ワールドトリガー Another story   作:職業病

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お久しぶりです


第12話

「お、今日もやってんな」

 

入隊を済ませて数日、今日も遊は玉狛支部に顔を出していた。

遊真はここ最近学校以外は支部と家を行き来していて、ランク戦に参加する為にも本部にもよく行ったりと忙しくしていた。

対して遊は基本的には本部の方に行っているので家以外では遊真と顔を合わせることがなかった。(尤も、遊は交渉の時に玉狛支部所属ではなく本部所属になったため当たり前といえば当たり前だが)

 

遊が支部に来ると、そこには修しかいなかった。普段なら誰かしら他にもいるのだが。

 

「おろ、他の人は?」

「あ、神谷先輩。レイジさんや小南先輩、烏丸先輩は防衛任務。空閑はランク戦しに本部に行ってて、千佳もスナイパーの合同訓練で本部です」

「お前はいかねーのか?」

「あ、僕は烏丸先輩に組んでもらったトレーニングメニューをこなしてたので……」

 

確かにトレーニングを行うなら本部より支部の方がいいだろう。

 

「宇佐美は……防衛任務のオペレートか」

「はい」

「なるほど、一番暇な時にきちまったってことか」

 

誰かと手合わせできないか程度には思っていたが、どうやらそれは叶わないらしい。またの機会にするとしようと遊は内心ため息をついた。

 

「……あの、神谷先輩」

「ん?」

「ちょっと、お願いがあるんですけど……」

 

珍しい、と遊真は内心目を丸くした。遊は遊が修のチームに入ることを断った時から何処と無く近寄りがたいみたいに思っているものだと思っていた。その修が遊にお願いとは意外だったのだ。

 

「珍しいな。なんだ?」

「あ、あの……僕に、剣を教えてくれませんか?」

「………は?なんで。お前射手だろ」

「そうなんですけど、レイガストを盾としてだけ使うってのは勿体無いと思って……せっかくあるんだから、剣としても使えるようになりたいし、戦闘において選択肢が増えるかなって……」

「まぁ言ってることはわかるが、それなら烏丸にメニュー組み込んでもらえばいいじゃねぇか」

「あ、実は烏丸先輩にはもう話したんです」

 

これは意外。

 

「そしたら、『どうせ習うなら剣の扱いに長けてる人に教われ。神谷先輩とか』って言われて……」

(あのヤロウ……)

「ど、どうでしょうか」

 

遊は少し悩んだ。

なぜなら遊の戦闘スタイルと修の戦闘スタイルはかなり違うからだ。修はレイガスト、つまりは大剣の類を使うが、遊は弧月、カタナだ。

加えて恐らく修が習いたい剣は『近接戦になってもまた自分の間合いに戻せるくらいの捌きや返し』が知りたいのだろうが、遊のメインは『ただ敵を殺す剣』だ。捌きや返しも得意ではあるが、正直教えられる自信はあまりない。遊はかなりの感覚派であるし、サイドエフェクトを使って身につけた動きも多数存在する。

しかも自分は修の正規の師匠ではない。下手な教え方をして修が迷走してしまったら烏丸に申し訳ない。

 

だが遊真たちのことは応援したい感情も少なからず存在していた。

 

その二つの感情がぶつかり、わずかに沈黙が流れた。

 

 

それを破ったのは、遊だった。

 

「わかった、教えてやる」

「本当ですか⁈」

「ただ、あまり期待はするな。出来うる限りのことはするがそれでお前が上達する保証はない。それに俺は人に教える経験とかあんまねーから」

「はい!お願いします!」

 

 

トレーニングルーム

 

「とりあえず、だ。まずハッキリさせておくことがある」

「はい」

「多分、お前が教えて欲しい剣は敵に接近されてもある程度斬りあえて、それでいて自分の間合いにまで戻せるまで凌げるようにする剣だと思うんだが…」

「はい、そうですね。僕は射手なんでせめてサブウェポン程度にはできたらと……」

「だよな。でも俺の剣は敵を『殺す』剣だ。お前が求める剣とはだいぶ掛け離れてる。それでもお前は俺に習うのか?」

「はい!」

「……一応聞くが、お前さっきの話聞いてたよな。俺の剣とお前の求める剣はだいぶ違うぞ」

「それでもです。烏丸先輩が神谷先輩に習えって言ったのもありますが、神谷先輩なら僕に足りないものを教えてくれるっていう予感があるんです」

(……随分と信頼されたもんだ)

 

なにがこんなに自分を信頼させるのか遊はわからなかった。

 

「……わかった。そこまで言うなら俺も全力で取り組もう。ただ、俺は厳しいぜ?」

「はい!」

「んじゃまずお前がどれくらい剣が扱えるのか見させてもらうぜ」

 

この後修はめちゃくちゃ斬られた。

 

 

「はぁ!」

「遅い」

「うわ!」

 

修が振り下ろした剣が流され、修のトリオン供給器官が破壊される。

トレーニングルームなのですぐに修復されるが、修はすぐに立ち上がることができなかった。

 

「つっ……」

「よし、一旦休憩だ」

「ま、まだやれま……」

「黙れ、もう立ち上がることもロクにできてねーんだ。これ以上このままやっても無駄だ。ほれ、悪いところの洗い出しだ。行くぞ」

 

そう言うと遊はさっさと戻って行ってしまった。

 

厳しいとは言っていたが、正直烏丸が厳しくトレーニングしている時よりもはるかに厳しいものだった。

なにしろただ剣で斬るだけでなく体術を使って関節を破壊したりもするのだ。痛みがないとはいえ、衝撃による不快感は精神にかかる負荷は相当なものにする。

 

(でも……神谷先輩のあの剣の技術を少しでもモノにできたら…)

 

先ほど遊が言ったように遊の剣と修が必要な剣は違う。だがだからと言って全くの別物というわけではない。ならその必要なとこだけでも盗めればと修は思っていた。

 

ーーー

 

その後、遊と修は二人の手合わせのムービーを見てどこが悪いかを徹底的に指摘した。

 

遊曰く、『まずどこが悪いかを映像で見て判断した方が直しやすい』とのこと。

 

「ま、今のを総括するとまだまだ剣に慣れていない。使われてる状況だってことがよくわかるな」

「そうですね、他の強い攻撃手の動きだと剣をもっと滑らかに扱っている。駆け引きのようなとこでないとこなら考えずに直感で動けているのがよくわかります」

「まぁお前はそこまでしなくてもいいかもだがな」

 

実際修の主体は射手だ。そこまで剣を極める暇があるなら先に射手を伸ばした方がはるかに健全だ。

 

「まぁこのまま俺と剣だけで鍛錬続けていきゃ多少は使えるようになんだろ」

「そう、ですか」

「誰だって訓練積み重ねてきてんだ。一朝一夕でどうにかなるもんじゃねーよ」

「わかってます」

 

そんなことを話しながら休憩していると、遊は唐突に宇佐美がよくいじっている道具箱をあさりはじめた。

 

「どうしたんですか?」

「ん〜?ちょいとトリオン兵との戦闘でも見せてやろうかなって思ってな」

「え?」

「お前、多分今ならギリギリモールモッド程度なら1人で殺せると思うんだ」

「え……まぁ、射手トリガー使えばそうですね」

「モールモッド程度相手ならブレードだけで殺せるようになってもらわねーとな。ブレードの方が消費少ないし。お、あったあった」

 

取り出したのは一つのUSBメモリ。

 

「こいつにはモールモッドのメモリが入ってる。今から俺はこいつをレイガストで殺す。お前はそれを反撃のイメージの一つに組み込め」

「えっ……」

「ナメプじゃないちゃんとした正統派の剣でやってやるから安心しろ」

 

それだけ言って遊は訓練室に入っていった。

 

 

そしてその後見せた遊の太刀筋は非常に力強く、それでいて流れる水のような滑らかさを持っているもので修はつい見入ってしまった。

 

ーーー

 

「こんな感じ」

「いや、ちょっとレベル高すぎてとてもできそうにないんですが…」

 

なにせモールモッド三体相手に擦り傷一つ付けずに完封したのだ。今の修ではとても反撃の瞬間だけでも対応できそうにない。一体何度か見せてくれたが、訓練を続けないととても反撃のイメージとして組み込むことはできそうにない。

 

「ま、参考程度にはなったんじゃね?」

 

もはや参考にすらならない。参考になるのは空閑レベルになってからでないと不可能だろうし、そもそも修はそのレベルにまで剣を極めるつもりはない。全力でないにしても真面目にやったらここまで腕がある人なのかと修は内心驚きを隠せなかった。実質、遊がやったお手本が真価を発揮するのはまだ先のこととなる。

 

しかしそれ故修は思う。ここまでしてくれるというのに遊はなぜ自分のチームに入ってくれないのだろう、と。

そもそも遊の目的とはなんなのだろうか。

 

加えて、千佳から聞いた話だと遊は持病があるらしい。

 

「あの……」

「ん?」

「先輩の持病って……どんなものなんですか?」

 

その言葉に遊は驚愕の表情を浮かべる。

 

「なんだ、遊真から聞いてねーのか」

「空閑は『先輩本人に聞け』って……」

「なるほどね」

「えっと……言いたくないなら、それでも…」

「いや、いいよ。そのうち隠しようがなくなるのも目に見えてたしな。ここまで保っただけいいだろ。目的は言わねーけど」

 

そういうと遊は自身の胸に手を添えた。

 

「なぁ修、トリオン器官をバケツ、トリオンそのものを水と例える。バケツに水を汲んで、その水がいっぱいになったとする」

「はぁ……」

「水がいっぱいになってからも水を注ぎ続けたら、どうなると思う?」

「零れるんじゃ、ないんですか?」

「そ、その通りだ。溢れた水はどうなる?その溢れた水は無害で、飲めるものか?」

「溢れた場所にもよると思いますが、多分もう飲めないです」

「そうだな。だがその水はトリオンだ。……もう、言ってることちょっとわかってきたろ?」

「………」

「俺の持病は『トリオン過剰生成症候群』ってのだ。多分知らねーだろうな。まぁ簡単に言っちまうと、トリオン器官に収まりきらないほどトリオン器官が過剰にトリオンを生成してしまうことだ」

「そ、それは、どんな症状が出てくるんですか?」

「過剰に生成されたトリオンが、簡単に言えば毒になる」

「な……」

「定期的にトリオン使っててもこれはどうしよもない。トリオンが過剰に生成されてても、トリオン体が復活しなけりゃ戦うことはできない。だからといってずっとトリオン体でいられるわけじゃない。だからどうしよもない。

発作は、時々トリオン器官あたりに激痛が走る程度だ」

 

思っていたよりずっと重い病気だったことに修は戦慄を禁じえない。

そして次の言葉に修は絶句する。

 

 

 

「この持病なんとかしねーと、俺の寿命はもう長くないらしい」

 

 

 

遊の言ってることが理解できなかった。もう寿命が長くない。つまりは空閑同様いつ死ぬかわからないような現状というわけでもなく、もう長く生きられないことが確定しているということだ。

 

「俺の左目はトリオン製でな。この持病悪化してきた頃から徐々に視力が落ちてきてて、今はほとんど見えない」

「そ、そんな状態であんな動きしてたんですか⁈」

「まーそこらへんは気配とかでどうとでもなる。それに、トリオン体の時は視力は一時的に戻るからな」

「じゃあ、目的って……」

「んーそれもあるけど、そこはぶっちゃけついでだ」

「え⁈でも……」

「いいんだよんなことは」

 

自分の命を『そんなこと』で済ませる遊に、修はなぜか無性に怒りが込み上がってくるのを感じる。なぜかはわからない。自分の命を大切にしろ、と思ったのかもしれない。

 

「いっとくけど、『命を大切にしろ』とかは言われても俺は考え変えねーからな」

「⁈」

「俺は俺なりにやることやったんだ。だからなにを言われても変わらねーよ」

「………」

「うっし、休憩終わり。ほれ、与太話はここまでた。続きやんぞ」

「……はい」

 

その後も修はめちゃくちゃ斬られた。だがその甲斐もあり、修は他者剣の腕はわずかながら上がった。

 

だが頭にはずっと遊の言葉がぐるぐるしていた。

 

 

 

 

翌日

 

駅前広場に遊は向かっていた。

 

「おーい神谷ー!こっちだ」

「ん」

 

呼ばれた方を向くと、米屋と出水がいた。

 

「あれ、遅刻した?」

「いんや、まだ時間になってねーよ」

「というか、なんで俺呼ばれたんだ?」

「は?なにって……遊びにいく以外ねーだろ」

「いや聞いてねーしなんだその固定観念は」

「細けーことは気にすんな。ほらいくぜ」

「あ、おい!」

 

米屋はさっさと歩いて行ってしまい、遊は訝しげにその後ろ姿を見ていた。

 

「俺ら、せっかく仲良くなったのにまだ遊びに行ったことねーだろ?せっかくテストも終わったんだし、どっか行こうぜってなったんだ」

「それならそう言えよな。というか、お前ら俺とそんな関わってていいのか?」

「ん?」

「さすがにもう知ってんだろ?俺、ネイバーだぞ」

「だからなんだよ。仮にそうでもお前は俺らのダチだろ?」

「………よくわかんねーやつらだな」

「はは、そうかもな。まぁ行こうぜ」

「……ああ」

 

 

その後、遊は二人にいろいろな場所に連れ出された。カラオケ、ボーリング、映画館。今まで遊が体験することのできなかった『普通の』年相応の生活を、遊はようやく体験することができた。

 

焼肉店 寿寿苑

 

「あー楽しかったー!」

「こんな遊んだのいつぶりだ?」

「………疲れた」

「おいおい、この程度でグロッキーか?らしくないぜ遊」

「俺は運動とかの体力はあるけど、遊ぶ体力はねーの!」

「名前遊ぶって字なのにか?」

「それは関係ねーだろ」

 

散々いろんなところに連れまわされ、楽しむことができたがそれ以上に凄まじい疲労感を遊の全身が襲っていた。

 

「しっかしお前ってボーリングうまいのな」

「隣でやってたうまい人の動きをマネしただけだ」

 

サイドエフェクトの恩恵だなんて、口が裂けても言えないが。

 

「そんだけであそこまでスコア出るか〜?俺結構自信あったのに余裕で抜かれたしよ」

「米屋、お前のハイスコアいくつだ」

「俺は182」

「よっし、俺の勝ち!」

「お前いくつだ弾バカ」

「189」

「くっそ!」

「どんぐりの背比べ、お疲れ〜」

「うっせ!」

「お前絶対初心者じゃねーだろ!でなきゃいきなり234とか取れるか!」

「生粋のど素人だ」

『嘘つけ!』

 

二人が突っ込みを入れたと同時に注文した肉と飲み物が運ばれてきた。

 

「お、きたきた。ほれ、アホなことしてねーで乾杯してさっさと食おうぜ」

「くっそー次は負けねーからな!」

「覚えとけよ!」

 

そう言って米屋はコーラを、出水はサイダーを、遊はジンジャエールを手に取った。

 

「今日はサンキューな、いろいろ連れまわしてくれてよ」

「いーのいーの。俺らも楽しかったからな!」

「また行こうぜ!」

「ああ。んじゃ、乾杯」

『乾杯!』

 

3人のグラスが音を立てて重なった。

 

 

「んじゃーまたなー!」

「おう」

「じゃーな」

 

焼肉をたらふく食べ、帰路につく遊と出水。米屋は家の方向が逆なためすぐに別れ、今は遊と出水だけとなった。

 

「久々だったぜ、こんな遊んだの」

「お前らは普段、ボーダーの仕事に学校があるもんな」

「まーな。つってもお前だってボーダー入ったじゃねーか」

「俺はまだ訓練生だし、仮にB級上がってもチーム組む気はねーよ」

「は?なんで」

「気楽にやりてーからな」

「変なやつ」

「ほっとけ」

 

しばしの沈黙が流れる。

 

「なぁ」

「ん?」

「遊ってさ、今までこうやって遊んだことすらなかったのか?」

「こっちの遊びを体験したのは今日が初だ」

「……そうか」

「お前らの言う通り、俺の遊って字と反して俺は今までロクに遊んで来なかったな〜。まぁ、遊ぶ余裕もなかったんだが」

「壮絶だな」

「かもな。でも、今日はよかったわ。……『諦めて』たから」

「は?」

「なんでもね。じゃーな」

「変なやつ。じゃーな!」

 

去っていく出水を見届けると、遊はポケットの中にいるレプリカを呼び出した。

 

「レプリカ」

『どうした、ユウ』

「……少し一人になれる場所このあたりにあるか」

『少し離れたところに公園の展望台がある。この時間なら人はいないだろう』

「おっけ、そこまでナビよろしく」

『心得た』

 

 

展望台

 

「へー、割といい眺めだなここ」

『ここはどうやら天体観測などに使われることもあるような場所のようだが、最近はあまり使われていないらしい』

「なるほどな」

 

わずかな沈黙が流れる。

 

「なぁレプリカ」

『どうした、ユウ』

「俺の寿命って、あとどんくらいかね」

『私は医者ではないため、明確なことはわからないが今までの症状の進行具合から考えるとあと長くても2年ほどだと考えられる』

「2年、か。いろんなことを踏まえると精々あと1年ってとこか…」

『………』

「なんでお前が黙るんだよ」

『いや、私としても旧知の間柄であるユウが長くないことを再確認すると、そのことについて触れたくない、と考える私がいるのだ』

「へぇ、自律トリオン兵となると感情まで芽生えるのか」

『私にはこれが感情というものかはわからない』

「多分、感情だろ。本当のとこはわかんねーけどな」

 

そういって遊は空を見上げる。

 

『ユウ』

「ん?」

『ユウは、なぜこちらの世界に帰ってきた』

「………」

『本来、ユウがわざわざユーマに付き添ってこちらに帰ってくる必要性はないように思えた。ユーマがこちらに来ると聞いて放っとけないというのもあるだろう。だがそれだけだとはとても思えない』

「ハッ、相変わらず鋭いやつだな」

『ユーマほどではないとはいえ、ユウともそれなりに長い。今までのユウの性格を考慮したにすぎない』

「俺がこっちに来た理由、ね。……親父がさ、俺の黒トリガーに残した記録に親父が探してたものの手がかりがあるんだ」

『ユースケが残した記録か』

「そ。んで、それがまだ全然見れねーの。肝心なとこは全部ロックかかっててさ。死んでまで面倒なことしやがる」

 

そういって遊は腕につけられた黒トリガーを眺める。

 

「このロック、向こうのトリオン技術だとどう足掻いても外れなかった。でも、こっちの技術なら開けられるかなって。こっちならトリオン以外の技術も発展してらからよ」

『確かに、こちらの技術はネイバーフッドの技術とはかなり異なるものだ』

「それがまず一つ。んで次が俺の持病について。こっちの医術ならどーにかなんねーかなって思ったんだが、トリオン技術はあってもトリオンに関する医学は、どうやらさっぱりらしい」

 

これはもう諦めたわ、と遊は興味なさげにつぶやいた。

 

「最後の理由なんだが……これは言わなくていいか」

『それを決めるのは私ではない。ユウ自身だ』

「そーかよ。んじゃ、いわね」

『ユウ』

「ん?」

『ユウの左目は、今どれくらい見えているのだ?』

「んー、ほとんど見えてない。かなり近くに来ても人の表情が読み取れないレベルだ。ま、右目は普通だから特に問題ねーんだけど左からなんか来られたりするとどーも反応が遅れる」

 

それは今日の遊びでもよくわかった。米屋がボウリングをしている時飲み物を持って来たのだが、その時左から来られて全く気づくことかできなかったのだ。

気配感知を得意とする遊だが、四六時中発動しているわけではない。普段は発動していないため、気配感知が極端に遅れるのだ。

 

「これに関しちゃどーしよもねー。人がいるとこでは常に気配感知してる必要がありそうだな」

『……そうか』

「レプリカ」

『どうした』

「俺が今の状態で『アレ』使ったらどーなるかね」

『…………確証はないが、恐らく遊の体に甚大なダメージが入る』

「だよなぁ」

『ユウ、『アレ』を使う気か?』

「さぁ?ただ、迅さんが言ってたろ。今度大規模な侵攻があるって」

『ああ』

「場合によっちゃ、使わざるを得ない可能性も考慮に入れておいとくだけだ。ありゃ強力だが、反動と条件が厳しいからな」

『あれだけの能力だ。黒トリガーでもあれだけの能力を得るためには代償が必要だろう』

「難儀なこった」

『なにしろ名前そのものが限界突破(・・・・)だ。能力が黒トリガー、いや、トリガーとしての限界そのものを超えている』

 

ふぅ、とため息をつき光る街を遊は見下ろす。その目はなにも写していないようにレプリカには見えた。

 

『ユウ』

「ん?」

『ユウの痛覚は今どうなっている』

「うげ、お前そんなのも気づくのかよ」

『過去と現在の差異を比べれば容易だ』

「はっ!さすがだわ。おめーの予想どおりだよ。俺はもう痛覚すら死んできてる。発作のは別としてな。やれやれ、どうせなら発作のも消えてくれたらよかったんだがなぁ」

『……それは、過去の拷問のせいか?』

「多分な〜。あれからもかなり死ぬような体験してきたしな。生身でトリオン体の兵士とやりあって死にかけたりとか」

 

遊は今、ほとんど痛覚というものが存在していない。過去にされた悲惨な拷問の他にも、かなり自分を追い込むようなことや死ぬような体験を散々してきた。そのためか、痛覚が極端に鈍くなってきているのだ。発作の痛みだけは、消えなかったが。

 

「あと一年、か」

『実際にそうなると決まったわけではない。あくまで過去の症状の進行具合から予測したに過ぎないものだ』

「まーな。でも、実際そんなもんだと思うぜ?自分の体だ。もうだいぶ限界(ガタ)が来てんのも、なんとなくわかる」

『だからといって、死に急ぐようなマネはしないことを推奨する』

「わーってるよ。……そろそろ帰るか。これ以上ここにいると通報されかねん」

『そうだな』

 

夜の街を眺めながら遊は顔の向きを変えず、視線だけレプリカに向けながら、つぶやいた。

 

「サンキューな、レプリカ。与太話に付き合ってくれてよ」

『問題ない』

 

一人の青年と、豆粒が夜の闇に消えていった。

 

 

後日、遊は一人で玉狛のトレーニングルームにいた。

 

「ふー……」

 

息を深く吐き出し精神を安定させる。

 

「宇佐美、始めてくれ」

『あいあいさー!』

 

宇佐美が陽気に返すと、周囲にトリオン兵が多数出現する。

 

「さーて、鈍ってねーといいが」

 

鏡判のトリオン体に換装し、臨戦態勢に入る。

 

 

「鏡判、第3解放(・・・・)

 

 

遊の体が黒いオーラのようなものを纏った。そして一斉に襲ってくるトリオン兵。それを遊は

 

「っらぁ!」

 

素手で粉々にしていく。

 

モールモッドの鎌を掴み、握力だけで砕き、目に蹴りを叩き込む。続けて襲ってきたバムスターの攻撃を受け止め、手刀で目を切り裂き追い討ちの蹴りで顔部分を粉砕。飛んできたバドの尻尾を掴み他のバドに向かって投げ飛ばし、両者を共に跡形もなく消しとばす。

 

そのようなバーサーカーの如き無双であっという間にトリオン兵の大群を消し去った。

 

「ん、上々だな」

『すごーい!『強』判も使ってないのになんであんな怪力無双ができるの?』

「第3解放の基礎能力では、全ての動きにトリオンを乗せてブーストしてんだ。他の判の威力も上げられるなかなか使い勝手のいい能力だな」

『『強』判とはなにが違うの?』

「『強』判はトリオン体の筋力を上げるのに対して、トリオン放出はあくまで攻撃の威力のみを上げる能力だ。単純なトリオンの消費量は『強』判の方が上だが、他の判と併用するならトリオン放出よりも遥かに効率がいい。トリオン放出は他の判と併用できるが、『強』判と併用するよりは威力が落ちる。ま、処理の時間がいらないんだがな」

 

一長一短だな、といいつつ感触を確かめるように拳を握ったり開いたりしている。

 

『で、なんでわざわざこんなことしてんの?正直今の見てると全然問題ないように思えるんだけど』

「最近トリオン放出使ってなかったからさ、トリオン兵一体殺すのにどんくらいトリオン上乗せすりゃいいのか忘れてたのさ」

『なるほどね!じゃあ次行ってみよー!』

 

そうして出現したのは宇佐美がカスタマイズしたモールモッド、やしゃまるシリーズだった。

 

「へぇ、いいね」

『私のカスタマイズしたやしゃまるシリーズを舐めてもらっちゃ困るよ〜。みんなそれぞれ特性が違うからね!』

「いいじゃないか」

 

遊の体から一気にドス黒いオーラが放出される。

 

 

 

「皆殺しだ」

 

 

 

歪んだ笑みを浮かべながら、遊はやしゃまるシリーズを砕いていった。

 

どこか自暴自棄に見える遊の戦いを見て、宇佐美はなんとも言えない不安を感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遊は長くないという設定はこれが始まる当初からありました。作者が『すごい力持ってるけど代償に残りの命が少ない』という設定が好きだからです。この作品がどこまで続くかはわかりませんが、今後遊は少しづつ変わっていくのでよろしくお願いします。

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