな」
訝しげな修の視線と、不思議そうな千佳の視線、そして無表情の遊真の視線を背中に受けながら遊はその場を立ち去った。
今日寝るために与えられた部屋に入り、扉を閉めて鍵をかける。
「っはぁ………」
その瞬間、遊は壁に寄りかかりながら座り込んだ。胸を押さえながら呼吸を荒くし、額からは脂汗が滲んでいる。
「………結構、やべーかもな」
もう、あまり時間は残されていないのかもしれない。そんな考えが遊の頭をよぎった。
「きっつ……」
遊のつぶやきが1人暗い部屋に響いた。
*
次の日、宇佐美がチームやポジションについて遊真達に説明をした。まずは訓練生から正隊員になり、ランク戦を勝ち上がりA級になるという感じのようだ。
そしてポジションは、攻撃手、銃手、狙撃手にわかれていて、それぞれに特徴があるといったところだ。修がなんなのかは知らないし、遊真もまだ全く決めてないようだが、とりあえず千佳が狙撃手になるということが決定した。そして遊はそんなやりとりをしてるのを後ろで壁に寄りかかりぼんやりながめていた。
説明がひと段落したと思ったら、廊下からなにやら荒い足音が聞こえる。
「あたしのどら焼きがない!誰が食べたの⁈」
入って来たのはセーラー服姿の女の子だった。見たところ宇佐美と同い年くらいだろう。そしてその女の子はまだ半分寝てる陽太郎を逆さ吊りにしてどら焼きについてギャーギャー言っている。
「なんだなんだ、騒がしいな小南」
「いつも通りじゃないすか?」
そして次に入って来たのは筋肉質の男性と髪がもさもさした男子だった。
(これが玉狛の人たちか?)
そう考えてるうちに、迅が小南と呼ばれた女の子をからかって遊び、ちゃんと名乗られるのは10分ほど先になった。
ーーー
「小南桐絵よ」
「木崎レイジだ」
「烏丸京介だ」
「空閑遊真だよ」
「み、三雲修です」
「雨取千佳です」
各々が自己紹介を終え、これからのプランについて説明される。
遊真達がA級を目指すのだが、正式入隊日までまだ時間がある。だからその期間を使って遊真達を鍛えようって話だった。
小南が少し不服そうだったが、「ボスの命令だから」と言われたらすぐに折れた。
「でも!」
そういうと遊真と遊の首根っこを掴んだ。
「こいつらはあたしがもらうわよ!」
「………」
「見たところ、あんた達が1番強いんでしょ?あたし、弱い奴はきらいなの」
(俺は関係ないんだけどなー)
「ほほう、お目が高い………と、いいたいけど、おれよりユウの方が断然強いぞ」
「え⁈そうなの⁈ていうかあんた誰よ」
「……神谷遊。俺も玉狛所属になったけど、遊真のチームには入らんから俺にトレーニングはいらんよ」
「え、じゃああんたなんなのよ」
「さぁ、なんだろうな」
「なんでもいいわ。そんなに強いならあたしにその実力を見せてみなさい」
「小南、ちゃんと遊真くんのトレーニングもしてよ」
「わかってるわよ!じゃ、いくわよ!」
「俺は関係ねー」
遊は早々に諦めたのだった。
ちなみに修の師匠は烏丸で、千佳の師匠は木崎だった。千佳と木崎が並ぶと親子に見えるとか思ったりしたりしなかったり。
*
連れてこられたのは地下だった。そこには扉が数個あり、なおかつデスクトップのパソコンとベンチがいくつかあった。
「ここは?」
「ここはトレーニングルーム。トリガーで空間を作ってそこで戦えるの」
「へぇ」
「早速やるわよ!えーっと、でっかい方、名前なんだっけ」
「神谷遊」
「そう、遊ね。やるわよ」
「トレーニングやんなきゃいけない方からにしろよ。遊真だって強いぞ」
「あんたの方が強いんでしょ?ならあんたからやるわよ」
「遊真からじゃないとやらない」
「…………わかったわよ」
「素直でよろしい」
「じゃあいくわよ!」
「はいよ」
そうして遊真と小南はトレーニングルームに入っていった。
遊はふと思ったことを傍らにいる宇佐美に聞いた。
「なぁ、普通に入っていったけど思いっきりやっちまっていいのか?トリオンのこととかいろいろあんだろ」
「大丈夫だよ。今遊真くんと修くんがいる部屋は仮想戦闘モードにしてあるからね」
「仮想戦闘モード?」
「仮想戦闘モードっていうのは、コンピュータとトリガーをリンクさせてトリオンの働きを擬似的に再現するモードなの」
「つまり、実際にトリオンを消費してるわけじゃないから連続してやれるってことか」
「おお〜さすが遊くん、話が早い」
「こっちは便利なのがあるな」
こちらの技術に感心していると、遊真と小南の模擬戦が始まる。遊真はなにやら少し小ぶりの剣を使っている。
「遊真が使ってるあのトリガーはなんだ?」
「あれはスコーピオンっていってね、スピード型の攻撃手がよく使うトリガーなの。いつでもブレードを出し入れできて重さもほとんど無い。手以外のとこからもブレードを出せたりするし、トリオンの調整で形や長さも変えられるの。ただ耐久性が無いから防御にはあんまり使えないかな」
「攻撃専用のトリガーってとこか……。なぁ、他にブレードのトリガーって無いのか?」
「あるよ。孤月とレイガスト。孤月は自由に出し入れできないし、重さもあって形も変えられないけど攻撃力も高いし、耐久性もあるからバランス型のトリガー。それで、レイガストはスコーピオンみたいにブレードを変形できて、耐久性を高める代わりに攻撃力が下がる盾モードがあるの。重さはこれが一番あるかな」
「成る程な……」
攻撃手はこれらのトリガーを使って戦うようだ。遊真は恐らくスコーピオンが一番あってるだろう。
(俺は……)
「俺は、孤月かな」
「お、そうなの?」
「ああ、スコーピオンでもよかったけど防御にはあんまり使えないってのが大きい。俺、あんまシールド使わないでブレードで防ぐタイプだから」
「ほほう」
「あ、それで宇佐美」
「ん?」
「孤月使ってて、強い人が戦ってるムービーって見れる?」
「うん見れるよ。ちょっと待ってね………はい」
そう言って宇佐美は遊にタブレットを渡す。
「その人が本部で一番強い孤月使い。ついでに攻撃手でも一番強いよ」
「へぇ、そりゃ楽しみだ」
「でもなんで?そういうのは大体自分のスタイルを確立させてからやるものだよ?」
「ん?ああ。まぁそうなんだけど、俺はこれでいいんだ。スタイルとか関係ねーし」
「?」
「すぐにわかるよ」
宇佐美はただ首をかしげるしかできなかった。
コンピュータに目を戻すと遊真が5本目を取られたとこだった。
*
しばらくすると10本終わった。その少し前に烏丸と修が出てきたが、どうやら全くダメだったらしい。
「……そんな、あたしが……」
でてきた小南は、なんだかこの世の終わりとでもいうような顔をしていた。
すると、なんか爆発にでもあったかのような髪をした遊真がでてくる。
「……勝った」
「え⁈」
「小南先輩負けたんすか⁈」
「ま、負けてないわよ!」
「最後に一本とっただけだよ。トータル9-1」
「そ、そうよ!あたしの方がまだ全然上なんだからね!」
「今の所はね」
ギャーギャー騒ぎながらも、どうやらお互い認め合ったようだ。お互い名前呼びと先輩呼びになっている。
「じゃあ遊!やるわよ!」
「デスヨネー」
「当たり前でしょ!遊真より強いならその実力見せてみなさい!」
「わーったよ…宇佐美、孤月の入ってるやつくれ」
「ほいほい」
宇佐美からトリガーを受け取る。
「へーあんたは孤月なのね」
「まーな」
「あ、さっき説明したオプションも入ってるから」
「お、サンキュー」
「ふん!オプションなんてまだ使えないでしょ。そんなすぐに使えるようになるもんじゃないわよ」
「いいから、さっさとやろうぜ」
トレーニングルームに入ると、そこは殺風景な空間だった。ただの立方体の部屋で、他にはなにもない。
「じゃ、早速やるわよ」
「へいへい」
『トリガー起動』
トリガーを起動すると、遊は黒の無地のシンプルな戦闘服に。小南はショートヘアになり、戦闘服は黄緑だった。
「がっかりさせるんじゃないわよ」
「善処しよう」
「いくわよ!」
小南は腰のホルスターから短剣を抜き、ふるってくる。
(さすがに鋭いな。まだ全力じゃないみたいだけど、全力になったらもっと鋭くなるだろうな)
そんなことを考えながら遊は小南の剣をかわしたり流したりしている。
「はっ!」
「よっと」
しばらくこの攻防が続く。どちらも全力ではないが、現時点では互角だった。
「さすがにちょっとはできるみたいね」
「そーか」
「でも…………甘い!」
そういうと小南は遊の孤月を弾き飛ばした。
「あ」
「終わりよ!」
「まだだね」
「⁈」
不意に腹部に衝撃を感じた。
(鞘⁈)
「鞘だって武器になるんだぜ?」
「………やるわね。でも、これならどう?」
『接続器、オン』
小南の短剣が繋がり、巨大な斧へと変形した。
『双月』小南専用の攻撃手トリガーだ。コンセプトは火力重視で、1発の威力は凄まじい。しかし、トリオン効率を度外視しているため、長期戦には向かない。
本来ならこんな早くには使わないが、ここはトリオン無限の仮想戦闘モードであるためどれだけ使っても問題ない。遊真も圧倒的火力差に一気に押されて9本とられてしまったのだ。
「はぁ!」
小南の鋭い一撃が繰り出される。
これを遊は流そうとしたが
「な⁈」
予想外の速度に真正面から受けざるを得なくなってしまった。
(あれだけデカイもんぶん回してるからもうちょい速度遅いと思ったんだけどな……しかも孤月少し欠けたし。どんな火力だ)
「まだまだいくわよ!」
「っと」
とても女子校生には思えないような姿だな、とかお気楽なことを遊は考えていた。
そしてそのまま一本とられてしまった。
「筋はいいわね。でもまだまだあたしの方が上よ」
「だな、次いこうぜ」
「いいわ。真っ二つにしてあげる」
振り下ろされた斧を最小限の動きでかわし、斬りこむ。しかし読んでいたのか小南は難なくそれをかわした。小南は斧を持ち替え斬り込みをかわした際にできたスキをついて斧を薙ぎ払う。
しかし
「よっ」
「なっ!」
それをまるで当然かのように流された。いや、流されただけなら大した問題ではない。その流した動きが問題なのだ。
その動きは、数少ない女性攻撃手で捌きや返し技の腕はかなりのものである那須隊攻撃手熊谷友子の動きと全く同じだったからだ。いや、同じでもない。その動きを我流に変え、極限まで無駄のない動きにまで昇華させている。
どんな攻撃手にも、自分なりの動きと考えがある。それは他のポジションでも同じだろう。つまり人それぞれ型があり、同じものは基本ない。最低限マネをしても、ここまで同じような動きはないに等しい。それをこの男はやってのけたのだ。
しかし偶然かも、という考えも僅かによぎったが、ここまで高い再現度の動きは偶然ではないだろう。
(………もう一回試すしかないようね)
そう考えた小南は今まで以上に気を引き締めて攻めにいった。接続器を解除、起動を交互に繰り返しながら変幻自在に攻めていく。しかしそれらを繰り出せば繰り出すほど、遊の動きは研ぎ澄まされていく。そしてその動きのベースとなっているのは間違いなく熊谷友子のものだ。だがその動きのキレは数段遊の方が上だ。
「くっ!」
「そこ」
「なっ!」
焦りと驚きによって生じたスキを遊は見逃さなかった。
孤月のオプションである旋空を使い、リーチを伸ばした孤月のブレードで小南の左腕を斬り飛ばした。
そしてその動きと鋭さは、No. 1攻撃手太刀川慶のものと酷似していた。
(こいつ、何者⁈)
そう驚きながらも遊の猛攻は続く。
太刀川の動きと似ている攻撃をしながらも、防御面では熊谷の動き。さらには今では狙撃手となっている荒船哲二の動きまでしてみせた。そして片腕を無くした小南はその猛攻にやられるのは時間の問題だった。
「くっ」
「そこだ。『旋空』」
伸びたブレードによって小南のトリオン体が真っ二つになる。
「真っ二つになったのは、小南の方だな」
『遊くん一本』
まるで理解できていない顔だった。とても信じられないような顔を小南はしていた。
「あんた、何者?」
「これが俺のサイドエフェクト、『行動模倣』だ」
「行動模倣?」
「そ、一度見た相手の動きを再現して、真似することができる。そしてその動きを我流に変えることだって可能だ。ま、あまりに常軌を逸した動きは再現度が低くなるけどな」
つまり、相手の動きをコピーすることができるということだ。
そこで小南は小南と同じくらい強い1人の攻撃手の言葉を思い出した。
『俺はただみんなの努力をサイドエフェクトで盗んでるだけなんだ』
その男に言ってやりたい。あなたはまだ努力している。やるべきことはやっている。本当に努力を盗んでいるのは目の前にいるこの男だと。
「まだ再現度低いな。やっぱ強い人の動きはマネし辛い。もう少し調整がいるかな。よし、次やろうぜ」
(このやろう………)
小南は思った。こいつは、強いと。
「じゃ、次行こうぜ」
と、この一本では圧勝できたものの、この後から小南は全てのトリガーを使って本気で倒しに来たためかなりボコられた。
トータル3-7で小南の勝利である。
*
「私の勝ちね!」
意気揚々と言う小南に遊はげんなりしていた。
「シールドもねーのにトリガーフルで使われたら勝てるわけねーだろーが」
「それでもあたしの勝ちよ!」
「それは認める。ボーダーのトリガーじゃまだまだ小南には勝てんな」
「もうこれ以上取れると思わないことね!」
「さぁ、どうかな」
「なによー!」
「こなみ先輩、次おれとやろうよ」
「いいわよ、ボコボコにしてやるわよ遊真」
(なんだかんだ仲良いな、この2人)
遊真と小南は再びトレーニングルームに入っていった。
「いやーすごいね遊くん。小南から初見で3本取れる人はそういないよ」
「あのまま小南が使うトリガーが双月だけだったら勝ててたかもな」
「……すごい」
修の感嘆の声に遊真は苦笑いする。
「いや、今のは冗談だ。多分勝てん」
「え」
「当然だろ。いくら地力があっても経験の差はそう簡単には埋まらない。他人の動きをマネしたところで武器そのものに慣れないといい勝負はできても勝つことはできねーよ」
「へぇ……」
「まあそのうちわかるさ」
修はよくわからないといった表情をしている。
「神谷さん、すごいですね」
そこで傍らにいた烏丸が感嘆の声をあげる。
「そうか?」
「ええ、全力じゃなかったとはいえ小南先輩から初見で3本とれるのはすごいと思います。少なくとも俺じゃできません」
「そこは経験の差だろ。武器違っても俺とお前らじゃ実戦経験の差が大きすぎる」
「それもそうですね………さて、修。お前、まだできるか?」
「やれます!」
「よし。じゃあ早速やるぞ」
「はい!」
そういって2人はトレーニングルームに入っていった。
「いやーまだまだみんな気合い充分だね」
「そーだな。んじゃ、俺は一旦抜ける」
「お?どこいくの?」
「ちょっと迅さんに用がある」
それだけいうと遊はオペレータールームから出て行った。
*
「さて、そろそろ行くかな」
迅は今、支部の外に出てある場所に向かおうとしていた。そこは警戒区域。これから遊真と遊のもつ黒トリガーを狙って遠征部隊がここに来るはずだ。それを阻止しに行くのだ。
「プランも2つ用意したし、応援要請もしたから大丈夫だな」
「そのプランってどんなやつですか?」
「そりゃあ………って、遊⁈」
「ども」
「なんでいんだよ」
「迅さんがなんか暗躍してるみたいだから、その手助けに」
なぜそれを、と言おうとしたがこれは遊真たちには知られてはいけない暗躍だ。なにしろ彼らを守るための行動なのだから。
「さぁ?なんのことだ?」
「しらばっくれるのは自由ですが、こちらとしても迅さんがそこまで体張るのを黙ってみてるわけにはいかないんですよね」
どうやら、この青年はどうやったのかはわからないが自分の行動は全てお見通しのようだ。
「で、結局なんの用だ?」
「もし本部と交渉することになったら、これ持ってってください」
そういって差し出されたのは、小さな箱。
「これは、トリガーか?」
「ええ、収納用のトリガーです。結構な量入れられる優れものですよ」
何が入ってるのかを確かめるべく迅はその箱を開いた。
「これは……」
迅はその箱に入っていたものをみて驚愕する。
「多分、交渉の役に立つでしょう」
「どこまでお見通しなんだよ」
「さぁ?なんのことですか?」
この小生意気な青年は一体何者なのだろう。もしかしたら、ボーダーにいる誰よりも、敵に回したくない存在なのかもしれない。
迅はこの青年に対して恐れにも近い感情を抱いた。