ワールドトリガー Another story   作:職業病

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一年以上ほったらかしだった……。


13話

翌日

 

本部ランク戦ブース

 

「つまんね」

 

そんな舐め腐った発言を1人、ブース内でつぶやいていた。

なにしろ遊の実力は既にA級レベル。メイン武器のみとはいえ、C級の隊員が敵うはずがない。

そして、先ほどの戦闘で勝利したため遊のポイントは4000を超えた。つまり、B級に昇格することが決まったのだ。

 

「ん?」

 

と、そこで異変に気付く。

本来なら訓練生のC級隊員ばかりがいるブースの視聴空間になぜか正隊員も数多く見受けられる。

そしてその騒動らしきものの中心には見知らぬ少年と

 

「あいつなにやってんだ?」

 

修がいた。

どうやら風間と引き分けたという噂が立ち、それにつられて人が集まってきたと考えられる。

 

「…………」

 

見た所、少年は修をボコボコにして評判を下げたいか虐めたいかのどちらかだろう。なにをしたかは知らないが、修は少年にとって不愉快な存在らしい。

 

「まぁ、修じゃ勝てねーな」

 

遊の言った通り、修は10-0で惨敗した。

 

そしてその後、通りかかった遊真にその少年は8-2でやられた。遊真が先に二本取らせたということはただの雑魚ではないらしい。本当の雑魚なら遊真は10-0で勝てるだろうから。

 

「あいつは正隊員か…」

 

遊は1人、面白そうに顔を歪めた。

 

ーーー

 

「よーし白チビ、今度こそ俺とやろうぜ」

「ふむ、いいよ」

「よっしゃ!」

「なんだ、楽しそうなことしてんな」

「お?」

 

楽しげに声を上げる米屋と遊真に1人の青年が近づくのが見える。

 

「お、ユウ」

「遊じゃん!お前も俺とやろうぜ!」

「いいけど、遊真が先だろ?俺はそこのやつとやってみてーんだよ」

 

そう言って遊が指差したのは、先ほど遊真にやられた少年、緑川だった。

 

「オレ?」

「そ、お前」

「あんた誰?」

「神谷遊。B級」

「む、ユウもうB級になったのか?」

「訓練バックれてランク戦ばっかしてたからな。でも飽きたからちょいと強いやつとやりたい」

「…へえ。遊真先輩の知り合いなんだ。でも、遊真先輩より強そうには見えないよ」

「緑川、ユウは俺より強いぞ」

「な……!」

 

緑川からみたら目の前の青年は強そうには見えなかった。

オーラもないし、体運びも素人そのものに見える。ある程度強い人はその自然な歩き方からも強さが滲み出るのだが、青年からはそのようなものは見て取れない。

 

「………へぇ、遊真先輩にそんだけ言わせるんだ」

「さぁな。で、やんの?やんねーの?」

「やるよ。B級だからって手は抜かないよ」

「そうこなくちゃ面白くねー」

 

そう言って2人はブースに入り、すぐさま戦闘を開始した。

 

「で、どうするのヤリの人。やる?」

「いんや、ちょいと見たい。あいつがどれだけ動けるかな」

 

そういう米屋の顔は喜色に染まっていた。

 

ーーー

 

「ふっ!」

「っと」

 

緑川はスコーピオンの刃を振るい、遊の首を凄まじい速度で狩にいく。しかし遊はそれを当たり前かのように避けた。緑川もこの一撃でやれるとは全く思ってなかったが、思ってた以上に動きがよくて内心期待を寄せていた。

先ほど自分を圧倒した遊真に自分よりも強いと言わしめるこの青年に今の自分がどれほど食らいつけるか、それを試す絶好の機会であるからだ。敗北は勝利以上の経験値を得られる。

A級部隊に所属するため、緑川本人も自身にA級レベルの実力があると思っている。だがその自分よりも遊真は強かった。そしてさらにそれよりも強い遊は、ボーダーでもトップレベルの実力であるはずだ。先ほどやられたため、今の緑川は遊真とやりあった時より研ぎ澄まされている。そのため簡単に勝つことはできないであろう。尤も、それは遊真が相手であればであるが。

 

「さすがに、いい動きだね!」

「そらどーも」

 

緑川は一閃一閃に全力を込めているが、遊はそれを全て見えているかのようにかわす。それどころか遊はまだ弧月を抜いてすらいない。

 

(まずは抜かせるとこからか…)

 

そう考えた緑川は自身の出せる最高のスピードで遊に迫る。

 

「ガッ!」

 

だが遊はそんな緑川の思考を読むかのように正面から蹴りを顔面に叩きつけた。

 

「動きが直線的過ぎる。フェイントもバレバレ」

「っつ〜…(そんな直線的過ぎるか?)」

 

なんにしてもまだ弧月を抜こうとすらしない時点で向こうは自分をナメてる。そこに勝機がある。緑川はそう考えた。

 

スコーピオンは孤月と違って重さがない。なら優っている速度という点で圧倒していく。

そう考え、行動に移そうとした瞬間

 

「思考が長い」

「!!!」

 

遊は目の前に迫り、弧月を一閃。咄嗟にスコーピオンで防いだが、耐久力が違い過ぎるためスコーピオンごとぶった切られた。

 

「はっや……」

「意識が俺に向いてないのがわかったからな。あの程度の速度でも、お前はすぐに対応できなかったんだよ」

「ちぇ…」

 

それだけ言い残し緑川はベイルアウトした。

 

ーーー

 

「あー!もー!ボロクソだった!」

 

10本勝負が終わり、緑川の第一声はそれだった。

 

10-0

 

遊真のように最初の二本くらいでわざと大負けさせることすらできないで一方的にやられた。

 

「まだまだだな」

「ぐぬぬ」

「でももっと鍛えりゃ強くなれんぜ」

「ほんと⁈」

「訓練次第だがな」

「ぐぬぬ」

 

からかうように笑う遊に緑川は頬を膨らませ遊に突っかかるが、全て軽くあしらわれていた。

 

「なんや、楽しそうなことしとるな」

 

そんな遊に1人の隊員が近づく。

 

「あ、イコさん」

「おっす緑川。さっきの見とったが、そこのキミ随分強いな」

「そりゃどーも。そこそこ鍛えてるんでね」

「俺は生駒達人や。お前は?」

「神谷遊。B級フリー」

「お前やろ?噂の凄腕新人コンビの片割れは」

「さあ?その凄腕新人の話も今初めて聞いたんすけど」

「そうなんか」

「で、そんな話するために来たわけじゃないんすよね?」

「もちろん。ちょいと相手してくれんか?」

 

その言葉に周囲のギャラリーがざわつく。どうやらこの生駒と名乗る青年はボーダーでも実力はかなり上だと思われる。

 

「メイン武器のトリガーしか入ってない新人とやるんすか?」

「緑川相手にあの戦績なら、俺でもええ勝負できるやろ」

「……」

 

目の前の青年は自分がまだ実力を隠していることをなんとなく察しているのだろう。人によっては先ほどの言葉は自分が格上であると言っているように聞こえるかもしれないが、実際は逆。生駒は遊が自分より格上であることを察していた。

緑川が遊を見て強さを感じることができなかったのは、遊がその強さを隠すことができるだけの実力があったからだ。そして生駒はそれをも見抜いていた。

 

「俺は剣一本しかないんだけど?さすがにオプショントリガーいれたらあんた相手だと厳しいと思うんだが」

「買ってもらってるとこ悪いが、多分オプションいれてもよくて引き分けか6-4でギリギリ勝てるくらいやろうな。そんくらいあんたは強いと思っとるわ」

「さすがに買いかぶりすぎだ」

「そおか?ならなんで緑川相手で剣抜いた時間が一分未満で済んだんや?それに気づいとるかはわからんが、あんた左利き寄りの両利きやろ?左で剣持っとる時の方が少しだけ間合いが長かったで」

「……おっとぉ。それに気づくか」

「どや?やる気になったか?」

「…わーったよ。やる。10本?」

「10本やな」

「やれやれ…」

 

やたらやる気な生駒にため息をつきつつ、相手の強さを感じ取り気を引き締めた。

 

ーーー

 

「いくで」

 

生駒は模擬戦が始まると同時に弧月を抜いた。

 

「弧月使い…」

「なんや、弧月使いとは初めてか?」

「実力があるやつ相手の模擬戦ではね」

 

そう会話しながらも生駒は剣を振るう。その剣は緑川のように素早さがありつつも重みがあるがのが受けなくともわかった。

 

(思ってたよりも早いな……)

「そら」

「っとぉ」

 

紙一重で剣を避ける。

すかさずカウンターを入れてくるがそれを受け流し鞘で顔面を殴る。殴られて仰け反りわずかにできた隙に剣を振り下ろすが、生駒はそれをかろうじて防いだ。

鍔迫り合いになり、体勢が不十分だった生駒は蹴りで遊を突き放し距離を取った。

 

「はー、ワンセットで落ちるとこやったわ」

「さすがに、簡単には獲れないか」

「ここで簡単に落ちたら威厳なくなるからな」

「そーですか!」

 

言葉とともに遊が距離を詰めて凄まじい速度で抜刀切りを放つ。生駒はそれを防ぐと剣で押し返し、そのまま弧月を振り下ろす。

遊は振り下ろされた弧月を弧月で火花を散らしながら受け流すと、受け流した向きのまま返し技でカウンターを放つ。生駒は受け流された勢いを殺しきれなかったためその勢いに逆らわず前転するようにカウンターを躱した。

 

「ごっ!」

 

前転した生駒の体勢が整わないうちに遊は後ろ向きのまま鞘で殴りつける。トリオン体にはダメージはないが、体制が整うまでのスキを長くすることができるし、精神的ダメージを少ないながら与えられる。

 

「鞘を使うかい普通!」

「普通に囚われないのが俺の型ってね」

 

立て直した生駒は迫り来る遊に正中線で全力の一閃を放つ。だが遊は身を翻して剣を避け、翻した勢いを利用して弧月を生駒の顔に投げつけた。

 

「んなアホな」

 

その弧月を避けることができず生駒の伝達脳は破壊されベイルアウトした。

 

「……確かにこの人は強かったな」

 

正中線で振り下ろしてきた剣の勢いと鋭さは瞬き1つしていたら恐らく完全に避けることはできなかっただろう。少なくとも腕は持っていかれていただろう。

 

「みーんな才能があって嫌だねぇったく」

 

こちとら10年以上剣振ってきてこのザマなのによと1人遊はボヤくのだった。

 

 

結果は、8-2で遊の勝利だったが、最後の方では相打ちに持っていかれそうになったり、腕や足を斬られたなど手傷を負わされての勝利など、ただで勝つことができなくなった。

 

「っかー!負けたわ!」

「最後の方は割とギリだったんすけど」

「それでも負けは負けや。今度飯奢ったるわ」

「それはありがたいっすね」

 

そんな気ままに話している2人だが、周囲はこの結果にざわついていた。なにせ現時点でNo.5攻撃手である生駒相手に8-2でB級になりたての高校生が勝利したのだ。No.1攻撃手の太刀川が近くにいたらすぐさま遊に練習試合を申し込んだだろう。

だがもともと戦闘狂でない遊はこれ以上やりたくなかったため、生駒に連絡先をわたすとそそくさとブースから出て行ったのだった。

 

 

「遊」

 

ブースを出てすぐに迅に声をかけられた。

 

「迅さん。どーしたんすか?」

「会議室に向かってくれるか?城戸さんが呼んでる」

「俺を?」

「正確には遊真もだけど」

「……なるほど、んじゃ先に向かってます。遊真はランク戦ブースにいましたよ」

「お、サンキュ」

 

遊は軽く会釈すると迅の横を通り過ぎ会議室へ向かった。

 

ーーー

 

「失礼します」

 

先に会議室へ向かった遊は一人会議室へと入った。中には城戸を含めた上層部全員が揃っていた。加えてA級部隊隊長も全員ではないがいるのがわかる。

 

「ご苦労……迅はどうした?」

「遊真を連れてくるために少し遅れます。すぐに来るかと」

「なるほど、了解した」

「んで、俺が呼ばれた理由は?」

「我々の調査で近々ネイバーの大きな攻撃があると予想が出た。先日の爆撃型近界民一体の攻撃で多数の犠牲者が出ている。我々としては万全の備えで被害を最小限に食い止めたい。平たく言えば君達にネイバーとしての意見を聞きたいのだ」

「………」

 

簡単に言えば、『元ネイバーだろうがボーダーに所属している以上こちらに協力してもらう。だから情報をよこせ』といったところだろう。

 

「構いませんよ。で?どんな情報が欲しいんですか?よほど細かい情報でなければこの場ですぐにお伝えできますが」

「ならばまず、次に侵攻してくると考えられる国はわかるだろうか」

「次に来るとこ?配置図見ればわかりますけど、それは遊真来てからの方がいいんじゃないすか?ねぇ林藤支部長?」

「そうだな。レプリカ先生がいた方がスムーズに事が進む」

「んじゃそれは後で。他は?」

「…ネイバーがこちらの世界を大規模に侵攻する理由はなにかわかるか?」

「主に戦力とトリオンの増強。場合によっては侵略ですかね」

「……なるほど」

「だいたいはそこらへんですけど、国の特色によって全く違う理由で侵攻してきたりもしますけどね」

「特色…?」

「まぁ、そこは遊真が来てから。前提条件を知らないようなのでそこも遊真の持つ資料があった方がいいですから」

「……なるほど、なら空閑隊員を待つとしよう」

 

そこで一度会話は途切れるが、そこで遊は気になることを言った。

 

「それと、先ほどからそこで俺に対した殺気を放ちまくってる彼をどーにかしてもらえませんかね」

 

その殺気を放ってるのはネイバーに恨みがある三輪だった。憎しみを少しも抑えようとせず遊のことを見ていた。

 

「……三輪、君がネイバーを憎む理由はわかるが彼は味方だ。仲良くしろとは言わんが、最低限の礼節は弁えたまえ」

「……はい」

 

言葉では肯定していてもその殺気は少しも弱まらない。

これはもう諦めるしかないか、と遊はスルーを決め込むことにした。

 

 

その後合流した迅、遊真、レプリカ、修により惑星国家の軌道配置図を加えての情報提供が開始された。

 

現在、こちらの世界に近づいている国は四つ。

海洋国家リーベリー

騎兵国家レオフォリオ

雪原の大国キオン

近界最大級の軍事国家アフトクラトル

 

「つまり、このうちのどれか、あるいはいくつかが大規模侵攻に絡んでくるというわけか?」

『断言はできない。未知の国が突然攻めてくる可能性もわずかだがある。また、惑星国家のように決まった軌道を持たず星ごと自由に飛び回る「乱星国家」も近界には存在する』

「乱星国家……!」

「細かい可能性を考慮したらきりがないな」

「ま、普通に考えてこの前のイルガーとラッドが大規模侵攻の下調べ用って考えていいんじゃないすかね」

「なら確率高いのはアフトクラトルかキオンかな。イルガーってコストかかるからそこそこ大きな国じゃなきゃ使って来ないし。ていうか迅さんのサイドエフェクトでそういうのわからないの?」

「おれは会ったこともないやつの未来は見えないよ。わかるのは近々どっかが攻めてくるってのだけ。そいつらが何者かはわからない」

「へぇ」

「一先ず、今はその二つのどちらかが攻めてくると仮定して話を進めよう。特に重要なのは、敵にどれほど黒トリガーがあるかだ」

『その情報ならば私よりもユウの方がいい情報を持っているだろう』

「数年前にアフトクラトルにはいたからな。キオンは五年以上前だけど」

「ほう、それで敵にいくつ黒トリガーがあるかはわかるか?」

「キオンは七本、アフトクラトルは十四本だった。俺が確認したのは、だがな」

「十四本……!」

『黒トリガーはどの国でも希少なため通常は本国の守りに使われる。遠征に複数投入されるのは考えづらい。多くても一人までだろう』

「どーかねぇ」

 

レプリカの意見に遊は突然声を上げる。

 

『どういうことだ、ユウ』

 

レプリカの意見はなにも間違っていない。黒トリガーは希少なため基本的に攻めることには使われない。多くても一人までというのはどこの国でも同じことであった。

だが遊はその言葉にいちゃもんをつける、とは少し違うが肯定をしなかった。間違ったことならば否定はするが、正しいことを否定するほど彼は捻くれてはいない。

 

「キオンならそうかもしれんが、アフトクラトルならちょいと話が変わる。そろそろあの時期(・・・・)だからな」

「どういうことかね?」

「アフトクラトルってのはちょいと他の国とは違いましてね。あの国はトリガーで国を作ってる。国そのものがトリガーなんすよ」

「国が…」

「トリガー…?」

「トリガーってのは武器じゃなくて、結局技術なんすよ。突き詰めれば国にもなりまさぁ。でもトリガーってのは結局トリオンがなきゃ動かせない。そのため国を作るトリガーを動かすためにある一定周期ごとに生贄を捧げる」

「生贄?」

「トリガーに人間放り込んで死ぬまでトリオンを出させる道具にするってことですよ」

「なに…⁈」

「もちろん放り込まれた人間の意識は放り込まれた時点で死ぬ。脳死に近いですかね。んで身体が朽ち果てるまでトリオンを出し続ける。そうやって国を形成させてるとこなんすよ」

「……外道め」

「でも、放り込む人間のトリオンが少なければ国土は狭くなり国民を匿うだけの国土がなくなる。だから放り込むためのでかいトリオン持った人間を得るために、黒トリガーも使って近隣の国全てに遠征に出る。国が死ねばみんな仲良く共倒れだ。だからやつらは血眼になってでかいトリオン持った人間を探す。代替わりの周期は短くはないが、それでも人間の寿命と同じくらいだ。俺がいた時期から考えて、その代替わりの周期はもうそろそろだったはずです」

「……代替わり、か」

「まぁ、その周期も放り込まれた人間によって多少変化します。だから俺が知ってる周期とは違うかもしれませんね。ただ、黒トリガーが複数攻めて来るという可能性もちゃんと考慮に入れておいてほしいってことです」

「……貴重な情報感謝する。人型ネイバー、並びに黒トリガー使いの参戦も考慮に入れつつ、トリオン兵団への対策を中心に防衛体制を詰めていこう。三雲くん、君は爆撃型、偵察型の両方の件を体験している。何か気づいたらいつでも言ってくれ」

「は、はい!」

「遊くん達は我々の知らない情報の補足を頼みたい」

「はい」

「了解了解」

「さぁ、ネイバーを迎え撃つぞ」

 

会議はその後も続き、会議が終わったのは日が沈む頃になった。

 

 

玉狛支部

屋上

 

「遊真」

「お、ユウ」

 

遊は屋上にいた遊真とレプリカに声をかけつつ、隣に座る。その手にはコーヒーを持っていた。

 

「飲むか?」

「コーヒーはあまり得意じゃない」

「苦いもんな」

「うむ」

 

そう軽口を叩きつつ、遊はコーヒーを一口啜る。

 

「お前、今度の大規模侵攻参加すんのか?」

「ん?するよ?」

「C級なのに?」

「いざとなったら、親父の黒トリガー使うさ」

「いいのか?あの司令のことだ。難癖つけて黒トリガー没収しようとするぞ」

「いいさ。戦いは迷ったらダメだ。オサムやチカが危ないって思ったら迷わず使うぞ」

「………そうか」

 

そう言ってまた遊はコーヒーを啜る。

 

「そういうユウは?」

「ん?」

「ユウは黒トリガー使うの?」

「使うよ。キオンならともかく、アフトが来るならノーマルトリガーだけで殺せる相手はそういない。少なくともサシじゃな」

「強化トリガー、だっけ?」

「俺らの使ってるボーダーのトリガーとは性能は段違いだ」

 

遊がアフトクラトラから出て数年経つ。アフトクラトラのトリガー技術はさらに上がっているだろう。

 

「……ユウより強い人は、いるのか?」

 

遊真にとってはそれが疑問だった。

ボーダーの太刀川や小南、迅のように遊真より単純な腕はいい人はいる。黒トリガーを使えば太刀川や小南には勝てるだろうが、同等の性能のトリガーを使えば、恐らく遊真は彼らに勝てない。勝てるときもあるだろうが、負けの確率の方が恐らく高いだろう。

だが遊は違う。彼らと同等の性能のトリガーを使っても、恐らく遊は勝てる。それほどまでに遊は強い。遊真の知る中で遊は父親を凌ぐレベルの強さを持つ存在なのだ。

そんな遊に勝てない存在がいるにはいるのだろうが、遊真としてはあまり実感が湧かない。そう思っての疑問だった。

 

遊は遊真に視線を少し向けると皮肉げに嗤いながらこう言った。

 

 

「いるよ」

 

 

 

 

翌日

 

学校が終了し、帰路につこうとしていた遊に一人の生徒が近づいてきた。

昨日の会議で殺気を向けてきた隊員だった。

 

「……ネイバーが我が物顔でうろついているな」

「なんか用か?それともネイバーは敵だーとか言ってまた襲ってくるか?」

「ネイバーは敵だ。全て殺すのが正しい」

「お好きに。でもお前じゃ俺は殺せないよ。知ってるだろ?」

「…………」

「で?やるの?やるならいいけど」

「……本部がお前の入隊を決めた以上、お前はこちら側の人間だ。勝手な戦闘は禁止されている」

「そうかい」

「ネイバーが……」

「やけにネイバー憎むね。家族でも殺されたか?」

「……」

「図星かよ。まぁ、それが理由でネイバーを憎むのは別に不思議なことじゃないけど、俺はその一件に一切関わりないからな」

「……貴様の言うことなど真に受けるか」

「そーかよ。…………おいあんた、ちょいと時間あるか?」

「は?」

「時間あるかって聞いてんだよ。どうなんだ」

「あ、ある」

「じゃあついてこい」

 

そう言って遊は一人で歩き始めた。

三輪はわけがわからない顔をしていたが、すぐに視線を鋭くしトリガーをいつでも起動できるように警戒しながら遊について行った。

 

ーーー

 

結果的に連れてこられたのは屋上だった。

 

「おいネイバー、何の用があってことに来た」

「んー?家族を殺したネイバーに復讐したいんだろ?だったら徹底的にやるべきじゃねーの?」

「それがここに来る理由となにが……」

「侵攻受けたのが四年前ってのは聞いてるんだが、詳しい日にちまでわかるか?」

「は?」

「だから日にち。わかるの?わかんないの?」

「……この日だ」

「んー、その日ね。ちょい待ち」

「おい、なにをしているんだ」

「その日、こっちに近づいていた国がどれか調べてんだよ」

「黙れ!ネイバーの手は借りない!」

「……ふーん。つまり、お前の復讐心はその程度なのね」

「なんだと?」

「ネイバーを全て殺すって言っても、無理なことくらいわかってんだろ?どんだけいると思ってんだ?ならまず家族を殺したであろうところに復讐するのがいいと思うんだが?」

「黙れ……」

「下手に敵意と殺意剥き出しにしてても、いつか限界来るぞ。仲良くしろとは言わんけど、そのやり方だといつかお前の身を滅ぼすぞ」

「黙れ、黙れ!黙れぇ!」

 

三輪の悲痛な叫びが屋上に響く。

 

「お前たちが!オレの姉さんを奪った!なんの罪もない姉さんを!お前たちが理不尽に殺したんだ!そんな理不尽をしたお前たちを!許せるか!断じて許せない!殺し尽くすまで!許してたまるか!」

「…………」

 

三輪の叫びはなおも響き、そして遊はそれを正面から受け止めていた。

 

「お前たちはなぜ姉さんを殺した!なぜこちらの世界を襲った!なぜここでなければならなかった!答えろ!なぜオレから姉さんを奪ったんだ!答えろネイバー!」

 

鬼のような形相で遊に詰め寄る三輪に対して遊は小さくため息をつくとこう言った。

 

「知るか」

 

その言葉は酷く冷たく、あれだけ激情していた三輪を一瞬で冷静にさせた。

 

「ギャーギャーうるせーんだよ。お前さ、ネイバーに復讐心持ってる割にはやってることが甘いんだよ。お前みたいな奴はやりたいようにやって、それで失敗してもできたら満足みたいなタイプじゃねーだろ。なにをしても目的を達成させたい。そういうタイプだろうが」

「……」

「それなのにせっかくの情報源からの情報を断つってなに?バカなの?それにさ、俺のことネイバーつってるけど、俺こっちにちゃんと出生記録も住民票も戸籍もあるからな?生まれが向こうってだけだ」

「…………」

「本当に復讐したいなら例え嫌いな奴からの情報であったとしても利用するべきだ。そんなことも許容できないならネイバーを全て滅ぼすみたいな戯言をほざくな半端者が」

「……っ」

「せっかく協力してやろうと思ったのにな。お前みたいな奴に力を貸そうとしてた俺がバカみてーだ。じゃあな半端者。なにもできないししない分際ででかい口叩くのはいいが、『そのまま』のお前でいるうちはなにもできやしねーよ」

 

そう言って遊は屋上から去っていった。

 

 

そして残された三輪は一人、屋上の壁を殴りつけた。

痛みは無かった。だが、心が軋むような音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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