せきにんじゅうだい!   作:かないた

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#7

――どこかでダメだと思ってた。もう無駄だと思ってた。現実は甘くないと言ったばかりに。

 でも、意外とこの地獄も捨てたもんじゃない。

 いや、ヒーローなら諦めちゃダメだ。なぁ?悪の幹部さんよ。

 

私立巡ヶ丘学院高校三年 恵飛須沢 胡桃

 

 

 

 学園生活部がリバーシティ・トロン・ショッピングモールに辿り着いたのは、出発してから一晩が経過した昼過ぎだった。結局、開けた道路はガソリンスタンドまででそこからは迂回に迂回を重ねていた。

 その道中、胡桃の実家を偶然通りかかり、胡桃は家の部屋から何故かゲーム機やパソコンを持ち出していた。

 車をモールの正面近くに止めた胡桃は目を覚ました慈と悠里へ即座にバリケード設置を提言し、車を囲むように周囲に置かれていたパイロンや工事用のガードを用意し短時間でとりあえずの安全地帯を作り出すと、胡桃が手早く近くの十数体を始末した。

 流石に倒している間はゆきを先にモール内部に入れて胡桃が車を車庫入れすると誤摩化したのだが。

 「ふぅ。やっと着いたな」

 「えぇ…………………」

 胡桃が追いつき、入り口で待機していた悠里が応える。ゆきと慈もおり、慈は頼り無さげにスコップを構えていた。今回のスコップ所持は胡桃の指示で、いつもと違う場所での探索でフォローしきれない場合の保険である。

 体力に関しては農作業をしている悠里のほうに分があるが、胡桃はなんとなく悠里よりも慈に任せたかった。戦う者としてのカンなのか、自ら武器を持った慈の可能性に胡桃は賭けてみたいのかもしれない。

 「(ま、すぐにダメになるほどヤワなつもりはないが)」

 バッグにストラップで下げていた懐中電灯を左手で取り出し、くるりと手で弄んでから足下に向けてスイッチを入れる。光が“彼ら”を呼び寄せるのは当然のこと、電気が通らず暗い場所なのでつまずかないようにするためだ。

 「いくぞ」

 探索計画は既に、入店する前に悠里が拾った館内案内図を見て、慈と悠里により用意されていた。

 胡桃を先頭に、悠里、ゆき、慈の順番で入り口正面ホールを駆け抜け、シャッターが半開きになっているCD・DVDショップへと四人は突入する。

 半開きのシャッターを立っている“彼ら”が通った様子はなく、店内に影はなかった。

 ゆきと悠里がまず物色を始め(ゆきは買い物だと思い込んでいるが)、胡桃はゆきにバレないように単身、別れて別の場所へと向かった。その際に慈が声をかけたが胡桃は頼りがいのある笑顔を見せて静かに走っていった。

 「めぐねぇ。これ買おうよ」

 「CDプレイヤー?」

 「うん。これがあれば皆で音楽が聴けるし」

 「いいけど。あんまり無駄遣いしちゃダメよ」

 「無駄じゃないよー」

 音楽を聞くなんてことはもう随分としていなかった。慈からすれば最近の音楽とは“彼ら”を誘導する一つの手段だとしか思っていなかった。それに誘導するためには激しい音楽のほうがいいので、ゆきがプレイヤーと一緒に持っているCDの楽曲のように穏やかなものも久しぶりに見た。

 一方で、悠里は何か使えるものはないかと探していたが、そんな中で見つけたのがライブなどで使用する“ケミカルライト”であった。

 「(…………そういえば、光に強く反応するし咄嗟の時とかに使えそうね)」

 今までは音で基本的に誘導していたが、光にも強く反応することが行きの街灯の件ではっきりとしていた。そのため、悠里は「これは使える」と思い、あるだけのケミカルライトをゆきの目が慈との会話に集中している間にバックへと詰め込む。

 それに加えて、今詰め込んだケミカルライトは振ったり曲げたりして使用する使い捨てだが、LEDのスティックライトもあったのでついでに詰め込んでおく。

 それからしばらく他にも何か無いかと探したが、特に使えそうなものを悠里は発見できなかった。

 「よっと」

 胡桃が探索を終えて戻って来たので、悠里が出迎える。戦闘を行ったのかより返り血が増え、スコップは既に血まみれである。下手なホラーよりも胡桃の姿のほうが怖いと悠里は思った。

 「おかえり。下はどうだった?」

 「いや、ダメだ。あいつらがいっぱいいたし臭いも酷い」

 「生鮮食品だったからね。それに“あの日”は放課後だったものね。丁度買い物客が多かっただろうし」

 「あぁ。おかげで胸くそ悪かったよ。…………赤ん坊もなるんだな」

 「うそ……………」

 「本当だ。クソッ。人間ならお構いなしかよ」

 吐き捨てるように言う胡桃の胸中はいかほどか。誰よりも前に立つ胡桃は嫌でも見たくないものを見る。それが残酷であろうとなかろうと。

 悠里は一度、ゆきの相手を慈から代わると慈は胡桃からの報告を受けて、次の探索場所へと移ることを決める。尚、胡桃はあえて慈に下の惨状をぼかした。伝えたところで士気が下がるだけだ。

 音楽店から離脱する前に、徐々に集まりつつあった“彼ら”を見て、悠里はさっそくケミカルライトを使用した。明るくなったライトを投げると“彼ら”は今までの音による誘導より素早く反応して動いていた。

 「それいいな。学校でも使えそうだ」

 「悠里さん、いい発想だわ」

 「先生、くるみ。ありがとう。行きの街灯の話から思いつきました」

 悠里の行動に胡桃と慈は感心した。彼女のこうした発想は学園生活部の発足を提案した時から慈を支えており、参謀としての能力は間違いなく一番だった。

 誘導により道が開けたため、四人は上階へと向かうことにした。

 「人、少ないね」

 「今日はイベントらしくてな、地下に集まってるみたいだ」

 その途中でゆきが僅かに違和感を感じたが、胡桃が誤摩化してことなきを得た。

 二階の探索を行ったがそこも生者の姿は無く、ゆきが巡ヶ丘の生徒がいたので挨拶をしていたが当然それは“彼ら”となった女子生徒であった。胡桃はゆきを慈に任せて早々にそれを始末し、動かなくなった相手の持ち物を探って生徒手帳を回収した。

 せめてコレが“彼女”であった証を持ち帰り、学校に連れて帰ってやろうという個人的な感傷だ。

 「わりぃな、家じゃなくて。ただ、学校暮らしも意外と悪くないもんだよ」

 写真の“彼女”に向かって呟きながら胡桃は生徒手帳をバックに放り込んだ。

 三階へと上がった四人は女性服の売り場を見つけ、胡桃が周辺の警戒をしている間に服を選ぶことにした。実のところ、四人の服は“あの日”から着ている制服と慈は私服のみで、それ以外は購買部に残っていた体操着やジャージ。

 下着も購買部の在庫品である。特に悠里は下着の上のサイズが合う物がなく困っていたのだが偶然にもその売り場には合う物があったのですぐに購入という形になった。

 「ゆうりさん、よかったわね」

 「はい。あれ、でも先生も」

 「私は………ほら、一応ゆうりさんより小さいから」

 「あ、そうなんですか」

 二人の会話を店先で聞いていた胡桃の額に青筋が出来ていたのは誰も見ていなかった。情緒が退行しているゆきは関心が無いのかヒールを履いたりして遊んでいた。

 服を選び終わった慈たちが次に訪れたのはアウトドア用品が売っている店だった。これは胡桃の要望である。悠里は思わず乙女らしくないと冗談を言おうとしたが散々昨日から弄っていたのでやめた。

 それに、胡桃もちゃんと慈と警戒を交代して服を選んでいた。そのセンスはなかなかのもので、悠里は“先輩”が彼女に手をつけなかったのがどんな朴念仁だったのだと呆れてしまった。それは既に“あの日”以前に慈が感じていたことでもある。

 ただ、もしそのような関係だった場合は間違いなく今この場に胡桃は存在していないので、ある意味、悠里は“先輩”に感謝していた。彼女は自身で思っておきながらなんと黒い感情だと内心苦笑したが。

 「おっ。こいつは使えそうだな」

 「なにそれくるみちゃん。銃みたいだね」

 「電動ドリルだよ。ひとによっちゃインパクトなんて言う人もいるな」

 明らかに工事用の工具だが、胡桃はそれを軽々と手に取る。握り方を試しながらボルト数がなになにだ、バッテリーの燃費がどうだと言うが、慈たちにはさっぱりだった。

 次々と胡桃は工具を選んだり、試したりするが彼女は地下に行った際にバックに大量の缶詰などを詰めているため、今のバックでは入りきらないと登山用の大きなバックを探して見つけるとそれに中身を移した。

 相当な重量のはずだが、スイッチを入れなくともサバイバル生活で戦闘を繰り返し、鍛えられていた胡桃は苦もなく重装備を背に物色を続ける。悠里からすれば見た目が然程変わっていないのに鍛え抜かれた身体を持ちつつある胡桃に少し戦慄していた。

 そんな胡桃の買い物光景だが、慈はふと気になったので聞いてみた。

 「くるみさん、そんなに工具を買ってどうするの?」

 「いや、今まで手作業でバリケード作ってたから強度が不安でさ」

 「あ、そういうことね」

 「そうそう。一応これとかパワーあるけど静かなヤツだし、学校でもつかえそうだ」

 「随分詳しいけど、くるみさんはご親族に誰か関係の人でもいたの?」

 「父さんがな。おかげで助かるよ」

 道中で胡桃の家に寄ったが、その際に胡桃は出る前も出た後もいつもと変わらない様子どころか、家からゲーム機とパソコンを持って帰って来ていた。

 もう吹っ切れているのだろうか。家族のことは。慈は自身とその点を比較して、胡桃の強さを再び認識する。

 「(父さん、母さん……………)」

 “あの日”の母からの電話も神山先生のように途切れていた。ただ、違うのは母親が悲鳴とともに電話を切ったこと。“あの日”は父と母の結婚記念日だった。

 最悪の想像が過ったが、慈はそれ以上の想像をやめる。これ以上に考えたらどうにかなってしまいそうだった。

 「めぐねぇ、大丈夫?」

 「え?」

 いつの間にか、心配そうにゆきが慈の顔をのぞいていた。自分が今どんな顔をしていたのかわからないが、慈は無理矢理笑顔を作った。

 「大丈夫よ。ちょっと、疲れただけだから」

 「………………ほんとうに?」

 妙に食い下がるゆきに慈は笑顔で応えると、ゆきが何かを慈の顔の前に見せた。

 それは動物の形をした防犯ブザーだった。

 「これ、どこで?」

 「えへへ。さっき見つけたの。可愛いでしょ?皆の分もあるよ」

 ゆきの言う通り、四人分の防犯ブザーが彼女のバックについていた。色をイメージに合わせたのか四色に分かれている。

 「これあげるから元気だして」

 「え、あ、ありがとう」

 戸惑いながらも、慈は紫のディフォルメされたカバの防犯ブザーを受け取った。心なし、身体が熱かった。ゆきの優しさに心があったまったのかもしれない。

 慈はそう思いこんでおくことにした。

 工具選びが終わり、(バックが)重装備になった胡桃が「フルアーマーだな」と言ったが全員何を言っているのか理解できず、胡桃が落ち込んだところで階段を五階に向かって上がると、五階の踊り場に驚くべき物が存在していた。

 「これって……………」

 慈の呟きが向けられたのはダンボールを積み上げて作られたバリケードだった。土嚢を入れて重くし、壁に打ったアンカーボルトにロープを巻いて固定しているためそれなりに頑丈そうである。

 開いているバリケード上部を通れるように立ち馬も用意されていた。

 「………わたしが行く。バックは置いておくからちょっと待ってて」

 「くるみ、気をつけて」

 「あぁ」

 もしかしたら、この先に生存者がいるかもしれない。希望が本当になるかもしれないと、慈は手を知らず知らずのうちに強く握っていた。

 だけど、それは僅か数秒で砕かれた。

 「どう?」

 悠里が向こう側の胡桃に問いかけると、

 「くるな!」

 返って来たのは胡桃の怒鳴り声だった。

 慌てた様子で胡桃がバリケードから飛び出し、珍しく焦っていたのか上から転落。上手く体勢を変え頭は護れたが左肩を彼女は立ち馬に打ち付けた。

 「ぐっ!?」

 「(まずい!)ゆきちゃん!」

 何が起きたのか即座に把握した悠里がゆきに呼びかける。ゆきはヘッドホンで音楽を聞いており、そっぽを向いていたが悠里の呼びかけに反応してヘッドホンを外した。

 「どうしたの?って、くるみちゃん!?」

 ゆきが肩をかばって立ち上がる胡桃に心配そうに近づくが、ゆきが近づく前に素早く胡桃は立ち上がり、バックを手にとった。

 「急げ、来るぞ!」

 その声の直後、コーン、と子気味のいい音と共にアンカーボルトがロープに引っ張られて外れる。

 「素人がっ!アンカーが効いてないぞ!」

 悪態をついた胡桃の怒鳴り声の直後、ダンボールが崩れた。

 「あっ………」

 全員の顔が一斉に強ばる。

 バリケードが崩れた先――地獄の門が開かれた。

 胡桃がスコップを構え、悠里がケミカルライトを数本投げる。

 それを見る前に慈がゆきの手を引いた。

 「わぁ!?」

 「一度四階に降りろ!」

 戦闘状況下における胡桃の判断速度は誰も敵わない。慈も悠里も異論は無く、手早く階段を下る。逃げる前にせめてもの足止めように胡桃は一体倒そうとするが、肩を打ったせいで上手くスコップが振るえず即座に行動を撤回。階下へと逃げ出す。

 全員の撤退が素早く完了し、四階の休憩所へと退避した。

 だが、退避した先で新たな問題が発生した。慈の顔が赤いのである。それに息も荒く、逃げた先で壁によりかかってしまった。

 「め、めぐねぇ!しっかりして!」

 ゆきも流石に慈の異変には強く反応し、悠里は混乱しかけた頭をどうにか落ち着かせて、この状況で指揮を執るのは自分だと判断して慈をベンチに一度寝かせる。

 「熱があるみたいね」

 「か、風邪?」

 「いえ、寝不足による疲労かも……………それに昨日一日じゃなくて」

 悠里は汗をかいた慈にわずかな隈があるのを見つける。ファンデーションでバレないように隠していたいたのだろう。思えば夜間の制圧があった日、胡桃と悠里よりも先に慈は起きていることが多かった。

 何をしていたかは知らないが、慈の様子から見てそう推測した。そして、溜まっていた疲労が昨日の徹夜と外に“あの日”以来初めて出たという緊張が重なり噴出した。

 悠里は慈に膝枕をしてあげる。

 「…………ごめんなさい。私が、これじゃ」

 「………………いいんです。困った時はお互い様。部長として、顧問の体調も把握しておくべきでした」

 彼女だけの責任ではない。胡桃やゆきではダメだ。慈のことを見てあげるのは悠里自身の役割だ。彼女は優しく慈に声をかけながら、内心自分を厳しく叱りつける。

 ゆきが慈の手を握り、心配をしていると胡桃が言った。

 「りーさん、ちょっと遅かったみたいだ」

 「…………五階?」

 「あぁ。………チラッと見たけど、酷いもんだ。仲間割れでもあったのか、焼死体と燃えた後があった」

 「仲間、割れ?」

 「見ただけだからなんとも言えないが、火災があったのは確かだ」

 胡桃が壁を叩く。

 「あの様子じゃ全滅だろうし、こんなことって、ないよ」

 無念。それに尽きた。あまりに遅すぎたのだ。

 「この階は他の階よりあいつらが少ない。一度は制圧したんだろうさ。この広い、学校よりも広いここを………!それなのに、全滅した。クソッ………クソッ!」

 悔しくてしょうがなかった。慈はそれを聞いてどうしようもない気持ちに心を苦しめられる。早々にここへ来ていれば救えた命もあったかもしれない。

 それは儚い想像だ。それでも、と思ってしまう。

 「くるみちゃん、どうしたの………?」

 「ッ………なんでもない。欲しいものが、なかっただけだよ」

 こんな時も幻想の中にいるゆきに胡桃は怒鳴りかけたが言う前に抑えて、誤摩化す。いや、誤摩化したが正直に気持ちは出ていたかもしれない。

 悠里はいつまでも打ちひしがれてはいられないと、気持ちを切り替える。

 「くるみ。これ以上ここに留まる必要はないわ。下で回収できた食料は?」

 「…………集めすぎたよ。十二分どころじゃない」

 「ならいいわね。それと肩は?車は運転できる?」

 「運転はできるけど、戦闘は無理。今したら肩をおかしくしちゃう」

 「わかったわ。なら上手くあいつらを誘導して逃げましょう。先生がある程度回復したらね」

 「おう」

 「それと、クルマ屋さんはどこかしら」

 「この状況で取りにいくの………!?」

 「だからこそよ。胡桃がまだ動けるからいいけど、最悪の場合、わかるでしょ?」

 「……………優秀な副司令官なようで」

 「ありがと」

 

 

 

 時間は少しだけ遡り、バリケードが崩れた音は五階の奥にいた圭と美紀にも聞こえていた。

 「圭!」

 「うん。聞こえた。でも、どうしてバリケードが…………」

 何が起きたのかと避難室の扉に耳をつけて二人が聞き耳すると、遠くで誰かの声が聞こえた。何を言っているのかわからないが、間違いない。聞くことはもうないと思っていた、生者の声だ。

 「う、嘘………!」

 「圭、誰か来てるんだよ………!」

 「うん。………よし!」

 二人が同時に頷く。もはや、これまでと思っていたところで予想だにしない希望の到来。最後の力を振り絞って、二人はかつて探索時に使用していた装備を室内から探す。

 圭はポンプアクション式のライフル型の水鉄砲に、残り少ないLEDのスティックライト。美紀はネイルガンだ。

 元々二人で探索をする際は男性陣から離れて秘密裏に行動することもあり破壊力などでは過剰なものや、独自に気がついた彼らの習性を利用したものが二人の装備だった。

 「いこう」

 「うん………」

 静かに、二人は扉を開ける。絶望してから一度も開くことのなかった扉を。

 忍び足で素早く飛び出し、二人は影に隠れて行動する。懐から圭はスティックライトを取り出し、スイッチを入れると“彼ら”がいる方向に投げる。効果はしっかりと発揮され、“彼ら”は光に寄せられる。

 五階の階段へと二人は走り、崩れたバリケードの前に二体相手がいた。これは突破するしかない。圭がハンドグリップを数度スライドさせ、その場で一時停止。狙いを定めてトリガーを引く。勢いの強い水流が一体に叩き付けられ、水を嫌う“彼ら”が怯んだ。

 その隙に美紀が接近し、怯んだ相手の後頭部めがけて三回ほど打ち込む。

 一体を倒した美紀はそのままもう一体の顔面に打ち込み、沈黙させた。

 それを確認する前に動いていた圭は美紀と間もなく合流し、五階の踊り場へと出る。すると、そこには二本のケミカルライトが落ちていた。

 「まだ明るい!」

 「間違いない、いるんだ」

 ケミカルライトを拾い、まだ明るいことから誰かがいるのを確信した二人。そんな二人に階下から“彼ら”のうめき声と誰かの声が僅かに聞こえた。

 「待って!」

 「あ、美紀!」

 圭に一度置いていかれたせいか、美紀の反応は鬼気迫るものだった。慌てて圭は美紀を追いかけ、階段を下った。

 間違いなく声が聞こえたせいか、数秒前まであった美紀の冷静さはなくなっていた。

 

 

 

 四階で小休止を挟んだ学園生活部は既に一階にまで下がっていた。ここまでくる前に、一階のピアノのが置かれたホールにゆきが持っていた物とは別のCDプレイヤーを大音量で音楽を流して放置し“彼ら”を引きつけたため追撃はなかった。

 慈も今のところは身体のだるさが残っていたが動けるまで回復し、後は一度車まで下がった後にもう一台の車を確保して逃げるだけだった。

 「さて、りーさんはどんな車がいい?」

 「そうねぇ、可愛いのがいいけれど。ここは利便性重視ね」

 「なら、ハイサブで――」

 気持ちの切り替えが早い胡桃と悠里がそんなことを話していたが、慈は後少しで出口というところで立ち止まった。

 「え?」

 「んお?どうしためぐねぇ、急に立ち止まって」

 突然動きを止めた慈に胡桃が声をかけるが、慈はずっと今来た暗闇に目を向けている。

 「……………………ねぇ、今、声が聞こえたの」

 「私には聞こえませんでしたが」

 声が聞こえたと慈は言うが、胡桃と悠里は聞こえなかった。だが、もう一人は違った。

 「めぐねぇも?わたしも聞こえたよ」

 ゆきが、聞こえていたという。熱があるからか、慈も幻聴を聞いたのかと悠里は思ったが慈の足がわずかに聞こえた。

 嫌な予感が悠里と胡桃にはした。

 「せ、先生。落ち着いてください。もう誰も………」

 「違う、聞こえたの」

 「めぐねぇ。見たんだよ、間違いない。ここには生き残りなんて」

 「違う!聞こえた!」

 普段は温厚な慈が初めて三人の前で声を荒げた。そして、慈以外が呆然とする中、彼女はスコップを持ったまま駆け出した。

 「あ!めぐねぇ、待って!」

 それにゆきも続く。

 「おい冗談だろ!?」

 「追うわよ!」

 二人に遅れて悠里と胡桃も追いかける。あの慈が声を荒げた上にあんな風に走り出す。胡桃と悠里はあまりのことに動揺が止まらない。

 慈とゆきが向かった先は先ほど陽動の音楽を流したホールだった。無理に走ったことで熱が上がった慈だったが、辿り着いた先で間違いなく“彼女ら”は幻覚ではないと確信する。

 「あっ!ほら、いた!」

 遅れてゆきがそう言い、更に続いて悠里と胡桃もそれを確認した。

 「あっ………!」

 ピアノの上に追いつめられた圭と美紀がそこにはいた。

 二人は陽動された“彼ら”に取り囲まれていた。

 「ま、マジかよ………!」

 「感動するのは後…………どうするの?」

 「今の状態であの数はちと、ヤベェ」

 あまりにピアノの周りにいる数が多い。万全の状態の胡桃なら制圧可能だが、負傷した今は難しい。

 一方、圭と美紀は手持ちの装備の残弾、残量は尽きてしまい行動不能。まさに八方塞がり。万事休すとはこのことかと、圭と胡桃は互いに知らず知らずのうちに同じことを思っていた。

 「ほ、ほんとに、いたんだ………ほんとに………!」

 「お、落ち着いて、美紀!」

 しかし、美紀は冷静さを完全に見失い、フラフラとピアノから落ちかけ、圭がそれを後ろから抑える。だが、遅かった。

 

 美紀の足がピアノから外れた。

 

 「きゃあ!?」

 圭もそれに引っ張られて落ちた。それに彼らはのろのろと群がっていく。

 その瞬間、慈と由紀の何かが外れた。

 「やめてぇぇぇ!」

 「はやくしないと…………!」

 絶叫し、突撃をする慈と目をキッと細めた由紀が駆け出すが、それを悠里と胡桃がバックを掴んで止める。

 「先生!間に合いません!」

 「やめろ!無理だ!」

 「「でも!」」

 二人の声が重なる。この瞬間、慈と由紀はまったく同じ光景を浮かべていた。“あの日”扉の向こうで見捨てた“彼ら”の声が響く屋上を。

 するりと、由紀がバックから身体を抜いて駆け出す。慈もしようとしたがスコップを持っていたため無理だった。

 「離して!」

 「出来ません!」

 涙を流して、必死に訴えかける慈を悠里が掴んで離さない。だが、もう由紀は駆け出している。

 「チクショウ!もう後でどうなっても知らねぇぞ!」

 もはや手段は選べない。胡桃はスイッチを入れた。後で湿布だらけにしばたく静養コースが確定。それを脳裏に浮かべながら、床を全力以上で蹴った。

 由紀に続いて胡桃も突撃する。悠里はこの緊急事態に頭をフル回転させる。何か手はないか、何か――あった。由紀のバックについた、三つの防犯ブザー。

 「来なさいっ!」

 「うあっ!?」

 もはや相手が教師だということも忘れて悠里は慈を引きずり、バックヘと駆け寄る。園芸部で培った力だった。

 そして、慈から手を離してブザーのピンに手をかける。

 「全員耳を塞いで!」

 大きく叫んだ。確認はしない。胡桃は気がついた。

 刹那、ピンが引き抜かれ、広場に強烈な大きさの音が響き渡った。それが音に敏感な“彼ら”に凄まじいダメージを与え、全ての敵が行動不能になった。

 「これならっ!」

 動かない相手など胡桃の敵ではない。これならば左腕に負担をかけずに、右腕の力を七割、左腕を三割でいけると踏んで“彼ら”を暴風のごとき勢いで倒していく。

 そうして、全て倒して胡桃は辿り着く。

 二人を庇い、倒れ伏す由紀。庇ってくれた由紀を見て青ざめて固まっている二人。そんな三人に、悠里の拘束が解けた慈が駆け寄ってくる。その顔はもう涙でぬれて、熱も出ていて辛そうだった。それでも、駆けてくる。

 そして、由紀も、美紀も、圭も抱きしめた。

 「良かった……良かった……!生きててくれて………生きててくれて、ありがとう…………!」

 何も出来なかった。けれど、生きていてくれた。自分は無力だった、けれど今度は見捨てずに済んだ。

 助けられたはずなのに、助けられたような慈の姿に美紀と圭は困惑していた。

 「………はぁ。まったく、無茶をさせてくれるよ」

 「胡桃、ゆきちゃんと二人に噛み傷は?」

 「パッと見ないな。というか、ギリギリあいつらに触れる前だったよ。ったく、突撃してから全周囲を即全滅とか、二度とやりたくないよ」

 いてて、と胡桃は左肩をさすりつつ、やれやれと苦笑して大泣きする慈と気を失っているゆき、ただただ困惑する美紀と圭を見ていた。悠里はひとまずの危機を脱してため息をついた。

 

 

 

 美紀と圭の救出後、慈はとうとう限界だったのか気を失い、比較的に元気だった圭に一先ず気を失った慈と由紀の移動を手伝わせて一度慈の車に戻った。

 そこで、由紀と圭、美紀の擦り傷や一応の傷の確認をしていたところで人数が増えたため、荷物の積載が不可能になり悠里と胡桃は圭にその場を任せてワンボックスの車を確保しに移動。

 体よく普通自動車免許で動かせるワンボックスの車を手に入れた悠里と胡桃は「もう疲れて動けん」という胡桃に代わり、悠里が運転。いきなり大きめの車の運転のためサイドミラーをいきなりぶつけて壊した悠里だったが、急ぎのため気にせず動かした。

 どうにか待機場所にたどり着き、荷物に加えて由紀と慈を積んで、圭と美紀も乗り込むと悠里は車を出した。どうにか脱出に成功したのである。

 そんな車内で圭は胡桃に訪ねる。

 「えっと、恵飛須沢先輩?」

 「くるみでいいよ。確か、祠堂だったっけ?」

 「あ、なら私も圭でいいです。それで、くるみ先輩。これからどこに行くんですか?」

 「お?そうだな、帰るんだよ」

 「どこに?」

 こんな状況で、帰る場所なんてないはずだ。懐疑的な圭の表情を見て、胡桃は笑顔でこういった。

 「学校さ!」

 まるで不安なんてどこにもない。見ただけで頼りたくなる、そんな笑顔がそこにあった。

 

 

 

 

 「まぁ、この仮免の運転手さんが車をダメにしなきゃな」

 「「!?」」

 

 




<今回の変更点>

「フルアーマーくるみ」
 フルアームドとすら言えない。あえて言うなら陸戦型のウェポンラックコンテナ。

「めぐねぇの熱」
 ゆきがしっかり寝たせいでめぐねぇに因果が回った。

「美紀と圭の装備」
 流石に無手での探索はしていなかった。
 ※絶対に危険ですので工具を人に向けてはいけません。

「置いてかれためぐねぇの車」
 圭と美紀を見捨てた場合は車が二つに。
 モノと命、比べるまでもなかった。

「学園生活部 悠里のデンジャラスロード」
 果たして新車だったはずのワンボックスは学校までに中古車でいられるのだろうか。
 ※実際には仮免の隣は初心者ではいけません。簡潔に言うと乗る車両の運転が出来る免許を所持し経験が三年以上ないとダメ。

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